SIDE:フェルディナンド
神殿に戻ってきてからのローゼマインは私の執務を手伝う傍ら、次々と業務や生活の改善を進めていった。
まず、私の元にあった城の業務は神殿長権限でジルヴェスターに突き返した。ジルヴェスターを心胆寒からしめて、同じことを繰り返さないよう、ボニファティウスに告げ口までして...。
__こういう時だけ可愛い孫娘を演じて祖父の怒りを煽り、助力を乞うローゼマインは末恐ろしい。可愛い孫娘に頼られたボニファティウスは、ジルヴェスターを机に縛り付けて仕事をさせているらしい。想像したら、実に愉快だ。
そして、鍛えればそれなりに使えるようになるという青色神官のカンフェルとフリタークに仕事を割り振るように言ってきた。
__自分でやった方がはやいのにと思ってしまったが、2人は実家からの援助が少なく金銭的に困っていたため、報酬がもらえると知ってやる気を出し、精力的に執務に取り組んでいる。確かに季節一つ程度でそこそこ使えるようになりそうだ…。
麗は事務作業においても優秀だった。
「わたくしは実務経験こそありませんが、計算係としてなら、おそらく麗乃よりも優秀だと思いますよ」
そう聞いてはいたが、計算機を使うこともなく、麗乃のように石板に書いて計算するわけでもなく、物凄い速さで木札を捌いていき、一瞥しただけで他者の計算間違いを指摘する姿には驚かされた。
どうやら麗は『そろばん』という算術の心得があり、3~4桁程度の計算なら道具なしで瞬時に行えるらしい。
紙の切れ端に適当な数字を書けと言われて、パラパラとめくるだけで計算するという『フラッシュ暗算』という特技を披露された時は、何が起こっているのか理解できなかった。
__頭の中に計算機を思い浮かべて、その玉を弾いて計算していると言っていたが、実際にやって見せられても意味がわからない。麗は麗乃以上の規格外かもしれぬ…。
ローゼマインの業務改革によってかなり時間の余裕ができたことで、ローゼマインと共に昼食をとり、そのあと隠し部屋でローゼマインが齎す未来の情報を元にした会議をするのが毎日の日課となった。
栄養など薬で補えば良いと断ったが、1日1食くらいはまともな食事をとるべきだとローゼマインが譲らなかったためだ。その代わり、後の2食は片手でも食べられる軽食やクッキーを差し入れてくれるのはありがたい。
今日話をするのは領地の事業と流行発信についてだそうだ。
「先日の養子縁組の際にジルヴェスター様が製紙業や印刷業を領地の事業とすると仰っていましたが、どのように広めていく計画をお持ちなのかご存知ですか?」
「計画と言えるほどのものは持っていないだろう」
「では、何を印刷する予定なのかとか仰っていませんでしたか?」
「それも君が生み出した聖典絵本やカルタを作ればいいと言うくらいにしか考えてないだろう」
「そうでしょうね。未来の情報を元にお伝えすると、ジルヴェスター様は目新しいものを見せびらかしたいだけだと思われます。ただ、こんな技術を発明した、聖典絵本やカルタなどの新商品ができたと見せびらかすだけでは領地の事業として成り立つはずがありません」
「うむ…」
「印刷する技術だけあっても、印刷するものがなければ意味がありません。今ある聖典絵本のカルタとトランプだけでは事業は必ず先細ります」
「そうだろうな」
「だからといって、印刷する内容まで全てわたし任せにされたり、事業が上手くいかない原因を私のせいにされたりしては困りますから、何を印刷するのが領地の事業として適切なのかは、アウブや印刷業を誘致したいギーべなど大人たちで考えていただきたいですね」
「それはジルヴェスターたちにも言い聞かせておこう」
「あとは事業拡大の順序も重要です」
「順序というと?」
「しばらくは製紙業のみに注力するのが良いと思います。製紙業が広まり、安く紙が手に入るようになれば、嵩張る木札を無くせますから。但し、製紙業は冬に川が凍りるような北部では成り立ちませんので、南部から誘致するのが適切でしょう。製紙業でいち早く成果を出すのは、ブリギッテの出身地であるイルクナーですね」
「なるほど」
「北部は製紙業には向きませんので、誘致するなら今のところ印刷業一択です。しかし、先程お伝えしたように印刷業については印刷するものがなければ意味がありません。未来では、エルヴィーラお母様が人気作家となり、その物語を印刷するハルデンツェルに多くの利益を齎します。このように印刷するものや作家を用意してから印刷業を誘致するようにするのが失敗しないための鉄則ですね」
「リンシャンやカトルカール、髪飾りなど他の流行についても同じように、ジルヴェスター様たちが考えなしに広めてしまうと大問題に繋がります」
「大問題とは?詳らかにしなさい」
「わたくしとヴィルフリート様が貴族院に入学する際に、ジルヴェスター様から貴族院で流行を発信して来いと命ぜられるのですが、ジルヴェスター様はヴィルフリート様に流行を見せびらかすだけで良いという程度にしか指示せず、その後のことを全く考えていらっしゃらなかったため、数々の問題が起こるのです」
「それで、それらの問題は流行を発案し広めた君が原因だと、以前言っていたように君を問題児扱いしたというわけか...」
「その通りです。ジルヴェスター様の言う通りに貴族院で流行を見せびらかすような社交をすると、麗乃の流行はこの世界になかった目新しいものばかりですから、王族や上位領地に目をつけられ、貴族が平民にするように流行を取り上げられることは容易に想像できます。麗乃も王族にリンシャンや髪飾り、新曲を領主会議前に献上しろと言われて困っていました。注目を集めれば流行を生み出すローゼマインを取り込もうとする領地も出てきます。例えば、彼の大領地には嫁盗りディッターを仕掛けられたりもします」
「なんと…」
「何も対策していなければ、数年前まで底辺領地だったエーレンフェストは搾取され、使い潰されるだけになります。貴族と平民くらいの力関係なのですから、対等な交渉などできるはずがありません。例え交渉が叶ったとしても、相手の望む量や質を担保できなければ不興を買うことでしょう」
「さもありなん」
「そうならないために、どのように広めるのか綿密な計画が必要で、需要が高まった場合に備えて材料を確保し、職人を育てておかなければいけません」
「そうだな」
「その前段階として、貴族の意識改革も必要です。貴族は平民に命じれば商品ができあがると考えているから困りものなのです。幼い子供がフェルディナンド様と同じように魔術具を作れないように、職人が一人前になるまでには長い時間がかかります。優秀な職人を処分することはその流行を潰すことだと理解されていないのです。それなのに、貴族は職人の都合を無視して無理難題を命じ、上手くいかなければ平民のせいにして、簡単に処分してしまわれるでしょう?」
「……」
「貴族の意識改革には時間がかかるでしょうから、とりあえず、わたしの専属たちは領主候補生の所有物である。領主候補生の所有物を傷付けると罪に問われるという認識を広めていただきたいですね」
「それなら、何とかなるだろう」
「あとは、平民と貴族の橋渡しができる文官も育てましょう。おすすめはダームエルの兄のヘンリックですが、お金に困っている下級貴族にどんどん仕事を与えましょう」




















