・実装前の幻覚
・捏造過多
以上のことが大丈夫な方のみどうぞ
夢を壊すようで大変申し訳ないが騎士というのはモンドの子どもたちが思っているほどかっこよくてキラキラした職業ではない。
確かに外聞はいいとは思う。
西風騎士団の騎士という肩書きはそれだけ信頼も厚く子どもたちからは無条件に憧れの眼差しを向けられるほどだから。もっと言うなら街を歩いてるだけで「騎士のおねーさん!!」と元気よく駆け寄ってくる子もいるし、訓練場で剣を振っていれば目を輝かせながら見学し始める子どもだっている。
だが現実はそんなに華やかなものではない。
なぜなら騎士の仕事はなにも、魔物討伐ばかりではないし困っている人を助けて「ありがとう!」と感謝されることばかりでもないのだ。地味な書類仕事は山ほどあるし、時には酔っ払い同士が起こすくだらない喧嘩の仲裁をさせられることもある。あぁ、あと迷子の猫探しや壊れた荷車の移動、畑を荒らしたイノシシ退治等という別にそれ騎士団じゃなくて冒険者でも良くね?みたいなこともやったことあったな……。
因みに、イノシシ退治は地味に大変だったということをここに補足しておこう。これから冒険者教会でイノシシ退治の依頼を受ける奴は全員覚悟して挑んだ方がいい。あいつらまじでめちゃくちゃ速いから。普通に人を轢き殺せる勢いで突っ込んでくるから洒落にならないし畑を守ろうとして泥まみれになった結果、帰還した私を見た上司に「うおっ、新種の魔物かと思った」と言われた時は流石に剣を抜きかけた。あの人は乙女心というのをちっとも理解してないのだ。
まぁ上司の悪口は今は置いとくして……。
そんな泥臭い仕事を日々こなしている私だが、最近私にはひとつ納得いかないことがあった。それは女性騎士に対して「女の騎士って結婚できなさそうだよな」みたいな偏見を向けてくる人間が一定数いることである。
普通に意味がわからない。別に女の騎士だって恋ぐらいするし結婚したいという願望を持つことはおかしくないだろう。というか、西風騎士団にも結婚してる人はいるし子どもがいる人だって少なくはない。つまり前例は存在している。だが何故か、一定数の層は私みたいなバリバリ戦闘もできる女性騎士になると途端に「結婚より剣を愛してそう」みたいな目で見てくるのだ。
いやめちゃくちゃ興味あるが?
街中で仲良さそうな夫婦とか見たら普通に「いいなぁ……」ってなるし、休日に恋人同士らしい男女が並んで歩いてるのを見るとちょっと羨ましくなるくらいには憧れがある。
なんなら好きな人と同じ家に住んで、一緒にご飯食べて、たまには喧嘩してそれでも隣で笑い合って……みたいな砂糖を丸呑みしたかのような、甘くて普通の幸せに夢を見ることもある。けれどそんな話を騎士団内でしてみろ。他の人ならともかく何かと目敏いガイア隊長なんかに聞かれた暁には絶対に揶揄ってくるのが目に見えている。そのためあまり口にしないようにしていたのだがこの日は久しぶりに激務から解放されて気が緩んでいたのか私の口は非常に軽くなってしまっていた。
それは騎士団で今度の遠征についての資料を確認中の時のこと。ふと顔を上げると、窓の向こうで腕を組みながら歩く男女の姿が視界に入る。確か彼らは最近婚約したばかりの団員同士だったか。今日は二人揃って有給を取っていた気がするからおそらく街へ出掛けていたのだろう。
女性が何かを言えば男性が笑い男性が何か返せば女性が嬉しそうに肩を揺らす。窓越しでも伝わってくるほどの穏やかで幸せそうな空間は見ているだけで微笑ましく、同時に少しだけ羨ましくも思う。だって私には手に入らないものだから。
人間は自分には無いものをより欲しようとする傾向があると、いつぞやにアルベド先生から聞いた言葉が脳裏をよぎる。
なるほど、確かにその通りかもしれない。
泥まみれになってイノシシを追い回し、酔っ払い同士の喧嘩を止め、夜遅くまで書類仕事に追われる激務な生活をしていると尚更ああいう穏やかな光景が眩しく見えてくるというもの。だから――。
「いいなぁ、結婚……」
ぽろり、と本音が口から零れ落ちてしまうのも仕方のないことだった。
しかし言い訳をするわけではないがそれは本当に小さな独り言だったと思う。誰に聞かせるわけでもない、自分でも意識しないぐらいの小さな小さな独り言。
けれど私はすっかり忘れていたのだ。この部屋には私一人ではなく獣並みに耳のいい男がいるということを。
「ならするか?」
「……へ?」
不意にすぐ近くから返ってきた低い声に私は肩をビクつかせながら間抜けな声を漏らした。声のした方に顔を動かせば机に寄り掛かりながら資料を読んでいる上司のローエンさんがいるが、まさかこの人が私にそんなことを言うわけない。現に今も私に視線の一つすら寄越さないし。
