私たちの旅は、まだ始まったばかり。
太陽はようやく真上を越えたばかりで、残された時間はたっぷりとあった。
「いろは見てー!」
元気な声が砂浜へ響く。
「ん?」
彩葉が顔を上げる。
すると。
「じゃーん!」
かぐやが両手を突き出していた。
その手の中には。
「……カニ?」
小さなカニが数匹。
ちょこちょこと足を動かしている。
「捕まえた!」
かぐやは得意げに胸を張った。
「すごいでしょ!」
「すごいけど、指挟まれても知らないからね。」
「大丈夫!」
その瞬間。
「痛っ!」
「言ったじゃん……。」
即座にツッコミが飛ぶ。
かぐやは慌ててカニを砂浜へ逃がした。
「くっそ〜、カニめ……!」
「いや、今のはあんたが悪いでしょ。」
彩葉は呆れながらも笑う。
そんなやり取りをしていると。
「彩葉!」
今度はヤチヨだった。
「ん?」
振り返る。
ヤチヨは濡れた髪をかき上げながら歩いてくる。
その手には何か握られていた。
「これあげる!」
そっと差し出される。
「お。」
彩葉は少し目を丸くした。
ヤチヨが持ってきたのは綺麗な貝殻だった。
白と薄い桃色が混ざったような色。
光を受けて少しだけ輝いている。
「海の底に落ちてた。」
「貰っちゃって良いの?」
「うん、あげる!」
彩葉は半ば強引にその貝殻を受け取る。
「綺麗だね。」
「でしょ〜!」
ヤチヨは少しだけ嬉しそうに頷いた。
「いつも頑張ってる彩葉にプレゼント。」
「ありがと。」
彩葉は大事そうに手のひらへ乗せる。
すると。
「プレゼント!?」
かぐやの耳がぴくりと動いた。
「かぐやも集める!」
そう宣言した次の瞬間。
ばしゃばしゃばしゃっ!
海へ向かって走り出す。
「あっ。」
彩葉が嫌な予感を覚える。
「かぐや、あんまり遠く行かないでよー!」
「大丈夫ー!」
返事だけは元気だった。
そして。
「あっ。」
綺麗な貝殻を発見する。
さらに。
「こっちにもある!」
夢中になる。
一つ拾う。
また一つ拾う。
気付けば。
どんどん沖へ進んでいた。
「えへへ、いろはにプレゼント……」
かぐやは上機嫌だった。
「いっぱい見つけた!」
集めた貝殻を見せる為に彩葉達のいる砂浜の方を振り向く。
その時。
ふっ。
足元から砂の感触が消えた。
「……え?」
もう一歩踏み出そうとする。
当然のように地面があると思った。
けれど。
そこには何も無かった。
「わっ!」
身体が沈む。
慌てて足を動かす。
届かない。
「えっ。」
もう一度。
届かない。
「ヤバっ!?!?」
一気に顔色が変わった。
「や、ヤチヨ!」
ばしゃばしゃ。
必死に手を動かす。
「いろはっ!!」
その焦るかぐやの叫び声を聞いて。
「だから言ったでしょ……!」
彩葉は呆れながらも即座に海へ飛び込んだ。
数秒後。
「ほら、捕まって。」
「う、うん!」
彩葉に腕を掴まれる。
そのまま浅瀬まで引っ張られた。
ようやく足が地面へ着く。
「はぁ……」
かぐやは大きく息を吐いた。
「し、死ぬかと思った……」
彩葉は額を押さえる。
「あんまり遠く行かないで、って言ったでしょ。」
「ごめんなさい……」
しゅんと耳が垂れる。
反省しているらしい。
「まぁ何事も無かったから良いけど。」
彩葉はため息を吐く。
「遊ぶのは良いけど、ちゃんと周り見なよ?」
「はーい……」
今度は結構しょんぼりしてそうな返事だった。
ヤチヨはそんな二人を見ながら小さく笑う。
「かぐやらしいね。」
「らしくない方が良いと思うんだけど……」
彩葉がぼやく。
けれど、無事だったんだからそれでいいかな。と思いながら私はかぐやの頭をそっと撫でた。
◇
それからしばらく遊んで。
気付けば三人とも少し疲れていた。
「ふぅ……」
彩葉はビーチチェアへ腰を下ろす。
その隣では。
「あっつい……」
かぐやがぐったりしていた。
すると、ヤチヨもパラソルの下へ戻ってくる。
