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【カイ潔】俺が働く喫茶店にやけにイケメンな常連がいるんだが

りま🦍りま🦍

パロ。世一の働く喫茶店の常連のカイザー。 ※ご注意※ パロ/世一が喫茶店勤務

芳醇なコーヒーの香りで満たされ木目を基調とした、どこか昭和レトロ感のある落ち着いた店内。ところどころに飾られた観葉植物も生き生きとしている。
 暖かな色合いの照明も相まって、どこか懐かしさと心地よさを覚える空間がそこにあった。

「ふう……ランチのお客さんも落ち着いたし、やっと一息つけるな」

 先程までの忙しさが嘘のようにシンと静まり返った店内。ようやく一息つけたとばかりに、俺はコキコキと首を左右に振りやれやれと大きく伸びをした。

 ここは街の一角にある喫茶店。少し入り組み分かりにくい所にあり、どこか隠れ家的な雰囲気のある店だ。
 レンガ作りの小洒落た外観で、こんなところに喫茶店があったのか……とふらりと俺が立ち寄ったのは約一年前のこと。

 なんとなく頼んだコーヒーのあまりの美味しさに、物凄く感動したことを覚えている。大袈裟じゃなく今まで飲んだコーヒーの中で一番美味しかった。
 たまたま従業員を募集していることを知り、その味に惚れ込んだ俺は衝動のままに応募して、その日のうちにここで働くことが決まっていた。
 うーん……我ながらなんという行動力。その当時のことを思い出し、俺はしみじみとうなずく。

 この店のマスターは若い頃海外に留学し腕を磨いていたらしく、そこらの喫茶店とは比べ物にならないほど腕が良かった。
 穏やかな口調だけどビシバシと厳しくほぼ素人の俺にイチから叩き込んでくれ、半年ほどで俺のコーヒーを淹れる腕前はマスターの太鼓判を貰えるほどに上達していた。

 そんな恩人でもあるマスターだが、かなり自由人な面もあったようだ。
 ある日突然「ちょっと旅に出てくるね。潔君になら安心してこの店を任せられるよ。よろしくね!」と言い残し笑顔で颯爽と旅立ってしまった。
 店を構えてからは少々落ち着いていたらしいが、俺に店を任せられると悟ると生来の自由人気質が蘇ったらしく、全国の喫茶店を巡る旅に出かけてしまった。
 出会って半年ほどの新人に、ポンッと店を任せて大丈夫なのか!?と頭を抱えたことは言うまでもない。

 まあ、そんなこんなで俺がこの店の雇われ店長になって半年が過ぎた。
 最初は一人で店を切り盛りすることにテンパっていたが、持ち前の適応能力の高さでなんとか乗り切ってきた。マスターが戻ってきた時に店が潰れる寸前とかだと申し訳なさすぎるので、それはもう必死だった。
 マスターに叩き込まれたコーヒーの淹れ方。軽食の作り方。コーヒー豆や素材にも拘り常連のお客さんも満足してくれ、マスターが経営していた時と客足が変わることはなくホッと胸をなでおろしたものだ。

「俺も昼飯にするか」

 今のうちに残っている食材で軽く腹ごしらえをすることにした。
 うちの店の人気メニューはサンドイッチとナポリタン。今日はナポリタンが良く出たから麺の残りはあんまり無いな……
 パスタは前日に茹でて冷蔵庫で寝かせるのだ。こうすることで麺がもちもちになって抜群に美味しくなる。やっぱ喫茶店て言ったらナポリタンのイメージだよな。ナポリタンの美味い店は大抵の物は美味しい。

 麺を使い切ってしまっても困るので、俺は大量に残っているパンの耳に目をつけた。
 これをカリカリのラスクにしようかな。今回は砂糖をたっぷりつけて甘いやつにしよう。

「よし。今日はラスクだな」

 そうと決まれば善は急げ。フライパンに少し多めのバターを入れパンの耳を投入する。
 ジュワァァっと小気味よい音と共に、パンの耳が良い色に染まっていく。
 空腹の今の状態にバターの良い匂いはダイレクトに響く。くぅ…とお腹が小さく不満の声をあげた。

「後は砂糖を振りかけてっと……完成!」

 こんがりと色付いたパンの耳にたっぷりのグラニュー糖をかければ、簡単お手軽でエコなパンの耳ラスクの完成だ。
 紙を敷いた皿の上に盛り付け、コーヒーを淹れたら準備万端だ。あ〜腹減った!

