世界は、平等ではない。
そんなこと、わざわざ言葉にしなくても、どこかで皆分かっている。ただ見ないようにしているだけだ。
才能も同じ。努力で埋められる差と、どうやっても届かない差がある。前者は救いになる。後者は、ただの事実だ。
文芸部のミョウジナマエは、その後者に属している。
「部長、どうぞ」
もごもごと口を動かすナマエは開いたジャーキーの袋を差し出す。先日の連休で仙台の祖父母の家に遊びに行った彼女がそこで貰ったものらしい。既に土産で萩の月を貰ったが、牛タンジャーキーなんて珍しいものは中々お目にかかれない、遠慮なく頂く。
「ありがとさん」
口に放り込めば香ばしい炭の香りが鼻に抜け、噛めば歯ごたえのある牛タンの味が口に広がった。
「うまいな」
「祖父がくれました」
ひょい、と細い指で口に運ぶ。表情は殆ど動かないが、視線がどこか優しい。中学時代は一緒に暮らしていたから、離れて寂しいと遠く離れた親族に思いを馳せているのだろうか。いや、そんな可愛げはないなと一蹴した。
「山田さんは?」
「小テスト赤点らしく補習です」
「あらら」
だからこれは食べちゃいましょう、とどこかしたり顔で告げる彼女はもう一つジャーキーを口に入れる。普段アホっぽいがナマエの事になると妙に敏くなる山田さんの事だから気付きそうだと苦笑を浮かべた。
相変わらず仲ええなぁ。そう零せばナマエは少しだけ間を置いてから友達なので、と呟く。これを山田本人が聞けば泣いて喜びそうだ。
入学当初は置いておいて、今のミョウジナマエは派手さはないが黙っていればどこか守ってやりたくなるような可憐さを持ち、何より独特の雰囲気がある。実際小説に目を落とす姿は人を寄せ付けないオーラを出しているが、ふと見せる小さな笑みはそれは可愛らしい。
実際文化祭マジックにかかり彼女が気になると一つ下のバスケ部男子が勇気を出してラブレターを靴箱に入れたそうだが、本人はラブレターなんて知りません興味ありませんと何処吹く風だ。
『何で私が名前も顔も知らない人に時間を割かなきゃいけないんですか?』
スタンスは変わっておらず、他人に興味がないナマエは不要なものは一切視界に入れない。自分が興味があるか、それ以外か。誰に何を思われようが、どうでもいいのだ。
『なにこのゴミ。つまらない』
特に小説においては容赦がなかった。文芸部の仲間として交流を深める為に行ったお互いの好きな小説を交換するというイベント、ナマエと山田さんはそれぞれ純文学小説とライトノベルを交換し合った。そして読み終わったナマエの口から飛び出した感想は、お世辞も遠慮もない酷評だった。
ライトノベルを馬鹿にするつもりもないし面白い作品だってあるのは理解している。ただ山田さんが選んだ作品がつまらなかっただけだ。(読んだけどほんまにつまらんかった)
バッサリと切り捨てるナマエを気に入った懐が広い山田さんだったから許されたが、他の部員だったら喧嘩になりかねない物の言い様に冷や汗ものだった。
それが今は休み時間や昼休みは一緒に過ごしているし、夏休みはひと悶着あったバレー部の同級生と一緒に海に遊びに行ったと聞いて自分の耳を疑ったのはいい思い出だ。
山田さんと他愛もない事を話したり、バレー部の同級生、特に彼女の傍にいる角名(やったっけ?)、名前を挙げればきりがない。その中心に、何故かナマエがいる。静かな顔をしたまま、気付けば輪の中にいる。
初めはどうなることかと思ったが、後輩達が仲良しなのはなによりだ。
それで本当にいいのか。
ふと、思ってしまう。
彼女の小学生、中学時代の話を少しだけ聞いたことがある。幼馴染やお隣さん、そこを除けば友達は作らず、ずっと一人で本を読んで過ごしていたらしい。孤立していた、というわけでもなく、ただ自分から関わらなかった。
その時間の中で、彼女の『感性』が磨かれたのではないか、と。余計なものに触れず、濁らずに済んだ時間だとするなら今のこの環境はどうなのだろうか。
笑って、誰かと話して、日常の中に溶けていく。それは普通で、健全で、正しいこと。
しかし
