※注意事項
元鬼殺隊(蝶屋敷の継子)の設定過多の女主
クロスオーバー要素少なめ
解釈不一致の可能性あり
捏造設定、自己解釈等あり
誤字、脱字あり
何でも許せる方向け
1、序
生まれた時から、視界に蝶が見えた。
歩く練習をしている時。お腹が空いた時。怒りに身を任せて手足を動かすお父さんとお母さんの暴力に耐える時。どんな時にも蝶は側に居て、ただ静かに、けれど自由に宙を飛んでいた。
いいな。羨ましいな。そう思いながら指に止まる蝶を見て、酒が足りないと叫ぶお父さんの声に身体を強張らせる。電話の向こうの誰かと楽しげに会話をするお母さんはお父さんの怒鳴り声を無視して家から出て行き、お父さんの怒りの矛先は私へと向けられる。
「なんだその目は!俺に文句があるって言うのか!?俺が悪いって言うのか!!?」
支離滅裂な言葉。必死に部屋の角で丸くなっていれば、空の酒瓶を手にしたお父さんが私に近付く。
「お前の目はいつもムカつくんだよ!他人事みたいな冷めた目しやがって、俺ともアイツとも違う色の目がよぉ!!」
意味が分からない言葉を吐いて、お父さんが私の頭を酒瓶で殴る。手で頭を守っていても酷く痛くて、身体が木製でできた床の上に転がった。
お腹が空いた。全身が痛い。起き上がるのも疲れた。
きっと、外の景色を見て外に憧れながら私は死んでいくんだ。この狭い家の中で死んでいく。視界の中心には、紫色の蝶がひらりと部屋の中で舞っていた。
ひらり。ひらり。
いいな。いいな。うらましいな。
掠れた息を吐いて、早く楽になりたいと瞼を閉じかけて、指先に何かが当たった。微かに開いている目でそれを見れば、見覚えのないそれが部屋の中で輝いて見える。
小さな金色の鳥籠。その中に、何処か見覚えのある鋼があった。
「おい、何だそれ」
お父さんの何処か警戒したような声も耳に入らず、私はじっとその鋼を見る。
細長い鋼色。黒と灰で分かれていて、綺麗な色。
「おい!何なんだよそれ!!お前の個性なのか!?お前のせいで俺達は、」
震える手で鳥籠に触れれば、鋼の明るい部分が紫色に染まる。
その瞬間、私は全てを理解した。
「なんとか言えよクソガキ!!」
「____だまって」
久しぶりに出した声は、酷く掠れていた。
男の首筋には刀の切先。柄も鍔も無い打刀。少し掴みづらくてとても重たいけれど、酷く手に馴染む。
悪鬼滅殺。
頭の中に浮かんだその言葉を舌の上で転がして、口を開く。
「つぎにうごいたら、あなたのくびをきりおとす。わかったら、そのままだまって、おとなしくして」
そうして、いとも容易く私は地獄のような日々と親から離れる事が出来た。
◇
この世界には鬼が居ないけど、ヴィランが居て。鬼殺隊は居ないけど、ヒーローが居る。
私が普段から見えていた蝶は個性と言うらしい。突然現れた鳥籠も。でも、刀は個性で出来たものじゃないから、折れたらそれまで。だから大事に仕舞っておく。仕舞っているから、私は常に鳥籠を持ち歩く必要が出来た。あの刀には何故か鞘も鍔もないし、他の者に見せると取り上げられてしまう。
ふかふかのベッド。軽くて動きやすい洋服に、美味しいご飯。不思議なものばかりだから初めは新鮮で、でも慣れると当たり前のものになっていった。携帯も、車も、個性も。全部慣れれば日常に一部に組み込まれていく。
あの日。私の両親は捕まって、私は病院で検査を受けた。数十ヶ所にある打撲と鬱血。栄養不足な身体は虐待の証拠として十分に役に立ったらしい。
私の個性というのは、没収、というものだそうだ。
私や蝶が触れたものは、金色の鳥籠の中へと入る。刀も個性も、生き物以外は何でも。一度没収したものを返す事も出来るから、どちらかと言えば没収よりも預かるという言い方の方が近いかもしれない。近いのかな。あんまり、よく分からないかも。
親戚は居ない、両親も頼りに出来ない。そんな状態でありながら、個性を使えなくさせる事が出来るという点を考えると私は施設に預けるには危険過ぎる子供らしい。医者は施設に、と口にして、警察がそれを危険だと言って、ヒーローの元で育てた方が良いのではと提案をしていた。私はどちらでも構わなかったから静かに自身の指先で羽を休める蝶をぼんやりと眺めて、そんな事を数日間ほど繰り返してから、私の元に一人の男の人がやってきた。いや、正確に言えば、連れてこられた、の方なのかもしれない。
抹消ヒーロー、イレイザー・ヘッド。個性は抹消。
目で見た相手の個性を抹消するらしい彼は私の個性が暴走の時の為にと候補に上がったらしい。そんな理由で見ず知らずの子供を押し付けられる彼が可哀想だし、実際イレイザーヘッドは病室の扉を開けて数秒も経たずに仕事があるからとその場から離れようとして警察官に止められていた。
公安に使われるよりはヒーローにお世話になった方が良いと、親身に接してくれた警察官は言っていた。
扉の向こうから聞こえる声と、病室へと戻ってきた大人達の顔。それを見ればイレイザーヘッドというヒーローへの説得が上手くいっていないらしい事は容易に想像出来た。
病院の治療費も払えるか分からない。親のお金が残っているのかも不明。個性も制御出来ずに放し飼いのような状態。何処からどう見ても厄介な存在なのは自分でも何となくわかっていたので、別に気にならなかった。
「孤児院って、あるよね」
仕事の範囲外なのに来てくれたのであろう警察官にそう言えば、椅子に座りながら林檎をウサギの形に切ろうとしてくれていた彼は目を丸くして私を見る。責任感が強いのだろう、あの時も真っ先に私の方へと駆け寄ってきて大丈夫かと訊ねてくるような、新人の警察官だ。
「えと……突然どうしたの?」
「退院したらそういう施設に行くことになると思うから、記入しなくちゃいけない紙とかあるなら、もう渡してほしい」
ベッドの周りをくるくると回っていた蝶へと指を伸ばせば、紫色の蝶は指先へと足をつけ、動かしていた羽を休めるように止める。
「子供はお金が掛かるから、気軽に養子にとか預かるとかは出来ないと思う。だからお兄さんも、お仕事は最初の数日で終わりだったんだから、あんまり気にしなくても良いんだよ」
子供が金を払えるなんて病院も思っていないだろうし、払えと言われたら何処かで働けば良い。ある程度体力が付いたおかげで、舌足らずな口調は無くなった。
「貴方が私に献身しようとする理由が良く分からない。そういうのって、どうにかしないと貴方の責任になるの?」
純粋な疑問を口にすれば、人差し指に大人しく止まっていた蝶がひらりとまた動いた。
ひらり。ひらり。
奇妙な軌道線を作りながら、蝶は警察官の側に近付いた。その蝶が警察官の指に止まりかけた瞬間、警察官の男が大きな音を立てて丸椅子から飛び退く。
「……個性の没収が怖い?」
その行動の意味を探ろうと試しに言葉を発してみると、彼は顔を強張らせながら此方を見下ろす。そうか、だからヒーローに世話を任せたいのかな。
私の両親だという男女は、回収された時には個性が無かったらしい。けれど箪笥の奥底に隠されていた二つの鳥籠を破壊したら個性が戻ったと聞いている。だから虐待は私の個性を恐れてだって二人は訴えているみたいだけど、そもそも私の戸籍を作っていなかったらしいから、そんな主張は通じないんじゃないかな。
とはいえ鳥籠が箪笥に隠されていたなんて言われても隠されていた理由なんてよく分からないし、そもそも自分の個性の使い方もよく分からないのに隠すなんて事はしない。……いや、意識が朦朧としていた時に、やったのかもしれないけど。でも、証拠は無いし。まあ、証拠があろうが無かろうが、そんな情報を聞いてしまったら虐待の腹いせに両親の個性を消すような恐ろしい子供に見てるのかもしれない。でも、怖いなら近付かない方が良いんじゃないかな。そう思ったけれど、他人の言動はよく分からないし、別に考えなくてもいいかと思う。
「じゃあ、何処かの部屋にでもずっと閉じ込めればいいんじゃないかな。そういう個性も探せばありそうだよね」
この世界に鬼は居ない。大切な人も居ない。
「うん、別に良いよ。なんでも」
全部どうでも良い。自分で出した結論に納得して頷いていると、数秒経ってからそんな事は無いと警察官は慌てて私を慰めた。
正義感は恐怖心に負けるのだろうか。まあ、負ける時もあるだろう。ぼんやりとそんな事を思いながら空を眺め続けて、その日は終わった。
だから、次の日にイレイザーヘッドが病室に来たのがすごく不思議でたまらなかった。
「俺と一緒に来るかは、君が決めていい」
ヒーロー活動をしている為、私の為の時間はあまり作れない事。保護者という立場を持っているだけの存在になる可能性があるが、私が行くと決めたのなら捨てる気はない事。虐待などをする気はなく、私を学校に通わせたいと考えている事。
カサついた手に両手を掬い上げられながらそんな事を一つ一つ丁寧に説明されて、私は少し困った。
決めていいと言われても、どれが最善かを判断できるほどの情報を持っていないし、誰の世話になってもどうでも良いと感じていた。
「お兄さんが良いなら、それでいいよ」
病院のベッドの上。しゃがんで此方と目線を合わせる彼の手を握ってそう言えば、彼は目を瞬かせて、それから私の手を包み込む。
この瞬間から、私の安全場所は決まった。
ヒーロー名、イレイザー・ヘッド。本名、相澤消太。
今の私の保護者は彼で、今の私の師匠も彼だ。個性の使い方も、刀以外の武器の使い方も、この世界についても。大体の事は彼が教えてくれた。
親に良い印象は無いだろうから、兄のように、思ってくれて良いと、言ってくれた。
「今日から此処がかごめちゃんの家だよ」
夢見鳥かごめ。自分でつけた昔と同じ名前でそう呼ばれて、繋がれている手を見てから、消太さんを見上げる。
「消太さんのお父さんとお母さんは?」
「俺は今は一人暮らししているから居ない。かごめちゃんも急に知らない人が増えたらびっくりするだろ」
一人で活動してるしな、という呟きに瞬きを一つしてから、私は消太さんから視線を外して家の中を眺める。箪笥や机など必要ものだけが置かれた部屋はやや殺風景だが、何となく想像通りだと思った。
「何か欲しいものとか足りないものとかあったら言ってね」
「ありがとう。でも、その、お金とか、大丈夫?」
昔の私よりは年上のように見えるし髭も生えているけれど、それでもまだ若そうだ。
十歳にも満たない子供を育てるのは大変ではないかと申し訳なさを感じてそう訊ねると、消太さんは私の言葉に何とも言えない顔をして、それから繋いでいる方とは逆の手で私の頭をそっと撫でた。
「大丈夫だよ。これでもヒーローだから」
ヒーロー。未だに慣れない単語だ。けれど、その立場や役割のようなものはこの数週間で何となく分かった。
