【諸注意】
この話はハイキューの夢小説になります。
転生や人外など作者の好き放題書いています。
それ故キャラクター達はバレーをしておらず高校生でもありません。大半は大学生になっています。
恋愛要素を入れたい願望はありますが、人外達の起こす問題のせいで糖度が高くなりにくいです。
上記を踏まえて問題なさそうな方のみ、本文へ。
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——妹が生まれた。
少年は初めてできた妹という存在に、どういった感情を抱いていいのかわからなかった。
「ねえ、この子抱っこしてみる?」
「良いの?……わっ」
「首を支えてあげて。そう、上手」
ふにゃふにゃで頼りない存在。それが最初の感想。母親の言うとおりに首を支えながら、丁寧に抱き上げる。心地が良いのか赤ん坊は声を上げて機嫌良さそうに笑った。
その顔を見て次に抱いた感情は、愛しさだった。
1.
「オイ、俺の女に触んなやツム」
「ちょっ」
「俺 の 女 ァ !?」
侑の咆哮をBGMに、本日のメインである鮭のムニエルを頬張る。侑に醤油を取ってくれと頼まれたので取ってあげた際に互いの指先が触れた。ただそれだけだった。なのに触れ合った指は即座に治に叩き落とされ(侑のみ)、冒頭の発言を華麗にかました。
「俺ら付き合うことになってん」
「なってないよ」
「どっちやねん!」
「ナマエの初めてを奪ってしもうて…責任とるって決めたんや」
「もう気にしてないしあれはノーカンだってば」
「俺の知らん間に何があったん…!?」
律儀につっこんでくれるなぁ、侑。ヒダル神のことがあった先日、治の責任をとる発言は「私は奪われたと思ってないし気にしてもないから。ほら、責任とる必要ないでしょ」としっかり断ったはずだ。しかしあれ以来、治は買い物に着いてきて荷物持ちをしてくれたり、家で二人で居る時はハグや手を繋ぐ等のスキンシップをするようになった。
初めのうちはそんなことをしなくて良いと伝えていたが、治も頑固でやめる気配がないので諦めた。まあ、そのうち飽きていつも通りの治に戻るだろうし束の間の変わった日常を楽しもうと方針を変えたのである。
何より責任をとると言いつつ、何をされても恋人らしい雰囲気にはならないうえに治からもそういった感情を向けられていない気がする。精神的な距離感は幼馴染のまま保たれているのだろう。
「ん?待て、初めてを奪った……!?」
「語弊がありすぎる。口と口がくっついただけだよ」
「それはキスって言うんやでナマエ!!」
「な、責任とらなアカンやろ?」
「ほぼ事故みたいなものだからキスにカウントする気はないんだって」
いい加減相手にするのも面倒になってきた。侑には後で個別でメッセージを送ってしっかり説明をしておこう。
それにしても、元人外の治と人間の侑。見た目は同じなのに本質が異なるとわかってから、二人が並んでいるところを見るとどうにも落ち着かない気分になる。
二人を眺めていると視線に気づいた治が「ほら俺のことあんなに熱烈に見とるやろ」と的外れなことを言い、すかさず侑が「どっちかと言うと俺らのことどっちも見とらん?」とマジレスをしていた。
「そういやサム、最近食う量減ったか?」
「あー…せやな。前ほど食べんなった」
「今も大食いの部類には入るけどね」
「俺としては食費も減ったし安心やけど、どないしたん?」
「ナマエと付き合うたからや」
「ねえこの話定期的にあげるのやめない?」
まだ言うか、と治の脇腹を肘で突く。実際、あの異様な食欲はやはりヒダル神の能力が影響していたようで、北さんの一部を取り込んでからは極端に食事量が減った。それでも食べる方ではあるけど、まだ食べるの?とドン引きしていたレベルからよく食べるなあと関心するレベルにまで落ち着いた。治自身も以前よりも味わって美味しそうに食べる場面が増えたので良い傾向だろう。作り置きが並べられるようになった冷蔵庫の中身を思い浮かべて自然と笑みが溢れた。
ちなみに治の食欲が正常になりもう一緒に食べる理由は無くなったので、集まって食事をするのは終わりにするのかと聞いたら、侑が「え、もう終わりなん…?」と寂しそうな反応をしたのでこの関係は続行になった。
その晩、侑にはしっかりと弁明のメッセージを送っておいた。文面だけでも十分に私に同情している気持ちが伝わってきて、お互い治に振り回されているな…と思わず天を仰ぐ。見上げたところで蛍光灯と天井しか見えなかったが。
2.
