「あら、猫猫これって」
ダイニングテーブルに出しっぱなしにしてあったチケットを、白鈴が手に取った。
「行くの?」
「あ、うん。明日は中学生······学生への無料開放の日なんだって。歴史の水瀬先生が行ってレポートを書けっていう宿題を出して来たから、小蘭と行ってくるんだ」
リビングのソファに座ってアイスをかじっていた少女が答える。
「水瀬のババアまだいるのかあ、懐かしいわね。私のときにも同じよう宿題が出されたわ」
チケットに印字された文字を読む白鈴。
「『茘国秘宝展、歴代皇帝たちの華麗なる日常』ねー」
そこには、古びた装飾品や肖像画なんかの写真も載せられていた。
「相変わらず茘国が好きなんだ。ま、気を付けていってらっしゃいな。おこづかいは足りるの?」
ポンとチケットをテーブルに戻す。
「大丈夫。おやじにお昼代をもらったから」
固いよもぎバーをがじがじと少しずつ齧りながら、猫猫が無表情のまま答える。
「茘国といえば『粘着帝』が有名だものね」
ふふっ、と白鈴が口元をほころばせて艶やかな笑みを浮かべた。
「ああ『月の君』って呼ばれていた皇帝でしょ?」
「そ、長い歴史の中で後宮を持たなかった唯一の帝だって、水瀬のババアがドヤ顔で黒板に書いていたわ」
自分が現役の学生だった頃を思い浮かべるように、白鈴が虚空を見上げている。
「確か、めっちゃ美男子なのよねー! それなのに妻は一人きりだった、って······あの皇后の職業、絶対試験に出るわよ?」
大量の肖像画などが残されている帝と、その后の名前は現代に伝わっていない。
ただ彼女は、当時の女性としては大変珍しく手に職を持っており、『薬師』であったという。
「はい、ここね! 試験に出すから!」
猫猫が声色を真似て再現すると、白鈴が噴き出した。
「やあだ、似てるわね! でも、凄いわよねー。皇帝といえば普通なら後宮に妃が何十人、何百人といたわけでしょ? それを······たった一人だけ、なんて」
グロスがたっぷりと塗られて、プルプルした唇の口角が上がり三日月のような弧を描く。
「夜とかは、さぞかし大変だったんでしょうねー」
色を好む白鈴は、言葉と裏腹に羨ましそうな顔をしていた。
「まあ、通り名が粘着帝だからね。閨番の記録とかも残っているらしいけど······大変、だったのかな?」
そういうことにあまり興味のない人だったのかもよ、と猫猫は返す。
「でもお相手の皇后は、生涯で六人の子を産んだんでしょう? それならやっぱり······」
やることやっているわね、と意味ありげにふふっと笑って白鈴は肩をすくめる。
「うん、そうそう! 双子を当時としてはまだ新しい技術だった帝王切開で出産したんだって。執刀した李天祐医官が書いたっていう報告書が資料集に載っていた!」
医者である養父に育てられた少女は、昔なのにすごいよね! と興奮気味にまくし立てた。
「はいはい。猫猫が気になるところはそっちなの? 頑張ってレポート書きなさいね」
「白鈴小姐、出かけるの?」
気合いの入った装いを見て、猫猫は一応聞いておく。
「そっ、お、泊、ま、り、デートなの! んふっ」
桃色の空気を醸し出して流し目をくれる。妖艶と絶倫が服を着て歩く人に、今宵のお相手の人は大丈夫かな? と、猫猫はちょっと心配になった。
「ひゃー、盛況だねぇ」
茘国博物館のエントランスで待ち合わせた小蘭と、猫猫は無事に合流した。
「学生に無料解放の日だもんね。学校とかにチケットが配られているから、私たちみたいに『レポート書け』とか言われている人も多いのかもね?」
大混雑とまではいかないけど、ときおり制服を着た一団とすれ違うこともあった。休日ではあるが、どうやら学校だかクラス単位で見学に来ているところもあるらしい。
「ねえっ、見て! 猫猫!」
建物に入ってすぐの壁に掲げられた茘国の皇帝の肖像画に、同級生の少女はうっとりとした声を上げる。
「かっこいいー! 月の君!」
皇帝なんかがよく被っている冕冠を頭に乗せた美麗な青年が、絵を見る者に微笑みかけるように立っていた。
「え、えーと。同母の兄帝から皇帝位を継いだ、月の帝は、花のか、お······じゃなく、て。えーと、かー、かぁー」
「顔」
肖像画を見上げたまま、猫猫は短く答える。
「へっ? あ、そうそう! かんばせ······顔って書いて『かんばせ』って読むんだ! 猫猫、さすが物知りー!」
フリガナよく見えなかったの、と小蘭は屈託なく笑う。
「あ、うん。なんでだ······なんとなく」
なぜかするりと胸に浮かんだ。猫猫の戸惑いをよそに小蘭がはしゃいだ声を上げた。
「ふわー、本当にかっこいいね! こんな人が偉かったんだねえ」
身長が約六尺のびじょーぶ? でー、と、たどたどしくパンフレットの続きを読む。
