今日は少し遅めの時間に起きてしまった。保健委員会との薬草取りは楽しかったがいかんせん体が山道で慣れていなくて疲れた……もう年かもしれない。
あれから文字の読みの練習のための本が一冊読めるようになったのだ!!!これは進歩だろう。
今日は斜堂先生から朝餉を頂き、事務室へと向かう。
「おはようございます」
「おはようございます天女様」
吉野先生は毎日挨拶をしてくれるから精神衛生上とってもよろしい。思わずにっこりしてしまいそうだ。
「本日のお仕事はなにをしましょう」
「小松田くんと学園内のお掃除をお願いします。小松田くんが来るまでゆっくりしていていいですよ」
「あの、その件なのですが。最近になりようやくある程度清書されていない文字が読めるようになってきたので吉野様のお仕事をお手伝いできるかと」
吉野は驚いた。もうそこまで進んでいたのか。真面目な彼女らしいといえば彼女らしいが。
任せてみてもいいかもしれない。彼女ならわからないところはわからないと言ってくれるのだから。
「……それは立派なことですね。……ですが、事務の書類は“読める”だけでは難しいのですよ」
静かに書類を一枚手に取る。
「この字は誰が書いたものか、どの部署のものか、どこに回すべきか——そういった判断が必要になります」
夢子を見る。その目は優しかった。
「焦らず、段階を踏みましょう。まずは簡単なものからお任せします。わからないときは都度呼んでください」
「……!ありがとうございます」
よかった~~~!!!仕事が増えた。ちょっと厳しいこと言われちゃったけどそれも正しいことだ。納得できる。いい大人だ。
吉野先生に任せてもらえるように頑張らなくては!夕餉のときに別の本をいただけないかシナ先生に相談しよう!!!
うっきうきで、でも表情に出さずに書類を処理した時間はあっという間だった。途中わからない文字は聞きながら処理をした。そうこうしていたら小松田さんがいつの間にか来ていたらしい。
「すみません仕事に夢中で気が付きませんでした。おはようございます、小松田様」
「うん!夢乃さんおはよう。もう文字読めるようになったんだね!すごい!」
「いえ、簡単なものだけですから。でも、ありがとうございます」
「お二人が揃ったようなら学園内の掃除をお願いします」
「はい!」
「かしこまりました。吉野様、こちら分類分けした書類です。間違いがないか確認お願いします」
「ありがとうございます。では掃除お願いしますね」
「今日は空き教室の掃除だね!夢乃さん、その包帯は?」
やっぱバレるよな~~~変な心配かけさせたくなかったんだが……伊作くんやっぱり過剰だと思うな……
「昨日保健委員会の薬草取りに誘われまして、その際にかぶれたものです」
「わあ!大丈夫?避けた方がいい仕事とかある?」
避けた方がいい仕事か……水仕事は避けた方がいいって言われたけど掃除に水はつきものだ。役立たずになるわけにはいかない。
「いえ、大丈夫です」
「そっか、ならよかった!じゃあ掃除しちゃおっか」
「はい」
空き教室を箒で掃き、机と黒板を水ぶきしていく。ちょっと昨日よりぴりっとする気がするが誤差だろう。そのまま掃除を続けていく。
今日は6年生の空き教室だ。ここに6年生が居たのだと思うと感動だが、警戒されているため会うことはないだろう。実際に食満くんと伊作くん以外の6年生にはあったことがない。恐らく監視で一方的に知られてはいるのだろうけど。
そのまま他の学年の空き教室も掃除していき、昼餉を食べ、また掃除をする。そういえばまだ食堂への立ち入りは許可されてないな。人のいない時間帯でもだめなのかな……一目でもいいから見たい……!そして食堂のおばちゃんに感謝を伝えたい!!!だって毎日3食美味しい食事を食べさせてもらってるんだもの!!!
空き教室の掃除が終わり、放課後になる前に吉野先生に報告をする。
「ありがとうございます。天女様、本日はあがっていただいてかまいませんよ」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした……あ、天女様!」
吉野先生に呼び止められる。夢子は振り向いた。
「はい。どうかされました」
「天女様が分類してくれた書類、全て合っていました。ありがとうございました」
やった~~~!!!嬉しい~~~!!!合ってた!!!???本当に!!!???よかった~~~!!!仕事がこうやって褒められるとやる気でるよね!!!
夢子は表情筋を引き締め直して礼をした。
「いえ、こちらこそ仕事を任せていただいてありがとうございました。では」
「夢乃さんお疲れ様ぁ」
夢子は礼をし、事務室の戸を閉めた。
「いやぁ、いい子が来てくれましたね」
「吉野先生もそう思いますか!僕もです!」
放課後。
委員会の仕事を終えたあと、伊作は足早に廊下を進んでいた。
目的の部屋の前で足を止める。
軽く息を整えてから、襖を叩いた。
「失礼します。天女様、いらっしゃいますか」
「はい」
「すみません。昨日腕の包帯を確認するのを忘れてしまいました。手の方も確認するので見せてください」
やばいやばいやばいやばい~~~!!!今日水仕事したのがバレる!!!まずい!!!伊作くんに知られるわけにはいかない!!!どうしよう!!!問題ありませんって言って誤魔化す???それだ!!!
「……問題ございません」
「判断するのはあなたではありません」
おあ~~~!!!即答!!!逃げられない!!!どうしよう!!!どうするんだ!!!ここから入れる保険はあるのだろうか!!!ちくしょう!!!逃げられないのか!!!いや!!!諦めるな!!!まだ入れる保険はあるはず!!!
