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三人のはじまり

りすけりすけ

【エレメンタリースクール編】最終話 二人にも平和な子供時代があったという妄想。

庭の芝生は、春よりも濃い緑になっていた。日差しも少し強くなり、ゼノの家の窓辺には明るい光が長く差し込む。
ガレージ横の作業スペースには、何度も試射を繰り返したレールガンの試作機が置かれていた。金属の銃身は光を受けて鈍く輝き、木製の支持台には、試行錯誤の跡が残っている。

初めてそれを見た時の、ナマエの感想は「すごく難しそうなもの」だった。
ゼノが作ったもの。
ゼノの頭の中から出てきたもの。
それだけで、胸が躍った。
けれど今では、その横にもう一人、当然のように立つ少年がいる。

「右に流れる癖、まだ残ってんね」

スタンリーが銃身の先を覗き込みながら言った。口元には、いつものようにロリポップキャンディの白い棒。金色の髪が、日差しに透けるように明るかった。

「前回よりは改善しているよ」

ゼノはノートを片手に、試射結果を確認している。

「完全には直ってねえだろ」
「完全を求めるには、まだ資材も資金も諸々足りない。だが、ズレの幅は減っているよ」
「でもまだズレてる」
「だからこそ、次の改良点が見える」
「前向きだな」
「トライアンドエラー。実験とはそういうものだよ」

会話だけ聞けば、少し喧嘩しているようにも聞こえる。
けれど、ナマエはもう慌てて止めに入らなくなっていた。ゼノとスタンリーは言葉が鋭い。正直で、どちらも遠慮がない。けれど、それは二人とも互いを認めているがゆえに遠慮がないのだと、少しずつ分かってきたからだ。

スタンリーは口が悪い。
最初はナマエのことをずっと「チビ」と呼び、何もできないと決めつけていた。今でも時々、からかうような言い方をする。けれど、名前を呼んでくれるようになってから、その声の尖り方は少しだけ変わった。

「ナマエ、バスケット取って」

スタンリーが言った。
ナマエはぱっと顔を上げる。
ナマエのそばにあるのは、彼女の手作りサンドイッチの入ったバスケットだ。

「うん。これ?」
「それ」
「はい、スタン」

ナマエがバスケットを差し出すと、スタンリーは片手で受け取った。

「あんがと」

短い言葉だった。
けれど、初めて会った頃の彼なら、きっと言わなかったであろう言葉でもあった。
ナマエは嬉しそうに小さく笑う。

「えへへ、どういたしまして」
「なんでいちいち嬉しそうにすっかね」
「だって、スタンがありがとうって言ってくれたから」
「……別に、礼くらい普通だろ」

スタンリーは顔を背けた。耳のあたりが少し赤くなっていることに、ゼノだけは気づいていた。
スタンリーはバスケットの中から二つあった包みの内の一つを出した。
ナマエが「あ、スタン」といいかけたところで、ゼノの声が重なった。

「スタンリー、その包みはおそらく僕の分だ」

その言葉に、スタンリーが動きを止めた。

「は?」
「君の分はおそらく右側の包みだよ」
「同じじゃねえの?」

そこでナマエがクスクスと笑った。

「ゼノ、よく気が付いたね」
「それぞれ包装紙の柄が違ったからね。片方はいつもと同じだが、もう片方は見たことのない包装紙だ。そちらがスタンリーの分なんじゃあないのかい?」
「すごい、さすがゼノ、正解。分けたほうがわかりやすいと思って」

二人の言葉に、スタンリーは手に持った包みとバスケットの中の包みを交互に見比べた。
確かに、包装紙の柄が異なっている。

「なんか違うのか、これ」
「具の中身が少し違うの。スタンの方は少し辛味のあるソースが入ってて……スタン、この前辛いの平気って言ってたから。ゼノの方はチーズ入りだよ」

