薄明の空。夜と朝の境界が、静かに滲んでいく時間。拠点の門の前に、二つの影があった。
「姉さん、本当に行くの?」
小さく震える声。カナエは振り返り、そっと微笑んだ。
「ええ」
その答えは、優しくて、残酷なほどに揺るがない。カナヲの手を取り、しゃがみ込む。
「カナヲ。貴方にはね、いつか一人で歩けるようになってほしいの」
「、、、ひとりで、なんて、、、」
「大丈夫よ」
ふわり、と頭を撫でる。
「今すぐじゃなくていいの。ゆっくりでいい。でも、いつか“自分で選んで進める人”になってほしい」
カナヲは俯いたまま、唇を噛む。
「、、、ねえさんが、いなくても、、、?」
その問いにほんの一瞬、カナエの瞳が揺れた。けれどすぐに、柔らかな光を宿す。
「、、、ええ」
優しく、けれどはっきりと。
「私がいなくても、大丈夫なように」
その言葉に、カナヲの手がぎゅっと強く握られる。
「でもね」
そっと額を合わせる。
「“一人になる”わけじゃないわ。貴方は、ちゃんと誰かと繋がって生きていける子だから」
「、、、っ、うん」
「いい子ね。、、、貴方達、見送りに来てくれたの?」
「、、、はい」
人の気配を感じて顔を上げると、国長をはじめとした隊士たちが並んでいた。
誰もが、何かを堪えるような顔をしている。
「、、、行かれるのですね」
「ええ」
私は、短く答える。国長は一歩前に出ると、深く頭を下げた。
「我らは、貴方に救われました」
「どうか、どうか、、、」
声が震える。
「いつか必ず、この恩を返させてください!」
その言葉に、周囲の者たちも一斉に頭を下げた。
「必ず、、、!」
「貴方に救われたこの命に恥じぬ生き方をします!」
「だから、、、!」
顔を上げた国長の目は、涙で滲んでいた。
「どうか、ご無事で、、、!」
カナエは一瞬、言葉を失う。それから、ゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう」
その一言に、すべてを込めるように。
「ねぇ、国長君。、、、今度また会えたら、ゆっくりお茶でもしましょうね」
国長の目が、大きく見開かれる。
そして、ぎゅっと拳を握りしめた。
「、、、はいッ!」
門が、ゆっくりと開く。朝日が、二人の背を照らした。
カナエは一度だけ、振り返る。もう戻らない場所。けれど、確かに“守りたかったもの”があった場所。
「行きましょう、カナヲ」
「、、、うん、姉さん」
二人は並んで歩き出す。その背を、誰も呼び止めなかった。
その頃、カナエの部屋では。
「、、、なんだ、これ」
机に綺麗に置かれた紙を手に取ったのは、坂田銀時だった。隣では、桂が静かにもう一枚の文を広げている。
銀時は目を細め、読み進める。
“銀時へ
貴方はいつも、私に前を向く力をくれた。どんな時も、進むことをやめない貴方に、何度も救われたの。だから、どうかこれからも、そのままでいて。
貴方の進む道が、誰かの光になることを、私は知っているから。”
紙を持つ手が、わずかに震える。
「、、、あの野郎」
小さく、吐き出す。笑っているのか、怒っているのか、自分でも分からない声だった。
「、、、行っちまったのか、、、」
ぽつり、と零す。
一方、桂は。
“小太郎へ
貴方は、私の自慢の親友よ。どんな時も真っ直ぐで、誰よりも優しくて、強い人。貴方がいてくれたから、私は何度も立ち上がれた。だからどうか、自分の望む道を進んで。
貴方の信じる正しさを、貫いて。”
読み終えた桂は、静かに目を閉じた。そして、ゆっくりと息を吐く。
「、、、ああ」
小さく、しかし確かな声。
「その信頼に、応えねばな」
目を開いたその瞳には、揺らぎはなかった。
「、、、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」
