【諸注意】
この話はハイキューの夢小説になります。
転生や人外など作者の好き放題書いています。
それ故キャラクター達はバレーをしておらず高校生でもありません。大半は大学生になっています。
恋愛要素を入れたい願望はありますが、人外達の起こす問題のせいで糖度が高くなりにくいです。
上記を踏まえて問題なさそうな方のみ、本文へ。
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「なあ、輪廻転生って知っとる?お前の幼馴染は転生してああなったんや」
そう言いながら、彼は私を見つめる。どこか人間離れしたその眼には、狼狽する私の姿が映っていた――…。
1.
「……治」
「なん?」
「首傾げて可愛い顔しても私は誤魔化されないからね。今すぐこの手を離して」
「どうしてもダメなん?ナマエの大好きな幼馴染のお願いやで?」
「ダメ」
「サムゥ…ええ加減にせぇ」
ギチギチと音が鳴りそうなほど強い力で治の手首を掴む。私程度の力じゃ大した抵抗にはならないが、これでも死活問題なのだ。両者一歩も引かないまま見つめ合い、否、睨み合いを続ける。
先に敗北した侑は、私たちのやりとりを諦めた顔で見守りつつ、若干私の方に肩入れしてくれている。そんな疲弊しきった侑に同情していると、その隙を見破られ治におかずを奪われた。
「私の唐揚げッ……!」
「ん〜美味いわぁ。あんがとぉ」
「無害ですみたいな笑顔やめて、余計に腹が立つから」
「今日もダメやったかぁ…サム、そろそろブタと並んだら見分けつかんなるで」
「俺太らん体質やから大丈夫や。安心しぃ」
「ちょっと一発叩いて良い?」
「やり返すけどええか?」
「ナマエアカンよ。サムの必殺技は男女平等パンチや」
「うわ……」
「そこまで人間落ちとらんわ」
危ない危ない。治は私に対して容赦がないため一発お見舞いしていたら本当にやり返されていたかもしれない。実際に打たれたことはないが双子の喧嘩を幼い頃から見てきたため、彼の一発の重みはしっかり理解しているつもりだ。
奪われたおかずは諦め、残った料理を急いで胃に収める。ゆっくり味わいたかったが、さらに奪われる危険がある以上残してはおけない。
大学に進学して一人暮らしを始めて早一年。そして幼馴染の侑と治と夕飯を共にするようになって随分と日が経った。予定がない限りは双子共に、またはどちらか一方でもうちに夕飯を食べにくる。
ことの発端は大学生活が始まって少し経った頃に侑から泣きつかれたのだ。「サムの食欲が凄すぎてうちの食料が全部食い尽くされてまう!」と言われた時は疑問符でいっぱいだったが、うちで食事をするようになって治の食欲を目の当たりにし、理解した。
わかりきっていたことではあるが、うちで食べるようになったからといって治の食欲が減ることはなかった。ただ、侑曰く一応他人の家であるからなのか、自宅で食べるよりも量は控えめらしい。それでも日に日に治の食欲は増しているように見えるし、あの常人離れした食欲は心配になってしまうけれど、彼の幸せそうに食べている顔を見ると何も言えなくなってしまっていた。
それ故に、治の胃のストレージについて指摘するのはとっくの昔に諦めた。ちらりと侑の様子を伺うと同じように複雑そうな顔をしている。幼い頃から知った仲だが、昔はこの双子は顔以外も仕草や好みなどそっくりだったと記憶していた。だからだろうか、今の侑は年相応の食欲なのに治だけが異様な食欲を見せるのは違和感がある。
双子に食後の片付けをしてもらい、本日は解散。食事を作る量が増えたことに比例して家事負担もそれなりにあったが、食費はほぼ双子持ちのため、ある意味私も美味しい思いをしていた。
明日は治だけ食べに来る予定だったなと脳内スケジュールを確認し、冷蔵庫の中身と相談しながら献立を組み立てる。あればあるだけ食べ尽くすモンスターがいるため基本的に作り置きはしない方針だ。実家からもらったお米が沢山あるのでおにぎりパーティーでも開催しようか。おにぎりは治の好物でもあるし、治本人も握ってくれるので負担が軽減されるのも良い。きっと喜んで食べてくれることだろう。
治の喜ぶ顔を思い浮かべながら、明日の献立をメッセージで送れば即座に既読がつけられ、喜んでいる狐のスタンプが返ってきた。その反応に口角が上がる。なんやかんや言いつつ、私は彼らと共に食事をすることが好きなのだ。
2.
