実際に考えてみて欲しい。
目が覚めたら人類は石化していて、文明も滅亡しているときた。
そんな時に1人素っ裸な状態で目が覚めたら、貴方ならどうするか?
潔く死を選ぶか?しぶとく生きるか?
俺が選んだのは後者だった。ただそれだけだ。
まず状況の分析から始める。
俺が目覚めた場所は洞窟ほどではない洞穴。
周りには糞尿が落ちていて、蝙蝠がいたであろう形跡が残るが今はもうもぬけの殻だった。
さらに自分の身体を覆っていたであろう石を観察し、時に舐めてみる。ただの石だ。ぺっ。
次に環境の調査だ。
洞穴から出ると見渡す限りの木、草、森。
手入れのされていない極相林。木は街中に生えていたサイズよりも大きな巨木で満ち溢れている。
地面は分厚い腐葉土。
この瞬間、時が経ったのが数百年どころじゃないことを確信する。
—————あーあ、世界滅びねえかな〜〜
いつの日か自分が呟いた言葉を思い出す。いやいやいやいや、まさかな?
この時に下半身の心許なさを感じ、その辺の蔦や草で心臓の次に大事な局部を隠す。
心の中で俺以外に人類は居ないだろうと感じていたが、法事国家で育ってきた身としては少しでも公然わいせつ罪で処罰されるリスクを避けたかったのだ。まあ法律なんてもう無いようなもんだけど。
そして地形が高くなっていく方向へと足を進める。
ただ見晴らしの良い場所へ向かいたかった。
体感で2時間は歩いただろうか、木々が段々と少なくなり、岩場が増えていく。
そして見晴らしの良い崖先へと辿り着き………
「本当に滅びちゃったよ…」
情けなくもそう呟くしかなかったのだ。
おはよう世界 Good Morning World
「ホームアローンのケビンもこんな気持ちだったのかな…」
かの有名なクリスマス映画、みんな消えちゃえ!と言ったケビンが次の日目覚めると、家族が誰もいなくなるシーンは有名だ。
胡座をかき、見晴らしの良い崖から辺りを見渡す。
相変わらず見渡す限りの木、草、森。
人工物なんて一切無い、正真正銘の大自然。
「鉄は数百年でほぼ消える、コンクリートは1000年前後で崩壊するだろ…」
ブツブツと脳内で繰り出される知識を駆使して考える。そして辿り着いた答え。
「うん。数千年は経ってるなコリャ」
あっけからんと呟くが、俺の言葉に返事をする奴は誰もいない。こんなに虚しいことある?
センチメンタルになりかけるが、ぶるりと寒気を感じ二の腕をさする。
日向にいれば比較的暖かいが、日陰に入ると肌寒いことから、今が2月の後半から4月前半だと推測する。
「まずは皮だな…」
気合を入れて立ち上がる。
皮を手に入れるための武器調達の為、下山する。
向かう先はただ一つ、川辺である。
「1週間だ!」
無事川辺へと到着した俺は開口一番に叫んだ。
人間は水と睡眠さえ確保できていれば栄養がなくても約2〜3週間は生きれると言われている。
だがこの文明が滅亡した世界でまともな睡眠が得られるとは思えない。そして俺は自他共に認めるヒョロガリだ。
運動部の顧問をしていたこともあり、運動神経や筋肉は人並みにあるが、問題は脂肪がないということ。つまり、栄養不足になった際にそれを補うエネルギーが足りないということ。
「皮…まずは皮だ…最悪蛇でもいい…皮だ…!
じゃねえと俺のスレンダーボディが夜には凍えて死ぬ…!」
作りたての石器を手に持ち、ブツブツと呟きながら森を徘徊する不審者が爆誕した訳だが、通報される心配がないので安心していいだろう。
「やる…やってやる…!毎週鉄腕D○SH観てたんだよ俺…リーダー、俺に力を分けてくれ…!」
人間、死ぬ気でやれば火事場の馬鹿力というものが発揮されると云われている。それを俺は身をもって検証することができたのである。
「あ、タヌキ♡」
▼東雲ハ毛皮ヲ、手ニ入レタ!
