「なんでいけると思ったんだよ」
その一言に、俺はショックをうけた。
こんなチャンス、二度も来るはずがないっていうのに。
遡ること30分前。
いつものベンチでお昼を食べていた俺は、とある別れ話の修羅場に居合わせる。
目の前で、女が男の頬をパチンと叩く。
男は怒るでもなく、抵抗するでもなく。
同じ頬をもう一度叩かれた。
女は何かを喚いたが、男は心底うんざりしたように話が終わるのをただ待っているように見えた。
「っ最低……。あんたみたいな顔だけの男、付き合うんじゃなかった」
男が何も話す気がない態度に、女の怒りはさらに高まったらしく。
「何か言えば?ていうか、私の何がだめだったのよ!ねぇっ!」
それを見ながら俺は、黙々と弁当を食い終える。
ヘアスタイルもメイクも完璧なプライドの高そうな女と、そんな女が自慢したくなるようなかっこいい男。
多分この女は顔だけじゃなくて、この男のことが好きでたまらなかったんだろう。
目が本気だ。本気じゃなかったら、こんな公衆の面前で醜態をさらしてることに気づかないはずないだろう。
でも男に相手にされなかった。
別れ話をされて、本当は嫌だって縋りつきたいのにプライドが邪魔してできなくて、頬っぺた叩いちゃった。
俺はゴホンと咳ばらいをした。
今度は女が蹴りを入れようとしたからだ。
余計なお世話なのは分かってるけど、これ以上長引かれたら困る事情が俺にはある。
女が真っ赤になって逃げだして。
男の冷たい目が、今度は俺の方に向いた。
想像していた以上にゾクゾクする視線に、思わず口角が上がってしまう。
嬉しそうに微笑んだ俺の顔を見て、キム・テヒョンは不審そうに眉をひそめた。
「なに?なんかおかしい?」
声は低めのバリトンボイス。ゆっくりとした話し方は冷たさを感じさせない。
「今別れたんですよね?」
「……、見てたんだろ。何が言いたいんだよ」
「じゃあ次、俺と付き合ってください、テヒョンさん」
「……。っは?何言ってんの」
「告白されたら断らないんでしょ?有名ですよ」
余裕を装って笑ってみれば、喧嘩でも始めそうな圧で、テヒョンさんが俺の隣に腰かけてきた。
「おもしろいね、お前。どういうつもりだよ」
「俺前からテヒョンさんのことが好きだったんです。付き合ってくれますか?」
「……、なんだその棒読み」
「付き合ってくれますよね?」
「なんでだよ。お前、男だろ」
「男じゃだめなんですか?」
「当たり前だろ、なんでいけると思ったんだよ」
「えっ......」
「え、じゃねーよ……」
「それマジで。ちょっと本当にショックなんですけど」
「は?……」
テヒョンさんは断るのが面倒だから告白すれば付き合ってくれるらしい、というのは大学内で超有名な話。それは彼女がいないタイミングのみで、運よくそのチャンスを掴んだものだけが、テヒョンさんと恋人になれる。ただし別れた瞬間を狙わないと、すぐに枠が埋まってしまう。別れたという噂が出るころには、既に誰かのものになっているからである。
ただの噂じゃないといえるのは、彼が高回転率で何人もと付き合ってきたから。
体験談が後を絶たなくて、これはもう都市伝説レベルじゃない。
だから俺にもチャンスがあると思っていた。
俺もずっとテヒョンさんのことが好きだったから。
まさか目の前で別れ話してくれるとは、こんな千載一遇のチャンスなくない?
これは本気でいけるって確信してたんだけど。
『なんでいけると思ったんだよ』って
だって、いけると思ってたから……。
落ち込む俺を見て、テヒョンさんが吹き出す。
「はは、本気なの?冗談かと思ってたんだけど」
隣でのけぞって笑う顔は、やっぱり超絶かっこよくて。
俺はテヒョンさんが好きだから男も女も関係ないって思ってたけど。
駄目だったらしい。
「お前、男が好きなの?そんなにかっこいいのに。もったいねーな」
急に慰めてくれる。
「いや、優しくするくらいなら付き合ってくださいよ」
ほんとに。絶対断らないって言ってたじゃん。
「俺つきあったことないよ、男とは。友だちじゃ駄目なの?」
「友だちならいいんですか?」
「え?うーん、まぁ。そうだね。お前面白そうだし」
「俺、下心ありますよ?いいんですか?」
「っあは、おもしれー。俺男だよ?何言ってんの」
「……じゃあ試しに、付き合ってみませんか?」
半分やけくそで口をついた提案。
でも言ったあとに名案に思えた。
「どうせこのあと、誰か他の人に告白されて付き合う予定なんでしょ。
それなら俺でもいいですよね。本気で誰かと付き合う気がないなら、男でも女でもよくないですか?」
誰でもよくないですかって、自分で言ってて悲しくなるけど。
長いこと待ったこのチャンスに、悪あがきの一つや二つしないと気が済まない。
「まぁたしかにね……。男とか女とかにこだわんなきゃ、お前でもいいっちゃいいかもしんない」
「でしょ?俺のこと、恋人にしてください」
「うーん、俺、面倒なの嫌なんだけど」
「それ言ったら、さっきの別れ話は相当面倒でしたよ。女と付き合ったら絶対面倒。
次の女とも絶対、面倒な別れ方しないとなんなくなります」
「力説すんなよっ」
テヒョンさんが笑っている。
「お前は男と付き合う方が、面倒じゃないと思うんだ?」
「男って言うか、俺と付き合うのが、一番楽だと思います。
俺は女と違ってテヒョンさんに面倒なことは言わないし、あっさりしたもんです。
でも後悔させないくらい、大事にしますから」
「別に大事にはしなくていいんだけど。期待してないし」
「女と付き合ってまた面倒くさい思いするのと。俺と付き合って女が寄ってこなくなるのと。
どっちがいいんですか?」
「どっちって、お前」
眉を下げて笑い続けてる姿を見て、あと一押しかな、と期待する。
テヒョンさんは唇を突き出しながら「うーん……」と思案し始めた。
「でもまぁ……」
「はい」
「いっか。付き合おっか?」
それを聞いて、思わずガッツポーズをする。
「よっしゃ!」
「はは、おもしれー」
テヒョンさんは手を叩いて笑った。
俺は、念願のテヒョンさんの恋人の座を手に入れた。
掲示板の前で待っていると、講義の終わったテヒョンさんが歩いてきた。
右手を上げて手を振ってくれる姿がやっぱり、かっこいい。
「あー、ほんとに待ってた。飯でもいく?」
そう言いながら、すたすた俺を通り過ぎて先に行ってしまう。
それを追いかけて横に並んで、当たり前のように隣を歩けるのが、すごく嬉しい。
「何たべますか?普段、何食べてます?好きなものは?」
「そういう質問、全部めんどくさい。飽きた」
「あー、じゃあ俺の好きな定食屋でいいですか?安くて旨いです」
「そこでいいよ」
その時自転車が向こうからやってくる。
俺はテヒョンさんに腰を抱かれて、スッと歩道側に寄せられた。
え……。
それ、俺の役目じゃないの。
涼しい顔をしたテヒョンさん、きっといつもこうして女の子を守ってる。
素でこんなことされたら女の子もたまったもんじゃないよな、と同情しながらも。
嬉しくてドキドキしちゃった俺。
少し混雑したお店に入って、奥のテーブル席に座る。
互いに好きな定食を注文した後、メニューを壁際に立てて、改めて顔を見合わせて、テヒョンさんが一言。
「なんかさ、これ友だちでいいんじゃね?」
かすかに感じていた不安は的中して、心臓がずきんと痛む。
定食屋なんて雰囲気のない店を選んだのが間違いだったのだろうか。
最初からお洒落な店に行くより、庶民的な雰囲気の方が距離が縮まると思ったんだけど。
「周りからみたら友だちにしか、みえないでしょうね……」
「俺さ、付き合っても一緒にご飯いったりしないのよ、女の子と。エッチはするけど」
「ぐふっ」
「でもお前面白いしさ、もっと仲良くなってみたいとは思ってるわけ。だからさ、友だちでよくない?って」
「喜んでいいのか、よくないのか……」
「お前とはエッチできないし、こうやって飯食うだけならそれって友だちじゃん。だろ?」
「なんか……、いま重要な話聞いた気がする……」
「そもそも男と付き合うってよく分かんないんだけど。俺は彼氏だろ、お前はなに?彼女?」
「ちょっと整理していいですか?」
「まぁ呼び名はなんだっていいけど」
「確認なんですけど」
「なに」
「今まで付き合ってきた子たちとはエッチはしてたんですね?」
「説教とかいらないんだけど」
「じゃあ、俺と付き合ったんだから、俺ともエッチしますよ?」
「ん?」
「お前とはエッチできないって、男同士でもできますよ、エッチは」
「ん?」
「このあと、俺んち来ますか?」
「……、いやいや」
「テヒョンさん初めてだから、優しくしますよ」
「冗談だろ……」
「俺も揺れてます。大好きなテヒョンさんと愛のあるエッチがしたいです。でも、愛がなくても一度してみたい」
「……本気?」
やばい、焦り過ぎた。
友だちで十分って言われて、せっかく付き合えたのに白紙にされるかと思って。
付き合った子とエッチはするって、軽いこと言うから、まじで?俺もじゃあいいの?って。
あれ、何やってんだろ俺。
もし付き合えたら、めちゃくちゃ大事にして、いい思い出いっぱい作って、ジョングクとの時間楽しかったって言ってもらうつもりだったのに。
「あ……、テヒョンさん……」
この場で別れるって言われたらどうしよう。
どうしよう、どうしよう。
今日の昼に付き合ったばっかなのに、夕方にもう、終わり……?
