ワンクッション
*Dr.STONEの夢小説です。
*夢主名:東雲雛菊
*捏造あり。
*原作ネタバレあり。
*アニメネタバレあり。
*捏造あり。
*お相手:スタンリー・スナイダー
(しかし、回想でしか出番なし)
*西園寺羽京の夢小説では?と思われるかもしれません。
作者も半分はそのつもりで書いてます。
*誤字脱字報告はコッソリお願いします。
OK?
ぱきり、と何かが割れる音がしたと同時に、自分の思考が徐々に覚醒してゆく感覚がした。
あれ…?最後に何かを考えたのはいつのことだったっけ……?
ぱきり、ぱきり、という音は卵の殻を割るような感覚でありながら、ゆったりと体へと纏わりついてゆく。
「——雛菊」
ふと、割る音とは違う音がした。それは、誰かの声であった。
口元を覆うなにかが邪魔で息が出来ない。胸の前に置いた右手と、衣装の裾を摘まんでいたはずの左手を動かせばバキッと重たい音を立てて自由となる。
なるほど、私の体は今、何かに覆われているらしい。
バキッ、バキッ。音を鳴らす。ステージの真ん中で仲間たちとともに、興奮冷めやらぬ様子で拍手を送ってくれた大勢の観客へと応えていた姿勢を、無理矢理に正常に。
「ごきげんよう」
——ladies and gentlemen.
露わになった口を動かし、記憶に鮮明に残る団長の口上を用いて微笑んで見せながら、自由に動かせるようになった目は己を囲う人たちをサッと見渡して、その中の一人に一瞬だけ目を瞠った。
「東雲雛菊ちゃん」
けれど、その人へと声をかける前に名を呼ばれる。
振り返れば、私と同じ年頃に見える金髪の女性がニコーっとした笑みを浮かべていた。わ、グラマラス。私の仲間にも際どい衣装の子はいたけれど、彼女ほどではなかったような……ああ、いや、いい勝負だったかもしれない。
「日本一のサーカス団に所属していた花形曲芸師でしょう?空中から地上の曲芸までオールマイティ!私、貴女がアメリカ公演から帰国した時、取材に行ったのよ」
「あら?」
それって確か、私が所属していたサーカス団が初めて挑戦した世界ツアーのことかしら。日本から始まって世界一周。アメリカでツアー最後の公演を行って、帰国後は日本で凱旋公演。それが私の中で意識を失う最後の公演でもあったわけだけれど。
確かに、帰国してからいくつか受けた取材の中に、薄らぼんやりと美人な女性に取材をされた記憶はあったが、それがこの人であったかは覚えていない。いやでも、なんだか凄いお名前の人だなぁ、と名刺を拝見して思った美人さんがいたような……?と首を傾げる。
そう、確かその人のお名前は……
「東西南北さん?」
「北東西南よ」
あら、間違えてしまったわ。
おそらく、色んな人に言われてきているのだろう。せっかくの綺麗な笑みをムスッと崩させてしまったもののすぐさま飛んできた訂正に「すみません、インパクトはあったんですけど……」と眉を落として謝罪した。
「それで、えーと?これはどういう状況?」
前は北東西さんのほかに数人の男性が立っていて、背後には頭に数字が書かれた石像が何体も安置されている。場所は見渡しの良い、広いばかりの岩場の上。見慣れたビル群は遠くを見渡したって見えることはなく、まるでアマゾンのど真ん中にでも立たされているみたい。
高い場所だから、風が吹けば体がブルリと震えてしまう。というか、どうして私は裸に布を巻かれているんだろう。なんか、動物の皮をたたいて柔らかくしたみたいな感じの布でゴワゴワして肌触りよくないし、そもそも異性の前でこういう格好は良くないのではないだろうか。北東西さん以外は成人したばかりの年頃にしか見えない男性の方ばかりだし、痴女として訴えられたらどうしよう。
なんて、心配をしていたら、真正面に立っていた大きな男の子が「うん、もちろん説明するよ」と低く呟くように、口を開いた。
「ここは君の知る世界から3700年後の石の世界だ。僕は君を歓迎するよ、雛菊」
「……あらぁ」
……説明、とは?と首を捻った。
もしや私、質の悪い冗談を聞かされているのだろうか。それとも、本当に、大真面目に、説明をされているのだろうか。告げられた数字が大きすぎて反応に困ってしまうのだけれど……と北東西さんに視線を向けると、彼女は「黙って聞きなさい」とでも言わんばかりの目つきで私を睨んでいらっしゃる。ま、まだ何も言ってないのに…。
パチパチと目を瞬かせ状況が把握できていませんと訴える私に、彼——獅子王司さんは地球上の人類は緑の光線によって石化してしまったこと、そしてその日から3700年もの月日が経ち人間が築き上げた文明はとっくに滅んでいることを丁寧に教えてくれた。
緑の光、ねぇ。丁度公演終わりでテントの中にいたから、外の異常に気が付けなかったみたい。サーカス団員全員で観覧いただいたお客様に頭を下げた直後、体が動かない異常に見舞われた覚えはあるのだけれど、その後どうしたんだったかしら。……多分、気を失っていたんだろう。
……けれど……うーん、まぁ、一番に思うことと言えば、
「ブランコに乗ってる時じゃなくて良かったわ」
「うん。その時に石化していれば、君は早々に砕けていただろうね」
石化の状態で風化等により崩れてしまった人間は、復活することが出来ないらしい。つまり、私の十八番であるトランポリンやブランコの演目の最中に石化していた場合、私の体はバランスを失って地面に真っ逆さま……うん、本当に公演が終了した時でよかったと思う。
にこやかに微笑むも全身に冷や汗を流す私に、獅子王さんは「詳しいことは僕が説明するよりも旧知の人間に聞いたほうがいいだろうね」と一人頷き、長い髪を翻しながら誰かの名前を呼んだ。
「羽京」
パチリ、と目を瞬かせる。なんだ、聞き間違いでも、見間違えでもなかったんだ。
だって、それは、私もよく知っている人の名前だもの。
「……わかった、あとは引き継ぐよ」
帽子のつばをキュッと握って、彼はゆっくりと頷いた。懐かしい翡翠色の瞳が、ゆらりと揺れて、細まってゆく。
「やぁ、雛菊。おはよう。3700年振りだね」
「……あはっ、」
本当は、まだ信じきれていなかった。
3700年もの時が経った未来?文明の滅亡?石の世界?