「涼しい……」
海風が吹く。
ぱたぱたとパラソルが揺れる。
遠くでは子供達の笑い声。
波の音。
カモメの鳴き声。
三人はそれを眺めながらしばらく何も言わなかった。
ただ海を眺める。
青い空。
青い海。
どこまでも続く水平線。
その景色は、不思議と見ていて飽きなかった。
◇
パラソルの下。
波の音を聞きながら、三人はのんびりと休憩していた。
海風が心地良い。
かぐやはビーチチェアにもたれ掛かり、ヤチヨは膝を抱えるように座っている。
「ねぇ、彩葉。」
不意にヤチヨが口を開いた。
「ん?」
彩葉が顔を向ける。
ヤチヨは少しだけ言いづらそうに視線を泳がせた。
「今更だけどさ。」
一拍置く。
「ホントに大丈夫だったの?」
「えっ。」
彩葉は瞬きをした。
「な、何が?」
「今日の旅行の事。」
ヤチヨは続ける。
「ただでさえ私達のせいで大変そうだし。」
「そうそう!」
すると、かぐやも身を乗り出した。
「あと最近ずっと忙しそうだったよね!」
「……。」
彩葉は数秒黙った。
そして。
「なに。」
少しだけ笑う。
「心配してくれてるの?」
「うん。」
ヤチヨは素直に頷いた。
「今日の旅行も。」
視線を落とす。
「彩葉に迷惑掛けてないかなって。」
かぐやも同じように頷く。
「かぐや達、お金とか全然分かんないし……」
「……はぁ。」
彩葉は小さくため息を吐いた。
「まったく。」
そして。
ぐしゃぐしゃ、と。
「わっ。」
「ふぁっ。」
二人の頭を同時に撫で回す。
「い、いろは!」
「髪ぐちゃぐちゃになる……!」
二人が慌てる。
けれど彩葉は気にせず二人を撫で回す。
「子供が一々そんな事考えなくて良いの。」
いつもより少しだけ優しい声だった。
「心配してくれてるのは嬉しいけどね。」
彩葉は撫でる手を止める。
「私はあんたらの事を迷惑だなんて思った事、一回も無いし。」
そして少し笑う。
「これからだって絶対思わないよ。」
「……。」
ヤチヨが目を丸くする。
「ほ、ほんとに……?」
「ほんとに。」
彩葉は即答した。
「それにさ。」
海へ視線を向ける。
「元はかぐやのお願いだったとは言え、私が勝手に連れて来たんだから。」
「え?」
「気にする必要ないよ。」
二人は顔を見合わせた。
彩葉は肩を竦める。
「まぁ、ここ最近忙しすぎてたし。」
遠くで波が砕ける。
「たまには息抜きしたいかったんだよね。」
少しだけ空を見上げる。
「それに。」
今度は二人を見る。
「三人で海に来れて、私は楽しいけど。」
口元に小さな笑みを浮かべた。
「二人は違った?」
その瞬間。
「ちょー楽しい!」
かぐやが即答した。
「海大好き!」
「わ、私も!」
ヤチヨも慌てて続く。
「すごく楽しい!」
その返事を聞いて。
彩葉は少しだけ目を細めた。
「良かった。」
短い言葉だった。
けれど。
その顔は、どこか安心したように見えた。
かぐやとヤチヨはそんな彩葉を見つめる。
そして。
どちらからともなく笑った。
潮風が吹く。
波の音が聞こえる。
夏の日差しは相変わらず眩しかったけれど。
今だけは、不思議と穏やかな時間が流れていた。
◇
パラソルの下。
「はぁ〜……」
かぐやがぐったりとビーチチェアへ沈み込む。
「もう動けない……」
耳までしんなりしていた。
「さっきまであんな元気だったのに。」
彩葉が苦笑する。
「だって朝からずっと遊んでるもん……」
かぐやは恨めしそうに空を見上げた。
隣ではヤチヨも同じように椅子へ身体を預けている。
「私も……」
ぽつりと呟く。
流石に少し疲れたらしい。
海へ入って、追い掛けっこして、泳いで、貝殻を集めて。
気付けばかなりの時間遊んでいた。
「まぁ。」
彩葉は笑う。
「朝からあんな遊んでたし、そりゃそうか。」
「……。」
「……。」
二人は返事をする気力すら無いらしい。