この子の輪郭が、削れやしないだろうか。尖っていた部分が、少しずつ丸くなっていくような気がする。それが成長なのか損失なのか、平凡な自分には分からない。
いっそ、昔のように一人にした方がいいんじゃないか、余計な学校から切り離して、父のように世界中を旅した方がいいんじゃないかと。
なんて、アホか。そんなこと言える筈がなかった。才能があるからって、人を隔てる理由にはならない。それを選ぶのは本人であって、周りではない。
ましてや、天才でもない、ただの凡庸な親の七光りが、口を出していい話でもない。
ほんま、性格悪。内心で苦く笑う。嫉妬と、期待と、羨望、勝手な理想が混ざっている。
「やっぱり部長の小説は面白いですね」
過去に作った部誌のページを捲りながら、ふっと小さく笑う。
「ありがとなぁ。ミョウジは次何書くとか決めとん?」
「はい。海底都市で一人育った女の子が地上に出てきたお話です。退廃的ノスタルジックセンチメンタル」
北先輩に修学旅行のお土産で貰ったブックマーカーが綺麗で、見てたら思い付きました。小さく笑うナマエに、息が止まりそうになる。
修学旅行で北と同じ班だったので、そのブックマーカーを買う所も見たし何ならどんなものか見かけた。海とイルカが描かれたもので、綺麗だなとしか感じられなかった。それを目の前の少女は、思考を拾い上げ小説に落とし込んでしまう、才能の違いをまざまざと見せつけられる。
新人賞を獲った作品は誰が読んでも傑作なのに、そこで満足することもない。満足することなく、次を書こうとしている事実に内心胸を撫で下ろす。ああ、良かった、自分が心配していたことは杞憂で終わりそうだ。安堵と共にやってくるのは、期待と嫉妬。
どうやっても、逆立ちしたって勝てやしない。どれだけ努力を積み重ねても、この距離は縮まらない。読みたい。消えてくれ。早く書いてくれ。
「なあ、来週芥川賞のノミネート発表やな」
「そうですね」
「きっと選ばれるよ」
「はぁ」
そこは普通謙遜やら緊張するとこなんやけどな。どうでもいいのか次の部誌を読み始めた。選ばれようが選ばれまいが、彼女にとって本当にどうでもいいのだ。今大事なのは、過去に書いた『俺の小説』を読みたいという欲だった。可愛くない、可愛い後輩め。
「あ~、はよミョウジの新作読みたいなぁ」
「出来たら北先輩に一番に見せる約束なので、その次です」
「言っとくけど、もし芥川賞に選ばれて授賞式行って新人賞ん時みたく暴れたらアカンよ」
「…あれは鈴木が先に喧嘩を売ってきたから買っただけです」
「受賞したら記者会見あるんやからテレビ中継される。新人賞の時みたく暴れてみぃ、ニュース見た北の説教が待っとるよ」
げ、と面倒臭そうに顔を顰める。宮兄弟を正座させて淡々と説教をする光景を数回目撃しているので想像もつくだろう。北がナマエにどういう感情を抱いているかは知らないが、良くないことをしたら誰であろうと正論パンチをする筈。
まあ大丈夫でしょ、とナマエはジャーキーをまた口に運んだ。
「そもそも選ばれるか分からないし」
『本日芥川賞・直木賞の最終候補が発表されましたが、なんと!その両方でノミネートされた作品があるんです!』
『注目の作品、15歳の鬼才ナマエさんの小説【現の縁】、最年少に加え、芥川・直木賞史上初の同時受賞ということがありえるんでしょうか!?』
テレビの司会者とコメンテーターが興奮したように話しているが、内容は殆ど耳に届かない。
「化け物め」
嗚呼、早く行ってくれ。この場所に留まらずに、もっと遠くへ、見えないところまで行ってくれ。
そして才能を余すことなく出し尽くして、書きたいものを書き尽くして、自分より先に死んでくれ。
彼女の小説を読みつくした後に、眠るように死にたいと願った。
――――――――――――――――――
面倒臭い。
昼休みにフミからの着信が残っていたから掛け直せば、初めはノミネートされたと大喜びをしていたのに、流れで授賞式に記者会見、契約書の話になり、そして両親に挨拶に伺うとまできた。
