*救済してます。
*意味わかんない
変な奴だなと、思っていた。
普段は年相応の幼い口調や態度で、疑いようのない可愛らしい子供だ。
自分の末の弟と同い年で、その妙に落ち着いた雰囲気にも少し違和感を感じていた。
彼女の瞳が時折、暗闇の中に潜む猫のように光を反射してこちらを見つめることがあった。
その瞳はいつも俺を見ているようで見ていない。
そのなんとも言えない違和感が気持ち悪くて、彼女と目を合わせるのを極力避けていた。
ある日、周りの大人どもにイラついていた時に運悪く彼女がやってきた。
彼女は関係ないのは頭で理解していても、まだ子供だった俺は感情をそのままぶつけてしまった。
「…、……お前、なんなんだよ」
「いつも俺のこと見て、なに、監視してるつもり?」
「もしかして自分の父親を取られたとでも思って俺のこと警戒してんの?ハッ、阿保みてぇ」
「そりゃあ突然知らない奴が家に来て、その上自分の父親がその子供にばっか構ってたら嫌にもなるよなぁ」
「今までずっと自分だけを見ていてくれたのにいきなりそれを邪魔されたんだもんなァ!!」
「可哀想に!!!」
『…』
わ!びっくりした!!そんなおっかない顔で幼女を見ないでよ!!!泣いちゃうでしょ!!!あと突然叫ばないで!!!泣いちゃうぞ!!!!あと父親取られたとか思ってないんでそこだけ修正よろ!!!!
目の前で不恰好な笑顔を浮かべたまだ顔立ちに幼なさの残る少年、轟燈矢君。
岸辺が手を焼いているのは知っていたけど酷いねこれ。これが轟家クオリティですか?
激情家と言うべきか、ヒステリックと言うべきか…
轟家から保護、と言うか隔離された燈矢君は岸辺を始めとした大人達に一切心を開かなかった。エンデヴァーも対応しきれていなかったんだから他の誰かがそう簡単にどうこうできるはずないんだよね。
エンデヴァーによって灯されたその火が、エンデヴァー以外の人間にそう易々と消せるはずがない。
本当に可哀想なのはどっちかな?
『自分のこと?』
「あ?」
『邪魔されたって、父親を取られたって、それは燈矢くんの方でしょ?』
「…は、」
『あれだけ期待されてたのに突然見放されて、しかも弟ができた途端完全にエンデヴァーの意識はそっちに行っちゃったもんね』
『本当は自分のことを言ってたんでしょう?』
『可哀想に!』
『って』
「ッ、お前、!!!」
私を殴る為に振り上げた腕は彼の頭上でピタリと動きを止めた。
"支配"完了
図星だった?だよね、明らかに動揺してたもんね。
でも、だからって私の前で隙を見せちゃダメだよ。こうやって"支配"されちゃうでしょ?激情家が悪いとは言わないしむしろ好きだよ、君のこと。
ぼんやりと私を見つめる燈矢君の瞳に、ニコリと笑顔を返した。
『燈矢くんは私のお兄ちゃんみたいな存在。一人っ子の私が寂しそうにしている姿を見て燈矢くんが私に構ってくれて、一緒に遊んでいる内に心を開いて仲良くなった。』
『そして、平穏な生活を送る内に轟家での出来事を少しずつ自分の中で整理して落ち着いて行き、またヒーローを目指して直向きに努力をしていく。』
『それがこの家で起きた、"これから起きる"君の記憶です。』
『轟燈矢くん』
そこまで言い終えると、電源が切れたかのように突然眠った燈矢君。
いてて、年上の男の子を支えるのは疲れるね。倒れた燈矢君を支えながら横に寝かせて彼の頭を撫でた。
"支配"するには相手の程度が私よりも低くないといけない。どこをどう思って程度が低いと認識するかは私次第。本当に便利で恐ろしい能力だ。
程度が低い、の認識として簡単なのは相手を煽り、その煽りに相手が乗ることだ。私の言葉に翻弄されると言うことは、広く見れば私の言葉に支配されているのと同じだ。私の言葉なんかに動揺する人間が、私よりも程度が高い訳がないのだ。
精神的に不安定な今の燈矢君は私の言葉に簡単に乗ってくれたし、子供は記憶が扱いやすくて楽だった。
「悪いな、こんなことお前に頼んで」
『本当に』
「そこはそんなことないよって言うんだよ」
「まあ実際、かなり荷が重いことをやらせちまったな。」
「俺が伝えた通りに燈矢の記憶"書き換えた"か?」
『うん。あとは本当に私が燈矢くんと仲良く過ごして記憶通りにすれば上手くいくよ。』
"支配"の力を使って燈矢君の記憶を書き換えた。これは非難されるべき行為だ。それをよく理解した上で岸辺は私にそれを頼んできた。エゴに聞こえるけどこれは100%燈矢君の為なのだ。
ご存知の通り彼は原作では敵となり自身の炎に身を焼かれ悲しい結末を迎える。それを防ぐにはまず敵になることを絶対に阻止しなければならない。だが現状、既に彼はエンデヴァーに対して激情を持ってしまっているし、放っておけば"轟燈矢"は原作のように"荼毘"になってしまうだろう。そんな結末は迎えたくなかった。これは完全に私のエゴだ。
だから私は彼の未来について岸辺に赤裸々に話した。信じて貰えないだろうと覚悟していたが、「そうなのか」とすんなり話を受け止めて解決策を提案してきた。その解決策が燈矢君の記憶を書き換えるものだ。想定していたよりもスムーズに進んで安心した。これで彼が敵になってしまう未来は防げるだろう。
『私のこと、信じてくれたの』