「いただきます!」

 ラスクを口に運びかぶりつき、サクッと香ばしい音を立てながらラスクを咀嚼していく。
 うんうん、我ながら良い出来だ。サックサクのラスクに甘いグラニュー糖が良く合う。
 グイッとコーヒーを飲むと口の中で甘さと苦さが良いハーモニーを奏で、頬がゆるゆると緩んでいく。ハァッ……至福の一時。

 店内にはお客さんは誰もいないので俺はまったりと少し遅めの昼食を満喫する。
 うちの店はランチが終わると大抵暇になるのだ。夕方になると仕事や学校終わりのお客さんもやってくるが、大体平日の14〜16時は閑散としている。
 そうなると自然と俺の昼食もそのくらいの時間になるのだ。

「あ〜美味かった。ご馳走様!」

 残ってたパンの耳を全部ラスクにしたので、さすがに食べきれなかった。まあ後で小腹が空いた時にでも食べるか。多少は日持ちもするだろうし。
 ふと、時計に目をやると15時になっていた。おっと、もうこんな時間か。

「……今日は来るのかな」

 ポツリとそんな言葉が自然と口から零れ落ちていた。
 この店には週に2回ほど訪れる、ある常連さんがいた。大抵は平日の人の少ないこんな時間帯にやってくる。
 暇な時間に来てくれるお客さんは有難いということもあるが、その人物を気にかけるのはそれだけが理由ではなかった。

 ──カラン

 その時、ドアが開き取り付けられているベルの音が軽やかに店内に響く。
 パッと弾かれたように入口に目をやると、今まさに考えていた人物がそこに立っていた。
 スラリと高い身長に服の上からでも分かる引き締まり均整の取れた身体。
 サングラスを掛け帽子を目深に被っている為、顔ははっきりとは見えないがその人に間違いない。

「いらっしゃいませ」
「……どーも」

 にこやかに微笑みかけると、その人は軽くお辞儀をしてくれる。
 軽く店内を見渡し他の客がいないことを確認すると、どこかホッとしたようにいつもの席へと向かった。
 このお客さんが毎回座るお気に入りの席は、店の奥まった場所にあり、観葉植物に隠れていることもあり外や店内からは見えづらい場所にあった。一人になりたい時や人目に触れたくない時にはぴったりの席なのだ。
 うんうん、この席ちょっと秘密基地っぽい雰囲気あって落ち着くよな。カウンターの中からは見えるから、なんかそこだけはごめんって感じだけど。

「ふぅ……」

 その人は席に座ると同時に一息つき、サングラスを外し帽子を脱いだ。
 瞬間、帽子の中に収められていた絹糸のように綺麗な金色の髪がサラリと零れ落ちる。その髪は襟足にかけ青く染まっていて、見る者の目を惹きつける華やかさがあった。
 長い金色の睫毛に縁取られたアイスブルーの瞳がこちらを捉えパチッと目があった。

「ブレンドコーヒーを頼む」
「かしこまりました。いつもありがとうございます」

 低く腰に響くイケボで注文を受け、俺はニッコリと笑顔で応対する。

 そう、数ヶ月前から週に2回ほど訪れるようになったこの外国人のお客さん──驚くほどに美形なのだ。
 スッと通った鼻筋に長い睫毛。薄い唇に毛穴なんて無いってほどに艶々ぴかぴかのお肌。
 もしうちにバイトの女の子がいたら絶対に黄色い悲鳴が上がっていただろう。
 男の俺から見てもクッソイケメン。顔が整いすぎていていっそ作り物じみた雰囲気まであった。脚長すぎて邪魔じゃない?って余計な心配をしてしまうほどスタイルも抜群だ。
 背が高くてイケメンでイケボなんて何それずるい。つーか日本語もペラペラで堪能なのスペック高すぎるだろ。
 いいなぁ……こんな美形に産まれて来たら人生楽しいだろうなぁ。思わずそう羨んでしまうほどにその人物は容姿端麗だった。