「ちょっとさ、俺おかしくなってんのかな」
「お願いします……、別れるって言わないで……」
「興味あるかもしんない」
「言わないで……」
「男とのエッチ。女の子も飽きちゃった、のかな」
「……え?」
「どうやんの?正直、全然想像できなくて逆に興味ある」
「あー……、どうやるかは……、実地で教えますけど……」
耳を寄せてきたので、こそこそっと教えてあげた。
「うわぁ。まじかぁ……」
ものすごく嫌そうな顔をしたので、言うんじゃなかったと後悔する。
ああ、無理っぽいかも。
絶対拒否だよな、この顔……。
「でも慣れたらめちゃくちゃ気持ちいですよ。男同士だから、どこ触ってほしいか分かるし」
「そうなの?そういうもん?」
……揺れてる?もしかして意外といけたり?
「考えてみてください、前と後ろの両方が刺激されるんです。もっというと、前と後ろと中奥。女性がイク時より気持ちいいって聞いたことがありますよ」
「前と後ろと中奥……」
テヒョンさんがエロい顔するから、今までの女の子との経験を思い出してるのかと、少し胸が痛い。
「抵抗あるなら、挿れなくても擦り合わせるとか。最初はその方がいいかもしれないですね」
さっきの嫌そうな態度を見て、少しハードルを下げてみた。
実際、挿入をしないで行為を行うカップルもいるらしいから。
「今日は無理だけどさぁ……」
うわっ。
「はい」
「なんか、お前相手だったらやってみたい気もする」
「まじ、ですか?」
「挿れたり挿れられたりっていうのはちょっと……あれだけど。俺おかしいかな」
「いや、いいと思います。何事も、経験で」
「やっぱりお前、おもしろいな。なんか久しぶりにわくわくしてきた」
「わくわく?」
「新しい出会いっていうか、これからお前と付き合っていくのかっていうのが楽しみっていうか」
「それめっちゃ嬉しいんですけど」
「なんでだろう。男だからかな?新鮮な感じ?」
「そこは俺だからってことで」
「はは、だよな、ごめん。……ところで、お前」
「なんですか?」
「名前、聞いてなかったんだけど。何年生の誰?」
えーーーーーーーーー……。
ご飯を食べ終えて店を出ると、外はもう暗くなってきた。
俺がお金を出そうと思っていたのに、いつの間にかテヒョンさんがお会計を済ませていた。
ほんと、まじでかっこよすぎ。
「いいよ、次はジョングクのおごりな」
なんて、じゃあ次もご飯一緒に食べてくれるんだ、って嬉しくなっちゃって。
だって今まで付き合ってきた子とは、『飯もろくにいかなかった』って言ってたのに、俺は特別かよ。
この人といると、自分が乙女になっていきそうだ。
それともまだ、友だち枠だったりするのかな...。
「送っていきます」
暗い道を腰に手を回して歩こうとすると、ビックリしたように振り向いた。
「俺、女の子じゃねーから。何言ってんの」
「……。でも、もっと一緒にいたいですし」
「今日はお腹いっぱい。お腹もだけど、お前も。また明日な」
「テヒョンさん」
「楽しかったよ」
「また会ってくれますか?」
「気が向いたらな」
「……」
あ、これ最後だって思った。
やけにあっさりとした別れ際。俺は、だめだったんだろうか……。
ご飯食べてる間も会話が途切れなくて、なんなら盛り上がって、気が合うなって言われて。
でも楽しかったのは、俺だけだったぽい。
テヒョンさんは相手を楽しませて、でも心の中では『やっぱり違うな』って思って。
今日の食事中に、もう俺とは会わないことを決めたのかもしれない……。
ここでしつこくしたら、そのままここで別れを通告される。
カトクしても、返事は返ってこないパターンだ。
それでも会いたいって食い下がったら、面倒になって『別れよう』って言うんだろう。
まだ何もしてないのに。
恋人らしいことはなにも。
何も、してあげられてない。
あー、泣きそう……。何やってんだ、俺。
気づいたら、テヒョンさんの背中は駅の改札に消えていった。
その帰り道、電車に乗らずに歩いて帰った。
家まで1時間半、失恋した俺は暗い住宅街や線路沿いをとぼとぼ歩いた。
慰めになるのは、テヒョンさんのかっこいい顔を間近で見れたことや、時々触れられたこと。
その余韻を諦められなくて、家に着いてしまったら夢が覚めてしまいそうで。
やっぱりエッチの話がいけなかったのかな、って後悔したって仕方ないけど。
そもそも男と付き合うのが乗り気じゃなかったんだから、最初からご飯だけたべて終わりにしようって思ってたのかもしれない。
難しいなぁ。テヒョンさん。
難しいなぁ。俺の恋愛……。
大学構内を歩いていると、遠くにテヒョンさんの姿を見つけた。
相変わらずお洒落で、遠目で見てもスタイルの良さと顔の良さが分かる。
一緒にご飯を食べに行ってから、ちょうど一週間が過ぎていた。
『別れよう』と言われるのが怖くて、カトクを送るのも、顔を合わせるのも避けてきた。
いつまで避け続けるんだって話だけど、そんなの俺だって分からない。
テヒョンさんの恋人って言う肩書を守り続けて、だってそうしていれば、テヒョンさんは他の誰のモノにもならない。
たぶん。
丁度その時、カトクの着信が鳴った。
びくっとして画面を見れば、友だちからの連絡だった。
テヒョンさんからじゃないと安心する。
心臓に悪い。
「よおっ」
肩を叩かれて振り向いて、息が止まるかと思った。
「テ…テヒョンさん」
「お前随分と冷たいのな。大事にしてくれるんじゃなかったのかよ。一週間もほったらかしでさ」
久しぶりに見た顔面は記憶以上にかっこよすぎて、その眩しさに目を細めてしまう。
「まて、逃げんなよっ」
踵を返してこの場から立ち去ろうとした俺の腕は、テヒョンさんに掴まれる。
機敏な反射神経はさすがだな、って思うんだけど。俺の逃走は失敗した。
そして引きずられるように学食に連れていかれ、アイスをおごられる。
「いただきます……」
「なぁ」
「今食べてるんで…」
「俺の一週間返せよ」
「返したくないです。テヒョンさんにとってはたかが一週間でも。俺にはテヒョンさんの恋人だった大事な一週間なんです」
「何が恋人だよ、逃げ回ってたくせに。こっちは結構わくわくしてたんだぞ」
「わくわくって……俺と別れることがですか?」
「ちげーよ。お前と付き合う事だよ。言ったろ?飯食った時」
遠い記憶……。懐かしすぎるほどに、甘くて切ない。
あの日テヒョンさんと定食屋でご飯を食べて、男同士のエッチについて話して、確かにテヒョンさんはわくわくすると言った。
…話が繋がらない…。何言ってんだ?テヒョンさんは。
「確認していいですか?」
「なんだよ」
「あの定食屋の夜、テヒョンさんは俺と別れることを心の中で決めましたよね?」
「は?」
「だから、その決定打が放たれないよう俺は逃げ回ってたわけですけど。もしかしてそうじゃない?」
「んなわねーだろ。楽しかったって言ったのに」
「えーーー」
ふらりと倒れそうになって、額を抑えた。
テヒョンさんは鼻で笑うと「お前かわいいな」って一言。
可愛い?心外な。っていうか、かわいいって。俺かわいいのかな......。
「顔がコロコロ変わる、お前見てると飽きない。おもしろい。赤ちゃんみたい」
「あ、赤ちゃん???」
「ごめん、それは言い過ぎか。でも最初の印象よりはずっと幼いかな」
「はあ…。じゃあ、もう一回確認していいですか?」
「確認好きだな、お前」
「俺たちはまだ付き合ってるってことでいいんでしょうか?」
「そうだよ、アイス食べ終わったらデートするぞ」
「は、はい。やった」
「で、どこに?」
その後、二人で講義をサボって電車に乗ったんだけど、テヒョンさんが行き先を教えてくれない。