スタンリーは手元の包みを見る。

「こっちが俺の?」
「うん。先に言っておけばよかったね、ごめん」

ナマエはスタンのもとに歩み寄り、バスケットからもう一つの包みを差し出す。
スタンリーはゼノの分を戻し、自分の包みを受け取った。

「悪い」
「ううん。分かりにくかったよね。次は名前書いておくね」
「別にそこまでしなくていい」
「でも間違えたら困るでしょう?」
「困るってほどじゃねえだろ」
「ゼノのチーズ、大事だもんね」
「そっちかよ」

スタンリーが呆れたように言うと、ゼノが当然のように頷いた。

「重要だよ」
「今重要なのは試射だろ」
「勿論。どちらも重要さ」
「食い物とレールガン並べんじゃねえよ」
「人間は定期的に栄養を摂取しなければ何事にも打ち込めなくなる。ナマエが常々主張していることだ」

ゼノがそう言うと、ナマエはうんうんと首を縦に振ってみせた。

「うん。ちゃんとご飯食べなきゃ元気が出ないからね」
「あんた、ほんとそればっかだな」
「だって二人とも、集中しちゃうとご飯忘れちゃうじゃない。特にゼノ」
「ま、ゼノと違って、俺はあとからちゃんと食ってっかんね」

スタンリーはそう言いながら、渡されたサンドイッチを食べた。
ぱくりと一口。
そして、動きが止まる。

動かなくなってしまったスタンリーを、ナマエは不安そうに覗き込んだ。

「あ、ごめん、辛すぎた?」
「……いや」
「おいしくない?」
「……別に」
「別に?」

ナマエの眉が下がる。
スタンリーは数秒黙り、視線を逸らしたまま小さく言った。

「……うまいじゃん」

その言葉に、ナマエは一瞬目をぱちぱちとさせたが、すぐにその顔がぱっと明るくなる。

「ほんと?」
「二回も言わせんな」
「よかった!」

ナマエは心底嬉しそうに笑った。
その笑顔に、スタンリーは少しだけ口を閉ざした。胸の奥が妙に落ち着かなくなる。サンドイッチは確かにうまかった。けれど、それだけではない。自分の短い一言で、ナマエがこんなに嬉しそうにすることが、どうにも理解できなかった。

理解できない。
理解できないことは、嫌いなはずだった。
けれどこれは、悪い気がしない。

スタンリーはもう一口、サンドイッチを食べた。
ゼノはその様子を見て、口元をわずかに上げる。

「スタン」

ごく自然に、その呼び方が落ちた。
スタンリーの咀嚼が止まる。
ナマエも目を丸くしてしまった。

「……今、何て?」

スタンリーがゼノを見る。
ゼノは特に気にした様子もなく、ノートをめくった。

「スタン、と呼んだ。ナマエがそう呼んでいるだろう。長い名前を毎回呼ぶより効率的かと思ってね」
「効率で愛称使うやつ初めて見たぜ」
「ならば貴重な経験だ」
「あんたな……」

スタンリーは少し顔をしかめたが、本気で嫌がっているようには見えなかった。
ナマエは嬉しくなって、二人を交互に見た。

「ゼノもスタンって呼ぶんだね」
「不都合があるかい?」
「ううん。何だか、嬉しい」
「なぜ君が嬉しがるんだい」
「だって、二人がもっと仲良くなったみたいだから」

その瞬間、ゼノとスタンリーが同時に黙った。
ゼノは少しだけ目を細め、スタンリーは明らかに不服そうな顔をする。

「受け取り方がおかしいんよ、あんた」
「そう?」
「そう」
「でも、ゼノはスタンって呼んだよ」
「効率っつってたじゃん」
「きっとそれだけじゃないと思うな」
「……ナマエ、あんた時々妙にしつこいな」
「そう?」

