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モブたけどモブじゃなかった件について その4

aoi 絶賛スランプ中aoi 絶賛スランプ中

佐藤刑事の姉に転生しモブでありたいと思いつつ、思いっきり原作に関与している。 n番煎じ。 読了後の苦情も読前の苦情も何も受け付けられません。 シリーズ化してほしいと嬉しいお言葉を受けてシリーズ化にしました。イイねやブックマーク。そして 2026/05/11の[小説]デイリーランキング68位 2026/05/11の[小説] 女性に人気ランキング85位 に初ランクインしました!!本当にありがとうございます!! ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 「……って、まだ萩原さんは振られてないじゃないですか」  高木は半ばやけくそ気味にグラスを置いた。 「僕なんか、今日佐藤さんに振られたんですよっ!!」 「高木ちゃ〜ん!!」  萩原は勢いよく肩を組んでくる。 「今日は飲もうっ!!」 「はいぃっ!!」  そのまま二人してぐだぐだになった。 「えぐっ……だってせっかくデートだったのにぃ……」 「わかるよ高木ちゃん……好きな人に距離置かれるのキツいよなぁ……」  もはや居酒屋の隅で失恋同盟が結成されていた。……というか。 (俺より高木ちゃんの方がだいぶ酔ってんな、これ…)  萩原は泣きながらビールを飲む高木を眺め、小さく苦笑する。  でも同時に、少し羨ましくもあった。  高木は、ちゃんと佐藤ちゃんに想われてる。  怖がって距離を取ろうとしてるだけで、本気で拒絶されてるわけじゃない。  それに佐藤さんは、高木ちゃんのことを認めてる。今日だって、あそこまで真剣に背中を押してたんだ。  ……それって、すごいことだ。 「羨ましいなぁ……」  ぽつりと漏れた本音。 「俺なんか、どうすりゃいいんだろ」 「え?」 「いやぁ、だってさぁ」  萩原はぐったり椅子にもたれかかった。 「俺、未だに佐藤ちゃんから牙向けられてる感じあるし?」 「あー……」  否定しづらい。 「三年頑張ってようやく“危険人物”から“ちょっと距離近い後輩”くらいになったのにさぁ」 「それ進歩してるんですか?」 「してるしてる。かなりしてる」  本人は真顔だった。 「昔なんかマジで目ぇ笑ってなかったからね?」  ……それは怖い。 「なのに長野にいる元恋人さんには、最初から普通に気ぃ許してるし」 「長年の付き合いですからねぇ」 「うわぁ、高木ちゃん今ナチュラルに俺刺した」  そんな馬鹿みたいなやり取りをしながら。  二人は夜遅くまで飲み続けた。 「高木くん、休んでいいとは言ったけどやけ酒しろとは言ってない」 「すっ、すみません」 「はい、水飲んで。全く少しは体調管理に気をつけて」 「あっ、ありがとうございます」  に対して萩原はというと 「うぅっ飲み過ぎた。頭痛ぇ」 「自業自得だろ」 「じんぺーちゃん冷たい……」 「ったく、お前先に帰ったと思ったら何やってたんだよ」 「それは、言えなーい」

はぁ……私の辞表は、いつになったら受理されるんだろう。長野の一件以来、毎日のように先輩から電話やメールが飛んでくる。あれか。「案内する」と言われたのを断ったからか。もしそうなら、素直に了承しておけばよかった。……いや、あの人のことだ。仮に承諾していたとしても、連絡先を再交換した時点で詰みだったのでは?あ~もうっどうしたら良かったと言うんだ!!
 しかも最悪なことに、消したはずのやり取りを撮影した写真や動画まで萩原くんに送られていた。
 そのせいで、私は追い詰められ、慌てた様子で駆け寄ってきた萩原くんは私に追いついた途端、勢いよく壁に手をついた。

 ――いわゆる、壁ドンである。

 ……心なしか目が怖いし、おまけにここは人通りの少ない場所だった。誰かが助けに入ってくれる気配もないし、逃げ道も塞がれている。完全に詰みだ。

 そしてこの状況、すごく既視感がある。

 怖いよぉ…怖いよぉ…一体私は今から何されるっていうの。怖いよぉ〜…助けてぇ美和子ぉ〜〜。あと……すっごい顔がいい。
 そんなふうに内心では盛大に怯えていたが、それでも表情には出さない。役者としてのプライドにかけても、ここで取り乱すわけにはいかなかった。

「……佐藤さん」
「はい」

 努めて平静を装って返事をする。だが、萩原くんは逃がす気など一切ないらしい。壁についた腕はそのままに、じっとこちらを見下ろしてくる。近い。圧が近い。うっ、声も良いな。

「俺、聞いてないんすけど」
「何をかな」
「元カレのことです」

 ……やっぱりそこか。いや、まあ、そうなるよねとは思っていた。思ってはいたけれど。……言う必要ってある?

