「うっし投稿かんりょー!」
ターン、とエンターを押してネットの海へショート動画を解き放つ。SNSでもお知らせして、今日のかぐやちゃんのライバー活動は終了! お、平日の昼間なのに早速コメントついてるな。えーと、『いろPかぐやの事好きすぎて草』、だよねー!
本日の配信はお休みなのでかぐやいろPチャンネルにショート動画を投稿したのだ。予約投稿してもいいんだけど、今回のは彩葉にチェックされたら絶対に「削除して!」って言われるだろうし。なんせ作業中の彩葉に「かぐやの好きなとこってどこ?」と聞いてみた動画だから。パソコンの画面から目を逸らさずに「全部」と即答されたやつだ。「かぐやもー!」の返事で動画は終了してるけど、ガチで集中してたから動画回してたのはバレてないはず。
この十年でいろPガチ恋勢がめちゃくちゃ増えてるから、定期的に彩葉はかぐやの……あとヤチヨのだって見せつけてやんないといけない。ていうかヤチヨは十年の間に散々見せつけたんだからちょっと遠慮してくれても良くない? いろPの本命はかぐやかヤチヨかでツクヨミのスレはいつも大賑わいなんだけど。まあオタク達はよく訓練されてるのか「まあいろPだからな……」「いろPほどの人なら」「逆に何を持ち合わせてたらいろPに対抗できるんだよ」とかなんとか言ってるけども。
SNSで早速投稿が盛り上がり出したのを眺めていると、こんこんこん、と配信部屋の扉を叩くノックの音がした。平日の昼間、家にいるのは私のほかにはヤチヨだけだ。気にしないで開けていいのに、とは思うけど、返事をする前に開いた辺り私に対して遠慮がない。ひょこっと顔を覗かせたヤチヨは、なんだか珍しい恰好をしてる。いつもはキレイめなお姉さんなのに、今日はストリートっぽいというか……サングラスとキャップも持ってるし、なんかお忍び芸能人っぽいな?
「かぐや、今大丈夫?」
「だいじょーぶだよー」
ひらひら手を振ると、そそそっと私の傍まで寄ってくる。やっぱり珍しい格好だ、パンツルックだし髪も結んでる。ちょっとヤチヨの普段の印象とはズレる感じだ。うん、まさしくお忍びルックだなこれ。ていうか彩葉の服じゃん、ヤチヨこういう雰囲気の服は持ってないもんね。
「今日配信お休みだよね」
「だよー、企画のネタ探ししながらちょっと買い物いこっかなってかんじ」
ふむふむ、と頷くヤチヨもどこかへ出かける予定なんだろう。一緒に行こうって事だな、となんとなく伝わってくる。特に予定を立てていた休みじゃないから一緒でも構わないんだけど、どこに行くんだろう。私もお忍びルックにした方がいいのかな。こてっと首を傾げてみせると、こくっとヤチヨが頷いた。すいすいスマホを操作して、もう一度うん、と頷く。
「よし、かぐや。おでかけしよっか」
「どこにー?」
「ラブホ」
「……はぇ?」
……今何て言った? 気のせいじゃなければなんか、あの、夜のお城の名前が出てこなかったか? え、ラブホってラブホテルだよね、に行くの? かぐやと、ヤチヨが?