大変な事だと理解しているのに、身寄りのない子供に情を持って接してしまうのが、ヒーローなのだろうか。
視界の端で自由に飛び回っていた蝶が、消太さんの肩に止まる。消太さんはそれを一瞥してから、今日の夜ご飯は何にしようかと此方に訊ねてきた。その動作に大した意味は無いのだろうけど、鬱陶しそうに蝶を睨み付けていた二人の大人を思い出して、目線を下へと落とす。
「……消太さん、ありがとう」
謝罪をするのは彼に失礼だと思って、手を握る力を少しだけ強めながらそう言えば、消太さんは少し困ったように笑ったこれから小学校にも通えるから、という言葉は、学校というもののイメージが付かなかったので何とも言えなかったけれど。
消太さん、と呼んでいたのが兄さん、と呼ぶようになり、私が大きくなるにつれて消太さんは合理性を追求して見た目の清潔感が消えていく。それはどうなのだろうかと思ったけれど、本人が良いのならそれで良いのだろう。いや、本当に良いのかな。私にはあまりよく分からない。
お互い昔の話はしないし、今の距離を大切にしていた。それは数年ぶり経っても変わらなくて、今日もそんな日々を送るのだと感じながら夢を見るのをやめて瞼を開く。
午前五時。アラームの音が鳴り響いたのを聞いてベッドの近くに置いていた携帯を手探りで見つけ、音を止める。
昔からの習慣。同居人を物音で起こさないように気を付けながら服を着替えて外へと出れば、まだ薄暗い空と冷たい風が頬を撫でる。朧げな記憶と感覚の中に残っていた修行をいつもと同じように繰り返して一時間。汗をタオルで拭いながら家へと戻って、シャワーを浴びてから朝食の準備。七時になると自室から気怠げに今の私の保護者である消太さんが出てくる為、そこで朝食の時間となる。
「おはよう、兄さん」
「……おはよう、かごめ」
机の上に置かれた朝食に目を向けると、消太さんは何か言いたげな顔をしてから、いつも悪いな、と口にして歯磨きや洗顔などをしに洗面所へと向かった。その様子を濡れた手を拭きながら見送り、ぼんやりとあの表情の意味を考える。
今のは多分、ゼリー飲料で済ませたいなって顔だった。多分お昼はゼリー飲料で済ませるつもりだ。お弁当でも作った方が良いのかもしれないけど、嫌々食事させるのもあまり良くない。でもご飯とかを食べないと顎の力が弱まるとかってお医者さんが言ってから、どうすべきか悩みどころだ。
ご飯、今日も食べてくれると良いな。あの人が食べてくれなかった日などないのだけれど、そう思いながらも歯磨きなどを終えた消太さんが戻ってきたのを確認すると、二人で手を合わせて食事を始める。
お互いそんなに喋るような性格じゃないから、部屋の中は静か。お互いの食事を摂る音だけが聞こえる中、味噌汁を飲んでいると、消太さんが私の名前を呼ぶ。
「志望校は決まったのか」
就職。という選択肢を排除した問いかけに、一度消太さんへと目を向けてから、お椀へと目を落とす。
「うん。雄英高校」
あらかじめ決めていた答えを口にすると、消太さんは箸を持つ手を止めたまま此方をじっと見る。見定めるような視線に、此方も箸を置いて、膝の上に手を乗せた。
「学科は」
「ヒーロー科」
静かにそう言えば、消太さんは意外そうに瞬きを行う。多分、今までヒーローがどうとか、オールマイトがどうとか、そんな話題を口にした事があまり無かったから、不思議に思っているんだろう。
「……お前、ヒーローになりたいのか?」
「うん」
「どうして?」
「それは、」
悪鬼滅殺を。
脳の奥底。舌の上に染み付いている言葉を口にしかけたが、すぐに鬼が居ない事を思い出して言葉を濁す。
今と昔とでは環境も違えば状況も違う。昔の私は全てが終わったらどんな景色を見たかったかな。そう考えながら、何かを言わなくてはと口を微かに開く。
「……私は、ヒーローの兄さんに助けてもらったから、でも、ええと……」
抽象的な理由やありきたりな言葉じゃ消太さんは納得しない。唖然に口に出た言葉は何処か納得がいかなくて、すぐに言葉を止めてしまう。
何と言うべきか、少し考えてから試しに口を開いてみても形として言葉を紡ぐ事が出来ず、何となく居心地の悪さのようなものを感じて膝の上で指先を動かしていると、向かいから布が擦れる音が聞こえた。姿勢を正して、座り直すような音。
「ゆっくりでいい」
落ち着かせるような声に、手元へと下げていた視線をそっと上げる。いつもと変わらない様子を見て、微かに口をもごつかせてから、小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
「……あの、私……夢、があった」
「……どんな夢だ?」
「……全部が終わったら、家族みたいに大切な人達と一緒に、町の中で穏やかに暮らすの。昼は沢山仕事して、夜にぐっすり眠って……みんなで長生きして、最期は畳の上で、暖かい布団の中で眠る、夢。だから、ヒーローになって、叶えたい」
口から出た言葉は、ストンと胸に収まるような感覚がした。多分、この言葉に嘘は無い。私はそれを夢見て頑張っていたと思う。
「……今は平和じゃないのか」
「もっと減らさなきゃダメ、だと思う。うん、まだ足りない」
何度も考えてみるが、やはりまだ平和だとは感じない。感覚的に何かが足りないと感じる。
「兄さんが暇になるくらい、減らなくちゃダメ」
「それは…………生半可に目指すと、後悔するぞ」
「大丈夫。私、ちゃんと目指してる」
彼が心配しているのが何かはあまりよく分からない。けれど、私は自分が選んだ選択を諦める気も後悔する気もない。
「ヒーローになる。ちゃんと出来るよ。消太さん」
目を見て、自身の言葉を口にする。消太さんはじっと此方を見てから、やがて目を伏せて、箸へと手を伸ばした。偶に行う、会話をそろそろ終えるという合図だ。
「俺は、お前を信頼しているし、お前にヒーローは出来ないと思っているわけじゃない」
「うん、知ってる」
「……体作りは毎日してるな?勉強も、確か成績は問題なかったろ」
「うん」
「ならいい。金の事は気にするな」
そう口にしてから、消太さんは食事を再開した。いつもと変わらない様子で箸を使ってご飯と魚の身を口に運んで、咀嚼する。そんな様子を見て、第一志望は雄英高校で良いと判断されたのだと理解して、私も箸に手を伸ばした。
「ありがとう、兄さん」
2、遭遇
風に合わせて紙が揺れて、向こうから来ていた制服の子が持っていた紙が手から離れたのが見えた。
「あ」
慌てた様子で彼が紙を掴もうとするが、指先が紙に当たるだけで、ひらりと風に合わせて此方へと紙が動く。私の横を通り過ぎようとした紙をやや強く掴めば、シワが少しだけ出来てしまったものの紙の回収は出来た。
「すみません、ありがとうございます」
そう言いながら駆け足でやってくる彼に紙を返そうとして、偶々紙の右上に書かれた文字に目が止まる。
「……しん……しん、そう……?」
「え?」
「あ、ごめんなさい。どうぞ」
進路希望、と書かれた紙に記入されていた名前の読みが気になってつい呟いてしまったが、流石に故意で無くても紙の内容を初対面の相手に勝手に見られたのは気分が悪いだろう。
申し訳ない事をしたなと思いながらも今度こそ紙を怪訝そうにしている彼の方へと差し出せば、彼はまだ警戒したような雰囲気を出しながらも礼を言い、紙を受け取ろうと手を伸ばした。その手が紙を掴んだ瞬間、後ろから悲鳴が聞こえて、唖然に後ろを振り返る。
周りを飛んでいた蝶が、何かに貫かれた。
反射的に側に居た男子生徒の手首を掴んで近くと建物と建物の隙間へと滑り込めこもうとしたが、それよりも先に腕に何かが掠る。
「いいわねェ蝶。私も好きよ蝶!」
そんな言葉が近くから聞こえて、何かが地面に突き刺さる音が二つ。動かそうとした足、正確には靴に違和感を抱いて、掴んでいた手を離す。顔を声がした方へと向ければ、至近距離に見知らぬ女性の顔があった。
「貴方綺麗ね!蝶々みたいで綺麗ね!!欲しい欲しい!」
靴の一部が地面に縫い付けられたように動かない。黒い目に映る自分と見つめ合いながら、どうしようかと考えつつ彼女の身体に触れようと手を伸ばした。手が身体に触れるよりも先に、視界が誰かに遮られる。
「あの、知らない人に急にそんなに近付くのは、あまりよくないと思います。この子もびっくりしちゃってるし」
先程聞いた声。微かに震えているそれに、目の前の女性が動いたのが見えた。その手に何処かで見た事のある形の大きな針が握られているのが見えて、彼の手首を掴んでこちら側に引っ張りながら片方の靴を脱いで彼女の腹部を力一杯蹴り飛ばす。
「ゔぁっ!?」
針のようなもので踵部分を地面に留められている自分の靴を一瞥してから、軽く吹き飛んだ彼女へと目を向けた。起き上がろうとしている。
靴を刺している針を抜いて履き直せば、隣に居る彼が私の手を握る。
「こっち!」
逃げようという事なのだろうか。それを考えるよりも先に腕を引かれ、狭い路地裏へと二人で入り込んだ。すぐに後ろから女性の何かを叫び散らす声と手当たり次第に針を打ち付けるような音が聞こえて、どうしたものかと考える。明らかに目を付けられてしまっているみたいだ。
「ねえ、これ、何処に逃げてるの?」
「ヒーローの事務所!この近くにっ、あるから!」
どうやら無闇矢鱈に逃げているわけではないらしい彼の言葉を聞きながら二人で全力で走る。体力があまりないのか、既に息も絶え絶えな様子の彼を見ると、着くよりも先に後ろの人に捕まりそうな気がした。
「ねえ、個性なに?」
「それ今訊かなきゃダメ!?」
「使えそうなら使ってもらいたいなと思って。今のままだと二人とも捕まっちゃいそうだし」
さっきから私の蝶をことごとく針で刺して壊されている。
捕縛布は持ってるけど、まだ使い慣れていない状態なのに走りながら瞬時に縛るのは難しい。
「個性は人に向けて使用しちゃダメって、」
「それは緊急時外ではの話。使いたくないなら、このまま二人で走り続けるから、忘れていいよ」
蝶々、とひたすら叫び続ける後ろの彼女は疲れないのだろうか。離れる事も近付く事もない距離に疑問に思いながらもいつもより動かしづらい靴に微かな苛立ちを感じる。ヒーローはいつ来てくれるのかな。そもそも、通報してもらえているのだろうか。あの時に人は何人か居たけれど、通報してもらえたかは不明だ。
「洗脳」
繋がれた手は、強く握られたまま。狭い路地裏を抜けると同時に、彼の瞳が私を見た。
「俺の個性、洗脳だよ」
その言葉に瞬きを一つしてから、私は目を細めて彼へと笑い掛ける。
「良いじゃん。それ使って打破しようよ、ヒーロー」