いつものやり取り。けれど、どこか静かだった。銀時は天井を仰ぐ。
「、、、あいつ、勝手すぎんだろ」
「、、、そうだな」
「、、、でもよ」
ぽつり、と。
「らしいっちゃ、らしいか」
その言葉に、桂はわずかに微笑んだ。
風が、やけに冷たく感じた。静まり返った場所で、高杉は一人、空を仰いでいた。
もう、あの背はここにはない。笑っていた顔も、穏やかな声も、手を伸ばせば届いた温もりも、全部、遠ざかっていく。
「、、、チッ」
舌打ちが、やけに乾いて響いた。最初は、ただ隣にいられればそれでよかった。あいつが笑えば、それでよかった。
誰かと話して、嬉しそうにしている顔を見るだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。ああ、こいつはちゃんと、生きている、と。
そう思えた。
それで、十分だったはずなのに。
、、、いつからだろう。
あいつが、誰かに笑いかけるたびに。あいつが、誰かの名を呼ぶたびに。胸の奥が、ざらつくようになったのは。
カナヲに向ける優しさ。銀時に向ける信頼。桂に向ける、気安い親しみの混じった言葉。
どれも、見慣れているはずのものなのに。
「、、、気に食わねェ」
低く、押し殺すように吐き出す。
本当は、分かっていた。あいつは、最初から誰か一人のものじゃない。誰かに縛られるような女じゃない。
それでも。
そうだとしても、、、
「、、、欲しい」
喉の奥から、掠れた声が漏れる。
綺麗だと思った。壊したくないと、思った。守りたいと、思った。
なのに同時に、壊してしまいたいとも思った。
その翅を、もいで。どこにも飛べなくして。自分の手の中だけで、生きさせたい。
「、、、ハッ」
自嘲の笑いが漏れる。
なんだそれは。あまりにも、醜い。あいつが嫌うものを、全部詰め込んだような欲だ。
「、、、クソが」
拳を握る。血が滲むほどに力を込めても、消えない。
むしろ、強くなるばかりだ。
最初は、ただ隣で笑っていられたのに。あいつが嬉しそうにしていると、自分も同じように嬉しかったのに。
いつからだ。その笑顔を、他の誰かに向けるのが、許せなくなったのは。
「、、、俺は」
低く、呟く。
「カナエを、誰にも渡したくねェ」
渡さない。誰にも。銀時にも。ヅラにも。あのガキにも。
「、、、全部、奪ってやる」
静かに、目を細める。その瞳に宿るのは、狂気と執着。だが同時に、壊れそうなほどの切実さが滲んでいた。
思い出す。あの夜の言葉を。
『今は、行けない』
あっさりと。けれど、決して揺るがない声で。
「、、、分かってるくせに」
自分が何を望んでいるか。それでも、選ばなかった。
あいつは、そういう女だ。
誰かに縛られない。けれど、誰かを見捨てもしない。
だからこそ
「、、、気に食わねェんだよ」
手を伸ばせば、届きそうで。でも、絶対に掴ませてはくれない。
「、、、迎えに行くっつったろ」
口の端が、僅かに歪む。
「その時、泣こうが喚こうが、、、」
静かに、言い切る。
「連れてく」
何も持たず。何も捨てられず。ただ一つだけ。どうしようもなく、手放せないものを抱えたまま。
高杉はカナエ達が消えてゆく姿を見続けていた。
歩き続ける二つの影は振り返らない。それぞれの想いを背負って、前へ歩く。
カナエは、カナヲの手を握っていた手に少しだけ力を込めた。
「ねえ、カナヲ」
「なあに?」
「これから、たくさん選んでいきましょう」
柔らかく微笑む。
「貴方の人生を、貴方自身で」
カナヲは少しだけ考えて、そして、小さく頷いた。
「、、、うん」
その一歩は、まだ小さい。けれど確かに、“誰かに決められたものじゃない歩み”だった。























新たな旅立ちですね!何年後に再開する予定でしょうか?続きが楽しみです!