新人賞に入賞したことはおろか、小説を投稿したことすら言っていない。新人賞の賞金もなあなあで流していたけど税金や印税の話になってきた。面倒臭いからフミがやってと言っても編集者はお金のことに関わらないそうだ。内緒でやってよ。
受賞作発表の後には記者会見だから東京来てって言われたけど、そもそもノミネートだけで選ばれてないのに。
そんな事を考えながら、ナマエは教室へと足を進める。
「おかえり~」
教室に戻ればいち早く角名が気付いて声を掛けて来た。席に座るなり本を開く前に、山田さんがなあなあ!と目を輝かせる。
「24日土曜日やん?クリパせん!?」
ケーキとチキン皆で食べよ!楽しみなのか弾んだ声色で切り出した。料理の話が出ればええやんと治が真っ先に肯定する。しかしナマエはというと、斜め前に座る銀島をじとりと睨む。な、なんや急に。銀島は若干狼狽えつつも首を傾げる。鈍感男め。言いたいことを察してくれないのでナマエは小さく溜息をついて口を開いた。
「…私角名くんと二人がいーな」
「エッッッッ!?!?」
「「「「はぁ!?!?!?」」」」
ナマエの発言に角名は目を丸くして声をひっくり返し、他の面々は一回り大きな声を上げていた。そしてナマエの発言に驚きを隠せないのは彼等だけではない。え、今角名くんと二人って言った?聞き間違いやない?え、マジ?遂に角名が報われんのか?おい治に賭けとったんやぞ勘弁してくれ。様々な声が上がっていた。誰やねん人の恋路で賭け事しとんのとツッコむ人はいない。
「侑くんと治くんは彼女いるでしょ。そっちで過ごした方がいいんじゃないの」
そう、少し前に宮兄弟には彼女が出来たのだ。可愛くて胸の大きい愛嬌のある子で好みだったのでOKした。仕方がない、思春期の男の子だもの。因みに先に彼女が出来たのは治で、それを羨ましがった侑も好みの子に告白されて付き合うことになった。
治と侑が予定を作れば、残るメンバーはナマエ、角名、山田さん、銀島だ。もし角名と一緒に過ごせば自動的に残りは銀島と山田さんとなる。恋愛に疎いナマエだが銀島と山田さんがお互いを意識していることは分かるし、知っている。
クリスマスというイベントで舞い上がって付き合ったりするんじゃないの、小野山田(サイン会に行った小説家)の小説にもあったし。どこまでいっても小説頼りの知識だが、ナマエに出来る最大限の気遣い(興味)だった。
さて、ナマエの思考は置いておいて。不愛想、そっけない、愛想もない人でなしのナマエから出た発言に呆気に取られるが、やはりいの一番に覚醒するのは、やはりこの男だった。
「最高のクリスマスデートにしようね♡♡♡」
「「「アカン!!!」」」
ぎゅう♡♡ナマエの手をどこか湿度が高めに握り込む角名の手を山田さんと侑、治は慌てて払いのけようとする。だが流石バレー部のレギュラー、簡単には離されない。力を込め過ぎて血管が浮き出ていた。
「何でなんナマエ!血迷ったんか!?」
酷い言われようだ。どれもこれも全部銀島が二の足を踏んでいるのが悪い。正直クリスマスだからと出掛けるのも興味ないし誰かと過ごしたいかと言われればそうでもない、一人喫茶店で静かに本を読んだっていい。友人の為に身体を張ってるんですよ、そんな思考はこの場の誰にも伝わらなかった。
「ちゅーか、彼女とはもう別れたし」
「…えっ、そうなんだ」
「おん」
「俺も別れた」
「……へー」
知らなかった、いや、言われたけど聞いていなかったが正解か。春高が近く練習ばかりで構ってやれず彼女側が別れを告げたらしい。ナマエの無表情がほんの少しだけ歪む。これ角名くんと二人で過ごしたとしても、残りの四人で過ごしたら何も意味ないじゃない。
「……クリスマスパーティーする…?」
「おん!」
「よっしゃあ!」
「ハァアアアアア!?!?!?」
何で!?俺とウィンドウショッピングしてご飯食べてイルミネーション見る約束は!?!?あの一瞬で頭の中で組み立てたクリスマスデートプランが崩れ去り半泣き半ギレでナマエに詰め寄る。ナマエちゃんから誘ったくせに!!好意を寄せている女の子からクリスマスに二人で過ごしたいと言われ有頂天になった後直ぐ、皆でパーティーしようかと言い始めるではないか。天国から地獄、あまりにも人でなしの所業だ。