進路希望の第一に書かれていたヒーロー科の文字を思い出しながらそう口にして、彼の腕を引いてその場に留まる。最初は私の意図が分からずに困惑した様子だったが、彼はすぐに何かに気付いたような顔をして、それから真っ直ぐに追いかけてきた彼女へと目を向ける。
「蝶々ォ!!」
「貴方の蝶になった覚えはないよ」
飛んできた針を捕縛布で防げば、隣に居る彼が何故か此方の肩を掴んで引き寄せてくる。
「そう。アンタには一生蝶は手に入らないんじゃない?」
「!?ふっ、ふざけるな!!わたしは____」
此方が静かに彼らの様子を見ていると、わなわなと両腕を震わせた彼女が怒り奮闘と言った様子で大声を上げながら針を出そうとして、固まった。
「洗脳、掛かったよ」
上から聞こえた声に、数秒遅れてから捕縛布を使って彼女を拘束する。
「手際良いね」
「訓練してるから……こういうの、良くある?」
「え?無いけど」
「そっか。良かった、結構洗脳に掛けるのがスムーズだったから」
普通に真面目でお人好しっぽい人だと思っていたので、日頃から使ってますと言われたら結構驚きだ。
此方が安堵の息を吐いていると、彼は何故かバツが悪そうに頬を掻いていた。今の言い方は悪かったかな。謝罪をしてからスムーズで良かったと褒めてみるが、彼はあまり嬉しそうにはしない。
「まあ、思わず出た言葉だったけど、上手く引っかかってくれてよかった」
「蝶がどうのって言ってたけど、私と何を間違えたんだろうね」
「間違えたんじゃなくて、普通に欲しかったんじゃないの?それ」
「……ああ、なるほど」
確かに、あるのかもしれない。個性で出ている蝶を見て、私が居れば蝶が手に入る放題だと考えたのだろうかと思いながら空中を飛んでいる蝶を眺める。
「……ねえ。さっきのヒーローって、どういう意味?」
「どうって、そのままの意味だよ」
首を傾げながらもそう口にしてから、あ、と思わず布を持っていない方の手で口元を隠した。
そうだ、進路希望の紙の内容がチラッと見えたからそう言ったけど、盗み見たのと何も変わらない。
「……ええっと、ごめんね、進路希望の紙」
「見えたの?」
「うん」
「……ああ、だからシンソウ、ね」
そういえば、このゴタゴタのせいであの紙は何処かに飛んでいってしまっていたような気がする。
「心操人使」
聞こえた言葉に視線を彼へと向ければ、目が合った。
「俺の名前。心操人使だよ」
「……夢見鳥かごめ。ヒーロー科志望だから、多分試験で会うかも」
「……第一志望の欄も見たの?」
「あっ」
すぐに再び口を手で覆うが、もう手遅れだろう。恐る恐る顔色を伺うと、彼は困ったような顔をしながら私を見下ろしていた。
「別にいいよ、見られて困るものじゃないし。それよりも……怖くない?」
「……何が?」
「俺、洗脳出来るんだよ」
「ああ」
大分今更な気がするけれど、本人が気になるのなら答えるべきだろうな。
「怖くないよ。包丁を持ってても、それを料理に使うか人を殺すのに使うかは人によるでしょ」
「……」
「貴方は、料理にしか使わなそうだね」
「…………それは、少し、違うんじゃない?」
「そう?」
分かりづらい例えだったかな。でもそこまで丁寧に言う必要も無いかと思って、少し考える。
「……私の個性、没収」
「え?」
「個性とか物とか、一時的に消せる。厳密な仕組みは詳しく教わってないけど、多分、他人の個性をずっと没収し続けるとかも出来ると思う」
私が意識不明の重体になったり、鳥籠が壊れたりしない限りは可能な筈だ。いや、消太さんに個性を使われたら解除はされるか。でも、個性が消える事は、私が思っているよりもここの人達は怖がっているように思える。
「私、怖い?」
視界の端で、蝶がひらりと舞う。それが私の個性で出来たものだと分かっているであろう彼は蝶が近付いてきても然程気にした様子は見せずに此方へと目を向けた。
「怖くないよ」
「うん、ありがとう」
お互い、お互いの個性は怖くないと思う。これでこの話題は終わりだ。もうヒーローも警察も先に呼んでいるから、あとはする事は無い。先程よりも何処か穏やかな雰囲気の彼の手の甲に蝶が止まったのを見て、私は何気なく口を開く。
「ちなみに、発動条件は蝶か私が対象に触れる事だよ」
「なんで今言ったの?」
「ふふ、ごめんね」
そんな会話をしながらぼんやりとヒーローや警察が来るのを二人で待っていると、近くに事務所があるらしいヒーロー達が最初にここに来て、次にパトカーのサイレンの音が聞こえて警察達がやってきた。二人で状況について軽く説明し終えると、誰かが慌ててやってくる足音が後ろから聞こえてくる。
「かごめ!」
私の名前を呼ぶ声に心操くんと共に後ろを振り返れば、見慣れた顔が見えた。
「兄さん」
「兄さん??」
何故か目を見開きながら私と消太さんを交互に見比べる心操くんへと声を掛けるよりも先に両肩を掴まれて、消太さんと目が合う。慌てて来たのか、少し肩が上下に動いている。
「怪我は」
「ないよ」
「本当だな?」
「本当。少し靴がダメになっちゃっただけだから、大丈夫だよ、兄さん」
安心させるように肩に置かれている手を軽く叩けば、消太さんは数秒後に安堵したように深く息を吐いてから肩から手を離す。考えてみれば、ヴィランに絡まれたのはこれが初めてかもしれない。だからこんなに心配させてしまったのだろうか、なんだか申し訳ないな。
「無事なら良い。説教は家で、いや、とりあえずもう帰るぞ。お前も疲れただろ」
「うん」
怪我が無いと分かったからか、すぐにいつもと変わらない様子になった消太さんの後ろをついて行こうとして、話に置いてけぼりにしていた心操くんを思い出して振り返る。
「またね、心操くん」
小さく手を振りながら言えば、心操くんは目を丸くしながらもとりあえずといった様子で軽く手を振り返してくれた。
3、実技試験
大きめのリュックを背負って扉を開ければ、日差しが家の中へと入ってくる。
「かごめ、忘れ物は無いな」
「無いよ。兄さん」
互いにいつもと同じような会話をして、振り返る。
「行ってきます、兄さん」
今日が雄英高校の入試試験日だ。いつもと変わらない様子の兄は私の様子を見てから、学校に行く準備を再開する。
「後悔を残さないように」
その言葉に頷いてから、私は家から出た。
◇
演習会場に着いてから周囲を見回してみるが、目的の人物は見当たらなかった。別の会場なのだろうかと考えながら持ってきた操縛布を首元へと巻き直す。
「貴方、落とし物でもしたの?」
近くから声がして、其方の方へと振り返る。
「……落とし物?」
「ええ。何か探しているみたいだったわ。実技に必要なものなら一緒に探しましょうか?」
初めて会ったというのにそう言ってくれた彼女を見て、すぐに首を横に振る。
「ありがとう、でも落とし物はしてないよ。他校の知り合いも受けるって言っていたから、会場に居るか探していたの」
「あら、そうだったのね。お知り合いは見つかった?」
「ううん、別の会場みたい」
さっきの説明会場みたいなところでも見つけられなかった。視力が衰えたかな、などと考えながらも布を触る。
実技試験がいつ開始するのか分からない状態が数分ほど続いている。不意打ちでスタートをするつもりなのだろうか。随分と高くて遠いところに居るひざしさんことプレゼント・マイクに目を向けると、時間を確認するような動作を行っているのが何となく見えた。
「私、蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「梅雨ちゃん。私は____」
『ハイスタートー!』
名前を言うよりも先に声が聞こえて、反射的に身体が走り出す。
「ごめん梅雨ちゃん!自己紹介は試験が終わってから!」
『どうしたあ!!?実戦じゃカウントなんざねえんだよ!!走れ走れェ!!賽は投げられてんぞ!!?』
走りながら喋った言葉が聞こえていたかどうかは分からないが、とりあえずで視界に映った一ポイントへと操縛布を投げて絡みつかせる。
機械に私の個性は通用しない。心操くんや消太さんの個性と近い人はこの試験では受かるのはかなり厳しいだろう。
雄英高校のヒーロー科には物理的な戦闘や妨害を行える生徒を。という事なのかな。いずれにしても、消太さんからもらった操縛布が凄く役に立ってる。
布でセンターを塞いで。関節部分をへし折って。足の部品を破壊して。他の生徒と衝突や事故が起きないように気を付けながら、ひたすら機械を破壊しながら数を数える。
これで二十七体目。足りないかな。足りないかも。
合格に何体必要か分からないから何とも言えないけど、多分もっと必要だ。時間は結構余ってるけど、油断はしない。
「退けやモブ共!!」
でもなんかさっきから凄い元気な人居るんだよな。あの人がポイント総取りしそうだから動きを多少雑にしないとポイントが稼ぎにくい。油断はしていないけど、少し考えものだ。
「死ねえ!!!」
ヒーロー志望が死ねって言っていいのかな。まあ、実力があれば良いのかも。良いのか?ヒーローって色々な人が居るから何とも言えない。妙な既視感のようなものを抱きながらも近くにあった二ポイントを破壊してから、複数の機械に狙われて困っているらしい受験者の方へと駆け寄って機械を一体破壊する。
「大丈夫?」
「えっ?」
「ごめん、一気に集めてから倒す予定だった?」
なんか困るみたいだったから、と言えば、彼女は何度か目を瞬かせてから礼を言ってきた。その様子から余計な事をしてしまったわけでは無かったらしい事が分かって安堵しつつ、怪我が無いのを確認してからすぐにその場を離れる。
蝶が私の周りを飛ぶ。その様子を一瞥してすぐに次のポイントを稼ぐ。四十体を倒した辺りで地面が揺れて衝撃音がして、すぐに音がした方向へと顔を向けて、目を丸くする。
「……あれが、ゼロポイント」
想像していたよりも大分大きい。倒す必要が無いのなら逃げるのが得策なのかな。でも、まだ引き際じゃない。
どう対応すべきかを判断する為に周囲の状況を確認すれば、大体がその場から逃げているのが見えた。
慌て過ぎて怪我などをしてしまったらしい何人かを軽くフォローしながら逃して、先程殺すやら死ねやら叫んでいた人へと目を向けた。てっきりゼロポイントでも倒しに向かうのかと思っていたが、ロボットがある程度まとまるのを待ってから爆発させていた。死ぬと言っていた割に意外と頭脳だな。
近付いてきたロボットを破壊しながらそう思いつつ、此方を押しつぶすかのように手を地面へと下ろしてきたゼロポイントから大きく距離を取る。後半は救助を優先、って事なのかな。でも救助ポイントなんてあったっけ。
首を傾げながらも近くで個性の使い過ぎによってダウンしているらしい受験者へと近付いて、大丈夫かと手を差し出す。
