Novel24 days ago · 8.1k chars · 1 pages

あなたと朝寝がしてみたい

酉乃酉乃

かぐや卒業ライブから4~5年後くらい、彩葉が大学生時代のお話です。 シリーズになっていますが単独で読める内容です。 VR睡眠の話を書こうとしてたんですが気づいたらまた初々しくいちゃついてました。恋人になって2か月くらいの二人です。 体周りや触覚実装時期なんかの捏造設定についてはこちらのシリーズ→(https://www.pixiv.net/novel/series/15691896)から引っ張っていますが特に読んでいなくても読める内容です。

ツクヨミで一等高い場所に、私のプライベートエリアはある。天守閣の望楼から街並みを見下ろせば煌びやかな光の中で誰も彼もが楽しそうに笑っていて、いい世界を作れたな、流石天才かぐやちゃん、なんて自画自賛をしたりして。けれど視線は絶え間なく、人波を撫でるように滑り続ける。
あの子は初ログインで転んでびっくりして泣いちゃった子。あの人は帝アキラに憧れて配信を始めて、最近登録者数が伸び始めたみたい。あの人は、あの子は、あの子は、あの人は。今日も大賑わいのツクヨミには、ここから眺める少しの時間だけでも何万人もの行動ログが積み重なっていく。けれどいくら目を凝らしても、探し人の姿はない。呼吸なんて必要ないのに胸の奥にある重い塊をどうにかしたくて、はあ、と意味のない溜息を吐いた。
またぼんやりとツクヨミの夜景を見下ろす私を、肩に乗ったFUSHIがじいっと見詰めながら、ぽつりと呟いた。

「あいつ、来ないな」
「……うん?」
「とぼけるな。解ってるだろ」
「……そうだねぇ」

FUSHIの言うところのあいつ。私にとって唯一無二の人である酒寄彩葉は、かれこれ十日ほどツクヨミにログインしていなかった。どころか、ここ一週間ほどは彩葉謹製の愛の巣……もとい、二人でお話するアプリすら起動していない。最後にお話ししたときには「ごめん、ちょっと忙しくなるからしばらくツクヨミに行けないかも。通話も、もしかしたら難しい、本当にごめん」と言ってはいたけれど、チャットの一つもないのはほとんど初めてと言っていい。入試の前夜でさえ私と通話を繋いでいたあの彩葉が、である。異常事態だ、という顔をFUSHIはしているけれど、私にはどこか諦めにも似た納得があった。

「別に、ヤチヨから連絡したって良かっただろう。彩葉はダメと言ってないんだから」
「そうだけど、お邪魔虫にはなりたくないなって。ま、彩葉は引く手あまたの激多忙な大学生ですからして? ヤチヨの事をちょこーっと後回しにしちゃうなんてこともありおりはべりいまそかり、的なー」
「ヤチヨ、本気で言ってるのか」

言葉は返さずに、きらきら光るミラーボールの月を眺めた。彩葉が八千年を受け止めてくれたこと。一緒にパンケーキを食べる約束をしたこと。もう一度出会えただけで十分だったのに、彩葉はあまりにもたくさんのものを与えようとしてくれる。今、ツクヨミを吹く風が頬を撫でるのを感じ取れるのもその一つ。電脳世界ツクヨミへの触覚本実装。彩葉が起こしたブレイクスルー、本人曰くまだ一つ目らしいけど。
そもそもその一つを起こすことがどれだけとんでもない事なのか、本人以外は皆知っているのだ。結果起きたのは、酒寄彩葉という天才の取り合いだった。学内だけでなく企業の研究所、国外の専門機関、ありとあらゆる場所が彩葉の才能を欲して、素晴らしい環境と待遇を約束する。それなのに彩葉は、そのすべてを真摯に、かつ必死に振り払いながら、茨の道、どころかほぼ不可能だろう自分の研究所の立ち上げを目指し始めた。どこかに所属した方が将来は保障されるのに、安泰な道を選ばない理由の全てはこれから生みだされる『かぐやの体』に紐づくあらゆる権利を誰にも渡さないためだと、私は知ってしまっている。
これを知るに至るまで、つまりは触覚を実装する前にも、彩葉にはもっと自分の時間を生きて欲しい、なんて賢しらな事を言って散々揉めたし、泣いて泣かせて結果的には彩葉を感じるための触覚だけではなくて恋人、という立場まで手に入れてしまったのが今なのだけれど。