ふと目が覚めると時代劇で見たような古い村が視界に入った。村の雰囲気は活気が無く、人々は痩せこけているうえに作物は枯れ果てており、飢饉という言葉が脳裏をよぎった。
これは夢だ、とすぐに明晰夢の可能性に気付く。しかし自由に動けないようで私はその場でぼうっと立ったまま景色を眺めるだけだった。しばらく代わり映えのない景色を見ていると、複数人の大人に囲まれて手を引かれながらよたよたと歩く一人の少年が現れた。
「なあ、どこ行くん?」
「神様にな、赦しを請いに行くんや」
「何で?それより俺、もう何日も食べとらん。いつになったら食べれるん?」
「神様が赦してくれたらぎょうさん食えるようになるわ」
聞こえてきた会話から、時代柄飢饉を解決するために子供を生贄…または口減らしを行うのだろうと推測した。夢の中だと分かっていても、これからこの子供がどんな目に合うのか考えてしまい無意識に下唇を噛んでいた。
瞬きをすれば場面が転換していた。ここはお堂の中だろうか。手入れがされておらず、湿っぽくかびた匂いが充満している。まだ身体は動かせないので目で見渡せる範囲だけで情報を得る。先ほどの子供がお堂の真ん中で力なく伏せており、その状態から直前の場面から数日経ったことがうかがえる。
「……腹減った」
「何で…神様は赦してくれんかったん…」
「食べたい……」
「何で…何で俺なん……」
水すら何日も摂取していない状態で、掠れ切った声で子供はぼそぼそと呟いていた。その悲痛な訴えに、今すぐ目の前の子供を助けたい気持ちに駆られるが、それでも身体は動かせなかった。ひたすら自分の無力さを突き付けられながら、私は子供が息を引き取るまで目を離すことはできなかった。
「――っ!」
がばりと跳び上がるようにして身体を起こす。荒い呼吸を整えながら胸を押さえた。ぽろぽろと両目からとめどなく涙が溢れ、夢のことなのに悔しくて悲しくて、嗚咽を漏らし続ける。
落ち着いた頃には外から朝特有の騒がしさを感じられた。登校中の子供の笑い声や散歩している犬の鳴き声、そして車のエンジン音。いつも通りの日常のはずなのに、先ほどまで見ていた夢のせいか何かが”ずれた”感じがする。
「……おさむ」
夢を見ている最中は何故か気付けなかったけれど、あの子供は確かに治だった。髪色を金と銀に分けた現在の二人と違って、見分けがつきにくい黒髪の子供ではあったが、あの子は治だと断言できる。
今よりもずっと昔の時代のことだったのに、あれは実際に起こった出来事だと私は確信していた。けれどどうにも説明がつかない。治とは幼少期から共に過ごしてきてその成長過程も見てきた。そもそも治は生きているのに夢の中の小さな治は亡くなっていたのだ。なら今、私の近くにいる治は一体――…不可解な現象に眩暈がした。
3.
