冬休みが終わった。
吐く息は白く、制服の袖に指先を半分程隠しながら生徒達は体育館へと流れ込んでいく。そんな寒さの中で、春高も終わったらしい。稲荷崎高校はIHと同じで三位という結果を残し壇上で表彰されていた。運動部とかけ離れた世界にいるので十分凄いなと拍手を送っていたが、バレー部の見知った顔たちは満足していない表情をしていた。中でも宮侑、厳つい表情にひくりと頬が引き攣る。怖すぎやろ。友人と一緒の時はクソガキみたいな顔しとんのに。一位以外ゴミ、みたいな顔。
天野は、似たような表情をする少女を知っている。
「山田さんはヴァンパイアが好きなの?」
あーそうそう、こういう顔。
冬休み明けの部活動。文芸部の活動は主に小説を読んで書く、以上。文芸部の課題なんてものはないが、山田さんはラノベが有名なとある出版社の新人賞に内緒で応募していたらしい。二回応募して二回とも一次で落選したのでどこが悪いか教えて欲しいという事で、ナマエと天野は彼女の作品を読んでいた。
内容は女子高生が夜の公園で傷だらけの男の子を拾うところから始まる。実はその少年がヴァンパイアで、その二人の共同生活のお話だ。天野は一通り読み終え、どこか緊張した様子の山田さんにニコリと笑いかけた。
「文章はまだ粗いかな。構成ももうちょい起承転結を意識したらええと思うな」
「はい!」
「せやけどこうやって小説を完成させて新人賞に応募しとんのはそれだけで凄いことや。文芸部部長としてはこんだけ活動熱心なんは嬉しいなぁ」
「いえそんな。ありがとうございますー!」
嬉しそうにする山田さんを見た後、ちらりと向かいの席に座る少女へ視線をやる。山田さんが書いた小説を読みたいと淡い笑みを浮かべていたのに、その口元から笑みは消えて目は冷ややかなるほど表情が一転していた。
山田さんはナマエの唐突な問い掛けににうん!と元気に返事をした。
「むっちゃ好き!ロマンチックで強くて儚い感じが特に!」
「人の作品を評価とかしたことないから上手く言葉に出来ないけど、私はロマンを感じない」
「え」
「人間じゃない、他人の血を吸う生き物だから、私だったらまず病気や寄生虫の心配をする。血を吸われた人もヴァンパイアになるなら何かしら感染症を持ってるだろうし」
あまりにも現実的すぎる返答に、そんなんロマンがないという山田さん。ナマエは小さく肯定する。
「山田さんの小説からは表面的なロマンしか感じない。リアリティがあまりにもなくて、ヴァンパイアのファンブックみたい」
言葉を失って表情を固まらせた山田さんに気付くこともなく、ナマエは容赦なく言葉を続けた。
「好きなものを好きに書いただけで、それが悪いってことじゃないけど。…言葉にするの難しいな」
少なくとも、これは自己表現のレベルじゃない。
多分、ナマエにとって一番仲のいい友達は聞かれたら山田さんと答える程に親密だと思う。そんな友人の小説を読み終わった感想は、お世辞の一つもなく嘘偽りもないものだった。一方ぼろくそに言われた山田さんはというと、とぼとぼと部室を後にした。
「まあ、厳しく言うのも優しさやって」
山田さんはどうみてもプロになれるオリジナリティはない。
それにしても同じ学校の同じ文芸部で、かたや新人賞一次落ちで、かたや初投稿で入選で、もしかしたら史上初の芥川賞・直木賞の同時受賞の女子高生になるかもしれない。才能というものは、本当に、どこまでも慈悲がなかった。
「それはそうと、ミョウジにお願いがあるんやけど…」
――――――――――――――――――
1月15日 芥川賞・直木賞発表日。16時に築地の料亭「新喜楽」の一階で芥川賞の最終選考、二階にて直木賞最終選考がそれぞれ始まる。選考終了後帝国ホテルの記者会見場にて受賞作が発表され、受賞した作家は同会場にて発表直後に記者会見を行う為、候補作家は帝国ホテル近くで結果を待つ。