ナマエは首を傾げた。
ゼノは二人のやり取りを聞きながら、ノートへ数字を書き込む。

スタン。

口に出してみると、思っていたより自然だった。

スタンリー・スナイダー。

射撃手として非常に優れている少年。態度に難はある。言葉は刺々しい。初対面からナマエを侮ったことについては、いまだ完全に評価を改めたわけではない。
だが、観察力は本物だ。
レールガンの癖を、数字ではなく感覚で拾う。ゼノが見落としかけた微細なずれも、彼は「見た感じ」で言い当てる。しかも、その感覚は回数を重ねるごとにより精度を増している。
ゼノにとって、それは得難い存在だった。
そしてもう一つ、分かってきたこともある。

スタンリーは、ナマエをよく見ている。

最初は小馬鹿にするためだったのかもしれない。役に立たないと確認するためだったのかもしれない。けれど今は、ナマエがノートを取り違えそうになる前に気づく。物を落としそうになれば、何も言わずに手を伸ばす。危ない部品に近づこうとすると、「そっち行くな」とぶっきらぼうに止める。
相変わらず優しい言葉ではない。
だが、行動は少しずつ変わっていた。

三人になっても、ゼノの日常が大きく変わったわけではない。
ナマエは変わらず隣にいる。
そこに、スタンリーが加わった。
少しぶっきらぼうで、遠慮のない声。
静かだった放課後は、少しだけ賑やかになった。
ゼノはそれを、不快だとは思わなかった。

むしろ、悪くない。

そう思っている自分に、ゼノ自身も少しだけ興味を持っていた。

「ゼノ、次どうする?」

ナマエが尋ねる。

「支持台の角度を修正しよう。スタン、右側の固定具を見てくれ」
「はいはい」

スタンリーはサンドイッチの残りを口に放り込み、立ち上がった。

「ナマエ、工具」
「どれ?」
「短い方のレンチ」
「これ?」
「それ」
「はい」

ナマエが手渡すと、スタンリーは自然に受け取った。
前ならきっと「遅い」とか「違う」と言っただろう。今でも言う時はある。けれどそれは、以前ほど冷ややかなものではなかった。
小さな変化。
ナマエにはそれが嬉しかった。

***

試射の準備が整うと、ゼノの父が庭へ出てきた。安全確認のためだ。

「今日も低出力だな?」

ゼノの父が確認する。

「もちろん」
「無理はしないこと」
「分かっているよ」

父の言葉に、ゼノはきちんと頷いた。
ナマエは防護ゴーグルをつける。スタンリーも指定の位置へ立った。ゼノの母は少し離れた場所から見守っている。試射の前には、いつもと同じ緊張が庭に満ちる。

「ナマエ、記録を」
「うん」
「スタン、照準確認」
「ああ」

短い言葉が交わされる。
ナマエは胸の中で、そっと息を整えた。
ゼノが合図する。

「三、二、一」

硬い音が響いた。

金属片が走り、土を詰めた箱に当たる。前よりも、ずれは少ない。着弾点は中心に近づいていた。
スタンリーが少し目を細める。

「やっぱまだ少し右に寄ってんね。でも、前よりマシか」

ゼノの瞳が輝いた。

「数値でも改善している。支持台の修正は有効だね」
「だから言ったろ」
「君の指摘は有用だったということだ」
「素直に褒めな」
「褒めているさ」
「分かりづれえんよ」

ナマエはノートを書きながら、小さく笑った。
スタンリーがすぐに気づく。

「何笑ってんの、ナマエ」
「二人とも、楽しそうだなって」
「どこが」
「楽しそうだよ」

ナマエは迷いなく言った。
ゼノは計器を見たまま口元を緩める。

「ふむ。少なくとも、退屈ではないね」
「……ま、そうだな」

スタンリーも、どこか満更でもなさそうだった。

試射が終わると、片付けが始まった。
ゼノの父が電源部分を確認し、ゼノがノートをまとめる。スタンリーは土を詰めた箱の位置を戻し、ナマエは工具を一つずつケースへ入れた。