夢子の視線がわずかに揺れる。だがそれでも頑なに手を出すのを拒否する。
「昨日の草は処置が不十分なら悪化します。ですから、見せてください」
数秒の沈黙のあと。入れる保険はなかったか、と夢子は観念したように、そっと手を出した。
伊作はそれを取り指先を確認する。
___やっぱり。
赤みは引いていないし、包帯は濡れている。包帯を解くと、わずかに赤みが広がっていた。
「水につけないように、と言いましたよね」
うわーーー!!!バレた!!!ごめんなさい!!!死ぬことはできないけどお説教なら受けるんでそれで手打ちにしてください!!!
「申し訳ございません」
「……ちゃんと理解しているんですか?」
伊作くんの言葉にうっ、となる。えーん、ごめんて。
「怪我は放置すれば悪化します。これは事実です。そしてあなたはそれを理解しているにも関わらず、後回しにしている」
伊作の目が夢子を貫く。
「なぜですか」
逃げ場を探すように夢子の視線が揺れる。
保健室が嫌なんだよな~。あと普通に自分の体より業務のほうが大事だし。これは好感度に関わる重要な問題なんだ……!!!ここに来てまだ2か月と半分くらいの人間が業務に支障をきたすわけにはいかない。
「……優先順位の問題です。業務に穴を開けないことが優先だと判断しました」
伊作の眉が、わずかに寄る。
「違います。それは優先順位ではありません。判断の放棄です。自分の状態を正しく評価しないのは、医療の観点では誤りです」
伊作はそのまま、水桶を引き寄せる。
「再処置します。手をこちらへ」
有無を言わせない声音に夢子は逆らわなかった。
指先を水で丁寧に洗う。
布で水気を拭き、薬を塗る。
その一連の動きは、落ち着いていて、無駄がない。
「少し沁みます」
「はい」
ぴり、とした刺激。
夢子は表情を変えない。
だが、指先に入るわずかな力が。歯をかみしめたわずかな表情が。確かな痛みを感じていることを示していた。
伊作は、それを見逃さない。
「……我慢しないでください。痛みの有無は重要な情報です。……報告してください」
夢子が少しだけ目を瞬かせる。
う~ん流石忍者。視線から考えるに、歯に力が入っていたのがバレたか。すごいなぁ。
「……少し、沁みます」
「そうですか」
それだけでいい。痛みを感じるのは当たり前のことだ。この人が素直に感情を表出してくれたことに安心する。
伊作は淡々と包帯を巻いていく。
「今度は腕の方を見ますね」
伊作は手裏剣が刺さったほうの腕を見る。包帯を解くと傷は塞がり化膿していなかったことに安堵する。
伊作は念のため薬を塗り、処置を終えた。
そして口を開いた。
「もう一つ。あなたは“問題ない”と言いましたが、それは“問題がない”のではなく“問題として扱っていない”だけです」
静かな断定に夢子の視線が、わずかに揺れる。
「正しく判断してください。また一週間後ほどしたら様子を見ますからね」
それだけ言って、伊作は立ち上がった。
手は取られたままだったので、夢子も自然と立ち上がる。
「……善法寺様。どうされましたか」
嫌な予感がする。というか絶対に当たっている。
腕を軽く引くが、逃げられない。
「事務室、行きましょうか」
有無を言わせない声だった。
気がつけば、事務室の前に立っていた。
「吉野先生、少しよろしいでしょうか」
「はい。伊作くんですか?」
中に入ると、吉野が顔を上げる。その横には小松田の姿もあった。
夢子は一歩引こうとしたが、伊作がしっかりと手を握っているため逃げられなかった。
逃げられない~~~!!!怪我を軽視する方はここには居ませんか!!!居そうにありませんね!!!というか私が関わっている人に居そうにありませんね!!!
え~ん。小松田さんと吉野先生にご迷惑をおかけしてしまう……
「失礼します。突然ですが1週間から2週間程度、天女様に水仕事をさせるのはやめてさせていただけますか」
開口一番、それだった。
吉野がわずかに目を細める。
「……理由を伺っても?」
「手の状態です。先日保健委員会と一緒に薬草取りに出かけた際かぶれてしまいました。かぶれた直後に水へ触れるのは悪化の原因になりますので水仕事を辞めさせてもらえないでしょうか」
きっぱりと言い切る。ここまで言い切られると心が痛え。
夢子は口を挟んだ。
「あの、善法寺様、大げさではありませんか……」
「大げさじゃありません」
間髪入れない否定に、空気が一瞬張る。
「あなたは“軽いもの”と言いましたが、軽いかどうかは経過を見ないとわからない。大なり小なり怪我は怪我なのです。適切な処置と安静が必要です」
「ですが、業務に支障が出るほどでは___」
「“出ていないように振る舞っている”だけです」
「私は問題ないと判断して___」
「その判断が甘いと言っているんです」
何を言っても遮られてしまう。会話は難しいだろう。本気で怒ってそうだ。
「先ほども申し上げましたが優先順位の問題です。私よりも、業務や周囲の方々のほうが優先されるべきです」
……私は優先されるべき存在ではない。何度言ったらわかるんだ。伊作くんは優先したいのかもしれないけどこちらにも譲れないものがある。
ただでさえ天女の立場は低いんだ。風が吹けば命が飛んで消えてしまいそうなほどに。
なんでこんな辛いこと何回も言わなきゃいけないんだ。いいかげんわかってよ!