「俺も行ったことないし、多分ちょっと遠いけどいいよな?」
「うん、だからどこ行くんですか?」
普段乗らない沿線の、ガタガタと各駅停車が田舎の街並みへと突入していく。
隣に座って体が揺れて、膝がとんとん当たって、テヒョンさんと手を繋ぎたい。
「男同士だと、簡単に手とか繋げないもんだな」
まるで俺の心の声を拾ったみたいに、テヒョンさんの方から言われて驚く。
「そうなんですよね……」
車内は空席が多いけれど、目の前におじいちゃんがいたり、向こうの方に親子連れや、サラリーマンが見える。
悪いことをしているわけではないけれど、ここで男二人が手なんか繋いでたら、いけないものでも見せてるみたいな罪悪感になる。
「おまえさ」
「はい」
「今まで男と付き合ったことあんの?たぶんあるよな?えっちのこととか知ってたもんな」
「ないことは……ないですけど」
「俺、女の子としか付き合ったことないからさ」
「そうですよね。…でも俺も、女の子と付き合った方が多いですよ」
「そうなの?俺てっきり、男が好きなのかと思った」
「うーん。どうなんですかね…」
実をいうと、自分でもセクシャリティというものが分かってない。
昔から女の子との出会いの方が多いから何度か付き合ってみたんだけど、なんかしっくりこなくて。
そんなときにテヒョンさんを見つけて好きになって、あれ?俺って男が好きだったのかな。なんて思って。
「その、付き合った男とはどこで出会ったんだ?」
「マッチングアプリで出会いました。会って、そのあと付き合うことにして」
自分が本当に男が好きなのか知りたくて、なんだけど。
「へぇ。それで?」
「エッチの仕方もその子から教えてもらいました。経験豊富な子で。優しい子でした」
俺のことをすごく好きになってくれて、いい子だったんだけど。
やっぱりテヒョンさんとは違うっていうのが引っかかってて、俺は結局その子をちゃんと好きになれなかったから。
「でも別れちゃったんだ」
「ですね」
「女の子は?何人くらいつきあったんだ?」
「めっちゃ聞いてきますね?……もしかして、俺に興味持ってくれたんですか?」
「え?あそうだな、なんでだろ。まぁいいじゃん。…で?」
「正直、何人かは覚えてないです。自分からがなくて、なんとなくが多くて」
「うわっ。ほぼ俺と一緒じゃん。だよな、お前かっこいいもんな、モテそうな気はしてたんだよ」
「テヒョンさんとは……一緒じゃないと思いますけど。だってテヒョンさん、月2くらいじゃないんですか?俺はずっと狙ってたのに、全然チャンスが回ってこなくて」
「そうだったの?早く言ってくれればよかったのに」
「何言ってるんですか。『お前男だろ、なんでいけると思ったんだよ』って、断わってたでしょう。もう忘れたんですか」
「おぼえてねーな」
「軽いなぁ」
「で?」
「で、ってなんですか。何の話でしたっけ。ていうか、俺たちどこ向かってるんですか?」
「ああ……、ほら、窓の外」
顔を上げて見れば、車窓から広がるのは青い水平線。
昼間の強い日差しがキラキラと跳ね返す、海岸が目に入った。
「海、ですか」
「行きたかったんだ」
海開き前の砂浜は閑散としていて、ちらほら犬の散歩をしている人がいるくらい。
スニーカーを履いていた俺たちは靴を脱いで、裸足で波打ち際を歩くことにした。
「冷てっ!うあっ」
濡れた砂と乾いた砂の上を、進んだり戻ったりしながら、テヒョンさんは波と戯れる。
見て見てと言わんばかりに、俺の顔を見てきて、まぶしいったらありゃしない。
俺はスマホを構えて、テヒョンさんの姿を動画に収めた。
別れた後は、これも思い出になっちゃうのかな、と思いながら。
「お前もこっちこい」と腕を引っ張り上げられて、そのまま波打ち際へ。
「ほんとに冷たいっ!!!」
足首まで浸かった水から慌てて逃げたとたん、転びそうになって、結局転んだ。
かろうじて手をついて全身被害は免れたものの、右側がびしょ濡れでTシャツは水が絞れるくらい色が変わってしまった。
テヒョンさんは弾けたみたいに笑い出した。この人、こんなに笑うんだっていうくらい。
「めっちゃ笑うじゃん……」
自分だけ、さらさらに乾いた服を風になびかせている。
「なんか楽しいな、ジョングガ」
テヒョンさんは目尻に溜まった涙を拭きとると、俺に向かって無邪気な笑顔を見せた。
「テヒョンさん……」
どこにそんな、可愛らしい笑顔を隠してたんですか…………。
かっこよくてクールなテヒョンさんは、大笑いした後の笑顔が幼くて可愛らしい。
知らなかったけど、知ることが出来てよかった。
それは濡れたことがもうどうでもよくなるほどの笑顔で、最大級の宝物を発掘した気分だった。
「あそこの枝に引っ掛けたら、シャツ乾くんじゃね?」
砂浜の流木を指さしたテヒョンさんは、そこへ向かって走っていく。
俺はTシャツを脱いで、絞りながらそこへ近づいた。
枝に引っ掛けると、いい具合に風を受けてシャツがはためく。
日差しもあるし、すぐに乾きそうではあったものの、裸になるにはまだ肌寒くて鳥肌が立った。
「寒いです」
両腕で体をさすっていると、テヒョンさんは立ち上がり、俺の後ろに回って腰を下ろす。
両腕と両足で俺の身体を抱え込んで、風があたらないように囲ってくれた。
「これでマシになったか?」
「…あったかいです」
背中に響く声に、ドキッとする。
「身体つめたくなっちゃってんじゃん。…悪かったな、急に引っ張ったりして」
両腕をさすってくれる手が優しい。
「いや、俺が勝手に転んだだけですから」
「だよな、俺悪くないと思う」
顔が見えないけど、たぶん背中で笑うのを堪えてるんだろうなと分かるくらいには小刻みに揺れた。
海に来てからずっと楽しそうにしているテヒョンさんのことを思う。
「どうして海に?」
「上京してからずっと、海に来たかったんだよ。故郷には海があったから」
「上京って大学に入ってから?一度も来てないんですか?」
「一緒に行く人がいなくて」
「テヒョンさんが……?」
「一人で来るのは寂しいじゃん、やっぱり」
「一緒に来る相手なんて、今まで何人もいたくせに。本当は面倒だっただけなんじゃないんですか?」
「……かもな」
「……俺と来て、楽しかったですか」
「うん、ジョングクと来て楽しかった」
「俺。テヒョンさんの恋人ですから。海行きたいときは、いつでも一緒に行きますよ」
「そうだったな。忘れてた、お前が恋人だったってこと」
「ひど……。自分でデートっていったくせに」
「ジョングガ、こっち向いて」
振り向くと、テヒョンさんは肩越しにチュっとキスをしてくれた。
ゆっくり顔が離れていくとき、テヒョンさんの真面目な顔が見えた。
「テヒョンさん、好きです……」
思わず口にしたら、かすかに微笑んで優しく頭を撫でられた。
テヒョンさんは何も言わずに立ち上がる。その姿を見上げて、俺も好きだよって言ってくれるんじゃないかと待ったけれど、さすがにそれは言ってはもらえなかった。
大分乾いたTシャツを着直した後、陽も落ちてきたので砂浜を引き返して駅の方へ戻る。
もう濡れたら困るので、波打ち際から少し離れた砂浜を、ゆっくり歩く。
ぎしぎしと踏みしめて、歩きにくいなと思いながら。
隣で歩くテヒョンさんの手を握った。
絡んだ指を握り返してくれたので、俺はそっと顔を見る。
テヒョンさんは安心したように肩の力を抜いて、絡んだ指を握り返してくれた。
「背の高さが同じくらいだから、ジョングクの方が手が繋ぎやすいな」
とテヒョンさんは言った。
「女の子より良いところもあるでしょう?」
テヒョンさんは頷きながら、そうだなと笑う。