「ナマエ、それ向き逆だぜ」
「あ、ほんとだ」
「こっちな」
「ありがとう、スタン」
「ん」

スタンリーは短く返事をした。
ゼノはその様子を見ながら、口元をほんの少し緩めるのだった。

片付けを終え、三人はゼノの部屋へ移動した。
庭での作業を終えたあとは、ゼノの部屋で記録の整理をするのが最近の流れになっている。
ナマエはいつものように、丸椅子をゼノの隣へ持ってきた。
ゼノは机に向かう。
スタンリーはソファに腰を下ろした。最初の頃は部屋の中を物珍しそうに見ていたが、今ではこのソファが彼の定位置になりつつあった。

「あんたの部屋、本多すぎ」

スタンリーが言う。

「必要なものだよ」

ゼノは即答する。

「全部読んでんの?」
「必要に応じてね」
「子どもの部屋じゃねえな」
「君の基準ではそうかもしれない」
「俺の基準じゃなくてもそうだろ」

スタンリーはソファの背にもたれ、ロリポップを口の中で転がした。
ナマエはゼノの隣でノートを広げながら、ふと思った。
少し前まで、ゼノの部屋はナマエにとって、ゼノと二人で過ごす場所だった。難しい本と、工具と、設計図と、ゼノの声。

そこに今、スタンリーがいる。

ソファに座って、少し退屈そうな顔で、けれどゼノの話にはちゃんと耳を向けている。
不思議だった。
でもそれは、決して嫌なものではない。
むしろ、部屋の空気がまた少し明るくなったような気がする。ゼノが話す。スタンリーが突っ込む。ナマエが笑う。ゼノがさらに説明を続ける。スタンリーが呆れる。
いつの間にか、それが三人の日常になっていた。

「ナマエ」

ゼノが呼んだ。

「なあに?」
「今日の三回目の着弾位置、君の記録では中心から右へ二センチになっているが、実測は二・三七センチだよ。修正しておいてくれるかい」
「うん。二・三七センチ……」

ナマエは数字を書き直す。
ふと、スタンリーが背後からそれを覗き込んだ。

「それ、ここに書いた方が分かりやすいんじゃね」
「あ、そっか。ありがとう」

ナマエは素直に返事をする。
スタンリーは少しだけ目を細めた。
以前のスタンリーなら、ここで文句の一つでも付け加えただろう。正直、今でも思っていないわけではない。
ナマエは危なっかしい。のんびりしていて、少し抜けているところがある。
けれど、彼女は驚くほどにまっすぐだった。
間違えたら謝る。次に気をつける。分からないことを分からないままにしようとはしない。ゼノの長い話にも、目を逸らさずついていこうとする。

そして、笑う。
やたら素直に。
それが、スタンリーにはまだ少し眩しかった。

自分の家は静かだ。父は忙しく、不在が多い。帰ってきても会話は短い。射撃場では、腕を見られる。学校では、距離を取られるか、物珍しそうに近づかれる。
そんな環境であったがゆえに、自然と一人を選ぶことが多かった。

今では、時間があればゼノの家に来て、この二人と共に過ごしている。
手作りのサンドイッチを食べ、試射の結果を話し、くだらないやり取りをする。
そんな時間は、スタンリーにとって馴染みのないものだった。

最初は、面倒だと思った。
ゼノは変なやつだし、ナマエはもっと変なやつだ。
なのに、気づけば放課後になると、ゼノの家へ行く予定を頭の中に入れている。ナマエがやって来るのかも、少しだけ気になっている。

友人。

その言葉を、自分に当てはめるのは少し落ち着かなかった。
けれど、この関係を何と呼ぶのか、他に分からない。

スタンリーはソファの上で足を組み替え、小さく息を吐いた。

悪くない。

声には出さなかった。
けれど、そう思った。

「スタン、眠いの?」

ナマエが振り返る。

「別に」
「でも、今ちょっとぼーっとしてた」
「してねえよ」
「そう?」
「あんたは人の顔見すぎ」
「ふふ、ごめんね」

ナマエは少し困ったように笑う。

「ナマエは人の機微をよく見ているからね」

ゼノはそう言ってノートを閉じた。

「今日の記録はここまでにしよう」
「もういいの?」
「ああ。続きは明日で構わない」
「ゼノが明日にするなんて珍しいね」
「もうじき夕食だ。母さんから呼ばれて中途半端に記録を中断すると、作業効率が下がるからね」
「ゼノ偉い!ご飯食べる気になってる!」

