松田陣平と付き合ってから、2年が経った。
交際は順調だ。自分でもちょっと首を傾げるくらい。
お互いそんなにベタベタしない距離感というか、黙って隣にいるだけでも不満がないからかな。そういうところで気が合うのが不思議である。
初めて一緒に出かけた時にも思ったが、松田くんの隣は意外と居心地がいい。趣味を否定されることはなく、向こうの趣味を押し付けられることもない。
私も松田くんの解体魔なところとか、態度がちょっと悪いところとか、「松田陣平だなぁ」って思うから口出ししないし。私が白ロリだからって同じようになれとも思わないしね。なられた方が解釈違いで引くまである。
そんなこんなで、大学卒業を間近にし、松田くんの警察学校への入校を控えたこの頃。
バイト終わりの松田くんが「家行っていいか」と連絡してきたので、いいよ、と返信するのも、もう何度目になるやら。
すっかり慣れた様子で合鍵を使った彼は、「邪魔すんぞー」と入ってきてすぐ、リビングのテーブルでおやつタイムの私を見て、きょとんとした。
「なんだそれ。パフェか?」
「うん。オリジナル、イチゴパフェ」
頷く私の前には、足つきのグラスにアイスとクリーム、そして真っ赤なイチゴのパフェ。
ショートケーキ風になるように、コーンフレークやベリーソースなんかを間に挟みつつ盛り付けてみたけど、我ながらなかなか上出来な見た目と味だ。
松田くんは荷物を下ろしつつ、「すげえな」とまじまじとパフェを眺める。
「松田くんも食べる? クリーム控えめ、いちご増量、チョコアイスに変更で」
「パフェって家で作れんのかよ。すげえな・・・頼むわ」
任せとけ。家でも揺るがぬ白ロリ女は、気合を入れて白レースの袖を上げた。
やはりアイスクリームディッシャーは一家に一台あっていい。
冷凍庫に常備してあるでっかいアイスクリームをまあるく削り取って、コーンフレークや刻んだイチゴを敷いたグラスの中へポンと落とす。ベリーソースを掛けて、その上にイチゴを乗せて、ついでだからブラウニーも乗せて、またアイスを乗せて、仕上げにちょっと生クリームを絞って、イチゴを飾って、はい完成。
「イチゴチョコパフェ、松田くんスペシャルね」
「おお・・・サンキュ」
律儀にいただきます、と手を合わせてパフェを食べ始めた松田くんを見守りつつ、私も自分のパフェを食べ進める。
松田くん、意外と甘いものも食べるんだよね。私がスイーツをお昼ご飯にするのには、相変わらずいい顔はしないんだけど。
警察学校は規則が厳しい。寮生活で外出も気軽にできなくなるし、勉強のために携帯も頻繁には使えない。
兄弟が警察になった大学のダチ曰く、警察学校に入ったことで彼女を放っておかざるを得なくなり、彼女からフラれたっていう警察官は少なくないらしい。
あいつにも事情を話しておくべきだろう、と思った。
警察官になることはすでに話していて、応援もされている。
連絡頻度だの、会える会えないだのを気にするような女じゃないとも知っているが、あいつは人に対する執着がない。
気まぐれに擦り寄ってくる相手がいても気に留めないし、そいつが離れて行っても全く気にしない。
俺に対してもそうだ。
デートに誘うだとか、家に行っていいかとか聞くのも大概俺から。唯一、合鍵を渡されたのは向こうからだったが、愛情表現もささやかで、受け身なあいつに焦ったく思うことが無いわけじゃない。
連絡が途絶えたから自然消滅だと思った、だのと言われないように、釘を刺すつもりで話そう。そう思って、会いに行った。
「ああ・・・知ってる。大変なんだってね。頑張ってね」
・・・いざ話をした時の反応が、こんなにも淡白だとは思っていなかったが。
「それだけかよ」
確かにお互いベタベタするタチじゃないとはいえ、それなりに好いてもらっていると思っていたのは、俺の勘違いか?