「ナマエ~来たで~」
「いらっしゃい。買い物ありがとう」
「おん。あと個人的に食べたいモンも買うてきたわ」
「…これ全部食べるの?もうちょっと絞れなかった?」
「取捨選択は専門外や」
おにぎりの具のバリエーションを追加したくて治におつかいを頼んだら、とんでもない量のお惣菜を買ってきていた。これはもう本日の夕飯よりも多いのではないか。じとりと治を睨めば悪気なくへらへらと笑って誤魔化された。
まあ作ったものは残さず食べてくれるし文句はない…が、やはりこの量を食べるのは気にかかってしまう。最近の治の食欲はもう執着の域だ。
「はあ…仕方ないな。味噌汁だけ作っちゃうから先におにぎり握ってて」
「任しとき。とびっきり美味いやつ握ったる」
「…私が食べるのは小さめにしてね?」
「わかっとります~」
前に治におにぎりを作ってもらった時、とんでもなく大きなサイズで出されたことがあり、苦戦したことがある。パッと見ただけでも平均より大きな手だとわかるのだから、自然に握っただけでも私には多い量となるのだ。
楽しそうに具を選んでお米で包む治を見ながら味噌汁の灰汁をとる。しばらく煮込んで味見をすれば良い塩梅になっており、これはもう完成といっても良いだろう…と作った味噌汁に太鼓判を押す。
ふと、影が差して横を見れば治が立っていた。じっと私を見ているが、味噌汁の味見でもご所望だろうか。もうよそうだけだと口を開いたが、先に治が言葉を発した。
「美味そうやなぁ」
「ふふ、期待して良いよ」
「……ほんまに、美味そうや」
「照れるなぁ~!盛り付けるからお椀取って?」
「……ナマエ」
「治?どうしたの…なんか…」
いつもと、治の雰囲気が違う。普段も匂いにつられて様子を見に来ることはあった。そこで美味しそうだと感想を告げることも。けれど、目の前の治は何かがおかしい。そう、目線が味噌汁を見ていない。治が見ているのは――…。
「……私?」
「おん。ナマエが美味そうに見えてたまらん」
「何言ってるの?とうとう食欲が人間にも向いた?」
「そうかもしれんなぁ…味見させてくれん?」
「えぇー……流石にそれはちょっと、ん、ッ!?」
治の顔が目の前に迫った、と思ったら口元にふに、と柔らかい感触。キスされていると認識するのにそう時間はかからなかった。キスをしているにもかかわらず、私も治も目を開けたままだったので至近距離で見つめ合っている状態。どうして?今そんな雰囲気だった?と混乱していれば治に伝わったのか目を細めてにんまりと笑ったのがわかった。
「っ、ふ…んんっ……」
「んん…思った通り、ちゅ、美味いわ」
「おさ、んむっ…!んっ、んん~ッ!!」
口内を治の厚い舌が好き勝手に蹂躙する。逃げようと舌を引っ込めても上顎や歯をゆっくりと舐めまわされて思わず反応してしまい、呆気なく絡めとられてしまった。キスというには色気が無く、味わうように舌を丹念に吸われておりどちらかといえば捕食に近い。
しばらく舌を吸って満足したのか、次は歯を立てられた。抵抗しようにもがっちりと腰を掴まれているうえに、何故か身体が硬直して動かせず、次に来る痛みを想像して震えた。
「…あ゛っ、んぐっ!ぅ゛っ…!」
「ええ子やから舌引っ込まんで。ほら、血ィ出てきた。飲ませて?」
「ヒッ、やめ、おさむ、痛ッ……!」
あろうことか噛みちぎる勢いで舌を噛まれた。じわりと広がる鉄臭い味に、目尻に涙が溜まる。唾液が沁みて痛みを感じるが、それ以上にもう一度噛もうとしていることを察し、今度こそ噛みちぎられると危機感を抱いた。
ふと、硬直していた身体が動かせるようになっていることに気づいた。捕食に夢中になっている治に気づかれないように、味噌汁の入った鍋からお玉を取り出す。火を止めて少し冷めてしまったものの、まだ熱を持っているため一瞬でも隙が出来るはずだ。私は思いっきりお玉を治の腕に押し付けた。
「熱っつ…!?」
「ご、ごめん!でもこれ正当防衛だから…ッ!?」
治に謝って距離を取ったは良いものの、治の顔を見て後悔した。その表情は綺麗なくらいうっとりとした笑みを浮かべており、恍惚としていた。私の舌を噛んで、血を飲んで、そんな表情を浮かべたのかと思うとゾッとする。