クラスメイトは合掌する。哀れな道化が、流石に可哀想に思えた。しかしどうしてやることも出来ない。一連の流れを見て聞き耳を立てていた委員長は声を殺して笑っていた。
「なら皆でパーティーやな!!」
角名の抵抗も虚しく、恋人の一大イベントクリスマスイブはいつメンパーティーに決定したのだった。
――――――――――――――――――
12月24日土曜日、クリスマスイブ。春高本選も間近ということで朝からみっちりバレーボールに励み、クリスマスということで早めに部活は終了となった。恋愛禁止ではないバレー部の何人かは彼女持ちであり、慌てて部室を出て彼女とのデートに向かう者もいる。
そんな中、侑は部室で鼻歌交じりにウキウキソワソワと着替えを済ませていた。
「なんや侑、エライご機嫌やん」
「この後ナマエちゃん家でクリスマスパーティーなんすわ!」
ペカー!といい笑顔で答える。お、おうよかったな。バレーのことになると精神年齢五歳下がるが、ナマエちゃんに対してもそうじゃね…知らんけど。
「角名もいつまでむくれてんねん」
「ホントは俺とデートだったのに…」
「はよせぇ!」
相変わらず仲ええなぁ。それにしても女の子とクリスマスパーティーなんて羨ましい…彼女がいない部員の嫉妬に塗れた視線を背に受けながら、角名たちは部室を飛び出した。
「いらっしゃい。荷物その辺置いて、コートそこ掛けて」
道中に買ったチキンを手に一度来たナマエの家へお邪魔すれば、エプロン姿のナマエがキッチンにいた。ああそうだ俺達結婚してたね。角名の脳内に存在しない記憶が溢れ出した。
「ただいま俺の奥さん」
「違うけど」
「料理並べんの手伝うわ」
「ありがと」
ちなみに今日のパーティー会場はナマエの部屋ではなくリビングだ。友達とクリスマスパーティーしてもいいかと聞けば案の定母は涙目で大喜びした。ナマエちゃんがお友達とクリスマスパーティー!?ならお邪魔しないように私達は出掛けてくるわね!ケーキは任せて!お母さん美味しいやつ準備してあげる!テンションの上がった母親程制御不能なものはない。6人って言ってるのに何故7号(直径21センチ、約8~12人用)のケーキを買うのか、せめてワンサイズ小さいものにして。
テーブルには昼間に買ったスーパーの出来合いオードブルやピザ、バレー部達が道中で買って来たチキン、適当に作ったサラダや大きなデコレーションケーキが並んでいる。壮観、だがこれでも運動部四人いるから足りないかもしれない。治の腹から地響きのような音が部屋中に響いた。
紙コップにシャンメリーを入れて、メリークリスマスと軽くぶつけあう。シャンメリー独特の味が口いっぱいに広がった後は各々料理に手を伸ばした。
チキンうまいな、ピザうま、オードブルのポテトとって、スーパーのも中々イケるな、カニ爪コロッケ取って、ウェットティッシュあるよ。どうでもいい談笑をしながら料理を食べる。つけっぱなしにしていたテレビにはクリスマス特番の前に流れるニュースが映し出されていた。
『さて次のニュースは来月に発表される芥川賞・直木賞について!注目はなんといっても芥川賞・直木賞にダブルノミネートされている15歳のナマエさんです』
『過去の芥川賞の最年少は19歳なので、もしナマエさんの小説が入賞すれば最年少を大幅に越え、史上初の芥川賞・直木賞の同時受賞になりますよね~』
「またこのニュースしとるなぁ。ナマエちゃんと同じ名前の人」
「同い年やし凄い偶然やな」
「この人ナマエちゃんやったりして」
「そうだよ」
「な、なんやて~!?って、分かりやすい嘘つくな!」
「ノリツッコミどうも。そろそろケーキ切る?」
「ケーキ待っとったでぇ!このケーキ屋むっちゃ美味いって評判のとこやろ!?ナマエちゃんのオトンオカンに感謝やなぁ」
「ゲッ!治、涎垂れそうじゃん止めてよね」
「ナマエ~、ケーキのお皿とフォークこれで良かったんよな?」