ナマエの編集担当であるフミは腕時計を眺めながら溜息をついた。待ち合わせの14時を2分を過ぎた所だが、実は30分前から待機をしている。
ナマエが今15歳、もし芥川賞か直木賞を獲ったら、歴代最年少記録を一気に四歳更新した上に、初の現役高校生受賞者となる。それどころか、もしかしたら、芥川賞・直木賞の歴史上初となるダブル受賞もあるかもしれない。そんな異例尽くしの状況で記者会見に行って、マスコミもナマエも大人しく終わるとは思えない。今日は大変な一日となるだろう。
緊張で顔が強張りそうになるのを溜息と共に誤魔化した。
「フミ」
「ナマエ!」
背後から声がして、ぱっと笑顔を浮かべて振り返った。
「お待たせ」
相変わらずの愛想ゼロの真顔のナマエ、それはいい。問題はそこじゃなかった。その横や後ろに立つ彼等は一体何。
「ドーモ、今日はよろしくおねがいしまーす」
「…」
「無理言ってスンマセン」
「こっちが従兄弟の研磨、研磨の幼馴染のクロ、文芸部部長の天野先輩」
紹介ありがとう、でも何。状況が理解出来ずにフミの表情が困惑していた。
「研磨とクロは部活が午前だけで予定ないから来てもらった。部長は何か来たかったんだって」
「来てもらった、って…」
「会場に着いて行くつもりはないです。ただミョウジは目離したらフラフラどっか行きそうなんで見張りは一人でも多い方がええですやん。邪魔はしませんよって」
思わず額を押さえた。今日が下手をすれば歴史的瞬間になる日だ。変に気負って欲しいわけではないが会社では編集長から営業販売の重役まで待機しているというのに。
「今日って落選したら無駄足なんでしょ。だったらメインの用事が欲しいと思って」
さらりと言ってのけた。芥川賞と直木賞の発表待ちを、ついで扱いする候補者がこの世にいるとは思わなかった。フミの頭痛は悪化する一方だった。
「ね、動物園行こ。パンダ見たい」
「貴方、天野先生の息子さんだったのね」
「そうですよ。でも俺は父さんやミョウジと違って小説の才能なんてないんで」
はは、と笑ってから少し離れた所からナマエに視線を送る。従兄弟の研磨の袖を引っ張りながら、硝子越しにお目当てだった地べたに仰向けで寝ているパンダをご機嫌そうに眺めていた。
「酔っぱらったお母さんみたい」
「ナマエも床に転がって寝る時あんな感じ」
「え」
「おれの部屋の床で寝落ちする時あんな感じで寝てるよ」
他愛の無いやり取りをしながら、ナマエは小さく笑っていた。肩の力を抜いた横顔は、ごく普通の女子高生そのものだった。芥川賞だの史上最年少だの騒がれている人間には到底見えない。その背を眺めながら、黒尾は静かに目を細める。それを目敏く見つけた天野はふっと口元を緩めた。
「黒尾くんは、ミョウジが大事なんやねぇ」
せやから小説書くのが気に入らん?冗談みたいに軽い声色だったのに、黒尾の肩が僅かに揺れた。
「…アイツは騒がれんのは苦手なんすよ。正直ほっといてやってくれってのが本音ではありますね」
吐き出された声は、冬の空気に溶けるように低かった。
「新人賞だの芥川賞だのとんでもない事は分かってますよ。けどそんなん獲ったら変に周りから注目されて騒がれて、今みたいに呑気に動物園に来ることだって出来ねぇ」
視線の先では、ナマエが再びパンダに指差して研磨に何か話していた。無防備で穏やかで、どこにでもいる普通の女の子みたいだった。
「アイツは普通に生きていたい筈だ」
「それは君がそうして欲しいだけやろ」
柔らかい関西弁なのに、不思議なほど鋭かった。そうして気付く、天野の口元は弧を描いているのに、目はこれっぽっちも笑っていなかった。
「ここに来たんは、確認したいことがあったからなんよ。文芸部に入ってきた時からずっと小さい違和感があってなぁ。けど本人が何も言わんってことは触れん方がええんやろ思っとった」