「なんで黙ってたんですか」
「黙っていたというか……説明する必要性を感じなかったというか……」
「じゃあ説明したくなるくらい詳しく聞いてもいいですか?」
「それはちょっと……」

 萩原くんが「ですよねぇ〜……」と低く呻く。なんなんだ、その散歩行くかと思ったら予防接種受けされられた犬のような顔は。ちなみに犬種はゴールデンレトリバー。

「でも、あの動画は何なんすか」
「…………」
「めちゃくちゃ距離近かったですよね?」
「角度の問題です」
「写真もありましたけど?」
「遠近法です」
「無理ありませんか」

 ですよねぇ〜〜〜〜。自分でも分かっている。だが認めた瞬間、面倒なことになる未来しか見えないのだ。

「佐藤さん」
「はい」
「俺、結構本気で聞いてるんですけど」

 その声音が、先ほどまでより少しだけ低かった。思わず息を呑む。……ああもう、本当に勘弁してほしい。
 な〜んであんなものを送りつけたんだよ。何が絶対面白いだ。後で絶対文句を言ってやる。シめる。
 すると萩原くんは、小さく息を吐いてから、困ったように笑った。

「……俺、――――」

 毎年「優勝候補」と騒がれながらも、あと一歩のところで優勝を逃し続けていたサッカーチーム・東京スピリッツ。そんな彼らがついに悲願のリーグ優勝を果たし、十月二十四日の日曜日、都内では盛大な優勝パレードが開催されていた。だが、沿道は人、人、人。
 あまりの観客の多さに、元太と光彦は少しでも見やすい場所を求め、近くのポストの上に乗って撮影していたらサングラスを掛けた女性に注意された。一見すると普通の観客に見えるが、その声には聞き覚えがある。すると自らカツラとサングラスを外した。女性の正体は佐藤刑事だった。でもなんで変装なんか、他の奴らも疑問に思ったのだろう。

「まさか、仕事を抜け出してパレードを見に来たんですか?」

 光彦が半ば呆れたように尋ねた、その時だった。

「違う違う」

 近くに停まっていたミニパトの窓から、交通課の由美さんが顔を出した。

「高木とデート中なのよ、この人」
「えっ!?」

 子どもたちが一斉に反応する。

「さっきトイレで、高木刑事がカツラ選んでるの見ちゃったし、勤務中に変装してデートなんて、やるわねアンタ達!」
「刑事がそんな事していいのかよ?」
「服務規程違反ね……」
「日本の将来が思いやられます……」

 子どもたちに好き放題言われ、佐藤刑事は珍しくタジタジになっていた。

「あ、だから違うって!」

 するとその時、後ろから穏やかな声が割って入る。

「仕事ですよ、仕事」

 現れたのは、こちらも変装姿の白鳥警部だった。彼の変装は比較的分かりやすかったが、その隣にいた黒縁眼鏡の女性だけは、誰なのか全く分からない。

「しかし何故、変装なんてしておるんじゃ?」

 阿笠博士の問いに、白鳥警部が説明する。

「ついさっき、本庁に妙なFAXが送られてきたんです。“今日行われる東京スピリッツ優勝パレードで、面白い事が起こる”――と」
「しかも、その文面が以前私達が関わった事件の犯人とよく似ていてね」

 今度は黒縁眼鏡の女性が口を開いた。

「だから念のため、変装して捜査してたってワケ。まぁ、どうせ優勝を妬んだ誰かの悪戯だと思うけど」
「…………」
「……」

 佐藤刑事と高木刑事のデートではなかったと知り、歩美は分かりやすく肩を落とした。その横でじっと黒縁眼鏡の女性を見上げる。誰だ?何度見ても分からない。でも、どこか見覚えのある雰囲気だけはある。違和感が拭えず、ついに白鳥警部へ尋ねた。

「ねぇ、白鳥警部。そのお姉さん、誰なの?」
「ああ、コナンくんでも分からなかったか。……まぁ無理もないな。私たちもそしてあの佐藤さんですら気づかなかったんだから」
「え?」

 その言葉に、コナンは勢いよく女性を振り返る。すると彼女は、不敵に口元を吊り上げた。

「ふふっ。小さな名探偵さんでも、私の変装は見抜けなかったみたいね」
「「「さっ佐藤警部!?」」」
「えっ……」
「………」

 子どもたちが揃って驚きの声を上げる。だが、俺と灰原は言葉を失っていた。眼鏡を外しても、まだ分からない。顔立ちだけじゃない。立ち姿も、仕草も、纏う空気そのものが別人だった。声だけが、かろうじて同じだと分かる程度。

「すっごーい!」
「全然分からなかったです!」
「佐藤警部、変装上手なんだなー!」

 子どもたちや阿笠博士は純粋に感心していた。そしてなぜか、本人以上に嬉しそうなのが佐藤刑事だ。

「ねっ?お姉ちゃんすごいでしょ?」

 まるで自分のことのように得意げである。

 一方で、灰原だけは僅かに眉を顰めていた。――変装。その言葉から、ベルモットを連想したのだろう。そんな中、由美巡査長がふと反対車線へ視線を向けた。

「おっ、噂をすれば」

 そこには、一台の車が停まっていた。しかも、見覚えのある車種。

「あれ、高木刑事の車じゃ……」

 歩美が首を傾げる。だが次の瞬間、車から降りてきた人物を見て、その場の空気が凍りついた。

「――えっ」
「うわっ!?」
「ま、松田さん!?」

 現れたのは、普段通りのスーツ姿をした松田刑事だった。誰もが一瞬、言葉を失う。特に白鳥警部、佐藤刑事、そして由美さんの三人は完全に唖然としていた。
 子どもたちは松田さんではなく、高木刑事だとすぐに見抜いたが、一方で佐藤警部だけは平然としていた。というよりどこか楽しそうだ。