その瞬間だった。
「夢乃さん……」
小さな声が落ちる
夢子が振り向くと、小松田がこちらを見ていた。いつもの明るさはない。
「どうされましたか」
「……どうして、自分を大切にしないの……?」
その言葉に。
夢子は、ほんの一瞬だけ言葉を失った。
「……それは」
続かない。言葉が、出てこない。小松田さんの顔を見て全てが四散した。
いつもならすぐに答えられるのに。何も言えなかった。
自分を大切にはしてる。生き延びるためにこうやって仕事もして地道に好感度を稼いで、すぐ殺されないようにしている。だがきっとこんなことは小松田さんは知らないだろう。言う気もない。自分がそのような軽視される存在だと口に出したくないからだ。
伊作は何も言わなかった。
ただその沈黙を見つめている。
「……私は」
夢子は声を絞り出した。
「天女、ですので……みなさまより優先される存在ではありません」
「関係ないよ!」
「そうです。関係ありません」
静かに確実に遮られる。
「怪我をしている人間を後回しにする理由にはなりません」
「……夢乃さん」
小松田は夢子に近づき、手を取った。
「僕は……夢乃さんが困るの、嫌だよ。痛い思いするのを我慢してるのも嫌。もっと自分を大切にしていいんだよ……?」
それは、理屈じゃない。小松田の本音だった。
夢子は、視線を落とす。
胸の奥が、少しだけざわつく。
困る、というのは、自分のことを、指しているのだろうか。
わからない。どうしてこんなにも大切そうな顔で言われたのか。
わからないのだ。みんなは天女による被害を受けたはずだろう。なのになんでそんな顔で私に話しかけられるのだろう。
わからない。わかってしまったら自分の中のなにかが壊れてしまいそうだった。
「……気を付けます」
出てきたのはそれだけだった。いつもと同じ、曖昧な答え。
だが、
「だめです」
即座に返される。
「“気を付ける”ではなく、やめてください。水仕事は禁止です。少なくとも、治るまでは」
「そうだよ!僕もちゃんと見てるからね!」
夢子は顔を上げる。
拒否しようとして、小松田と目が合った。心配そうな顔だった。嘘偽りのない、本気の顔に言葉が、出なかった。
「……承知、しました」
小さく、そう答えるしかなかった。
伊作はわずかに息を吐き、小松田はほっとしたように笑った。
夢子だけが、戸惑っていた。
あれから水仕事は小松田さんに取り上げられてしまったせいで、から拭きと箒のみの役立たずを披露しながら生きている。
どうも!!!生きてる役立たずです!!!放置されてる個体ですよ~~~!!!殺さないでね~~~!!!
その分吉野先生と作業する回数が少しだけ増えた。吉野先生は私に気をつかってくれたのか「今後任せたい書類があるのでその仕分けの帳簿を見て勉強していただけると助かります」って言ってお仕事中なのに勉強させてくれる。
お昼休みにわからないところを聞いたりして、また勉強して、外回りの掃除のときは私もついていき掃除するのを繰り返している。
もう吉野先生にパパみを感じ始めている。だって優しいんだもん!!!しょうがないじゃないか!!!
今日は保健委員のお届け物を保健室に持って行ったり、書類を会計委員会に持って行ったりした。会計委員会の書類多いな。まあ予算前はあれだけ徹夜してたりするしそれだけ書類の処理も膨大なんだろう。大変そうだな……
その後は空き教室の掃除をして___水拭きは小松田さんに全て任せることになったが___昼餉を食べて、小松田さんが水回りの掃除をするというので私はお勉強タイム。
そして時間になったら部屋に帰る。今日はちょっと別の道で帰ろうかなと思ったのが運の尽きだった。
くたくたの草履で地面を踏みしめる。私は実感したのだ。地面を歩くことに全く慣れてないことに……!!!保健委員会と薬草取りに行った夜、足の裏が痛くて痛くてしょうがなかったのだ。これではいけない。足の裏を鍛えようと思い立った。
普段帰る道の、横の土の道を通る。行きは問題なかったから帰りも問題ないだろうと。
そう、思っていた。
一歩、踏み出したその瞬間、足元が抜けた。
支えを失い、体がそのまま落ちる。
土の匂いと、鈍い衝撃が来る。上を見上げるとかなり深い穴に落ちてしまったことがわかる。
落とし穴part2~~~!!!うーん見事なほどにとっかかりが見えない。素晴らしく落ちた者を外に出さない穴だ。私じゃなきゃ見逃しちゃうね。
まあ、これは監視の先生待ちだな。誰先生かな~~~野村先生だといいなぁ。
「おやまあ、天女様だ」
軽い声だった。
見上げると、穴の縁に少年が立っている。手には大きな鍬。
綾部喜八郎くんだーーー!!!初めまして!!!助けてはくれなさそうだね!!!踏子ちゃん持ってる!!!
「初めまして。夢乃と申します」
「挨拶するなんて余裕があるんですね」
言葉だけが降ってくる。もちろん手は差し出されない。
「穴に落ちてしまって申し訳ございません。以後、注意いたします」
「うん。気付かないようにしてるから、また落ちると思うけど」
淡々としてるなぁ。うーん反省の色が見えない!