「それから女の子は手が小さくて守んなきゃって思うけど、ジョングクは手が大きいから、守らなくていい」
「ふふ、守られたいとは思ってないです」
「俺も守られたいとは思わないけど」
「けど?」
「一緒に歩くのって、いいなとは思う」
「……なんか、テヒョンさんのこと少し分かった気がします」
「なに?」
「一緒に海に行って、並んで手を繋ぐ人が欲しかった」
「……」
「女の子たちとは海に行く気にならなかったんですよね?」
「なんなかったな」
「友だちは?」
「友だち……、いるようないないような」
「じゃあ、やっと見つけたんだ」
「何を?」
「俺を、です」
「は?」
「いい恋人、見つけましたね。テヒョンさん」
「……おもしれーな。ジョングク」
「好きですよ、テヒョンさん」
俺もだよ、とは今回も言ってくれない。
ただ黙ってつないだ手を揺らして、砂浜をゆっくり歩いていく。
手を離さないだけ許されてるんだと思いながらも、やっぱり寂しい夕暮れで。
俺はテヒョンさんにとっての、友だちなんだろうか。
でも、さっきはキスをしてくれた。
遊び慣れているテヒョンさんにとって、キスはただの気まぐれかもしれないけれど。
数日後、学食でふたりで食べているとき、急に知らない子がテーブルに座ってきた。
テヒョンさんに身体を向けて、勝手に話し始める。
「ねぇ、どういうこと?ミナの後、誰とも付き合ってないらしいじゃん」
「付き合ってるよ」
「嘘ばっかり。女と歩いてることろ見かけないし。聞いたけど誰も名乗り出てこないのよ。
テヒョンと付き合ってること黙ってられるような、そんな奥ゆかしい女と付き合ってるってこと?」
「だったら何?」
「いやもしかしてフリーだったら、もう一回あたしと付き合ってくんないかなって。じゃなくても、一体どんな女と今付き合ってんのか気になっちゃってさ」
「お前に関係なくない?面倒だからどっか行って欲しいんだけど」
「本当に女いんの?誰?誰?っていうか、いつ別れんの?テヒョンのことだからそろそろ飽きるころじゃない?」
「うっさいな」
テヒョンさんは向かいに座る俺と目を合わせた。
俺は首を振って、言わなくていいと伝える。
「なんで」
テヒョンさんが口に出して抗議したから、女の子が初めて俺の存在に気づいたらしく。
「うわ、イケメンじゃん」
彼女は急に身体を俺の方に向けると、まじまじと顔や身体を見てきた。
「え、誰?テヒョンの友達?」
「はい…、まぁ」
「彼女は?いたりする?……いるよね、やっぱかっこいいもんね」
「い…な」
いないと言おうとして、テヒョンさんに鋭い目で睨まれたのに気づいた。
「います」
「だよね~、超うらやましい。誰だろう、他の学部かなぁ」
「あのさぁ!」
しびれを切らしたように、テヒョンさんはそのまま鋭い目を彼女に向ける。
「邪魔だから、いい加減どっか行ってくれる?」
「っあ…、あ、ごめん。テヒョン。じゃ、もう行くわ」
「うん、じゃあね」
冷たくて、うんざりした視線。
久しぶりに見た気がする。
……そう、俺が告白する前、テヒョンさんが女の子を振って頬を叩かれた時の目。
かっこよくてしびれるけど。それを自分に向けられたらどうだろうと思う。
まだ、あの冷たい目で見られたことはない。
向けられたくは、ないなぁ。
「……ごめんジョングク…っていうかさ。何で言っちゃいけないわけ?お前と付き合ってるって。お前だって『俺と付き合ったら女が寄り付かなくなっていい』とか言ってたじゃん」
「気にする人がいるから」
「男同士って?俺は気にしないけど」
「俺も気にしないです。でも気にする人の方が多い」
「どういうこと?俺らが気になんないなら、それでよくない?」
「でもテヒョンさん、構内で手を繋いで歩けないでしょう、俺たち」
「……」
「無理しなくていいんです、俺もできないし。だから、そういうことです」
「そういうことって」
「無遠慮に攻撃を受けたくない、わざわざ矢の中に入っていかなくていいと思うんです。きっと周りがアレコレ言ってきますよ、面倒じゃないですか?」
「すげー面倒」
「でしょ。だから言わなくていいですよ」
「なるほどな、でも......」
「でも、なんですか?」
「いやなんでもない。……そういうもんかもしれないなって」
テヒョンさんと付き合って、3週間が経った。
今までの傾向で言うと付き合っても1~2週間で別れていたテヒョンさんだから、自分は長い方だと思う。
それが恋人として置いてくれているのか、友だちとしてのポジションになっているのか。
恋人がいるから、という理由で簡単に振ることが出来るのが、俺と付き合ってる一番のメリットなんだとは思う。
友だちのように気楽にいられるし、俺は面倒くさい態度をとったりしない。
俺も、テヒョンさんが他の女の子と付き合わないでいてくれるのは嬉しい。
それがいつ、気が変わるかは分からないけど。
キスは海でした一度きり。
手はたまに繋ぐこともあるけれど、恋人らしい触れ合いはしていなかった。
空いている時間を一緒に過ごしたり、ただそばにいることが多い。
テヒョンさんのことが好きな自分としては物足りないけれど。
もともとノンケの彼だから、無理に恋人らしくするよりも、このままでもいいのかなとも思い始めて。
だからその日、「俺んち来る?」って言われた時は、どういう意味かわからず戸惑った。
テヒョンさんの部屋は普通の1Kで、玄関入って両脇にキッチンとバスルーム、奥の部屋にベッドとソファが置いてあった。
入るとかすかにいい香りがして、家具や小物なんかもお洒落で、テヒョンさんらしいなって思った。
「緊張する……」
「なんでだよ」
ソファに座るとすぐ、テヒョンさんは長い足を組んで音楽をかけた。
俺はコンビニの袋から飲み物とお菓子を机に出し、部屋の中を見回す。
ふとベッドに目が留まり、ここで何人としたんだろうか、それともホテルかな。と考える。
付き合う時は、自分とも一度くらいしてくれるような気がしてたけど。
どこに挿れるのか分かったテヒョンさんの嫌そうな顔を見てからは、もう無理かなと思ってる。
「ジョングガ、映画見る?それともゲームする?」
「ゲームして…、そのあと映画かな」
「オッケー」
テヒョンさんはゲームをセットするためにソファから降りて、そのまま俺の足の間に座り込んだ。
はい、と渡されたコントローラーを受け取ったはいいものの、テヒョンさんを後ろから抱きかかえる体勢になっている。
お互いちょっとやりづらいはずなんだけど、テヒョンさんは気にしてなくて。
あまりに自然にそこにいるから、受け入れるしかない。
好きな人の部屋で二人きりで、体温を感じるくらい体が触れているのが、どんなにドキドキするのか。
テヒョンさんは気づいていない。
ゲームは白熱して、盛り上がった。
俺は負けず嫌いだったし、テヒョンさんも容赦ない。
勝利する度に、誇らしげにテヒョンさんが振り向く。
無邪気な笑顔を向けて、この表情どこで見たんだっけ、と思い出せば、初めて行った海だった。
クールなテヒョンさんはカッコいいけど、俺はこの笑った可愛い顔が一番好きだと思った。
付き合ってから知った、テヒョンさんの笑顔。
少し幼い感じのする丸い頬。
負けると拗ねて口を突き出し、チートをして俺を出し抜く。
後ろにいる俺は、いつテヒョンさんが振り向くかな、ってそれに気を取られて、だんだん弱くなっていく。
振り向いたその顔に、俺はキスがしたかった。
海でテヒョンさんがしてくれたみたいに、後ろからしてもいいのかなって。
何度も思いながら。
でもそれで止まれるんだろうかって、自信はなくて。
キスはよくても、その先を拒絶されたら耐えられそうにないのが分かってる俺は、苦しさを感じながら我慢を続ける。