「ねぇ、佐藤警部でしょ?仕掛けたの」
「変装には気づかなかったのに、そっちは分かるんだ?」

 くすり、と佐藤警部が笑う。いや、分かるに決まってるつーの。アンタだけ、“悪戯大成功!”って顔してるから。

「前から思ってたんだよねぇ。松田くんと高木くんって、顔のパーツ結構似てるなーって」
「いやいや、一瞬ドッペルゲンガーかと思いましたよ!?」
「ホントホント!」

 子どもたちはが揃って頷く。その反応に、佐藤警部は満足げに笑みを深くした。一方、“松田刑事”姿の高木刑事はというと、本人も結構イケてると思っており頬を掻いている。

「……お姉ちゃん、いつの間にこんなの」
「サプライズ」

 さらりと言い切った後、佐藤警部はふっと笑う。

「……でも、もうやらないから安心して」

 その言葉に、佐藤刑事はどこか複雑そうな顔で目を逸らした後に持ち場に戻って行った。

 本日は、東京スピリッツのリーグ優勝パレードが行われている。そんな祝いムード一色の中、つい先ほど警視庁本庁へ妙なFAXが届いた、との報告が上がった。
 内容は『今日の優勝パレードで面白い事が起こる』
 しかも文面が、以前のあの事件で送られてきたものと酷似している。そのため捜査一課も、念のため変装して周辺を警戒することになった。
 ……変装。そんな言葉を聞いた瞬間、役者の血が騒がないわけがない。

 ――やるからには、絶対に誰にもバレない変装をしてやる。

 私は密かに気合いを入れた。ただ服装を変えるだけじゃ意味がない。体格をごまかすために詰め物でシルエットを調整し、メイクも特殊メイクを使って本格的に仕上げる。普段ならここまでやらない。でも今日は別だ。かなり本気だった。コンセプトはどこにでもいそうな地味な女性。最後に黒縁眼鏡を掛け、鏡を確認する。

 ………フッ、完璧だ。

 そして結果は大成功だった。誰一人気づかない。あの美和子ですら、「……どちら様でしょうか?」と本気で首を傾げていたのだ。どうだ見たか!これが役者というものだ!!わーっはっはっは!!……などと内心で盛大にドヤっていたわけだが。
 まさか捜査中に少年探偵団と鉢合わせるとは思わなかった。いや、本当に。よりによって、あの小さな名探偵くんまでいるし。だが幸い、コナンくんにも正体は見破られなかった。ま、ネタバレはしたけど。うむ、やはり私の演技と変装は素晴らしい。怪盗キッドのよりかはレベルが低いと思うが結果的には良しとしよう。……とはいえ。やっぱり、できれば遭遇したくはなかった。

 東京スピリッツの優勝に大きく貢献した主力選手、ヒデの乗ったパレードカーが近づいてきた。

「うわーっ!ヒデだー!!」
「ほんとだ!!」

 興奮した少年探偵団は、少しでもよく見ようと前方へ駆けていく。その背中を、阿笠博士はどこか不安そうに見つめていた。
 あの妙なFAX。頭では悪戯だと思いつつも、嫌な予感だけは拭えないのだろう。だが今のところ、周囲に異変は見当たらない。

「やっぱり悪戯だったみたいですね……」
「そうね」

 近くで駐禁取締りの応援に来ていた由美ちゃんが、高木くんへ視線を向けた。

「高木くん、早く車移動させないと切符切るわよ〜?」
「えっ、あっ、はい!」

 慌てる高木くんを横目に、白鳥くんが感心したようにこちらを見る。

「それにしても、佐藤警部があんな特技を持っていたとは驚きましたよ」
「確かに。その変装、一体どこで身につけたんですか?」
「内緒」

 にっこり笑って誤魔化す。
 ――前世で培った演技力を応用しました、なんて口が裂けても言えない。というか、実は過去にも何度か変装していたのだが、どうやら誰にも気づかれていなかったらしい。……そうかそうか。バレてなかったのか。何かあった時の保険として、このまま黙っておこう。

「あっ、そういえば佐藤警部。例の彼とはどうなんですか?」

 由美ちゃんが、にやにやしながらこちらを覗き込んできた。

「……誰から聞いたの?」
「篠本パイセンからで〜す」
「……やっぱり」
「やっぱりってことは、本当なんですね?」
「何が」
「その、恋人といい感じって話です♪」

 うわ、めちゃくちゃ面白がってる顔してる。あと、恋人ではなく元です。元。

「で?運命の再会をしたとかなんとか?それから連絡とか毎日取ってるって」
「黙秘権を行使しまーす」
「またまたぁ〜」

 由美ちゃんはニヤニヤを隠そうともしない。

「あっ、もしかして萩原くんともいい感じだったりして?」
「……だから、なんでそこで萩原くんが出てくるわけ?アイツに続いて由美ちゃんまで……」
「あれ?違うんですか?」
「違うよ」

 そして、私は盛大にため息を吐いた。

「あと言っとくけど……私は背中刺されたくない」
「え?」

 白鳥くんが固まる一方、由美ちゃんだけは数秒沈黙した後、

「あー……なるほど」

 由美ちゃんだけは、妙に納得した顔で頷いた。やめて、そう言う意味で理解しないでほしい。訂正しようとしたその時、ドォンッ!!という凄まじい爆発音が響き渡る。

「っ!?」

 反射的に振り返る。次の瞬間、高木くんが停めていた車が、激しい炎を上げて吹き飛んだ。

「きゃあああっ!!」
「爆発だ!!」

 一帯は一気に騒然となる。巡回中だった警察官たちが即座に動き出し、観客の避難誘導を開始した。

「た、高木くん!!」

 美和子は血相を変えて駆け出した。爆風で大きく吹き飛ばされた車は、横転したまま道路脇に転がっている。
 その近くにはさっきまで変装で身につけていたカツラとサングラス。