夢子はそれでも頷いた。
「左様ですか」
それで会話は終わるはずだった。
だが、
「まあ、ちょうどいいんじゃない」
夢子はわずかに目を瞬かせる。その声色に天女への憎悪を感じてしまった。
喜八郎くんも天女が嫌いかぁ。無関心よりだと思ってたけど立花先輩が天女の被害にあってそうだから嫌いなのかも。
夢子の想像は当たりだった。
「立花先輩、お前らのせいで面倒なことになってたし。嫌なこと一つくらいあったほうが、釣り合うでしょ」
「……ご不快な思いをさせているのであれば、申し訳ございません」
「僕は別に困ってないけど。ただ、そういう存在なんでしょ」
前提の確認のように。
断定でも、感情でもない。
それが“常識”であるかのように喜八郎は言った。
そういう存在ねえ。私は妖術もなにも使ったことがないどころか仙蔵くんにご迷惑をかけた覚えはないんだけどなあ。害をまき散らす存在。そんな存在じゃないと願いたいが証明もできないので今の扱いに甘んじることしかできない。
これで「私妖術使えません!」って言って使えてしまった時のことなんて悲惨すぎて考えたくないからだ。そんなことするくらいなら死を選ぶね。まあ選ぶ前に殺されちゃうんだけどさ。
「……左様でございますか」
それ以上は何も言わない。言う必要もない。
喜八郎くんはそのまま踵を返す。そして少し遠くで土を掘る音が再び始まった。
先ほどのことなど、もう終わった話だと言わんばかりに。
助けられないのも、落とされるのも、前の天女がしたことを思えば当然のことだ。まあ石とか手裏剣投げられるよりはましだろう。
そのまま穴の中で座り込む。監視役の誰かが助けてくれるのを願いながら。せめて日が落ちる前に見つかればいいのだが、と思い目を閉じた。
「大丈夫ですか?」
その声に夢子は顔を上げた。安藤先生だ。
「申し訳ございません。助けていただけますか」
「いえいえ。悪いのは喜八郎ですから。ほら、喜八郎」
「すみませんでした~」
「ああもう!すみません。今助けますね」
すみませんと言った喜八郎くんが遠ざかっていく声が聞こえる。そんなに天女が憎いか。まあしょうがないんだけどさ。
蹲っていた体は硬くなって動かすたびにちょっと痛む。そんな長い時間入ってたのか。
縄梯子が降りてくる。夢子は硬い体に鞭を打って穴から抜け出した。
「お手数おかけしました。ありがとうございました」
丁寧に礼をする。安藤はそれを見て野村の「自己軽視」の言葉を思い出していた。天女が助けを求めるのを1時間ほど待っていたが助けを求める様子は見られなかった。
そして助けに来るのが遅くなったにも関わらず、文句の一つも言わない。人間としてどうなのかと思うがこちらには好都合だ。
だが少し、気になって聞いてみたくなった。
「天女様は穴に落ちて何も思わなかったのですか?」
「そうですね。あーなんだ。穴かとしか」
あっやべ!!!素が出てしまった!!!これ報告されては口が悪い天女として悪印象だろう!!!謝るか???謝ろう!!!どうにかなあれ!!!
「申し訳ございません。今のは不適切な物言いでした」
「くっ、くくっ」
まずい怒らせたか!!!ひい!どうしよう!!!ただでさえ印象が悪いのに!!!諦めるしかないのか?いいや、まだだ!!!伊作くんのときより勝ち目はある!!!つまり!!!入れる保険があるってことだ!!!諦めるな!!!私!!!
「あーっはっはっはっはっは!!!」
えっ、って言いそうになる口を引き締めた。なんだ!!!なにがあった!!!私なんて言った?あーなんだ穴かとしか……
あっ!!!だじゃれになってる!!!
「あーなんだ。穴かって……ふふっ。天女様もだじゃれがお好きなのですね」
「御神様が言葉遊びを好まれるので、つい……申し訳ございません」
「守一郎くんも言っていましたね。まさか自然に出るほどとは……」
やばい。なんかだじゃれ好きな人として認識されてしまった。これは罠か?いやでも口が悪いことは隠せたわけじゃないんだぞ私!!!
ちょっと最近自分や他人の感情がわからなくなるようなことが色々あったから疲れてるんだろう。もう天女について考えたくないが考えなければ死にかねない。頑張れ私、もっと気を引き締めなければ!!!
「では私は失礼します。生徒とあまり接触しないほうがいいと思うので。助けていただいてありがとうございました」
「いえ。気を付けてくださいね」
夢子はまた丁寧に礼をして自室に戻った。
いやー今日は濃い一日だった。喜八郎くん名前教えてくれなかったな。作法委員会は警戒心は強いのかな。ちょっと悲しい。
……ん?警戒心があることはいいことでは?一応妖術が使えるかわからない危険生物であるからして警戒されるのは普通では?
あっぶね~~~!!!いつの間にか距離の近い用具委員会や保健委員会のせいでバグってたけど私危ない存在だった!!!気を付けないとな……
今日も夕餉はシナ先生が持ってきてくれた。シナ先生の安心感~~~!!!心のより所過ぎる。吉野先生がパパならシナ先生はもはやママだ。……現実の両親は元気にしてるだろうか。そろそろ年だから病気とかしてないといいけど。
「あ、シナ先生。少しよろしいですか?」
「はい。どうされました」
「実はこちらの本を読み切ってしまいまして。もし他の本を貸していただけるなら貸していただきたいなと思いまして」
シナは本を受け取る。そうか。もうこれが読めるほどに時間が経っていたのかと思う。相変わらず天女は勤勉だ。その証拠がこの本である。あとで中在家くんにいい本を紹介してもらいましょう。
「よく頑張りましたね」
「……!いえ、当然でございます」
「それでもです。新しい本は近いうちにお持ちしますね」
「ありがとうございます。助かります」
「では、失礼します」
そう言いシナは襖を閉めた。良かった。他の本貸してもらえそうだ。
夢子は夕餉をちらと見る。今日は夢子の好きなものが勢ぞろいだった。
夕餉の前に座り、姿勢を正した。
「いただきます」
今日の夕餉は麻婆豆腐!!!それにお味噌汁と冷冷奴!!!豆腐好きには嬉しい夕餉だ。最近汗ばむ季節になってきたから冷奴から頂こう。季節感がわからないんだけど今は何月なんだろう。花とかで季節が分かるような博識でもないからなぁ。
豆腐を一口含む。……なにこれうっま!!!