ゲームがひと段落して、テヒョンさんがお腹空いたというのでパスタを作ってあげることにした。
何にも自炊はしないとは言っていたけれど、まさか調理器具が見つからないとは思わなかった。
料理を始める前に二人で扉を開けまくって、やっと段ボールの中に見つける。
「埃かぶってますよ、これ親御さんが一式用意してくれたんじゃないんですか、もったいない」
「使わねーんだもん。ていうか、一度出したんだから、これからお前が責任もって使えよ」
「責任って。それはいいんですけど」
それじゃあまるで、俺がこの部屋に来るのが当たり前みたいな言い方。
「ジョングク、これから俺にいっぱい料理作ってよ」
だから、その未来を期待させるような。
「作ってもいいですけど、今まで付き合ってきた女の子と比べないでくださいね。あんまり凝ったものとか作れないし」
「お前が作ってくれるなら、なんでも嬉しい」
テヒョンさん何も考えてない……。
そんなこと言われたら俺は嬉しいのに。俺がテヒョンさんのこと好きって、忘れてる。
これはお試しで付き合ってくれてるだけ、テヒョンさんにとって俺は友だちみたいな恋人枠。
でもそんなの関係ないくらい、俺だけがどんどん本気になっていく。
本気でテヒョンさんのことを、好きになっていってる。
「いいですよ。テヒョンさんのためなら」
最初から変わらない一方通行の恋。
でもそばにいられて、何かしてあげられるのなら。
遠くで見てる片思いより、近くでする片思いの方がよっぽど報われるかもしれない。
なんでもないパスタを作って、食べて、映画を見始めたのは結局夜の22時を過ぎていた。
見終わる頃には深夜になってたぶん終電はない。
テヒョンさんがそれに気づいてるのか分からないけど、でも自分から言い出したら、今ここで帰るしかなくなる。
卑怯だよな、と思いつつ、黙っていた。
選んだのはSF映画。テヒョンさんはクッションを抱えながら、俺にもたれ掛かって見ている。
惑星間を移動している静かな時間、寝そうだなとは思ったけれど、案の定、肩がずしりと重くなった。
時計を見上げればまだ23時、帰れるなぁと考える。
テヒョンさんをベッドに運んで寝かせた後、机の上を片付けて、流れていた映画の画面を停止した。
電気を消して部屋が真っ暗になり、テヒョンさんの寝息だけが聞こえる。
あとは俺が出ていくだけ。
本当の恋人だったら、彼のベッドの上で一緒に眠れたんだろう。
抱きしめて朝を迎えて、お互い寝ぐせだらけの髪の毛で朝ご飯を食べて。
今の俺にはない世界。
テヒョンさんのソファで、そんな悲しい夢を見ながら眠るより家に帰りたかった。
今思えば、自分がみじめだと思いたくなかったのかもしれない。
明け方テヒョンさんからカトクが入っていて、無事に帰ったのか、の確認だった。
目が覚めたら俺がいなくて、心配してくれたらしい。
『帰ってますよ、家に』
『勝手に帰るなよ、いるかと思ってソファに話しかけちゃったじゃん』
『どんな話ですか?』
『覚えてない』
『テヒョンさん今日は?何限から?』
『2限。お前は?』
『同じです』
『じゃあお昼に、学食でな』
それからもテヒョンさんとはカラオケに行ったり、ご飯を食べに行ったり、毎日のように会って遊んで過ごした。
気づけば、キスどころか手を繋ぐことさえしていなかった。最後に繋いだのはいつだったんだろう。
恋人なんて名ばかりの、ただの仲のいい友だちだった。
その夜もテヒョンさんの部屋に来ていて、もうすでに缶ビールを何本か空けていた。
「俺こんなに続いたの初めてかもしんない」
楽しそうに缶をユラユラ揺らし、酔ってるのが見てわかるくらいに機嫌がいいテヒョンさん。
「何のことですか?」
「お前とだよ。俺いつも2週間持たないくらいで別れてた。でも、もう1、2…いくつだろう、1か月以上は過ぎてるよな」
「恋人じゃなくって、友だちだからですよ」
「友だち?俺たち付き合ってんじゃないの?」
「まだそう思ってくれたんですね。でもどう考えても、今更違うでしょ」
「なんでだよ~」
「ほら、やっぱりわかってない」
人差し指でテヒョンさんの額を小突くと、瞳が揺れて、俺の心も悲しく揺れる。
「もう俺のこと好きじゃないのかよ」
「好きですよ」
前よりずっと、結構本気で。
でも好きになったのは最初から最後まで俺だけだから。
「ならいいじゃん」
笑ってるテヒョンさんをどう受け止めたらいいか分からなくなってきていて。
自分がどうやって笑えばいいのかも、時々分からなくなってくる。
だけど、隣にはいたい。
「ちょっと飲み過ぎですよ、大丈夫?」
「へーき、へーき。ここ俺んちだし」
「そうですけど」
「俺が寝ても、前みたいに勝手に帰んなよな」
「やですよ」
「か・え・ん・な」
「なんで」
「俺が寂しい」
「寝てるじゃないですか」
「寂しいんだよ。いたはずなのに、目が覚めるとお前がいないのが」
「我儘だなぁ」
「ジョングガ、お前知らないだろうけどさぁ」
「何ですか、酔っぱらい」
「俺は毎朝寂しいわけよ。毎朝、毎朝、目を覚ますたびに」
「はい、はい」
「起きてもジョングクがいない、寂しいなぁ。今朝もお前がいない、寂しいなぁって」
「……」
「なんでいないのかなぁって。分かる?分かんないんだろうねぇ。お前は」
「……」
「ん?」
「……わかんないですよ」
「だろうなぁ」
泣きそうになって机に顔を伏せた俺の頭を、テヒョンさんは髪をすくように優しく撫でた。
髪の毛一本一本が彼の手の中に入っては落ちていく。
無自覚なんだろう。
寂しいといっても深い意味はない。
そういう人なんだ、一緒にいて彼のことは少しずつ分かってきたから。
朝起きた時にいて欲しいことと、朝まで一緒にいて欲しいことは違う。
俺は朝まで一緒にいたいけれど、テヒョンさんは目覚めた時にそこにいてくれさえすればいい。
そういう違い。
だけど彼は無自覚に俺を縛る。
俺はテヒョンさんのことが好きだから。
たぶん今日、俺は家に帰らない。
朝起きた時に寂しくないよう、たとえ寂しいと言ったことを本人が忘れてしまっていても。
分からないだろうね。テヒョンさんには……。
マッチングアプリで知り合って付き合った男の子、ヨンから久しぶりに連絡があった。
円満な別れ方じゃなかったしもう会わないと思っていたけれど、すごくいい子だったし傷つけてしまった負い目もあって、元気かどうかはずっと気になってはいた。
今付き合ってる男性のことで相談したい、電話だとうまく話せないから直接会いたいと言われた。
理由が何にしろ会わない方がいい気はしたんだけど、すごく悩んでいて、相談できる人が他に思いつかない、と涙声になっていて。
もし俺が彼と会ったらテヒョンさんはどう思うかな、そう考えたんだけど、何とも思わないんだろうなって思うと自虐的な笑いが零れる。
「テヒョンさん、前に話した元カレなんですけど。付き合ってる人のことで相談したいって言われて」
「へー。どんなこと?」
「詳しくは分からないんですけど、会って聞いて欲しいって。相当悩んでるみたいで」
「大変だね、で、いつ?」
「まだ会うかは決めてなくて……」
「頼ってくれたんでしょ?聞いてあげなよ。いい子だったんでしょ」
「……いい子でしたよ」
ちょっとは期待してたんだけどな……。
えー行くの?とか、それ浮気でしょって、冗談でもいいから。
でもあぁそっか。そうだよなって。
ヨンに話を聞いてもらいたいのは俺の方かもしれない。
そういえばヨンも昔、ノンケの人を好きになったことがあると聞いた気がする。
俺はこのままテヒョンさんと付き合っていていいのか。
それとも別れたほうがいいのだろうか。