そんな様子を見て、彩葉は少し考える。
「……あ。」
ふと思い出したように声を上げた。
「じゃあさ。」
「?」
ヤチヨが顔を上げる。
「確か、この近くに有名な神社あるらしいんだよね。」
「神社?」
「うん。」
彩葉は頷く。
「このまま帰る時間までだらだらするのも良いけどさ。」
一拍置く。
「折角ここまで来たんだし、行ってみない?」
その瞬間。
かぐやの耳がぴんと立った。
「行く!!」
さっきまでの疲労感はどこへ行ったのか、かぐやはいきなり立ち上がった。
「復活早っ。」
彩葉は思わず笑う。
「私も行きたい。」
ヤチヨも小さく手を挙げた。
「よし。」
彩葉は立ち上がる。
「それじゃ着替えてから行こっか。」
「うん!」
「はーい!」
返事だけは相変わらず元気だった。
◇
神社へ着いた頃には、すっかり午後になっていた。
「おぉー!」
最初に声を上げたのはかぐやだった。
目の前には大きな鳥居。石畳の参道。木々に囲まれた境内。
「すごい!」
かぐやは鳥居を見上げる。
「めっちゃ大きい!」
「有名なところらしいからね。」
彩葉が答える。
「テレビとかでも見た事あるよ。」
「へぇー!」
かぐやはきょろきょろと辺りを見回した。
「なんか神様の家って感じ!」
「まぁ、間違ってはいないかも。」
彩葉は苦笑する。
一方。
「彩葉。」
ヤチヨが少し困った顔で声を掛けた。
「ん?」
「お参りって何すれば良いの?」
その問いに彩葉は「あー」と声を漏らす。
「そういえば知らないか。」
「まず手を洗う。」
「うん。」
「それからお賽銭入れて。」
「うん。」
「鈴鳴らして。」
「うん。」
「二回お辞儀して、二回手を叩いて、お願い事して、最後にもう一回お辞儀。」
「……。」
ヤチヨは固まった。
「覚えられる気がしないんだけど。」
「私も!」
いつの間にかかぐやまで参加している。
「大丈夫大丈夫。」
彩葉は笑った。
「私もうろ覚えだから。」
「ホントに大丈夫かな……」
ヤチヨは少し心配するような表情になった。
◇
手水舎で手を清めたり。
境内を散策したり。
大きな御神木を眺めたり。
三人はのんびりと神社を歩いた。
「なんか落ち着くね。」
ヤチヨがぽつりと呟く。
「確かに。」
彩葉も頷いた。
海の賑やかさとは全然違う。
聞こえるのは風の音と木々のざわめきだけ。
それが妙に心地良かった。
「ねぇ見て!」
かぐやが何かを発見する。
「あそこにも鳥居ある!」
「本殿じゃない方かな。」
「行ってみたい!」
「はいはい。」
そんな風に歩き回っているうちに。
やがて三人は拝殿の前へ辿り着いた。
◇
「じゃあお参りしよっか。」
彩葉が言う。
二人も頷いた。
お賽銭を入れる。
鈴を鳴らす。
そして。
二礼二拍手一礼。
三人はそれぞれ目を閉じた。
◇
かぐやは願う。
『いろはとヤチヨと、ずっと一緒に暮らせますように!』
難しい事は考えない。
ただ、それだけだった。
今みたいな毎日が続けば良い。
それが一番の願いだった。
◇
ヤチヨは願う。
『皆仲良しでいられますように。』
海で遊んだ事。
一緒にご飯を食べた事。
電車で笑った事。
全部楽しかった。
だから。
この時間が続いてほしい。
そう思った。
◇
そして彩葉は、
『……。』
一瞬だけ考える。
お金とか。
仕事とか。
将来とか。
考えれば色々ある。
けれど。
『まぁ。』
小さく息を吐く。
『二人が元気でいてくれれば、それでいいかな。』
それだけ願った。
◇
「終わったー!」
最初に目を開けたのはかぐやだった。
両手を合わせたまま振り返る。
「ねぇねぇ!」
そして。
「二人は何お願いしたの!?」
興味津々だった。
「私は──」
ヤチヨが素直に答えようとして。
「あ。」
彩葉が口を開く。
「お願い事って口にしたら叶わなくなるんじゃなかったっけ?」
「えっ。」
ヤチヨが固まる。