「今日の豆腐美味しいなあ。豆腐好きには堪らない」
あ、また口に出してしまった。もー困るよ。お口チャックしなきゃ。まあ聞いてるとしても監視の人くらいだろ。天女の豆腐好きの情報なんて兵助くんぐらいにしか得がないしスルーされるだろう。
なんかなんだろう。まろやか!それでいて大豆の味がしっかりしてる!こんなに濃い豆腐初めて!!!兵助くんが作ってくれたのかな。え?兵助くんの豆腐ってこんなに美味いの!!!???天才じゃん……
ガタガタッ
え、何?守一郎くんかな?だじゃれっぽいこと言ってなかったと思うんだけど。誰だろう。
なんて思いながら麻婆豆腐を口に入れたところだった。
「天女様!豆腐好きなんですか!!!」
く、久々知兵助~~~!!!なんかちゃんと綺麗に降りてきた!!!流石5年生!!!だが今度は君か!!!豆腐で君の顔がちらついたけど今日の監視は君だったのか!!!
守一郎くんの件もあり今回の兵助くんもありって、やっぱり私何か持ってるのでは???妖術の代わりに豪運があったり……?いや、普通に植物でかぶれるし今日は穴に落ちたわ。
口に物があると喋れないので、咀嚼して飲みこんでから口を開いた。
「はい。実は……豆腐は消化にもよくミネラルやビタミンも豊富なので好んでいます。美味しいですしね」
「わかってくれますか!!!今日のは俺の作った豆腐なんです!!!」
「そうなんですね。ありがとうございます。申し遅れました、私夢乃と申す者です」
「失礼しました。久々知兵助です!今日の、どっちから食べました?」
「冷奴から頂きました。豆腐の味がしっかりとしていて、よくわかり美味しかったです」
「ですよね!冷奴から食べると味がわかりやすいんですよ!」
間髪入れずに返ってくる。
「どうでした!俺の豆腐!?」
「水分量もちょうどよく口当たりがなめらかで今まで食べた豆腐の中で一番おいしかったです」
「そう、それです!俺の拘った部分までわかるなんて流石天女様!」
ぐっと距離が近づく。
「崩れないけど固すぎない、あのバランスがいいんですよね。今までで一番おいしいなんて……俺っ……!!!」
熱量が高い!!!そして豆腐愛が熱い!!!そして近い!!!
そう思った時だった。
「……あ」
久々知の声が止まった。
突然風船が破裂したように我に返り、一歩引く。
そして視線を逸らした。
「豆腐の話で盛り上がってしまいすみません。お食事中に失礼しました」
さっきまでの熱が、少しだけ引いていた。
「……左様でございますか。美味しい豆腐をありがとうございます」
夢子は丁寧に礼をする。そうして久々知は天井裏へと戻っていった。
ちょっと寂しかったが警戒心があるのはいいことだ。兵助くんも人気だし天女からの被害は相当なものだっただろう。きっとちょっと豆腐で過剰反応してしまっただけで。
夢子は冷めないうちに箸を進める。
うん。美味しい。
兵助くんと話せたの楽しかったな。
夢子は麻婆豆腐を掬って食べた。
「よっ、兵助。天女どうだった?」
「それが……」
「……なにかあったのか」
「天女、豆腐好きだって……!!!」
「あだっ!そんなことかよ!」
「俺にとっては大事なことだ!」
「まあまあ、で、どうだったんだ?」
「俺の豆腐が今まで食べた中で一番美味しいって!豆腐の栄養素も把握して食べてくれる人なんて初めてで!」
「そうじゃないだろ!兵助、一旦豆腐から離れろ」
「ああ。すまないのだ」
「で。変わったところはあったか?」
「普通だった……と、思う。自室に戻ってからはそろばんと文字の読み書きをしていた。害があるかどうかはわからないが真面目な人だな、と」
「そこなんだよな~なんか今までの天女と違うじゃん?調子狂うなって」
「そうだな。よくわからないということだけわかるっていうか」
「な。先生の話では害は少ないってこと。あとちょっと盗み聞きしたのだと自己犠牲があるって聞いたけどそんな素振り見られないんだよなぁ」
「勘右衛門……盗み聞きはよくないんじゃないか?」
「まあまあ。敵を知ることから始めないと。それに俺たちは忍者だぜ?」
「まあ、それもそうか」
今日も今日とて同じ時間に起きる。明日は伊作くんの定期健診だ……嫌すぎる。あれ?先週も同じこと言ってなかった?怪我しすぎでは?雑渡さん飛んできそうなんだが……
朝餉を頂き事務室に行く。そしてわからないところは都度聞きながら書類を振り分けていく。
そして今日は外回りなので役立たずではなくなるのです!!!お外の掃除万歳!!!