「――合コン?」
「そう!ナマエ彼氏いなかったよね?参加して!」
「彼氏…今はいらないかなぁ」
「そう言わずに!数合わせで良いから!」
「うーん……あ、良いよ。やっぱり参加する」
「へっ?どういう心境の変化?参加してもらえるなら私は嬉しいけど…」
不思議そうに首を傾げる友人に対して「ちょっとね〜」と雑に流してこれ以上の深掘りを阻止した。というのも、今の己の状況を思い出したからだ。
彼氏(仮)の治を責任から解放するには、手っ取り早く別の彼氏を作るのが早いと思った。誠実さに欠けるやり方なのは理解しているが、いつまでも治を縛り付けているのは却って罪悪感を抱いてしまう。
なので今度の合コンで彼氏まで行かずとも、サクッと良い感じの人を見つけて治に紹介する。そうすればお互いに縛り合うものはなくなるためwin-winの結果になるだろう。
――と、思っていた時期が私にもありました。
治との怒涛の展開のせいですっかり忘れていたが、私はこれまで恋人が出来たことのない人生だった。それ故に出会いの場に参入したところでそう簡単に相手が見つかるわけがないのだ。
そして何より、全くときめかない。
高校生あたりまでは好きだな、と思う異性がいたしドキドキする場面もあった。しかし年々異性に対して恋愛的な関心を持てなくなってきている。
自分自身のことなのに何故そうなってしまったのか心当たりが全く無かったが、恋愛が出来なくても死ぬことはないのでまあ良いか、と軽く流していたツケが今になって回ってきていた。
ふと、成長するにつれて異様に食欲が増した幼馴染が脳裏に過ぎる。まさか私のこの感情の変化も何かしら治のように人外の件と通ずるものがあるのだろうか?でも不信感を抱くほどのことでも無い。…うん、この世には一人で一生を終える人もそれなりにいるわけだし、深刻に考える必要もないか。
自分の恋愛観について一人で脳内会議を行なっていると、前の席からドリンクメニューが差し出された。
「あと決めてないのアンタだけだよ」
「ごめん!烏龍茶にする!」
「店員さん、注文以上でお願いします」
この後明日の夕飯の仕込み(治のリクエストメニュー・大根の煮物)をしなければいけないので飲むのはノンアルのみ。頼んだドリンクを復唱して店員は席を後にした。ドリンクすら決めずに呆けていたなんて第一印象悪かったな、と思いながらメニューを差し出してくれた相手を見る。
黒髪で切れ長の目が印象的。前髪がセンター分けなのも相待って涼しげな雰囲気を醸し出している。夏なのに手袋をしていることが気になったが、初対面で聞ける度胸は無いので曖昧に会釈をして笑っておいた。
私と黒髪くんの微妙な空気感に気づいたのか、友人がいつもよりワントーン明るい声で話しかけてきた。
「ナマエと角名くんは初対面だったよね?」
「スナくん?」
「俺の名前。角に名前の名でスナ」
「珍しい苗字だね」
「よく言われる」
ふふ、と軽く笑うだけで様になる角名くん。なるほど、これはモテそうだ。離れた席から感じる女性陣の視線の理由にも納得がいく。自己紹介後も学年が同じことや、学科は異なるが友人と取っている科目が同じなど共通点があり、知り合った流れで合コンに参加した経緯を聞いた。
「ミョウジさんは数合わせで参加したの?」
「……そう見える?」
「うん。ギラギラしてないから。そもそも男性陣の方全然見ないで何か考え込んでたし」
「ギラギラ……?」
「ほら、出会いを求めてるとどうしてもがっついちゃうじゃん」
その定義でいくと角名くんも数合わせでの参加なのだろうか。他の参加者は積極的に話しかけたり話題を広げているのに私たちだけ盛り上がりに欠ける会話を淡々と続けている。見方によっては二人だけの世界に見えて話しかけにくい雰囲気が出ているかもしれない。ん?話しかけにくい……?
「もしかして私、使われてる?」
「何に?」
「角名くんが話しかけられないようにガード目的で」
「バレちゃった」
「なんて狡猾な男なんだ……」
悪びれもなく肯定されて怒りも湧かない。思わずため息を吐けば楽しそうに笑いながらポテトを頬張る角名くん。見た目はクールなのに結構愉快犯だこの人。だけど会話のテンポや角名くんの言葉選びは心地が良いもので、時間はあっという間に過ぎていった。
全員に程よく酔いが回った頃、幹事が私たちの会話に割って入ってきた。
「そろそろ席替えするぞ〜!連絡先交換したか?」
「そういえばしてないね。はいQR読み込んで」
「ありがとう。追加したよ」
「にしても君らずっと二人で話してたね!もう良い感じになってたりする?」
「そういう雰囲気ではなかったかなぁ…」
「あんな喋ってたのに!?」
追加した角名くんの連絡先を見れば可愛い猫ちゃんのアイコンだった。首輪してないし野良猫なのかな。
「角名、モテるのに全く彼女を作る気が無いから俺が無理矢理誘ったんだ」
「しつこい勧誘だった~」
「参加してくれてありがとうな!」
「嫌味を華麗にスルーした…」
幹事の心の広さと粘り強さに感動していると角名くんがスンッとした。短い付き合いだけどわかる、これは面倒臭くなって無になってる時の反応だ。
「でもナマエちゃんなら角名の理想にぴったりそうじゃん?」
「私が?」
「角名のタイプ、ベタベタくっつかない子だから。ナマエちゃん落ち着いてるしそれっぽいなって」
「スキンシップが控えめってこと?」
「……あまり触られるのも触るのも好きじゃないんだよね」
「その手袋と関係ある?」
「あ、気づいてたんだコレ」
そりゃ真夏に手袋をしていれば目を引くと思う。角名くんとは大分打ち解けられたと思ったので話の流れに乗って手袋について聞いてみた。
「うーん……軽い潔癖症?みたいな感じかな」
「へえ〜」
「聞いておいて興味なさそうな反応しないでよ」
「ごめん。素手で触れるのが嫌なの?」
「そう。手袋越しなら平気なんだけど…いつまで保つかな」
「え?」
いつまで保つ、とは。まるでそのうち手袋越しでも触れなくなるような言い方だと感じた。潔癖症に対する知識はざっくりとしか無いが段々と深刻なものになっていくのだろうか。
「俺ちょっとトイレ」
「お〜いってら」
「結構お酒飲んでたし転ばないようにね」
「だいじょーぶ」
角名くんが席を立つ。そのタイミングを見計らって幹事が席替えの指示を出し、私の前には一番離れた席に座っていた人が座った。
角名くんとは真逆の、いわゆるウェイ系の人だったが盛り上げ上手で話が弾んだ。こういうのをコミュ力が高いと言うのか…と勝手に対人関係の参考にした。
3.