天野はゆるりと目を細めながら言葉を切る。視線の先には、壁に書かれたパンダの説明書きを読む為にフラフラと勝手に動こうとするのを研磨に止められるナマエの姿があった。
「ミョウジが誰にも内緒で小説を投稿したって聞いたとき、あれ?って思ったんよ。自分の書いた小説を恥ずかしがるタイプやないし、何より部誌で書いた小説は照れの一つも見せんと俺に読ませてくれた。ほんなら小説書いたんなら普通に見せるやろ」
けど、ナマエは違った。家族にも、友人にも、誰にも言わなかった。
「小説家になりたいわけやない。感想だけ聞きたかった、自分の価値観を確認したかった。そう言うとった」
天野の話に耳を傾けていたフミは、そこであれ、と気付く。何かがおかしい。そうして、はっとしたように瞬きをした。
「あのミョウジが価値観の確認?って思うやん。感想だけ聞きたいなら身近な人間、それこそ君らに聞けばええ。やのにプロの判断求めた。価値観を確認したいってことは、自分の感覚を疑う何かが『現の縁』を書く前にあったんやないかなぁって」
黒尾の表情が僅かに強張る。その変化を見逃さなかった。
「君、もしくは研磨くんのどっちか。ミョウジの小説読んで、才能に気付いた。せやからあえて酷評してあの子が日の目を見んようにしたんちゃうか」
穏やかな声なのにまるで刃物みたいに鋭い声色が、冬の空気にすう、と冷えて溶けた。そんな天野に対して、黒尾はニコリと笑みを浮かべる。胡散臭すぎる笑みだが、その実態は牽制そのものだった。
「残念ながら俺らはナマエが小説書いてたのをつい最近知ったし、まだ読んだこともないっすよ」
「さよか。ほんなら誰なんやろ、あの子にいらんこと言うたんは」
あっさりと頷く天野に、黒尾はさぁと返す。嘘は言っていない。本当に自分達はナマエの小説を読んだこともないし、小説を書いていたこともつい最近知ったばかりだ。けど、心当たりがないわけではなかった。
ナマエの両親は確実に違う。あの人達は基本全肯定だし、現に小説のことを知った時だって研磨の両親と祝いの酒盛りをした程だ。気難しい性格のナマエが気を許した相手、自分達じゃないとするなら…脳裏に浮かぶのは、二つの呼び名だった。
『おんちゃん』と『ももちゃん』。名前を知っているだけで、顔も本名も知らない。ナマエと同じ小学校で、彼女にバレーを教えた人間。宮城に引っ越す前、ナマエの雰囲気がおかしくて喧嘩でもしたのかと尋ねれば、言いたくないと拒絶をされ、それ以上踏み込めなかった。
「…ちなみに、それが俺らだったらどうするつもりでした?」
「ん?二度と余計な事言うなって忠告するつもりやったで」
彼女は小説書くために生まれたんよ邪魔すんなカスでも言うたろ思たんやけど当てが外れたなぁ。ニッコリとに笑う天野に黒尾の背筋がひやりと冷えた。小説に関わる人間はどいつもこいつもどこかがいかれてんのか。
「ん?あれ、研磨くんナマエは?」
こちらに寄って来る研磨の姿に、天野は首を傾げる。隣にいたはずのナマエがいなかったのだ。
「え…トイレ行くから先戻っといてって言ってたんだけど…」
「あの子はホンマ目離したらフラフラどっか行くなぁ」
ナマエの姿がないことに気付いた瞬間、フミは表情を変えて慌てたように駈け出した。その後ろを天野もやれやれといった様子で歩き出す。二人の背中を見送りながら、その場に立ち尽くしたままの黒尾を見上げた。
「クロ?」
呼ばれても、直ぐには返事が出来なかった。
誰にも見つからなければいいのに。一瞬でも、そう願ってしまった。彼女の存在を自分達だけが知っていればいい、そんな醜い独占欲を抱いてしまった。
多分、顔も知らない『彼等』も自分と似たような感情を抱いて口に出してしまったのだろう。ミョウジナマエという才能を見つけてしまった瞬間、自分だけの場所に隠してしまいたくなった。誰にも触れさせたくなくなった。
その気持ちが、痛い程分かってしまう。
「ナマエ!一人行動はダメって言ってるでしょ!」