「うん」
「ミョウジさんチキンのゴミこっち入れんで」
「ありがとう」
気付けばテレビにはクリスマス特集のニュースが流れていた。恋人と一緒に過ごしたいスポットランキングが始まりそうになり、ナマエはチャンネルを変える。角名の機嫌がよくなったのに、思い出して不機嫌になるのは面倒だ。
あー見とったのに~と残念がる山田さん。うるさい銀島くんにどっか連れて行ってもらえ、声には出さずに番組を変えた。
「ケーキうんんんんま!!」
「クリームとイチゴの相性良すぎやろ…」
「アカン…美味しすぎる…」
「ナマエちゃんショートケーキ似合うね♡」カシャカシャ
「…」
「(ミョウジさんスルーしとる…)角名止めたれや」
食べきれるか少し不安だったケーキの半分近くは治の腹に収まり、ほっとしたのと同時に治の胃袋のキャパに驚かされた。持ち帰り用でタッパーに詰めて持って帰らせようとしていたが必要なさそうだ。三切れ目のケーキを美味しそうに食べる治の姿はこちらが胸やけしそうになる。その横で侑がまるで家畜を見るような目をしていて、気持ちは分からんでもない。
食事が終わった後はすることがなくなり、侑が持ってきた国際バレー試合の鑑賞会となった。色気がない、いつも通りやんけと文句を言う者が若干名(角名と山田さん)いたが、直ぐにバレーの試合に夢中になった。
ナマエはというと相変わらず読書をしていて、山田さんもラノベを読みつつ時折バレーの試合に目を向けていた。
「このロメロ?って人のスパイクヤバ。腕もげそう」
「せやろ。ブラジルのトップ選手やねん!」
「へ~!春高にもロメロ選手みたいな人おるんかなぁ」
「おるわけないやろアホか」
「誰がアホやねん!」
「侑くんうるさい」
「なんでやねん!山田の方がうるさかったやろ!!」
「ツムうっさい解説が聞こえんやろが!」
「(どっちもうるせ~)」
飲んで食べて騒いで、時間はあっという間に過ぎていった。片付けもそこそこにして、各々は帰る準備をして玄関に向かう。外はすっかり黒に染まり、ぐっと下がった気温に身体を震わせた。
「「「「「お邪魔しましたー」」」」」
「気を付けて帰って」
親の車で颯爽に帰った山田さんと宮兄弟の実家組はさておき、寮住まいの角名と銀島は歩いて駅まで向かっていた。吐き出した息は白く、すっかり冬の色をしている。それを眺めながら、角名は徐に口を開いた。
「んで、いつ山田さんに告るの?」
角名の発言に言葉を詰まらせ、みるみるうちに顔を真っ赤に染める。言っとくけどニブチンのナマエちゃんが気を遣う位にはバレバレだからと言えば、銀島はもごもごと口籠ったあとに、逃げ場を探すように前を向いた。
「……春高終わるまではバレーに集中せんと」
「そう言ってインハイ、来年の春高ってずるずる引き摺るつもりじゃねぇの。あとうちのクラスに山田さん狙ってる男子いるよ」
「グッ…そういう角名はミョウジさんのことどうなん」
「文化祭の後告った」
あまりにも簡単に出た言葉に、銀島の大きい瞳は更に丸くなる。
「えっ!?!?聞いてへんぞ!」
誰にも言ってねぇし。飄々と答える角名に銀島はごくりと息を飲む。普段のナマエと角名の様子はいつも通りで特に変わった様子はない。それで、どうなんや!?付き合っとるんかと凄い剣幕で尋ねた。
「付き合って言ったら確実に無理って言われるから保留にしてもらってる」
「お、おう…」
「あ、この事侑と治には内緒ね」
「ええけど、なんで?言ったら面白がるけどなんだかんだ協力してくれるんちゃうか?」
協力してくれるかもしれない。それは角名も重々承知している、バレー馬鹿でアホだけど何だかんだいいヤツらなのは分かっている。治なんて特に、バレー勝負に協力もしてくれたし。しかし、もしもの可能性を拭いきれなかった。
ナマエに対する感情を友情と捉えている内はいい。それがいつ恋情に転がるか分からないし、もしかしたら自覚しているのかもしれない。もし告白したと知られてみろ、嫌だ俺も好きとか言いかねない。彼女が出来て直ぐに別れたと言っていたが、なんか違うと言って別れていたし、無自覚でナマエと比べているのかもしれない。