宴もたけなわ、二次会への案内が行われるくらいの時間が経った。私は一次会のみで解散のためいそいそと帰宅の準備を始める。会場が座敷だったので、靴を履こうとすると隣に影が。見上げれば角名くんが不機嫌そうな顔をして私のことを見ていた。
しかし顔が真っ赤で怖さは半減しているし、若干ふらついているので酔いが回っていることはすぐにわかった。酔っているからか靴を履くのに苦戦していて少し面白い。途中で手袋をしているせいで履けないことに気づいて素手になっていた。
無事に靴を履いた角名くんは何事もなかったように立ち上がり、私を見下ろす。先ほどまで座っていたので気づかなかったが、とても高身長だった。そりゃモテるわけだよ…新たなモテポイントを発見し、納得した。
「……随分とお楽しみだったね」
「言い方〜…。陽の者のコミュ力ってすごいね」
「それはそう。俺は止まらないマシンガントークにすごい疲弊した」
「そっちの席の笑い声、こっちにまで届いてたよ」
「だよねぇ」
げっそりとしながら項垂れる角名くん。彼も一次会のみの参加らしく、二次会組とはここで解散。別れ際に複数の女子に連絡先を強請られて渋々交換しているのを私は遠目から見ていた。全員と交換し終わった角名くんが眉間に皺を寄せながら向かってくる。
「その哀れみの目やめて」
「そんな目してた?」
「ムッカつく〜…」
「いてっ!……素手のままだけど私に触って大丈夫?」
軽い力で額を小突かれ、素手で私に触れて大丈夫なのかと気になった。角名くんは現在酔っ払っているので普段よりアウトな行為の境界線が薄れているのかもしれない。そのことを指摘すると角名くん自身も驚いたのか、目を見開いていた。
「……なんともない?」
「へ?うん。特に何も……?」
「……」
「角名くん?」
「ちょっとこっち来て」
素手のまま手を引かれて路地裏に誘導される。様子を伺おうにも前を行く角名くんの後頭部しか見えず、どのような表情をしているのかよめない。路地裏の奥の方まで進んだところで角名くんが振り返った。
「少し触るけど我慢して」
「えっ」
「んー…本当に平気そう…顔色も良いままだし…」
「あの?どうしたの角名くん?」
何かを確かめるように私の頬や首筋、腕、手等をぺたぺたと素手で触り続ける角名くん。しばらく経つと満足したのか解放される。その顔はとても嬉しそうで、かつ泣きそうにも見えて状況を尋ねることが憚られた。
「ね、もう一回触って良い?」
「え、えぇ…良いけど…」
「ふふ。そっか俺に触られても大丈夫なんだ」
「さっきも言ってたけどそれどういう意味なの?」
「俺に触られると皆体調を崩すんだよね。昔はそうでもなかったけど…最近は触れただけで目眩や頭痛を引き起こしちゃうみたい」
「は!?」
「素手じゃなければ触っても平気みたいだけどいつまでも大丈夫って保証はないし。だからこうして触れるの、俺からしたらすごい奇跡みたい」
さらっと爆弾発言をされた。角名くんの話が事実ならばこの状況はすごくまずいんじゃ。だけど幸せそうに私に触れる角名くんを見ているとされるがままになっても良いかもしれないと思えてきてしまった。治の食べている姿もそうだけど私はこういった幸せに満ちた表情に弱いらしい。
最終的に私の足に抱きついて腰に頬擦りをするのが気に入ったらしく、その体勢から動かなくなった。酔っ払いに限界が来たのかそのままうつらうつらと船まで漕ぎ始めてしまった。
「角名くん起きて、寝ないで」
「やだ」
「この状況で拒否されることある?」
「うちに連れてって…」
「角名くんの家のことだよね?」
「ナマエちゃんの家が良い……」
もう嫌だこの我儘ドデカコアラ。申し訳ないけど財布から身分証を拝借して住所を確認し、タクシーに押し込もうとしたら動きを読まれていたのか財布を隠されてしまう始末。これはもう拉致が開かない。
「お願い。何もしないから。俺はただくっついていたいだけ」
「それはもう何かするの範疇じゃないの」
「……久々に何も気にせず素手で触れたんだ。だから…」
「ああもう!わかった!わかったからその顔やめて!」
自販機並に大きい成人男性なのに、何故か似合っているあざとい表情に負けた。確かにこんな状況じゃ、角名くんの自己申告通り男女の展開にはならなさそうだし。
今にも寝そうな角名くんを何とか立ち上がらせて通りに出た私は、通りかかったタクシーをつかまえた。
4.
顔にふわふわとした何かが当たる感覚で意識が浮上する。目を閉じながらこれは何だと手で触れてみれば、程良い暖かさと手触りのいい毛並みの感触がした。これは毛玉だろうか?もっと堪能したい、と寝ぼけた頭で毛並みに顔を埋めて撫で続ける。
毛玉も、撫でられるのが心地良いのか私の方へと距離を詰めて擦り寄ってきた。――擦り寄ってきた?
「自我のある毛玉!?」
「うわっびっくりした」
「わああああ毛玉が喋った!」
「何言ってんの……は?何これ」
目を開けたら黒い毛並みをしたナニかが目の前に居た。しかも動くし喋るというオプション付き。むくりとナニかが起き上がるとそれは四足歩行の生き物だということがわかった。
犬に近い見た目だが目元が違う。どちらかといえばこれは…狐?
