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天音の花は押しに弱い

ちはちは

クラスの陽キャグループの1人である花澤美葉は、罰ゲームで告白をすることになった。相手は一ノ瀬天音、顔は良いが性格は最悪と皆に言われている孤高の存在、ぶっちゃけていうならばボッチである。 「一ノ瀬さん、私と付き合ってください!」 断られる、そう思いながら告白をした美葉はどういう訳かOKをもらう。顔が良い、そのことを自覚しているのか天音は美葉のことをからかい、強引な行動で周りに自分の恋人であるとアピールをする。皆の前ではかっこよさと、強引さが目立つ天音だったが、美葉が天音に触れると────。

「一ノ瀬さん、私と付き合ってください!」

 これからどこかに遊びに行こうか話し合う楽しそうな声と、部活動に熱心に打ち込んでいる活気のある声が響く放課後。私、花澤美葉は、心臓をこれでもかとバクバクさせながら、橙色に染まった誰もいない教室で、人生初の告白をしている。

 告白している相手は女の子。しかも接点も無ければ、会話をしたことは片手で数えるくらいしかない子。相手がモデルをしている有名人や、学年関係なくモテてしまう超絶美人であれば理解できるが、私が今告白している相手は全くの無名。教室の隅でボーっとするか、本を読んでいるか、スマホをいじっているか。言葉を選ばずに言うならばぼっちである。

 一ノ瀬天音。ウルフカットされた漆黒の髪と、青色のインナーカラーが特徴的なクールな女の子。切れ長な目と通った鼻立ち、スラリとした体型と高い身長に、控えめながらしっかりと主張している胸部。これだけ聞けば「なんだ、ただの美少女か」で終わったのだが、表情筋が存在するのかと疑ってしまう程の仏頂面が彼女をぼっちの道へと誘っている。

 愛想が無い。人付き合いが壊滅的。顔だけは良いが、性格は終わっている。そんな評判を受け始めたのは高校に入学してから1週間の出来事。

「ごめんなさい。鬱陶しいので話しかけないでもらってもいいですか?」

 これはクラスの男子に話しかけられた時に発した一ノ瀬さんの言葉である。一切表情を変えることなく、淡々と告げられた言葉。クラスの雰囲気が一瞬で凍り付いたのは記憶に新しい。大変気まずかったです、はい。

 このことがきっかけとなり、男子も女子も一ノ瀬さんに話しかける事は無くなった。では何故私が今、一ノ瀬さんに告白しているのかという疑問が生まれてくるだろう。

 密かに一ノ瀬さんに惹かれていた?ノンノン。彼女がこれ以上孤立しない様に気を遣って告白している?ノンノン。

 私が一ノ瀬さんに告白している理由。それは……一昨日のカラオケ大会で最下位を取ったからである。

 私はこう見えて1軍女子グループに所属している。理由は簡単、リーダー格の女の子と幼馴染だからである。まぁぶっちゃけると私は寄生虫なんですよね。あ~幼馴染特権気持ちいい~。

 さて、そんな陽キャグループの汚点、引っ付き虫、ヒモである陰キャ属性を持つ私はいつもの様に、陽キャグループのカラオケに付いていった。今日も今日とて愛想笑いとよいしょを頑張るぞ~と思っていた矢先、罰ゲーム有りのカラオケ大会が開催されることになった。

 私ははっきり言って歌が上手くない。壊滅的という程ではないが、中の下あるいは下の上レベル。そして周りは歌が上手い人間しかいない。ぼっこぼこでした。お遊びで将棋の大会に出たら周りがガチ勢しか居なくて、瞬殺された昔を思い出しました。その時から私は将棋が嫌いです。将棋教えてくれたのにごめんねおじいちゃん。

 閑話休題。カラオケ大会に負けた私に課された罰ゲームはあの一ノ瀬さんに告白をするというもの。今となっては某鼻の無い最悪の魔法使いの様に名前すら出されない彼女に、告白をしたらこっぴどく振られるだろうという思惑の元、この罰ゲームをけしかけられたのだ。

 今までこんなことはなかったのだが、私の幼馴染で陽キャグループのリーダー兼ブレーキ役であるひかりちゃんがその日は用事で不在だったため、割とグレーゾーンな罰ゲームを実行することになりました。これをうけて私は陽キャって怖いなぁと思いました。

「……いいよ」
「あ、やっぱり嫌ですよね~。いきなりこんなこと言って本当にごめんなさ────ん?」

 授業でたまにしか聞かない一ノ瀬さんの声が二人きりの教室に響く。一ノ瀬さんはしっかりと聞き取れるはずの声量で話してくれたのだが、私の耳は彼女の声を聞き取ることが出来なかった。

「えっ……とぉ……す、すみませぇん。大変申し訳ございませんが、聞き取れなかったのでもう一回言ってもらえないでしょうか?あ、今度はもうちょっと大きな声でお願いしてもぉ……良いですかね?」
「だから良いよって。花澤と付き合ってあげる」
「……」

 言葉が出てこない。よく小説で開いた口が塞がらないという表現を見るが、あの表現は本当だったらしい。だらしなくポカンと口を開けたまま、私は目の前の一ノ瀬さんを見つめることしか出来ない。

 パシャ。

 しばらくぼけーっとしていたが、聞き馴染みのあるシャッター音で私の意識がようやく戻ってくる。視線の先には先ほどスマホで撮ったであろう写真を眺めている一ノ瀬さんの姿があった。