そんなもの、説明されてすぐ理解出来るはずがない。
私は、ただのサーカス団員でしかなかった。お客様に自分が磨き上げてきた芸を披露して、喜んでいただければ最高の人生だと、声高らかに叫べるような女だった。
頭の回転は速くない。物分かりがいいわけでもない。目を開けたらそこは未来の世界だったなんてSFは、映画の中だけにしてほしい。
だけれど、これでは流石に信じるしかないだろう。
3700年振り、って、なにそれ、貴方が大っ嫌いな類のジョーク?なんて、笑い飛ばしてあげられたらどんなに良かったことか。
けれど、往生際悪く認めたくなかった現実を生々しく突きつけられてしまったのは、周りに見慣れたはずのビル群がないからでも、彼らが纏う服や持ち物が原始的であるからでもない。
「羽京」
このどこまでも底抜けに優しくてどんな状況にあろうとも善でしか成り立てない人が、見たこともない酷い顔で立っているからこそ……私はこの世界が本当にあの日から3700年もの年月が経ってしまった世界であるのだと思い知らされたのだ。
「……Morning、羽京。3700年経っても、ずっと会いたかったよ」
***
東雲雛菊にとって、西園寺羽京という男は己の命よりも大切な存在である。
——なんて言うと、彼は困ったような顔をして笑うんだろうけれど。
私にとって羽京は、一言で言い表すことのできない感情を持つ男だった。
五つ年上の幼馴染であり、恩人であり、初恋の王子様であり、その恋を年下の女の子を傷つけないように心を尽くしたつもりで、優しいばかりの言葉で粉々に砕いた酷い人。幼いころの擦り込みだろうが恋をしたのは本当のことだというのに、彼は大変真面目な人である。まぁ、そんなところも好きだったわけだが。
しかし、そんなことは世界中の人間が石化するという大事件を前にしてしまえばどうでもいい話だ。
獅子王さんのお話を聞いた後、とりあえずちゃんとした服を着なさいと北東西さんに服飾を担当しているという女の子のところに連れていかれてインナーとして仕えるタイト型のミニワンピースと着物のように着付けられる布をもらい身なりを整え、幼馴染の羽京のところで説明会。
こちらもまた復活して数日しか経っていないにも拘らず、チート級によく聞こえる聴覚での情報収集に勤しんでいた幼馴染の話を聞いて、思ったことを一つ。
「司帝国って名前、面白いね」
「こら」
こつん、と軽く叩かれた頭にペロッと舌を出す。
だって気になっちゃったんだもん。
「獅子王さん、そういうこと真面目にやっちゃう系の人?」
「さぁ、どうだろうね。少なくとも僕は、彼が自分から言い出したとは思っていないけど」
そうよねぇ、と頷く。大方、第三者が勝手に使って広まっちゃったんだろう。獅子王さんとは少ししか話していないから人となりなんて不明だが、自分からそんな国名を名乗りそうにないことと、でも誰かが名乗り始めたらわざわざ訂正はしなさそうな人っていうのはなんとなーくだけど想像がつきました。
それにしても、まだ全てを案内してもらったわけじゃないけれど、司帝国で復活している人ってなんだか、こう……力isパワー!!なんて叫び出しそうな見た目な人が多いような気がする。知的って感じの人が……少ないよね。司帝国って名乗っちゃってるのはそういうところもあるんじゃないかな、羽京はどう思う?と聞けば遠い目をされた。あぁ、復活して数日でもういっぱい苦労しちゃってるんだね。よしよし、可哀そうに。羽京って責任感強いし真面目だから本当に苦労したんだろうな……。
「それで?石化から復活して早々に帝国No.3なんて重要そうなポジションをちゃっかり獲得した私の幼馴染さんは、なにをお考えなのかしら」
「なにって?」
「あら、すっとぼけても無駄よ。そんな酷い顔になるくらいには、いろいろと考えたんでしょう?」
まぁ、腕っぷしにしか自身のなさそうな人ばかりの中で、不和を収めるために奔走していたのだろうことは見れば解る。けれども、それだけで彼がこんなにも酷い顔になるだろうか。
羽京は地元でも有名な進学校を卒業した後、東京の防衛大学校に入学し、そのまま自衛隊に入隊したのだ。海自では潜水艦の隊員になってその耳を活かした役割をしていたそうだし、数ヵ月にも及ぶ厳しい任務も熟していたんだから、いくら石化から復活たところとはいえたった数日でここまで窶れてしまうとは思えない。
「私を復活させること、すっごく悩んでくれた?」
「……まぁね。悩むでしょ、そりゃ。こんな、なにもない……雛菊の好きな舞台もない場所に、起こしてさ」
「羽京ってば、それは私を甘く見過ぎ。そもそも、曲芸なんて自分の身一つでなんとでもなるのよ」
ほら。と、片足を持ち上げその場で縦に一回転。天才曲芸師とまで言われた私にとっちゃお茶の子さいさいなのである。
そりゃあ、本音を言ってしまえば私だって、今までの努力が実って立つことが許された大舞台を忘れることは出来ないけれど……羽京のそんな顔を見ちゃったら、過去の栄光なんかに縋ってる場合じゃないって思うでしょう。
「だから、私を起こしたことに対して罪悪感とか抱かないでいいから。というか、羽京が苦しんでるのに傍にいられないほうが嫌よ、私は」
「苦しい、なんて」
「こんな世界でも、私に会いたいって思うくらい、苦しかったんじゃないの?」
北東西さんが復活者の選別をしているとはいえど、私を起こすのにはきっと羽京の口添えもあったに違いない。獅子王さんが石化から復活させると決める基準はよくわからないけれど、未だに人が少ないこの帝国でただのサーカス団員が優先される理由もないでしょう。
でも、羽京はまだ認めようとしてくれない。そんな彼に「頑固ねぇ」と困ったように笑って見せながら、私はそっと腕を伸ばした。
「目の下、すごいよ。何日寝てないの」
「さぁ、覚えてないや」
「おっけー、初日からでしょ」
ほんと、馬鹿だねぇ。そう言って、伸ばした指先を目の下から耳へ滑らせて、その聴覚に軽く蓋をしてあげる。
目の前で濃い隈を目の下にべっとりと張り付け力ない笑みを浮かべることしかできなくなってしまった幼馴染が、私だけを信頼してこんな世界に復活させてくれたというのならば、なにを差し出すことになったって助けたいと思うのは当然でしょう?なんて、言っちゃったら更に気負ってしまうから言わないけどさ。
いかに、傷つかせないようにと要らぬ気遣いを発揮して優しい言葉で残酷に私の初めての恋を砕いた男が相手であろうとも、幼少の頃に絶望していた私の手を繋いで離してくれなかった貴方のためならば、私はなんだって出来るのだから。
「雛菊、」
「なぁに」
耳を塞ぐ私の手の甲に、冷え切った指先が当たった。軽く覆ったくらいじゃ、羽京の聴覚を完全に封じたことにならないのは解っているから、私は当たり前のように返事をする。
「……一緒に、生きてくれるかい?」
「あはっ!羽京ってば、知らなかったの?私はね、羽京がいるならどこでも生きていけるのよ」
「僕のこと、もう好きじゃないのに、そんなこと言うんだ?」
「羽京だって私のこと妹としか見てないじゃない。ま、私も今は頼りないお兄ちゃんとしか見れてないけどね!」
「はは、それは困ったね」