 この人がこの店に通ってくれるようになった理由は分からないけど、この席を好む理由は推測できる。
 これだけの美貌なのだ。常に周りからキャーキャー言われてうんざりしているのだろう。
 だからいつも人が少ない平日のこの時間帯を狙って、目立たない席を好むんだろうな。
 ……平々凡々な俺には一生縁のなさそうな悩みだ。
 まあ、何はともあれうちの店のコーヒーを気に入ってくれるのは素直に嬉しい。マスターに厳しく指導された甲斐があるというものだ。

 注文を受けたコーヒーを淹れるべく、カウンターの中に向かう。俺がその場を離れると、そのお客さんはバッグの中から本を取り出しパラッとページをめくり始めた。
 うーん……本を読む美人さん。めっちゃ絵になるなぁ。まるでその空間だけ絵画のような美しさだ。
 文字を追うアイスブルーの瞳はキラキラと輝き、伏せられた長い睫毛が頬に影を作っていた。うんうん、男女問わず美しい人は思わず見惚れてしまうよな。

 俺はちゃっかり目の保養を済ませ、いつもの通り慣れた手つきでコーヒーを淹れていく。マスターから引き継いだうちの店自慢のブレンドコーヒー。
 豆の種類や配合、焙煎に至るまで拘り抜いた人気ナンバーワンの一品だ。

 挽いたコーヒーの粉にゆっくりと丁寧にお湯を注いでいくと、ふわぁっと芳醇なコーヒーの香りが広がり鼻腔をくすぐる。
 ハァッ、めっちゃ良い匂い。コーヒーの香りってほんと癒やされるよな。お湯を吸った粉が膨らむ様を見てると何だかわくわくするんだよな。
 出来上がった熱々のコーヒーをカップに注ぎ、お客さんの元へと運んでいく。

「おまたせしました。ブレンドコーヒーです」
「……あぁ、どうも」

 コーヒーを席に運ぶと、お客さんは本から顔をあげニッコリと微笑んでくれた。
 うわっ、眩しい!イケメンのスマイルの破壊力ヤバいな!!なんか背後に後光が差して見える気がする!!

 初めてこのお客さんを見た時はありえないくらいの美形さと、そして首筋から手の甲にかけて掘られたイカついタトゥーに驚きを隠せなかった。
 海外では珍しくもないだろうが、やはり日本ではまだそこまでタトゥーは一般的ではない。
 初対面の時に何故かジッとガン見されたことも相まって、もしかしたらヤバい輩ではないだろうかとビクついたものだが、物静かに本を読み対応も穏やかだったので拍子抜けししたものだ。
 オラついた人かと、見た目で勝手に判断しちゃってごめんなイケメンのお兄さん!

 この人はいつも奥まった席に座り、注文したブレンドコーヒーを飲みながら読書し三十分ほど過ごしている。
 平日のこの時間はうちの店は本当に人が少ないので、大抵店には俺とこの常連さんの二人っきりになることが多い。時折ページをめくる音、カップがソーサラーに置かれる音が響く心地の良い穏やかな時間が流れ、何気に俺のお気に入りの一時だったりする。
 込み始める夕方に向けカウンターの中で準備をする俺は、実は時々こっそりとこのお客さんを盗み見して目の保養をしていたりするんだよね。
 同じ男でも見惚れるくらいに美しいのだ。このくらいはどうか許して欲しい。

 数ヶ月も通ってくれると相手の好みも分かってくる。このお客さんは砂糖もミルクも入れないブラック派。
 コーヒー本来の味を楽しみたい場合にはやっぱりブラックが一番なんだよね。コーヒー通な常連さんは自然とブラック派が多くなる。

 ──しかし、その日はいつもと少し違っていた。

 配膳を終え踵を返しその場から離れようとした瞬間、背後から聞こえてきたのはポチャンという小さな音だった。
 んん?この音は……
 気取られないようにチラリと後ろを振り返ると、いつもは砂糖を入れずにブラックで飲むイケメンさんがその日は備え付けの砂糖を入れていた。

 まあ、もちろんその日の気分ってこともあるだろうけど、数ヶ月通ってくれているうちで初めてのことなので俺はなんだかやけに気にかかった。

 カウンターの中に戻りチラリと席を窺ってみる。そういえば……なんかいつもより少し疲れて見える気がする。
 本を読みながらも時折ため息をつき、目頭をギュッと指で摘んでいるのが目に留まる。
 疲れてる時は甘い物が摂取したくなるっていうもんなぁ。俺も疲れてる時はめっちゃ甘い物食べたくなる。
 うーん……常連さんが自分の好みを変えるくらいに疲れてるのに気付いたからには、何か俺にも出来ることないかな……顎に手を当てうんうんと唸るのだった。