「何故私は狐と一緒に寝て…?」
「もしかして俺のこと狐に見えてる?」
「そりゃそう…ん?この口調と声、覚えがあるな…君の名前は?」
「角名倫太郎」
「嘘でしょ?」
信じられない光景に目も耳も疑うが、目の前の狐は言われてみれば角名くんに近い雰囲気がある。何より細くて切れ長の目が彼のそれと同じだった。
昨夜の記憶を必死に思い出す。昨夜は酔った角名くんをうちに連れてきて、その後は角名くんが満足するまでまとわりつかれていた。最初は動きにくかったが段々と扱いに慣れてきてくっつかせたまま大根を切って煮込んでいたはずだ。
料理風景を見ていると再び眠気が出てきたのか、角名くんは私の肩に顔を埋めて寝息をたて始めたので流石に焦ってベッドまで連れて行った。角名くんを寝かせて後片付けを、と思ったところで後ろから腰に手を回され、そのまま抱き枕にされる。抜け出そうにも力で叶うはずもなく、結局私は諦めてそのまま寝たのだった。
「――ということなんだけど」
「酔ってたとはいえ色々迷惑かけてごめんね」
「気にしてないよ」
「狐の姿の俺には対応甘くない?」
「だってほら、見た目が愛くるしいから…」
話しながらも角名くん(狐の姿)の首回りをむにむにと揉んだり、肉球を押させてもらったりと思う存分堪能している。突然自身の姿が狐になってしまった角名くんは、意外にも取り乱さず現実を受け入れているようだった。念の為、今の姿を鏡で見せてあげたら呆然としつつ前足をぺたりと鏡にくっつけており、その様子が面白くて写真に収めた。
シャッター音に気づいた角名くんがムスッとしながら「撮られる側になるのは嫌だ…」と呟いていたが彼は普段よく写真を撮っているのだろうか。
「角名くんは狐になった心あたり全くないの?」
「ないね」
「その割には落ち着いてるなぁ」
「むしろこっちの姿の方がしっくりきてる」
「そうなの?」
「うん。ずっと前から俺はこうだったって思うんだよね。それに人間に戻ろうと思っても戻れない」
「え!?それはかなりまずいんじゃ?」
人間に戻れないなら今まで通りの生活を送ることは不可能だ。だと言うのに、当人は焦る様子もなく昨晩のように私の足回りに擦り付いている。狐にしてはサイズが大きく、私が立っても腰あたりに頭があるのでくっつかれていると歩きにくい。
…それにしても、“ずっと前から”か。
どれくらい前のことかは不明だが、その言葉にヒダル神を思い出す。もしかして角名くんは治のように転生した人外かもしれない。
ならば、角名くんが助けを求めれば北さんの元へ行けるのでは、と思ったが彼は助けを必要としていないので難しいだろう。それどころか現状維持を望んでいる。
「人間に戻れないと不便なこといっぱいだよ〜…」
「別に良いよ。俺が居なくなっても大して影響無いし」
「でも友達や家族だっているでしょ?ずっとこのままは無理だよ」
「友達って言ってもいつかは縁が切れるものじゃん。それに家族は…俺が居ない方が安心して過ごせるから」
「そんなこと……」
続く言葉は発せなかった。家族の話題に反応した角名くんを見て察してしまったのだ。彼の能力で何か良く無いことがあったのだと。
今私にできることは黙って角名くんを撫で、慰めることだけだった。
夜になり、いつものように双子が夕飯を食べに来た。煮物の香りが漂っていたので治は部屋に入った瞬間からご機嫌だ。反対に侑は眉を顰め、部屋をきょろきょろと見回している。
「どうしたの侑」
「なんや獣臭い思うて」
「飯の匂いしかせぇへんやろ」
「サムは飯以外鼻効かんからダメや」
「あ?喧嘩売っとんのか?」
「二人とも喧嘩するなら出て行って」
そう言うと大人しく着席する双子。冷静を装っているが侑の獣臭い発言に動揺していた。
実はクローゼットの中に角名くんがいるのだ。あの後、とりあえず狐の姿のままだと一人で暮らすのは難しいだろうということで元に戻るまでうちで過ごすことを提案した。角名くんも現状を受け入れたとはいえこれからの生活を懸念していたようで、二つ返事で頷いた。
しかしペット禁止物件なだけあって、問題になるのは鳴き声や匂い。といっても狐の角名くんは鳴かずに喋るし、匂いも無臭なうえに食事や排泄を必要としなかった。
だから問題なく過ごせるだろうと思っていたのに、だ。侑に気づかれるとは想定外だった。治と喧嘩を始めかけたことで意識は逸れたがいつ蒸し返されるかわからない。今日は早めにお帰りいただこう。
「大根美味いわぁ〜!」
「ナマエ、次は俺のリクエストも聞いてくれや」
「良いけど侑のはほぼお肉焼くだけだからなぁ…」
「ええやん手間かからんで!」
「それはそうなんだけど、せっかく食べてもらうなら凝ったの作りたいっていうか」
「俺らと食うようになってナマエの料理スキルめっちゃ上がったもんな」
「将来は料理の道もありかもって思えてきた」
実際、三人で食事を始めてから料理のスピードも技術も上がったと自負している。料理は好きだ。手間がかかればかかるほど味にその結果が反映される。それに考え事が多い私は、料理をしながらだといつもより集中して物事を考えられるので気質が合っているんだと思う。
「俺んとこ永久就職してええで」
「隙あらば目の前でイチャつかんといてくれますぅ?」
「治が一方的にイチャついてきてるだけだよ」
「冷たい彼女やな」
食事を終えていつもなら双子に片付けを任せるが、今日は事情が違う。一刻も早く二人に帰って欲しい私は「明日早いから」と片付けを自分で行う旨を伝えて解散を促した。
しかし悲しいかな、付き合いの長い二人には私の言動が不信に感じたらしい。
「ナマエ、何か隠しとるやろ」
「……や〜何も隠してないよ?」
「わっかりやすいなぁ」
「せやなぁ…ここか」
「えっ」
侑が迷いなくクローゼットを開けた。ワンルームとはいえ他にも隠す場所はあるのに一発で探し当てるなんてどんな勘と嗅覚を持っているんだ。突如開けられたにも関わらず、会話が聞こえていたのだろう角名くんはスン…として侑を見上げていた。
「犬や」
「似とるけど微妙にちゃうな」
「犬だよ」
「こゃん」
「鳴いたわ。犬の鳴き声ちゃう」
「犬なの信じて」
「ワンッ」
「今度は犬の鳴き方しよった」
「ほな犬かぁ…」
角名くんには後で説教をせねば。犬の鳴き真似するならワンじゃないのこゃんって何。双子には色々あって拾ったと嘘を吐きつつ、里親が見つかるまでうちでこっそり保護すると伝えた。
昔から校則など規則破り上等な双子はペット禁止物件なのも気にしておらず、三人の秘密という形で落ち着いた。
隠し事がバレたので普段通りに後片付けを双子に頼み、私は身体を擦り付けてくる角名くんの相手に徹する。余談だが双子が角名くんに触ろうとすると姿勢を低くして威嚇したのでやめさせた。
片付けを終え、双子は帰る準備を始めた。玄関まで見送ると、侑が「せやった」と何か思い出したらしく口を開く。
「俺ら明日から一週間ばあちゃん家行くねん」
「なんや腰やったらしくてな、男手が必要やって」
「それは心配だね。二人のお婆ちゃんの家って確か県外だったよね?」
「おん。やからあっち行っとる間は俺らの分の夕飯作らんでええよ」
「ほんっま人使いの荒い母親やで」
なるほど、おばさんからの指令なら逆らえまい。宮家の母親が絶対的存在なのは私も十分すぎる程知っている。双子がいないなら夜間もバイトのシフトを入れよう。店長も人手が足りないと言っていたし相談すれば快諾してくれるだろう。
二人に手を振って部屋に入ろうとすると、治だけ戻ってきた。
「忘れ物?」
「そんなとこやな」
「何を忘れ、んっ」
治の忘れ物とはキスをすることだったらしい。目を白黒させていると口を割られ、舌が侵入してきた。以前と違うのは貪るようなものではなく、治の舌を押し付けたり絡めて唾液の分泌を促すような、リードするようなキスだった。
「んっ…ちゅ、んぁっ…ぁ…」
「ちゅ、ん…」
口の端から唾液が溢れそうになると、顎を掴まれ上を向かされる。一滴たりとも溢すことを許さないというようにずっと口同士をくっつけられ、息が出来ない。身長差もあって首が反ったせいで気道が狭まり頭がぼうっとしてきた。
長いキスから解放される頃には、酸素不足で足に力が入らない状態だった。治の支えがなければその場に座り込んでいたことだろう。
「なあナマエ、あの犬ほんまにただの犬なん」
「……うん」
「はあ〜…。今はそういうことにしといたる」
「…それを言うために戻ってきたの」
キスをしている最中に治の眼がヒダル神のものになっているのは気づいていた。角名くんに対して何かしら思うところがあったらしい。それを確認するために戻ってきておいて、キスをする必要があったのかは不明だが気は済んだようだ。
「明日から俺等おらんけど、何かあったらすぐ連絡せぇ」
「心配性だなぁ」
「茶化すんやない。もし頼らんようなら今みたいに…」
「何……?」
「無理矢理にでも与えたるからな」
5.