「っ……!」

 血の気が引く。震える手で車へ近づこうとした、その瞬間。

「佐藤さん!」

 後ろから腕を掴まれた。振り返れば、そこにいたのは高木くん本人であった。

「たっ高木くん……」
「危ないですよ!」

 高木くんは息を切らしながら、美和子を車から引き離す。
 車を停める前身に覚えのない紙袋を発見しもしかして爆弾かもしれないと報告しに離れたおかげで間一髪難を逃れたらしい。美和子はその説明を聞きながら、ようやく全身から力が抜けていく。

 私も最初は嫌な想像してしまったけど、爆風でスッ転んでいる彼を見て爆発に巻き込まれてなかったことに安心したのも束の間、すぐに別の感情が込み上げる。
 君さぁ……前々から思ってたけど、何かと危ない橋渡ってない?この前の「秋思郎事件」の時もそうだったし。というか、どうして毎回そんなギリギリで生還するの。本人に悪気がない分、余計に質が悪い。

 爆発物処理班の検証によれば、使用されたのはプラスチック爆弾。
 起爆装置は時限式、それも無線型のものだった。恐らく携帯か、それに類する通信機器を使って遠隔で起爆したのだろう。さらに、犯人は高木刑事が車へ近づく様子を見ていた可能性が高い。タイミングがあまりにも正確すぎる。つまり今回の爆破は偶然ではない。狙われたのは、警察。
 しかも爆弾の形式こそ異なるものの、手口の方向性は三年前のあの事件と酷似していた。
 現場には重苦しい空気が流れる。

「捜査員はこの件を念頭に置き、慎重かつ迅速に捜査を進めろ!爆弾犯確保に全力を尽くせ!」

 目暮警部が厳しい口調で指示を飛ばしていた、その時だった。

「あ、あの……!」

 遠慮がちに手を挙げたのは光彦くんだった。

「もしかしたら、僕のビデオカメラに犯人が映っているかもしれません」
「何?」

 全員の視線が一斉に集まる。光彦くんの話によれば、彼は爆弾が仕掛けられていた付近をずっと撮影していたらしい。だが途中、人混みの中でビデオカメラを盗まれてしまった。その後、カメラ本体は近くの駅のゴミ箱から発見されたものの、テープだけが抜き取られていたという。――ただし。

「実は、盗まれる直前に予備テープと入れ替えてたんです」

 つまり映像そのものは無事。
 犯人はビデオカメラではなく、中に入っていたテープを狙っていたことになる。

「なるほどね」

 コナンくんが静かに口を開く。

「あの状況でわざわざテープだけ盗む理由なんて限られてる」

 そして、鋭い目を細めた。

「優勝パレードをどうしても自分で撮りたかった、東京スピリッツの熱狂的ファンか……あるいは、撮られたくない姿を映されてしまった爆弾犯本人」
「……!」

 その推理に、周囲の空気が一気に張り詰める。
 我々はすぐに近くの電器店へ移動し、光彦くんのビデオ映像を確認することになった。

 それにしても、もし今回の爆破予告が本当に三年前の爆弾犯と同一人物によるものだとしたら。……当然あの二人が黙っているはずがない。一応、報告だけは入れておくべきか。そう思い、私は携帯を開いたがタイミング悪く、画面上に先輩からのメッセージ通知が表示される。

「…………」

 私は無言で携帯を閉じた。無理。今このタイミングで返事をする気力はない。かと言って、ここで既読も返事もしなければ、後々もっと面倒なことになるのも目に見えている。いやでも今は仕事中だし。というか、なんであの人は毎回こんな絶妙なタイミングで連絡してくるの?……長野県警って暇なのか?そんなことを真顔で考えていた時だった。

「……佐藤警部?」

 不意に声を掛けられる。顔を上げると、そこにはじっとこちらを見上げるコナンくんがいた。

「なんでもないよ」

 反射的にそう返す。だけどコナンくんは、こちらの手元、閉じた携帯へちらりと視線を向けた。

「誰かから連絡?」
「違うよ」
「ふーん」

 絶対納得してない顔だ。というか、その探るような目をやめなさい。小学生とは思えない圧がある。いや中身は高校生だったね、君。

「……コナンくん?」
「ねぇもしかして諸伏警部?」
「っ」

 一瞬、呼吸が止まりかけた。なんで分かった。まさか、私のポーカーフェイスの腕が衰えてきているというのか?だとすれば一大事である。

「図星なんだ」
「違うよ。なんでそう思ったの?」
「だって、さっきから通知来る度にすごい嫌そうな顔してるし」
「失礼だなぁ」

 でも、否定はできない。するとコナンくんは少しだけ笑って、

「でも、ちゃんと返事返さないともっと大変になるんじゃない?」

 などと、大人びたことを言ってくる。……うん。君、たまに妙に核心突くよね。あとこうなったのも君のせいだからね。私まだ根に持ってんだからね?