「この肖像画を描いている時に、向かい側にお后さまが居たんだってー!」
「へえ」
「優しい顔をしてるね。きっと、大好きだったんだろうねー」
臆面もない小蘭の言葉に、猫猫は思わず噴き出していた。
「描いた人も、皇帝と皇后に挟まれたら緊張するだろうね」
「えっとね、月の君の肖像画とかを描いた人は、みんな同じ人で······んっと、チョーウ? 趙迂っていう画家さんだって!」
先ほどからパンフレットに首っ引きで解説してくれる。
「りっぴしてからー、たくさんの姿絵や肖像画が描かれていて、元はおうてい妃だったけど、月の君の即位に……えーっと、ともなってー、きさきになったんだって!」
「ああ、最初から皇后ってわけじゃないんだ」
「うん。それは水先生が言っていたじゃん! 政変があってー、ほんとは別に東宮がいたけど、この人が急遽帝になったんだよ!」
「おお、小蘭が勉強してる」
エヘン、というように小蘭が胸を張った。
「民間というか平民から皇族になったのよ、って」
「肖像画、一杯あるね」
入ってすぐのこの目立つ絵に惹き付けられて、みんな足を止めるが、奥にもまだずらりと絵などが展示されている。
「あ、うん。日常の様子から子どもたちの絵とかまで、現在までに三百点近い作品が残ってるって。この美術館では、それを期間ごとに入れ替えて展示しているんだって」
「さん、びゃく? はー、すごっ!」
猫猫は素直に感嘆の声を上げていた。
「残し過ぎじゃない?」
「とても綺麗に保管されていたらしく、歴史的な価値も大きいって」
他にも日常に交わした書簡なども、大量に残されていたらしい。
「なんか側近? の人が、月の君を深く敬愛していたらしくて。死後に后が焼き捨てようとしたのを、引き取って私財を投じて保管したって······私財?」
小蘭が首を捻る。
「個人の財産のこと。自分のお金、かな? 后、結構ドライな性格なんだね」
「ふふ、猫猫みたい。あ、ここに解説があるよ。合理的な考えの持ち主で、月の君との想い出があればそれでいいって······へー、ロマンチックだねぇ!」
その女性の姿は婚儀の時の姿絵や立后の時のもの、赤子を抱いた私的なものもあった。
かなりの枚数がオフショットと呼ばれるような絵で、まるで子どもの成長や季節の折りなどを記録するアルバムみたいになっている。
「なんかさ、帝の方は執拗に形に残そうとしていないか?」
思わず半眼になった猫猫はひとりごちた。
「子どもだけでも四男二女······六人もいるらしいから。あ、末っ子が、次の次の皇帝として、また即位しているんだね」
小蘭が指を折りながら、この辺りの茘国帝の名を挙げていく。
(そういえば、白鈴小姐も言っていたなー)
「それまでは後宮で赤子の不審死が続いていたけど、この后がそれを見抜いて忠告して、時の髭帝に感謝されたって! すごーい!!」
まるで自分の手柄のように、少女は明るい声でポンと手を打つ。
ガラスケースの中に、ボロボロで色もわからないような布地が展示されていた。
「これが、忠告に使われた服の生地だって……えっと、文字が草の汁で書かれて······草の汁で字が書けるものなの?」
「濃いものを使えばね。こんなのよく残してあるなー」
猫猫としてはそのひと言に尽きる。さすが『粘着帝』という異名を持つ帝だ。
その後も、この皇帝の衣装や装飾品の展示、后に宛てた書簡などがずらりと並んでいた。
「月の君の前後の帝は、あんま資料残ってないのにね」
展示品を見ながら、小蘭が疑問を口にする。確かに他の者に比べて、なぜかこの人物だけ際立って記録や物品が残されている。
「まあ、前の前がロリコン帝だったらしいから、色々あったんじゃない?」
「う、ん······猫猫、そんな大きい声で言わないでよ」
ちょっぴり顔を赤らめた小蘭に、あけすけ過ぎるよっ、と注意された。
「でも、月の君は奥さんを後宮に入れないで、ずっと同じおうち······あ、宮っていうのか、で生活したんでしょ? ラブラブだったんだねぇ」
ざっくりした感想に猫猫は思わず破顔していた。
「まあ、なんか変な人だったんじゃない?」
『粘着帝』とも呼ばれた皇族の経歴は一風変わっている。
なぜか理由は定かではないのだが、現代の成人にあたる元服以降、皇弟として表に出ることなく後宮で数年間宦官のふりをしていたらしい。
「国を傾けられるぐらいの美男子だけど、なんか色々拗らせていたみたいだ、って書いてあるし」
猫猫もパンフレットに目を落とす。
そこには詳しい経歴まで載っていた。妻にした女性とは、なかなか結婚出来なかったらしい。
おまけに妻の紋を腹に焼き印したとか、なかなかヘビーな逸話なんかも残っている。
(根性焼き、みたいなものか?)