「アイス買ってただけじゃない」
「よーこんな寒いのにアイスなんて食えるなぁ」
買い食いをしていたのか、ソフトクリームを手に持ったナマエが戻って来る。フミに怒られながらソフトクリームを舐めつつ全然反省していない姿に、黒尾はようやく小さく息を吐く。
呼びかけてくれた研磨にどうしたー?なんていつもの調子で返した声は、思ったよりずっと掠れていた。
――――――――――――――――――
「…あーあ」
行ってもうたなぁ。ぽつりと零された天野の声が、やけに遠く聞こえた。もうナマエとフミの姿は見えないのに、いつまでも二人が消えて行った方向から目を離せなかった。
胸の奥が、ずっとふわふわしている。閉園時間ギリギリまで遊んだ動物園も、ついさっきまで一緒に食べていたもんじゃの味も、全部が現実感を失っていく。まるで長い夢を見ているみたいだった。
昨日だって研磨の部屋の床で本を読みながら転がって寝ていたし、朝ごはんも半分寝ながら食べていたから納豆を机に零していた。
そんな、いつも通りのナマエだったのに。
「ほんなら俺は兵庫戻るわ。今日はありがとぉな」
「あ、いえいえこちらこそ」
「黒尾くん、色々と大変やろうけど、頑張ってな」
意味深な言葉を残して天野は駅の方へ歩いていく。ひらひらと軽く振られた手を見送りながら、黒尾は曖昧に笑った。残された研磨と黒尾は、殆ど同時に息を吐いた。研磨の溜息は主に、知らない人達と一緒に過ごした緊張感と疲労から。黒尾の溜息に別の意味が込められていることに研磨は気付いている。
「クロ」
「んー」
「どうするの」
「どうするって…どうしますかねー…」
とりあえず、ナマエが帰ってくるの待つか。乾いた笑いが漏れる。どうするも何もない。ナマエは勝手に歩いていくし、勝手に見つかってしまう。きっとこれから、もっと沢山の人間が彼女の才能に目を向けるのだろう。
最初から分かっていた。止められるわけがないのだ。
分かっているのに、まだ少しだけ諦めきれなかった。
帰りの地下鉄の中でぼんやりと吊り革を掴みながら、設置された液晶画面を眺めていた、その時だった。
『速報。芥川賞・直木賞決定。ナマエ『現の縁』が史上初のダブル受賞』
流れた名前に、黒尾の目がゆっくり見開かれる。一瞬頭が真っ白になった。地下鉄はいつも通り走っているのに、自分の世界だけがぐらりと揺れた気がした。
置いていかれるような感覚と、遠くへ行ってしまうような寂しさ。それ以上に、どうしようもなく誇らしくて。胸の奥でぐちゃぐちゃに混ざり合う感情を、黒尾は上手く言葉に出来ないまま小さく息を零した。
――――――――――――――――――
記者会見場に姿を現した瞬間、待ち構えていた記者たちのフラッシュが一斉に弾けた。白い光が何度も瞬き、耳障りなシャッター音が空気を埋め尽くす。
「ナマエさんですか?こっち向いてー!」
「フードあげてフード!」
「ナマエちゃん顔出してください!」
まだ15歳でとんでもない肩書きを背負うナマエを、面白半分に消費されるような真似だけは絶対にさせたくなかった。会場にいた身長の高い作家から借りたコートを羽織らせ、深くフードを被せて顔を隠している。
何があっても手は出さないで、というフミの言葉にナマエは頷くが、正直信用ならない。現に床すれすれからカメラを差し込み顔を撮ろうとした記者のカメラを、さっき無言で蹴り飛ばしたばかりだ。手は出してない、足だもんという言葉に頭を抱えそうになる。とにかく大人しくして。
壇上へ案内される最中も、フラッシュは止まない。視界が焼ける程の光量に、ナマエはフードの奥でわずかに目を細めていた。フミは眩しくないのかな、と考える程に呑気なものだった。
『来場の皆様、大変お待たせしました。これより芥川龍之介賞及び直木三十五賞の受賞記者会見を始めます』