「本気なわけ、ないじゃん」

私を抱きしめてくれる温かさも、今まで見てきた誰の瞳よりも優しく真っすぐなまなざしの意味も、きちんと理解してる。それでも。それなのに。
本当に、ヤチヨでいいの。って、ずっと思ってしまっているのだ。今ここにいる私は彩葉が知っている無垢で無邪気な存在ではなくて、老成した、あるいは……擦り切れた、ともいえる私になっている。すべてを見せたはずなのに、すべてを知られるのが怖いなんて矛盾している自覚はあった。誰からも愛されるツクヨミの歌姫は、ただ一人の愛を受け取るのがどうしようもなく怖い臆病者だ。
だってもし、あの柔らかなまなざしが、冷たく硬いものに変わってしまう時がきたとしたのなら。死ねない私の生きる意味は、どこにいってしまうのだろう。

「……もう、彩葉はヤチヨの為に十分頑張ってくれたから。だから、だから……」
「ちょっと置いてかれるくらいは構わないって? 泣きそうな顔で何馬鹿言ってるんだ。迷惑だろうがなんだろうが、恋人を一週間も放置する奴が悪い。ヤチヨが行かないなら僕が行くぞ」
「だーめ! FUSHIにはこれから新しいKASSENフィールドのデバッグをお願いするので~」
「え? うわぁ!」

私をいつも気遣ってくれる優しいウミウシを、ひょいっとKASSENフィールドまで飛ばす。デバッグ作業をサボっていたのも嘘じゃないし、彩葉の迷惑になってしまうかも、というのも本当だった。
けれど、FUSHIの言うことだってもっともだ。仮にも私と彩葉は想いあっている仲であって、一言、そう、「ちゃんと休めてる?」って送るくらいは当たり前にしていい事だ。……それすら、この七日間は出来なかったのだけど。簡単な一言が遅れないのだから、「そろそろ落ち着いた?」なんて送れないし、ましてや「会いたいな」なんて、月が裏返っても送れやしない。

「よし、『ちゃんと休めてる?』これだけ送ろう……でももう結構遅い時間だし、寝てたりしないかな……明日の朝にした方がいいかも」

弱気な私のつぶやきに答えてくれるものはいなくて、あとは送信するだけなのにどうしても指が動かない。ふらふらとコンソールの上を指先がさ迷う、近づいて、離れて、最後にもう一度近づいてから、送信を押さないまま消してしまった。臆病者め、厳しくFUSHIが吐き捨てる声が聞こえた気がしたけれど、ここにはあいにく私だけ。私が諦めてしまった事は誰も知らない。彩葉の負担になるかもしれない、おためごかしでコーティングして、しまい込んだ言葉にまた胸が重くなる。

「……彩葉」
「うぅわぁ!」
「……えっ?」

バゴン! と重い何かが床にぶつかる音に肩が跳ねてしまった。基本的には誰も立ち入らない場所なのに、何かのシステムエラーかと頭によぎり、でも一瞬聞こえたのは聞き間違うはずがない彩葉の声だ。おそるおそる振り向くと、板間の真ん中で仰向けに倒れこんでいる彩葉がいた。

「え、彩葉……?」
「……」
「ちょっと、彩葉!? 大丈夫!?」

声をかけても無言でピクリとも動かない。どう考えても様子が変だ。慌てて駆け寄って傍らに膝をつく。どうやら目は開けているようで、ぼうっと天井を映していた瞳が、私の顔へと焦点を結ぶ。久しぶりの彩葉だ、なんて喜んでいる余裕はない。明らかにおかしい。疲労、というか過労だろう。あと寝不足もあるはずだ。私が、もっと早く休むように声をかけていたら。ふつふつと後悔が沸いてきて、でも今するべきは自責に浸ることではなく、一刻も早く彩葉をログアウトさせてきちんと休ませることだ。

「彩葉、ちゃんと聞こえてる? 今自宅からログインした? それとも研究室?」
「……ヤチヨ」
「そう、ヤチヨだよ。ねえ、教えて彩葉。ちゃんと休んでた?」
「あのさ、ヤチヨ」
「うん」
「VR睡眠って知ってるよね」
「……うん?」

……聞き間違い、かな。キラキラを通り越してギラギラとした彩葉の瞳を見下ろす。ツクヨミの管理人たるもの、VR睡眠は知っている。スマートコンタクト型のデバイスでは非推奨だけど、ゴーグル型のデバイスであれば軽量で負担が少ないものも多く販売されているから、使用しているユーザーは多い。けど、いきなりどうしたんだろう。疲労でおかしくなってるのは間違いなさそうだ。