他の女の子に手を出すのはいくらでもいいし、そこに落ち着いてくれるなら万々歳だ。けどナマエだけは、駄目だ。
銀島に頼むよと言えば、人の良い彼は分かったと笑顔を浮かべる。本当にいいヤツだ。
コートのポケットに入れていた角名のスマホのバイブが震える。見れば山田さんからだった。グループではなく、個人で送られてきたメッセージに首を傾げる。俺個人になんだろ、とラインを開いた。
送られてきたのは画像で、メンズアクセの売り場っぽい所に立つナマエの後ろ姿の画像。え、何なの。一緒にショッピングした自慢?羨ましいんですけど、俺も行きたい。とりあえず保存と。
次に送られてきたのはセレクトショップっぽい所で香水らしきものを嗅いで眉を寄せるナマエの画像。しわしわの顔してる、可愛い、保存。次に送られてきたのはスポーツタオルをこれまた眉を寄せ見比べるナマエの画像。
え、ちょっと待って、まさか、嘘でしょ。根拠のない期待が、勝手に膨らんでいく。
足を止めてスマホから目を離さない角名を不思議に思ったのか、銀島はどうしたのか尋ねる。それどころではない、心臓がバクバクと鳴り止まなかった。何を思って山田さんは画像を送ってきたのか。
次に送られてきたのは画像ではなかった。
『コートのポッケかリュック』
「ハァア!?!?」
「うわびっくりした!なんやねん!」
慌てて銀島にスマホの画面を見せれば、銀島の顔が驚愕に染まっていく。
「おっ!?す、角名!?ポッケや!ポッケ入っとるか!?」
「ぁああぁああ!?は、入ってない!?入ってないんだけど!!」
「ポッケ全部開けぇ!そんでリュックや!!」
震える手でコートのポケットを全て弄る。胸についている小さなポケットもくまなく探したけど何一つ入っていない。背負っていたリュックを下ろし、固唾を呑んで見守る銀島の横で、恐る恐るファスナーを開けた。
「…ぁ」
見覚えのない、クリスマスカラーの赤いリボンで結ばれたラッピングの袋。それを見つけた瞬間、ヒュッと喉が鳴る。顔を上げれば銀島も自分と同じような表情を浮かべていた。
「ぁあああったぁああ!?!?」
「うおおおおお!?!!?」
試合の様な高揚感。気付けばお互いに両腕を上げていて、バチーン!!と乾いた空気に大きなハイタッチ音が響いた。ジンジンと痛む掌が夢ではないことを表している。俺は貰ってへんから角名にだけやん!と自分の事のように喜ぶ銀島を横目に、視線は再びラッピング袋に向いていた。
「おれだけ…」
「開けてみぃ!あっ、帰ってからのお楽しみで一人見る方がええか!」
「一人で見る勇気ないから見守ってて…」
「おっしゃ見守ったる」
震える手でリボンを解き、袋の口を逆さにする。手のひらにころりと転がり落ちたのは、円形の銀色のケース。冬の街灯を反射して、かすかに冷たい光を返していた。
「保湿バームだ」
唇や爪に塗れる保湿バームだった。天然由来原料で出来ていて敏感肌にも塗れると付属の紙に書いてあった。香りを嗅げば淡い花の匂いが鼻腔を擽る、好きな匂いだ。頬を綻ばせていれば、銀島はあー!と声を上げた。
「せやお前!冬は指先やら唇乾燥するから嫌や~みたいな話しとったやん!!ミョウジさん覚えとったんや!!」
良かったなあ!と寒さで鼻を赤くした銀島がニッコリと笑った。
彼女の視線はいつも小説で、たまに山田さん、極稀に俺や侑に治、銀。話もあんまり聞いていない、深入りもしない。興味のあることにだけ耳を傾けてくれる位。小説を読んでいれば無視されることもあるし、流されることも多々。酷い時は殆ど話を聞いていないことだってあった。侑と治が彼女と別れた話もしていたけど、すっかり忘れていたし、本当に人でなしだ。
そんな彼女が、談笑の中で零した俺の愚痴を覚えていたかもしれない。冬は指先も唇も乾燥するから嫌だよね、っていう大した内容でもないそれ。彼女が覚えていたのかなんて知らないし、もしかしたら偶然かもしれない。
それでも、
「銀、先帰ってて。ナマエちゃんのとこ行ってくる」
