「じゃあ、お前もすればいいだろ」
自分の口から出た言葉の冷たい響きにハッとする。
目の前でさっきまで感情的になっていた由希が唇を噛んだ。
由希は会社の後輩であり、恋人で。
付き合って間もなく人事異動で別の部署の所属になった。
由希の押しに絆される形で付き合ったからか、普段あまりわがままを言わず聞き分けのいい彼女がめずらしく食ってかかってきて、ついきつい言い方をしてしまった。
(でも、しょうがないだろ…)
昨日は俺の部署での飲み会で、由希の代わりに移動してきた若い女子社員が飲みすぎて帰れなくなったのを自宅に保護したのをどこで知ったのかアポなしでやってきて口論になった。
断じてやましいことはしていない。
とりあえず、保護したその子をソファーに寝かせて始発で帰らせた、それだけなのだけど。
でも、由希のいう「異性を自宅に泊まらせるのは嫌だ」という言い分は最もで。
でも、上司として酔いつぶれた若い子を放置は出来ないし、自宅の場所を聞いてもとても答えてくれる状態じゃなくて仕方なしに自宅に招き入れただけで。
ほのかに好意を滲ませるその子を放置して寝ることは出来ないから、彼女を送り出すまでは俺は一睡もしていな
かった。
「私は絶対そんなことしない!」
そう涙を滲ませた由希に、“間違い”がないように、と配慮したのに、あれ以上どうしたら良かったんだと寝ついたところに叩き起こされて騒がれたことでイラついてこぼれ落ちた言葉にマズいと思った。
泣き喚かれるのでは、と。
寝不足でそのフォローまでするのはしんどいとうんざりしたのだけど、予想に反して由希は泣かなかった。それどころか「もう、いいです。しつこくしてごめんなさい」と眉を下げて笑った。
それに違和感を覚えて名前を呼ぼうとしたタイミングで社用の携帯が鳴って。
取引先のお偉いさんからで寝室に移動して、電話に出た。
これは部署が別になってからは、デートの時でも守秘義務がある内容だとまずいから必ずしていたことで、由希もわかっているだろうと何も言わずに背中を向けてしまった。
由希はこの時どんな気持ちで、どんな表情で俺の背中を見ていたのだろうかと後に後悔することになる。
***
緊急の案件で呼び出されて、すぐに家を出なければいけなくなって舌打ちが出る。
寝不足の頭で、どう由希を説得しようかと元いたリビングに戻ると人影はなかった。
「由希……?」
ローテーブルに小さな付箋が貼り付けられていて「お邪魔になるので帰ります」と少しだけ右肩上がりの由希の文字で書かれていた。
どこかで、これからのタスクに“由希の相手”が入らなくて良くなったことにホッとしながら身支度を整えて家を飛び出した。
そこから、週末は取引先とのトラブル対応で潰れてその後は元々予定されていた国内の出張と海外の出張で三ヶ月近く慌ただしい日々を過ごした。
プライベートのプの字もないような有様で、由希との時間をとることは出来ず、直接話すべきだとメッセージアプリからも連絡はしなかった。由希からも連絡がないことをいいことに後回しにしていたのだ。
仕事のことで頭がいっぱいで色恋沙汰のトラブルはただ煩わしかったのだと思う。
由希はあの時「もういい」と謝ってきたし、もう解決したのだとあの時覚えた違和感を無視した。
由希は俺のことが好きで、聞き分けがいいから大丈夫だろうとタカをくくっていたのだと思う。
それがとんだ思い違いだと突きつけられたのは、久しぶりに自分の部署に顔を出した時に、由希とも親しかった部下の言葉だった。
「主任、佐倉さんの送別会参加出来なくて残念でしたね」
由希はその月の月末に退職が決まっていたのだ。
どうも、書いている人です。
西谷くんの話も角名くんの話も途中ですが!
すみません、思いついてしまったので黒尾さんの話になります。
大きな体調不良ではないんですが、地味にずっと体調良くないのが続いていてなかなか更新出来なくてすみません。
【ダブルスタンダード】と並行して【繋いだ手を離さないで】を更新するつもりでいます。
それが終わったら【オオカミ少女は夢を見る】を書いて、他の書きかけも最後まで書きたいです。
各作品、お待ちいただいてる皆様……お待ちくださいませ。
では読んでくださった方に楽しんでいただけることを祈って。
2026.05.14 涼月凪






