「あれ、知らない? えっとVR睡眠っていうのは」
「大丈夫、知ってるよ。それでVR睡眠がどうしたの?」

強制ログアウトの準備をしつつ、とりあえず先を促す。会話の途中で接続を切るのは多少なりとも脳に影響が出てしまう。ちゃんとお家でログインしてくれていればいいけど、研究室だったらどうしよう。すぐにでも横になって欲しいんだけどな。

「寝やすいVR機器っていくらでもあるじゃない、今って」
「そうだねぇ」
「でもツクヨミに実装している触覚システムに対応してるものってないんだよね、まだ」
「まあ触覚、実装されたばかりだからねぇ」

まだツクヨミに触覚システムが実装されてから二か月程度。デバイスに必要なスペックはそれなりに高いものが要求される。既存のVRデバイスでも対応はできるけれど、今後もアップデートをしていく告知は出しているから、新型がどんどん発売されてくるだろう。ちょうど来月に最新型のコンタクト型スマコンと同じメーカーのVRゴーグルは発売されるみたいだけど。

「だから作りました。ヤチヨ、添い寝して。今日寝る日でしょ」
「そう、だけど……うーん。彩葉、今何徹目かにゃ?」
「7? かな。仮眠はとってたからまあ実質3徹くらいじゃないかな」
「もう! もっと自分の体を大事にして!」

仰向けのまま動かない彩葉のお腹をべしッと叩く。というか、まさかなんだけど。

「忙しかった理由って、それ?」
「うん。あ、正しくはゴーグル型スマコンじゃなくて、フルダイブ型スマコンの試作機なんだけど」
「ごめんね彩葉、ちょっとだけ待ってくれる?」
「うん」

研究開発の基本骨子は聞いていた。ツクヨミに意識を全て持ってくる、フルダイブ型スマートコントローラー。触覚だけではなく、味覚や嗅覚を実装するうえでは必須になるだろう機能を搭載したVR機器。私が最後に聞いた時の記憶だと、「まあ、ゆくゆくは作れたらいいけど、まずは感覚データをもっと集めないとね」なんて言っていたはずで、最低でも後二年以上は先、修士課程が終わる頃に基礎設計が完成すればいいかな、なんて言っていたはずなのだけど。

「えっと、つまり今の彩葉は、ツクヨミに意識がそのまま転送されてるってこと、かな」
「うん。本格的に開発進めるとしたら意識をミラーリングしたりして安全マージンはとらないといけないけど」
「……まさかと思うんだけど、ぶっつけ本番なんて言わないよね?」
「え、ぶっつけだよ。他の誰かに任せるわけないじゃん」
「もう! バカ!」

ばちんとまたお腹を叩く。「いたた」と顔を顰めた彩葉が、ゆっくりと手足に力を込めた。のろのろと体を起こして、「なんか、重く感じる……ちゃんと転送できてるってことかな」と二度、三度手を握っている。強制ログアウトさせたいのに、通常と違うログイン状態だからどんな不具合が出るかもわからない。少なくとも彩葉が自分から、安全であろう手段でログアウトして貰うしかない。
不安と焦りで言葉が出なくなってしまった私の頬を、彩葉の手が優しく撫でる。温かい、彩葉の手だ。そんな場合じゃないのに嬉しくてすり寄ると、「じゃあヤチヨ、寝よっか」とにこやかに言ってくるものだから、そういえばVR睡眠がどうのこうの、なんて言っていたなと思い出す。

「……ヤチヨと添い寝するために作ったの?」
「……まあ、そうです、ね」
「本当に、それだけ?」
「それだけです、ケド?」
「……全部話してくれないと一緒に寝ない」
「そんな殺生な!」

じいっと慌てる彩葉の瞳を覗き込むと、頬を赤くしながら視線が上に下に左右に泳ぐ。ヤチヨに弱いいつもの彩葉だけれど、なんだか他にも理由がありそうで、じいっと見つめ続ける。しばらくああー、と唸っていた彩葉は、困った顔をしながら口を開いた。

「前に私がログインした時、ちょうどヤチヨがスリープしてたじゃない?」
「うん。起きたら彩葉がいてちょっとびっくりした。でも、何もなかったって言ってたよね?」
「まあ、うん」
「……本当は、何かあったんだ」

彩葉の手が、私の手を取る。ぎゅう、と握る力は強いけど、痛くはなくて。すり、と指先が手の甲を擦る感触が心地いい。目を細めた私に彩葉は優しく笑って、「ヤチヨがね」と言葉を紡ぐ。

「泣いてたんだ。ヤチヨのスリープは完全な睡眠じゃなくて、記憶を整理するための意識を落としている状態だから、もしかしたら何か、悲しくて、寂しい事を思い出してたんじゃないかなって」
「それ、は」