 コナンくんが次々と推理を披露していく中、私は部屋の隅で静かに聞き役に徹していた。
 そして本来なら勤務中なので褒められた行為ではないのだが、今のうちにと思い、私はそっと携帯を開く。先ほど無視してしまった先輩への返信だ。ついでにだ、今回の爆弾事件についても簡単に内容を送っておく。すると数秒後、電話が掛かってきた。

「…………」

 しかも最悪なことに、着信音を消し忘れていた。静かな室内に、盛大に響く着信音。当然、その場にいた全員の視線が一斉にこちらへ向く。

「……すみません、少し抜けます」

 私は小さく頭を下げ、足早に部屋の外へ出た。廊下へ移動してから通話ボタンを押す。

「おかけになった電話番号は、電波の届かないところにあるか――」
『すみません。職務中なのは承知しているんですが、事件の内容を詳しく聞こうかと』
「…………」

 最初のボケ、全スルーかい。少しくらいツッコんでよ。今、完全に私が滑った人みたいじゃん。というか、分かってるなら電話じゃなくてメールにしてください。……と言いたい気持ちをぐっと飲み込み、私は観念して事件の概要を説明し始めた。

『なるほど……。なら、その爆弾犯の狙いは恐らく――』

 しかし、その瞬間だった。バンッ!と勢いよく扉が開く。

「佐藤警部!犯人の狙いが分かったので今すぐ移動の方を――!」

 思わず通話を切ってしまい、肝心なところを聞きそびれてしまった。
 ……いや。でも、どうやら心配する必要はなかったらしい。コナンくんたちの推理によって、既に犯人の狙いは判明していた。
 爆弾犯の真の目的。それは、納金日前の休日局員が少ないタイミングを狙った郵便局強盗だった。だが犯人たちは知らなかった。高木くんから事前に連絡を受けた捜査一課の刑事たちが、局員に扮して内部に配置されていたことを。突入した犯人たちは、逆に大勢の刑事たちに包囲され、その場で観念し逮捕された。さらに、郵便車両内に拘束されていた局員たちも、高木くんによって無事救出。爆弾を仕掛け、別地点で待機していた強盗グループの仲間たちも次々と確保され、こうして事件は無事解決を迎えたのだった。
 ……まあ。先輩から『続きが気になるので、後で詳しく教えてください』という追撃メールが届いた時点で、私の胃痛案件はまだ終わっていないのだが。
 それより今は、目の前の二人の行く末の方が気になって仕方なかった。

「よく分かったわね。爆弾犯の狙いが郵便局強盗だって」
「あ、いや……実は子ども達に知恵を貸してもらったんですよ」
「それってコナンくんでしょ?やっぱりあの子、只者じゃないわね!」
「え、えぇ……」

 事件解決後、高木くんと談笑しながら、警視庁への帰路を歩く美和子。さっきまで普通に笑っていたのに、彼女はふいに表情を曇らせ、黙り込んでしまった。

「……佐藤さん?」

 不思議そうに高木くんが声を掛ける。すると美和子は、振り返りざまにぽつりと言った。

「……今度のデート、やめにしよっか」

 ――はぁ!?

 思わず叫びそうになった。ちょ、ちょちょちょ〜っと待て!せっかく高木くんが、美和子と同じ日に休みを合わせようと必死もぎ取ったというのに!あれ本当に凄かったんだからね!?捜査一課総出で「なんで休み取る必要あるんだ?」って尋問されてる高木くんを、偶然見かけた私が必死で助け舟出したんだから!
 父親を死に追いやった犯人の逮捕に協力してくれたお礼として。今度の日曜日、美和子と高木くんは新しく出来たトロピカルマリンランドへ行く約束をしていた。
 ……なのに、どこから情報が漏れたのか知らないけど、既に周囲にはバレていたし。だから私は、二人の恋路を邪魔する奴は姉として全力で排除する!くらいの気持ちでいたというのに。

「……自分、呪われてるし」

 その一言に、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 ――ああ。

 お父さんの件が終わっても、美和子の中ではまだ終わっていなかったんだ。大切な人を失う恐怖が、ずっと残っていた。上司としても。姉としても。どうして気づいてあげられなかったんだろう。自分の不甲斐なさに胸が痛む。

「の、呪われてる……?」
「だって、私が大切に思った人って、みんないなくなっちゃうんだもん」

 美和子は力なく笑った。

「お父さんでしょ?小学校の体育の先生でしょ? 野球部の先輩でしょ?それに、それに……」

 そこで言葉を切る。そして、無理に笑みを作りながら続けた。

「だから、まぁ……今まで通り、同じ警察官仲間として――」

 それ以上、言わせたくなかったのだろう。高木くんは突然、美和子の手を両手で包み込んだ。互いに見つめ合う二人。驚いたように目を瞬かせる美和子へ。おっ、甘い雰囲気になったぞ!いいぞ!高木くん!!漢を魅せろ!!だが、高木くんはぎこちなく笑いながらこう言ったのだ。

「そ、そうっスね……。元々、僕と佐藤さんじゃ釣り合いませんから……」
「そうそう!高木くんには、もっと可愛らしい子が似合ってるって」

 た、高木く〜〜〜ん!!そこは違うって否定するとこでしょ!?

 ……って、二人のことで全く気が付かなかったけど、コナンくんたちや由美ちゃん、おまけに事件現場で変装していた捜査一課の人たちがいるんだけど?何この人数。

 ええい多い、多い!散れっ!去れっ!二人の恋路を邪魔する者は誰だろうと許さんぞッ!!