「おう!門限までにはちゃんと帰って来いや!」
「ありがと!」
気張りや!とガッツポーズをする銀島を背に来た道を走り出す。ねえ、なんでこれくれたの?銀にはあげずに、俺だけ?侑と治にはあげたの?問いがいくつも浮かんでは消える。肺に冷たい空気が入り痛むが、足を止める事が出来なかった。スマホで通話を掛ければ理由を教えてくれるかもしれない、なのに、スマホはコートに入れっぱなし。
とにかく彼女の顔が見たかった。
息も絶え絶えのまま、インターホンを鳴らした。ハァ、と肩を揺らす度に白い息が吐き出され、毛先から汗がぽたりと地面を濡らす。モニターを見たからか、ナマエは玄関のドアを開けた。
「角名くん?…わっ」
考えるよりも先に、身体が動いていた。引き返してきた俺を不思議そうに見上げる彼女の細い体を引き寄せ、逃がさないように腕の中に収める。驚いた気配が伝わったけど、離してやれない、離すもんか。
「どうしたの?」
「好きだ」
「!」
「好き、好き…!大好き!愛してる…!!」
溢れて止まらない言葉に、いつも淡々とした顔がぎょっとしたものに変わった。可愛い。
「ちょっ、声大き、とりあえず中入って」
玄関の中へ押し込むように入り、彼女の頬に触れた。白いすべすべの肌は冷たく、まるで白磁のようで走って体温の高い自分とは対極にあった。視線が絡み、彼女の大きな瞳には、余裕のない自分が映っている。
「すなく…んんっ!?」
名前を呼ぶ唇が愛おしくて、気付けば重ねていた。柔らかくて、甘い。もっとほしい。唇をこじ開け、歯列をなぞって、上顎を舌先で舐めれば、びっくりした様に肩を揺らしていた。
「んん~~!?ちょ、ふぁ!?」
「ん、ふ…」
細い腰が逃げようとして、腕を回せば逃げ場を失う。息苦しいのか真っ白な頬には赤みが差し、縮こまる舌を絡めて吸い上げれば身体が跳ねていた。もっと、もっとほしい。でもナマエちゃんの息がもたないかな。渋々唇を離せば、唾液に塗れた唇が酸素を求めてはふはふと動く。嗚呼、愛おしいなぁ。
「なに、すんのよ…」
「キス」
「ハァ!?」
自分よりも細く小さな抱き締めれば、意味わかんない、なんなのよ!と暴れるが、それすらも愛おしかった。抑えきれない笑みを見て、彼女の顔がむっっと歪む。馬鹿、スケベ、アホ、むっつり。あれだけ小説を読んでいるのに、先程まで啄んでいた唇から出るのは小学生みたいな罵倒だけど、嫌いの文字は一言も出なかった。
【登場人物紹介】
【ミョウジナマエちゃん】
最優秀新人賞小説を獲った小説、【現の縁】が芥川賞・直木賞にノミネートされた天才。
過去芥川賞を獲った最年少は19歳で芥川賞・直木賞の同時受賞をした人はいないので、もし獲れば最年少かつ史上初の同時受賞者となる。
山田さんと銀島がくっつくのを期待してる。そしたら目の前で恋愛が始まって観察出来て恋愛小説がもっと分かるかもしれないのに(人でなし)
侑治が彼女と出掛けるだろうし、角名と一緒にいれば残された銀島と山田さんもどっかに出掛けるんじゃないかと気を遣ったが、結局侑治が別れていたのを知らなかったので意味ねーじゃん!とクリスマスパーティーをした。
ニュース見てこれナマエちゃんのことやったりして~と言われたからそうだよと言ったら流された。まあいいや、騒がれるとうるさいし。
流石に角名に悪いことをしたな、と詫びの意味も込めてプレゼントを買う。メンズアクセも香水もよく分からない、店員のおススメを吟味するけど首を傾げる。角名の趣味も分からんし...。そういえば乾燥がどうの言ってたな、と覚えていたので保湿バームを買う。
バレーのDVDを見てた時にこっそりリュック開けて捻じ込んだ。角名の分しか買ってないから皆の前で渡したらうるさくなりそう(正解)べろちゅーされてはぁあ!?なにすんの!?!?ってなってる。
【ハッピー男角名くん】
天国地獄天国を味わうオモシレー男。角名くんと二人がいいと言われたときは自分の耳を疑った。はい???その後最高にハッピーだったのに皆でクリスマスパーティーになって地獄に落とされた。二人のデートは???
