<フェルディナンド>
10歳の冬を迎えた。ついに貴族院入学である。前回と違い、ユストクス、姉、およびエルヴィーラによる厳しい選抜を通り抜けた、まともな生徒達が私の側近となった。もちろん、ラザファムもその中に入っている。彼は私がこっそり教えた魔力圧縮をがんばり、貴族院1年目で中級貴族を凌ぐ成績を上げたため姉達の目に留まり、下級貴族ながら私の側仕え見習いとなった。
「あの子は努力がいかに大切か、という事をよく知っているわ。こういう子を側近に一人入れておくと、他の子供達にも良い影響を与えるに違いないです!」
というのが姉の意見だ。私もそれに同意する。そして、ユストクスも、
「この子は私が責任を持って教育致します。下級貴族でも一流の側仕えになれる事を証明してみせましょう!」
とやる気を見せた。姉やユストクスの言葉を聞き、ラザファムは少し退き気味だったが、彼は期待通りの成長をするはずの事は前の記憶でよく分かっている。これからが楽しみだ。
始まりの宴が始まった。この宴では、貴族院の新一年生にブローチとマントが渡される。……私のマントはさらのまま、刺繍はいっさい入っていないはずだ。私には母親がいないからな……。貴族院に移動してから、消えるインクを利用して自分で魔法陣を入れるつもりなので、問題は無いが……少し胸が痛い。というのも、前回のローゼマインの事を思い出したからだ。彼女はアウブアレキサンドリアとして激務をこなす合間に、本当は浸りたいはずの読書を諦め、苦手なマントの刺繍に取り組んでくれた。刺繍の得意なリーゼレータが付きっ切りで指導していたが、それでもいざ刺繍を始めるとローゼマインの指先が針の刺し傷だらけになってしまい、とても痛々しかったのをはっきり覚えている。何度もルングシュメールの癒しをかけたものだ。
「絶対に星結びに間に合わせるのです!!」
と言っていた。刺繍は辛い事なのにも関わらず、私のためにがんばってくれるローゼマインが、本当に、本当に愛しかった……。しかし、星結びの前に時戻りが起こり、受け取ることは出来なかったのだ。今回こそ、彼女が刺繍したマントを受け取りたい……というか、あぁ、早くローゼマインに会いたい!
「あれが生まれるまで、あと3年か。」
子供にとって3年は長い………。
「では、これより授与式を行う。貴族院へと向かう新入生は前へ!」
父アウブの声ではっと我に返る。そして舞台に上がった。今年の新入生は10人か。大領地だったアレキサンドリアに比べるとなんと少ない事か。だが前回と違い、今回は粛清は起こらないはずだし、中央での政変も防げたはずだ。これ以上、貴族の数は減らないと思う。これから少しでも人数が増えると良いが……。
「フェルディナンド!」
新入生10人の中で領主候補生は私一人。最初に父に呼ばれ、ブローチとマントが渡された。
「様々な経験を通して、よく学び、成長し、エーレンフェストに相応しき貴族となる事を望む。」
「闇の神に敬意を表し、あらゆる経験を我が力と為せるように誠心誠意努力致します。」
前回も同じ場面があったのだが、あの時はヴェローニカがこちらを睨んでいたため、父は私と目を合わせなかった。私も非常ないたたまれなさを感じていた。しかし今回は父はちゃんと私の目を見、ふっと笑顔を見せた。
「フェルディナンド、がんばれ。」
「ありがとう存じます、父上。」
……嬉しかった。授与式が終わり、舞台から降り、マントを確認し………
「え!?」
思わず声を出してしまった。マントには、緻密で美しい刺繍が成されていたのだ。
「こ、これは…?」
もしや、他人のマントを誤って貰ってしまったのではないか、と焦り、周囲を見回すと……姉と目が合った。姉はニコリと微笑み手を振っている。姉の側にはエルヴィーラとリヒャルダがいる。彼女達も笑顔だ。まさか……彼女達がマントの刺繍を!?