「ちょっ!?な、何撮ってるんですか!?盗撮は立派な犯罪なんですけどぉ!?」
「美葉は私の彼女。彼女の写真を撮ること犯罪じゃない……ふっ、おもしろこの顔」
「人の顔見て笑うとか失礼すぎるんですけど!?」

 スマホを見ながら人を馬鹿にするような笑みを浮かべる一ノ瀬さんに、私のぷんすこゲージがどんどん溜まっていく。このままだと私の堪忍袋の緒がぷっちんして私の怒りがファイヤーして、私の拳がフィストしてしまう。私の握力は……5kgです。

「それを言うならさ、罰ゲームで人に告白する方が失礼だと思わない?」
「そ、それは……」

 一ノ瀬さんの冷たい視線が私の心を貫く。一ノ瀬さんの言う通りだ。罰ゲームで、相手に断られるのが分かっていて告白するなんて失礼極まりない。それは告白する一ノ瀬さんにもそうだし、もしかしたら存在するかもしれない一ノ瀬さんを好きな人にも失礼だ。

 もちろん私が提案したわけではない。見方を変えれば私は被害者であるとも言い張れる。しかし、提案を断らずに告白をすると決めたのは私だ。陽キャグループにも非はあるだろうが、9割方私が悪い。

「……ま、いいや」
「え……あ、ちょっ!?え!?」

 何も言えず俯くことしか出来なかった私の顎に一ノ瀬さんの手が触れる。

「ん……」 

 心地よい冷たさと細長い指が、すすすと私の顎から頬へと伝う。今までに感じたことのないくすぐったさに私の身体がピクリと揺れた。その拍子に出してはいけないような声を出してしまし、私の頬が凄まじい速度で熱を帯び始める。

 顔を見られたくない。羞恥心が私の視線をどんどん下へと引っ張っていくが、一ノ瀬さんの手によって強制的に目線を持ち上げられてしまう。

 見るものを引きずり込んでしまう、神秘的な紫色の瞳が私のことをじっと見つめる。まるで私の心の奥を見透かすような一ノ瀬さんの瞳から、目を逸らしたくなるが逸らすことは叶わない。

「これからよろしくね。私の彼女さん?」

 ドクン。

 今まで見たことのない一ノ瀬さんの笑顔に心臓が大きな音を奏でた。

 小悪魔の様ないじらしさと可愛らしさを含んだ笑みと、得物を見つけた狼の様なおっかなさを感じる鋭い視線。今までの無表情な一ノ瀬さんからは想像もつかないような表情に、私は息をすることさえ忘れて見惚れてしまう。

「……ふっ、面白い顔」

 パシャ。

 再び一ノ瀬さんは私の顔を写真に収め、嘲笑を浮かべる。

「はっ……く、くぅ~……人を馬鹿にしてぇ~……!」

 美葉のにらみつける!しかし効果はないようだ!

「じゃあね美葉。また明日」
「ぐぬぬ~……気を付けて帰るんだよ一ノ瀬さん!!」
「その口調でよく言えたねそれ」

 一ノ瀬さんが可憐な動きで教室を出た後、私はゆっくりとその場にへたり込むようにして座る。胸に手を当て、未だにドクドクと大きく脈打つ心臓を宥める。

「……ち、違うから!これは恋愛的なドキドキじゃなくて、びっくりした時のドキドキだから!」

 誰もいない教室で、誰かに言い訳をする。身体が熱くて汗をかいているし、心臓はうるさいし、脳裏には一ノ瀬さんの笑顔がこびりついているが、これは恋愛的なドキドキではない。そうじゃないったらそうじゃないのだ。

「おのれ……おのれ一ノ瀬さん!絶対にやり返してやるんだかr──あぅ!?」

 立ち上がろうとした次の瞬間、ゴンという鈍い音が響いた。

「頭が……頭がぁ……」

 私は再びその場に座り込み、自分の頭を両手で抱え、情けない声を漏らす。何で学校の机って東京ビッグサイトみたいに若干広がってるのさ!確かに持ち運びやすいし、使えるスペースも広くなってメリット多いけどさぁ!?こんなの罠じゃん!!

「うぅ……わ、私は一体何をしているんだ……」

 放課後の誰もいない教室で一人、机の角に頭をぶつけて悶えるという何とも情けない自分に辟易する。ちなみに余談ですが、家に帰って頭を触ってみた所、小さなたんこぶが出来てました。くそがよぉ!

「はぁ~やっと終わった~」

 翌日。長い長い午前中の授業を終え、お昼休みの時間がやって来た。オタク趣味のある私は同じ趣味を持つ同志と、アニメやゲームの話に花を咲かせながら細々とご飯を食べるのが一般的だろう。

 しかぁし!私には小学校時代に築いた謎の縁により、陽キャグループの末席に加わることが許されている。ドラマがどうたら、俳優がどうたら、お洒落なカフェがどうたらと、眩しさと若々しさが多分に含まれた会話にうんうんと頷く時間。

 楽しいかと聞かれると楽しい訳ではないが、この愛想笑いにより私の高校生活における安全と地位が確立される。そのため私はここ最近で急激に上手くなった愛想笑いと相槌をするのであった。あはは~それな~。

 お弁当を片手にいつものメンバーの所へと向かい、席に着く。さぁ、鍛え抜かれた私の愛想笑い、とくとご覧あれ!