テヒョンさんと『別れる』だなんて、一度も考えたこともなかったのに。
なぜだか初めて頭の中で、その言葉が現実味を帯びて浮かんでいた。
ヨンと会ったのは数日後、昔二人でよく行った馴染の居酒屋だった。
久しぶりだったにも関わらず、顔を合わせてしまえば付き合っていた時の空気感が戻ってきたみたいで。
まるで当時をなぞるようにお気に入りのお酒とつまみを注文し、リラックスして肩を並べていた。
互いに近況を少し話して、すぐにヨンの話を聞くことにした。
ヨンの彼氏というのは6歳年上の会社員、優しくて頼りになる人だけど、もしかしたら結婚している人なんじゃないかとヨンは悩んでいた。
「なんでそう思ったの」
「彼の家に行ったことがないんだ、僕たちみたいな関係って外より家の方がいちゃいちゃ出来るじゃない?なのに、いつも僕の家ばかり。彼の家がどこにあるかも教えてくれなくて、なんかおかしくないかなって思って」
「他には?」
「平日の昼間しか連絡してくれないとか…色々あるんだけど…、一番はね、僕が仕事で落ち込んで、今夜はどうしても一緒にいて欲しいってお願いしたの。なのにさ、彼はね、明日朝早くから出張に行かなきゃならないからって、泊まれない、帰んなくちゃいけないって」
「ヨンがどうしてもって我儘言うのなんて、滅多にないよね」
「でしょ?僕だっていつも駄々こねてるわけじゃない。その日だけは一人でいたくなくて、お願いって頼んだのに。いくら次の日出張でも、少しくらい遅くまでいてくれたっていいと思わない?彼、僕を置いて帰っちゃったんだよ?」
その後もヨンは疑わしいことを話してくれたけど、たぶん自分でも分かってるんだろうな、と俺は思った。その彼はたぶん結婚していて家に奥さんがいる。
でもきっとヨンは彼のことを信じたい。彼が独身って嘘をついてまで、自分のことを愛してくれているんだって。きっとその愛は本物だからって、俺に分かって欲しいんだろうなって。
ヨンと付き合ってるとき、俺は本当はテヒョンさんのことが好きだった。
自分が男を好きなのか知りたかったのと、テヒョンさんが遠い存在だったから他の人を好きになりたかったのと、そんな打算的な気持ちでヨンと恋人になった。
ヨンは男を見る目がないな…。
俺みたいなのを好きになって別れて、また自分を一番にしてくれない人を好きになってる。
なんでこんなに優しくていい子なのに、大事にしてくれない人ばかり選んでしまうんだろう。
「ジョングガ、僕の家に来てくれない……?」
「えっ...?」
「見てほしいものがあるんだ。ここには持ってこれなくて。直接見たら、分かってくれると思うんだけど」
「いやそれは…ちょっと」
こんな時間に、お酒も飲んだ状態で、つきあってた相手の家にいくだなんて…できないでしょ。
「お願い、見たらすぐ帰って構わないから。ちょっと確認して欲しいだけなの」
「ごめん、できない……」
ヨンが酔いつぶれた。
もう少し強かった気がしたんだけど、アルコールの強いお酒ばかり頼んでいたんだろうか。
潰れる前に止めれなかったことを後悔しても仕方ないけれど、隣で眠ってしまっているヨンを置いて帰ることはできない。
肩を担いで立ち上がれば、俺よりずっと小さいヨンは軽くて華奢で、テヒョンさんとは全然違うなと感じる。テヒョンさんはもっと骨格が引き締まって背も高い、ヨンみたいな弱々しい感じがしない。
歩き出すと、千鳥足で少しだけヨンが自力で歩く。完全に意識がないわけではなかったみたいだ。
「家は?変わってない?」
「うん……」
なんとか大通りまで連れていき、タクシーを止める。
ヨンの腰を抱いて先に車内に押し込めようとしたとき、ふと視線を感じて顔を上げた。
車道の反対側に、テヒョンさんに似た人が見えた気がした。
まさか偶然こんな場所で会うはずがないと思う。夜遅くに繁華街を出歩くような人でもないし、今日は家にいると言っていた。テヒョンさんのはずがない。
目を凝らしたときにはその姿は見えなくて、やっぱり見間違いだったのだと思いながら、俺はタクシーに乗り込んだ。
ヨンの部屋の中は昔とほとんど変わっていなかった。
ベッドの配置が違うだけで、棚もカーテンも見覚えのある物ばかり。
自力でベッドに腰かける姿を見届けて、そのまま玄関に引き返す。
「ジョングガ…、帰るの?」
ベッドの上に座ったヨンが首を傾げてこちらを見ている。
「帰るよ」
靴を履こうとしたとき、後ろから急に掴まれて、勢いよく壁に押し付けられた。
「っな、ヨン!」
「ここまで来ておいて、何もしないで帰るつもり?」
どこにそんな力があったんだ、というより酔っぱらってたんじゃないのか?と信じられない気持ちで押し返そうとするけれど、ヨンも男で、なかなか跳ね返せない。
ヨンは俺の首筋に唇を這わせると、耳までねっとりと舐め上げた。
「やめろ……」
「ここ好きだよね?僕が教えてあげたんだから……」
耳の奥に舌を入れられて、反射的に力が抜ける。
「んっ」
思わず声が漏れて、ヨンの顔が目の前に迫った。
「ねぇ、僕を振ってまで追いかけたその人のこと、まだ好きなの……?」
「……好きだよ」
あの頃よりもっと、ずっと深く。まだ俺はテヒョンさんのことが好きだよ。
「その人と、上手くいってるの?ジョングガ」
「今は付き合ってる」
ヨンのこんな意地悪な目線は初めて見た。優しくていい子だったのに、彼は変わってしまったんだろうかと胸が痛む。
「幸せそうには見えないんだけどな…。愛されて愛されて幸せですって…そんな風には僕には見えない」
白い手で顔をなぞられて、唇に指が入ってくる。
「ヨンには関係ないだろ……」
勝ち誇った顔でヨンが微笑んだ。
そして食いつかれるように唇を塞がれ、舌を入れられて口の中を舐め回された。
その瞬間、両手でダンと突き飛ばし、ヨンは反対側の壁に背中を打つ。
すぐに玄関を出た。ヨンは追いかけてこない、それは分かっていたけれど俺は走った。
かつて何度も通った馴染のある道だから、暗くても迷わず進める。俺はただ、逃げるみたいにひたすら駅まで走った。
家に帰った俺はすぐにシャワーを浴びた。ヨンに触れられた首筋も口も洗い流す。
なんで会ったりしたんだろうと後悔した。でもそれ以上の重くて見たくないものを持ち帰ってきた気がした。ヨンに会わなければよかった。ヨンから見ても分かるほどに、俺はテヒョンさんから愛されてなんかいない。テヒョンさんは俺なんかを好きじゃないし、きっとこれからも好きにならない。
俺がどんなに好きになっても。どんなにそばにいたとしても。
シャワーから上がってスマホを見ると、1件だけメッセージが入っていた。
テヒョンさんからだった。
それを見る気力がなかった俺は、そのままスマホを放置した。
何も考えずに目を閉じたかった。
髪の毛が濡れたままベッドでうつ伏せになる。
それでもふと考えてしまうのはテヒョンさんのこと。
今頃彼は、何をして、何を考えているんだろうと。
それはきっと俺のことじゃない、俺以外の他のことなんだろう。
翌朝大学に向かう電車の中で、テヒョンさんからのメッセージを開いた。
『いま何してんの?』
送信された時間を見ると、たぶんヨンの家にいた時間だった。
昨夜のことはあまり思い出したくない。
『電車乗って学校行くところです』
打ってすぐに返信が来た。
『昨日何時に帰ってきた?』
『覚えてないけど、飲んだあとすぐ帰りました』
ヨンの家に寄ったけど、それでもすぐに帰ったことに変わりはないし。
時間は本当に覚えていない。
時計を見る余裕もなかったんだ。
テヒョンさんからのメッセージはそこで途切れたから、駅につくまで目を閉じて電車に揺られた。規則的な電車の音が、少しだけ心地よかった。