「此処少し危ないから移動した方が良いかも。動ける?」
「ああ……ありがとう」
手を掴まれ、顔が青白い彼に肩を貸しながら歩いていると、プレゼント・マイクが終了と叫んだのが聞こえた。受かったかどうかは不明。こればかりは仕方が無いと思いながらゆっくりと元来た道を戻っていく。
途中で会ったリカバリーガールに彼を預けると、最初に話していた人を思い出して、辺りを見回した。それらしい人は見当たらない。別の場所にいるのか、それとも怪我でもしたか。居ないのなら仕方が無いと思いその場を離れようとしたところで、後ろから声を掛けられた。
「今度は誰を探しているの?」
数分前に聞いたばかりの声にすぐに後ろを振り返る。
「……梅雨ちゃんを、探してたの」
「私を?」
「うん、さっき名前言えなかったから」
梅雨ちゃんと呼んで欲しいのなら、私の多分そういう感じで言う方が良いのかもしれない。何と呼んで欲しいのかなんて特に無いから、とりあえず相手に合わせる事にして口を開く。
「夢見鳥かごめです。かごめちゃんって、呼んでね」
そう言いながら少しだけ微笑めば、梅雨ちゃんは私の名前を呼んで、それから、覚えたわ、と少しだけ目を細めた。
4、合格発表
「かごめ、届いてたぞ」
そんな一言と共に封筒を渡され、合格発表の知らせか、と少ししてから気付く。私が封筒を受け取ったのを確認するとさっさとその場から離れようとする消太さんを呼び止める。
「一緒に見ないの?」
「……そういうのは一人で見るもんだ」
「そう」
そういうものなのか。よく分からないけれど、それなら自分の部屋で見よう。手元の封筒をもう一度見てから、自室へと移動すると机へと向かい、封筒を開く。中にあるものを手に取ろうとした瞬間、ガコン、と何かが封筒の中から滑り落ちて、それを拾おうとした瞬間に映像が投影される。
『やあ!ネズミなのか犬なのか熊なのか、隠してその正体は__校長さ!』
「……えと……?」
『夢見鳥かごめさん、まず始めに結論から言うと、君は合格だ!おめでとう!』
「……おお……??」
『筆記試験も実技試験も文句無しの合格。それとあえて説明していなかったけれど、実は実技試験には救助活動ポイントというものがあったのさ!というわけで、実技の方は敵ポイントが四十三ポイントと救助ポイントが三十ニポイント。合わせて実技総合、七十五ポイント!あと二、三ポイントあれば入試一位だったけれど、保護者の採点は厳しいね!これがまさに獅子は我が子を千尋の谷に落とすって奴かな?』
なんだか話が逸れている気がする。保護者というのは消太さんの事だろうか、というかさらりと救助ポイントという新しい情報を出さないで欲しい。拾おうとした姿勢のまま反応に困っている間も校長はスピーディーに会話を続けている。
『もっと沢山話したいところだけれど後がつかえているからね。改めて合格おめでとう!今日から雄英が君のヒーローアカデミアだよ!』
そう言い終えると、映像はプツリと消えた。
部屋の中。静かになった投影機をとりあえず拾って、机の上に置く。これ、もう一度再生とか出来るのかな。別にもう一回見たいとかでは無いけど、などと思いながら一緒に同封されていた紙を手に取り、中を確認してから椅子から立ち上がる。
「に、兄さん」
扉を開けてそっと声を出すと、いつもはすぐに自室で居る消太さんがリビングに居るのが見えた。
「かごめ、合否は確認したか」
「あ、うん。えと、受かってた」
「おめでとう」
「ありがとう、兄さん。その、」
獅子の話は何なのかと訊こうとして、別にこれは訊かない方が良いのかな、と思い口を閉じる。
「どうした?」
「……これ、一緒に同封されてた紙」
「ああ」
部屋から出て消太さんへと近過いて紙を渡せば、特に驚いた様子も困った様子も見せずに消太さんは紙を受け取り、その中身に目を通す。その隣に座って、投影機の内容を言おうかどうか悩む。
言わなくてもいい事だけど、凄く言いたい。だって、なんか、凄く謎だったから。でも、わざわざ話す事でも無いのは確かだ。
少し伸びてきている足の爪へと目を向けながら消太さんの隣で静かにしていると、トントン、と肩を指先で軽く叩かれる。顔を其方へと向ければ、少しだけ不思議そうにする消太さんと目が合った。
「さっきからどうした。志望校に合格したんだからもっと喜べばいいだろうに、何か気になる事でもあったのか?」
「……投影機に校長が映って、合格おめでとうって言ってくれたんだけど、」
「うん」
「でも、なんか……獅子は我が子を千尋の谷に落とす、とか、言われた」
「……何の話だ?」
「さあ」
消太さんが分からないのならば私にも分かる筈が無いのだけれど、話せて少しスッキリした。蝶が消太さんの肩に止まっているのを見ながら隣で姿勢を崩すと、消太さんが此方を見て、それから頭に手を置いて撫でる。数年前と比べるとぎこちなさはかなり少なくなっていた。
「今日は外で飯でも食べるか」
「お祝い?」
「ああ。どこに行きたい」
「お寿司行こ。回るお寿司」
「回らない寿司でもいいぞ?」
「サイドメニューいっぱいある方が良い」
「……それならバイキングとかの方が良いか?」
「えー、んー……」
頭を撫でる感覚に瞼を下げながら、何処に行くべきか考える。消太さんはいつもより高いお店に行きたいのかな。それなら食べ放題とか?でも二人ともそんなに沢山食べるわけじゃないし。
「……バ、寿……うーん……」
「バス?」
「……コインで決めよ。表と裏」
「それで良いのか」
「どっちも美味しいから良い」
表がお寿司、裏がバイキングにしよう。私も消太さんもゲームセンターなどには殆ど行かない為、コインの代わりに財布から小銭を一枚取り出して指で弾く。
「どっちだ?」
「あ、裏」
「バイキングだな」
「バイキング」
小さい頃に消太さんに何度か連れて行って貰っていた気がする。準備するか、と消太さんが立ち上がったのを見て、私も立ち上がる。
「あのね、私思ったの」
ふと考えた言葉を口にしようと音を出せば、消太さんが此方へと顔を向けた。
「兄さんは我が子を谷に落としても、いつでも引き上げられるように見守ってると思う」
そう言い終えてから、スッキリした気持ちになりながら首を傾げる。私はどうしてこんな事をわざわざ口にしようと思ったのだろう。ああ、保護者の採点がどうと言われたからだったかな。でも、確かに採点で身内だからと高得点を上げるような人ではないと思う。
消太さんは急にそんな事を言われたからか、目を丸くしながら私を見下ろしていた。
「…………それは……褒めてるのか?」
「えと、多分、うん」
「……そうか」
余計な事だったかな。余計だったかも。
「じゃあ、着替えて来るね」
なんだか妙な空気になってしまったその場から早めに抜け出そうと足を動かして消太さんの横を通り過ぎようとして、名前を呼ばれて足を止める。
「合格おめでとう」
さっきも言われた気がする言葉に瞬きを何度か繰り返す。
消太さんの方へと顔を向けると、その目はいつもよりも少しだけ細められていて、誰かが似たような表情を浮かべていた事があったように思う。
「……入試の点数、二位だったんだって」
「ああ、知ってる」
「兄さんの操縛布のおかげで、二位になった」
消太さんの隣に並んで、なんだか今更合格したという実感が湧く。操縛布は本当に使いやすかったし、二位になれたのはなんだか意外だった。鍛錬も訓練も怠った事は無いけれど、今と前では戦い方も変わる。この結果にはあまり興味は無いが、師の教えが結果として現れるのを見るのは好きだ。
「合格したよ」
隣であらためてそう言えば、消太さんは少し考えるような時間を作ってから、その手を再び頭の上へと置いた。
5、個性把握テスト
入学式、ガイダンスとかはやらないぞ、と私に事前に伝えた消太さんの言葉を思い返しながら扉を開けると、眼鏡を付けた生徒と目が合った。
「おはよう!今日から同じクラスになる飯田天哉だ!よろしく頼む!」
「おはよう。ええっと、夢見鳥かごめだよ。よろしくね」
飯田くん、と口の中で繰り返して覚え込みながら、自分の席に鞄を置く。
「来た人みんなに挨拶してるの?」
「当然だ!今日は入学式だからな!」
「そっか、元気だね」
もう少し気を緩くしても良いんじゃないかなと言おうと思ったけれど、本人がやる気がある時にそんな事を言ってやる気を削ぐのもどうかと思い口を閉じる。
このまま読書か何かでもしようかとも思ったけれど、仲良くしておきなさいと消太さんが言っていたのを思い出して、前の席に座る彼女の肩を軽くつつく。
「ひゃっ!?」
驚いたような声が聞こえてから、前の席の彼女が慌てて此方を振り向いた。目を丸くさせている様子にもう少し別の声の掛け方をすべきだったと反省しながら、彼女と目を合わせた。
「ごめん、ビックリさせた」
「い、いえ!少し考え事をしていただけですので」
「そう?」
「ええ、大丈夫です」
微笑みながらそう言う彼女に、ならば良いかと思う。
「私、夢見鳥かごめ」
「八百万百ですわ。よろしくお願い致します、夢見鳥さん」
「よろしくね、八百万さん」
何処の中学校だった?なんて会話をしながら時間を確認していると、私の髪で大人しくしていた蝶がふわりと動く。再び目を丸くした八百万さんを見て眉を下げながら微笑む。
「ごめん、私の個性なんだ」
「そうなのですね、私てっきり蝶の髪飾りだと思っていたので……」
「基本は好きにさせているけど、学校だと動かないようにしてるから」
さっきまで動かないように指示をしてた筈なんだけど、気が緩んだかな。不規則に八百万さんの周りを動く蝶へと手を向ければ、蝶は少しの間飛んでから私の指へと止まる。
「虫が苦手じゃないなら触ってみる?」
見た目はリアルじゃないし、どちらかと言えば紫色の蝶のシルエットに近い。他人に触らせた事はあまり無いけれど、気になっているらしい様子だったのでそう訊ねれば、八百万さんは視線を蝶から私へと動かす。
「良いんですか?」
「うん、危ないものじゃないから」
私がそう言えば、彼女は少し迷うような素振りを見せてから、そっと指を近付ける。蝶は数秒経ってから彼女の指の上へと乗った。
蝶は、必ず一頭は私の側に居る。出し方は分かるけど仕舞い方は分からないから、自動的に出ている蝶はそのままにするか破壊するしかない。まあ、壊れたところでまた出てくるのだから個性の消費が増えるだけだけど。
「あまり触り過ぎると形が崩れるから、気を付けてね」
「ええ。この蝶、何かに反応して動きますの?」
「えと……個性因子?に反応して近付くんじゃないかって、兄さんは言ってた」
「お兄さんがいらっしゃるのね」