「美葉」
「え、あ、一ノ瀬……さん?」

 陽キャ達の陽キャ達による陽キャ達のための会話が始まろうとした時、私の後ろから聞き慣れない声が聞こえる。

 振り向いた先にはレジ袋を片手に持ちながら、私のことを見下ろしている一ノ瀬さんがいた。ちなみに一ノ瀬さんと目が合った時に心臓がトクンと跳ねたような気がしたがこれはきっと気のせいである。

 ざわざわと教室がどよめく。授業で当てられた時以外ほとんど言葉を発さない一ノ瀬さんが言葉を発しただけでなく、自分から人に話しかけたからだ。私が話しかけられた対象でなければ、某CMの様に「シャベッタアアア!!」と発狂していたことだろう。

「何ぼけーっとしてんの。さっさと行くよ」

 一ノ瀬さんが私の手首を掴み、私を教室の外へと連れて行こうとする。彼女の力と圧、そして周りからの奇異の視線に耐え切れなくなった私は急いで椅子から立ち上がる。

「ちょ、ちょっと!美葉をどこに連れてくのよ!」

 私の寄生先……じゃなくて幼馴染であるひかりちゃんが、トレードマークである金色のサイドテールを揺らしながら勢いよく立ち上がった。初めて聞いた彼女の声に、私含め多くの生徒がひかりちゃんに驚きを隠せていない。

「何?あなたに用はないんだけど?」
「は?あんた何様?いいからさっさと美葉から手離しなさいよ。痛がってるの見えない訳?」

 剣呑な空気が教室に広がる。中学時代に男子生徒がふざけたせいで、先生がガチギレしてしまった時のことを思い出す。こういう殺伐とした雰囲気好きじゃないんだよなぁ。気まずくて気まずくて仕方がないよ。

 しかも今回は騒動の中心に私が居るっていうのがさらに気まずさを加速させている。私のメンタルが強かったら「やめて!私のために争わないで!」と空気を和ますことが出来たのかもしれないが、私のメンタルはお豆腐といい勝負をするくらいの固さのため、胃の痛みに耐えることしか出来ないのだ。ポンポンがペインで苦しいです。

「美葉、痛かった?」
「え、あ~……ちょ、ちょっとだけ?」
「そっか、ごめんね」
「だ、大丈夫だよ!あんまり気にしてないからぁぁぁああああ!?!?」

 一ノ瀬さんの手が私の腰に触れた次の瞬間、私の身体は一ノ瀬さんにぐいっと抱き寄せられた。突然の出来事に混乱した私は出したことのない程大きな声を出してしまい、途端に恥ずかしい気持ちがせりあがって来た。は、恥ずかしい……って、じゃなくて!

「ちょっ!一ノ瀬さん!?な、ななな、何をしているのでしょうか!?」

 私は視線を上に持ち上げ、一ノ瀬さんに質問をする。すっと言葉が出てきてくれたら良かったのだが、一ノ瀬さんに抱き寄せられたことと、五感から伝わる一ノ瀬さんの匂いや柔らかさに私の脳は正常に機能してくれなかった。む、胸柔らかい……それにいい匂いがする……。

「え?手首は痛いだろうし、こっちの方がいいかなって」
「だ、だからって人前でこんなことをしなくても良いんじゃないでしょうかねぇ!?」
「いいじゃん別に。それに内心喜んでるでしょ?顔赤いよ?」
「ち、ちがっ!別に喜んでませんけどぉ!?」

 別に喜んでいないと証明するべく、一ノ瀬さんから離れようと身体に力を入れる。が、身体能力が低い私が一ノ瀬さんの拘束から抜け出せるはずもなく、逆に「そう興奮しないで」と再び勘違いされてしまった。べ、別に喜んでないし!ちょっといい匂いがして柔らかくて約得だなぁとか思ってねぇし!

「……一ノ瀬天音っ!いい加減美葉から、私の幼馴染から離れなさいっ!」
「やだ。というか……幼馴染如きが私に口出ししないでもらえる?」
「幼馴染如き……?」

 普段はにこやかな彼女がまるで親の仇の様に一ノ瀬を睨みつける。彼女の眉間には青筋が立ち、ゴゴゴゴと効果音がつきそうなほど、彼女の圧がどんどん強まり、教室のあちこちから「やべぇよやべぇよ」という声が聞こえ始める程、教室の空気は過去最悪の物になっていく。これが他人事だったらどれほど良かったでしょう。

「ならあんたは美葉の何なのよ!」
「私?私は────」

 腰に添えられていた一ノ瀬さんの手が私の頭へと移動する。

「ちょっ……んむ」

 声を出すのとほぼ同時に、私の顔は一ノ瀬さんの柔らかな胸にぶつかっていた。感想といたしましては、程よく柔らかくて、温かくて、そしていい匂いがして大変素晴らしいです。

「美葉の恋人、だよ」

 教室が静寂に包まれる。教室を支配していた重たい空気が一気に霧散し、先ほどまで感じていた息苦しさを感じなくなる。まぁ私は現在進行形で、物理的な息苦しさを感じているんですけどね。

「恋……人……?」

 ひかりちゃんは一ノ瀬さんの言った事を飲み込めていないのか、目線を彷徨わせながら、耳に入って来た言葉を繰り返す。

 幼馴染の脳に負荷を掛けてしまったことへの申し訳なさがすごい。今すぐ謝りたいけど謝ったら余計面倒な事になりそうだから何も言えない。ごめんひかりちゃん。私は……弱い……!