「じゃあ掃き掃除始めよっか。僕はちょっと遠くで掃除してるから困ったら言ってねぇ」
「かしこまりました」
「ぜ~ったい言うんだよ!」
「ふふっ。大丈夫です。承知しております」
「じゃあよろしくね!」
小松田さんに念を押されてしまった。伊作くんと言い怪我ダメ絶対包囲網をしかれているような感覚になる。まあ間違ってないのだろうけど。
木の葉を掃いて縁側の下も掃いていく。意外と蜘蛛の巣とかができちゃったりしてるからそれも掃いていく……蜘蛛さんには心苦しいが。
とりあえずここら辺一帯は掃き終えた!!!さて、どうしようか。とりあえず小松田さんに報告かな。
そう思った時だった。草むらでなにかが動いてる。赤い……なんだこれ。
コケッ
あ、鳴いた。鶏だったか。
……ん?鶏?
脱走だーーー!!!
「こ、小松田様!!!」
「夢乃さん?どうしたの?」
「あの、あそこに鶏が居て!どうしましょう」
「大変だ!僕、竹谷くん呼んでくるね!夢乃さんは鶏見てて!」
鶏見てて!!!???どうすりゃいいんだ!!!4羽も!!!小松田さんは行っちゃったし!!!とりあえず近づいてみるか。
「竹谷くんごめんねぇ授業中に呼び出しちゃって」
「大丈夫です。それより鶏は?」
「それなら夢乃さんが見てます!」
「て、天女様!?大丈夫なんですか」
「大丈夫!真面目で優しい人だから!」
竹谷八左ヱ門はその言葉に疑いしか抱かなかった。天女と言えば孫平が可愛がっていた虫を殺されたこともある。しかも動物の扱いに慣れていない人間が動物と関わるってだけでも大変なのに。
でも八左ヱ門には一つの引っかかりがあった。それは此度の天女が来た頃の話だ。天女の部屋にカナブンを落とした時、説得を試みていたこと。そして茶碗にカナブンをそっと乗せ、逃がしてやったこと。
天女だからなんとも言えないが此度の天女が動物を大切に扱う人間だと信じるしかなかった。
「そこの角を曲がった先に居ると思う!」
そう言われ走るスピードを早める。
そこに居たのは、鶏につつかれながらこれ以上脱走しないようにしている天女が居た。
「あっ痛いってば。だめです。あっちです。あっち。行きたくないですか?でもだめです。あっだから突かないでください。餌じゃないですよ」
「……夢乃さんって動物と話せるの?」
「前見かけた時は虫にも話しかけてましたし、もしかしたら……?じゃない!天女様!」
八左ヱ門は天女に駆け寄った。
「すみません!大丈夫ですか!」
「問題ありませ___痛っ。あっ、初めまして。夢乃と申します。あの、これからどうしたらいいですか」
返事の途中で、また手の甲を鶏につつかれた。
夢子は眉を寄せる。
「ですから餌ではありませんってば……」
八左ヱ門は一瞬、言葉を失った。
……普通に痛がった。
そんな当たり前のことに妙な違和感を覚える。
今までの天女なら、もっと大袈裟に騒ぐか、逆に乱暴に振り払っていた。
だが目の前の天女は、逃がさないように鶏の体の前に立ちながら困ったようにしているだけだった。
「そのままにしててください!下手に持つと暴れて羽傷めるんで!」
「えっ」
夢子がぴたりと止まる。
私が動物ちゃんたちに勝手に触れる人間とでも!!!???心外!!!えってか持つの???私???下手に持たなければいいってことか???動物は好きだから普通に触れあいたいけど……
あ、小松田さんに任せるより私に任せた方が何も起きないかもしれないからってか。警戒心が足りないんじゃないか?
それより鶏たちだ。おうちに返してあげないと。
「す、すみません。どう持てばよろしいでしょうか」
八左ヱ門は目を瞬かせた。
「……知らないんですか?」
「はい。鶏を持った経験がなく」
そりゃそうか、と八左ヱ門は思ってしまう。
だがすぐに気を引き締めた。天女は天女だ。油断していい相手ではない。
「羽を押さえすぎないで、足が暴れないように支えてください。あと胸は圧迫しないように。体に押し当てるようにすると安定します」
「胸……」
夢子は目の前の鶏を見る。
それから恐る恐る、でも優しく持ち上げた。
「……こう、でしょうか」
「……まあ、そんな感じです」
ぎこちない。だが、乱暴ではない。
夢子は逃げ出そうとする鶏を抱え直した。
「大丈夫ですよ。戻りましょうね」
八左ヱ門は夢子の声が少しだけ柔らかく、表情も優しいことに気付いてしまった。
なんだか人と話す時より、生き物相手のほうが自然だ。
「夢乃さん本当に話しかけてる……」
「……天に居た時は喋れたのでその癖で」
「へぇ~!」
感心したような声。
夢子は少しだけ気まずそうに目を逸らした。
前にもこんなこと言った気がする!!!最初の学園オールスターズの尋問かな。天に居る時は虫や動物たちと喋れるって言った気がした。
ここでガチ天女ムーブをすることになろうとは……
「……鶏小屋はどちらですか?問題がなければ連れていきます」
「あっはい!こっちです。ほら、お前らもこっちだ」
「じゃあ僕はここでこの2羽が脱走しないように見てるねぇ」
「ありがとうございます!その2羽は比較的温厚なのでお願いします!」
そのまま鶏小屋まで歩いていく。
途中、鶏がまた暴れた。
「あっ、だめです。そちらではありません」
「コケーッ!」
「わっ、すごい抵抗してる!」
「でも元気なのは良いことですね」
そう言いながら、夢子は落とさないようにしっかり支える。
つつかれて赤くなった手の甲には気付いていないようだった。
八左ヱ門はその手を見た。