「うん、優しい人。この前一緒にバイキングに行ったんだ」
「まあ!どこのバイキングですの?」
「どこ?んー……何処だったかな……」
携帯を取り出してマップを軽く見ていると、蝶を軽く触っていた八百万さんが視界の端で指先を動かしているのが見えて、顔を上げる。
「どうかした?」
「いえ……その……わ、私、近くの駅前にあるバイキングには何度か行っていますの。あそこは品揃えが多くてどれも美味しいですから」
「駅前?どこ?」
携帯の向きを彼女の方へと変えて近付ければ、八百万さんは少し躊躇うような仕草をしてから、そっと携帯の画面に指を触れる。
「此処ですわ」
「へえ、行ったことないかも。あ、この写真のスイーツ美味しそうだね」
「!そ、それなら今度、一緒に行きませんか?」
「一緒に?良いよ」
バイキング好きなのかな。嬉しそうな表情に釣られて少しだけ目を細めて、携帯の画面を閉じて会話を続ける。蝶にもう関心は無くなったのかな、などと思いながら八百万さんの手の中にある蝶へと指を伸ばすと、蝶は此方へと移った。
「そういえば、夢見鳥さんの個性は何ですの?」
どうやら蝶を出すだけの個性だとは考えなかったらしい八百万さんがそう訊ねてくる為、少し考えてから、蝶を耳元へと寄せた。
「何だと思う?当ててみて、八百万さん」
微笑みながらそう言えば、八百万さんは二回ほど瞬きをしてから、そうですわね、と予測をし始める。蝶を使って視界を遮るのかしら、と考えを口にする八百万さんをのんびり眺めていると、前の席の方から飯田くんの声が聞こえてきた。
「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよ、てめーどこ中だよ端役が!」
「あ、実技試験の時の人」
聞き覚えのある声に思わず呟けば、少しだけ眉を顰めている八百万が此方へと目を向ける。
「お知り合いですか?」
「ううん。でも試験会場で死ねって言いながら攻撃してたから」
「物騒ですわ……」
「うん、合格してたんだね」
そう言えば派手に動いていたし随分と数も減らしていた。案外彼が入試一位なのかな、などと考えていると、廊下の方から聞き覚えのある声がして口を閉じる。
「ここは……ヒーロー科だぞ」
ヂュ、とゼリー飲料を飲む音が聞こえて、首を傾げる。朝食一緒に食べた筈なんだけど、量足りなかったかな。
「ハイ、静かになるまで八秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
そんな言葉と共に寝袋から出てきた消太さんを見ていると一瞬目が合うが、すぐに逸らされる。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
そんな言葉の後に体操服を着てグラウンドに出ろと言われ、だからガイダンスは無しだと言ったのかと朝の言葉を思い出して納得する。要するに今から消太さんがやりたいようにやるらしい。流石自由が売りの雄英。思った以上に自由だ。
「行こ、八百万さん」
今の消太さんは仕事中だから声は掛けない。お互い公私混同するような性格でも無いので、頷く八百万さんと共に体操服を着替えに教室から出た。
グラウンドに原因で集まると、消太さんが個性把握テストを行うと言い出した。成程と頷いて軽く手首をほぐしていると、消太さんがソフトボール投げで先程飯田くんと口論していた男子生徒を呼ぶ。
「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何メートルだった」
「六十七メートル」
「じゃあ“個性”を使ってやってみろ。円から出なきゃ何していい、早よ。思いっきりな」
その言葉に爆豪と呼ばれた男子生徒が肩を鳴らすと、ソフトボールを握りしめてそれを投げた。
「死ねえ!!!」
……あれ口癖なのかな。メディアに出しちゃいけないタイプのヒーローになりたいのだろうかと考えながらクラスメイト達の言葉を耳にする。
「なんだこれ!!すげー面白そう!」
「七百五メートルってマジかよ」
「“個性”思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」
「………面白そう……か」
呟くような声に一人眉を顰めていると、消太さんは最下位を除籍処分すると宣言して笑う。
「生徒の如何は先生の“自由”。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」
その言葉に反論する生徒と言い返す先生の会話を聞いてから、小さく息を吐く。個性を使わなくても最下位にはならないだろうけど、最悪全員除籍処分と言い出す可能性もある。手を抜くつもりは無いけれど、あまり結果が出せなかったらトレーニングメニューの組み直しさせられるかな。
「どうした夢見鳥、次はお前だぞ」
第一種目は五十メートル走。ぶっきらぼうにそう言われて、行っていた準備体操を終わらせる。
「はい、先生」
口にした言葉は少し違和感があるけれど、数日もすればそれも消えるだろう。五十メートル走で出た五秒三十二という数字を頭に入れて、前よりは速くなったなと思う。
「かごめちゃん」
誰かに名前を呼ばれて其方へと目を向ければ、実技試験の時にあった梅雨ちゃんが居て、目を瞬かせる。
「梅雨ちゃん。合格してたんだね」
「ええ、かごめちゃんもしていたみたいで良かったわ」
「うん。良かった」
先生に睨まれるのは嫌なので、軽く会話をし、あとで一緒にお話ししましょう。という梅雨ちゃんの言葉に頷いてお互いに種目に集中する。
その後も次々と先生に言われた種目を問題無く終わらせていくが、それに合わせて一人だけ顔が青白くなっていく生徒が見えた。
具合が悪いのかな。それとも急用?
生徒の異変に消太さんが気付かないとは思えない。どういう判断なのだろうかと視線を消太さんへと向けると、顔色の悪い彼を見定めるかのようにじっと見ていた。成程、除籍候補という事か。
「四十六メートル」
消太さんの言葉に、彼が目を見開いたのが見えた。
「な……今確かに使おうって……」
「“個性”を消した。つくづくあの入試は…合理性に欠くよ。おまえのような奴も入学出来てしまう」
個性を使っている消太さんを見るのは久しぶりだ。他にも種目残ってるのにな、などと考えながらもイレイザーヘッドの説明を聞きながら周りを飛ぶ蝶をぼんやりと眺める。
「“個性”は戻した……ボール投げは二回だ。とっとと済ませな」
そう言いながら個性を使うのをやめた先生を一瞥して、ボールを持っている彼へと目を向ける。他の生徒や消太さんの反応からして、恐らく実技で個性を使用して大怪我でも起こしたのだろう。鍛錬の時間が足りなかったのか、それとも個性が変化したのか。まだ諦めていない様子の横顔を他の生徒共に見ていると、彼はボールを一回目とは比べ物にならない程遠くへと投げた。
記録は七百メートル以上。
「先生……!まだ……動けます」
指を負傷しながらもそう口にする彼を見て、小さく首を傾げた。
◇
「かごめ、お前はどう思った」
除籍処分の話は合理的虚偽だと言っていた消太さんの言葉に、廊下を歩いていた足を止める。今日はもう帰るだけだが、消太さんはこの後も仕事などがあるのだろう。
「兄さんが除籍処分の必要が無いと感じたなら、それが全てだと思うよ」
「それは俺の考えだろ。お前の意見だ」
「……危ういし、援助が必要。でも、ああいう人が必要になる時もある」
肩に掛けている鞄を掛け直して、消太さんと目を合わせる。
「そういうの、管轄外だから何とも言えないけど……他の生徒よりも注意深く様子見をした方が良いと思う。多分、ちょっと目を離しただけで二、三回は身体を壊す」
そう口にしてから、今のは誰と重ねて言ったんだろうと自分の発言を少し不思議に思った。
6、戦闘訓練
次の日から授業が始まった。
午前中は他の学科と然程変わらない普通の授業。けれど午後からヒーロー基礎学がある。
「わーたーしーが!!普通にドアから来た!!!」
今年からヒーロー科のヒーロー基礎学をやる事になったらしいオールマイトが扉から入って来たのを見て、周りに合わせて、おー、と盛り上がっておく。身内にメディア嫌いが居たのと私が然程興味を持っていなかったのが相まって、恐らく他の生徒よりテンションが上がるという事があまりない。
「早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!」
BATTLE、と書かれたプレートを持ちながらそう言われ、口元に指を添える。人気ナンバーワンが直々に戦闘訓練。聞いてた以上に自由過ぎるな雄英高校。ワクワクはするけど、それ以上に小学校中学校との温度の差が凄過ぎてかなりビックリする。
「そしてそいつに伴って……こちら!!!入学前に送ってもらった『個性届』と「要望」に沿ってあつらえた…戦闘服!!!」
着替え終えたらグラウンド・βに集合、という言葉を耳にしながら、渡されたケースに目を向ける。
なんて要望したんだったかな。隊服だった気がするし、消太さんみたいなものを描いた気もする。いや、やっぱり隊服だったかな。盛り上がっているみんなの様子を眺めていると、一緒に更衣室に行こうと八百万さんが声を掛けてくれた為、その場から移動する。
「夢見鳥さんのコスチュームはどのいったものを要望したのですか?」
「んー……羽織とか。動きやすさを重視して欲しいとは書いた気がする。八百万さんは……露出面を広く、とか?」
「ええ、私の個性だとそうした方が良いですから」
更衣室でケースを開ければ、隊服によく似た戦闘服が中に入っていた。それを持ち出して着替えながら、自分の口から気怠そうな息が吐かれる。落ち着くけれど、少し違うかもしれない。自分はどちらの人間なのだろう。ぼんやりとそんな事を考えていると、いつの間にか隣に来ていたらしい梅雨ちゃんが視界の端に見えて、顔を其方へと向けた。
「かごめちゃん、なんだか学ランみたいなコスチュームね」
「そう?多分、これが一番馴染むから……えと、変かな」
「いいえ、とても素敵よ。八百万ちゃんもよく似合っていると思うわ」
「まあ、ありがとうございます!」
楽しげな会話を聞きながら着替え終え、クラスメイトと共にグラウンドに集まる。
「良いじゃないか皆、カッコイイぜ!!」
そんな言葉を口にした後、オールマイトは飯田くんの質問を受けて試験の説明を行う。
「君らにはこれから『敵組』と『ヒーロー組』に分かれて二対二の屋内戦を行ってもらう!!ただし、このクラスは二十一人いるからね、ひと組だけ三人になってもらうよ!」
「えー!それって不利になるじゃん!」