あ~、もしかしてだけど、私の好意を利用しただなんて思ってる?ああ、うん。思ってたっぽいな。本当にさ、そんなところまで考えなくっていいのに、真面目っていうか、やっぱり馬鹿って言うか。
私が復活するまで散々色んなことで悩んで、でも結局自分が耐え切れなくって復活させちゃって、罪悪感で更に色々と考えこんじゃって。それ全部、私からすれば杞憂でしかないのに。優しいばかりのこの人は、この世界じゃ生きていくのも大変なんだろうな。
顔をくしゃくしゃにして、泣いてるんだか笑ってるんだか解らない彼に苦笑した。
ほんと、頼りないお兄ちゃんになっちゃったね。
でも、まぁ、そういう羽京も私は好きだな。
羽京がいればどこでも生きていける。その言葉に嘘はない。
羽京も私も、それぞれのやりたいことの為に地元であった愛媛を出てしまったから、幼い頃のように傍にはいられなかったし、頻繁に顔を合わせることすらできなくなったけれど。
彼の言葉は、プロポーズでもなんでもない。ただ、この世界で同じ志を持って一緒に生きる相手が欲しいだけのこと。
子供の頃なら、初恋の王子様に「一緒に生きてくれる?」なんて言葉をかけられたら天にも舞い上がる気分だったろうが、生憎と既に恋心を丁寧に砕かれた私にとっては「はいはい、ナイーブになっちゃって」と皮肉に笑いながら要らない音まで拾い上げてしまう耳を覆ってやれるくらいの余裕がある。
よかったね、人の告白を優しく残酷に断ってくれた貴方。
お蔭で私は何の見返りもなく、ただ貴方のために生きられるよ。と、内心でくらい言ってやってもいいだろう。
だって本当に言っちゃったら絶対この人傷つくもん。
「で、今後のプランは?なんか考えある?」
司帝国の中では最年長ってこともあって、持ち前の真面目さと責任感が極限状態に高められてしまったせいで、石の世界を生き抜くためにとっても苦労をしている羽京が抱える悩みの種。
それをどうにかするために、私たちは今をもって運命共同体になった。
となれば、今度は当然、その悩みを解消するための作戦会議が必要となる。のだが、流石に限界に近い羽京をそのままにするわけにもいかず、あのまま耳を塞いで子供の時に私がしてもらったことをお返しするように胸に彼を抱きしめて強制的に入眠させたので一夜明けた本日、改めての作戦会議。
久しぶり深い睡眠にスッキリした顔の羽京は「妙齢の女性がすることじゃないから今後はやめようね、絶対」と起き抜け早々に私の頭に手刀を落として言った後、朝食をとることなくある場所に連れだした。
「……これを、獅子王さんが壊したって?」
「間違いない。彼は僕の目の前で、この子の親に拳を振り上げた」
それは、また……とんでもないことを。
血が滴り落ちそうなほどに拳を握り締める隣の彼に寄り添いながら、私は優しい幼馴染が抱え込んでしまった苦悩を理解した。
私達の目の前には、一体の石像が置かれている。歩いている途中で石化してしまったのだろう。眩しそうに目を細めるような表情で、斜め上にいる誰かに口を開いた状態のまま固まってしまった、幼い少女の石像。その石像の右手には、大きな手と握り合った名残がある。腕だけが残されたソレはおそらく、その子供の父親か母親であろう、大人のもの。
「石化した人間は、壊れたら復活できないのよね?」
そんな話を、私は復活して早々に獅子王さんから聞いたはずだ。もしや私の記憶違いだったか、なんてそんなものはただの勝手な願望である。
解りきった問いではあったけれど、羽京は力なく頷いて肯定した。つまり、この子供は手を繋いで歩いていた大切な人との再会を、私達の組織のトップに奪われたということだ。
「最初は、自分を納得させようとしたんだ。こんな世界だから、まずは復活者の殺し合いを避けることに集中すべきだって。石像は、現状ただの物でしかない。蘇らせないことは、殺人じゃない。司が石像を壊すことは、罪じゃない。……けど、そんなわけないだろう!?」
「……そうね」
「僕は、ただ見たくないだけなんだよ。目の前で、誰かが死ぬのだけは、絶対に……」
獅子王さんは、大人と思われる石像を破壊している。
自ら、積極的に、既にいくつもの石像を手に掛けた。
理解が出来ないと思う。なんの意味があって、彼はそんな行為を進んで行っているのだろうか。
復活させる人間を選別しているのは、当然だと思っていた。復活させるために私にも使われたらしい液体は大量に生産できるものではないのだろうし、そもそも文明が滅んだ環境ではまずは生きるために最低限な水準を整える必要があるはずだ。結果、力のある若者や私や羽京のような一芸を持つ人間が選ばれたのは、理解できる。
特に、自衛隊に所属し、そこで身に着けたサバイバルの知識と潜水艦のソナーマンという経歴に加えて持ち前の聴力、そして狩猟にも役立つ百戦錬磨な精密な弓矢による射撃センスと温厚で頼りになる性格があれば、羽京が復活早々に帝国№3に躍り出るのも当然のことでもあったはず。
だけど、獅子王さんが意図的に十代後半から二十代の若者を率先して復活させているのは、彼がかつてより抱いていた理想を体現できる世界が目の前にあったことが原因であるらしい。
羽京は、既にその理想郷についてを獅子王さん本人から聞き出していた。
「司は、大人を嫌悪している」
「大人って……羽京はとっくに成人してるし、私だってもうすぐ二十歳なんだけど……?」
「いや、司が主張してるのはそういうのじゃなくて……既得権益者とか、利権による支配とか、そっちの」
「ああ、薄汚いこと考える人ね。でもそういうの、大人じゃなくってもいるでしょ」
「それはそうなんだけどね」
そこについてはちょこっとだけ「なるほどねぇ」と思ってしまった。どこにいってもよからぬことを考える人はいるものだ。サーカス団の花形として活躍していた私にだって、身に覚えがあるもの。
まぁ、それとは別にして“欲しい=正義”を主張する面白い人もいたのを思い出してクスリと笑ってしまった、私と同年代でサーカス団のスポンサーをしてくれていた財閥の御曹司さん。あんな人でも今はまだ石化してるんだろうなぁ、と思うとなんだか変な心地だった。石像が3700年という歳月の中で風化していたら復活させられないらしいけれど、あの人は運がいいからきっと大丈夫だろう。
「石化した人間を復活させられるのは、今は司だけだ。でも、その方法を最初に見つけた人物は他にいるらしい」
「へぇ、凄い人ね。どっかの研究員?」
「いや、高校生だって聞いたよ」
「あら」
聞き間違えたかしら?と首を傾げてみるが、隣にいる羽京は至って真面目に答えているらしい。ということは、本当か。獅子王さんも“霊長類最強の高校生”として有名だったそうだし、最近の高校生は凄いのだろう、きっと。
「今が石化した日から3700年経っていると解ったのもその男のお蔭だ。彼は石化してから一度も意識を飛ばすことなく、秒数を数え続けていたんだって」
「あら」
それはもう、どう反応すればいいのか解らないレベルで凄すぎる。
3700年って、私達が石化する前の時代であればイエス・キリストがこの世に生誕されるよりも前、つまりは紀元前にも突っ込むくらい長い年月なわけである。それを“ずっと起きていた”の一言で済ましていいのだろうか。弥生も飛鳥も平安も鎌倉も戦国もあったはずだが?