この時代、皇弟なんぞから「妻にする」と言われたなら、それは決定事項であり、平民からしたら死刑判決みたいなものだと思うけど。
「でも、優しい人だったみたいだよー」
后が持っていたという姿絵の前で足を止めて、小蘭がにこにこと笑っている。
妻への執着ぶりで名を馳せてしまった人だが、実際にはかなりの賢帝のようで出自に関係なく実力がある者を重用して、堅実に政治を行ったらしい。
蝗害対策や疫病の封じ込め、医術や薬学の発展に寄与し、識字率の向上など平民への学問の普及にも尽力したようだ。
「なんか······せっかくイケメンなのに残念な人なんだね」
「もうっ、猫猫ー。そんな感想酷くない?」
「えー、だって昔だし、皇帝ならハーレムとか築けただろうに、もったいなくない?」
「たくさんのお妃さまじゃなくて、その人のことが、とってもとっても好きだっだんだよー」
展示物は残りわずかなようだ。しだれ桜の樹の前に佇む二人が描かれた屏風を見ながら、猫猫と小蘭は順路通りに歩いていく。
「このお后さまも月の君のこと、ずっと好きだったんでしょう?」
屏風の前の解説文には、皇帝を退位した後に臣籍に下り宰相として宮廷に残った月の君の死後、残された元皇后が最期まで手元に置いた品物であると書かれている。
「そう、なのかな? 粘着帝って臣籍降下したんだね」
「そうだよ! 理由はよくわからないんだけど。きっと、いろいろ大変だったんだろうけど、それでも二人で······相思相愛ってやつですね!」
にひひ、と振り返った小蘭が笑う。
「私も、こんな結婚相手を見付けたいなー! ね、次の展示が最後だって!」
「あ、小蘭。前見て!」
ちょっとおっちょこちょいなところがある友人は、歩く速度を落とした前方の人物の背中にぶつかった。
「きゃっ」
「わっ!」
当然ながら相手も驚いたようで、首を捻って背後を振り返る。
「あ、あの、すみませんっ」
ぺこんと小蘭が腰を折って謝れば、モデルのように整った顔立ちのイケメンが柔らかく微笑んだ。
「いえ、大丈夫です······気をつけてね」
ちらり、と連れの猫猫にも視線をやってから、制服を着た少年というにはあまりに老けた容姿の人が軽く手を振った。
「ふぉぉぉー、かっこいいね! 高校生かな?」
頬を赤く染めた少女が、ぶんぶんと拳を握って振る。
「なんかきらきらしいというか、気障ったらしいというか······だいぶ老けてない?」
「猫猫は、イケメン嫌いだよね」
気を削がれたのか、しゅんとしたように小蘭が口角を落とす。
「顔が良いやつなんてロクなもんじゃない、って知り合いの婆が言っていたもん」
見目が良い人間は自分の価値や使いどころを無意識にわかっている、と。
(あの笑顔、作り物みたいで胡散臭い)
最後の展示品は、皇帝の執務室に飾ってあったという二人の等身大の肖像画だった。
「なんかさ、さっきの人······『月の君』に似ていない?」
重大な秘密を打ち明けるように、小蘭がこっそり猫猫に耳打ちする。
「えっ? 月の君は長髪だけど、さっきの人は短髪じゃん!」
目の前の美丈夫は冕冠を手に持って、絹糸みたいな黒髪を肩に落としていた。
先ほどの人もさらさらはしていたけど耳に被さるぐらいの髪の長さだ。
「今、あんな長髪だったら変じゃんー! 雰囲気とかだよ、雰囲気ー!」
むぅーと口を尖らせてから、小蘭は軽く頬を膨らませる。
「そうかなあ?」