「不利な状況でも勝ってこそヒーローだ!それに人数が多い方が連携が難しい時もあるから頑張ってね!!」
生徒の不満を頑張ってねの一言で片付けたオールマイトに意外と大雑把だなと頷きつつ、聖徳太子ィィ!!!と声を上げるオールマイトの言葉に耳を傾ける。
「いいかい!?状況設定は『敵』がアジトに『核兵器』を隠していて、『ヒーロー』はそれを処理しようとしている!『ヒーロー』は制限時間内に『敵』を捕まえるか『核兵器』を回収する事。『敵』は制限時間まで『核兵器』を守るか『ヒーロー』を捕まえる事。コンビ及び対戦相手はくじだ!」
「適当なのですか!?」
「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップする事が多いし、そういう事じゃないかな…」
「そうか…!先を見据えた計らい…失礼致しました!」
「いいよ!!早くやろ!!」
なんだか締まらない説明を聞きながらクジを引けば、「I」の文字が見えた。
「わー!私達三人組だ!頑張ろうね!」
「よろしくね」
「よろしく……」
何処か困ったような様子の尾白くんに首を傾げながらも、やる気十分といった様子の葉隠さんの隣に並ぶ。
「女子が二人……!なぁ……変われよ……オイラと変われよ尾白ォ……!!」
「うわ……」
「なに?」
誰の声かと顔を向けようとすると、声がした方へと顔を向け終わるよりも先に尾白くんの手が目の前を遮った。
顔に触れないように距離を離した手に目を瞬かせながら尾白くんの方へと顔を向ければ、パシン!と誰かが誰かの頬を引っ叩いたような音がして、尾白くんが困ったように笑みを浮かべる。
「気にしなくていいよ、夢見鳥さん」
その言葉に首を傾げながらも頷けば、隣に居る葉隠さんが一番始めにやるチームを教えてくれた。
「A」コンビがヒーロー。「D」コンビがヴィランらしい。
◇
第二戦は「B」がヒーローで、「I」がヴィランとなった。意外と早く出番が来たなと思いながら操縛布に触れる。
「尾白くん夢見鳥ちゃん、私ちょっと本気出すわ。手袋もブーツも脱ぐわ」
「うん…」
「寒くない?」
「平気!」
「そう、足元気を付けてね」
「うん、ありがと!」
透明になれるからと躊躇いなく全裸になるのはどうなのだろうか。まあ、戦闘においては正解だろうけど、人として何かを失っていないかな。私の考え過ぎだろうかと尾白くんへと目を向けると、彼は大きく頷いた。成程。考えている事は同じらしい。でもひとまずそれは後回しだ。
障子くんと轟くんの個性はあまり把握出来ていないけど、何となくは理解してる。
「配置はどうしようか。三人で固まって守るのはあんまり効率良くないよな」
その言葉に、誰が何処で待機するか少し考える。
「核兵器の側には尾白くんが居てくれたら良いと思う。守備も攻撃も出来るし」
「え?あ、うん」
「葉隠さんは潜伏の予定?」
「うん!核兵器がある階で待ち伏せしよっかなって思ってる!」
「そうだね。うん、その方が良いと思う」
基本はそれで大丈夫だろう。となると、余りの私はどうするか。まあ、やる事は一つだな。
「じゃあ私は先行を取られた時用かな」
二人が不思議そうな声を出したのを見ながら、私は鳥籠を二つ作り出す。作り終えた鳥籠を限界まで小さくしてから、腰のベルトへと付けた。
「全員単独行動でいこう。私はニ階にいるから、二人は核兵器がある四階に居てほしいな。あの二人が四階に上がって来たら私が負けたと思って頑張ってね」
何か気になる点があったら言ってほしい、という言葉には特に質問が返ってこなかったので、それで決行という事になった。
二階の窓辺。やって来た二人が中へと入って来たのが見えた為、閉じている窓の鍵を開ける。
障子くん、偵察も出来るんだったかな。あれって足音で把握してるのかな、それとも心音?まあ、どちらでも問題は無いか。数秒してから、ひんやりとした空気が肺へと流れる感覚と建物が凍りつくような音に、自然と指先が微かに動く。
嫌だな、氷はやっぱり嫌いだ。
息を吐きながら窓を開けて外へと出る。音を立てずに地面へと着手してから、蝶を二頭出せば、ひらりと蝶が不規則ながらも目的地があるかのように空中を飛んでいく。
二人が警戒する声を発する様子や警戒する素振りは見えない。入り口付近の壁に背中を近づけながら、首元にある操縛布を掴んだ。
「……蝶?」
轟くんに外に出てろとでも言われたのか、建物の入り口から出てきた障子くんが私が作り出した蝶を見ながらそう呟いたのを見た瞬間に後ろから操縛布を使って障子くんの口を塞ぎ、その背中に触れて個性を「没収」する。
まずは一人。
伸ばしてきた手を全て背中から回して拘束し、最後に両足首を縛って布を切ればバランスを崩した障子が顔から地面にぶつかりそうになっていたので、後ろに引っ張って倒れさせる。
「どうした、障子」
そう言いながら振り返った轟くんと目が合うのと同時に、蝶が彼の指先で羽を動かすのをやめる。
「“触れた”」
「没収」した後、瞬時に右手を地面へと置いた轟くんが個性を使えない事に動揺しているのが見えた。目を丸くした轟くんが近くを飛んでいる蝶へと視線を移して、その羽を握りつぶす。良い判断だけど、蝶はもう潰れても問題はない。すぐに轟くんも操縛布で縛り付ければ、私の前後にはグルグル巻きのヒーローチームが出来上がった。
二人ともこの状態でも動けるのかな、などと事を考えながら二人へと目を向けていると、オールマイトの声が響く。
『ヴィランチームWIN!』
「……お前の個性、先生と同じなのか」
「うん、似た個性だよ」
轟くんの言葉を聞きながら、巻き付けた操縛布を解いていく。
「私の個性、他人の所有物や個性を没収できるから」
解けた操縛布を腕へと巻き付けて、次は障子くんの方へと向かう。まずは足、次に腕、最後に口。手がかなり多いから、彼を拘束する時に結構布を使っちゃう。異形型の拘束についても勉強した方がよさそうだ。
「ごめんね、すぐに制圧しないといけないから結構乱暴にしちゃった。痛いところとか怪我とかない?」
「大丈夫だ」
「なら良かった」
「その布、先生と同じものか?」
「これ?うん、操縛布。ヒーローしてる兄さんが使ってて、ヒーロー科に入るならって使い方教えてくれたんだ」
教えてくれなかったら多分肉弾戦特化になってたな。刀の携帯については消太さんがあまり良い顔をしないから。
その時の事を思い出していると、轟くんが何か言いたげに此方を見ているのが見えて顔を其方へと向ける。
「なに?」
「……いや、何でもない」
「そう?ならいいけど……」
「あー!何も出来ずに終わっちゃったー!」
悔しい!と言いながら入り口から葉隠さんと落ち込んだ様子の尾白くんがやってきてるのが見えて、そういえば二人とも四階で待機してもらっていたんだったと頬を掻いた。
「夢見鳥ちゃん凄い!でも私も活躍したかった!!」
「ごめんね。氷で建物凍らせてたから二人は動けないと思って」
「まあ実際、俺達動けなったからな……」
「反省会!絶対三人でやろ!」
ね、と両手を握られ、何度か瞬きをしてから頷いた。
7、学級委員長
「ねえ!その君!オールマイトの授業はどんな感じ?」
学校の中に入ろうとした瞬間にそう声を掛けられ、足を止める。
今日は随分と入り口に人が居るなと思っていたけれど、オールマイト関連で記者などが来ていたみたいだ。
これが分かってたらもっと早めに来るなり消太さんと一緒に裏口から入るなりしたのに。小さく息を吐きながらも、止めていた足を動かした。
「……先生には一つも情報を漏らすなと言われているので」
「そんな事言わずに!せめて普段の様子だけでも教えて!」
「いつも笑顔で良いと思います」
取り出したハンカチ越しにマイクを軽く押し返して、ハンカチをしまいながら息を深く吸い込み、踵に力を入れた。
「ごめんなさい、遅刻しちゃうから」
「ちょっ待っ、速っ!?」
そんな事を聞きながら入り口付近まで走って、中に入ると同時に足のスピードを緩めた。カメラは向けられていたけれど、映像も言葉も遅られる使われる事はないと思う。
マスコミとはあまり関わらない喋らないすぐ逃げる。
メディア嫌いがすごく滲んでいるような消太さんの教えを思い返しながら廊下を歩いていると、誰かに肩を叩かれた。
「おはよ。さっきの凄かったな、五十メートル走の時より早くなってなかったか?」
「おはよう。ええっと……瀬呂くん?」
「おう」
名前を間違っていない事を確認してから、隣に並んだ瀬呂くんを見上げる。
「さっきのインタビュー?みたいなの、瀬呂くんも受けたの?」
「まあな、とはいっても来た生徒全員に聞いてるみたいだけど」
「目的はオールマイトの記事を書くこと?」
「逆にそれ以外ある?」
「無いと思いたいかな」
「え、急に怖いこと言うじゃん。他に何かあるの?」
「さあ」
「ええ……」
無いかもしれないしあるかもしれない。まあでもそのうち先生達が注意するだろうし、あの騒ぎも今日までかな。今日までだといいな、毎日ああなってたら普通に嫌だ。
◇
今日は学級委員長を決めてもらう、というHRの消太さんの言葉で盛り上がるクラスメイト達を見ながら、誰に票を入れようか考える。今のところ話してみて委員長などが出来そうだと感じたのは八百万さんと梅雨ちゃんだ。
少し考えてから、八百万さんへと投票した。
「僕三票!!?」
「私も三票……!」
今度は副委員長決めが大変になったな。寝袋に包まっている消太さんへと視線を向ければ、気怠そうな目と目が合う。特に理由もなく見つめ合っていれば、やがて消太さんが気怠そうに溜息を吐いて目を逸らした。
「……後から変更は認めてやる。ひとまずは委員長緑谷、副委員長八百万でやれ」
此方を見て溜息を吐かれた事に首を傾げるものの寝袋から出てきた消太さんを見てタイムオーバーになったのかと考えて一人で納得する事にした。呆れられているとかは無い筈だ。そんな風に思われる事をした覚えは無いから。
午前の授業終わり。
お昼ご飯を一緒に食べようという八百万さんの誘いに乗り、大食堂で向かい合わせに食事を行う。
「そういえば、夢見鳥さんは自分に票を入れていませんでしたわね」
「うん、八百万さんに入れたからね」
そう言いながらカレーを食べれば、向かいにいる八百万さんが目を丸くしたのが見えた。
「私に?」
「ん?うん。八百万さんなら委員長出来ると思ったから」
まあ、そのせいで若干ややこしい事になってしまったが。あれなら自分に入れた方が良かったのかもしれないけれど、委員長になりたいわけではないから入れなかったのが失敗だったかな。いや、そもそも飯田くんとかのゼロ票だった人に入れるべきだった?