石になった自覚もなく、突然真っ暗になった視界にパニックになって気絶したような気がする私とは大違いの高校生のお話に、私は「すごいのねぇ」と感心したような声で相槌を打った。理解するのをやめたとも言う。
「石化した人間を復活させる液体の正体は、硝酸とアルコールを混ぜたナイタール液。司は、その男から硝酸が唯一取れる奇跡の洞窟を奪った」
「ふぅん?そういう勉強って得意じゃないから私にはよくわからないけれど、そんなもの作れる子がいたなら司帝国はもう少し生活水準が高くてもおかしくないんじゃないの?」
石化復活液を作るにあたってどれだけの苦労があったかは解らないけれど、そのメカニズムを解いた高校生とやらは本当に頭が良いのだろう。そんなことができる子がいるのならば、司帝国の暮らしが狩猟中心の原始時代並であるのは些か疑問が残る。
まぁ、“奪った”なんて物騒な言葉も出てきたし、大人の石像を容赦なく破壊できる司さんのことだ。その高校生は既にこの世にいないのだろうことは容易に予想がつく。
——でも、その男が本当は生きていたとしたら?
「…そういうことね。わかったよ、羽京。やることは大体予想が付いた」
こくん、と頷いて彼の考えていることを受け入れる。
いくら羽京の耳がいいからといって、あんまり作戦を口にしちゃうのもよくないだろう。以心伝心とは言わずとも、幼少期からずっと一緒にいた相手の考えることなんてある程度は解るものだ。
そうなると、私がやるべきことはまず司帝国に馴染むこと。特に同性の戦闘員を中心に声を掛けていくべきか。
私の立ち位置は司帝国№3である羽京の部下ということになったようだし、曲芸師としての身軽さを買われて戦闘員の頭数にもいれられているようなので、懐柔すべきはそちらであろう。
とはいえ、心からの信頼を得るつもりはない。ただ、少し心を許してもらえて、ついでについつい口を滑らせてしまう程度の気楽な仲になれればベストだ。
「雛菊は、本当に頼りになるね」
「なに言ってるの。いつも頼りになるのは羽京の方だったでしょう?」
今は随分と情けない顔をしてるけど、私が来たからにはそんな顔させてあげないからね。と笑えば、羽京は吐息を零すような声で「ふふ」と笑った。
久しぶりにぐっすり眠れたとはいえ、彼の目の下にはいまだに濃い隈がこびり付いたままである。
私達の二人ぼっちの作戦が本格的に動き出す前に、もう少しだけでも彼の体調をもとに戻してやらなくてはな、と思いながら、私はそよぐ風に目を閉じた。
それは、私がこの石の世界で復活して二日目の——もうすぐ秋が終わる、そんな日の話だ。
*****
——嗚呼、走馬灯か。
ヒュー、ヒューと鳴る自分の呼吸音を聞きながら、雛菊はぼんやりとそんなことを思った。
持ち前の柔軟さとスピードを活かしてなんとか即死は免れたものの、この出血量では死ぬのは時間の問題だと、この数年の間に培ってしまった知識が冷静に判断を下している。己が死んでしまう前に、どうか彼らが立てた作戦が成功するようにと祈りながら、雛菊は近くにいるはずの気配を探った。
コハクは、司は、氷月は——殆んど見えない視界の中で、共に戦った彼らの姿を探る。自分のもの以外の呼吸音が微かに聞こえても、どれが誰のものかまでは残念ながら解らない。ただ、己と同じように、消えつつある命を懸命に繋いでいるということだけが、僅かな希望のように思えた。
スイカとフランソワが捕まったと知り飛び出していったコハクを追い掛けて、雛菊は司と氷月とともにスタンリーたちの足止めを行った。
石化装置での自爆。
そのために肝心な石化装置を再度使えるようにするために、カセキやクロムが必死になってダイヤを削っている。そのための時間を、少しでも誰かが稼がなくてはならなかった。
雛菊は共に行動した彼らほどに戦闘能力に特化しているわけではなかったが、スピードと器用さ、そしてバランス感覚ではコハクよりも上だったし、サーカス団にいた頃の仲間に教わったナイフ投げでこれまでも数々の窮地を脱した経験がある。そのため、時間稼ぎ要因として司に声を掛けられた時は悩むことなく頷いた。そうして、基地に残る彼らと今世の別れにならないこと信じて、三人でコハクを追い掛けたのである。
相手は軍人だ。恐ろしいと思うのは当然だった。だというのに、雛菊以外の三人はどこまでも冷静なのだから恐れ入る。
あくまでも自分たちが行うのは、“時間稼ぎ”。狙うべくは通信機を持った男。
銃を持った敵は多数。スイカやフランソワの他に、銀狼と松風も人質として連れ歩く彼らと自分達四人では流石に分が悪い。けれども、我らが科学王国の勝利を最優先に考えることだけが今の雛菊達に出来ることだ。
だって、彼の科学が素晴らしいことをここにいる自分たちは身をもって知っている。
「ごほっ」
血を吐いたのが解る。もう、意識を保つのがやっとだった。
心細くなって手を伸ばしても、握ってくれる人はいやしない。この世界でいつも傍にいてくれたぬくもりは、ここにはない。
氷月と司が多くの敵を引き寄せ、雛菊は銃を持つ敵を得意の曲芸で翻弄した。
通信機を狙うのはコハクだ。スピードはあっても力の弱い雛菊では、喩え接敵出来たとしても通信機を確実に破壊するための攻撃をたった一撃で繰り出せる自信がない。
もちろん、躱しきれない銃撃はあった。左足、右肩、右脇腹。致命傷となる部分には運よく中らなかっただけで、雛菊の体は既にボロボロだ。それでも足を止めることはなかった。森の中を縦横無尽に飛び駆け回り、軍人どもの射線を大いに惑わせてやったのだ。
「……うきょう」
途切れそうになる息で、この世界で一番大事な人の名を呼んでみる。
きっと、それは声とも呼べぬ掠れたもの。まだ、生きているはずの大事な人の名前を呼べば、自分ももう少しだけ、生きてゆけるような気がする。
体の痛みは、自然と薄れていった。コハクを守るために、最後には銃口の前に自ら躍り出て致命傷を負った雛菊は、時期に死ぬ。
そうして、自分たちを殺したように、彼らはこれから雛菊の大切で大事な人たちを、殺しに行くのだろう。
「ばかだなぁ」
最期に優しく髪を梳いてくれた男の手の感触と低い声、そして額に触れた熱を思い出しながら、トパーズの瞳から朝露のように零れた涙を頬に伝わせる。
非情な軍人のままでいてくれたなら、こんな風に彼のことを思い出さずにいられたのに。
最後の最後に、大好きで大事で大切な人たちの姿だけを、脳裏に浮かべるだけでよかったのに。
視界の端に、緑の光が迫ってくるのが見える。
「(ああ、間に合ったんだ……そっかぁ……)」
……よかったぁ。
虫の息、とはまさにこのこと。
けれど、この光を受け入れた先にある未来を知っているから安心して目を閉じる。
目を覚ました先に、傍にいてくれる人はいつも翡翠の瞳を持つ幼馴染だった。
だからきっと、今回もまたそうであるはずだと願って。
——Daisy.