更におかしいのは治の風貌だった。血の着いた歯は鋭利になっており、瞳の瞳孔が縦に伸びていた。この短時間で人間の外見がここまで変化するわけがない。変化するとしてもこんな変貌は異常なのだ。
怯んだのも束の間、治が私に向けて手を伸ばしてきた。ああ、結局捕まってしまうのかと覚悟し、身構えたがぴたりと治の動きが止まる。恐る恐る治の顔を見ると、先ほどの笑顔と打って変わって苦しそうに顔を歪めていた。
「治……?」
「ナマエ、逃げや…」
「え?」
「ええから!早よ!!」
弾かれたように治の隣をすり抜けて外に出た。追ってきているかなど確認する暇はない。少しでも気を抜けば彼の運動神経ならば私なんてすぐに捕まってしまう。私は治がわからない。食べようとしたり逃げるように促したり。けれど治は今何かに苦しめられていることだけはわかった。
しかし逃げるにしても助けを求めるにしてもどこに行けば良い?人通りの多いところだって時間が経てば人気は無くなる。侑は今晩予定があって無理、友人はこんなわけのわからないことに巻き込みたくない。それに、もし治が私を襲ったみたいに他の人を襲ってしまったら…?きっと後悔するに違いない。
どうしたら良いの、誰か、誰か助けて――…!
瞬間、世界から音が消えた。
「……え?」
先ほどまで聞こえていた雑音は一切無くなり、目の前には大きな鳥居と階段が。おかしい、住宅街にいたはずだ。こんな山の中に一瞬で辿り着くなんて出来るわけがない。
ふと、今朝見た夢を思い出した。脈絡なく切り替わる場面と異常なこの状況。この空間に治が居るのかはわからないが、階段を上った先に誰かいるかもしれない、と僅かな希望を持って一歩踏み出した。
4.
階段を上った先には立派な本殿があった。土地自体はあまり広くないが、手入れが行き届いており澄んだ空気を感じる。ここの主は随分と綺麗好きなのだろう。
「珍しいお客さんやな」
「!」
「人間なんて久々に見たわ」
落ち着いた声色に話しかけられ、声のした方を向けばそこには男性が立っていた。白髪だが毛先は黒く、目は琥珀色で一風変わった雰囲気の人だった。袴を着ていることから、この神社の関係者であることを察した。それにしても「人間を久々に見た」と言ったなこの人。流石に聞き逃すことはできない。
「俺は北信介。ここの主や」
「私はミョウジナマエです。あの、人間を久々に見たとは?」
「そのまんまの意味やで。ここは人外御用達の場所になっとる。人間はまず踏み入られん領域や」
「それじゃあ私が今ここにいるのはあまり良くないってことですか?」
「今は大丈夫。そもそもアンタは俺に助けを求めた奴に招かれてここに来とるから」
北さんの話からすると私は誰かの意思でこの神社に来たらしい。その誰かが助けを求めたことで私はこの空間に入ることを許された。それなら、私を招いた人物は――…。
この短時間で様々な出来事がありすぎて人外という存在がいることにも疑問を持たなくなってきている。私を襲った治の姿を思い出し、彼も人外だったのだろうか?と疑問が浮かぶ。では双子の侑は?彼等の両親だって人間にしか見えない。今まで彼等と過ごしてきた思い出がどす黒い何かに塗りつぶされていくような気がして呼吸が浅くなった。
「……落ち着き。大丈夫や。俺がなんとかしたる」
「なんとかって…どうやって……?」
「立ち話もなんやし、とりあえず拝殿に入ろ」
私を宥めるように淡々と話しつつも背中をさすってくれる北さん。案内されて拝殿に入ると中もしっかりと手入れされており、私の思考を読んだのか「ちゃんとやんねん」と掃除グッズを手に持って見せてくれた。
本人は至って大真面目に言っているが、この異質な空間にスーパーでよく見かける掃除グッズがあるチグハグさに気が抜ける。緊張が和らぎ、今なら冷静に状況整理を行える気がした。
先ほど治に起こったことや、彼の生い立ちを北さんに伝えた。北さんは少しの間手を顎に当てて何かを考え込んだ後、「ヒダル神やな」と呟いた。
「ヒダル神?」
「餓死者の成れの果てや。死後誰にも弔われんと、成仏も出来ずヒダル神になってしまう」