佐藤姉
辞表を認められないのでまだまだ奮闘中。
二度目の壁ドンされた。でもこうなることはなんとなく予想はしていたが、それでも怖いものは怖い。
変装については前世で培ってきたモノを応用しフル活用しているため、本庁に配属されてすぐに変装をすれば誰も彼女とは認識できないほどであり、実はその変装のおかげである事件の解決に貢献した事もあってかなり重宝されている。それも辞表を認められない理由の一つである。だが、本人はそんな実力を買われていることに知らない。そして今回、あの名探偵にすら気が付かれなかったことでかなり満足気である。
事件解決後、妹の恋路が発展するかと思いきや、まさかのそこでデートのキャンセル!?嘘でしょ?高木くんの努力はどうなるのっ!!
美和子っ!ちょっとお姉ちゃん話があるんだけどっ!!………あっ、事情聴取や報告書があるんだった。まって、早急に終わらせるから……ってこんな時に誰よ、電話をかけてくるのは……………見なかったことにしよう。ウン。

妹が未だに抱えていたトラウマに気がつけなかった自分に不甲斐なさを感じている。そしてそのトラウマが自分のことも含まれていることに気がついてない。

 コナンくんたちに事情聴取を受けてもらい、彼らを見送ったあとだった。

「ちょっと、高木くん!」

 突然、佐藤さん――いや、お姉さんの方の佐藤警部に勢いよく詰め寄られた。

「どういうことなの!?」

 その慌てっぷりに、僕は思わず目を丸くする。
 普段の彼女なら、どんな状況でも冷静沈着で、周囲を広く見渡して行動するタイプだ。滅多なことでは取り乱さない。なのに今は、珍しく感情が顔に出ていた。

「あの、どういうって……」
「美和子のことよ!」

 佐藤警部は勢いよく僕の肩を掴んだ。

「あのまま押し切ればよかったじゃない!なんでそこで否定しなかったの!?高木くん、美和子の手まで握っちゃって!見つめ合っちゃって!あんな甘い空気まで漂わせてたのにっ!!」
「えっ……佐藤警部、見てたんですか……?」
「そりゃ見るでしょ!!あの流れで見ない方がおかしいでしょ!?」

 ものすごい勢いで返された。いや、なんというか。想像以上に熱量が凄い。アレ?佐藤警部ってこんな感じだったっけ?

「いやでも、その……」

 僕は困ったように頭を掻く。

「佐藤さん、かなり本気で気にしてる感じだったので……」
「だからこそでしょ!?」
「え?」
「そこで「そんなことありません!僕はあなたの傍から居なくなりません」って真正面から言わなきゃ!」

 佐藤警部は、まるで自分のことのように悔しそうだった。

「……美和子、ああいう時に変に引いちゃうタイプなんだから!誰かがちゃんと見ててあげないと、勝手に諦めようとするの!」

 その言葉に、僕は少しだけ目を瞬かせた。
 ああ、やっぱり姉妹なんだな、と思う。普段はあんなに距離感が独特なのに、本当によく見ている。

「……佐藤警部」
「なによ」
「もしかして、かなり応援してくれてます?」
「当たり前でしょ!」
「えっ」

 勢いよく返された言葉に、僕は思わず目を瞬かせた。すると佐藤警部は、少しだけ視線を落とし、静かに続ける。

「私はねぇ、高木くん。美和子には幸せになってほしいの」

 さっきまでの勢いが嘘みたいに、彼女の表情が変わった。

「父が亡くなってしばらく、美和子はずっと泣いていたの。まだ父親に甘えたい年頃だったのに、あの子は我慢して、無理して笑ってた」

 僕は黙ってその言葉を聞く。

「大人になってからもね、ときどきあるの。泣きそうな顔してるのに、笑おうとする時が」

 胸の奥に押し込めていた想いが、少しずつ溢れていくみたいだった。

「だから、一刻も早く犯人を捕まえて、美和子には心の底から笑ってほしかった」

 そこで彼女は、自嘲するように小さく笑う。

「……でも、私じゃ駄目だったの」
「佐藤警部……」
「姉としても、警察官としても、私は美和子を救いきれなかった」

 悔しそうに目を伏せる。その姿に、胸が締め付けられた。

「だけどね、」

 彼女は再び僕を見る。

「高木くんといる時の美和子、本当に楽しそうなの。自然に笑ってるのよ」

 真っ直ぐなその言葉に、思わず息を呑む。

「だから私は、高木くんに感謝してる」

 そう言って笑った彼女の顔は、どこか安心した姉の顔だった。その迫力に少し圧倒されつつ、僕は苦笑する。

「……でも、佐藤さんが怖がる気持ちも分かるんです」
「うっ」

 佐藤警部の動きが止まった。

「僕だって、ああ言われたら簡単に気にしませんとは言えませんし」
「……まぁ、それは」

 珍しく歯切れが悪い。すると彼女はふいに視線を逸らし、小さく呟いた。

「……ほんと、姉妹揃って面倒くさいわね」
「え?」
「こっちの話!」

 ぴしゃりと言い切ったあと、佐藤警部は大きくため息を吐いた。そして次の瞬間には、もう刑事の顔へ戻っている。

「とにかく!次は逃がしちゃダメだからね!?」
「は、はいっ」

 ものすごい圧だった。僕がたじろいでいると、佐藤警部は満足そうに頷き、ぱんっと手を叩く。

「よしっ。じゃあ高木くんはもう帰った帰った!」
「えっ?ですが、まだ報告書が……」

 慌てて言い返すと、彼女は即座に首を横へ振った。

「いいの、いいの。高木くん今日は爆発にも巻き込まれたし、その後も捜査一課の人たちに散々絡まれて疲れただろうし」
「で、ですが……」
「書類の方は私がなんとかしとくから」
「いやでも、それはさすがに――」
「高木巡査部長!」
「は、はいっ!!」