「……やだっ!」
「え、もう予約しちゃった」
「なんで!?」
「なんでって……行って空いてなかったら困るなって」
「いやそこじゃないんだけど!?」
いや本当になんで? ついにかぐやちゃんの魅力にヤチヨもやられちゃったの、いやいや私は私の事が好きだけどそんなエクストリームなプレイに勤しむのはさすがにちょっと。思わず自分の体を抱きしめる。ぎゅうっとゲーミングチェアの上で縮こまる私をふうっと呆れたように溜息をつきながらヤチヨが見てくるけど、そんな反応されるいわれはないが。私がしたい反応だが? なに、ヤチヨバグったの? 彩葉はまだ仕事中だし今研究所に連絡したらすぐに検査して貰えるかな。
デスクに置いたままのスマホに視線を向けると、「ちょーっと待とっかかぐや」がっしりゲーミングチェアの背もたれを掴まれてしまった。完全に囲まれた、やばい、逃げられない。
にっこり微笑んでくるヤチヨに下心はないのは同じ思考の私達だからきっちり伝わってくるんだけど、脈絡がないし意味が不明すぎて怖い。たまにヤチヨが私にビビるのってこれかあ、なんとなく理解できた。理解できたから控えるとは言わないけど。
「大丈夫だよ、女子会プランだから。ちょこっと探検して、ヤチヨとおしゃべりして帰ってくる、みたいな」
「かぐや知ってるよ、そう言ってエッチなことする気でしょう!」
「しないしない。何考えてるのかぐや、欲求不満?」
「大満足だが!? ヤチヨが誘ってきてんじゃん、なに、どういうことかを聞いてるんだけど!」
「えー、だって気にならない? ラブホ。一緒に調べたでしょ、かぐやも」
「……」
確かに、調べた。ちょっと彩葉に勝ってやろっかなってヤチヨと計画した、ツクヨミで出られない部屋を造る時に。江戸の頃なんかに遊郭や連れ込み宿を見たことはあったけど、今どきのラブホはやたら手の込んだコンセプトの部屋とか、カラオケだけじゃなくてサウナや岩盤浴までついてるとか、ちょっと気になるなーと思ったのは事実ではある。あるんだけど。
「だったらいろはと行けばいいじゃん! そうだよ、いろはと行こうよ!」
「なんて言って誘うの? 今日のデート、最後のシメはラブホだよ! って?」
「……い、言いにくぅ……」
「でしょう? あと彩葉ちょっと嫌がりそう」
「ああー……」
納得できてしまったというか想像できてしまったというか、「解釈違いです!」と脳内のいろPが叫んでいる。なんか、私たちのハジメテを頂いておきながらちょっとユニコーンっぽい言動するんだよね彩葉。煽られてくれる時と「解釈違いです!」の顔をする時があって、いまだにその辺りのツボがよくわかんない。これはちょっと微妙なラインかなぁ、乗ってくれそうな気もしないわけじゃないんだけど「家でいいじゃん」って言いそう。それか「ツクヨミじゃダメなの?」って言われそう。
「あと、その……彩葉と行ったとしたら、あんまりじっくり見学する余裕とかないかなー、みたいな」
「まあ……それは、そう、うん」
ちょっと言いよどんだヤチヨの言葉に頷きながらなんとなく揃って視線を逸らしてしまうけど、本来の目的としては間違ってない。あと多分ヤチヨも同じ事考えてると思うんだけど、ご休憩自体はいいとして、お家に帰りつくまでがとんでもなく大変になる気がする。休み前の彩葉とかとんでもないもん。よろよろで出てくるのを知らない人でも見られたらいかにもすぎて嫌だし、酒寄家全員顔が有名すぎるので撮られでもしたらツクヨミニュースで大炎上するのは間違いない。だったらお忍びスタイルで二人、さっといってさっと帰ってくるのが一番平和な選択ではある。いやいかないのが一番じゃね、というのは言わないでおく。
「というわけでかぐや。ヤチヨとラブホ行こう、ね?」
「ううーんぬぬぬ……」
「ヤチヨがお誘いしてるから、全部まかせて? 駅前のイタリアンでランチして、ちょっとショッピングして、最後にちょこーっとラブホで休憩、ね?」
「うわあ、ヤチヨの口から聞きたくないデートプランだなぁ……」
「お願い、かぐや」
じいっと上目遣いで見つめてくるけどかぐやちゃんには効きませんよ、彩葉ならイチコロだっただろうけど。でも、気にならないと言ったら嘘になるし、人生経験的な?