「餓死……」
「他にもヒダル神に憑かれると空腹が続いて満たされんくなったり、食べ物を与えるまで身動き取れんなるって話もある」
「心当たりがありすぎる…あの異常な食欲や身体が硬直してたのに血を飲まれたら動けるようになったのもそれ…?」
「そういうことやろうな」
治がヒダル神であるかもしれない心当たりをぽつぽつと上げていけば、もう否定できないところまで来ていた。それに、今朝見た夢の少年…あの子の死因も餓死だった。何かのヒントになるかもしれないと思い、夢の内容も北さんに伝える。
「子供が餓死する夢、なあ…」
「…あくまで夢の話なので信憑性は薄いかもしれません。でも私にはあれがただの夢だと思えなくて」
「幼馴染がヒダル神やった頃の過去を覗き見たんやと思うよ。過去言うても前世のことやろうけど」
「は、」
――”前世”。
ここに来てまた新たなワードが出てきた。
「なあ、輪廻転生って知っとる?お前の幼馴染は転生してああなったんや」
「ちょっと…言ってる意味が…」
「この地域はずぅっと昔、人外がぎょうさん住んでたんよ」
「確かに、妖怪とかそういった伝承が多い地域ですけど…」
「せやから、俺は人外だった奴らが人間として生まれ変わるのを何度も見てきてん」
彼の言っていることを信じるなら治もその一例なのだろう。ヒダル神だった治が人間として生まれ変わった。ならば夢で見た子供の、前世の治の苦しみも実際にあったことなのだ。見知った顔の苦痛に歪む表情を思い出して胸が痛んだ。
「幼馴染は前世で餓死し、ヒダル神と化した。やけどヒダル神のまま祓われたか死んだかで現代に転生したんやと思う」
「じゃあ…治がヒダル神の力を使えるのは何故ですか?」
「人外のまま死んで転生すると能力だけ受け継がれるからやな」
「ええ!?そんなチートみたいな仕組みなんですか!?」
人外ワールド、奥が深すぎる。ところで北さん、先ほど治のように転生した人外を何人も見てきたような口ぶりだったけど他にも同じような人達がいるってことだよね…?
「ちなみに、人間やけど人外の力を使えるのと、人外のまま力を使うのは大きく意味が異なるんやけど」
「そうなんですか?」
「人外に理性はないけど人間には理性があるからな。幼馴染が人外やったらナマエは逃げることすら出来ずに今頃腹ん中やった」
「っ……!」
「ここにナマエを招くよう望んだのもその幼馴染やろうな。お前のことを食べたいけど食べたくない、本能と理性で揺らいで俺に助けを求めた」
「やっぱり、そうなんですね…」
血を飲んで笑っていた治と逃げるように促した治。本能と理性で鬩ぎ合っていたのだろう。今の話を聞かされてこのまま何もせずにいるなんて出来ない。何より、私は治を助けたいのだ。叶うなら今まで通り幼馴染として、幸せそうに食事をする治を見守っていたかった。
「北さん、治を助けていただけませんか。私に出来ることならなんでもします。だから…!」
「そう易々と何でもするなんて言わん方がええ。まあ、俺も元々ナマエに頼むつもりやったけど」
「そうなんですか?」
「俺が祓うと最悪霧散すんねん。存在ごと消滅する」
「ひえ……」
只者ではないと思っていたけどひょっとしてかなり上位な存在なんじゃないか、北さん。治を消すなんて絶対にしたくない。拳を握って北さんに治を救う方法の続きを促した。
「ほな、これを幼馴染に食わせてくれんか」
「これ……?う゛わ゛あああああ!?」
「そんな叫ばんといて。痛みもないし平気やから」
「だって、それ、え?指、切り落として…ええ?」
北さんが眉ひとつ動かさず、自身の指を懐から出した小刀で切り落とした。驚いて持っていたハンカチで患部を包んだが、そこで異変に気づく。血が一滴も出ていない。それどころかハンカチをどかすと、切り落としたはずの指がそこにあった。
そろりと下を見れば、畳の上に転がった指は徐々に黒くなっていき、最終的に黒曜石のような見た目になった。
「これを食わせればヒダル神としての力は抑えられる」
「……それだけ?」
「単純そうに感じるやろうけど今の状態の幼馴染にこんな石っころを簡単に食べさせられると思うんか?」