不機嫌を隠せない俺を見て、そいつはパチパチと瞬きをしてから、緩やかに笑んだ。
「寂しいからそんなのやめてって、泣き喚いた方が良かった?」
「んな柄じゃねえだろ」
「ふふ」
部屋着のくせに相変わらずフリルとレースまみれの白い女は、白いプリンをスプーンで掬って口に運びながら、呑気に笑っている。
「寂しいのも確かだけど、松田くんがやりたいことのために頑張ってるのを邪魔したくはないからね。・・・お休みの日、一回くらいは会いにきてくれるでしょ?」
「・・・当たり前だろ。一回どころじゃ済まねえと思え」
「んふふ。ならいいよ」
どうやらこいつには無用な心配だったらしい、と思い知って、俺は妙な気分を誤魔化すために、プリンを大口で頬張った。
「応援して待ってるよ。警視総監、殴れるといいね」
向かいに座る女はそう言って、どこか嬉しそうに笑っていた。
松田陣平がいよいよ警察学校組の一員になった。テンション上がる〜〜。
ついに原作に足突っ込んできたな、と思うとウキウキしてくるが、ぶっちゃけ、会えないのが寂しいのも事実である。
あんまり私から連絡したらうざいと思われるかな、と躊躇して、基本向こうから声かけてもらうのを待つスタイルだった分、連絡が途絶えると一気に日常の空虚な時間が増えたような気分になる。
離れてみてわかった。私、もうベタ惚れだ。松田くんのこと好きだ、ちくしょう。
あーあ、しばらく距離置いたせいで、松田くんが白ロリ女に興味なくなっちゃってたらどうしよう。会える日が待ち遠しくもあり、恐ろしくもある。
内心がぐちゃぐちゃなおかげで仕事に身が入った。
大学生の頃からバイトさせてもらっているロリィタショップで新卒採用してもらい、正社員として働かせてもらっている。
給料はそこまで高く無いけど、まあ楽しくはある。入荷したアイテムも社割で買えるし。
労働で気を紛らわせながら、松田くんからの連絡を待ち侘びる日々を送っていると、入校から二ヶ月ほど経って、やっと会える日がやってきた。
・・・なんか、思わず気合い入っちゃった。
普段でさえ気合の入ったファッションで生活してんのに。いつもより派手な格好になっちゃいましたよ。
警察学校近くの待ち合わせ場所で、フリルで飾られた白い日傘を差しながら佇む。
そろそろかな、と周囲を眺めていると、見慣れたサングラスの男がこちらに向かってきていた。
「よう」
「・・・久しぶり」
警察学校は外出時基本スーツ着用。カジュアル寄りとはいえスーツのグラサン男と、気合の入った白ロリ女。どういう組み合わせだよと思われそうな二人組になってしまった。
会えない間に悶えてただけに、どう接すればいいのか分からなくなって、ぎこちなく視線を返す。すると松田くんは、ふはっとおかしそうに笑い出した。
「・・・なんだ。あんた、ちゃんと寂しかったのか」
「な、なんで分かるの」
「顔見りゃ分かる。嬉しくてたまんねえって顔してるぜ」
「ウソ・・・」
私、そんなに分かりやすい顔してたか? 接客中も笑顔が硬いとか言われるんだけど。
日傘のせいで熱い顔を隠すこともできなくて、俯いた私に、松田くんはまだ笑っている。
「ほら、行こうぜ。ケーキ食うんだろ」
「・・・うん」
当たり前に差し出された手に、バラ模様のレース手袋をはめた手を重ねる。
サングラスの奥で優しく細められる目を見るに、どうやら私は、まだ彼に陶酔していても構わないらしい。
警察学校で知り合った連中に、あいつのことがバレるまでは存外早かった。
すでに知っている萩原がいるのだから、当然のことだったが。
「班長だけじゃなく、松田まで・・・!?」
「一番意外なところが来たな・・・」
だとかうるさい降谷と諸伏をギッと睨む。余計なお世話だ。
写真を見せろと絡まれて、あまりのしつこさに仕方なく見せてやると、3人揃って俺を三度見しやがった。
「え、この子? え!? この子!?」
「松田と!? この子が!?」
「意外すぎるな・・・いつもこうなのか?」
「大学の時はずっとこうだったぜ。なあ松田」
「・・・そうだな。家でも似たようなもんだ」
不承不承ながら頷くと、降谷と諸伏が顔を見合わせた。
「家行ってる・・・」
「まじか・・・」
何をヒソヒソしてんだよこいつらは。