「そうなの!?」
「多分。」
彩葉は曖昧に答えた。
「うろ覚えだけど聞いた事ある気がする。」
「危なっ!」
かぐやが目を見開く。
「危うく叶わなくなるところだったじゃん!」
「い、言わなくて良かった……」
ヤチヨも本気で安堵していた。
彩葉はそんな二人を見て少しだけ笑う。
すると。
「じゃあ!」
かぐやが指を立てる。
「お願いが叶ったら教えてね!」
「う〜ん、どうだろ。」
彩葉は苦笑した。
「叶うかなぁ。」
「えっ。」
かぐやが目を丸くする。
「そんなヤバいお願いしたの!?」
「別にヤバくはないけど。」
彩葉は少しだけ空を見上げる。
「叶うかどうかは私が決める事じゃないしね。」
「?」
かぐやは首を傾げた。
意味はよく分からなかったらしい。
一方で。
「……。」
ヤチヨは少しだけ彩葉を見つめていた。
きっと。
彩葉らしい願いだったんだろうな、と。
なんとなく。
そんな気がした。
境内を吹き抜ける風が、三人の髪を優しく揺らした。
◇
帰りの電車を待つホーム。
三人はベンチへ並んで座っていた。
夕方の風が心地良い。
海で遊んだ疲れもあって、どこかぼんやりとした空気が流れている。
「楽しかったねー!」
かぐやが足をぶらぶらさせながら言う。
「うん!」
ヤチヨも大きく頷いた。
「めっちゃ楽しかった!」
「そうだね。」
彩葉も笑う。
少しだけ考えてから。
「……また来よっか。」
そう言った。
二人の目がぱっと輝く。
「ホント!?」
「やった!」
そして。
「じゃあ明日も来よ!」
かぐやが元気よく提案した。
「それは無理。」
彩葉は即答する。
「えぇ〜!?」
「流石にしんどいよ……。」
ヤチヨも首を振った。
「時間も無い。」
「そんなぁ……」
かぐやが不満そうに頬を膨らませる。
その後も。
「来週!」
「無理。」
「じゃあ再来週!」
「無理。」
「なら来月は!?」
「それなら考えとく。」
「やった!」
「まだ決まってないからね?」
そんなやり取りが続く。
ヤチヨも途中から混ざり始めて。
「今度は別の場所がいいなぁ。」
「例えば?」
「山登り、とか?」
「楽しそう!」
わいわい。
やいのやいの。
二人の会話は止まらない。
彩葉は苦笑しながらその様子を眺めていた。
ふと。
視線を駅の入口へ向ける。
建物の隙間から。
ほんの少しだけ海が見えた。
夕陽に照らされた海。
橙色に染まる水平線。
今日一日遊んだ場所。
「……。」
彩葉はしばらくその景色を眺める。
そして。
ぽつりと呟いた。
「……帰りたくないなぁ。」
「「えっ。」」
二人の声が綺麗に重なった。
彩葉は思わず振り返る。
「……何その顔。」
二人ともものすごく心配そうな顔をしていた。
ヤチヨがおずおずと口を開く。
「い、彩葉。」
「ん?」
「なんか辛い事とかあった……?」
「ないけど。」
即答だった。
すると今度はかぐやが慌てて身を乗り出す。
「じゃ、じゃあまだ遊んでいこうよ!」
「え?」
「もっと海見る!? お土産屋も開いてるし、多分木刀もまだ買えるよ!」
「なんで私が木刀買いたいと思ってる前提なの。」
思わず突っ込む。
かぐやは真面目な顔だった。
「じゃ、じゃあやっぱり明日も来る!?」
焦った表情のかぐやを見て、彩葉は苦笑する。
「だから無理だって。」
「うぅ……」
二人はますます不安そうな顔になる。
その様子を見て。
彩葉は首を傾げた。
「二人とも、なんか変だよ?」
「だ、だって!」
かぐやが勢いよく言う。
「いつもの彩葉なら『早く帰りた〜い』って言うじゃん!」
「私のイメージおかしくない?」
「でも言いそうじゃん!」
ヤチヨが真顔で頷く。
「彩葉が『家に帰りたくない』なんて言ってるところ見たこと無いもん。」
「まぁ、それは確かに……?」
彩葉は少し考える。
言われてみればそうだった。いや、ホントにそうだったかな……?