「──あ!甘い物といえば!」

 ふいに昼食に作ったラスクのことを思い出した。サンドイッチの残り物で作ったただの賄いだし、お客さんに出すのはちょっと気が引けるけど……お金とらないしサービスってことならイケるかも。

 俺はそう自分に言い聞かせ、新しい皿を手に取り紙を敷きその上にラスクを盛り付けていく。
 食べてくれるかは分からないし、ただの自己満足だけどせめて何かしてあげたい。俺はその一心でいそいそと準備をしていった。
 余計なお節介とか迷惑だとか言われたらちょっと凹むけど……まぁ、その時はその時。なるようになれだ!

「……あ、あの!」
「ん?」
「よ、良かったらこれどうぞ!」
「……へ?」

 ドキドキしながらあのお客さんの席に行き、ラスクを盛り付けた皿をテーブルの上にそっと置いた。
 俺の突然の行動に、その男性は驚いたように目を見開いている。わぁ、イケメンは驚いた顔までイケメンなんだな。

「え、えっとその……普段は入れない砂糖を入れてらしたので……」
「あ、あぁ」
「その……もしかして、甘い物欲しくなるくらい……疲れてらっしゃるの…かなって……」
「──ッ、」

 図星だったようで、お客さんの表情が少し変わった。やっぱりいつもより疲れてたんだ。

「まぁ……確かにここ最近忙しくて……」
「……だからその……よ、良かったらこれ召し上がってください。お砂糖たっぷりのラスクです」
「えっと……」
「あ!俺も食べたので味は保証します!サービスなのでもちろんお代もいりませんので!」

 少し困惑した様子のお客さんに、俺はめげずにラスクを勧める。要らないって言われたらその時は素直に諦めて、お節介ですみませんって謝ってそそくさと退散しよう。
 恐る恐るチラッとお客さんを窺うと、少し考え込んだ後ゆっくりと口を開いた。

「……本当にいいのか?」
「ッ、どうぞ!是非召しあがってください!!」
「──じゃあ、ありがたく頂く」

 ふわりと嬉しそうに微笑まれ、ドクンと鼓動が跳ねる。不意打ちのイケメンのとびっきりの笑顔は心臓に悪いって!同性でもこれなんだから、もし俺が女の子だったら卒倒していたかもしれない。
 男性はラスクを手に取ると、躊躇することもなくパクッと口に運んだ。
 俺はなんとなくその様子をドキドキしながら見守っていた。

「──美味い」
「ほんとですか!?わぁ、良かった」
「いや……マジでクッソ美味いな」

 お客さんは気に入ってくれたみたいで、次々とラスクを手に取り胃の中に収めていった。
 へへっ、喜んでくれて嬉しいな。勇気を出した甲斐があった!

「お口に合ったようで良かったです。あ、お邪魔しました。ごゆっくりどうぞ」
「……あ、あぁ。コレ、ありがとな」

 少しはにかみながらお礼を述べられ、俺はうきうきと浮かれながらその場を後にした。

***

「……すまない、会計を頼む」
「あ、はい。ありがとうございます」

 もうそんな時間だったのか。気付けば30分が経過していて、この常連のお客さんが帰る時間帯だ。
 俺は作業の手を止め慌ててレジに向かい会計をする。

「ブレンドコーヒーお一つで700円になります」
「……な、なぁ」
「はい?」

 千円札を受け取りおつりを用意しようとしていたら、今日は珍しく話しかけられた。レジは入口からも近い為か、いつもはどこか人目を気にするようにさっさと会計を済ませて帰るだけなのに。
 レジから顔をあげお客さんを窺うと、口元に手を当てながらうろうろと視線を彷徨わせ何か言いたげな様子だった。
 あ、もしかしてラスクのお礼?俺が勝手にしたことだし別に気にしなくて良いのに。見かけによらず律儀な人だな。

「その……ラスク、本物に美味かった。ありがとう」
「いえいえ。こちらこそいつもご利用ありがとうございます」

 ニッコリと微笑むと、一瞬その男性の肩がピクッと揺れた気がした。
 まだ何かあるのかな?イケメンの常連さんはどこか落ち着かない感じで、口ごもり何かためらっているというか躊躇している雰囲気を醸し出していた。
 どうしたんだろうと様子を窺っていると、意を決したように形の良い唇が開かれた。

「──な、名前」
「……はい?」
「名前を、聞いても……良いか?」

 お客さんの口から飛び出した予想外の言葉に俺はパチパチと目を瞬かせる。
 ……名前?俺の?なんでまたそんなの知りたがるんだ?