「ウッ、難易度高いですね、ハイ…」
「それにもう時間もないで、ほら」
どくん、と心臓が大きく鼓動した。先ほどまでの神聖な空気は霧散し、重々しい圧に潰されそうになる。本能的にこの空間に治が来訪したことを悟った。
「大分人の理性を本能に食われかけとるわ。…やれるか?」
「……やるしかないので」
「いざとなったら助けに入るけど…幼馴染の無事は期待せんでな」
「はい…」
北さんが助けに入るということは治が消える可能性があるということ。それだけは阻止したい。たとえ私がどんな目に逢おうとも。北さんから受け取った指だったモノを手にして私は拝殿を出た。
5.
拝殿を出て階段を見続けていると、治が姿を現した。いつものような人懐っこい笑みではなく、今から食事を楽しむ捕食者の笑みを浮かべながら。
「ナマエ〜探したで♡」
「私も会いたかったよ、治」
「そら相思相愛やなぁ俺たち」
「……本当にね、ゴホッ」
治から放たれる威圧感に対する恐怖で思わず咳込む。震える足を叱咤して治から目を離さずに耐えるが、気を抜けば今にも腰を抜かしそうだ。
近づいてきた治が私の頬を両手で挟み込み、親指で器用に撫で回す。その間も治は「美味そう」「目も飴ちゃんみたいやな」「耳も食べ応えありそうや」と楽しそうに感想を述べながら触れるものだから気が気じゃ無い。
「っ……!」
「ふふ、耳コリコリしとる。噛むん楽し〜…」
「う゛ぅっ……」
「耳たぶも案外硬いんやな。ほな後で食うかぁ…」
耳に顔を寄せられ容赦無く噛まれた。最初は様子見で耳の縁を軽く噛んで上下の前歯で擦り合わされる。感触を楽しんだ後、耳たぶを舌でなぞってゆっくりと食む。
そのまま閉じていた瞼をべろりと舐められる。そんな場所まで捕食対象だと思わず、声を出しそうになるが堪えた。「な、目ぇ開けてや」と声をかけられるが首を振って拒絶の意を示した。
「まあええわ。後で存分に味わえるし」
「っ……」
「じゃ、さっき食べ損ねた舌からもらうわ」
「んぅ、ふっ…ん……ッ!」
「ん〜……ん、…………んん?」
頸を掴まれ頭を固定される。そのまま先ほどのように遠慮なく治の舌が口内に捩じ込まれた。しかし、すぐに異変に気づいたのだろう治の眉が顰められ、口内に存在する”それ”を確かめるような動きになった。
ここが神社だからなのか、捕食中にも関わらず少しだけど身体の自由が効く。私は逃がさないために治の顔を掴み、自らの舌を口内に隠してあった”それ”と一緒に治に押し付けた。
治は反射で押し付けられた”それ”を飲み込む。瞬間、その場に「あ゛、ぐっ…!」と呻き、踠きながら崩れ落ちた。
「治ッ!」
「ゲホッ、なんやコレ、俺に何を食わせ…お゛え゛っ」
「吐かないで、お願いもう少しだけ我慢して!」
「〜〜〜ッ!!」
治の口を手のひらで抑えて飲み込ませた石を吐き出させないようにする。想定したより抵抗されないのは、治自身も現状を耐えれば救われると自覚しているからのように見えた。しばらくは目をぎゅっと瞑って私にしがみついていたが、徐々に縋る力が抜けていった。
様子を伺おうと治の顔を覗き込めば、そこには見知った”幼馴染の治”が居た。
「……大丈夫?」
「…………大丈夫やない…」
「うーん、平気そうだね。よかったぁ…」
「……なんも良うないわ。んで、俺に何食わせたん」
「えーっと…石…的な…?」
「石ぃ?」
治と対峙した際に、咳き込むふりをして口の中に石を隠していた。それ以降話すことができなかったため、耳や目は犠牲になるんじゃないかとヒヤヒヤしていたがどうにか上手くいって安心し、脱力した私は治の肩に頭を預けた。
「俺、ナマエに酷いこと何回もしてもうた」
「それはヒダル神としての本能で治は悪く無いよ。気にしないで」
「でもお前…あれ、キス初めてやったやろ」
「ンン!?」
図星だった。今までお付き合いなどしたことのない私は今日治にされたアレが初めてのキスだった。初めての思い出にしては猟奇的すぎるし、そもそも治にとっては捕食目的だったのでキスにカウントしないでおこうと誤魔化していたのに……!