旅行したのなんて大昔すぎて記憶に残っていなかった。なんとか思い出そうと考え込んでいると。
「ねぇ彩葉。」
ヤチヨがふと尋ねる。
「ん?」
彩葉は視線を向けた。
「今日、ホントに楽しめた?」
少しだけ不安そうな声だった。
彩葉はその意味を理解する。
今日一日。海へ来て、遊んで、観光して、沢山歩いて。
そのほとんどは、かぐやとヤチヨに付き合う形だった。
だからこそ聞きたかったのだろう。
彩葉自身は楽しめたのか、と。
けれど。
「もちろん。」
返事は即答だった。
「帰るのが惜しく感じるくらいにはね。」
そう言って彩葉は笑う。
「……そっか。」
ヤチヨも安心したように微笑んだ。
その様子を見ていたかぐやも嬉しそうに頷く。
「ま、でも。」
彩葉は肩を竦める。
「やっぱり我が家が一番かな。」
「えー!」
かぐやが即座に抗議した。
「毎日こんな遊んでたら疲れちゃうし。」
彩葉は苦笑する。
「かぐやは毎日でも来たい!」
「皆が皆、あんたと同じ体力持ってると思わないでよ。」
「むー。」
頬を膨らませる。
「じゃあ一人で来るもん!」
「危ないから絶対ダメ。」
「えぇ〜……」
即却下だった。
そのやり取りを見ていたヤチヨが小さく吹き出す。
「ふふ。」
そんな他愛もない会話を続けていると。
ホームへ電車が滑り込んできた。
◇
帰りの車内。
流石に疲れたのか、行きの時ほど騒がしくはない。
窓の外では夕日が街を橙色に染めていた。
三人は並んで席へ座る。
ガタン。
電車が動き出す。
心地良い揺れ。
穏やかな静寂。
そんな中。
「あ、そうだ!」
かぐやが何かを思い出したように声を上げる。
「ねぇ、いろ──」
そこまで言って。
言葉が止まった。
「?」
ヤチヨが首を傾げる。
かぐやは隣を指差した。
「や、ヤチヨ……!」
かぐやは何故か小声で囁く。
「あれ見て……!」
「ん?」
ヤチヨも視線を向ける。
そして。
「あ。」
思わず声が漏れた。
彩葉が眠っていた。
窓へ軽く頭を預けながら。
規則正しい寝息を立てている。
夕日が横顔を照らしていた。
どこか穏やかで。
どこか安心しきったような寝顔だった。
「……珍しくない?」
かぐやがこそこそ声で言う。
「彩葉がこんなぐっすり寝てるの。」
「確かに。」
ヤチヨも頷く。
「でも。」
彩葉の寝顔を見る。
「今日は私達に沢山付き合ってくれてたしね。」
「そっか。」
かぐやも納得したように頷いた。
「今はそっとしとこっか。」
「うん。」
しばらく二人は静かに彩葉を見つめる。
そして。
「あ。」
かぐやが何かを思い付いた。
「でも……」
ごそごそ。
彩葉の鞄へ手を伸ばす。
「ちょっ。」
ヤチヨが慌てる。
「何してるの?」
「しーっ。」
かぐやはスマホを取り出した。
そして。
そっとカメラを向ける。
カシャッ。
小さな電子音。
画面には。
気持ち良さそうに眠る彩葉の姿が映っていた。
「これでよし……!」
かぐやは満足そうに頷く。
「バレて怒られても知らないよ?」
ヤチヨが呆れたように言う。
「大丈夫大丈夫。」
かぐやは笑う。
「彩葉はこんなんじゃ怒んないし!」
「どうだろ。」
「大丈夫!」
根拠は無かった。
けれど。
二人は小さく笑い合う。
その後も。
起こさないように声を潜めながら。
今日あった事を話したり。
写真を見返したり。
神社で何をお願いしたのか想像したり。
他愛もない会話を続けていた。
窓の外では夕日がゆっくり沈んでいく。
その隣では。
彩葉が静かに眠っている。
旅行の終わりを惜しむような穏やかな時間だった。
























ほのぼの小学生編完!?次は高校生編!?楽しみにしています