「い、いや……迷惑ならいいんだ。気にしないでくれ」
「潔世一と申します」
「……いさぎ……よいち……」

 疑問に思いながらも別に隠す必要もないのであっさりと告げると、お客さんは俺の名前を噛みしめるように呟いた。
 アイスブルーの瞳がキラキラと輝き、その顔はなんだか嬉しそうに見えた気がして俺は首を傾げてしまう。一介の喫茶店の店員の名前知ったくらいでなんでだろ。

「潔世一……綺麗な名前だな」
「ぇあ!?」
「……世一か。俺はミヒャエル・カイザーだ」
「カイザーさん……」

 えっと確かドイツ語でカイザーって皇帝って意味だっけ?それとミヒャエルは天使……いやいや!そっちこそめっちゃ麗しいお名前ですけど!?まさしく名は体を表すって感じだな。
 うんうん。目の前のこのイケメンにはピッタリの名前だ。美人だしなんかもはやオーラが神々しいもんな。

「カイザーでいい」
「い、いや……お客様にそういうわけにも……」
「堅苦しいのは好きじゃない」
「は、はぁ……」
「コーヒーもラスク本当に美味かった。ありがとな世一」
「い、いえ……」

 うわぁ……こんなイケメンから下の名前で呼ばれるのってなんか照れるな。

「こちらこそいつも来てくださりありがとうございます。カイザーさん」
「カイザーだ」
「うっ……」

 澄んだアイスブルーの瞳でジッと見つめられる。その目はカイザーと呼べと雄弁に語っていた。
 お客さん相手に呼び捨てはヤバいだろうと思うのだが、どうやらあちらも引く様子はない。
 俺は小さくため息をつき恐る恐る口を開くのだった。

「……カイザー」
「よし、それで良い」

 俺がそう呼んだ瞬間、パァッとカイザーの顔が輝いた。うっ……!!だからイケメンの笑顔は破壊力がヤバいって!
 ──はっ!お、おつり。おつり渡さなきゃ!俺はハッと我に返り慌てておつりを差し出す。

「さ、300円のお返しになります」
「あぁ」

 お客さん……もといカイザーの手のひらにおつりを乗せようとした次の瞬間──俺の手は温かな何かに包みこまれていた。

 ……へ?

 視線を落とすと何故かカイザーに手を握られていた。突然のことに固まっていると、ふいに手の甲にチュッと柔らかな感触が触れた。

 …………はい??

 俺は今自分の身に起こっていることがまったく理解出来なかった。薄く形の良い唇が触れているのは……紛れもなく俺の手だ。
 何これ?な、なんでカイザーが俺の手にキスしてんの??

 そう。カイザーは恭しい仕草で俺の手の甲にキスをしていたのだ。

 ──はぁぁぁ!?お、王子様かよ!?こんなの物語とか映画の中だけじゃないのか!?あまりの現実味のなさに俺は完全にフリーズしてしまっていた。
 いや、こんな気障な仕草でも絵になるっておかしくね?キスされてるのが自分の手ってことを除けばまさしくドラマや映画のワンシーンだ。それか少女漫画のヒーローだろ。
 それくらいなんの違和感もなく、この目の前の美貌の男はサラリとやってのけていた。

「──じゃあな。また来るぞ世一」
「……ま、またの……お越しを、お待ちして……おり、ます……?」

 どこか名残惜しげに俺の手の甲から唇を離したカイザーは、ニッコリと満面の笑みを浮かべながら踵を返し青い襟足を揺らしながら店を後にした。
 後ろ姿からでもスキップして鼻歌でも歌いそうなほどに、浮かれているように見えるのは気の所為だろうか。

 その場に一人取り残された俺は、状況の整理が出来ておらずポカンと口を開けながらカイザーが出ていったドアを見つめるのだった。

「〜〜〜〜ッ!!」

 たった今起こった出来事を思い出し、ボッと頬が熱くなっていく。じわじわと自分の顔が火照っているのがわかる。

 えっ、えっ!?な、なんでキス??