気づけば山の中にいた。時間帯は夜のようで視界が悪い。周囲を見回そうとしても身体が動かない。そこでどうやら私はまた明晰夢を見ているらしいと自覚した。
今回は人一人座れるほどの大きさの石に座ってこの夢を見ているため視界が低かった。
しばらく目の前の景色だけを見て、山の中なのに虫一匹見当たらないのは何故だろうかと疑問が浮かぶ。虫の鳴く声すら聞こえない。しかし風が吹いたり、木々が揺れる音はする不思議な空間だった。
ふと、遠くから足音が聞こえてきた。足音が近づいてくるのに比例して、視界も明るくなってきたので足音の主は明かりを持っているのだろう。
「なんやお前さっきから着いてきよって。こんな暗い山ん中でそないくっついたら危ないやろ」
「……だってアンタは俺の能力に影響されないじゃん」
「そら俺は”そういう”存在やから。ところでお前なんなん?人外やろうけど…うちにおる小狐みたいな存在でもなさそうや」
「……こゃん」
「そんな寂しそうな声出さんといて。狐の鳴き真似もやめ。誤魔化されんよ」
「手強い……」
足元しか見えないが、声からして男性が歩いてきたらしい。もう一人、いや一匹の存在は角名くんに似た黒い獣だった。その獣は男性の腰まである大きな体躯だが、足元にずっとまとわりついており男性は歩きにくそうだった。しかし、雑に扱うわけでもなくおかしそうに獣に話しかける。その声色はとても優しく安心できるものだった。
「俺の種族、言っても笑わないでよ」
「ええよ。約束する」
「…………すねこすり」
「は?」
「だから、すねこすりなんだよ俺」
「……そのでかい図体で?」
「笑われるのも嫌だけどそういう反応も堪える…本当やだ…言わなきゃ良かった…」
そう言って獣、ではなく、すねこすりは拗ねてしまった。すねこすりと言えば妖怪の一種で人の足にまとわりついて歩くのを邪魔する存在ではなかったか。名前の通り脛に身体を擦り付けるので大きさも猫ほどのものだった気がする。
けれど今目の前にいるすねこすりは想像の何倍も大きかった。男性と同じくその図体ですねこすり?と疑問を持つ。
「俺だけでかく生まれてしまったんだって」
「人外にもそういうことがあるんやなぁ」
「身体が大きい分、普通のすねこすりと違って人の生気を奪っちゃうんだ」
「やからあんな暗くて湿っぽいとこで身を隠すように過ごしとったんか」
「俺だって生気を奪うのは不本意なんだよ。でも自分でどうにか出来るものじゃない。もうすでに沢山殺した。能力を自覚するまでに時間がかかりすぎたんだ」
項垂れるすねこすり。制御できない自分の能力で誰かを傷つけないために、ひっそりと隠れて一人で過ごしていた彼は、元来人間が大好きで優しい存在だったことがわかる。
すねこすりと会話をしていた男性は、能力の影響を受けないため遠慮なくその大きな身体を撫で回していた。
「ほな俺と来ればええやん」
「いいの?」
「その代わり手伝いは色々してもらうけどな」
「ええ〜…適度にサボろ」
「働かざるもの食うべからずや。うちには気性の荒いやつもおるから、ちゃんとやらんと追い出されるで」
「正論やめてよー…」
そう言いつつも嬉しそうな雰囲気を出しているすねこすり。きっと彼はこれから男性と共に暮らし、孤独な寂しさから解放されるのだろう。そう思うと自分のことではないのに、幸福を感じられ嬉しくなった。
「ん……」
目が覚めると黒い毛並みが目に入る。角名くんが隣でまるまって眠っていた。今見た夢の内容が治の時のように前世の話ならば、角名くんはすねこすりなのだろう。本来ならば悪戯好きで人間が大好きな種族のすねこすり。けれどこの人は異なる形で生まれてしまったせいで自ら遠ざかるしかなかった。
愛しむようにその大きな身体を抱きしめる。何故かわからないけど私の身体が能力の影響を受けないなら、少しでも彼の拠り所でいたかった。
それから五日経った。一人と一匹の生活は順調に進むと思われたが、異変が起きた。朝起きると倦怠感と目眩に襲われて起き上がれなくなってしまっていたのだ。最初は夜にバイトのシフトを入れたことで生活サイクルが崩れたせいかと思ったがそうではなかった。
心配した角名くんが四足歩行なのに健気に世話をやいてくれていた。しかし、角名くんに触れれば触れるほど症状が悪化していく。そこで初めて、私は生気を奪われないのではなく、奪われてからしばらく経って、遅れてが症状出るのだと気づいた。
「ナマエ、大丈夫?悪化してるよね」
「角名くん…平気だよ。ただの疲労だから」
「けど明らかにそんなんじゃ……もしかして、」
「違う、違うよ角名くん」
「その反応は逆効果。――俺のせいなんだね」
もう何を言っても誤魔化せないと悟った。こんな顔をさせたかったわけじゃないのに。言葉にしない代わりに角名くんを撫でて慰めようと上げた手を避けられた。
「バカだろ!?アンタは俺に触り続けてそうなってんのに更に悪化させようとすんなよ!」
「そうだった…毎日撫でてたからつい…へへ…」
「何でその状況で笑ってられんの。とにかく俺はすぐに出ていくから救急車呼んで」
「呼びたいんだけど…スマホ…店長の車に忘れちゃって…」
本当に慣れないことはするもんじゃない。昨日は夜中までのシフトを入れたため、終電がなくなり帰りは店長に送ってもらった。そして車を降りる際にポケットからスマホが落ちていることに気づかず、店長の車の中に忘れてきてしまった。
今日も同じ時間帯にシフトを入れてもらったので、その時にスマホをもらおうと思っていたのが仇になった。
ふと、角名くんの様子がおかしいことに気づく。俯いて何かを考え込んでいた。その時、本能的に危機感をおぼえた。まるで治の時のように悪意と殺意を孕んだあの感覚。
――あ、角名くんが顔を上げた。
その眼は虚ろでどこまでも暗い。淡々と角名くんは告げる。
「これ以上苦しむのは辛いよね。安心して。俺が今すぐ楽にしてあげる」
6.