「夢見鳥さん……!私、頑張りますわ!副委員長として!!」
「応援してるね」
「ええ!」
何故かすごくやる気に溢れているらしい八百万さんの様子に笑みを返しながら最後の一口を食べようとした瞬間、急に警報の音が鳴り響く。
『セキュリティ三が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』
その言葉を聞いて、最後の一口をすぐに口の中へと放り込む。
「セキュリティの突破……!?ゆ、夢見鳥さん、ひとまず此処は他の皆さんと一緒に避難しましょう!」
「ん、待って八百万さん。今動くとかえって危ないよ」
席から立ち上がった彼女の手を軽く引きながらそう言えば、八百万さんは眉を下げながら此方を見下ろす。
「で、ですが……」
「周囲はパニック状態。下手に入るよりは、生徒を落ち着かせる事を優先した方が安全になる」
そして安全させる為にはセキュリティを突破された原因を探る必要がある。コップに入っている水を飲んでから、人混みに流されないように八百万さんの手を痛くならない程度に握り直す。
「八百万さん。望遠鏡かスピーカー、出せる?」
私がそう言うと、八百万さんはすぐに意図に気付いたらしく、大きく頷いた。
「ええ、両方出せます」
そう言いながら制服のブレザーを脱ごうとし始めた八百万さんを見て、すぐに止めた。そういえば八百万さんの個性って肌から出てくるんだった。
「ごめんやっぱやめよう。今戦闘服じゃないから肌を見せたら周りの人が混乱しちゃう」
「え?で、でも、このままでは混乱が……」
「友達の肌が不特定多数に見られて平然としてるほど私薄情じゃないよ」
「……夢見鳥さん……!」
何かに感動しているらしい八百万さんのブレザーのボタンを留めながらどうしようかと考えていると、何かが壁にぶつかる音が聞こえて顔を其方へと向けると、何故か眼鏡が外れている飯田くんが壁に張り付いたみたいになっていた。
「大丈ー夫!!」
急に聞こえた大声に、大勢の声が弱まる。
「ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません、大丈ー夫!!ここは雄英!!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」
そんな言葉を口にする飯田くんを見てから、八百万さんと顔を見合わせた。
その後、学級委員長である緑谷くんが飯田くんを推薦。委員長が飯田くんへと変わり、放課後は私も辞退すべきなのかしらと深く悩んでいる八百万さんをそんな事はないと励ます時間になった。
◇
「兄さん、今日の昼の事だけど」
「……ああ、ただの傍迷惑なマスコミだ。お前が気にするほどの事じゃないよ」
そう言いながら食事を行う消太さんへと目を向けながら、口元に指を添える。
「セキュリティを破壊した人、見つかった?」
「いや、もう逃走したあとだった。不安か?」
「不安……というより、違和感、かも」
「……警戒はしておけ」
「うん」
違和感。
マスコミがあのセキュリティを突破出来るのかという違和感。そもそも破壊したら犯罪になるのに、自分から敵と判断されたいマスコミなんて居るのかな。
警戒はしている。でもわざわざ言ってくるという事は、襲撃が起こる可能性が高いという事だろうか。
「かごめ、合理的に判断しろ」
そう言われ、動かしていた思考を一度止める。
合理的。先生という立場上、詳しい情報は教えないし、対策は生徒のする役割ではない。という事だろうか。なら、いつも通りに過ごせ、って事かな。
「……今日八百万さんと一緒に食堂に行ったよ。あそこ、メニューが沢山あるんだね」
「……俺の時からずっとそうだよ。昼は何食べたんだ?」
「カレー」
「今食ってるのは?」
「カレー」
「飽きないか」
「ちょっと失敗したなって思ってる」
次は家で作るのが大変なものとかを食べるようにしようかな。トンカツとか唐揚げとか。
ぼんやりとそう思いながらもいつも通りに会話をしつつ、二人で夕食を食べた。
8、USJ
「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」
「ハーイ!なにするんですか!?」
「災害水難なんでもござれ、人命救助訓練だ!!」
消太さん、大きめな声出せたんだ……良いと思う。
コスチュームの着用は各自の判断。場所は遠くにある為、バスで行くらしい話を聞いて服を着替える。
「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう!」
「飯田くんフルスロットル………!」
委員長らしい言動を存分に行っているらしい飯田くんを見てからバスへと乗ると、想定していた席と違かったらしい飯田くんがバスに入るなり口を大きく開けていた。
「こういうタイプだったくそう!!!」
「イミなかったなー」
飯田くんの嘆きの後に始まったクラスメイト達の会話を聞きながら指先で羽を休めている蝶を眺めていると、隣から名前を呼ばれて顔を其方へと向ける。
「お前、近接戦もいけるのか」
「いけるよ」
「そうか」
それだけを訊きたかったのか、再び瞼を閉じて眠る姿勢に入った轟くんに首を傾げていると、少ししてから彼の口が微かに開く。
「お前の兄って、相澤先生と仲良いのか?」
予想外の言葉に思わず目を丸くするが轟くんは未だに瞼を閉じている。眠たいのだろうか。
「……えと、少し、違うかな」
「そうか。なら悪かった」
「いや、大丈夫だよ……あの、なんでそう思ったか訊いていい?」
「……」
「……轟くん?」
「……」
「……」
……寝てる…?多分寝てるな、これ。
肩に触れて揺すってもいいのかどうか悩んでいると梅雨ちゃんに名前を呼ばれ、上半身を通路側の方へと傾けて梅雨ちゃんと目を合わせる。
「なあに?」
「かごめちゃんも相澤先生と似たような個性よね」
「結果が同じだけで条件は結構違うけど、まあそうだね」
見て抹消するのと触れて没収する。此処だけ切り取れば全くの別物に感じるけれど、使用用途は同じだと思う。
「そういえば、戦闘訓練の時に鳥籠と蝶を出してたね。触る事が条件だとしたら自分か蝶が相手に触れる事が条件?没収って言ってたから、多分出した鳥籠に入れているんだろうから出し入れが可能って事なのかも。イレイザーヘッドと比べると鳥籠さえ壊されないようにすれば個性をずっと没収できるとしたらかなり強い個性だよね……!あれ、でも鳥籠って個性で作ったのなら物理的に壊せるのかな。夢見鳥さん、もうちょっと個性について詳しく教えてもらってもいい?」
「緑谷くんって情報は口に出してまとめるタイプなんだね。機会があったら教えるよ」
最後の言葉以外は小声だった為にそこまで聞こえなかったが、自分の個性を他者に一から十まではあまり教えたく無い。昔からなのか、すぐに謝ってきた緑谷くんに大丈夫だと伝えて、そのまま次の話題へといくクラスメイト達の話を静かに聞いていた。
バスでやや困惑は生まれたものの、何も問題なく訓練場であるウソの 災害や 事故ルームに辿り着いた。
三人体制のうち一人は消太さん、もう一人は十三号先生。となると、あと一人はオールマイトだろうか。前回の授業は彼が行っていたし。教師二人が何かを話しているのを横目に何処に何があるのかを見て確認していると、十三号先生が生徒に話を始めた。
「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ……」
そんな言葉から始まったヒーローとして重要な言葉を耳へと入れながら消太さんへと目を向ける。目が合った消太さんは少し考えるように視線を横へとずらすと、すぐに私と再び目を合わせて集中しろと言うように十三号先生を指差す。
本当に問題無いのだろうか。尾を引かれるような、喉に何かが引っ掛かっているような感覚を覚えながらも十三号先生の言葉に拍手を送る。
「そんじゃあまずは……」
そう口にした消太さんの方へと目を向けた瞬間、中央に穴のようなものが出来始めている事に気付く。
「一かたまりになって動くな!十三号!!生徒を守れ!」
その声に足元からぶわりと蝶を一斉に作り出す。
「え、夢見鳥さん……?」
「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
「動くな!あれは敵だ!!」
大きな声が耳へと入る。操縛布を掴みながら後ろを振り返る。
「敵ンン!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」
「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが…!」
入り口は塞がってる。恐らくもう動かないだろうから、自力で破壊して突破するしかない。
あれを壊せる個性の持ち主、十三号先生か爆豪くん、いや、攻撃力がある個性なら恐らく誰でもこじ開けられる。全員棒立ちの状態にどうすべきかと思いながら無数の蝶が空を舞う様を一瞥する。
「先生!入り口!」
「分かってる!十三号避難開始!学校に電話試せ!センサーの対策も頭にある敵だ、電波系の個性が妨害している可能性もある。上鳴おまえも個性で連絡試せ」
「っス!」
「先生は!?一人で戦うんですか!?あの数じゃいくら個性を消すっていっても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。十三号!任せたぞ」
そう言いながら敵の中へと自ら行った消太さんを見てから、すぐに入り口へと向かう。
三、七、十五。
「扉誰か壊して!」
私の声に真っ先に反応したのは飯田くんと爆豪くん。その言葉通りに個性を使って破壊しようと動き出す爆豪くんに飯田くんがすぐに止めに入る。
「まだ動くかもしれないのに無闇矢鱈に壊すのは良くない!緑谷くんも分析してる場合じゃない!!早く避難を!!」
「させませんよ」
二十、二十三。あとは全部破壊されたか。
「初めまして、我々は敵連合。せんえつながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
さらりととんでもない事を口にする敵に警戒しながらも地面へとしゃがんで音を立てないように鳥籠を作り、そこへと個性を没収して入れていく。
「まあ……それとは関係なく……私の役割はこれ」
そう口にしたと思えば、切島くんと爆豪くんが敵に攻撃したのが見えた。その様子に眉を顰めながら蝶を新しく作り出す。面倒だな、消太さんとまるきり同じ個性ならすぐに制圧できたのに。
「ダメだ、どきなさい二人とも!」
蝶が相手に触れるよりも先に霧が目の前を多い尽くす。唖然に鳥籠全てをその中へと蹴り飛ばしながら後ろに下がろうとしたが、逃げきれずに熱い空気が肌に当たる。
「夢見鳥さん!」
聞き覚えのある声と共に手首を掴まれて其方へと顔を上げれば、焦った様子の尾白くんと目が合う。
「他のとこに飛ばされたみたいだ」
「……他のみんなは」
「分からない。二人ずつ別の場所に飛ばされたのかも」
「そう。じゃあ、早めに全員倒しちゃおうか」
「え?」
立ち上がりながら尾白くんの後ろへと目を向ければ、振り返って敵が居る事を確認したらしい尾白くんが手首を握る手を強めた。緊張してるのかな、初めての敵との戦闘だ。怖く思っていてもおかしくはない。叱咤とか激励とか得意じゃないから、とりあえず最速で終わらせる事だけを意識しよう。
「大丈夫だよ、尾白くん」