「そ。だから幼馴染如きがわたしの、美葉にちょっかい出さないでもらえる?」

 情報の処理が遅れているひかりちゃんを一ノ瀬さんは見逃さない。「わたしの」という言葉を強調し、噛みついてきたひかりちゃんをいとも簡単に突き飛ばす。

「ほら、いこ?美葉」
「え、あ、え」

 肩に手を置き、私の身体を無理やり動かそうとする一ノ瀬さん。

 「このままひかりちゃんを放置しても良いのか?」、そんな疑問が頭を過り、私はその場に留まろうと踏ん張る。

「いくよ、美葉」
「ひゃう!?」

 が、しかし。耳元で一ノ瀬さんのハスキーボイスを聞かされた私は、身体の力がすっと抜けてしまい、そのまま一ノ瀬さんにドナドナされてしまうのだった。ごめんひかりちゃん……私は弱い……!(2回目)

「……あの」
「ん?なに?」
「じ、自分で歩けるのでそろそろ解放してもらうことって可能でしょうかぁ?」

 教室からずっと私は一ノ瀬さんに肩を抱き寄せられたまま廊下を歩いている。すれ違う人からの視線が痛いし、そもそもこの状態で居ると恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。

 一ノ瀬さんの機嫌を損ねないよう上目遣いと丁寧な口調でお願いしてみる。がしかし、一ノ瀬さんはニヤッと笑ったかと思えば、私を抱き寄せる力をさらに強めてきた。

「ちょっ!?」
「私達付き合ってるんだから、これくらい普通でしょ?」
「つ、付き合ってるって……私と一ノ瀬さんは────んむぅ!」

 私の言葉は一ノ瀬さんの柔らかなお胸によって遮られる。

「美葉胸好きでしょ?しばらく楽しんでていいから」
「べ、別に好きって訳じゃ────んむっ」
「はいはいそーですねー」

 くそぉ!否定したいのにこの柔らかさの前では全てが無力……!というか女の子の胸が嫌いな人なんていないでしょ!男も女も関係ない。人類は皆等しくおっ○いが好きなんだよ!ばぶばぶぅ!

 大人しく一ノ瀬さんにばぶること数分、私は屋上へ続く扉がある踊り場へと連れられていた。

「え、うちの学校屋上に行くの禁止されてるよね?」
「ここはまだ屋上じゃないからセーフ。ほら、早くご飯食べよ?……あ、それともまだ甘えたい?」
「ご飯食べますぅ!」

 私は急いで一ノ瀬さんから距離を取り、壁を背もたれにして座りお弁当を広げ始める。

「よいしょっと」

 ぴくっと私の身体が小さく跳ねる。ようやく一ノ瀬さんから距離を取ったと思った矢先、肩と肩がぶつかる距離で一ノ瀬さんが隣に座り込んできたからだ。な、なに?わ、私のことが本当に好きなのか……?お、オタクはすぐ勘違いしちゃうんだぞ?

「あの、ち、近くないですか?」
「恋人なら普通だから。というかお弁当美味しそうだね。一口分けてよ」
「あ、どうぞ」

 私は貴族に献上するかの如く、お弁当を両手で持ち上げ、一ノ瀬さんに頭を下げる。何卒、何卒これでご勘弁をぉ~!

「美葉は私を何だと思ってる訳?」
「え、えっと~……か、可愛い女の子……ですかね~?」

 いつもの無表情から繰り出される冷たい視線と目を合わせぬ様、私は当たり障りがないかつ人の機嫌を損ねないような回答を捻りだす。

「あっそ。なら可愛い可愛い彼女からの命令。あーんして」
「……は?」

 いま一ノ瀬さんなんて言った……?え、あーん?あーんって、あのあーん?

 私の脳内で審判による審議が始まる。先ほどの一ノ瀬さんの言葉は自分の聞き間違いだったのか、聞き間違い出なかった場合私の知っている「あーん」と一ノ瀬さんが言った「あーん」は別物の可能性があるのではないか。

「……なに?はやくしてくんない?」

 長い長い話し合いの末、審議中の脳内審判達が出した結論。それは一ノ瀬さんに逆らわない方が良いである。

「はいお客さん!今日は何にしましょうか?あ、卵焼きとかおすすめですよ!」
「そ。なら卵焼きで」
「はいよぉ!玉子焼き一丁!」

 私は雰囲気江戸前寿司店主の物まねをして一ノ瀬さんから感じる圧から逃れることにした。ツッコんだりされるかなぁと僅かに期待していたのだが、その気配は全くなく、勝手にテンションが高くなっただけの人になってしまい、とても気まずい思いをしました。

「はい、あー……ああああ!?」

 卵焼きを箸で掴み、一ノ瀬さんの口元へ持っていこうとした私の視界に、想像もつかなかったものが映った。卵焼きを食べやすくするために髪をみみにかけた一ノ瀬さん。彼女の耳にはいかつい量と形のピアスが開けられていたのである。

「うるさい。はむっ」

 一ノ瀬さんは私の手首を掴み、そのまま卵焼きを口に入れる。状況を飲み込めていない私とは別に、一ノ瀬さんは何事も無いかのように卵焼きを咀嚼し、ごくんと飲み込む。

「花澤家の卵焼きって甘いんだね。結構好きかも」
「そ、それはそれは……お口に合ったようで何よりです」

 お母さんが作ってくれた卵焼きを褒められたことは嬉しいが、そんなことよりも一ノ瀬さんのピアスに意識が持っていかれている。その証拠に私の目は一ノ瀬さんの顔と耳を行ったり来たりしている。

「ふふ、気になる?」
「それは……まぁ」

 目論見通りと言わんばかりに笑う一ノ瀬さんの悪戯な笑みに視線が吸い寄せられる。大人の色気とお気に入りのおもちゃを見せつける子供のような無邪気さを合わせた笑顔。顔が良いと笑うだけで絵になるとかずるくないですかねぇ?