「あー…ほら、食事だったから!キスに入らないって!」
「そんな力強く否定せんでもええやん……」
「あはは…」
「そういやヒダル神って何なん?」
「へ?」
どうやら治は自分をヒダル神と認識していないらしい。話を聞いてみると異様な食欲や捕食衝動については覚えているがそれが何故なのか理解していないようだった。
「俺が説明するわ」
「北さん!」
「ちゃんと成功したんやな。ええ子」
「ど、どうも…へへ…」
優しく頭を撫でられ思わず照れ笑いが出る。なんだろう、勝手に上位存在だと思っているからか北さんに褒められると無性に嬉しくなってしまう。
褒められた余韻に浸っていると、ぐいっと強い力で腕を引かれたと思えば、治の背中が私を隠すように前に出ていた。
(警戒してる…?)
ピリピリと肌を刺す緊張感。掴まれた腕から治の体温が上昇していることに気づいた。
「…どうも。アンタに助けられたんや?」
「せや。そう警戒せんでええよ。何もするつもりはないからな」
「治、大丈夫だよ。それに治が北さんに助けを求めたんでしょ」
「……俺が?」
「ほぼ無意識に近い状態やったからその男に自覚はあらへんよ。とりあえず二人とも中に入り」
北さんの指示に従って再び拝殿に入る。治と並んで座り、北さんが私にした時と同じように人外や転生の話を治に伝えた。明らかに途中から理解できん…としなしなした治の顔を見て、北さんは笑いながら「幼馴染なだけあって自分らそっくりやなぁ」と言った。もしかして私もさっき同じような顔をしていたのだろうか。そう思うと不服である。
「急に前世が人外やったとか、今も変な力持っとるって言われてもな〜…」
「今は治の体内にある俺の一部が暴走を抑えとるから。徐々に慣れて行きや」
「あのようわからん石な…あれが腹ん中おると思うと嫌や〜!」
「転生者にはよくあることなんよ。生前の力が強すぎて人間としての理性が飲まれ暴走するっていうんは」
「もし今日北さんに出会っていなかったら…治は私だけじゃなく他の人にまで手をかけていた可能性がありましたか?」
「せやな。同族の助け無しに暴走した力を抑えるなんて人間には出来ん」
確かに、私の周囲には治並みに異常な反応を見せる人はいない。ということは人外が存在していないということなのだろう。つまりあのまま放っておけば今頃私も治も――…。そこで考えるのをやめた。阻止できた最悪の未来を態々想像する必要なんてない。
治がある程度状況を理解出来たところで話は終了。これからどうするのかなど問題は残ると思ったが、能力さえ制御できれば普通の人と変わらず生活できるとのことだった。あれだけのことがあったのに終わりは随分とあっさりだな、と他人事のように思う。
「それじゃあ二人とも気ぃつけて帰りや」
「なあ、一個だけ聞いてもええですか?」
「ん?」
「結局…アンタ…北さんは何者なんかなって」
「ああ…そういえばまだ言うとらんかった。」
「人外専門の何でも屋。それが俺のお役目や」
6.