先程よりも大量の蝶を作り出せば、隣にいる尾白くんの戸惑ったような声が聞こえた。そういえばこんなに沢山出してるところは見せた事が無かった気がする。
「敵の個性も武器も私が没収する。操縛布で敵も捕縛出来るし、フォローもする」
大量の蝶が一斉に敵のところに突っ込んでいく様子はそこまで綺麗じゃないので、尾白くんの背中をそっと撫で、此方へと顔を向けた尾白くんへと微笑む。
「尾白くんはいつも通りに動いていいよ。二人でなら全員倒せるから」
「……なんていうか、すごい自信だね、夢見鳥さん」
「うん。だって私、ずっと鍛錬してきたから」
蝶が触れたのは六人。思ったよりも少ないけれど、まあ個性があっても倒せるだろうな。
「暴れたかったら存分に暴れていいよ、爆豪くんみたいに」
「……それはちょっと、遠慮したいかなっ!」
近付いてきた敵を尻尾で攻撃しながらそう声を上げる尾白くん続いて敵を気絶させながら、没収した個性を誰も居ない方向へと放り投げた。
◇
火災ゾーンの敵を全て対処して、慌てて広場へと向かった時。
自分の目を疑ったが、それ以上に何を最優先にすべきかを理解していた。
「____へし折って帰ろう!」
近くで聞こえた声。ふ、と口から思わず声が漏れたと同時に鳥籠が地面に落ちて転がる音がして、敵の背中へと抱きつくように身体を密着させ、後ろのベルトに固定していたナイフを敵の首元へと添えた。
「……あ?」
相手が此方を見るよりも先にその首筋に刃を軽く押し込めば、肉を刃の先で切る感覚が指に伝わる。
「カッコイイでしょ、イレイザーヘッド」
敵の個性を私より先に消して、生徒を守った。
でも殺されるわけにはいかない。イレイザーヘッドは私の兄だから。此方へと顔を向けた男の、手の隙間から見える目と目が合い、思わず目を細めて笑う。
「お前が死ね」
「__脳無!!」
その刃が深く食い込むよりも先に男が大声を上げた為、その身体を力づくで傾けさせて足を払い、男の下へと滑り込む。先程よりも格段に見えやすくなった喉仏に操縛布を切る為のナイフを添えて、思わず笑った。
「人の先生の腕へし折って無事に帰れると思うなよ、敵」
「……クソガキ……」
男のすぐ側には脳が剥き出しの何かが立っている。今この男から離れたら確実にそっちと戦闘開始、ならこの男に組み付きながらじっくりと攻撃する方が合理的だ。
目の前の男は触れる事で攻撃出来る個性なのか、私のナイフを持つ方の手を掴むと、数秒経ってから驚いたような声色を出す。
「……は?壊れない、なんでだ?」
蝶は脳無と呼ばれていた何かに触れたが、何かを取れそうな感覚が無い。それに疑問に思っていると、遠くから鳥籠が破壊される音が聞こえて、すぐに男の肩を掴んで鳥籠を作った。
「死柄木弔、鳥籠を破壊すれば個性が戻りますよ」
「はあ?…………ああ、そういう事?なんだ、イレイザーヘッドの下位互換かよ」
ポツリとそう呟くと、手で顔を隠している男が腰元にある鳥籠を掴む。まずいな、もう気付かれた。
「これ壊せばお前の手は一瞬でバラバラだ。怖いか?」
「そう。なら、バラバラになる前に貴方の首を切ろうかな」
ミシリと鳥籠が音を立てるのに合わせて、掴まれている手に力を込めて刃を首元へと更に近づける。手が壊れても義手があれば何も問題は無い。情報を落としそうな相手でも無いし、せめて一人ぐらいは重症にして確保したい。
「チッ、馬鹿力かよ……脳無!そいつら殺せ!」
その言葉に顔を梅雨ちゃん達へと向けると同時に、鳥籠が壊れる音が聞こえた。
また新しい鳥籠を作って個性を没収するのに必要なのは約一秒。掴まれた手に亀裂が走り、皮膚が崩れていくのを感じながら新しい鳥籠を地面へと転がして男の腹を蹴り飛ばす。
男とうまく距離を取れたかを確認する暇は無い。すぐに此方を助けようとしていたのであろう緑谷くんの方へと操縛布を使って、彼を此方へと引き寄せた。
脳無の黒く大きな手が緑谷くんの頭に影を落とす。
握り潰されるのが先か、私が緑谷くんを引っ張って位置を変えて避けさせるのが先か。体温が一気に下がるような感覚にながらも強く布を引く。その瞬間、扉が破壊される音が聞こえた。
「__もう大丈夫。私が来た」
その声とほぼ同時に緑谷くんの頭上の空気を黒い手が握り潰す。
「オールマイトーーー!!!」
峰田くんの声が聞こえて、すぐに操縛布を緑谷くんの身体から離す。脳無と死柄木弔のどちらを捕縛するか、いや、瞬間移動を使える奴を優先に捕まえるべき。亀裂が入った手を操縛布で包帯のように巻いて布を切断し、次を考える。
消太さんの元へと行きたい衝動を必死に殺しながら操縛布を脳無の方へと使おうとした瞬間、浮遊感を感じて、瞬きをした時には目の前にはオールマイトの姿があった。
「皆入口へ、相澤くんを頼んだ。意識がない、早く!」
その言葉に目を瞬かせてから、すぐに消太さんへの側へと膝をついて肩に触れ、首筋に指を添える。
「え!?え!?あれ!?速ぇ……!!」
脈はある。息も……小さいけど、ちゃんとある。
「……兄さん……」
思わず呟いた言葉は他の三人には聞こえていなかったらしい。なるべく丁寧にその体を抱え上げれば、峰田くんが驚いたような声を上げたのが聞こえた。
「お姫様抱っこ……!?」
「そんな事どうでも良いよ。早く病院に連れて行かなきゃ」
「かごめちゃん、無理はしない方がいいわ」
「大丈夫。キツくなったらお願いするから」
小さく息を吐いて、その場から動こうとしない緑谷くんに目を向ける。
「緑谷くん、早く」
私がそう急かすと、緑谷くんはオールマイトの方を気にしながらも此方へと来る。別に留まるのも避難するのも好きにして良いが、私の最優先は消太さんだ。
ガシャン、と音を立てて、死柄木弔が私が作った鳥籠を足で破壊する。手の隙間から見えた目がじっと此方を見てくるが、私はもう興味が無い。
オールマイトがやると言ったから、多分彼がやってくれるだろう。なら気にする必要は無い。消太さんをそっと抱え直して、痛む右手をそのままに移動し続ける。
「何でバックドロップが爆発みてーになるんだろうな…!!やっぱダンチだぜオールマイト!!」
「授業はカンペ見ながらの新米さんなのに」
そんな会話と戦闘音が耳へと入り、少ししてから、誰かが腕にそっと触れた。
「かごめちゃん」
私をそう呼ぶのは、今のところ雄英高校では一人だけだ。
「顔色が悪いわ。やっぱり交代しましょう?」
「……ううん。大丈夫」
「なら、せめて個性は使わないようにしましょう。このままだと身体がもたないわ」
「……個性……?」
微かに首を傾げた時、視界に蝶が数頭映り、すぐに梅雨ちゃんが言っている意味が分かった。
「……ありがとう、梅雨ちゃん。気を付けるね」
そう言いながら足元にある作りかけの蝶を踏み潰す。深く息を吸い込めば、それ以上蝶は作り出されなくなった。
「……緑谷くん」
「っ、どうしたの?夢見鳥さん」
「行っていいよ」
私の言葉に、三人が一斉に此方を見る。
「行きたいなら、行っていいよ」
あんまり戦況は良くないみたいだし、このクラスには問題事に自分から突っ込んでいきそうな生徒があと二、三人は普通に居るし。
「先生を病院に連れて行った後も戦闘してるようならサポートはする。一応、そういうのが出来るように訓練してきたから。多分、行くなって言っても君みたいなタイプは行くでしょ」
油断はしない。けど、彼を無理やり連れていくよりは此方の方が最善な気がした。峰田くんと梅雨ちゃんが何か言いたげに此方を見ているが、緑谷くんは此方をしっかりとしてから、足の向きを入り口からオールマイトの方へと変えた。
「……ありがとう、夢見鳥さん!」
そう言い走り出した彼を見送ってから、移動を再開する。
「い、いいのかよ!?あんなこと言って!!」
「いいんだよ」
ヒーロー科なら何とかするでしょ。何とか出来ないならそもそもあの戦闘に参加しようとしないだろうし、オールマイトが来たのなら他のヒーローも到着する筈だから。
救急車が来た時。身内ですと言っていいのかよく分からなくて、走り去る救急車を見ながら梅雨ちゃんに背中を摩られていた。
◇
「兄さん」
ひざしさんに教えてもらった消太さんの病室。静かにそう声を掛ければ、ベッドの上で横たわっている消太さんが私を見た。
「……おいで」
柔らかい声でそう言われ、少し考えてから兄のベッドの側に置かれている椅子に座り、昨日から右手に付けるようにした黒いグローブへと目を落とす。流石にこれは違和感を持たせるかもしれないと考えて膝の上に置いていた右手を身体の横へと動かしてから消太さんを見る。
「……眼に後遺症が残るかもって、聞いた」
「少しだけだ、何も問題は無いよ」
「……腕は、大丈夫?」
「ああ、すぐに治る。明日はリカバリーガールの所にも行くから、心配しなくても大丈夫だ」
「学校はいつ来れる?」
「明日行くって言ったろ?授業もやるから心配するな」
「え?」
「ん?」
授業するって言った?リカバリーガールに会う為に行くのではなく?段々と下がっていた顔を消太さんへと向ければ、全く冗談を言っていなさそうな顔と目が合う。
「い、いっぱい休んでよ。両腕、ボロボロだったでしょ、目も……」
「次いつ敵が来るか分からない以上長期間休むわけにはいかない。自分の限度くらいは分かるよ」
「なん……私、心配してるのに……」
「それなら俺だってしてる。右手見せろ、かごめ」
上半身を起こしながら消太さんにそう言われ、少し躊躇ってから、右手を消太さんの方へと向ける。
「グローブ外せ」
「……怒らない?」
「怪我次第」
多分外さなくても説教はされるだろうな。あまり見せたくはなかったが、向けられる視線の圧に渋々手袋を外す。
右手の甲。小指側の側面を軸に模様のように皮膚全体に広がっているヒビを見て、消太さんが眉を顰める。
「……死柄木弔の個性か。そういえばお前、最後に近付いてたな……」
最後、というのは消太さんが気絶する前に最後に見た状況についてなのだろう。包帯が巻かれた腕を伸ばして近付けと促され、仕方なくベッドの縁に座って手を差し出せば、消太さんはヒビが入った右手を両手で触れる。
「痛いか?」
「ちょっとだけ」
「婆さんは」
「……皮膚が壊死してるから、治療は無理だって言ってた」
壊死した以上は治したいのなら手術をする事になる、手術が嫌なら痛みは無茶をした後遺症だと思えと言われた。痛みはあるがそれも微量だし、動きにも問題は無い。そんな理由でリカバリーガールからの手術の提案を断った事も含めて消太さんにも情報が明日渡る事になるのだろう。嫌だな、家に帰ったらまた説教かも。
「どうして敵に近付いた」
低い声が耳に入る。その質問に素直に答えていいものか考えて、消太さんの方を見上げた。見定めるような視線を向けられながら、右手のヒビに指が添えられる。
「……あのままだと梅雨ちゃん達が敵に真っ先に攻撃されると思ったから、接近して捕縛しようと思った」
「捕縛するなら操縛布を使えばいい。何故組み付く必要がある」
「……あっ……」
「……」
「…………ごめんなさい……」
気付かなかった、とは言える空気では無い。そもそも、こんな事にすら気付けないなんて、武器を使いこなせていない証明のように感じた。申し訳なさから目線を下へと落としながら小さく謝罪の言葉を口にすれば消太さんが息を吐く音が聞こえ、右手を握っていた手が離れる。
「ひとまず、無事で良かった」
次からは気を付けろ、と言われ、小さく頷いた。
