「……手、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。鶏と触れあう時点で覚悟していましたから」
当然のように返された。
その声音には、特別な意図も誇示もない。
ただ“そうするべきだと思った”だけの響きだった。
八左ヱ門は返事をしなかった。
代わりに、夢子が鶏を小屋へ戻す様子を静かに見ていた。
そしてもう2羽も戻していく。
「おまえらもう脱走するんじゃないぞ。すみません。ありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまでです。むしろ授業中にお呼びしてしまってすみません」
先ほどの鶏に対する対応のほうがやっぱり優しかった気がする。
八左ヱ門はそんなことを思いながら、鶏小屋の戸を閉める。小松田はよかったと言うように息を吐いた。
夢子はその様子を少し離れた場所から見ていた。邪魔にならないように、という配慮なのだろう。
「あー……改めて。生物委員会委員長、竹谷八左ヱ門です」
夢子がわずかに目を見開く。
「ご丁寧にありがとうございます。夢乃と申します」
やっぱり妙に礼儀正しい。礼も綺麗だ。
八左ヱ門はそう思った。
「……天にも鶏っているんですか?」
なんとなく聞いてみた言葉だった。
夢子は少しだけ考える。
「はい。居りましたよ」
「へぇ。どんな感じなんです?」
すると夢子の表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「可愛らしい方ばかりでしたよ」
“方”
生き物に対してそんな言い方をする人間を、八左ヱ門は知らない。
「先ほど餌を食べたばかりなのに、もう餌のことばかり考えている子がいて……ふふっ。とても可愛らしかったです」
その笑い方は、今まで見たものよりずっと自然だった。
小松田がぱっと顔を明るくする。
「えー!なんか想像つく!かわいいねぇ!」
「はい。あと他の子の羽の中に顔を入れて寝ている子も居りました」
「へぇ……」
八左ヱ門が呟く。夢子は少し遠くを見るような目をした。
「日向ぼっこが好きな子も多くて。みんな暖かい場所を見つけるのが上手な方でした」
その声音は穏やかだった。
人と話している時のような張りつめた硬さが、少しだけ薄れている。
八左ヱ門は黙ってその様子を見ていた。
生き物の話をしている時だけ、妙に自然だ。
そう思った瞬間、夢子がこちらを見た。
「……申し訳ございません。つい長々と」
「いや、別に」
八左ヱ門はそこで言葉を切る。
別に。
本当に、それだけだった。
天女は嫌いだ。それは変わらない。
でも此度の天女は、生き物を扱う時の手つきや声色に嘘があるようには見えなかった。
だから余計に、調子が狂う。
八左ヱ門は、謎を抱えたまま授業へと戻っていった。
いや~鶏を抱っこする日が来ようとは。昼餉を食べまた別の場所の掃き掃除をしながら思う。温かかったなぁ。また脱走することがあれば率先して抱っこしに行きたいくらいにはよかった。いっぱいついばまれたけど。
生物委員会に関わるラッキーイベントとかないかな。猫ちゃんと戯れたい。
だがそれをするには孫平くんと言う壁を乗り越えなければいけない。天女ものあるある!!!孫平くんとの衝突!!!
この世界は天女がいっぱい来てるから虫嫌いの子もいてもおかしくない。その子が万が一にも虫や生物に危害を加えていた場合!!!孫平くんとの関わりはハードモード超えてナイトメア難易度になることは想像に難くない!!!
なんか思ってた以上に委員会機能してるし八左ヱ門くんから無害っぽいよ~って言ってくれないかな。そしていつか!!!生物委員会と一緒に動物たちと戯れたい!!!
そんな思いで掃除をしていたらヘムヘムの鐘が鳴る。もう放課後か。
「お~い夢乃さん~一旦おしまいにしよう~」
「はい!」
そして次の一歩を踏み出そうとした時だった。なんだかひやっとしたものが足に巻き付くのを感じる。
これは生物2回目の気配!!!そして学園でひやっとする生物は一匹しか思いつかない!!!
夢子は恐る恐る足元を見た。
ジュ、ジュンコだ~~~!!!ということは孫平くんがここに来るのでは!!!???それはまずい!!!今は私は暴言に非常に弱い体なんだ!!!学園の少数の私と仲良くしてくれる人たちの癒しを浴びてしまったからこそ今の私は暴言耐性が1と言ってもいいだろう!!!頼む~~~!!!ちょっとだけでいいから足に巻き付くのやめてくれないかな~???
「すみません。ここにいるとあまりよろしくないので移動してもらえませんか?」
ジュンコちゃんはお構いなしというように私の足の間から動かない。
「夢乃さん?わぁ!それって孫平くんの!」
「その方が飼い主様なのですか?どうにも居心地がいいみたいで……」
「そっと足を抜いてみるのはどう?」
夢子はそっと足を動かす。するとジュンコがすかさずもう片方の足に巻き付いてしまった。
「両足巻き付いてしまいましたね……あの、飼い主様がいるのではないのですか?そちらに行くのはいかがでしょう」
「僕!孫平くん呼んでくるね!!!」
「あっ、待って」
待ってーーー!!!それが一番危ないから!!!あっ、遠くから孫平くんの声が聞こえる!!!誰か私を助けてくれ!!!私は仁王立ちしかできないんだ!!!なんたって両足絡まれてるからね!!!
「あっジュンコ!!!と、天女……!」
ひぃ!!!もう怖い!!!手裏剣だけは投げないでくれ!!!ジュンコちゃん回収した後に短剣で刺すのもやめてくれ!!!
