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悪くない休日

添加物添加物

レンタル着物屋のモデルになるよだつかです。 オフの日にフラッと出かける二人が写真を撮ってもらう話。 かなり前に書いてXに投稿した小説です。

デートをしようと提案したのは、司からだった。
夜鷹と司、ふたりの休みが完全に合うことは滅多になく、無理に予定を合わせようとしたりもしない。
司も夜鷹も、いのりと光という教え子たちの練習を中心に日々を回しているからだ。さらに司は名古屋、夜鷹は東京を拠点にしている。
どちらかが移動して一緒に出かけることは、これまで片手で数えるほどしかなかった。
とはいえ、夜鷹が最終的な帰る場所としているのは、司と暮らす名古屋の住まいで、東京ではホテル暮らしだというから、まったく贅沢な話である。
 そんな折、いのりに東京遠征の機会が突然舞い込んだ。
魚淵がいのりの練習を見てくれることになり、司は久々の移動日オフを得る。
 東京駅でいのりと別れ(彼女は合宿で仲良くなった選手と遊びに行くらしい)、司は夜鷹を誘って、浅草デートに繰り出すこととなった。

「人、多いですね……」
「観光地だしね。初めて来た」
「え、浅草なのに?」
「は?」

 夜鷹が即座に眉を吊り上げ、司は慌ててその苛立ちを鎮静化させるために両手を振った。

「いやいや、深い意味はないので! 落ち着いてください!」

 臨戦態勢になるのが早すぎる、と苦笑しながらも、自分から誘って連れてきた手前、せめて少しでも楽しませねばと司は周囲に目を走らせる。

「あの、すみません!」

 背後から呼び止められるが、夜鷹が気づかぬふりを決め込んでいるため、代わって司が振り向いた。
そこには、大きなカメラを抱えた青年が立っていた。見た目の年齢は司と同じくらいに見える。
なにかの勧誘かと警戒しかけたところで、彼はすっと名刺を差し出してきた。

「あの、こういうものでして……」

 名刺には『レンタル着物』の文字と名前が記されている。
聞き慣れないワードに司は少し首をかしげた。

「最近オープンした着物レンタル店で、撮影サービスもセットになってるんです。よければ、体験風景を動画で撮らせていただけないかと。 SNS用なんですが……もちろん、すべて無料です!」

 動画、という言葉に司は一瞬躊躇する。
夜鷹は泣く子も黙るオリンピック金メダリスト。
光のコーチであると発表してはいるが、現在もメディア露出は少ない。
 けれど、夜鷹純の着物姿。それをこの目で見られる機会、そうあるものではない。
美しい彼が和装に身を包む姿。司はそれを、心から見てみたいと思った。

「なに。やってみたいの?」

 じ、と夜鷹が司を見つめる。その視線は、司が興味を持っているのなら、応じてやってもいい、そんな合図だった。滅多にない機会乗り気の夜鷹に、司は一瞬の迷いもなくうなずき、青年の顔がぱっと明るくなる。
二人は青年の先導のもと浅草の細い路地へと歩き出した。

「……かっこいい……」

 思わず司は口元に手を当てた。
夜鷹の肩からしなやかに落ちる黒無地の着物は、ただの黒ではない。
墨を重ねた深い灰黒で、光の加減によっては仄かに藍を帯びる。仕立ては一つ紋。背には控えめな縫い紋がシンプルにあるだけ。
長めに取られた袂が揺れるたび、襦袢の白がちらりと覗き、まるで差し色のように際立って見える。
 帯は博多献上。地味すぎず、着姿全体をきりりと引き締める。
前合わせも衿の抜きも寸分の狂いなく整っており、着付けのスタッフへ司は親指を立てて感謝の意を伝えた。

「あなたも素敵よ! 体格がいいから、すごく映えるわね~」

 対する司はというと、がっしりとした肩幅に筋肉の厚みを備えた体つき。
その上に載せられた亜麻色の紬は、ざらりとした節のある生地で、輪郭を拾いすぎず、逆に美しい体の厚みで存在感を強調していた。
衿元はきっちりと合わせられていながら、本人の明るい雰囲気が程よい抜け感を醸し出している。
襦袢には生成りの麻を合わせ、足元は白足袋。
帯はざっくりとした博多の八寸、ややラフに見える結び目が柔らかさを添えていた。

「……似合ってる」

 夜鷹がぽつりと呟き、司は照れくさそうに頬を掻いた。

「え、えへ。ありがとうございます」
「お二人とも、次は髪も触らせていただきますからね!」

 着付けの女性たちはそのまま勢いよくヘアセットに移る。
女性が三人そろえば姦しいという例えそのままに、わいわいと準備が進んでいく。
 夜鷹は、人に整えられることに慣れているのか、あるいは話しかけられたくないのか、瞳を閉じて腕を組み、じっとしていた。
その姿を横目に見つつ、司はカメラマンの青年にこっそりと声をかける。

