「っはぁ〜……昨日は疲れたなぁ……」
身体を伸ばすと、全身がパキパキと音を立てる。昨日の帰り際、急遽別のトレーナーから助っ人を頼まれたのだが。
「まさか、合コンの数合わせに付き合わされるとは……しばらく奢るって言う言葉につられた俺も悪いんだけど」
幸い仕事に支障はないが、気を抜くと欠伸が出てしまいそうだ。俺以外に頼れるトレーナーいなかったのか?彼は。
ウマ娘の中には、自分以外の異性に時間を割かれることを好ましく思わない子もいる。俺の担当は大丈夫だと思うが、もし俺がそういう子を担当していたら誰に頼んでいたんだ。
「────失礼します」
そんなことを考えていると、トレーナー室の扉が開く。声の主はもちろん、俺の担当であるラッキーライラックに他ならない。
「ああ、いらっしゃい。今日のトレーニング、休みにしてなかった?」
「そうですけど、特に予定も入れてなかったので。トレーナーさんとお話しでもしようかな思いまして」
「そっか。なら、少し待ってくれ。お茶とお菓子を準備するから」
「分かりました」
昨日買って冷蔵庫に入れていた苺大福とお茶をテーブルに並べる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ラックは上品な仕草で苺大福を食べた後、淹れたばかりのお茶を、これまた上品な所作で口に含んだ。
「こうやってゆっくりするのは初めてじゃない?」
「そうやねぇ、休みの時もストレッチやらジョギングやら軽いトレーニングはしますし……そもそも、予定が入ってへんことの方が珍しいというか……」
ストイックな彼女だが、同時に年頃の少女でもある。流行りや友人達との時間も加えれば、今日のように本当に何も時間などないに等しいだろう。
「トレーナーさんはちゃんと休めてます?トレーニングがお休みの時も仕事はあるんやろ?」
「あるよ。けど、ちゃんと休めてるから心配しないで」
「それならええけど、あんまり身体を使いすぎたらあかんよ?次の日も仕事やのに、合コン行くのもおすすめできません」
「大丈夫だよ。昨日みたいなことは滅多にない────」
────ん?どうして俺が合コンに行ったことを知ってるんだ?
苺大福に伸ばしていた手を引っ込めて顔を上げると、ラックが今まで見たことないような笑顔で俺を見ていた。まるで、笑顔の奥に何かを隠しているような、貼り付けたという言葉がピッタリの笑顔。
え、怖い。合コンのことを知られているのと同じくらい、今向けられている笑顔が怖い。
「トレーナーさん?なんかありました?」
相も変わらず言葉では俺を気にかけているが、手に持っている湯呑みが彼女の本心を露わにしている。ピキ、ピキと音を立ててヒビが入っていくが、それを指摘する勇気は今の俺にはなかった。
「……どうして、昨日俺が合コンに行ったことを?」
哀れ、あの湯呑みは犠牲となったのだ。ラックの八つ当たり先という、致し方ない犠牲に。
「…………気になります?」
あっ、これ知ったらダメなやつだ。
「いえ、遠慮しておきます……」
「足りなくなった筆記用具を買った帰りに、偶々偶然トレーナーさんが女のヒトと仲良さそうに話してるのを見つけたんです」
多分……いや、絶対付いて来てる。昨日、時々感じた視線はラックのものだったのか。しかし、早く来てしまったからとはいえ、窓側に座ってしまったのは俺のミスだな。もう少し見えづらい席に座れば良かった……。
「いや〜……ほんま、仲睦まじぃ〜く話しとったなぁ?お酒飲みながらワイワイニコニコ……なんの話しとったん?」
「ヒェッ……」
笑顔はそのままに、額に筋が浮き上がる。湯呑みのヒビも広がり、後少し力を入れてしまえば粉々に砕け散ってしまうだろう。
まさか、ラックがここまでになるとは。普段押さえつけているだけで、実は独占欲が強いのだろうか。いや、強くないとこんなことになってないか。
「次に会う約束?連絡先の交換?……うちには教えられへんこと?」
「えーっとですね…………」
い、言い辛い。話していた内容が内容なだけに……!けど、ここで言わないと最悪な目に遭わされそうな気がする……!