心当たりがない、と言えば噓になる。誰かとの別れ、消えていく命の灯。ツクヨミで重なった記憶の他に、八千年の記憶がぷかりと不意に浮かび上がることはよくあって、その一つ一つをもう一度、あるべきところに収めていく。どんなに辛く苦しい記憶だとしても、彩葉の元へ私を繋いでくれた大切な思い出だ。こんなこともあったなって確かめながら、丁寧に。ツクヨミで感情を隠すのは難しい。きっとその時に流れた涙だったのだろう。

「だからね。寝る時も私が一緒だから、寂しく無いよって。言いたくて、作りました」
「……彩葉って、頭がいいのに時々おバカさんだねぇ」
「ええ?」
「でも、ヤッチョもおバカさんだったなあ」
「わ、ヤチヨ?」

彩葉の手をほどいて、飛び込むように抱き着いた。少しだけ驚いて、でもすぐに背中にまわってきた腕がぎゅうっと私を抱きしめてくれる。置いていくなんてとんでもない、全部私の為だった。八千年を歩いた私の為に、一緒に歩いていくために彩葉は全てを削って隣にいることを選んでくれている。訪れるかわからないいつかに怯えていた私なんてお構いなしに、私の全部を抱きしめるために。
私が抱えている不安は、きっと消えることはない。知られたいともまだ思えない。けれどきっと、何度だって彩葉は臆病になったヤチヨの心を引っ張って、全部大丈夫だよって教えてくれるのだろう。だから、少しだけ。頑張ってくれた彩葉に、私も伝えてみよう。

「……でも、なんでアプリも駄目だったの? おしゃべりしなくても、彩葉を見てられるだけで良かったのに」
「ああ……ちょっと前からさ。研究室に出入りしてる人がいるって言ったじゃない、私をスカウトしたいっていう」
「うん」
「その人が、ヤチヨの事……ちょっと、ムカつくこと言っててさ。絶対に聞かせたくなくて、研究室にいる間は繋げないなって思って」
「何て言ってたの?」
「教えたくない」
「これでもながーくトップライバーしてるから、アンチコメなら散々見てきてるよ?」
「ほんまに見る目ない連中ばっかやな、頭わいとんのか?」

私を抱きしめる力が強くなった。バンバン音がするのは不快さに揺れた尻尾が床を叩いているせいだ。相変わらず強火だなあ、なんて思いつつ宥める様に背中をぽんぽんと叩けば、うう、と小さく唸って「おままごと」とぽつりと呟く。

「優秀なAIの無駄遣い、幼稚なおままごとで小銭稼ぎさせる無能な運営、とか、他にも色々。でももう教授が出禁にしてくれたから。明日からは通話繋げられる」
「そうなんだ……ありがとう、彩葉。ヤチヨを守ってくれて」
「話せなくてごめんね、聞かせたくなくて黙ってたんだけど……もっと、こっそり話したりとか、連絡とったりとかすればよかった」

悔やむような声音に、少しだけ嬉しくなる。「ねえ、彩葉」少しだけ体を離して顔を覗き込む。ちょっとだけ潤んだ翡翠の瞳に笑顔の私が映り込む。

「ね、彩葉。寂しかった?」
「……うん」
「そっか……ヤチヨも、寂しかったよ。だからね」

コンソールを操作して、呼び出したのは懐かしい1R。髪を下ろして黒いTシャツに変わった私と現実の姿に変わった彩葉で敷かれた布団に倒れこむ。驚きに見開かれた翡翠の瞳に笑いかけると、面白いほど顔が赤くなってきょろきょろ視線があちこちに泳いでいく。前は当たり前に出来ていた二人で一つの布団に入る事にどうしようもなくドキドキしていたけれど、私よりも切羽詰まった彩葉を見ているとちょっとだけ落ち着ける。

「ね、一緒に寝よ、彩葉」
「ハイ、ネマス」
「……本当に寝れる?」
「だい、じょうぶ。余裕」
「ほんとかなあ」

くすくす笑っていると、んん、と唸った彩葉が、小さく息を吐いて、背中に周っていた腕がそろそろと動く。柔らかく、私の頭を二度、三度と撫でてくれて、最後に残っていた緊張のこわばりが抜けていく。でもすり寄った彩葉の胸元は、フルダイブしている影響なのか、どくどくと速い心臓の音が聞こえてきた。このままじゃ寝られないだろうなあ、と思いながら、多少緊張もほぐれるかもと話を切り出してみた。