低く鼓膜を震わせるその声から逃げるように、雛菊はその光を受け入れた。
「え?ほむらさん一人だけで村の監視?これから冬が来るって時に?馬鹿なの?正気?この石の世界で初めての冬よね?司さんもこの世界の冬がどれだけのものか解っていないのよね?ストーブもカイロもこたつもない、この世界で、女の子一人で野宿して村の監視……?冬の間ずっと……?氷月さん、本当にそんなお願いをしてあの子を村に残してきたんですか……?この世界の冬の過酷さを考えなかったなんて、貴方まったく“ちゃんと”してないじゃない!男の風上にも置けない外道!上司としても不合格!最低!ひどい!!鬼畜!!!」
「そこまで言いますか」
「そこまで言います!!何度でも言うけど、女の子一人で冬の間ずっと野宿を命令しただなんて、正気を疑うわよ!!」
「しかしそれは、ほむらくんが進んで……」
「しかしもだってもない!とにかく、私は許しません!司さん、私も彼女に合流して共にその村の監視に付くから!いいわよね!?」
「うん、構わないよ」
「ありがとう、それじゃあ速攻で向かうわ!…羽京!そういうことだから、私がいなくてもちゃんとしっかり寝て、ご飯も食べるのよ!じゃあね!」
「いや、君は僕の部下なんだから勝手な動きは……て、もうあんなところに」
「すみません、羽京くん。しかし、雛菊くんがほむらくんと共にいてくれるなら安心です。ほむらくんも彼女には懐いていますからね」
「……はぁ、そうだね。彼女なら絶対に、無事に帰ってくるよ」
——君たちとは違って。
*
作戦通りである。
と、私は木の上を飛びながら内心ほくそ笑んでいた。
死んだと思われていた科学者、石神千空さんの生存が確認されたこと。
その死を司さんに報告していたメンタリスト——あさぎりゲンによる司帝国裏切り。
これら二点が氷月さんから司さんに報告された時、羽京に付いてその場にいたことは幸運だった。おかげで、こうも迅速に物事を動かせるのだから。
羽京は私がどうしてこんな行動に出たか、既に理解しているはずだ。
元より、その科学者の死を羽京は疑問に思っていた。司さんとゲンさんの会話と、科学者の幼馴染であり現在は司帝国に身を寄せている小川杠さんのとある行動に、ずっと違和感を持っていたらしい彼は科学者がどこかでまだ生きているのではと推察し、生きているならば接触する機会を得たいと考えた。そのために、私という便利な駒が欲しかったのである。という言い方をすると、また嗜めるように怒るのだろうけれど。
もちろん、たった一人で冬超えをすることになってしまったほむらさんが心配だからというのも嘘ではないし、氷月さんに言った言葉は本音である。
確か、司さんが復活したのが今年の春のことらしいから、彼とて石の世界では初めての冬超えになる。サバイバル知識を持つ羽京が主体となって冬を超えるための準備はしているけれど、果たして犠牲者なし冬を超えられる保証はない。それだけ、石化する前の旧世界で文明の恩恵を受けていた私たちにとってこの世界の冬は未知数で恐ろしいものなのだ。
そ、れ、を!冬の間ずっと女の子一人で野宿させるなんて何を考えているのか!まったくもって理解に苦しむ!氷月さんのことは正直初対面の時から苦手だったが、今回の件で本当に嫌いになっちゃいそうだ。
「ほむらさ~ん!」
「!」
ぴょん、ぴょん、と数日木の上を飛び跳ね野宿して、辿り着いたのは水辺に囲まれた小さな集落。ここがあさぎりゲンの報告にあった原住民の村か、と物珍しく観察しながら、近くにいるであろう彼女の名前を呼べばバッ!と葉っぱの中から現れた彼女に口を塞がれた。あら、声が大きかったかしら?