学食のいつもの席にテヒョンさんは座っていた。
今日は少しだけ雰囲気が違う。相変わらず完璧なほどにかっこいいけれど、タイトな服装のせいだろうか、隙がないように見える。
目が合った時、少しだけ冷たさを感じた。
テヒョンさんはサンドイッチを口に入れて、窓の外の曇り空に目を向ける。
「今日は雨が降るんだってよ」
「らしいですね、傘は持ってきましたか?」
「持ってない」
「え、じゃあ…、一緒に帰りますか?」
「毎日一緒に帰ってんじゃん」
「でもテヒョンさん、金曜は4限までだから早く終わる日じゃないですか」
「ここで待ってる」
「いいですけど、珍しいですね」
「お前が5限サボれば?」
「さすがに必修は休めないですよ」
「まぁ…、いいけど」
灰色の雨雲のせいで外は暗く、学食内の電灯がより明るく室内を照らす。
食欲のなかった俺はそばを啜り、騒がしい周囲の中で、静かにテヒョンさんの横顔を眺める。
「じゃあもう行くわ」
「まだ早くないですか?」
時計を見ても、休み時間が終わるまでまだ15分もあった。戻るには早すぎる。
そばは一口残っていたけど、テヒョンさんが行ってしまうから慌てて立ち上がった。
食器を返却口に返しに行っている間に、サンドイッチの箱をゴミ箱に投げ捨てたテヒョンさんはさっさと学食を出ていく。
追いかけたけれど、彼は振り返ることなく階段を昇って行ってしまった。
なぜか分からないけれど、昨夜タクシーに乗る前に見たテヒョンさんに似た人を思い出した。
嫌な胸騒ぎがした。
たぶんあれはテヒョンさんではなかったと思うけれど、もし見られていたんだとしたら。
お酒を飲んだ後、酔っぱらったヨンとタクシーに乗ってどこかに行こうとしている俺を、ヨンの腰に手を回している俺を、朝まで連絡を返さなかった俺を。
落ち着かない気分のまま6限まで授業を受け、再び学食でテヒョンさんと会う頃、外は大雨になっていた。自分の傘1本じゃ足りなそうだな、と空を見上げる。
二人で身を寄せ合っても、肩も足もびしょ濡れになった。テヒョンさんが濡れないように傘を傾けていたつもりだったけれど、横殴りの風のせいで四方八方から雨に降られてしまった。
俺の家に二人で帰って、先にシャワーを浴びてもらっている間に温かいラーメンを用意する。
シャワーから上がって俺の服を着ているテヒョンさんを横目で見ながら、ラーメンがあることを伝える。
背丈は変わらないけれど、自分の方が筋肉質なためサイズ感的には彼が着た時少しだけダボっとする。肩の落ち具合や、袖のあまり具合が、何度見ても好きだった。
ラーメンを食べ終わっても言葉少ななテヒョンさんに、昨日のことを尋ねる。
「テヒョンさん、昨日の夜、タクシーに乗る俺のこと見ましたか?」
彼の下瞼がピクリと動いた。確かめるような視線がじっと俺に定まる。
やっぱり冷たい。
気のせいなんかじゃなくて、冷たさは自分に向けられたものだった。
「やったの?それで」
低くて威圧感のある声。下手な言い逃れなんて聞く耳持たない感じだ。
やっぱりあれはテヒョンさんだったんだな、と思う。
どうしてあんなところに居たのか不思議だけれど、偶然見てしまったんだろう。
あの場面に遭遇したのなら、その後俺とヨンが関係を持ったと思われたとしても仕方がない。
「酔いつぶれたヨンを家まで送って、すぐ帰りました」
「嘘だね。やったんだろ」
「してないです」
「何も?」
黙った俺を見て、テヒョンさんが息を止めたのが分かった。
「何もしてないわけじゃないです。……でも、それは嫉妬ですか?」
その時、怒りと悲しみがない交ぜになったような目が見開いた。
よく平気で白状できるなとでも言いたいんだろう。眉を顰めた表情には嫌悪感も見て取れた。
だけどその瞳に、俺自身は混乱を深めた。
どうしても理解できない、俺のことを好きでもないのに、どうして嫉妬なんかしてくるのか。
「浮気しておいて、随分と平気そうにするんだな、お前は」
「なんですか浮気って。そもそも元彼と会えばいいと背中を押したのはテヒョンさん自身で、それは俺とヨンがどうなっても気にしないから簡単にそう言えたんでしょう」
「気にしないからじゃない、お前のこと信じてたからだよ」
「信じてた?好きじゃないの間違いじゃなくて?」
「は?そっから?」
「恋人なんて名ばかりで、俺とテヒョンさんの関係なんて、ただの友だち、言っても親友でしょ?何をどう見たら、俺たちが付き合ってるっていえるんですか」
「毎日会ってる、俺は他に女なんて作んない」
「だから何ですか?それで恋人?」
「お前が付き合いたいって言ったんだろ、好きだって」
「テヒョンさんの嫉妬なんて、可愛がってた犬が他の人間に懐く程度の焼き餅のくせに、それが分かってないのが腹立つんですよ」
「……俺にどうして欲しいんだよ」
「好きでもないのに、嫉妬みたいな真似しないでください。それに俺、やってないです」
「別れたいんなら、いつでも別れてやるよ」
「……」
「俺はお前のこと好きじゃないんだろ。そう言うんならそれでいい」
「テヒョンさんは、どうしたいんですか」
「ジョングク次第だよ」
「……」
「お前が言う好きって、何なんだよ?俺はそれが分からない」
「分かんないんですか?」
「毎日会いたいとか、一緒にいると楽しいとかじゃないのかよ」
俺はテヒョンさんの後頭部に手を回して、キスをした。
「こうしたいって、思うことですよ」
テヒョンさんは、俺の後頭部を掴んでキスを返してきた。
深く何度も、角度を変えて何度も。
息が乱れて唇から唾液が糸を引く。
「それで?あとは?」
「……相手の身体に触れたいって思うことです。服を脱がせて、素肌を合わせて、その先も全部自分のものにしたいって。好きなら、自然にそうしたくなるはずなんです」
テヒョンさんの視線が俺の中に入ってくる。顔が近づいてきてもう一度唇を合わせると、ゆっくりとソファに押し倒された。音を立てながらキスを繰り返し、テヒョンさんの手が服の中に入ってくる。
優しく撫でる手つきに、彼が慣れていることが嫌というほど伝わってくるものの、彼が一体どこまで進めることができるのだろうかと不安が寄せ始めてくる。
男同士がどんな風にエッチをするのか聞いたときの、嫌そうな顔が忘れられない。
それは俺の裸を見た時か、勃っているものを目の当たりにしたときか、いざそういうことをする段階になってからか。いずれにしろ、どこかで止まるはずなんだ。
背中に手が回されて、テヒョンさんの顔が首筋に埋まる。声が出てしまうのは、好きな人に触れられているのだから止めようがない。
深いキスの後、俺は身体を起こした。
「どうした…?」
脱がされかけた服を着直して、テヒョンさんの腕を背中から引き抜く。
「やめましょう」
「なんで、やめなくていい」
「違う気がする、俺の言ってる好きとこれは」
「ジョングクが言ったんだろ、なら、どうしたらいいんだよ」
「わからないですけど」
「お前が分かんなかったら、俺だってわかんないし」
「どうして、そんなのおかしいでしょう。好きってもっとわかりやすくて…誰でもわかるものでしょう?何で俺がテヒョンさんに答えを渡さないといけないんですか」
「……お前が、俺の好きを否定するからだよ」
「……なんて?」
「なんでジョングクに、俺がお前のことを好きじゃないって言われるのか分かんないからだよ。
だからどういうことかって聞いたし。キスすることだっていうからキスしたし、その先もしようとしたし。でもなに、違うの?」
「ちがう……でしょ、言われてするのと、自分からしたいって思うのとは」
「していいなら、するけど」
「テヒョンさんはただ……、キスできるだけ、でしょ。俺じゃなくても」