 ラスクのお礼!?そんなに気に入ったのかな……もしかして俺カイザーを餌付けしちゃったのか?
 いや、それにしてもさっきの行動はそう簡単には説明が出来ない。

 ……あんなの、まるでカイザーが俺に好意を抱いてるみたいだ──って、いやいやそれは流石に有り得ないって!!
 男同士だしあんだけイケメンなら老若男女問わずモテモテだろうし、わざわざ俺みたいな平々凡々な奴を相手にする必要は無い筈だ。
 しかもなんかめっちゃ良い匂いした……手の甲にカイザーの唇の感触がまだ残っているようで、じわじわと耳まで熱くなってくる。
 バクバクとうるさく騒ぐ心臓を落ち着かせるように、深く何度か深呼吸を繰り返す。

「スゥー……ハァッ……」

 良し。少しだけ落ち着いてきた。
 う〜ん……まあ、外国人だしもしかしたらあれも向こうの国では普通なのかもしれない。
 奥深しい日本人からしたら考えられないことだが、外国では挨拶でハグやキスをするらしいし……
 うん。あれはカイザーにとっては挨拶みたいなもんなのかも。そうに違いない。

 俺はそう決定付けるとやれやれと胸を撫で下ろし、気合を入れるためにパンッと両頬を軽く叩く。
 なんとか強制的に頭を仕事モードに切り替え、夕方の繁忙時に向け準備を始めるのだった。

***

 先程まで静かだった店内とはうってかわって、現在は複数のお客さんで賑わっている。
 夕方は学校や仕事帰りに利用する人が増える時間帯なのだ。
 各テーブルで楽しげに会話が弾んでいる光景は、何だかこちらまで穏やかな気持ちになる。楽しげな会話にうちの店のコーヒーが一役買っていると思うと嬉しいものがある。

「見て見て!私達の推しが表紙の雑誌買っちゃった!」
「わ、見せて。ん~~!!顔が良すぎる!!」
「ね!ビジュ強すぎて完全優勝!」
「顔だけじゃなく身体も最高……ハァッ、素敵……」

 周りに迷惑が掛からないほどの音量で、きゃっきゃっと盛り上がっている楽しげな二人の女性が目に留まる。カウンターから近い席だから聞くとはなしに会話が聞こえてくる。
 学生さんかな?ふふっ、元気で良いなぁ。推しがいると日々が楽しいっていうもんな。

 まぁ、俺はテレビとか雑誌とかあんま見ないから芸能人とかアイドルとかに疎いんだよね。見るのもせいぜいニュースとかスポーツ番組くらいかな。

 微笑ましく思いながら、カウンターの中で作業をしていると不意に聞き慣れた言葉が耳に飛び込んできた。

「あ〜〜……カイザーほんっと格好良い……神が作りし最高傑作」
「ほんとそれ。あの美しさはもはや世界遺産として保護されるべき」
「わかる」
「同じ人間とは思えないよね。私もし生で見たら天に召される自信ある」
「ハァッ……カイザーが踏む地面になりたい」

 ──ん?今カイザーって言った?
 ほんの数時間前に聞いたなその名前。外国じゃそんなに珍しい名前でもないのかな?
 なんだかやけに気になってしまい、あんまりお客さんに干渉するのも良くないよな……そう思いながらも、俺は好奇心に耐えきれずチラッと会話の元のテーブルに目をやった。

 女性のテーブルの上に置かれている雑誌が目に入った瞬間、俺は思わずヒュッと息を呑んでいた。

「……ッ、」

 作り物のように整った顔立ち。長い睫毛に縁取られた宝石のように煌めくアイスブルーの瞳。そして青色のグラデーションがかかった艷やかなブロンド。

 ここまで特徴的な人物を見間違えよう筈がない。

 その雑誌の表紙を飾っていたのはあの常連のお客さん──そう、ミヒャエル・カイザーだったのだ。
 ついさっきまで店に滞在していて、あろうことか俺の手にキスしていった……あのカイザー。

「…………は??」

 ──まさしく晴天の霹靂。
 俺の口から、最大級に間抜けな声が零れ落ちたの言うまでもなかった。

— End —

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