美人ってにらむと怖い。無言ですごい顔をした孫平くんが近づいてくる。
「ジュンコに触るな!」
「……!」
体をどん、と押され、座り込んでしまう。その隙に孫平くんは足元のジュンコを回収していく。
「すみません小松田さん!ありがとうございました!ごめんねジュンコ。僕が見つけられなかったせいで天女のところに行っちゃうなんて。あんな”ばっちい”ところ行っちゃだめだからね」
そう言いながら孫平はジュンコの頭を撫でる。
夢子は座り込んだまま、その様子を見上げていた。
ばっちい。
あー。そっか。孫平くんにとってはそう見えるのか。
胸の奥が少しだけ重くなる。
でもそれを表に出すわけにはいかなかった。
「……申し訳ございません」
そう口にすると、孫平の肩がぴくりと揺れた。
けれどこちらを見ることはない。
「別にあなたに謝られたくなんかありません」
低い、冷たい声だった。
「孫平くん……」
小松田が困ったように声をかける。
だが孫平はジュンコを抱えたまま背を向けた。
「行くよ、ジュンコ」
そのまま歩き去っていく。
夢子は少し遅れて立ち上がり、着物についた土を軽く払う。
押された肩は少し痛んだが、怪我というほどではない。
「夢乃さん、大丈夫?」
小松田が心配そうに顔を覗き込む。
「はい。問題ございません」
いつものように答える。
だが小松田は納得していない顔だった。
「でも押されたし……」
「あの蛇の方が大切だったのでしょう。私が近くにいたせいで警戒させてしまいました。あの方は……生き物を大切になさっているのですね」
その言葉に、小松田は少しだけ困ったように眉を下げた。
「……うん。みんなすごく大事にしてるよ」
でも、
その先の言葉は続かなかった。
夢子は小さく笑う。
「でしたら当然の反応です。むしろ配慮が足りませんでした」
そう。当然だ。
生き物を大切にしている人ほど、天女を嫌うのは当たり前なのかもしれない。
八左ヱ門が比較的穏やかだっただけで、本来はこちらが普通なのだろう。
夢子はそう結論づけた。
「……すみません。吉野様へ報告でしたね、行きましょうか」
「えっ、あっ、う、うん……」
小松田はまだ何か言いたそうだった。
けれど夢子は箒を持ち直し、そのまま歩き出してしまう。
その背中を見送りながら、小松田は小さく息を吐いた。
なんだか。
今の「問題ありません」は、本当に問題がない時の言い方じゃなかった。
あの後お仕事を上がらせてもらって今自室の机に座って頬杖をついている。
今日はいろんなことがあったな。八左ヱ門君と関わって。孫平くんに押されて。
孫平くんのことを考えるとよくわからなくなる。あの対応は天女に荒らされた学園の生徒として普通だろう。何も問題はない。
きっと保健委員会と用具委員会でバグっちゃったのかな。あれが普通ではないのだ。むしろ孫平くんのほうが大多数の反応だろう。
善意に慣れるな、夢子。悪意に飲まれるな。
恨んでいいのは前の天女だけ。みんなは被害者。悪くないんだ。みんなきっと天女が来るまではいい子だったんだ。よそ者にも優しくて、親切に接していて……あんな反応をする子たちではなかったはずだ。
それを、天女がめちゃくちゃにしてしまった。
そして私が、そのツケを支払わされている。
そこまで考えて、夢子はふと視線を落とした。
押された肩が、少しだけ痛い。
着物の上からそっと触れる。
鈍い痛みがじわりと広がった。
「……まあ、押されたしな」
ぽつりと独り言が漏れる。
あれくらい普通だ。むしろあの程度で済んでいるだけ優しいだろう。
石を投げられたわけでも、刃を向けられたわけでもない。
そう思うのに、胸の奥に残っているのは、痛みよりも別のものだった。
『あんなばっちいところ行っちゃだめだからね』
その言葉が頭の中で繰り返される。
夢子はしばらく黙ったまま机を見つめた。
「……そんなに汚かったかな」
無意識に零れた言葉だった。
はっとして口を押さえる。
違う。
違う違う。
あれは“天女”に向けた言葉だ。私個人じゃない。孫平くんは、生き物を大切にしているだけで。過去の天女のことを考えれば当然で。私はその怒りを向けられる側で。
ちゃんと理解している。理解しているはずなのに。
胸の奥が、少しだけ重かった。
夢子は机に突っ伏す。
「……だめだなぁ」
あ、また呟いてしまった。監視役の人もいるのに。……今日は、いいか。
これくらいで傷つくなんて。もっと酷い目に遭っている人はたくさんいるのに。私はまだ恵まれているほうなのに。
保健委員会の人たちは優しいし。小松田さんも気にかけてくれるし。吉野先生だって勉強を教えてくれる。
なのに。
『ばっちい』
そのたった一言が、思ったより深く刺さっていた。
「……疲れてるのかな」
そう結論づける。
きっと最近いろいろありすぎたのだ。落とし穴に落ちて。嫌われて。警戒されて。でも優しくされて。
感情の置き場が、わからなくなる。一人ひとりの人間が違うのは当たり前だ。でもその当たり前すら頭の中で処理できなくなっている。
夢子はゆっくり顔を上げると、机の上の帳簿へ手を伸ばした。
「……勉強しよう」
考えなくて済むように。
余計なことを思わないように。
墨を擦る音だけが、静かな部屋に響き始めた。
