「誰とでも?」
「……そう、まぁ、誰とでも。できますよね」
「ひどい言われようだな」
「それに、その先もしようとしたって言うけど……、テヒョンさんにはできない」
「なんでだよ」
「前にどこに挿れるか話したとき、すごい嫌そうな顔したから。きっと俺のに触ることすらできないかもしれない」
テヒョンさんは俺の指摘を否定することなく、下を向いた。
ああ、今の一言で俺は、とどめを刺してしまったんだな、と言った後で分かってしまった。
そうだ、だからこのことについてテヒョンさんと何も話したくなかった、こういう話題にしないようにしてたんだ。自分の性格上、結局はっきり言ってしまうから。
別れたほうがいいかもしれないとは思ったけれど、本当に別れたいと思ってたわけじゃなかった。
身体の関係を持てなくても、ずっと一緒にいられるなら、苦しいけどそれでもいいような気はしていた。だけど、自分で最後の斧を振り下ろしてしまった。
分かっていたのに。
テヒョンさんはノンケで、女の人の体が好きで、男の俺とはそういうことが出来ないってことは。
求めないで、期待しないでさえいれば、ずっと一緒にいれたかもしれないのに。
面倒を起こさないって決めてたのに、テヒョンさんは面倒なことが嫌いだってわかってたのに。
「俺さ……」
来た、と思った。重い一言に、耳を塞ぎたくなる次の言葉に、瞼を固く閉じて息を吐く。
「正直、お前に対してどういう性欲持っていいのか分からない」
「はい……」
「挿れたいとか、ただ出せればいいとか、そういうんじゃないからさ。でも挿れられたいかっていうと、そういうわけでもないし。それ考え出すとよく分かんなくて。
まともな恋愛もしてきてないし、やりたいと、触れたいと、その違いもよく分かんないっていうか」
「そう、ですか」
「お前のこと性欲処理にしたいわけじゃないじゃん、それよりも一緒にいたいっていうか。
いるだけで楽しいっていうみたいな。そういう付き合いとかしたことなかったから、こういう穏やかな時間が愛っていうのかな、思ってて」
「そんなこと思ってたんですか?な、なんで言ってくれなかったんですか」
「でも勝手だったよな、気持ちいいことしたいとか、なんかお前のこと雑に扱うみたいで、やり方もよく分かんないし、傷つけたくなかったし。ジョングクがそういうことしたいだろうとか、考えようとしなくて。お前も今のままで幸せなんだと思ってた」
「なにそれ……俺なんて少しくらい傷ついたってよかったのに」
「傷つけたくは、ないよ。俺なりに大事にしたかったっていうか」
「嬉しい…のかな...それ。俺、大事にされてたんですか」
「してるつもり、だったような。したかったっていうか」
「俺はテヒョンさんとキスしたかったし、気持ちいことしたかったです」
「だよな、俺もしたいとは思ってたよ」
「じゃあなんでしてくれなかったんですか?する気がなかったとしか、俺には」
「ジョングクには分かんないかもしんないけどさ、俺にとってはむしろ、そういうことを軽くしない方が大事にしてるように見えた、のかもしれない。今思うと、ね」
「分かんないです」
「好きだよ、ジョングク」
「いまさら」
「ほんとに、俺もよく分かってなかった。あんまり考えてなくて。でも、好き」
「よく分かってなかったんですよね」
「ごめん、でも今思うと、すごく好きだった。今でも好きだけど。昨日、不安でお前のこと探しに行っちゃうくらいには」
「探しに……って、え?繁華街?テヒョンさん、俺を探しにあそこにいたんですか?」
「かっこ悪いだろ、信じてるつもりだったけどさ、なんか心配になっちゃって、あそこに飲みに行くって言ってたから、気が付いたら店の近くにまで来ちゃってて」
いつもクールでかっこいいテヒョンさんが……、俺のことが心配で?
じゃあ、タクシーに乗り込むところみたら、すごく心配になっちゃったんじゃ……。
「ごめんなさい、メッセージすぐ返さなくて。あのあと家に帰ってもスマホ触る気力がなくて、テヒョンさんが心配してるなんて思わなかったから」
「うん……、まぁ、眠れなかった」
「うそでしょ…」
「絶対やってると思ったから。あんなの見ちゃったら、それしか考えられなかったし」
「信じてないじゃん、全然俺のこと」
「そうだね、恰好つけたかっただけなのかもしれない、お前に。元カレなんかに負けるつもりなかったし、俺の方が余裕があるって見せつけたかった」
「どういうことですか?なに、受け止めきれないんですけど」
「初めからやり直さないか、俺たち」
「やり直すって、何を?」
「ジョングガ、俺と付き合って。ちゃんとお前が満足するように幸せにするから、俺と恋人になってください」
「……テヒョンさん、今何言って......」
「あと、キスしたい」
「テヒョンさんてば、ちょっと、待って……」
「待つ必要あんの?だってジョングクだって、俺としたいんだろ」
「ちがう、展開についてけないっていうか、え?ちょ、え……」
「そういうことね」
「え、何がですか」
「俺今すごく、お前とキスしたいし、お前に触れたい」
「ほんとに……?」
「ジョングクの言う通り、好きってわかりやすくて、簡単なことなんだな……」
大学構内の大きな道にイチョウ並木の落ち葉が降る。
石畳を赤や黄色で埋め尽くし、カサカサと小さな音とともに流れては留まる。
「ジョングガ!」
よく通る低い声で呼ばれ、振り向くとテヒョンが手を振りながら走ってくる。
「テヒョンさん、遅いよ」
ジョングクは満面の笑顔でそれを迎え、隣まで来ると腰に手を回して受け止めた。
そのまま手を絡ませて歩き出す。
時々、他の学生が振り返って彼らをもう一度確認する。
それは見惚れているのか、それとも男同士で恋人のように歩く姿を変に思ったのか。
でもそれがどちらにしろ、二人にとってはどうでもいいことだった。
「明日はどこに行くんでしたっけ?」
「忘れてんの?それともふざけてる?」
「さぁ……。どっちでしょう」
「お前ねえ」
「寒いんじゃないですか?海風。帰ってダウン出しましょうか」
「そうだな、またお前が転ぶかも知れないし、今度は着替えも持って行こう」
「ええ?波打ち際歩くつもりですか、さすがに裸足はきっつ……」
「なんだよ、どこまででも付き合うって嘘だったのかよ」
「いや、テヒョンさんこそ海に入るつもり無いくせに」
「夢なんだよ、冷たい海でキスすんのが」
「嘘でしょう?」
「ほんとに」
「ちょっと無理なんですけど……」
「付き合えよ」
「いやですよ」
「いいから……」
END
あとがき
どーもこんにちは😊
今まで3000字程度の短編ばかり書いていたのですが、本作は気づけば26000字超えでしたね。
最初に浮かんだのが「お前男だろ、なんでいけると思ったんだよ」というテヒョンのセリフで、そこから先は自分でも分からないまま書き進めて、どこへ向かうのだろうかと追いかけるように最後まで書いた感じです。
可愛いを封印したクールなテヒョンでしたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。私の中でのイメージは、今のツートンカラー(ヨンタンヘア)テテでした!皆さんの中にはありましたか?
読んでくださってありがとうございました。

















物語がいつもと余りにも違うのでとても惹き付けられました。ずっと🐻が好きな🐰と、🐰に対しての気持ちを余り表に出さないクールな🐻と切ないモヤモヤした気持ちが読んでいてずっとありました😊 最後は二人の素直な気持ちが解り合えて良かったです💜続きがあれば読んでみたいです😆