石器を手に入れ、炎を得て、紐を作る。
拠点は目が覚めた洞穴だ。枝を下地に上から藁やら草やらを敷き詰める。
食料は魚、木の実を中心になんとか毎日手に入れた。
そうして半月ほどかけて罠を作り、たんぱく質を得るため狩猟も行う。運が良ければ鹿、定期的にうさぎを手に入れることが出来た。タヌキ?ありゃダメだ臭くてかなわん。
これを約1ヶ月、1人で成し遂げた。
人類は石化、文明は滅亡。
スマホもねえ、娯楽もねえ。猪毎日ぐーるぐる。
話し相手はその辺で拾った手のひらサイズの平たい石に、近藤と名前をつけてひたすら話しかける。
時折ウシガエルを捕まえては、皮膚を剥がして「綺麗だね…♡プリプリじゃないか♡」と1人で官能小説ごっこをした。
1ヶ月、1ヶ月だ。
察しのいい人間なら、わかるだろう?
独り言がとんでもなく増えるんだよ。
「はあ〜〜〜〜見渡す限りの木、木、木。
立派な極相林ありがとうございまァす!ビール入りまァす!(居酒屋風)
地面はフカフカの分厚い腐葉土、ありがとうございまァす!
出会った鹿、猿、猪は全員警戒心MAX。
人類を見たことのないピュアな反応、ありがとうございまァす!
…んだよ罠かかってねぇじゃん!ブックオフなのに本ねえじゃん!」
「…東雲、先生?」
「あん?」
問×××.
デケぇ独り言を元教え子に見られた時の対処法を考えよ。
※ただし、既に減点が確定しているものとする。
———————————————————————————————————————————-
——————————
目の前には3700年ぶりに見る中学の理科教師の姿。
このストーンワールドで、初めて出会う自分以外の自力復活者がまさかの知り合いという事実に、人間は驚くと声が出ないというのは本当なんだな、と他人事のように千空は思った。ていうか独り言すごくね?とも。
一瞬にして先ほどの騒がしさは鳴りを潜め、静寂が流れる。
喧しい顔から一転、スン…とした表情になった東雲は口元を手で押さえ、問う。
「………聞いてた?」
コクリ。
声も出さず頷いた千空に対し、空を仰いだ東雲はそのまま息を吸って深く吐き出した。
そしてクルリと千空に背を向け、呟く。
「———いかん、雨が降って来たな」
晴天である。
千空は驚きと困惑が入り混じり、いつもの冷静さを取り戻すのに時間がかかっているのか、「雨なんて降って…」と、思ったことをそのまま口に出したところで、
「いや、雨だよ」
「マスタング大佐?」
東雲はちょっと泣いていた。
♦︎
「野郎の裸なんて見たか無えからな。やるよ」
3700年ぶりの会話をそこそこに、お互いの状況を共有しながら千空は東雲の拠点へと向かう。
そうして到着した洞穴で、バサリと投げられた鹿の皮を有り難く頂戴する。
「つまり、今は5738年の4月16日ってことか?何で日付までわかるんだよ」
「数えてたからな」
は?
東雲はたんぽぽの根から抽出したなんちゃってコーヒーを沸かす手を止め、千空の顔を見る。
早速拝借した皮を服にするため、チクチクと作業を初めていた千空は東雲の顔を見ることなく作業に夢中だ。
「…どうやって?」
「どうって…普通に。俺が目覚めた時に1173億5489万3870秒経ってたから単純計算で5738年の4月1日。それから今日に至るまで約138万2400秒経ってるからな」
当然のようにそう語る千空に、東雲はあんぐりと口を開けた。
落ち着け、かける言葉を考えろ。俺は教育者だ。
たった1人で暗闇を乗り越えた教え子に対して、教育者としてかける言葉は—————————
「……お前、気持ち悪いな」
「あ″ぁ?!」
東雲はイマジナリー教頭に頭を叩かれた気がした。
「東雲先生こそ、どうやって起きてたんだよ」
相変わらずチクチクと内職作業をする手は止めず、千空はたんぽぽコーヒーを啜る東雲に問いかける。
「俺?フェルマーの定理について考えたり、飽きたら素数数えてた」
ピタリ
あっけからんと言われた言葉に、そこで初めて千空は作業をする手を止め東雲の顔を見る。
落ち着け、かける言葉を考えろ。俺は元だが生徒だ。
たった1人で暗闇を乗り越えた教師に対して、元生徒としてかける言葉は—————————
「……あんた、気持ち悪ぃな」
「あぁん!?」
こうして、文明が滅んだストーンワールドで2人の科学者が揃う。
この出会いは偶然か、必然か。
「ていうか何でフェルマーの定理や素数なんだよ。あんた数学じゃなくて科学教師だろ」
「心を平静にして落ち着きたい時は素数だろ?」
「プッチ神父?」
大樹復活まで、残り173日。

