ランチもショッピングも最後のラブホ代もヤチヨが持ってくれるらしいし、私は乗っかって楽しんじゃえばいいんだし。天秤が傾いたことが分かったらしいヤチヨがぱっと表情を明るくする。いや喜びすぎじゃね、目的地ラブホじゃん。やっぱなんかバグってんじゃないかなヤチヨ。
「しょうがないなー、かぐやちゃんが付き合ってあげますかぁ」
「やったぁ」
ご機嫌に笑いながら「じゃあ着替え、身バレしない感じでお願い。リビングで待ってるね」と配信部屋から出ていくヤチヨを見送って、私もちょっとワクワクしながら着替えに向かった。だって気になってたし。せっかくだしヤチヨと似たような感じでキメてやろ。
気になっていた駅前のイタリアンで食べたランチは思った以上に美味しかった。季節野菜のレモンオイルスパゲッティはさっぱり食べれて満足度も高かったし、今度彩葉にも作ってあげよう。ちょこっとお店を見て回って気になった配信に使えそうなグッズをメモして、次の季節ものセールを冷やかして、さて本日の本命。いや本命がラブホってどうなんだろうな、と思いながら門をくぐったわけなんだけど。
ヤチヨがちゃんと女子会プランで予約してくれたみたいで、アメニティは女子会向けとして用意されてたし、部屋もピンクを中心にした可愛い色使いで、思っていたより清潔で綺麗だ。あとちょっと気になってた玩具の自販機の中身は空だった。なんか女子会で予約するとそういう配慮をしてくれるところだったらしい。なんだ、と思った私以上にヤチヨが残念そうなのが意外だった。
「うーん、ちょっと見て見たかったんだけどな」
「欲しいなら通販すれば?」
「使いたいとまでは……見つかったらとんでもないことになりそうだし」
「かぐやにも被害出るやつだね、やめとこっか」
本当に。彩葉に見つかったらヤチヨと揃ってとんでもないことになりそうだからやめよう、うん。一瞬逆転の一手になりそうかなって思ったけどその発想で鬼に金棒持たせたばっかりだもん。やめとこ。キャップを脱いで髪をさらっと流したヤチヨが、「お風呂広いね、ジャグジーだ」と言いながらまじまじ見ている。うーん、ガラス張りのお風呂ってマジであるんだ。いやまあ、検索してた時にあったからあるんだな、というのは知ってたんだけど。
「ちょっと気になるなー、お湯溜めちゃう?」
「だね、折角だし……あ、アメニティにバスボムあるよ」
「入れよう!」
「りょー!」
やば、ちょっと楽しくなってきた。お湯が溜まるまで各々気になる場所を見て回る。ヤチヨの予約したプランは三時間パック的なやつらしいから、お風呂に入ってだらだらするだけで十分過ごせそう。でっかいテレビもあるし、カラオケもあるし。試しにカラオケのタブレットを触ってみると、なんか最新曲まで入ってるっぽい。すごいな今どきのラブホ。
ベッド周りを触っていたヤチヨがどこのボタンを触ったのか、いきなり照明がムーディーになった。間接照明の明るすぎない暗さが良い感じに雰囲気を作っている。これいいな、参考になる。ツクヨミの出られない部屋にも実装しよ。
「あ、かぐやお湯溜まったよ」
「うっしゃ入ろ!」
ぽいぽい服を脱ぎ捨てて、とりあえずジャグジーのボタンを探してみる。ん、どれだ? 銀色のボタンが並んでるけど、多分これかな。ぐっと押してみると、おお。マジでジャグジーなるじゃん、すげえ。私が色々触っている間にざっとシャワーを浴びたヤチヨがバスボム片手にやってくる。
「かぐや入れる?」
「いいの? いれるー!」
渡されたピンクのバスボムをお湯に投入。おお、ジャグジーのぼこぼこが良い感じに溶かしてくれる。ちょっと濁ったピンクの湯船はいかにもそれっぽくてちょっと面白い。
先に湯船につかるヤチヨを横目にざっと体を流して、じゃぼっと勢いよくお湯に入る。「ちょっとかぐや?」「ごめーん」なんて軽く会話しながら二人並んで足を伸ばしても余裕だ。広いお風呂良いなあ。ボロアパートの頃とは比べ物にならない。いや今のお家も十分広いんだけどね。