「……雛菊さん?」
「どうも、ほむらさん。私も村の監視役になったから来たの」
なんでここに?という顔で首を傾げられたので、簡単に説明。そしたら、ちょっとだけ頬を染めてはにかみながら「心細かったから、嬉しい……」と言ってくれたので、私はついついまだ少女である彼女をひしっと抱きしめてしまった。
やはり、こんなにも可愛らしい女の子を一人置いてきた氷月さんには説教とともに拳骨の一つや二つ落とすべき。羽京に止められたって構うものか。絶対に、あのノッポの脳天に思い拳骨を見舞わせてやりますとも。
司帝国の女性陣とは目標通り友好な関係を築けている。その中でも、私がとりわけ目を掛けていたのがこの紅葉ほむらという名の少女だった。
体操選手として強化合宿にも選ばれるほどの実力を持つ彼女は、曲芸師である私の技術に大変興味深々らしく、時間があれば私のサーカスでの体験談や訓練方法を無口ながらも懸命に聞き出そうとしてくれた。その姿がなんとも愛らしく、今では私の弟子のようなポジションに収まっている子なのである。
彼女は実に教え甲斐のある生徒だった。自分もまた若輩者なので弟子を取るなんて考えは今まで持っていなかったが、体操選手である彼女の身体能力は素晴らしい。是非とも、私とペアを組んで曲芸師にならないかとスカウトしたくなるほどだ。
身軽さに柔軟性、スピード、バランス感覚。どれもまだ私には及ばないものの、高校生の体操選手としてはトップクラス。曲芸師としても磨けば確実に光る原石だ。欲しい!!と私の脳内で旧知の御曹司さんが喚いているのが解った。なるほど、彼が色んなものを欲しがるのはこういう気持ちだったのか。
と、一人納得しながら、野宿の準備を二人で済ませる。
秋の実りを蓄えて、拠点にしている場所に立てた簡易テントに保存。火を起こすための薪ももう少し欲しいので拾いながら、ほむらさんが数日で調べた村の報告を淡々と聞かされる。
ふぅん、なるほど。この村の名前って石神村って言うんだ。司さんが殺したはずの科学者さんの名字と同じ村名なんて、そんな偶然あるのかしらね。
というか、そもそも原住民の村ってなんなのかしら。司帝国では自分達より数十年以上も早く復活した人間が築いた村が残っているのでは、なんていう推測をしていたけれど……村の名前を聞くに、どうも違う様子。
「で、司さんがご執心の千空ってのはどの子?」
「あれ」
「ふうん、本当に子どもなのね」
羽京に貰ったサバイバルブックを片手に、急いでしなければならない冬超えの準備だけでも終わらせて、今度は村の観察である。
といっても、もともと村があったらしい場所はほむらさんが火攻めで燃やしたらしく、今は元々村があった場所の近くで生活しているそうだ。いや、火攻めって……、戦国時代かなここは。それも氷月さんの作戦なの?容赦なくない?流石にさぁ。というか、司さんもそこまでしろとは言ってないでしょ絶対。
と、若干引きながらも、木の上から村人の様子を観察。
ほとんどは冬超えの準備をしているようだけれど、数人よくわからない動きをしている人間がいた。きっと、あの中のどれかだろうなと中りを付けていれば、木の枝の上で隣に座っていたほむらさんがスッと指差す先に青年が一人。あら、適中。なんて、明らかに村人に指示を出していたのは彼だもの。予想は付けやすいわよね。
「あれ、なに作ってるか解る?」
「解らない」
あの子が大樹さんと杠さんの幼馴染くんなのね、と司帝国にいる二人のことを思い出しながら尋ねるが、ほむらさんは首を振った。
それは困った。ここからでは何を話しているのか聞き取れないし、科学の知識がない私では完成品を見たところで理解しきれるか怪しいところ。
うぅん、とわざとらしく唸って首を捻る。そうよね、これは仕方ないということで。
「聞いてくるわ」
「え」
「ついでに名前も覚えてもらってくる~」
「え」
言うや否や、ひょいひょいっと冬用にモフモフの毛皮がついた着物の裾を翻しながら木の上を移動。ほむらさんには申し訳ないけれど、さっさとここに来た目的を果たしておきたい。そこに彼女がいたら面倒なので、混乱してるうちに置いていくに限るのだ。
「ただいま~。みてみて、綿あめもらっちゃった!」
「??」
戦利品を持って拠点に帰れば、ほむらさんに意味が解らないものを見るような目を向けられて苦笑する。わかるわかる、私も未だによくわかってない。
でも、甘味をもらえてラッキーなので「毒とかは入ってなかったわよ、作ってるところも見てたからね」と暢気に言って、彼女の手にわた飴が絡まった棒を無理矢理持たせた。
「あれが綿あめ作るためだけに作成した機械とは思えないけど……こんななにもない世界であんなものを作っちゃうのは凄いわね」
「科学武器のいくつかは、もう彼らの手にあると考えた方がいい」
「火薬だっけ?もう手元にないだろうって司さんは予測してるみたいだけど、あの様子じゃどうかしらね」
はむっ、と作られたばかりのわた飴に嚙みつけば懐かしい甘さに頬が緩んだ。う~ん、美味しい!真面目なお話をしなくちゃいけないのは解っているのに、こんなにも甘いお菓子が目の前にあったら集中できなくなってしまう。科学とはここまで恐ろしいものであったか。
そんな風に素直にわた飴を楽しむ私とは裏腹に、ほむらさんはふわふわの物体を無言で睨みつけている。監視対象から施されたものをなんの警戒もせず口に付けるなんて出来るわけないとでも思っているのだろうが、どちらかといえば彼らに対してそういう警戒をする方が馬鹿馬鹿しいんじゃないかしら。あの人たち、毒を盛るって発想がそもそも無さそうだもの。あ、下剤くらいは作るかもだけど。
結局、甘い誘惑には負けられなかった様子のほむらさんはペロッと小さな舌を出してわた飴を舐めた。3700年前に食べた記憶のある味と寸分違わぬソレに、目を丸くさせる彼女を見て、そうよねぇと思わず笑ってしまう。だって、こんな世界でまた出会えるなんて思わなかったもの。
「美味しいわね、ほむらさん」
「………べつに」
なんて言いながら、ぺろぺろと子猫のように綿あめを舐める彼女もまた微笑ましい。
しかし、我ながらうまくいったものである。
先ほどは誤魔化したけれども、私は既にこのわた飴を作り出した機械が実際にはなんのために作られたものなのかを知っていた。目で見て自ら考察したわけではなく、単純に聞いて教えてもらったのだ。
「(まさか、携帯を作るだなんて……本当に、面白いことを考えるもんね)」
科学者ってのはみんな彼のように突飛な頭をしているのだろうか。この旧文明が築いた叡智がなにも残らぬ世界で、通信機器を作り出すと大真面目に言い出すものだからつい腹を抱えて笑ってしまったものだ。
いやいや、馬鹿にしたわけではない。ただ、それを思いつく天才さに笑わずにはいられなかったのだ。まったく、馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものである。
携帯電話の作り方について、詳しいことはなんにも解らない。けれども、彼らは冬が終わる前にはそのとんでもない科学を完成させる自信がある様子だった。
ならば、私はそれを見守ろうと思う。
どうせ、冬が終わるまでは司帝国には帰れないのだ。科学者と接触は出来たしこのまま友好的な態度を見せておけば、彼と羽京との橋渡し役にはなれるだろう。今のところ、ゲンさんや村の住民には警戒されているものの、狙いである科学者自体は私を脅威と思っていない様子だったし。
それに、氷月さんと一緒に村を襲撃して帰らぬ人となった彼らも、あの様子を見るに村人に殺されたわけではないようなので羽京の懸念も一つ減らすことが出来る。まぁそうなると、益々氷月さんとほむらさんが信用できなくなっちゃうのは仕方のないことだ。
あーぁ、ほむらさんのこと、結構気に入ってたのにな。と残念に思うけれど、ほむらさんが氷月さんを選ぶように、私は羽京のことを選ぶだけのことだもの。
それにしても、
石神千空、非常に興味深い男であった。
『もし私が仲間になるって言ったら、私の欲しいもの作ってくれたりする?』
『あ゛ー?なに欲しいんだ、テメェ』
『投擲用のナイフたーくさん!日本刀作ってるんだし、いけるわよね?』
『んなもん、交渉にもなりゃしねぇわ!もっと作り甲斐のあるもん言え!』
『千空ちゃん!?』
『それ、作るのワシじゃよね?』
『え、じゃあ甘いもの食べたい!』
『それもそこにあるわ!持ってけ!』
『千空ちゃーん!?』
ゲンさんは随分苦労してそうだけど。と先ほどの様子を思い出して苦笑する。
千空さんは随分と素直というか、科学にだけ熱心というか、交渉事には向いていない性格だ。明確に仲間になるとは言わず、もしもの話で逃げる私ににわた飴くれるし、質問したら今までクラフトした科学も普通に教えてくれるし……というか“猫じゃらしラーメン”とか“眼鏡”とか“サルファ剤”とかなに??そんなのこの時代に作れるの??最後だけ難易度飛び抜けすぎて思わず手を叩いて笑ってしまった。確かそれ、ペニシリンとかと同じ万能治療薬でしょ?どうなってるの、科学王国って!面白過ぎる!