ナマエちゃんが銀島と山田さんをデートさせるために誘ったのは理解している。それとこれとは別。期待させてさあ!?(血涙)
でもいつメンとワイワイするのも嫌いじゃないし何だかんだ楽しんでる。
侑と治がナマエちゃんに恋愛寄りの友情を抱いてるって察してる。無自覚怖い。自覚させてたまるか。
帰り道に山田さんのラインで心臓バクバクからのプレゼントでよっしゃーー!?!?ってなる。それから頭ぱーんしてベロチューしたピース。マジ無理、ぜってぇ結婚する。
【キューピット山田さん】
感謝せぇよ角名。親の車の中でどや顔。
学校が休みなのでデパートに行ってプレゼント交換をした。あげたのは好きな入浴剤。貰ったのは美味しい紅茶(意外や…!)
買い物していいかと聞かれ、何買うか聞けば角名くんにあげるもの。と言われ!?!?となるが見守る。メンズアクセや香水やら服やらで首を傾げるナマエかわええ…と隠し撮りする。保湿バーム買えてほっと息を吐く姿にほーんとなるし、侑や治や銀島に買わんのかと聞いて、首を横に振る姿にほーーん??となる。
銀島にクリスマス誘われると微塵も思ってないのでクリパしよ!と提案した。もし誘われてたら行く、のかな??
【侑くんと治くん】
可愛くて明るくて胸の大きい彼女が出来てハッピーだったけど、春高近くてデートとか出来なくて別れる!って言われた。何回かお弁当一緒に食べたけどキャンキャン喧しいなぁ、とたまーに思う。いつも静かな女の子と過ごしているから余計に。キスと性行為はさっさと済ました。
治はあーん、と弁当を食べさせてもらうけど(なんかちゃうなぁ…?)と思いつつ食べてた。一体誰と比べてるのか。
ナマエちゃんが角名と二人がいいなーって言った時一瞬心臓がヒヤっとなったけど、皆でクリパになってハッピーになる。
重い友情。だけどつつけば恋情に変わるんじゃない?
クリパ最高!飯最高!ケーキ最高!俺らズッ友や!!
【いいヤツ代表銀島くん】
はよくっつけや(by 作者ナマエ角名)
山田さん誘えってナマエちゃんからじとっと見られても察すことが出来ない。春高が終わるまでは言わん(頑固)
クリパ最高!飯最高!ケーキ最高!俺らズッ友や!!
帰り道に角名からナマエちゃんに告った、保留になったって言われてお、おう…ってなる。それでプレゼントの一件があって角名とめっちゃ動揺する(あのミョウジさんが!?!?!?)
めっちゃ焦った様子でコートのポッケガサガサする角名を固唾を吞んで見守り、プレゼントを見つけて一緒に喜んだ。良かったなぁ角名。
走り出す角名を見送りながら、俺も山田さんにプレゼント用意すればよかった…と後悔した。
【文芸部部長の天野先輩】
化け物め。嫉妬、羨望。色んな感情がぐちゃぐちゃ。でもナマエが文芸界の頂点に立つところを見たい。小説を読みたい。書ききってから死んでくれ。恋情は抱いてないけど違う意味の激重感情。
家族でクリパした。
【バレー部のみんな】
相変わらず仲ええなぁ。彼女と過ごす人、家族で過ごす人、部内のメンバーで過ごす人、様々。
【クラスメイト】
聞き耳を立ててる。ミョウジさんが角名と二人がいいって言った!?!?!?でもクリパになって角名ドンマイと拝む。委員長は呼吸困難になるくらい笑ってた。人でなし。
内緒で賭けをしてる。角名派、治派、部長派、山田派の四つの派閥がある。侑に賭けてる人はいない。




