「ああぁ~……なんか疲れが流れていく感じがする……」
「うん……今度彩葉誘って、スパとか行ってみる? ほら、前に温泉行った時かなりリフレッシュ出来てたみたいだし」
「だねぇ、最近また根詰めてるからなあ。来週末ってどうだっけ」
「んー……うん、空いてるね。今日帰ったら聞いてみようか」
ヤチヨとだらだら喋りながらジャグジーを堪能する。ラブホに行こうって言われた時は正気を疑ったけど、こういう楽しみ方ならまあ悪くはないかも。
その後、プランに含まれてたルームサービスのケーキを食べながらでかいベッドでだらだらして、カラオケをちょこっと歌ったりして、中々面白かったなあ、なんて思いながら帰宅したんだけど。
「おかえり、二人とも。さてかぐや、申し開きは?」
「えっとぉ……」
返ってきて早々に、鬼の形相の彩葉に捕まってしまった。というか帰宅していたことにかなり驚いた。今の時刻は彩葉の定時よりも早い。あちゃあ、昼間に上げたショート動画の事忘れてた。ヤチヨは着替えるためにさっさと螺旋階段を昇って行った。うーん、すぱっと見捨てられたな。かぐやも同じことするだろうから責めたりはしないけど。
とりあえず私はダイニングチェアに座る彩葉の前に立って言い訳を始めようとした、のだけども。
「んん?」
「いろは、どうしたの?」
不思議そうに首を傾げて、すん、と彩葉が鼻を鳴らした。しばらくうんうん首を傾げて、おもむろに彩葉が立ち上がる。……あ、これまずいのでは。すいっと私の前に立ち、もう一度すん、と鼻を鳴らす。
「……かぐや、なんかいつもと違う匂いするね?」
「え、いや、あの……」
「シャンプー……だけじゃないな。ヤチヨとどこ行ってきたの?」
「え、っと……」
や、ヤバい! 何もなかったけどなんか今の彩葉にラブホ女子会してきましたっていうのすっごい駄目な気がする。かぐやが一人慌ててる間に着替えを済ませたヤチヨが階段を下りてくる足音が聞こえた。救世主!
「や、ヤチヨ!」
「ん、なんだいなんだい?」
とたとた近寄ってくるヤチヨを見て、彩葉がすん、とまた鼻を鳴らす。そしてうーん、と首を傾げる。
「……ヤチヨも違うシャンプーの香りだね」
「ああー……えっとね。彩葉最近おつかれだったじゃない? だからかぐやとちょっと、スパでもどうかなって下見を」
「……そうなの?」
こくこく頷く。口を開いたら墓穴を掘りそうだから、もうヤチヨに丸投げしよう。ていうか誘ってきたのはヤチヨなんだからどうにかしてくれていいと思う、うん。
「夕ご飯の時に話そうかなって思ってたの。だから先に気づかれると思わなくてびっくりしちゃった。ね、かぐや」
「うん、そうなの!」
「へえー……そうなんだ。どこの?」
「えっとね、ここなんだけど……」
さっきだらだらしていた時に目星を立てていたスパをサラッとスマホでみせる辺り流石ヤチヨ。さて、スパの話題に移っている間にかぐやも着替えて、夕飯の準備をしないと。そっと二人に背中を向けて、階段を昇ろうとした、私の背中に。
「かぐや。着替えて戻ってきたら動画の事詳しく聞くからね」
「……ハイ……」
どうやらお説教からは逃げられないっぽい。ちょっと憂鬱になりつつも螺旋階段を昇った。
でもラブホ女子会悪くなかったなあ。またゆっくりだらだらしたい時にヤチヨ誘ってみよ。
これ以降、私とヤチヨの間で「へいヤチヨ、ラブホ行こうぜ!」というような傍から聞いたらとんでもないやり取りが発生することがたまーにあるんだけど。
徐々にブラッシュアップされていくツクヨミの「出られない部屋」に首を傾げている彩葉には、どうやらまだ気づかれていないみたいだ。
……いつか彩葉も誘ったら一緒に行ってくれるかな。その時は、女子会ではないわけだけども。























さすが年の功!yachi8000は伊達じゃねえ!!