司会者がマイクを通して告げる。写真はまだ撮らないで下さいという注意の言葉など聞こえないのか、記者たちのシャッター音は止まらなかった。ナマエの後ろに立つフミは司会者からマイクを借りて、毅然とした態度で口を開いた。
「ナマエを担当している花井です。ナマエはまだ未成年の為顔写真の方は御遠慮ください」
それじゃあ写真撮影も意味ないと不満の声を上げる記者たちだったが、フミは表情を崩さなかった。
「申し訳ありません。また本日ナマエの後ろには私が離れず待機致します。ナマエのプライバシー保護の為どうかご理解ください」
記者から睨まれようが、どんな視線を向けられようがフミの覚悟は決まっていた。ナマエを守る。どんなことをしても、世間から嫌われても。
記者から作家への質疑応答に移る。だがこれもフミが全て代弁することになっていた。
「大日テレビです。受賞おめでとうございます。あの、本日の会見に関してですが、顔は出さない、質問に直接答えないなら、今日の会見は何の為に出られたんですか?」
「それは、受賞したのに感謝を伝えないのは失礼だから、と」
「ナマエさんに聞いているんです!」
フミがフードに隠れたナマエの口元に耳を寄せると、以前聞いた内容が返って来る。
「『受賞したのに感謝を伝えないのは失礼だから』、だそうです」
作家本人は顔を隠したまま一言も喋らず、編集者が代弁する。前代未聞の記者会見に、苛立ちと困惑が会場全体へと広がっていく。何とかしてナマエに喋らせたい、顔を撮りたい。その欲が、どんどん膨れ上がっていく。そうして、一人の記者が手を挙げた。
「週刊十報の矢野です。花井さんに質問です。花井さんは小説の内容にはどれくらい関わっているんですか?」
「え、と?『現の縁』は初投稿ですから殆ど関わりは、」
「今回15歳の女の子の小説が芥川・直木を受賞するという、ちょっと、信じがたい快挙といいますか、大変失礼な質問ですが、本当にそこの子が『現の縁』を書いたんですか?」
一瞬、空気が留まった。フミのマイクを握る指先に力が入る。そんなわけないだろう、怒りを抑えて答えようとするのを止めたのはナマエだった。作家が自分の作品をゴースト扱いされて何も言わないわけにはいかない。マイクを素直に渡せば、ナマエは静かに椅子から立ち上がる。その瞬間、記者たちの目が一斉に輝きカメラを構える。
ゴッ、と鈍い音が響く。ナマエが無言で投げつけたマイクが、質問した記者の顔面へ綺麗に直撃したのだ。血の気が引いたフミが会見は終了だとナマエの腕を引き会場を抜けようとするが、興奮した記者たちは出口を塞ぐように押し寄せていた。
どうやっても、結局こうなってしまう。守りたいのに、何をしてもこの子には伝わらない。
押し合いの中、記者の一人がナマエのフードを取ろうと力任せに頭を掴んだ。その瞬間、気付けばフミの拳は記者の顔にめりこんでいた。記者が床へ倒れ込む。静まり返る会場の中、ナマエがフードの奥からじっとフミを見上げた。
「フミ、暴力はダメなんじゃないの?」
「いや、今のは、ナマエに手を出したから…」
「私も同じ。私が何を言われても大人しくしてるつもりだったけど、さっきの会見はフミがいじめられてたから怒ったの」
その言葉に、じわりとフミの視界が滲む。ああこの子は、本当に。そう思った時だった。
「それはそれとして、自分の仕返しは自分でする」
「え」
嫌な予感がした。フミが止めるより早く、ナマエは床に尻もちをついていた記者の顔面を蹴り飛ばした。
「何頭掴んでんのよ。痛いじゃない」
唖然と静まり返っていた記者たちだったが、直ぐに我に返ったように再びマイクとカメラを構え直した。
「今、間違いなく蹴りましたよね!?」
「頭掴まれたのがそんなに嫌だった?」
「カメラの前で暴行したことになるけど!」
「とりあえず顔出しして謝罪するべきじゃない!?」