ナマエの顔が一気に明るくなる。
ゼノはやれやれという顔をした。

「君は本当に食事の話になると嬉しそうだね」
「だって、二人がちゃんと食べるの嬉しいもん」
「は?俺も食わされんのか?」

突然の振りに、今度はスタンリーが驚く。
ナマエは当然のように頷いた。

「スタンも食べるよ」
「なんで決定なんよ」
「だって、ゼノのお母さんが、スタンの分もあるって言ってたし」
「……いつの間に」
「来た時に」

スタンリーは少し黙った。
ゼノの家では、スタンリーの分の夕食が自然に用意されることがある。もちろん毎回ではない。スタンリーの父の予定や帰宅時間もある。けれど、ゼノの母は彼を邪険にしなかった。ナマエの母がゼノを気にかけるのと似たように、スタンリーのことも少しずつ気にかけているようだった。

スタンリーは、そういう大人の温かさに慣れていない。
どう反応すればいいのか、まだうまく分からなかった。

「いらないなら無理にとは言わないよ」

ゼノが言う。
スタンリーは少し眉を寄せる。

「……食わねえとは言ってねえじゃん」
「なら食べるといい」
「ゼノ、あんたなんでそんな上から目線なんよ」
「事実、僕の家の夕食だからね」
「ああ、そうくんのね」

ナマエは二人のやり取りに笑った。

***

その日の夕食は、三人でゼノの家の食卓についた。
ナマエはゼノの隣に座り、スタンリーはその向かい側に座る。
ゼノの父と母も一緒だ。スタンリーは最初こそ少し居心地悪そうにしていたが、ゼノの母が自然に皿を置き、ゼノの父が試射の安全管理について話すうちに、少しずつ肩の力を抜いていった。

「スタン、おかわりする?」

ナマエが尋ねる。
スタンリーは少し考えてから、

「……んじゃ、少し」
「はーい」

ナマエは嬉しそうに器を受け取る。
ゼノの母が微笑みながら、それにスープを注いだ。

「スタンリーくん、遠慮しなくていいのよ」
「……ありがとうございます」

ぶっきらぼうだが、ちゃんと礼を言った。
ナマエはそれを見て、また嬉しくなる。
それに気付いたスタンリーが顔をしかめた。

「だから、いちいち嬉しそうにすんのやめな」
「えへへ」
「何がそんな嬉しいんだか」
「スタンがちゃんと食べてるの」
「あんた、ゼノだけじゃなくて、俺にもそれ言うのかよ」
「うん。ご飯食べなきゃ元気が出ないでしょ?だから二人にも、ちゃんと食べてほしいもん」

その言葉に、ゼノが少しだけ目を伏せた。
スタンリーも黙った。
二人とも。
ナマエはごく自然にそう言った。
ゼノだけではない。スタンリーもそこに含まれている。
自然と、誰かに身を案じてもらうこと。
それはスタンリーにとって、少し不思議な感覚だった。

食後、三人はゼノの庭のベンチに腰掛けて、グラデーションの空を見上げていた。
いつもならゼノの部屋で過ごすが、今日は誰ともなく、自然とそこにいた。

夕暮れの空は、淡い橙色から紫へ変わり始め、遠くの電線には鳥が並んでいた。道端の花壇には、小さな白い花が咲いている。

「今日の試射、前より真ん中に近かったね」

ナマエが言った。

「そうだね。しかし、まだ不十分だよ」

ゼノが答える。

「でも、近づいたよ」
「近づいたことは事実だ」
「撃つ前から「右に反れる」って気付いてたスタンは、ホントにすごいね」
「まあね」

スタンリーは少し得意げに言った。
ゼノが横目で見る。

「次回はその感覚をもう少し具体的に言語化してほしいところだね」
「またそれかよ」
「必要なことさ」
「見りゃ分かんだろ」
「感覚的な話をされると、君には分かっても、僕には完全には分からない」
「へえ。あんたでも分かんねえことあんだね」
「当然だよ。僕は万能ではない」