ちゅ、ちゅと水音を含んだ音がする。口の中で熱い何かが蠢いている。舌を吸われて上顎全体をチロチロと形を確かめるように舐めまわされる。
「ん、んぅっ…ちゅ、ふ、んッ…」
「は、ナマエ、もっと欲しがってや」
「もっと…?」
「おん。もっと頂戴って強請って」
「……も、っと…欲しい。もっと頂戴」
私の声に応えるように再び口を塞がれる。一体、今はどういった状況なのだろうと靄がかかった思考で考えようとしたが、集中しろと咎めるように耳を塞がれ、口内の音がダイレクトに響いて何も考えられなくなった。
息苦しくなって呼吸を求めるように目の前の厚い胸板にすがりつく。ほんの数秒だけ口を離されてはくはくと酸素を求めた。息が整うと、即座に再び口を塞がれて舌をねじ込まれる。ねじ込まれたそれを受け入れるだけでは物足りなくて、自分からも絡める。一瞬だけ相手の身体がびくついた気がしたが、すぐに私が返した以上に激しく蹂躙される。
もっと、もっと欲しい。足りない。乾いて、いつまでも潤わない。私はいつからこんなに強欲になってしまったのだろう。
「まだまだ求めてくれんとアカンよ」
「ぁ…ッん、まだ……?」
「もっと、もぉっと俺のこと欲しがって」
「ッ…欲しい、足りない、もっと欲しい、頂戴。治ッ…」
目の前の相手を、治を求めれば求める程、治は私に与えてくれる。この気持ち良さを手放したくなくて夢中で治の舌を貪る。身体が沸騰しそうなくらい熱い。動悸が激しく、血が巡る感覚をこんなにはっきりと感じたのは初めてだ。まるで、生命が漲るような――…。
「んんッ!?ちょ、おさ、むンッ…んグゥ〜〜〜!!!」
「ちゅ、ん?おお、気づいたかナマエ」
「はぁっ、は…へ?え?何、どういう状況!?」
「顔色も良うなったし大丈夫そうやな。はあ〜焦ったわぁ!」
顔色を見るついでに私の頬を揉みながら治はニコニコと笑っている。一見機嫌が良さそうに見えるが、長い付き合いの私にはわかる。目が笑っていない。つまり目の前の男は笑いながらも静かにキレていた。下手なことを言おうものならこのまま治の怪力で顔を潰されてしまうかもしれない。
「えーっと…ここはどこですか治さん」
「北さんの神社や」
「北さんの?何で?」
「……覚えてないん?」
「ヒャ……」
あ、選択肢を間違えた。頬に添えられた治の手に力が入って小さな悲鳴が漏れた。恐る恐る周りを見れば和室にいるようだった。そして何故か布団に寝かされ治とキスをしていた。本当にどういう状況?