「ねえ、彩葉。ログインした時落ちてきたのはどうして? 痛くなかった?」
「ああ……いつもと勝手が違って。着地しようとしたんだけど動かせなくて、そのまま背中から落っこちちゃった。でも痛くはなかったよ」
「本当に?」
「……まあ、ちょっとだけ。でもなんとなく動かし方はわかったから次は失敗しません」
「ならいいんだけど……」

少しずつ彩葉の心臓の音が落ち着いてくる。ふう、と小さく息を吐いた彩葉が、「なんかさ」と柔らかく囁く。

「かぐやと一緒に寝てたからなのかな。私も、一人だと寂しいんだ」
「……う、ん」
「さっきはかぐやの為、みたいなこと言ったけど。結局自分の為なんだよ。私が一緒に寝たかったの」
「そっか」
「私、人と寝るの苦手だったんだけどなぁ」
「そう、なの?」

新事実だ。胸元から見上げた彩葉は優しい顔をしていて、とてもじゃないけど人と寝るのが苦手なようには見えない。私の体に回された腕にもこわばりは無くて、かぐやとして添い寝していた頃も彩葉はぐっすりと眠っていた気がする。

「親に添い寝とかされた記憶ほとんどないし、友達と泊りで遊ぶ、みたいなことも高校生になるまではなかったから。でも、かぐやは……」
「私は特別?」
「……まあ、赤ちゃんだった頃から一緒に寝てるからね」
「もう、赤ちゃんじゃないよ?」
「そうだね。立派に成長した、私のお姫様だ」

くすくす笑って、ぎゅうっと胸元に抱き込まれる。心臓の音は随分と穏やかになっていて、囁く声がとろとろと眠気に流され始めた。

「ね、彩葉。フルダイブ型にしたのってさ」
「……通常のスマコンより、肉体が反映されるって試算できてたから。一緒にいるって、わかるかなって……私も、ヤチヨも」
「そっか」

緩やかに、彩葉の呼吸が聞こえてくる。眠ったかな。目を閉じて、薄く唇を開いている顔は見慣れたけれど久々の、彩葉の寝顔だった。彩葉が寝てる。眠る彩葉に包まれていると、温かくてどこまでも安心する。嗅覚が実装されたら、懐かしい彩葉の匂いもわかるようになるのかな。凄く頑張らなきゃいけないのは解っているけれど、いつかその日が来る事を無邪気に信じてもいいのかもしれない。
彩葉は私もすぐに睡眠……スリープに入ると思っていたみたいだけど、次のスリープまではあと2時間ある。それまでは、いくら見つめても飽きない彩葉の綺麗な顔を、ただじっと見つめていた。

私がスリープから起きた後。どうやら随分と無茶をしたらしい彩葉はぐっすり眠ったままで、私も二度寝気分で腕に抱かれていたのだけれど。
「オキテ! オキテ! オキテ!」と彩葉の頭に降ってきたFUSHIにびっくりして飛び起きた彩葉は、腕の中にいる私を見てもっと驚いて、いつかのかぐやみたいに窓に盛大に頭をぶつけることになるのは、もう少しだけ後の話。
ぷりぷり怒るFUSHIを宥めながら、「おはよう、ヤチヨ」と笑ってくれた彩葉に、我慢できなくて飛びついてしまって、「馬鹿者! 潰れる!」と揃ってFUSHIに怒られることになる、ありふれていく朝の一幕だった。

— End —

Comments 26

わに18 天前
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わに18 天前

8000世界の鴉をころし、ですね!いつまでも安らかに添い寝してくれいろヤチ…

ことは23 天前
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黒にくる23 天前

中々踏み出せないヤチヨの心情描写が丁寧でとても素敵でした……沢山一緒に寝て不安が少しずつでも無くなるといいな

蓮零(レンヤ)24 天前
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蓮零(レンヤ)24 天前

8000年も過ぎたあとにまた出会えた、たった一人の大好きな人と1週間、会えなくて通話もないのはめちゃくちゃ寂しいし苦しいよなヤチヨさん…VR睡眠かぁ、技術がすごいしそれをしてでも、電子の世界で生きるヤチヨさんと共に眠って朝を迎えたい彩葉さんの気持ちがめちゃくちゃいい

N
nagidonburi24 天前
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T
ttg24 天前
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橙白-sakay24 天前
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A
Aっぽい24 天前

一緒に寝る彩葉とヤチヨはこの世で美しいものランキングを作ったら上位に入る 最高だ……

ちょこツ24 天前

臆病になっちゃったヤチヨをこうやって10年かけて融かして行ったんだろなあ。8000年分濃縮した愛で。……あの彩葉さんもっと寝て?

暇人24 天前
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Sakuria
Where every work blooms
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