「あと、ずっと見ていて思ったんどけど、この粘着帝のお后さまって、どこか猫猫に似ている気がする」
猫猫の賛同を得られなかったせいか、友人はやけくそのように指摘した。
「へっ? 似てるわけないじゃん。皇后だよ? 当時の女性の最高位とかだよ?」
「そんなことないもん。雰囲気とか表情とか、何となく!」
肖像画の前に立つ小蘭は、じっと絵の中に立つ人を見てから、横向きになって猫猫を見つめる。
「はいはい。お腹が減って視力が悪くなって来たんじゃない?」
「そんなことないよー!」
薄い肩を押すようにして、猫猫たちはもつれ合いながら歩き出す。
「さて、お昼はなに食べよっか?」
「うーんとね、私調べたんだ! 近くにトマトパスタが美味しくて、プリンにアイスクリームを乗せてくれるお店があって······」
「うへぇ、甘ったるそうー」
「猫猫っ」と声がした方を向けば、小柄な女の子たちが肩を組むようにして歩いているのが見えた。
(さっき、ぶつかって来た子たちか)
背中にぶつかった少女は自分を見て真っ赤になっていたが、連れの少女は目が合っても真顔のままで友人の心配をしていた。
てっきり、お茶でも飲みませんか? と誘われるのかと思ったが、純粋に事故だったようだ。
(疑って悪かったな)
この容姿のせいか自分に近づく女性は絶えない。故意に押されたり突き当てられたり、自然さを装って気を引くような行為が日常茶飯事で起こる。
あの少女たちは中学生なのだろうか。
「この辺りの子なのかな?」
「何がですか?」
何気ないつぶやきに、突然合いの手が入ってドキリとした。
「わっ! 馬閃か、驚かせるなよ」
「さっきから何度も呼んだんですよ」
髪を短くした同級生が目を瞬く。
「何をじっと見ていたんですか?」
「あ、いやっ、その······」
口をぎざぎざに引き結んで、瑞月は視線を泳がせた。
「茘の皇帝月の君と皇后ですね。この肖像画や他の作品も楊家の所蔵らしいですよ」
「ふ、ふうん。その楊家とやらは格式があるのだな」
「なんでも商人だった当主が、娘を髭の帝の後宮に入れてのし上がったとか······だったかな?」
受け売りの知識だったらしく、馬閃がちょっと首を傾げる。
「何となく、瑞月さんに似ていますよね?」
「はあ? いや、そんなことないだろう! だって粘着帝だぞ、粘着帝」
肖像画に視線を送ってから、少年はむっと口を尖らせた。
「雰囲気というか、なんなら顔立ちも似ていると思うんですけど」
微塵も悪気はないようで、馬閃はにっこりと笑う。
「顔って、俺は頬に傷なんてないぞ」
皇帝の正装をした男は隣にいる妻に向かって、慈愛に満ちた視線を投げかけている。
ただ一人の女性を愛し続けたという美貌の皇族か······自分には、そんな風に想える人はいない。
女性に囲まれても、どこか醒めた目で数歩引いたところから見ている自分がいるのだ。そのくせ、さっきのように相手を手玉に取るような行為を平気で試す。
容姿も良く財力と権力もあったのに、この人物はなぜ、ただ一人だけと決めて相手を想えたのだろうか。二人の間には何か絆のようなものがあったのか。それはどのようにして育まれたのだろうか。
「······少しだけ、羨ましいかな」
自分のすべてを懸けても惜しくないと思える相手に巡り会い、深く愛せたというのは人としての冥利に尽きるのでは、と思う。
(その結果が、粘着帝呼ばわりというのは酷くないか?)