その返答に、スタンリーは少し意外そうな顔をした。
ナマエもゼノを見上げる。

「ゼノは何でも分かるみたいに見えるけど」
「前にも言っただろう、ナマエ。分からないことの方が多い。だから調べる。考える。作る。試すんだ」
「そっか」

ナマエは嬉しそうに笑った。

「じゃあ、分からないことがあるのも、楽しいんだね」

ゼノは少しだけ黙った。
そして、口元を緩める。

「君らしい解釈だ」
「違う?」
「いや。大きくは間違っていない」

スタンリーが横から言う。

「ナマエって、たまに変なこと言うんよな」
「え、そうかな?」
「そうだよ」
「そっか」
「たまには言い返せっての」

スタンリーが呆れたように言うと、ナマエは笑った。
ゼノも、小さく笑った。

三人でこうして何気なく談笑する時間は、最近では珍しくない。
前は、ゼノとナマエの間にスタンリーが加わっただけだった。鋭い石が、まだ馴染まないまま転がり込んできたような感じだった。ナマエは戸惑い、スタンリーは苛立ち、ゼノは観察していた。
今も、まだ完全に馴染んだわけではないのかもしれない。
それでも、三人で並んでいる。
前よりも、もっと、ずっと自然に。
他愛もない話をしながら。
ナマエは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

ゼノは静かで、難しいことをたくさん知っていて、科学の話になると目を輝かせる。食事を忘れてしまうところは困るけれど、ナマエの言葉をちゃんと聞いてくれる。

スタンリーは口が悪くて、すぐからかってきて、最初は怖かった。けれど、今は違う。彼は色んな事をちゃんと見ている。危ない時は教えてくれる。サンドイッチをおいしいと言ってくれる。何事にも正直なのだ。

二人は全然違う。
全然違うはずなのに、並ぶと不思議としっくりくる。
その二人のそばにいると、ナマエは不思議と安心できた。
置いていかれるかもしれないと思っていた心の内側の部分が、少しだけ柔らかくなる。

ナマエは、ふと空を見上げた。
夕焼けがやけに綺麗だった。

「ねえ、ゼノ、スタン」

二人が同時に、真ん中に座るナマエを見る。

「何だい」
「何よ」

ナマエは二人の顔を見て、にこっと笑った。
あふれてきた気持ちを、そのまま言葉に乗せる。

「私、二人とも大好き」

あまりにも自然に言った。
まるで「夕焼けが綺麗だね」と言うのと同じくらい、当たり前の声で。

ゼノは一瞬だけ目を丸くした。
それから、やれやれというように小さく息を吐く。

「まったく。君は本当に、そういうことを何の前触れもなく言うね」

声は呆れているようで、けれど柔らかい。
一方のスタンリーは、完全に言葉を失っていた。
ロリポップの棒も口元で静止している。
彼は、誰かからこんなまっすぐな好意を投げられることに、慣れていなかった。

「スタン?」

耳が赤い。顔も少し赤く見える。
夕焼けのせいだろうか。
ナマエは不思議そうに首を傾げた。

「……あんたさあ」
「なあに?」
「……なんでもねえよ」
「え?今、絶対何か言おうとしたよね?」
「知らねえ」

スタンリーは顔を背けた。
ナマエは困ったようにゼノを見る。
そんな二人に、ゼノは肩をすくめた。

「放っておくといい。処理に時間がかかっているだけさ」
「処理?」
「脳内処理だ」
「ゼノ!」

スタンリーが少し強い声を出したが、ゼノは平然としている。

「事実だろう」
「……」
「なるほど。君も案外純粋なようだね」
「あんたちょっと黙んな」

飄々としたゼノに対し、睨みを利かせるスタンリー。
以前であれば、そんな二人のやり取りにナマエもおろおろしてしまったかもしれない。
しかし、今は違う。
二人のこのやり取りが、一種のコミュニケーションのようなものであることを、ナマエはもうわかっていた。
だからだろうか、思わず笑ってしまう。