 突然名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。佐藤警部はびしっとこちらを指差した。

「これは上司命令です!」
「うっ……」

 そう言われるともう何も言い返せない。いつもの柔らかい雰囲気はどこへ行ったのか、完全に警部の顔だった。

「今日はもう帰って、ちゃんと休むこと!いい?」
「……はい」

 結局、逆らえず頷く。すると彼女は、今度はふっと表情を緩めた。

「あぁ、それと」
「?」
「次、美和子がまた変なこと言い出したら、ちゃんと捕まえなさい」

 真剣な目だった。

「逃げようとしたら、絶対離しちゃダメ」

 その言葉に、僕は少しだけ目を見開く。そして。

「……努力します」

 そう答えると、佐藤警部は満足そうに笑った。

「うん。それでよろしい」

 その後、佐藤警部に背中を押される形で帰宅しようとした僕だったが、不意に後ろから着信音が聞こえてきた。振り返って見ると、佐藤警部が携帯を取り出している。

「げっ……」

 画面を見た瞬間、彼女は露骨に「うわぁ……」みたいな顔をした。……誰からだろう。
 気になって何気なく視線を向けると佐藤警部は観念したように通話ボタンを押し、少し離れた場所へ歩いていく。

「はい、もしもし」
『――――』
「いや、だから大丈夫ですって」
『――――』
「心配性すぎません?」

 呆れたような声なのに、どこか慣れている感じだった。……というか。なんか佐藤警部の表情がいつもとこうなんか違うというか……そんなことをぼんやり考えていると、

「よぉ、高木ちゃん」

 後ろから声を掛けられた。

「うわっ、萩原さん!?」

 振り返ると、そこには萩原さんが立っていた。どうやら仕事帰りらしく、ネクタイを少し緩めている。けれど、その視線は真っ直ぐ佐藤警部へ向けられていた。

「……なぁ、高木ちゃん。あの電話誰からだと思う?」
「え?」
「佐藤さん」
「あぁ……諸伏警部でしたよね確か?」
「やっぱり?てか、高木ちゃんも知ってたの?」

 意外そうに目を瞬かせる萩原さん。

「えぇ、まぁ……由美さんから」
「あー、なるほどね」

 納得したように頷く。そのあと少しだけ沈黙が流れ――。

「高木ちゃん、このあと時間ある?」
「えっ?」
「ちょっと飲み付き合ってよ」

 そんな流れで、僕は萩原さんに飲みに誘われた。てっきり松田さんも来るのかと思っていたけれど、待ち合わせ場所にいたのは萩原さんだけ。正直、かなり緊張した。松田さんとは何度か話したことがあるけれど、萩原さんとはそこまで接点がなかったからだ。だが、その緊張は店に入って十分もしないうちに消えていた。さすがは警視庁でもトップクラスにモテる男。話は面白いし、空気も読める。店員さんへの対応も自然で、気配りまで完璧だった。……そりゃモテる。
 しかも飲みの場なのに、全然押しつけがましくない。気づけば僕も普通に会話していた。そして、お酒が少し回ってきた頃。話題は自然とあの二人へ移っていった。

「――で、高木ちゃんはさ」
「はい?」

 萩原さんはグラスを軽く揺らしながら、にやりと笑った。

「佐藤ちゃんのこと、どう思ってんの?」

 不意打ちみたいな質問に、一瞬言葉が詰まる。

「ど、どうって……」

 けれど誤魔化すのも違う気がして、僕は正直に答えた。

「上司として尊敬してます。頼りになりますし、すごく真っ直ぐな人ですから」
「うんうん」
「……でも」

 少しだけ視線を落とす。

「一人の女性としても、好きです」

 言った途端、なんだか急に気恥ずかしくなった。だが萩原さんは茶化すことなく、「そっかぁ」と静かに頷いた。だから僕も、前から気になっていたことを聞いてみる。

「それを言うなら、萩原さんこそ佐藤警部のことどう思ってるんですか?」
「俺?」

 萩原さんは少し目を丸くしたあと、ふっと笑った。

「俺はもちろん、一人の女性としてすげぇ好き。あの人の隣にいたいって思ってる」

 その言葉に迷いはなかった。

「綺麗だし、格好いいし、面倒見いいし。あと意外と表情豊かだし」
「あぁ……なんとなく分かります」
「でしょ?」

 嬉しそうに笑ったあと、萩原さんはふいに真顔になった。

「……俺、一回死にかけてんの」
「え?」

 思わず聞き返す。

「七年前、ある爆弾解体してた時なんだけど。俺、防護服も着ないで作業してたんだよね。暑いし重いし」
「そりゃまた……」
「今思えば相当馬鹿だったんだけどさ」

 萩原さんは苦笑する。

「そしたら、急に彼女が現れてさ」

 そして少し懐かしそうに目を細めた。

――何してるお前。死にたいのか?