「なに?もしかして、お付き合いしてるん?」
あっ、話さないとダメだ。誤解が来るところまで来てる。
「いや、ラックのことについて話してた」
「────え?」
「そのヒト、俺と同じで数合わせに呼ばれたラックのファンだったんだ。お互い退屈してたから、君の話で盛り上がっていたのを見ちゃったんじゃないかな」
そのヒトも俺と同じく条件に釣られてやって来たらしく、共通の話題として上がったのがラックの話。トレーナー目線、ファン目線でのトークが思った以上に盛り上がってしまったのだ。
「……ほんまに?」
「ほんとほんと。他のメンバーに絡まれることもあったけど、ほとんどラックの話しかしてないよ」
「…………っっっっっ〜〜〜〜!!」
────顔ってあんなに早く赤くなるんだ。
一瞬でりんごのように頬を赤く染めたラックは、声にならない声を上げ、髪で顔を隠す。自分のしていた勘違いがよほど恥ずかしかったのだろう。
「ラック〜?」
「今だけはうちの顔、見んといてください……」
「俺としては滅多に見れないから見せて欲しいんだけど」
実は髪や指の隙間から見えているのは伏せておく。言ってしまうと、彼女の表情を堪能できなくなってしまうから。
「……いじわる」
「先に勘違いして問い詰めてきたのはどっちだったかな?」
「うぅ〜……!」
自身の痴態を思い出し、ソファの上で三角座りをするラック。髪の隙間から見える瞳は羞恥によって薄い膜を張っていた。
「けど、ラックがそういうの嫌がるタイプとは思っていなかったよ。というか、気にしないと思ってた」
「……なんで、気にしたと思います?」
「う〜ん……トレーニングに割く時間が減るから?」
「ちゃいます。そもそもトレーナーさん仕事とプライベート、ちゃんと両立できるヒトやろ?」
「まぁ、そうだね」
ぶっちゃけ、仕事とプライベートの境界線が曖昧になってるところはあるけど。
「…………と」
「……と?」
「トレーナーさんのことが…………やから……」
「ん?」
「と、トレーナーさんのことが好きなやから!あんなに気にしたんや!好きなヒトが誰かに取られるんが嫌やったから!」
「好きなヒト……」
好きなヒト?……俺が?
「好き、なのか?俺が」
「……はい。好きです。トレーナーさんのことが、ずっと、ずっと前から」
「…………」
今、どんな顔をしているだろう。ここに鏡がないのが悔やまれる。
「────返事は」
「えっ」
「うち、告白したんやけど。返事は」
「えっと、こちらこそ、よろしくお願いします……?」
突然の告白に戸惑いながら、なんとか返事を返す。てっきり押さえつけられるかと思って覚悟していたが、杞憂だったらしい。これからは合コンのお誘い、断らないとなぁ……。
「────ん?」
直後、携帯が震えた。画面には、昨日の合コンで話していたヒトの名前が表示されている。あれ?いつ交換したんだ?
「どうしたんで────は?」
急いで携帯をポケットに入れようとするも、時すでに遅し。ラックは携帯の画面を一瞥すると、ゆらりと立ち上がり、ニッコリと笑った。
「ふ〜ん、嘘ついたんや。これはお仕置き、せんとあかんなぁ?♡」
「待って!ほんとに、ほんとに覚えてないんだ!」
「そう言ってシラ切るつもりやろ。心配せんでも、うちの身体でトレーナーさんのこと、ちゃぁんと満足させてあげます♡」
ぐるりと視点が動き、天井が視界いっぱいに広がる。連絡先のことを考える間もなく、柔らかい唇を押し付けられた────。




















担当に見つかるかもしれない領域でそんな事してれば…ねぇ。 合コン相手はどうやって連絡先を交換したのかこれから夜通し尋問されてしまうのか。