最近ちゃんとした睡眠を取れてなかったせいで幻聴が聞こえてきたのかもととりあえず聞かなかったことにして資料に意識を戻そうとするがそれを阻止するかの如く、彼は紙束をぱらりとめくりながら実に端的に続きを言い放った。
「結婚」
「……は?」
今回は幻聴などでは断じてない。しかしその口から発せられた言葉は不可解すぎるものでたっぷり数十秒、思考が止まった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す私を他所にローエンさんは相変わらず資料から目を離さないまま淡々と紙をめくっている。「明日の天気は晴れらしいぞ」くらいの温度感でとんでもないことを口にしているということを自覚してないのだろうか。普通、己の部下が「結婚したいなぁ」とか呟いたらさっきの私みたいに聞かなかったフリをするとか、色々返し方はあるだろう。
「……えっと、あの、確認なんですけど」
「なんだ」
「今のって、誰に対して……」
「お前以外に誰がいるんだ?」
念のため確認を取るとローエンさんは頭大丈夫かとでも言うように怪訝な顔をしているがその顔をしたいのはむしろ私の方である。
「いやいやいや待ってください待ってください!!」
我慢ならないと勢いよく立ち上がれば、釣られて椅子がガタンッと大きな音を立てたが今はそんなことを気にしている余裕すらない。
「何でそうなるんですか!?」
「結婚したいって言ったじゃねぇか」
「いや言いましたけど!それはっ……」
「俺は別に嫌じゃないからいつ結婚しようが大丈夫だぜ」
「いや、あの。大丈夫とかそういう話ではなくてですね……」
駄目だ、この人ぜんっぜん会話が噛み合わない。頭を抱えたくなる私とは対照的に、ローエンさんはようやく資料から顔を上げた。既に何人か殺してそうな鋭い目付きやこちらを挑発するかのように浮かべてる薄い笑みはいつも通りのはずなのに、そこには揶揄いの色が一切見えない。つまりそれは彼が本気であることを示している何よりの証拠なのだが気になるところが一点。
「そもそもローエンさんは結婚とか興味ないタイプじゃないですか……!」
そう、そこなのだ。私の中の彼は自由気ままで掴みどころがなく誰かに縛られることを嫌う男である。恋愛ならまだしも結婚みたいなある種の契約を自分から望むイメージがまるでない。
「別に興味ねぇとは一言も言ってねぇだろ」
「えぇ……だ、だって、失礼ですけどローエンさん、奥さんの元に帰るというかそういうのできるんですか?」
「本当に失礼な奴だなお前。まぁ相手にもよるが……例えば俺のことをよく理解している部下の元になら帰ろうと努力ぐらいはするかもな?」
「…………」
さらっと心臓に悪いことを言わないでほしい。なんて返すのが正解なのかわからず言葉に詰まっているとローエンさんはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「お前は本当にわかりやすいな」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「俺だな」
自覚はあるようで大変結構。けれど少しは加減ぐらいしてほしい気持ちがあるのも事実。ジトリと恨みがましく彼を睨むが、当然彼にとってそんな睨みは痛くも痒くもないものだ。それどころか、彼は寄りかかっていた机の上へ雑に資料を置くとそのまま徐にこちらへ歩み寄ってきた。一歩、また一歩とゆっくりコツコツと響く音はまるで判決を待つ囚人のような気持ちにさせられる。
逃げないといけないと脳では理解してるのに体は一切動いてくれなくてどうしようとあたふたしている間に、いつの間にか目の前には彼が立っていた。しかも逃がさないためにかご丁寧にも私を覆うように後ろにある机に手までついて。
「で?」
「……で?とは……?」
「わかってるくせに。結婚に対しての返事だよ」
低い声がすぐ近くで響く。
正直に言えば、彼と結婚すること自体に不満は何一つない。なぜなら私は彼に異性としての好意をしっかり抱いているから。ただ、先程も言ったように私は彼が自由でいる姿が好きなのであって彼を縛りたいわけではないのだ。だからこの想いは伝えずにずっと彼の側で彼のことを支えようと心の奥深くに閉まっていたのに……こうもあっさりと掘り起こされてはたまったものではない。彼の瞳が真っ直ぐと私を射抜く。
こんなの、ずるい。断れるわけがないじゃないか。
「……嫌じゃ、ないです」
「ん」
「ていうか……むしろ……」
「むしろ?」
「……好き、ですし」
最後の方はほとんど消え入りそうな声だったがローエンさんの耳にはちゃんと届いたらしい。彼は満足そうにふっと笑って私からようやく身体を離した。
「それじゃあ問題ねぇな」
彼の口ぶりはまるで最初からそうなることが決まっていたかのようで、心臓がいつまで経ってもうるさく鳴って仕方なかった。

