夕暮れの空に、ナマエの笑い声が響く。
ゼノは口元に小さな笑みを浮かべ、スタンリーは赤い顔を隠すようにそっぽを向く。
三人の影が、並んで伸びていた。

西の空の端に橙色が半分落ちかけた頃、向かいの家からナマエの母の声が聞こえた。どうやら、そろそろ解散の時間らしい。

「そろそろ帰らなきゃ」
「送ろう」
「すぐ目の前だよ?」
「たまにはいいだろう?」

ゼノは立ち上がり、ナマエに向かって柔らかく口元を緩めた。

「しゃあないね」

続くようにスタンリーも立ち上がる。
両隣の2人が立ち上がったことで、ナマエは二人を見上げる形になる。

「ほら、行くぞ」

ロリポップを口の端で転がしながら、スタンリーは顎でナマエの家の方をクイッとさして見せた。

ゼノとスタンリーが、笑ってる。

家はすぐ目の前なのに、それでも二人の優しさが嬉しくて、ナマエの顔からも笑みがこぼれる。

「うん!」

最後にナマエが立ち上がり、三人は並んで歩き出した。

***

ナマエの家の前に着くと、玄関の灯りがついていて、窓の向こうには母の姿が見えた。ナマエは足を止め、二人を振り返る。

「送ってくれて、ありがとう」
「ああ」

 ゼノが頷く。

「また明日ね、ゼノ。スタンも」
「おう」

スタンリーは短く返した。
ナマエはにこにこと手を振り、玄関へ向かう。扉が開き、母が「おかえり」と迎える声が聞こえた。ナマエは家の中へ入り、扉が閉まる直前で、もう一度二人へ手を振った。

扉が閉まる。
ゼノとスタンリーは、しばらくその場に立っていた。

「……あいつ、いつもああなん?」

スタンリーが低く問う。

「概ねね」
「心臓に悪いっての」
「文句を言うより、早く慣れてしまうことをお勧めするよ」
「は?」
「またいつ不意打ちを食らうかわからないからね。早めに耐性をつけることだ」
「慣れんのかよ、これ」
「おそらく」

ゼノは向かいの自分の家へ歩き出す。
スタンリーも少し遅れて歩き出した。

「ゼノ」
「何だい」
「あいつ、変なやつだね」
「そうだね」
「否定しねえの?」
「君の言う通り、ナマエは変わっているよ。だが、それは決して悪い意味じゃあない」

ゼノは静かに言った。

「彼女は、僕たちのような人間のそばにいても、いつも変わらず、妙なほど真っ直ぐで、驚くほど自然に笑う」

スタンリーは返事をしなかった。
その言葉の意味が、少し分かる気がしたからだ。
自分とゼノは、たぶん「普通」とは違う。
ゼノは十歳で大学に通い、試作とは言え、レールガンを作ってしまう天才。自分は常人の域を超えた鋭い感覚と、大人にも勝る射撃の腕前を持つ。周囲から浮くことには慣れていた。誰かが距離を取ることにも、もう驚かなくなっていた。

けれどナマエには、その距離感がない。
空気が読めないだけなのかと思いきや、妙なところで誰よりも人の機微に敏感になる。
まっすぐで、いつも笑っていて、怖がりのくせにゼノやスタンリーが困っていれば無理をしてでも助けようとする。

そして突然の「大好き」である。不意打ちにもほどがある。

変なやつ。
本当に、変なやつだ。

けれど。

「……ま、悪くないね」

スタンリーは小さく呟いた。
ゼノは聞こえていたが、聞き返さなかった。
ただ、ほんの少しだけ口元を上げていた。

六月の夜空が、新しい風を運んでくる。
三人の物語は、まだ始まったばかりだ。

— End —

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