「触っても良いよ」
「え、いいの?」
「恋人だからね」

 心臓が跳ねる。無表情を貫いている一ノ瀬さんが私にだけ、私とふたりきりの時だけに見せる笑った顔。優越感、背徳感、自分でも良く分からない今までに感じたことのない感情が私の心拍数を上昇させる。

「……触らないの?」
「え、あ、触ります!」

 どうやら呆けていたらしい。私はお弁当を置き、ゆっくりと一ノ瀬さんの耳に触れる。

「んっ」

 一ノ瀬さんの口から僅かに声が漏れたような気がしたが、私は気にすることなく一ノ瀬さんの耳をなぞり続ける。コリコリとしたところ、柔らかいところ、ピアスのせいで固くなっているところ。上から下まで、外側から内側までただひたすらに一ノ瀬さんの耳の感触を楽しんでいく。

「……お、おわり」
「え、でもまだ反対の耳が……」

 急に終わりを告げられ、納得できなかった私は一ノ瀬さんの顔へと視線を向ける。一ノ瀬さんの顔はぱっと見で分かる程赤くなっており、どこか艶っぽい。私に向ける鋭い視線も、今は怖さよりも色気が勝っていた。

「……す、すみませんでしたああああ!」

 や、やってしまった!一ノ瀬さんの耳の感触があまりにもよすぎて理性を失っていた!まずい……まずいまずいまずい!このままじゃ私、一ノ瀬さんにやられる!一生抵抗できない身体にされちゃうううう!

「……美葉ってやっぱり変態だったんだね」
「やっぱりって何!?一ノ瀬さんは私のことを何だと思ってたの?」
「それ以上近付かないで。私の貞操が危ないから」
「襲わないから!付き合いたての彼女を襲う程私は獣じゃないから!」

 私の行動に身の危険を感じたのか、先ほどまでくっついていたはずの一ノ瀬さんがいつの間にか距離を取っていた。

「私は変態じゃないので変な勘違いしないでね?ただちょっと、ちょ~っとだけ耳の感触が気持ち良かっただけだから」
「言い訳になってないよそれ」
「と、とにかく!私は変態じゃないし一ノ瀬さんを襲うことはありません!」

 一ノ瀬さんの疑いの視線がチクチクと突き刺さるが、私は気付かないふりをしてお昼ご飯を食べ始める。それから私と一ノ瀬さんがご飯を食べ終わるまでの間、会話という会話は一切なく、ただただ気まずい空気が流れたのだった。

「美葉!」
「ひかりちゃ────ふぐっ!?」

 黙々とご飯を食べ終え、雑談をすることも無く教室へと戻った私はひかりちゃんにチャージアンドハグをされた。衝撃を逃しきれなかったせいで、女の子が出してはいけないような声を出してしまい、羞恥心がぶわっと湧き上がる。

「大丈夫だった!?一ノ瀬に変な事されなかった!?」

 私の肩をガシッと掴み、ひかりちゃんはぐわんぐわんと身体を揺らしながら心配の声をあげる。出来れば食後に身体を揺らすのはやめて欲しい。私の胃の中のお弁当が大海を求めて旅を始めてしまう。うごごごごご。

「だ、大丈夫だよひかりちゃん。何もされてないから……だ、だからそろそろ身体揺らさないで~!」

 目と胃の中がぐるぐると回り、もう少しで私の尊厳が破壊されると思われたその時、体の重心が後ろの方へと引っ張られる。

「美葉大丈夫?」

 流れるように後ろから抱きしめられ、一ノ瀬さんの柔らかさと温かさが背中から伝わる。暴れかけていた馬を宥めるかのように、お腹をポンポンとされ、虹色の液体を吐きだそうとしていた胃袋がすっと冷静さを取り戻した。た、助かったぁ……。

「っ!……一ノ瀬天音ぇ……!」

 ひかりちゃんが一ノ瀬さんを睨みつける。一ノ瀬さんの身長が高いせいで怒っているひかりちゃんが怖いというよりむしろかわいく見えてきたが……何も言わないでおこう。理由は怖いから。

「はやく美葉を離しなさい一ノ瀬天音!あんたがどういう経緯で美葉と付き合ったかは割れてる。あんたが美葉と付き合う理由なんてないはずよ!」
「勝手に決めつけて勝手に盛り上がらないでもらえる?幼馴染さん?」
「このっ……!」

 お昼休みが終わろうとしているというに、再び……いや、先ほど以上にバチバチと火花を散らし始める二人。そして先ほどと同じように二人の間に挟まれている私。食後だというのにこんなに痛めつけられて……私の胃袋ちゃんが何をしたっていうんだ!