「ん?」
『燈矢くんの未来のこと。あんなこと言われても普通信じないよ』
「ああ、俺はお前の父親だからな。親は子供のことは信じてやるもんだろ」
「まあ、お前の存在自体説明がつかないしな。何言われても驚かねぇよ」
『…そう』
「燈矢のこと頼むぞ。目覚めて俺がいたらまた機嫌悪くなっちまう」
『…任せて』
「ああ、任せる」
すんなり解決策を聞かされた時はコイツ頭おかしいんじゃねぇのって本気で思った。突然、この人未来で色々あって自分の炎で焼かれて死にますよ〜なんて伝えられてはいそうですかと飲み込めるイかれた奴いるかよ、いたわ。
轟燈矢は私の推しだ。マキマさん程ではないが彼のことも好きだ。だから彼には幸せになって欲しいと思ったし、私の我儘だと理解した上で未来のことを話した。この世界に何故岸辺がいるのかも、何故私がマキマさんになったのかも説明出来ない。それを考えれば確かに未来が分かるなんて気にする程のことではないのかもしれない。
「……ぁれ、おれ…」
『おはよう燈矢くん』
「ぇ…?」
『疲れてたの?遊んでたら燈矢くん寝ちゃったんだよ』
「あれ、そうだっけ…」
彼は愛されたかっただけだったんだ。親に認められて、ただ褒めて欲しいだけだったんだよ。
マキマさんも、あの人も自分と対等な人が欲しかった。ただそれだけだった。
たったそれだけの愛情が、関係が与えられなかった彼ら。
『…燈矢くん』
「ん?」
『私、燈矢くんのことだーいすき!!!』
「…!」
「…なに急に、」
『んふふ、すきだなって思っただけ!!』
『これからいっぱい伝えるね!』
「…勝手にしたら」
『顔あかいよ燈矢くん』
「うるさい」
救われるべき君達を、私はたくさん愛してあげたい。
あの人が私にしてくれたように。
『燈矢君?』
「…あれ、マキマちゃん」
「どうかした?」
『こっちのセリフ。何回か声かけたのに反応ないから心配しちゃった』
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事」
彼女と、マキマちゃんと過ごした日々は確かに楽しくて明るいものだった。あの時の俺は相当参っていて、彼女や彼女の父親である岸辺さんが居なければどうなっていたか想像するのも怖いくらいだ。きっと彼らが居なければ今頃ヒーローにはなっていなかっただろう。
楽しかった記憶は何度も思い出して懐かしみたいものだ。彼女との記憶を思い出す度に胸があたたかくなる。
そして、思い出した後はいつも拭い切れない違和感が頭の隅に引っかかって取れない。
朝目覚めた後についさっきまで見ていた夢の内容を思い出せないような、そんなぼんやりとした違和感が。
「…」
彼女との楽しかった日々の記憶と、彼女を恐れていた自分の記憶。
どちらも確かに俺の中に存在している。
いつも正確に思い出そうとするけど、途中で頭の中にモヤがかかってしまう。まるで誰かに邪魔をされているように。
『思い出した?』
「、なにが」
『君は賢いから。違和感にはとっくに気付いてるでしょう?』
「は、」
『轟燈矢君』
『君には全てを知る権利があります。』
『君の記憶の違和感について。』
「……マキマ、ちゃん」
ああ、思い出した。
この猫みたいな金色の瞳が俺はずっと怖かったんだ。
年に不相応な落ち着き払った態度も、俺を見ているようで見ていなかった視線も全部全部、
でも、そんな過去の恐怖よりも大切な気持ちが出来てしまった
「さあ?何言ってんの?違和感なんてないよ」
『…』
「真剣な顔してれば騙されると思った?マキマちゃんはイタズラ好きだなぁ」
『燈矢君』
「マキマちゃん」
「いいんだ、俺はこのままがいい。」
「君が俺に何を話そうとしてるのかは知らないし、知りたいとも思わない」
『でも』
「俺が今知ってることだけで充分だよ」
「マキマちゃんがあの時の俺を肯定してくれた事実があれば、あとはいらない」
あの時の俺に一番必要だった言葉を彼女は全てくれた。
それだけでもう、充分だ。
君が俺に何をしたとしても、きっと俺は全て許してしまうから。
『私は君に許されないことをしました。』
「俺が許すよ」
「他でもない俺がそう言ってるんだぜ?そう暗い顔すんなって」
きっとマキマちゃんが言っていることは彼女の個性と関係があるんだろう。聞いた話によれば他人の行動や"記憶"を好きに操れるらしいし。そこまで聞いてしまえばあの時何をされたのかなんて検討が付く。確かに許されない行為だ。それを分かった上で、俺は全て許せるとハッキリ言い切れる。
本人の口から聞かされてしまったら、それは俺の中で揺るぎない事実になってしまう。
言わないで。
俺は知らないまま君を許すから。許したいから。
「あの時、」
「俺に好きだって言ってくれたのはマキマちゃんの本心だった?」
『うん。』
「同情じゃなく?」
『勿論。』
『私は燈矢君のことが好きでした。だから救いたいと思いました』
「…ハハ、良いねそれ。愛の自白だ。」
『愛…?』
「相手を救いたいって愛だろ?」
「俺はマキマちゃんを許すよ」
『…分かりました。』
優しい青年の善意が、少女の心を少し重くさせた。
そこには確かに愛が存在しました。

