マスコミからナマエを庇うように背に隠す。ここから出ないと、そう思うのに出入り口は今いる場所から逆側だし、周りはマスコミに囲まれててとてもじゃないけど辿り着かない。どうしよう、どうやってこの子を連れて出ればいい。焦りで頭が真っ白になりかけた、その時だった。
「フミ、今日はありがと。私先に帰る。じゃあね」
やけに落ち着いた声でそう告げると、窓に駆け寄って鍵を開ける。え、待って。止める間もなく、黒いコートを翻らせナマエは躊躇なく二階の窓から飛び降りたのだ。
会場中が悲鳴交じりに騒めく。二階とはいえ、それなりに高さがある。普通なら足を竦ませる高さだ。けれどナマエは、猫みたいに軽やかに着地すると、そのまま振り返りもせず走り去っていった。
記者たちはとにかく追うぞ、と我先に会場をに飛び出す背中を、フミは唖然と見送るしか出来なかった。嵐が過ぎ去った後みたいに、急激に力が抜けてその場に座り込んだ。
「…お、お疲れ様でした…」
「……はい…」
恐る恐る声を掛ける司会者に、掠れた声しか返せなかった。どっと押し寄せる疲労感に、フミは顔を覆う。動物園で歩き回り、急に姿を消すナマエを見つける為に走り回った疲労もまとめて押し寄せたような感覚だ。
守るって、こんなに難しいっけ。それでも、今頃ナマエのことだ、なんとかなるでしょとでも思いながら平然と歩いているのだろう。その姿が容易に想像出来てしまって、深く、深く溜息を吐いた。
【登場人物紹介】
【ミョウジナマエちゃん】
最年少で史上初の芥川賞・直木賞ダブル受賞を成し遂げた作家になった。
大暴れした。コートはちゃんと持ち主に返した。
この後研磨宅に帰って記者会見を見てた両親に怒られる。蹴っちゃ駄目でしょ!でもフミをいじめてたんだもん、って言ったらそれでも手出すのはダメって怒られる。
二階から飛び降りたけど普通に足痛いので湿布を貼って爆睡する。
【クロ】
クソデカ感情拗らせてる。ナマエちゃんがとにかく大事。ナマエは騒がれるの嫌いだしうるさいのも嫌だし静かに、普通に暮らしたいんだよって思ってる。でもそれは君の願望やろって天野に言われてぎくりとなる。
おめでとうって気持ち、寂しい遠くに行かないでって気持ちとかがぐちゃぐちゃになってる。
(作者はごめんって気持ちで書いてた)
クロはナマエちゃんに小説の事でいらん事言ったのは、『おんちゃん』『ももちゃん』の二人だと思ってるけど、実際はおんちゃんだけなんですよ。ももちゃんは濡れ衣です。
【研磨】
研磨マッマに、部活は今日午前中だけでしょ!ナマエちゃんの傍についてあげな!って言われてクロも巻き込んで一緒にいた。
編集の人いるし、謎に文芸部の人いるし…ってめっちゃ気まずかった。
クロほどぐちゃぐちゃしてない。ナマエは従姉妹だしここに戻って来るでしょっていう親族の確信がある。
クロが思い悩む顔をしてて、あーあってなってる。そんな悩まなくてもいいと思うけど。
【天野先輩】
ナマエちゃんの才能に愛憎を向ける人。
クロと研磨がナマエちゃんの小説の邪魔をしたんじゃないかと探りを入れにきた。そしたら当てが外れてアレ?となる。
クロがナマエちゃんにクソデカ感情を抱いてるのに直ぐ気付いた。
とんでもない小説家が傍にいるっていうことがどれだけ大変なのか身をもって体験してるので、黒尾くん頑張って~って思ってる。
帰りの新幹線でスマホで記者会見の中継見て、記者に蹴りを入れるナマエちゃん見てあらら~となった。北、多分見とるやろうなぁ…知らんで。
【フミ】
本名は花井フミ。昼から動物園に行ってフラフラしてもんじゃ行って記者会見して本当に疲れた。記者会見で人殴ったしクビだろうな、でも最高の小説を世に出せたしいいか!って覚悟したけどお咎めなしだった。明日から各所に謝りに行く。
【山田さん】
ヴァンパイアの小説を投稿したけど一次落ちした。天野とナマエちゃんに読んでもらったけど、ボロクソに言われて流石に落ち込む。けど確かになぁ…ってなりながら書き直す。






