「確かにあんたの取り巻きが嫌がらせした来たのは事実だけど、美葉との関係を続けるかどうか、それを決めるのは私だから」
「無理やり付き合わされてる美葉の気持ちはどうなる訳?……ねぇ美葉、一ノ瀬と嫌々付き合ってるよね?そうよね?ここでうんって言ってくれたらすぐにでも助けてあげるから」

 私の両手を包むように優しく握り、歳暮の様な微笑みを湛えながら話しかけてくるひかりちゃん。悪い事をしてしまった幼稚園児の気持ちはきっとこんな感じなんだろうなぁ……ばぶばぶ。

「えっと……その────」
「なっ!?」

 なんて答えれば良いか分からないが、答えなければいけないという思いから声を出した次の瞬間、私のか細い声はひかりちゃんの大きな声によって掻き消される。どうやら一ノ瀬さんがひかりちゃんの手を振り払ったらしい。先ほどまで感じていたひかりちゃんの手の感触を感じなくなり、その代わり私は一ノ瀬さんに抱きしめられている。どうしてぇ?

「美葉と私は互いを求め合っている良好な関係。だから私達を邪魔しないでもらえる?泥棒猫さん?」
「このっ……どっちが泥棒猫よ!それにあんたの口ではどうとでも言えるわよ!美葉?美葉はどうなの!」
「別に喋んなくていいよ美葉。どうする?この後の授業サボる?」

 修羅場に巻き込まれてしまったのですが、ここから入れる保険はありますか?ありま……せん!うわあああん!!

 この場から逃げ出したい気持ちを抑え、私はこの究極の2択、どちらを取るか頭を悩ませる。

 私と一ノ瀬さんは互いに好き同士で付き合い始めたわけじゃない。なら付き合い始めて1日しか経っていない今この時、私たちの不健全な関係を終わらせたほうが良いはずだ。しかしそう簡単な問題ではない。

 ここでひかりちゃんに助けを求め、一ノ瀬さんとの関係を終わらせたとしても、一ノ瀬さんの事を考えず、罰ゲームだからという理由で告白をしてしまった罪悪感が消えるわけではない。

 きっとひかりちゃんは私のことを守ってくれるし、周りの人にも被害者側であると説明してくれるはずだろう。じゃあ一ノ瀬さんはどうなる?一ノ瀬さんも被害者なのに、一ノ瀬さんが1番の被害者なのに、このままだと一ノ瀬さんの評判が、私のせいでまた下がってしまう。それは……あんまりだと思う。

「……ひかりちゃん」
「っ!美葉!」

 ひかりちゃんの顔がぱぁと明るくなる。うぐっ……心臓にナイフを突き立てられたみたいにズキズキする……。ご、ごめん!本当にごめん!

 心の中でひかりちゃんに謝罪の言葉を並べながら、私は一ノ瀬さんの身体に体重をかけ、宙を彷徨わせていた両手を一ノ瀬さんの腰に回す。

「み……つは……?」
「その……わ、私ちゃんと一ノ瀬さんのこと……好き、だから……その、ごめん。ひかりちゃん」

 光ちゃんの表情が絶望に染まっていく。私の言っていることが理解できないのか、「え……え……」と小さく呟きながら瞳を揺らす。心臓が締め付けられる。ひかりちゃんをこんな風にさせてしまいとても胸が痛い。

「……そういうことだから。これ以上口出しして来ないで」

 こうしてここ数年で最大の修羅場は幕を閉じた。後でひかりちゃんにはちゃんと謝って事情を説明しよう。そうすればきっと理解してもらえる……と良いなぁ。

 一ノ瀬さんと付き合い始めてから初めての週末がやって来た。今週も家でだらだらしようと思っていたのだが、一ノ瀬さんから遊びの誘いもとい呼び出しを受けたため、私は可能な限りおしゃれをして集合場所へと向かう。一歩外に出た瞬間、太陽が眩しくて家に帰りたいと思ったのはここだけの話である。

「お、お待たせ一ノ瀬さん!」

 指定された時刻の3分前、そこには既に一ノ瀬さんがおり、普段と同じ仏頂面でスマホをいじいじしていた。

「ん。全然待ってないから気にしないで」

 スマホをポケットにしまい、ふわりと笑った一ノ瀬さんに息を呑む。

「えっと……その、すごいお洒落ですね!」

 肩とへそを大胆に露出させ、一ノ瀬さんの恰好は高校生に見えない程の色気を醸し出している。しかしながら色気の中に確かなかっこよさと綺麗さが存在しており、まるで神絵師が描いたイラストの中から飛び出して来たかのようだ。び、美少女だ!声も顔もお洒落な所も!全部が美少女だ!

「ありがと。美葉もその服可愛いよ」
「あ、ありがとうございます。まぁひかりちゃんのおすすめなので当然と言えば当然なんですけどね……あはは」

 私に服のセンスはない。壊滅的ではないが、お洒落さよりも機能性を重視しているため、自分が選んだ服はどうしても地味な見た目のものが多いのだ。それを見かねたひかりちゃんが定期的に私のお洋服を選んでくれている。私の幼馴染は女神か?そしてそんな幼馴染の脳を破壊した私は悪魔か?