「基本この神社は助けを求めんと入れん。二度と戻って来たらアカンで」
「わかっとります」
「今日は本当にありがとうございました」
「おん。…あ、治。最後に一個だけええか?ナマエは先に外出とって」
「?わかりました」
北さんがそう言うならば、元人外である治にしか言えない話もあるのだろう。そう納得して私は一足先に外に出た。
「俺にだけ話ってなんですか?」
「ナマエに聞かれたないと思って俺なりの気遣いや。んで、少しだけ昔話を聞いてくれへん?」
「昔話ですか……ええですよ」
「昔の人外は能力が単純やった。飢餓に執着したモンは相手の腹を空かせる…それくらい思考と目的が一直線に繋がっとったんや」
「まるで今は違うみたいな言い方ですね」
治が目を細め、呼応するように北もすうっと瞼を下ろした。
「現代は複雑や。一つの言葉からいくらでも意味を見出してまうくらい知恵がついた」
「ほぉん…。それと能力になんの関係が?」
「治の能力は相手を飢えさせる。でもそれは”食欲だけに限定されない”。…違うか?」
問われた治は薄寒い笑みを返す。邪な気持ちを微塵も隠す気のないその態度に、北はため息を吐いた。
「どれだけ欲望を満たしても満たされん。次から次へと飢えさせて相手に満足感を与えず強欲にしていく。お前の能力ではそういうことも出来るやろうな」
「それは知らんかったなぁ…。参考にさせてもらいますわ」
「全く、どこぞの狐よりタチが悪い」
「狐?」
「こっちの話や。まあ、ナマエを側で守れるんは現状お前だけや。頼んだで」
「は?それどういう意味…」
「それと」
「俺と治、前世でそれなりに仲良かったんやで」
ざあっと風が吹く。
「あ!?外におる!」
「うわびっくりした!え、ここうちの近所!?」
「えぇ?めっちゃ気になること言われたんに…言い逃げやん…」
いつの間にか私と治は見慣れた住宅街に立っていた。北さんの用が無くなり、あの神社から放り出されたらしい。治が北さんに何を言われたのか気になったが、話そうとしないあたりやはり私には知られたくないことだったのだろう。
二人で呆然としていると、きゅうぅ…と治のお腹が鳴った。
「そういえば結局何も腹にしとらん…」
「確かに…作りかけのおにぎりと冷めた味噌汁がうちにあるけど来る?」
「ええの?俺、あんなことしたんに」
「だからそれは治の本意じゃなかったでしょ!もうやらないなら私は気にしないよ」
「ナマエがそう言うなら…お邪魔させてもらうわ」
ほっとしたように肩の力を抜いた治を見てウンウンと頷く。たとえ前世が人外であろうと私は今の治をちゃんと見たいのだ。超常的な力を持っていようが私にとっては大切な幼馴染。
二人でうちに帰ろうと踵を返した時だった。
「なあナマエ」
「なに?」
「俺考えたんやけど…やっぱ初めてを奪った責任はとらなアカンと思うねん」
「初めて?……あ゛」
初めて。そう、初めてのキス、ファーストキス。なあなあにしたと思っていたのにまだぶり返すのかこの男は。しかも責任をとるだって?先ほどよりもディープな部分に踏み込んでこられ、冷や汗が出た。
どう断ろうかと治から視線をそらしているとぎゅっと両手を握られた。優しく握られているはずなのにどうしてか振り払うことが出来ない。そっと正面を向けば治の瞳は瞳孔が縦に伸びていた。口は閉じていて確認できないがおそらく歯が鋭利になっていることだろう。
「責任…とらせてくれるよな?」
「……はは」
返事に困った私はわざとらしく笑うことしか出来なかった――…。