「そういえば、どうして俺たちに声を?」
「いやぁ、お二人とも雰囲気があって。オーラっていうんですかね」
「オーラ……?」

 夜鷹はともかく、自分にもそんなものが? と戸惑いながら頬をぽりぽり掻いていると、セット中の女性に「動かない!」と叱られた。
 いい香りのワックスで全体を整えられ、前髪を片方にかき上げられる。
 ちらりと夜鷹を見やると、司とは逆側に流されていて、偶然にも左右対称のようなスタイルになっていた。
それがなんだか照れくさくて、胸の鼓動が少しだけ早まった。

「純さん、こういうのって……大丈夫なんですか? 今さらですが」

 小声で尋ねると、夜鷹はうっすら目を開け、黄金色の瞳が覗く。

「問題ない。僕が決めたことに、口を出せる人はいない」
「……なら、よかったです」
「あの……」

 おずおずと、カメラマンが不安そうに口を開いた。

「芸能関係の方でしたか?  許可って……どこに取れば……」
「ダメなら最初に断ってる」

 夜鷹がぴしゃりと返す。

「大丈夫ですよ、気にしないでください」

 司がすかさず笑顔でフォローすると、青年はほっと安堵の息をついた。

「はい!  では、完成です!  イケメンのお二人、ばっちりですよ!」

 その声とともに、夜鷹はすっと立ち上がり、司の腕を取る。その仕草すら様になっていて、司は思わず見惚れてしまう。

「早く写真撮って、デートの続きをしよう。このまま着てっていいの?」
「あ、はい! 郵送でも対応できるっていうのもウリの一つにしたいので、そのまま帰ってくださっても大丈夫ですし、面倒でしたらお帰りの際にこちらで着替えて貰っても! 着てらっしゃった服も送りますし!」
「郵送で。クリーニング代は?」
「い、いりません!」
「わかった」

 夜鷹の勢いに押された青年と、楽しんできなさいね! という女性スタッフの声に背中を押され店を出た。

 雷門をくぐり抜け、仲見世通りの喧騒の中でも、二人の姿は群衆の中に埋もれることがなかった。
一人は、墨を幾重にも重ねたような黒の着物を纏い、背筋をすっと伸ばして佇む男。一つ紋のみの装飾が、むしろ彼の静謐な佇まいを際立たせる。
 もう一人は、亜麻色の紬を明るく着こなす、陽光のような金髪の男。
カメラマンがシャッターのタイミングを見計らう間にも、周囲の視線が自然と彼らへ集まっていた。
観光客の中には、スマホを構えて写真を撮る者もいる。だが、二人はそれに頓着しない。
 司はただ、夜鷹に見惚れていて、夜鷹は、見られることなど当然だと言わんばかりに堂々としていた。

「肩、少し寄せていただけますか?」

 カメラマンの指示に、夜鷹がわずかに身を傾け、司が自然な流れで背中に腕を回す。
舞台のワンシーンのように収まるふたりの姿。
背後には五重塔、空は初夏の青。
シャッター音が重なり、司が笑いながら夜鷹の袖を軽く引いた。

「思ってた浅草デートとは違ったけど、楽しいですね」

 夜鷹は何も言わなかった。ただ、わずかに唇の端を上げ、司の瞳をまっすぐに見返す。
その瞬間を切り取るように、シャッターが切られた。撮影後、カメラマンがディスプレイを見せる。

「いい表情、撮れましたよ」

 そこには、五重塔を背に並ぶふたりの姿があった。金髪の男の快活な笑みと、控えめに肩を寄せた黒い着物の男。
袂が風に揺れ、墨色の布が柔らかい弧を描いている。
 夜鷹はしばらく無言で画面を見つめていたが、ふっと息を吐くように笑った。
口元がわずかにほころび、目尻に浅い笑い皺が寄る。ごくわずかな変化だったが劇的に生きている人間としての喜びが溢れた。

「……悪くないな」

 ぽつりと呟き、夜鷹は隣にいる司へちらりと視線を向ける。
司が笑顔で頷き返すと、夜鷹は少しだけ視線を逸らし、横顔に柔らかい光を宿した。
 後日。
撮影された写真と動画をインスタグラムに投稿したカメラマンは、その反響に度肝を抜かれる。
自分の世代では知らなかったが、夜鷹純は誰もが名を知るオリンピアンであり、司も今をときめくフィギュアスケーターのコーチだったのだ。
 あわや炎上かと冷や汗をかいたが、なんと夜鷹の公式アカウントからフォローバックされ、渡したデータの中の一枚が投稿されたことで、レンタル着物店は予約が殺到。
彼自身の仕事も激増した。
まさに奇跡のような出来事だった。

— End —

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