「……デートが始まった瞬間他の女の名前を出す」
「……あ」

 すっと一ノ瀬さんの視線が鋭い物になる。先ほどまでの可愛らしい笑顔はすっかり隣を潜め、視線だけで人の動きを止められそうなほどの圧が放たれる。

「予定変更。美葉、服買いに行くよ」
「え、でも私今日そんなお金持ってないんですけど」
「貸してあげるから大丈夫。ほら、いこ?」

 一ノ瀬さんの手が私の手を掴む。さっきまでの怖い雰囲気はいつの間にか無くなり、一ノ瀬さんの顔には年相応のあどけない笑顔が浮かんでいた。そうだよ私、今日は一ノ瀬さんとの初デートなんだ。ちゃんと楽しんで、一ノ瀬さんを楽しませよう。

「無理無理無理……絶対似合わないって……」

 数時間前の私へ、私はこのデートを楽しむことが出来ていません。たすけて。

 ウィンドウショッピングと普通のショッピングをした後、私たちはカラオケにやってきた。楽しい雰囲気のままカラオケで歌を嗜み、雑談に花を咲かせられたらベストだったのだが、私は紙袋の中身を見ながら小刻みに首を横に振っている。きっと今の私の顔色はとても悪いでしょう。

「何度も言ってる。似合ってるから大丈夫だって」
「で、でもぉ……」

 どうして私がこんなに震えているのか、その原因は一ノ瀬さんに選んでもらった服にある。陽キャグループに属してはいるものの、私はどちらかというと陰よりの性格をしているし趣味を持っている。服装は派手じゃない方が良いし、アニメとゲームが趣味だし、外に出るより家でのんびりする方が好きだ。

 そんな私がなんと一ノ瀬さんセレクション、お洒落値がオーバーフローしているお洋服を買ったのだ。そして次のデートの時に着てくるようにと命令までされたのだ。

 むり!むりむりむりむりかたつむり!もう私はかたつむりになって雨で溶けたアスファルトから鉄分を摂取して生きていくしかないんだぁ!!

「いいじゃん。私色に染まってるみたいで」
「もうちょっと落ち着いた服を選んで欲しかったんですけどぉ!?」
「露出ほとんどないのにしたじゃん」
「それはそうですけど……そうじゃないんですよ!」

 必死に訴える私が面白いのか、一ノ瀬さんはくすくすと笑っている。今までで一番の笑顔が見れて嬉しい反面、上手く宥められたような気がしてとても癪に障る。やっぱり顔が良いってずるい。

「……というか、次のデートのことまで考えてくれてるんですね」
「……まぁね」

 カラオケルームに静寂が訪れる。気まずい空気の仲、私は一度深呼吸をしてから、一ノ瀬さんに聞きたかったことを質問をする。

「ねぇ一ノ瀬さん。どうして一ノ瀬さんは私の告白、OKしてくれたんですか?」

 気になっていた。罰ゲームの告白だと分かっていたのに、どうして一ノ瀬さんは私の告白を受け入れてくれたのか。

「もし罰ゲームをしたことへのやり返しだったら、私に優しくする必要もないし、こんな風にデートしてお洋服を選んでくれたり、次のデートのことまで考えたりする必要もないじゃなですか」
「……そうだね」

 ここで止まった方が良い、そう脳みそがブレーキを踏む。踏み込まなければきっと何も悩まなくて済む。でも、このままでいいのかと思ってしまった。気になってしまった。

 私は私の気持ちに嘘を吐きたくない。

「あの……私にこんなことを聞く権利は無いし、そもそもこうなった原因は私にあるので、無理に応えなくても良いんですけどその……お、教えてくれません……か?」

 静寂。カラオケとは思えない静かな空気が部屋を包む。

 き、気まずすぎる……やっぱり聞くべきじゃなかった……。

 そう思ったのとほぼ同時に一ノ瀬さんがゆっくりと息を吸い、口を開いた。

「私が絡んできた男子を冷たくあしらったことは覚えてるよね?」
「それは……はい、覚えてます」
「私は誰かに絡まれたりするの好きじゃないし、そもそも誰かと一緒に居るの好きじゃないんだ。……あ、美葉は別だから安心して?」

 しれっと心の中を呼んできた一ノ瀬さんにびっくりしたが、私はひとまず「ありがとうございます」と言い、一ノ瀬さんの言葉に耳を傾けた。

「なぁなぁな返事をして絡まれるのも嫌だなぁって思ってさ、あんな風に対応したんだけど……そしたらクラス全員から腫れ物扱いされた」

 あの日以来、クラスの皆は一ノ瀬さんを居ない者として扱うようになった。話しかける人はおろか、一ノ瀬さんに視線を送る人もいなくなったのだ。彼女が選んだ道だとしても、傍から見ればそれはいじめと同じである。

「だけど、私のことを腫れ物扱いせず、ちゃんとクラスメイトとして接してくれた子が1人だけいたんだよね」
「……え!?もしかして私!?」
「ははっ、そうだよ。美葉だけ私のことをちゃんとクラスの一員として扱ってくれた」

 クラスのグループチャットに入っていない一ノ瀬さんに連絡事項を伝えたり、提出物の確認をしたりとか、ほとんど業務連絡しかしてなかったんだけどなぁ……。

「愛想もない。雑談もしない。そんな私と会話をしようと試みてくれた。覚えてない?天気の話してきたの」
「え……あ、あぁ~……」

 そう言えばそうだ。最初一ノ瀬さんに話しかける時「今日は雨で気分が下がっちゃうね~」という当たり障りのない話題を振った記憶がある。コミュ力の低さに絶望し、その日の夜にベッドの中で一人反省会をしたのは言うまでもない。