「って、めちゃくちゃ低い声で言われて」

 その瞬間、いきなり腕を掴まれたらしい。

「そのまま強引に下まで引きずり降ろされたんだよ」
「えぇ!?」
「で、降りた直後に俺がいたフロアが爆発」

 僕は思わず息を呑んだ。

「……あのままあそこに残ってたら、普通に死んでた」

 さらりと言うけれど、その内容は全然さらりとしていない。

「しかも俺、防護服着てなかったし」
「それは……佐藤警部、怒りますよ」
「だよねぇ」

 萩原さんは苦笑しながら、自分の頬を撫でた。

「そしたらいきなり一発ビンタされた」
「あー……」

 なんとなく想像できる。

「アレ結構痛いんだよなぁ。あとからじわじわくるタイプ」
「分かります。僕も一回やられたことあります」
「高木ちゃんも!?」

 そこで妙な連帯感が生まれた。だが萩原さんはすぐに、少し遠くを見るような目になる。

「でもさ」

 ぽつりと呟く。

『おい。お前は彼を見てどう思った』

 ――彼。おそらく、松田さんのことだろうか。

『市民を守る立場にある警察官が、命を簡単に投げ出すような真似をするな』

 低く、怒りを押し殺した声で。

『もし私がお前を連れ出さず、防護服も着ないままお前があそこに残っていたら、お前は今ここにいない』

 萩原さんは静かに、その時の言葉をなぞる。

『たとえお前が死んだとして、残された側の人間はどうなる』

 胸の奥に刺さるような言葉だった。

『少しは考えたのか』

 そして最後に。

『……そんなことも考えられないようなら、警察なんか辞めちまえ』

 そこまで言われたあと。萩原さんは小さく笑い、グラスを見つめながら、ぽつりと続ける。

「……ほんと場違いなんだけどさ、その時、彼女に惚れちゃったんだよね」

 照れ隠しみたいに笑うけれど、その目は本気だった。

「ちゃんとお礼言いたくて、ずっと探してたんだ。警察官だってことまでは分かったんだけど、どこの誰かまでは全然分かんなくてさ」

 しかも当時の萩原さんは、防護服未着用の件でしばらく謹慎処分を受けていたらしい。まぁ懲戒免職にならなかっただけマシだと本人はそう言うが。

「だから結局、そのまま会えないまま四年経った」
「四年……」
「うん。さすがにもう無理かなって、半分諦めてた」

 そこで萩原さんは少し笑う。

「そしたら松田が、偶然彼女の情報掴んできたんだよ。多分お前の言ってた女、捜一に居たぞ?って」
「松田さんが?」

 あ、確か三年前少しの間捜査一課に居たって話を伊達さんから聞いたような。

「まぁ、その後会えたはいいけど、最初はかなり塩対応だったけどねぇ」

 遠い目をする萩原さん。

「連絡も事務的だし、食事誘ったら承諾してくれるけどなんか、後輩以上のライン絶対越えさせねぇぞ感がすごかった」

 ……なんか想像つく。

「でもさ」

 萩原さんはふっと表情を和らげた。

「三年頑張って、ようやく今くらいの距離感になれたんだよね」

 その声には、ちゃんと嬉しさが滲んでいた。

「だから、もしかして脈あるんじゃねぇかなって……期待しちゃってた。………でも、恋人がいたなんて知らなかった」

 ぽつりと落ちた声は、さっきまでよりずっと静かだった。

「しかも俺、我慢できなくなってさ。つい本人に聞いちゃったんだよね」

 その時のことを思い出したのか、萩原さんは片手で顔を覆う。

「勢いで――」

『……俺、期待してもいいのかと思ったじゃないっすか』

 そう言ってしまったらしい。僕は思わず黙り込む。

 ………それ、かなり本気の告白では?

「でもさぁ、なんか別の意味で受け取られちゃって」

 萩原さんは遠い目をした。

『………?』

 佐藤警部はきょとんとした顔で首を傾げ、

『何言ってるの、もちろん期待してるわよ』
『えっ』
『爆発物処理班のエースさん』

 と、笑顔で返してきたらしい。

「…………」

 なるほど。それはつらい。僕でもそれはつらい。萩原さんはテーブルに突っ伏した。

「俺マジで、あっ、この人恋愛方面壊滅的なんだって理解したもん……」
「はは……」

 乾いた笑いしか出ない。いやでも、なんとなく分かる。佐藤警部って、変なところで鈍いというか。人の感情には敏感なのに、恋愛方面になると途端にズレるタイプだ。

「しかも本人、めちゃくちゃ良い笑顔だったからね?」
「あー……」
「完全に仕事仲間として期待してる顔だった」
「それは……キツいですね」
「でしょ?」

 萩原さんはぐでっとしたまま天井を見上げる。

「三年かけて距離縮めて、もしかして脈アリ?って思った瞬間これだよ?」
「まぁ……佐藤さんも実際にそうですし」
「ほんとにもう〜あの人なんなの。こんだけ振り回しておいてどうしたいのさっ!!」

 ……これは完全に酔ってるな、萩原さん。僕は返す言葉に困り、とりあえずビールを一口飲んだ。
 ……ほんと、なんというか。あの姉妹、無自覚に色んな人を振り回しているんだなぁ。しかも本人たちは、あまりその自覚がない。大変だ。本当に。でも不思議と嫌な感じはしない。むしろ、関わった人ほど放っておけなくなるというか。

 それにしても二人の出会いに、そんな出来事があったなんて。
 七年前の爆弾事件。
 そして、その事件が再び僕たちを大きく巻き込むことになるなんて。

 この時の僕は、まだ知らなかった。

— End —

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