治の冷たい視線に気づかないふりをしながら最後の記憶を掘り起こす。そうだ、確か角名くんの能力が実は効きまくっていて私は体調を崩して寝込んでいたはず。そして諦めた彼が私を楽にしようと――…。
「そうだ!角名くんは!?」
「布団の上で他の男の名前出すなや」
「今そんなこと言ってる場合じゃないよね!?」
「まあこの話は後でゆっくりするからええわ。ほんでこうなっとる経緯やけど」
「後が怖すぎる…。何があったの」
「ざっくり言うと死にかけたナマエを見つけた俺が、角名を殴ってから北さんに助けを求めてここに来た」
「情報過多……」
詳しく聞けば、角名くんが私を楽にしようと生気を奪い続けていたところに治が乗り込んだらしい。妙な胸騒ぎを覚えた治は、お婆ちゃんの家から二日早く戻ってきて私の家に訪れていた。連絡をしてもバイト先の店長が出るし、インターフォンを鳴らしても反応が無く相当焦ったとのこと。あまりにも騒がしくしていたので治の来訪に気づいた角名くんが、器用に玄関の鍵を口で開けて招き入れたらしい。部屋に入った瞬間、「一人で死なせるのは可哀想だと思ってたんだ。一緒に死んであげて」と言われて治は思わず拳を振りかぶっていたようだ。
「あの時の犬おっかなかったわ」
「私からしたら治も角名くんも怖いよ」
「俺は怖ないよ?」
「痛い痛い潰れる!」
骨がミシミシ言うくらい抱きしめられて中身が飛び出るかと思った。
「そういえば何で角名くんって気づいたの?すねこすりの姿だったのに」
「アイツな、最初は俺諸共殺そうとしてたんやけど…ナマエを助けられるかもってわかった途端に大人しゅうなってん」
「角名くんが?」
「んで、北さんのとこ一緒に連れてきたら全部話したわ」
「待って、角名くんもここに居るの?」
「おるよ。ただ…結構面倒なことになっとる」
これ以上は見た方が早い、と治に連れられて部屋を出る。しばらく廊下を進むと明らかに他の部屋とは違い神聖な間へと続くであろう綺麗な模様が描かれた襖に辿り着いた。
治が何も言わずに扉を開け、中に入るとそこには北さんと角名くんが居た…のだが。
角名くんの姿が異様だった。獣のまま全身を長い一本の布で、ミイラのように巻かれて拘束されていた。布には崩した漢字のような文字が書かれており、動きを封じるためのものだと直感する。
「す、角名くん…?」
「ナマエ起きたんや。死なんくて良かったな。…コイツは自死を選ぼうとしたから止めとる」
「自死って…何でそんなことを!?」
「自分が生きとる限り被害が抑えられんって思い込んどってな」
「……北さん、治みたいに能力を制御したりは…?」
「前世から無意識に付き合うとる能力やから、制御出来る未来が見えんって」
「……前世から?」
「角名はここに来て前のことを思い出してしまった。コイツの正体知っとるってことは今回も覗き見たんやろ。それが全てや。」
前世の角名くんを覗き見た時、彼は言っていた。「沢山殺した」と。現在の人間になった角名くんからしたら例え前世の出来事であっても相当堪えただろう。だからこそ能力を制御できる方法があっても活用できる未来が見えないと結論づけた。
かける言葉が見つからない中、ずっと沈黙を貫いていた角名くんがゆっくりと口を開いた。
「前世だけじゃないんだ、俺が罪を犯したの」
「え……?」
「俺…妹を殺しかけた。歳の離れた妹がいて…ちょうど妹が生まれた頃に俺の能力が発現した。妹が俺にとって初めて能力を使った相手だった」
生後間もない妹を抱いた翌日、妹は生死を彷徨う危機に陥った。なんとか延命したが、その時の後遺症で身体が弱く、今でも通院が必要で、状況が悪ければ入院になることも多々あると角名くんは話した。
死にかけた妹を見て、本能的に理解してしまったのだという。自分が引き起こした現象だと。
それから自分が側にいるだけで家族を不幸にしてしまうと怯え、高校から親元を離れて寮暮らし。大学も実家から離れた場所に進学して徹底的に距離をとった。
その時には既に孤独に生きていく道しかないと覚悟を決めていたが、それでも、もしかしたら能力が効かない相手がいるかもしれないとわずかな希望を持って生きていた。それが彼の人生だった。
静かに角名くんの懺悔ともとれる生い立ちを聞いていた時だった。
治が沈黙を破る。
「はァ〜〜〜勿体無いわ」
「勿体無いって…何が」
「自分には奪うしか出来んと思っとるとこがや」
「…はぁ?実際そうだろ」
「北さん、コイツ…俺と同じですよね?」
「試さんと断言は出来んけど多分そうやろうな」
二人は何の話をしているんだろう。奪うしか出来ないと思っているということは、違うこともできるのだろうか。
「角名ァ、俺は誰でも簡単に飢えさせることが出来んねん」
「……ヒダル神だっけ」
「せや。でも飢えさせるっていうんは、人外の部分だけの話」
「人外の…部分…?」
「おん。仕組みはようわからんけど、俺らみたいに奪う奴は与えることも出来るらしいで」
「…………は?」
「奪うんが人外の部分やとすると、与えるんは人間の部分や」
「な、んの…話をしてるんだよ…?」
治の言う人外と人間の違い。それを聞いて私は、北さんが前に言っていた「人外の本能」と「人間の理性」の話を思い出した。話が複雑になってきたなと思っていると北さんが前に出た。
「ここからは俺が話すわ。陰陽の関係は知っとる?物事には対になる物が存在する」
「光と影とか性別とか…そういう…?」
「合っとるよ。それは人外から転生した人間も同じ。人外の能力の対になる人間特有のモンを持っとる」
「だから奪ったら与えることもできるってこと?」
「すぐには受け入れられんと思うし、人間の方の力は訓練がいるけどな。でも使えるようになれば心強いやろ」
「俺に出来るかな…」
「ちゃんとやれば出来んねん。それに、人外でも人間でも自分がやったことなら尻ぬぐいはせなあかん。そのために対になる力があるって俺は思っとるよ」
話を聞いた角名くんは脱力し、警戒心が無くなった。どうやら希死念慮は消えてくれたようだ。
話がまとまり、前回同様切り落とされた北さんの指を食べる展開には再度拒絶の意を示したが、最後は言いくるめられて渋々口にしていた。
「……人の姿に戻った」
「犬の時とあんま変わらんな」
「犬じゃなくてすねこすりだから」
「久々に人間の角名くん見た」
「ね、合コン以来」
「は?」
「あっ」
治の地を這うような声で角名くんの問題発言に気づいた。数合わせで参加したと必死に弁明したが納得してなさそうだ、どうしよう。角名くんが楽しそうに「修羅場じゃん、ウケる」と呟いたのを聞き逃さなかったからな。
「そういえば治は与える力ってやつ、使えんの?」
「使えるで。ナマエがピンピンしとるのが証拠や」
「え、私?」
「ほらさっき死にかけてたとこ助けたやろ。アレや」
「あ、あぁ…あれかぁ…」
あの熱烈すぎるキスは治なりの救助活動だったようだ。私自身、異様にキスを求めてしまったのは治から与えられる生気を得るのに必死だったのだろう。
…もしかすると治がヒダル神の飢える力も同時に使って更に求めるようにさせたのかもしれない。じゃないとあんなに強請ることにならない気がするが、これ以上考えると恐ろしい可能性が次々浮かんでくるので一旦ストップ。
「ところで治は私に生気を渡して大丈夫なの?体調悪くなってない?」
「なんともないで」
「治は大丈夫や。人外は普段から存在維持のためにぎょうさん生気を蓄えとるし、人間一人に分け与えるくらい大したことないよ」
「また一つ人外の知識が増えてしまった…」
「それはええことやな。これからもっと人外に関わることが増えてくやろうし知っていって損はない」
これからもっと関わる?人外と?流石にこれ以上はないと願いたいが北さんが言うことだからだろうか、現実になりそうで身震いした。
今回はこれで解散、というように北さんが立ち上がって入り口の扉を開ける。私たちも後に続くように帰宅の準備を行なった。
「北さん少し良いですか」
「どうしたん角名」
「ナマエと治は先に外に出てて」
「あれデジャヴ」
「はよせんと置いてくからな〜」
どこかで見たやりとりだなあと思いつつ外に出る。前回はひとりぼっちで待っていたが今回は隣に治がいるため退屈はしなさそう。
「二人きりやなぁ、ナマエ」
「え?うん、そうだね?」
「ほな合コンのこと詳しく聞かせてもらおか」
あ、終わった。
――拝殿にて。
「ほんで?話ってなんや角名」
「……前世の俺と治の死因、北さんが関係してますよね」
「……どうやろなぁ」
「ホンット昔から食えねぇ…。俺は勝手にそう思っておくんで」
「好きにしたらええ。それにしても全部思い出しとらんのや」
「出会った頃と…あの人が周囲に好き勝手言われだした頃までしか…」
「ほうか。まあでもそのくらいに留めといた方がええかもしれんな」
北は柔和に、穏やかな口調で話し続けるが角名の表情は険しくなっていく一方だった。気を抜くと一瞬で食われる、と本能的な危機感から緊張を解けないでいた。
「最後にもう一つだけ」
「ん?」
「あの子…ナマエちゃんも転生者ですか」
その問いに、北は珍しく楽しそうに感情を孕んで微笑んだ。そして先ほどと同じように答えを返す。
「どうやろなぁ」
7.