その後も「馴れ初めは?」だの「どういうデートするの」だのとあまりにもうるさかったんで、ちと揉めてまた風呂掃除をやらされる羽目になったりはしたが、ようやく寮から解放され、久しぶりにあいつと会えることになった。
「よう」
「・・・久しぶり」
白い日傘の下で、顔を赤くしながら目をそらす女は、久しぶりに見たせいか、以前よりも可愛くなっているような気がした。
・・・いや、明らかに表情が違う。表情が豊かとは言い難い女だったくせに、俺のことが好きだって言ってるような顔するようになりやがって。
指摘したらなおのこと顔を赤くするもんだから、こっちはもういい気分で笑いが止まらない。クソ可愛いこの女、俺の恋人なのかよ。最高だな。
引っ掻いただけで破れちまいそうな薄い手袋に包まれた手をそっと引いて、目的のカフェへと足を向ける。その道中も、可愛いとこばっかが目について、たまらなかった。
「また甘いもんばっかで腹膨らましてねーだろうな?」
「ん・・・今朝はアジのみりん干しとお味噌汁食べたよ」
「いいもん食ってんじゃねえか」
カフェの帰りに見かけたパン屋でクリーム入りのメロンパンを買って、美味そうに頬張っている女の、綺麗に巻かれた横髪を指で避けてやる。
途端にポッと赤くなった頬にまたニヤけた俺に、膨れっ面が向けられる。
「・・・松田くんも、喧嘩ばっかりしてちゃダメだよ。心配するから」
とん、と肩に寄りかかってくる仕草に、見事にやり返された。
松田陣平、爆発物処理班に配属になったってよ。
本人が言ってました。何かでお祝いさせて、と言ったら、「お前の作ったハンバーグ」って言われたので、気合い入れてミンチ肉捏ねた。チーズ入れて焼いてやったわ。めっちゃ喜ばれて、嬉しいやら恥ずかしいやら。
そうなるとオタクにとって心配なのは、「救済」の件である。
せっかく知り合えたんだし、みすみす見殺しになんてできるはずもない。ただ、どう対処するのかが問題だった。
付き合い始めてからの数年間、考え尽くして、決めた。
白ロリ女を逆手に取って、隠密しよう、と。
目立つ格好をしてる奴が地味な格好すると、途端に誰だか分からなくなる現象、あるじゃないですか。
私はトレードマークが決まりすぎているし、バキバキに真っ白に染めている髪も、黒いウィッグとかで隠して、化粧の雰囲気もガラリと変えて仕舞えば、そう簡単には素性は割れないはずである。
松田くん相手には誤魔化しきれない気がするので、観覧車の件に関しては偶然を装って素で勝負するつもりだけど。
やってみた結果だけ、先に共有しておくと・・・上手く行きました。ぜーんぶ。んふふ。
きっとネタバラシをする日は来ないだろう。それでいいと思ってる。
白ロリ女はただの白ロリ女だ。ちょっと変で、松田くんのことが大好きなだけの、甘味狂いの女。
ずっと、そのままで生きていくつもりだ。
「萩原のやつ、防護服脱ぎやがって・・・もう一発ぶん殴ってやりゃよかった」
愚痴る松田くんが、大きく口を開けてドーナツを放り込む。
私はそれに頷きながら、クリームがたっぷりの穴がないドーナツを頬張る。
むしゃくしゃしてるから会いたくない、と言われたのを押し切って、「それならやけ食いしようよ」とドーナツ屋さんの食べ放題に来たのである。
案外甘いもの食べるんだよなぁ、この人。私が作ったスイーツも文句言わずに食べるし、なんだったら楽しみにしてるところもあると思う。
私が新しいボンネット被ってたら「見たことねえ奴だ」ってすぐ気付くし。普段よりヒールの高い靴履いてれば、「ん」って手出して支えてくれるし。思いの外よく見てくれてると実感すると、ますます好きになってしまうのが、もはや悔しいまである。
「あー、食った。・・・あんがとな。いい気分転換になったわ」
「こちらこそ。いつもありがと」
「あ? 何が?」
きょとんとする松田さんは、やっぱり歳よりも幼く見える。あーあ、この人がお友達と死に別れもせず、ずっと仲良くできる未来になればいいのにな。
都内の高層マンション二つに仕掛けられた爆弾。俺と萩原はそれぞれの解体へ駆り出され、萩原が担当していた爆弾の解体に時間がかかった末に、タイマーの復活によって死にかけるという事件が起こった。
当時爆弾の前にいながら防護服を脱いでいた萩原は上司からこっぴどく叱られ、処分を受けた。
俺も一発ぶん殴ったが、今回は奇跡的に助かっただけで、本来なら死んでいたのだと思うと、殴り足りなかった気がしてならない。