「フェルディナンド!凄い刺繍だな。私のよりも立派ではないか。」
ジルヴェスターがいつの間にか私の横に陣取り、勝手にマントを拡げていた。
「これは姉上が刺したのか!私と其方では扱いがまるで違うな。ちょっと腹立たしいぞ!」
と口では言いつつ、兄も笑顔だ。
「貴族院、二人で上手くやって行こうな!そうだ、約束どおり、共に素材採集に行くぞ!!楽しみだな!」
そこにユストクスもやって来る。
「フェルディナンド様、マント、良かったですね!」
「其方、知っていたのか……?」
「母リヒャルダが何やら刺繍をしていたのは目撃したのですが、まさかフェルディナンド様のマントだとは思いませんでした。」
「そうか……。」
聞けば姉がエルヴィーラやリヒャルダも巻き込み、マントに刺繍を施してくれていたそうだ。……まずい。視界が滲んできた。私は涙をユストクスに見せない様、慌てて顔を逸らした。
今回の貴族院は、前回と違い楽しめるかもしれない。
数日後、期待を胸に私は貴族院への転移陣に乗った。
話は少し戻る。
始まりの宴の少し前、夕食の席でエーレンフェストの順位の話題が出た。
「貴族院の廊下では、領地の順位の低い方が高い方に道を譲ることになっているのだが、エーレンフェストは20位だから、道を譲ってばかりでなかなか前に進めないのだ。」
と兄が嘆く。
前回の記憶よりは多少順位が良い。おそらく神殿改革を行い農業収入が上がった為だろう。しかし……もう少し順位を上げたいところだ。ローゼマインがまだ不在なので、新商品開発で順位を上げる事は出来ないが……貴族院の生徒の成績を上げる事は出来ないだろうか?カルタなどの知育玩具が無いので、それほど上がるとは思えないが、生徒達の意識を変えるだけでも、多少は成績が上がるに違いない。
「あの……領地の順位というのは、貴族院の成績でも変わるのでしょうか?」
と、問うてみると、
「そうだな。其方一人だけががんばってもだめだろうが、寮全体の成績が上がれば、順位は上がりそうだな。」
と父が答えてくれたが……
「どうやって生徒みんなの成績を上げるのだ?全部で70人くらいいるのだ。下級貴族の子もいるし、3年生からはコースも分かれるし……。」
と、兄が水を差す。
「1年、2年、騎士コース、文官コース、側仕えコースに班を分けて、成績を競わせてみるのはどうでしょう?」
ローゼマインが行った成績向上委員会のやり方を使わせてもらう。このくらいなら使っても良いだろう。
「派閥ではなく、コースで分けるの?」
と姉が意外そうな声を出す。エーレンフェストの貴族の常識からすると、この案は斬新だろうな。
「派閥争いを貴族院に持ち込むのはどうか、と。それに、派閥間で争わせると、足の引っ張り合いが起こりそうな上、派閥の力関係がそのまま貴族院に持ち込まれ、弱い派閥の子にしわ寄せが来ます。それよりも派閥に関係なく、生徒一丸となって他領の生徒に立ち向かった方が、成績を上げようという意識が高まると思うのです。」
「”敵”を他派閥ではなく、他領にする訳ね………その考え、確かに面白いわ!」
「考えた事も無かったな。」
しめしめ、姉と父が興味を示してくれた。兄は理解出来ていない様だが、まあ放置だ。
「各コースには上級・中級・下級の子がいます。自分のコースの成績を上げようと思ったら、上級の子だけががんばってもだめです。中級・下級の子の成績も上げなければなりません。その場合、おそらく上級の子が中級・下級の子に勉強を教えることになるでしょう。これで、中級・下級の子の成績は上がる上、教えなければならない事で上級の子の学力も自然と上がると思うのです。また、兄や姉がいる家庭では、試験問題の情報などを弟や妹に伝えている可能性が高いです。そういう情報もコース内で共有すれば、さらに成績が上がるはずです。それに、皆協力して勉強すれば、皆の間に絆が出来ます。そうすれば、エーレンフェストの貴族だ、という意識も高まり、成人後にも領政などに役立つと思うのです。」
と、長口上を述べてみると……父、姉、兄が私の方を呆然と見ていた。
「素晴らしい意見だ!しかし……其方、本当に10歳か?よく思いついたな。」
「エーレンフェストの貴族の常識を破る考えだわ……わたくし、ちょっと感動しましたわ。」
「……よくわからないが………凄いぞ!」
兄はまだ分かっていなかったか……仕方ないな。
「よし、フェルディナンド、やってみよ。ただ、無理はするな。」
よし!許可を貰ったぞ。
「ありがとう存じます、父上。それで……全員の試験合格一番乗りしたコースと、優秀者を一番多く出したコースに何かご褒美をあげたいのですが、何が良いでしょう?」
前回はローゼマインのお菓子を使ったが、今回はまだ無理だ。ここは父に頼るしかない。
「そうだな……。貴族院の授業で使う素材はどうか?いくらあっても無駄にはならないだろう。貴族院関係の予算に余剰分があるはずなので、何とかなるだろう。」
お菓子に比べると、ちょっと面白み欠けるが、まあ妥当なところか。
「あと……新入生の私が言い出しても、上級生に受け入れて貰えないかもしれません。ですので、兄上に呼びかけをお願いしたいのですが……?」
すると、姉がまたもや驚いた声を出す。
「ジルヴェスターに功績を譲ってしまって良いの?」
これもまた貴族の常識だな。しかし、この程度の功績など私には不要だ。
「私はまだ一年生です。今後、別の形で功績を上げる事が出来ます。それよりも生徒全員にこの案を受け入れて貰うには、最上級生の兄上の力が必要なのです。」
「まぁ確かにそうだわね。……ジルヴェスター、あなた、フェルディナンドの話を理解しているのかしら?」
「みんなで成績を上げるのだろう?」
省略し過ぎだ兄上……。依然、理解していない様だな。はぁ……後でじっくり説明せねばならんな。……非常に面倒であるが仕方あるまい。
「……大筋ではそうね……。そうそうジルヴェスター、あなたの成績も上げるのよ!わかっているのかしら?」
「え!?」
「そうだな、ジルヴェスター。最終学年くらい、優秀を狙ってみろ!」
「そ、そんなぁ……。」
姉と父に煽られ、兄は顔色を悪くするが……兄が勉強する良い機会でもある。まあがんばってくれ給え。
ということで、成績向上委員会発足決定だ!ローゼマインではないか、目指せ、全員一発合格!




























常々ゲオ姉様がエーレン残留してくれればフェル様と共闘してカーオサイファ討伐できただろうにと思っていたのでこの織地を読めるのが嬉しいです マントの刺繍まで…良かったです