「ナマエちゃんどう?この姿」
「かぁんわいい~!」
手のひらサイズのちんまりとしたすねこすりを撫で回す。ふわふわの毛並みは変わらずサイズだけコンパクトになった角名くんも満足そうに目を瞑ってされるがままになっている。
あれから角名くんの能力制御について協議を重ねた結果、「通常より大きく生まれたことが原因なら小さくなれば良いのでは?」という結論に落ち着き、身体の大きさを変える練習を続けた。実際小さいサイズの角名くんだと長時間素手で触れても平気だった。
北さんの一部を取り込んだことで生気を奪う能力は緩和されたが、それでもいつ効力を失うか分からない以上、一刻も早く対応策を身に付けなければならない。角名くんの努力の甲斐もあって現在ではサイズ変更はお手の物。すねこすりに変化能力はないはずだが角名くん曰く「人によって脛の高さって違うし…擦る相手のサイズに適応するって思ったら意外と出来るもんだよ」とまさかの一休さんのような頓知をきかせて成し遂げていた。
人間の姿の時はまだ手袋を手放せずにいるが、短時間であれば素手で触れても問題なかった。それに、メンタル面も安定してきたように見える。
「はあ〜脛を擦るってこういうことなんだ。やっとすねこすりとしての幸福を感じられてる」
「本当に良かったねぇ。幸せそうで何よりだよ」
「オイ、ナマエ。こんなナリでもコイツ俺よりデカいんやぞ」
「それはわかってるけど…ふふ、可愛いねぇ~」
治の無粋なツッコミを流しつつ、角名くんをうりうりとつつく。指に擦り寄ってきてくれて、もう可愛さで胸がいっぱいだ。
何故この幸せ空間に治がいるかといえば、角名くんの能力が暴発した際の保険である。最初は治と角名くん、人外同士で能力の訓練をする話であったが「俺こいつに擦り寄られなアカンの?」「え、治に擦り寄らないとダメなの?」と互いに絶望した顔で指をさし合っていたため間に私が入った。よく考えると180cm越えの成人男性二人がくっつき合うってことだもんね。流石に同情せざるを得なかった。
治が傍に居てくれれば、生気を奪われても即座に補給してもらえるので定期的に三人で集まって、訓練と称した触れ合い体験会を開催している。ちなみに生気の供給方法は相手に触れているだけで良いらしく、キスする必要がない事実が角名くんにより発覚した。私が最初角名くんに触れられて平気だったのは、治が彼氏ムーブ中に手を繋いだりハグした際にこっそり生気を与えてくれていたからだったようだ。
「妹さんに会う計画も順調?」
「うん。数年ぶりだから気まずくなりそうだけど」
「そんなことないよ。お兄ちゃんに会えて妹さん喜ぶと思うよ」
「だと良いけど」
サイズ変化を習得した角名くんは、現在生気を与える練習も行っていた。徐々に与えることにも慣れてきているので、完全に習得したら妹さんのもとへ行き、生気を分けようと画策中。生気を奪われて身体が弱くなったなら与えれば多少回復の兆しは見られるかもしれない。それは北さんからのアドバイスだった。
「あーでもやっぱ不安かも。ね、ナマエちゃん着いてきてよ」
「私が?何の役にも立てないと思うけど…」
「居てくれるだけで良いんだよ」
「アカン、それはアカンでナマエ。コイツ外堀から埋める気でおる」
「何言ってんの治」
「家族に紹介するつもりやろ。ほんで彼女か聞かれたらまだとか言って匂わせるんや!そういう男やで角名は!」
力説する治の言い分は正直かなりわかる。人間に戻った角名くんともそれなりに交流を重ねたが、今まで周りにはいなかった”イマドキ”のタイプだった。ネットに詳しいしそれこそ匂わせなどの話題も教えてもらった。しかし自分がその対象になるなら全力で御免蒙りたい。
なので実家に同行する話は丁重にお断りした。
「冷たいなぁ。一週間一緒に寝た仲なのに」
「悪意と語弊がある!」
「……ほぉん。ナマエ、後でまた話そうや」
「私は話すことないかな…」
「治も付き合ってないのに牽制やめたら?」
「付き合うとるって」
「付き合ってないって」
侑と治だけでもこの手の話はお腹いっぱいなのに、そこに第三勢力の角名くんが入ってきて収集がつかなくなってきている。痛む頭を押さえながらこれ以上被害拡大がないように心から祈った――…。
