仲間になるのは誤魔化したけれど、携帯電話については黙っておくことを約束した。もちろん、口約束だから信用されちゃいないし村の可愛い女の子に斬られそうにもなったけれど、私は私で司帝国に思うところがあるとは伝えて一応納得してもらった。
そりゃ、今は物いわぬ石とは言え復活できる方法があると知ったうえで、しかもその方法が手元にあるにも関わらず、容赦なく破壊して回る男をリーダーに据えた組織に思わぬ所がなにもない奴がいたら別の危険思想を持っていると疑った方がいいと思うの。
そもそも、司さんの理想は解るけれど、文明進化を阻むのは別の問題だろうし、普通に無理だし。だって、病気になったらその時点でゲームオーバーってことでしょう?サルファ剤の話を聞いたら更に司帝国の未来に対する危機感を抱かざるをえないのが普通の感性だと思う。
ああ、勿体ない。羽京がいなければ、私はすぐにでも司帝国を離反して彼らに協力していたことだろう。
それくらい、彼らは魅力的だった。科学の力で文明を一から復興する、その理念が眩しすぎてクラクラしちゃいそう。まぁ、私が羽京を裏切るなんてことは万が一にも有り得ないわけだが。
おそらく今頃、ゲンさんが私についての詳細を千空さんに教えていることだろう。
復活してからゲンさんと話したことは少ししかないが、彼の観察力があれば大抵のことは暴かれていると言っていい。そもそも、私と羽京の関係なんて隠してもないし……いや、一部では恋人だとか勘違いされてるっぽいんだけど。
しかし、私にとっては勝手に話されるのは好都合。どうぞどうぞ、存分に教えてあげてくださいな。
私にどんな幼馴染がいるのかも、その幼馴染を私がどう扱っているのかも。余すことなく伝えてくれることを願っているわ、メンタリストさん。
***
冬が終えるまで、というのは存外長い期間である。
彼らのクラフトをほむらさんと一緒に監視する生活は暇ではあったものの、クリスマスのイルミネーションやお正月の初日の出等、イベントごとを楽しむ彼らの様子を見て楽しませてもらう余裕はあった。というのも、女子だけで野宿する私達を心配した村の女性陣が時折温かい飲み物を差し入れてくれるからでもある。お蔭で、私達は寒い冬に体を壊すことなく元気に過ごせているのだけれど、ほむらさんは凄く嫌そう。まぁ、彼女にとったら監視対象で敵だもの、仕方がないか。
夜は互いに交代して村の監視をする。そういう時、私はほむらさんが就寝したのを確認したら村に寄らせてもらっていた。
携帯電話はただいま二つ目を製作中で、科学クラフト班は大忙し。日が落ちた後でもストーブの明かりと温かさで作業を続ける村人は多くいる。
「あ、ヒナギクなんだよ!」
「こんばんは、スイカちゃん」
監視生活も一ヵ月もすれば、徐々に村の住民は私に対して警戒をしなくなっていた。まぁ、ほむらさんは敵意を隠してないから仕方ないんだけど、私に対してはちょっと早いんじゃないかなぁって思う。今じゃあ、科学王国にお邪魔しても「また来たのか」なんて笑われるくらいだ。
中でも、このスイカという文字通り西瓜の被り物をした少女は不思議なことに私に大変懐いてくれている。
朝焼け色の髪を綺麗だと褒めてくれて、千空さんの科学がいかに面白くて楽しいかを語ってくれる彼女に、もしやこの子を使って私を懐柔しようとしているのではというメンタリストの思惑をちょこっと感じないでもなかったが子供に懐かれるのは悪い気がしない。そもそも、こんな子供を使われたって、私が羽京を裏切ることはないもの。ほむらさんといい、私といい、この村の監視役はちょっとやそっとの勧誘では動じないのだ。
トンッと木から降りて着地すれば、音に気付いたスイカちゃんが嬉しそうに私の名を呼ぶ。
それと同じく、侵入者かと飛んできたコハクさんにも右手を挙げてご挨拶。彼女も私だと気づくと安心しきった顔で「今日は一段と冷える。スイカと一緒にストーブにあたっておけ」と言って、早々にその場を去ってしまった。うぅーん、私って仲間ではないんだけどなぁ。警戒心高そうなコハクさんまでこうなんだから、なんだかなぁ。
「スイカちゃんはまだ寝ないの?」
「あと少しだけ作業進めたいんだよ!」
「楽しい?それ」
「すっごく!楽しいんだよ!」
「そうなんだ」
ふぅん。と相槌を打って、あの懐かしいわた飴の機械で作った金の糸をこよる様子を眺める。
スイカちゃんはこの村で生まれた子らしい。つまり、旧文明を知らないから千空さんが語り、研究し、完成させてゆく科学は、彼女にとって魔法みたいなものなんだと思う。だからこそ、千空さんの力になりたいって気持ちも人一倍あるようだった。
友好的に接してもらえているとはいえ、村の中に入れば監視されるのは当然だ。だから、私は監視されやすいように建物の中には入らない。ここからでも、ストーブの温かさは充分感じられるから、私は建物の入り口に座ってスイカちゃんの作業を観察する。
彼女が小さな柔らかい手でこよねて作る金の糸束も、携帯電話を作るうえで重要なパーツ。たぶん、ケーブルとかに使うんじゃないかな、と想像しながら、しばらくの間スイカちゃんの手元を見ていたけれど、それも飽きてしまったので視線は輝く夜の空へ。建物の中の温かさと外の寒さに、はぁ、と吐いた息は真っ白だ。
「星、綺麗だね」
旧文明ではお目に掛かれなかったほどの満天の星空。キラキラと空を埋める星々は3700年前と変わらぬ光を放っているのだろうか。
千空さんなら、あの星の輝きがどれだけ遠い彼方から届いているのかも知っていそうだ。今度、聞いてみようかな。たぶん、暇なら教えてくれるだろう。誕生日に望遠鏡をもらったらしいから、あわよくば天文学に付いても教えてくれるかもしれない。