「私が捨てた普通の会話をしようとしてくれたの、すごく嬉しかった。……まぁ、私が自ら1人になるのを選んだからしょうがないんだけどね」

 自虐的な笑みを浮かべた一ノ瀬さんの顔はとても寂しく見えた。

「あの時から美葉とは仲良くなりたいなって思ってた。でも一人になるのを選んだ私が美葉に話しかけることはできないし、腫れ物の私が話しかけに行くと美葉に迷惑がかかる。でも……」
「私が告白して来た」
「そう。どうせ罰ゲームか何かだろうなぁとは思ってたし、案の定罰ゲームだったけど……こんなチャンス逃すはずがないでしょ?」

 まるで獲物を前にした猛獣の様な笑みを浮かべる。怖いと思った。でもそれ以上に一ノ瀬さんの色気に見惚れてしまった。

「じゃ、次はこっちから質問。なんで私から逃げれるチャンスがあったのに逃げなかったの?」

 逃げれるチャンス、きっとひかりちゃんと一ノ瀬さんの間で起きた修羅場の時の事だろう。

「あの時、美葉が本当に嫌がってたら別れるつもりだった。なのに、美葉はあの幼馴染より私を選んだ。……なんで?」
「それは……嫌、だったから」

 私の的を得ない返事に一ノ瀬さんが首を傾げたが、私は一度大きく息を吸い言葉を続けた。

「あの時、私がひかりちゃんを選んでたら一ノ瀬さんはまた皆から白い目で見られちゃう。一ノ瀬さんは何も悪くないのに、一ノ瀬さんはただ巻き込まれただけなのに。……それが嫌だったから、ひかりちゃんの提案を断ったの」

 一ノ瀬さんの目が大きく見開かれ、彼女の神秘的な紫色の瞳が大きく揺れる。そして白磁の様に滑らかな白い肌がだんだん赤みを帯びていく。一瞬見間違いかと思ったが、しばらくして一ノ瀬さんの頬は言い訳が出来ない程真っ赤になっていた。

「その……そう、なんだ……あり、がと……」

 手で顔を隠し、明後日の方向に視線をやり、俯きながら感謝を口にする一ノ瀬さん。そんな一ノ瀬さんを見て、ピアスを見せて貰った時の事を思い出す。

 綺麗でかっこよくて、誰とも群れることのない孤高の存在。手を伸ばしても届かない、手を伸ばす事すら億劫になる程の高嶺の花。そんな彼女が私の言葉で、私にだけ見せる、私しか知らない可愛らしい反応。

 可愛らしい反応をする一ノ瀬さんを見て、私の身体が勝手に動いた。

「美葉?……ひゃ!?」

 一ノ瀬さんとの距離を詰めた私は、ゆっくりと彼女の身体を押し倒す。今まで聞いたことのない一ノ瀬さんの可愛い声が鼓膜を震わせ、私の脳と心を刺激する。

「可愛い」
「ちょ、美葉……ひっ!?」

 朱色に染まった一ノ瀬さんの頬を、ゆっくりとなぞる様にして触る。とても滑らかで柔らかくて熱い。

「この前から思ってたけど、一ノ瀬さんって意外と押しに弱いよね」
「そんなこと!……んぅ」

 否定しようとする一ノ瀬さんの頭を撫でる。すると先ほどまでの威勢はどこへやら、私の手の動きに反応する様に、身体をぴくぴくと震わせる。

 かわいい。かわいい。かわいい。かわいい。

 ゾクゾクとした何かが背中を走り、蜂蜜の様に甘く、どろりとした何かが脳内を満たしていく。

「みつ……は…」
「目、閉じちゃ駄目だよ?」

 言葉で、そして視線で一ノ瀬さんの瞳を逸らさせない。綺麗な瞳が大きく揺れている。近づけば近づくほどに彼女の瞳は湿っていく。

 かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい。

 優越感と嗜虐心が刺激され、ピリピリとした感覚が脳を駆け巡る。

 私は重力に従うように、ゆっくりと顔を降ろしていく。

 毛先が一ノ瀬さんの頬に触れ、次に鼻先がぶつかる。

「あ……あ……」

 鯉のように口をパクパクと動かす一ノ瀬さん。これ以上はやめて、そう目で訴えかけてくるが、私はもっと距離を詰めていく。

「~~~っ!!」

 我慢の限界を迎えたのか、声にならない声を出しながら、一ノ瀬さんはぎゅっと目を閉じた。

「……はい、おしまい」
「……へ?」

 私は一ノ瀬さんを傷つけない様にしながら、ゆっくりと態勢を変える。何が起こったのか、未だに状況を理解できていない一ノ瀬さんは視線を彷徨わせながら、上体を起こした。

「最初にやられたからそのやり返し。……ふふ、可愛かったよ天音」
「……え、名前……」

 一ノ瀬さんがぽつりと呟く。その時の表情がまた可愛くて、いじめたい気持ちが出てきたが、流石に自重した。

「付き合ってるんだし名前呼びくらい普通でしょ?」

 今までの煽りやからかいを返す様に、にやりと悪い笑みを浮かべる。

「これからもっと仲良くなって、もっといちゃいちゃしようね……天音?」

 ちゅっ。

 わざとらしく音を立てながら、私は天音の頬にキスをした。

「……っ!?!?!?」

 この時の天音を撮らなかったことを私は一生後悔する程、天音の反応はとても可愛かった。

— End —

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