まあ当時の権力者の妻帯事情を鑑みれば、彼がしたことは大変に異例なことなのだろうが。
「彼の君が、この后に初めて会ったのは齢十八だそうですよ」
「そうか。俺たちも、もうすぐそんな年齢だな」
「あ、当時は数え年なので一、二歳は若かったのかも知れません」
「ぐっ······同い年ぐらいか」
邪気のない馬閃の答えなのだが、なぜか胸に突き刺さる。
視線を戻せば、先ほどの少女たちの姿はとっくに消えていた。
「マオマオか、どんな字を書くんだろう」
「瑞月さん」という声が聞こえて、猫猫は視線を巡らす。
先ほど小蘭がぶつかったイケメンが、誰か─同級生と話しているようだ。
(やっぱ、高校生なんだなあ)
大人が制服を着ているような違和感があったけど、その同級生はいかにも高校生といった雰囲気である。
「ずいげつ」か、ずいはどんな字を当てるかわからないが、げつは月という字だろうか。
(名前に月が入るなんて風流なことで)
さすがイケメンは名前からして男前である。
「そういえば、博物館併設のレストランで茘国展とのコラボカフェもやっているんだよ」
「へえ、皇帝の朝餉とか晩餐とか、おやつなんかが食べられる、とか?」
「うーんと、確か······お粥はあったかな。メインはね月の君の蜂蜜フェアなんだって!」
「はち······みつ?」
大昔は高価なものだったかもしれないが、なんで蜂蜜がそこまでクローズアップされるのか。
「そうなのー。粘着帝のお后さまが子どもだか孫に問われて、皇帝の許せなかったことはわき腹への焼き印と、蜂蜜を舐らせようとしたことなんだって」
「舐らせ······?」
常ならあまり耳にすることのない単語だ。
「ほんとかどうかはわからないけど、蜂蜜を指につけて、『いい子にはご褒美をあげないとね』って」
どうやら粘着帝の真似らしい。
「イケメンにしか出来ない荒業だよねー」
「いっや、無理無理無理無理無理無理無理無理っ!!」
普段は声を荒げたりしない猫猫だが、こればかりは腹の底から叫んでいた。
「それは、どんな美男子でもやっちゃいけない行為だわ。しかもこいつ権力者じゃん。職権濫用だろ」
変態だろ、と思わず肖像画の中で微笑む貴人を睨め付ける。
『反省している。あの後で高順にも玉葉妃にも叱られたんだ。調子に乗りすぎた。その後はことあるごとに、ずっと当て擦られ続けたんだが』
眉を下げた情けない表情が見えた気がして、猫猫は何度か目を瞬く。
「へ······っ?」
「どうしたの? 猫猫ぉ」
思わず訝しげな視線を送ってしまったが、それは目の錯覚だったようだ。
「あ、ううん。何でもない」
「えー、でもさでもさ、こんなかっこいい人にされたら、はわー! 私ならどうするかなあ」
「股蹴り上げるわ」
「猫猫ぅ」
容赦のない反撃方法に小蘭がちょっと顔を曇らせる。
「よく、これと結婚したな后」
「──あっ、大変。お店は結構並ぶかもしれないよ」
スマホの画面を見たクラスメイトは、急に話題を転換させた。
「はいはい、じゃあ別のところにする?」
あまり食に興味のない猫猫としては駅前のファーストフードでも、なんなら早くて安くて美味しい牛丼屋でも構わない。
「ええっ、やだあー! プリン! プリン! アイスプリン食べたーい!」
小蘭が抗議するように手を振り回すと、すぐ近くを歩いていた少女にぶつかって、手にしたスマホを取り落とす。
「いて」
「わあ、ごめんなさいっ」
「大丈夫。大丈夫!」
笑顔になった少女が素早く屈んでスマホを拾った。
「ここのお店、プリンも美味しいけど氷菓も美味しいんだよ」
「ありがとう。えっ、そうなの?」
見上げるほどに背の高い少女に携帯の端末を拾ってもらった小蘭は、にっこりと笑って携帯電話を受け取る。
「うん、プリンのアイスはただのバニラ味なんだけど、氷菓っていうアイスクリーム単独のメニューがあってね、そっちは刻んだ季節の果物を混ぜてあるの。すっごく美味しいよ!」
「ふおおっ、美味しそうー」
ねえ猫猫っ、と目を輝かせた小蘭がこちらを振り返った。
「はいはい。じゃ、私がそれを頼むから、小蘭はアイスプリンにしたら?」
「いいの? お互いに交換こしようね」
甘いものに目がない子は「やったー!」と大きな声で喜びを表現してみせる。
「いいなあ、私も行きたいなあー」
「おーい、しすーい! 何やってんのー⁉」
「ごめーん。今いくー!」
友人に呼ばれたらしく、小蘭と話していた少女は声がした方を振り返った。
「あ、ぶつかってごめんなさい」
小蘭がもう一度謝意を伝えると、目の前の少女は破顔する。
「へへっ、いいってことよ。じゃあね!」
ひらひらと手を振ると、くるりと体を翻して元気よく駆けていく。
「よし、それじゃ博物館を出て並ぼうか! 蜂蜜は、なしなし」
同級生のはずなのに、まるで年下の妹のように騒ぐ小蘭に笑いかける。
「うん、行こっ! 食べてから、それからレポートの内容を一緒に考えよう」
「オーケー」
猫猫は友人と手を繋ぐようにして、出口に向かって歩き出す。
二人はまだ、通り過ぎただけ──。
おしまい




















楽しいお話をありがとうございます。 猫猫も小蘭も元気があって可愛らしいですね💕続く のでしょうか 楽しみにしています。 火傷治ってきたようで、良かったです。痒みが出ても掻かないでくださいね。