萩原曰く、爆弾のタイマーを止めて一休みしている最中、逃げ遅れた住民が現れたのだという。
その住人は年若い女で、爆弾を聞いて腰を抜かしたのか、歩くにも難儀する様子だったらしい。
防護服を着ておらず身軽だった萩原が下まで送ろうとしていたところで、爆弾が爆発。
衝撃に押されてバランスを崩し、女性を巻き込んで転倒。意識が飛んでいる間に女性は姿を消し、駆けつけた同僚たちも見つけられなかったんだと。
「まあでも、下で待ってた救急隊がそれっぽい女性を保護したって言ってたから、俺が気絶してる間に自力で下まで降りただけなんだろうけど」
「それにしてもあの子可愛かったなあ」だとかヘラヘラしている萩原に、もう一発くれたやろうかと拳を構えると「タンマタンマ! わかってるって、反省してる!」と慌てて逃げられた。
「けど本当に好みだったんだよ〜〜、ちっこくてプルプルしててさぁ」
「ふざけてんじゃねえよ。偶然でもその女がいなかったら死んでたかもしれねえんだぞ、もっと反省しろっての」
「はーい」
ほんとにわかってんのかこいつ。睨みつける俺に、萩原はやっぱりヘラヘラしていた。
無性に胸がムカムカした。萩原の態度のせいじゃない。ああ見えてちゃんと事態を理解できていることも分かっている。
イラついてたまらないのは、あの爆弾を作って仕掛けた犯人に対してだ。
タバコを吸ってもどうにもならない腹立たしさをぶつけてしまいそうで、会えないと連絡した俺に、恋人は却って「やけ食いしに行こう」だとか言ってきた。
珍しいくらいの押しの強さに負けて顔を合わせ、ドーナツ屋でしこたまドーナツを食って、腹がいっぱいになる頃には、不思議とささくれた気分も落ち着いていた。
「悪かったな、不機嫌なところ見せて」
「別にずっとご機嫌じゃなくていいよ。可愛いし」
「はあ? 可愛かねえだろ・・・」
可愛いよ、なんて言って笑うそいつに、俺は敵わねえなと目を逸らすのだった。
この前、萩原さんと話す機会があったので、そういえば、と思ったことを相談した。
「松田くん、なんで私のことが好きなんでしょうね」
「えーーっと・・・どういう意味で言ってる?」
「いや、あの人多分、気の強い男勝りな人の方が好みですよね?」
「あー、うん、まあ、そうね・・・」
非常に気まずそうに目を逸らす萩原さんには、イケメンなお姉様がいる。
あのお姉様が初恋の人で、本編三年前には佐藤刑事とフラグが立っていた男。
こうして考えると、松田くんは女の好みが分かりやすいんだよね。いい趣味してるぜ。
だから余計に、あの女傑たちとは違って、大人しくて世間からズレてるだけの私が、ここまで好かれているのが分からない。
「確かに、陣平ちゃんの今までの好みとはちょっとズレてるけど・・・結局、根っこは同じだと思うんだよね」
「というと」
「芯の強さじゃない?」
「・・・なるほど」
芯かぁ。周囲に流されないで、自分の軸を頑固に持ってる人。
・・・確かにな。白ロリやってる時点で折り紙つきだったわ。
「納得しました。ありがとうございます」
「いえいえ。陣平ちゃんと仲良くね」
萩原さん、松田くんの親みたいだな。
なんて思ったことを、思い出した。
「なあ、結婚しようぜ」
いきなりそう言われて、私は思わず、右を見て、左を見て、周囲に自分以外が存在していないか確かめてしまった。
自宅なのでいるはずがないんだけど。それにしたって唐突すぎる。
「・・・私?」
自分を指さして聞き返すと、「お前だよ」と呆れた顔をされた。
「そう・・・」
パチパチと瞬きを繰り返しながら、言われた言葉を咀嚼する。
結婚。この人と。
昨日から仕込んでおいたフレンチトーストに、バニラアイスと粒あんを乗せて食べている彼との交際も、気がつけばもう5年になる。
警察官は基本的に、結婚しなければ同棲できない。だから今日の家デートも、場所は私の家だし、彼は独身寮に住んでいるから、私が彼の部屋へ行くこともない。
結婚すれば、彼と2人で暮らせるようになるのか。
そう思ったら、悪い気が全くしなくて、困った。
「いいよ」
「いいのか」
「いいよ。・・・よろしくね、陣平くん」
彼は照れたように目を逸らして、「おう」と無愛想に言った。可愛い人だなぁ。






