「……そのおうた」
「?」
ぼんやりと空を見上げていれば、ふとそんな声が聞こえて振り返る。
見れば、スイカちゃんが手を止めてキラキラとした目で私を見つめていた。……訂正、被ったスイカっぽいマスクについたガラスを輝かせて、だね。
「歌?」
「今歌っていたの、なんなんだよ?」
「?」
歌っただろうか。無意識すぎて覚えていないが、たぶんこれかなと思ってメロディを口遊めば「それなんだよ!」とスイカちゃんが大きく頷く。
「きらきら星ね」
「きらきらぼし?」
「マザーグース。童謡のこと」
「童謡ってなんなんだよ?」
「こどもにうたう歌かな」
聞いたほうが早いだろう。そう思って私は続きを歌った。
最初は日本語、次は英語、その次はフランス語、ドイツ語と、知っている歌詞で歌ってやればスイカちゃんの目が更に輝く。
「最初のお歌はなに言ってるか解ったのに、次からは全然解らなかったんだよ!」
「言語が違うからね。スイカが話しているのは日本語で、Twinkle, twinkle, little starから歌い出したのは英語、Englishって言葉よ」
「どうして違う言葉があるんだよ?」
「国が違うの。その国独自の言葉があるのよ」
「国?」
どうやら私は幼い子供の探求心に火を付けてしまったらしい。話せば話すほどに疑問をぶつけてくるスイカちゃんに苦笑して「ゲンさんに聞いたほうが詳しく教えてくれるわよ」と丸投げした。元サーカス団員の私なんかよりも、口が回るゲンさんの方がいい先生役になるだろう。
「私は代わりに歌をうたってあげる。きらきら星でもいいし、他のマザーグースでもいいわよ。どうする?」
「えっと、えっと……ヒナギクのお歌はとってもきれいだから、たくさんお歌も聞きたいんだけど、さっきのお歌ももっと聞きたいんだよ!」
「はぁい。じゃあ、今日はきらきら星にして、次来た時に他の曲を歌いましょう」
だから、今日の作業は終わり!
私はそう言って、スイカちゃんの軽い体を持ち上げて自分の膝の上に座らせた。ぬくぬくとした子供体温は寒さが強くなった冬の夜には最高の湯たんぽである。
「さぁ、レディ。今夜は貴女だけの特別ショーよ。といっても、私は歌手ではなくエンターテイナーだったから、音を外しても許してね?」
「楽しみなんだよー!」
あら、嬉しい。と、ここ最近作業ばかりで傷んだ小さな手をいたわるように擦りながら微笑む。
そういえば、スイカちゃんはサーカスを知っているのだろうか。
知らないのならば、是非とも知ってほしい。この童謡と同じように、本当の私が輝くステージをいつかこの子にも見せてやりたいと思った。
空中で飛び交うブランコ乗り、天高く飛び上がるトランポリン、細いロープの上で魅せる綱渡りに、何脚も積み上げた椅子の上で逆立ちするバランス芸に大きく手足を動かして魅了するダンス。
きっと、目を奪われること間違いないわ。
——いいえ、私が、目を逸らさせない。
私はそれが出来るスターだった。
中学卒業と同時にサーカスの入団テストに飛び込んで、全国行脚に同行しながら下積みを重ねて花形役者となったオースマイティの曲芸師。
それが、東雲雛菊の姿である。
——ああ、いつか、いつの日か。
幼い私の手を引っ張って、羽京が連れだしてくれた色鮮やかでポップな大きなテント。その中で見た、数々の素晴らしい演技に心奪われた幼少の夢を忘れたことは一度もない。
——絶対に、私は戻って見せるのだ。
初めて目にした、美しくも眩いあの大きな舞台に……絶対に返り咲いてやる。
ふと、膝の上の重さが増した。
視線を下ろせば可愛らしい素顔を晒したスイカちゃんがすぅすぅと寝息を立てて私の胸に顔を埋めている。あらあら、いつのまに、と苦笑して、口に入りそうになっている髪の毛に手を伸ばして避けてあげた。
そういえば、羽京はちゃんと寝ているだろうか。と考えて首を振るう。彼も24歳の大人なんだから、小さな子供と同じように考えては失礼か。私が司帝国を出た時にはメンタルも多少安定していたし、一人でも眠れているだろう。
白い息を吐きながらアンバランスな彼女の体を抱えなおす。そして、眠ってしまった拍子に落としてしまったのであろう、西瓜の被り物を拾い上げ……指に引っかけてクルクル回した。
……そういえば、この中に彼女が全身入って転がる姿を見たことあるけれど、どうやってるのかしら。私の記憶を探っても、ここまで小さな西瓜の中に全身入れられる曲芸師はいないはずだ。ということは、スイカちゃんも今から磨けば素晴らしい曲芸師になれるのでは……?
「よぉ、雛菊」
「千空さん、こんばんは。うるさかったかしら?」
「いや、そうでもねぇよ」
スイカちゃんを抱えながら彼女の被り物を持ち上げてまじまじと観察していれば、わざとらしく足音を立てて近づいてきた一つの影。おそらく、ずっと近くにいたのだろう彼に顔を向ければ「くわぁ」と大きな欠伸を噛み殺しながら、部屋の中を指差された。
「そこ、寝かせとけ」
「はぁい」
指示をくれて助かった。ストーブの近くにあった布を敷いて、その上にスイカちゃんの体を下ろす。
きらきら星という子守唄のお蔭か、深く眠っているようだ。起きる気配がないことに安堵しつつ、建物から外に出ると意外なことに千空さんはまだそこにいた。
「なにか御用?」
「いや……テメェの好物はなんだ」
「あはっ、なにそれ直球。もしかして賄賂のつもり?」
「ゲンの奴はコーラ一本で釣れたぞ」
「あははははっ!え、ホントに?」
いや、冗談で言ったつもりだったのにまさかの返しである。
ゲンさん、コーラ一本で司帝国裏切ったんだ。面白過ぎる。帰ったらすぐに羽京に教えてあげよう。
「で、どうなんだよ」
「そうねぇ。茶碗蒸し…かしら」
「テメェ、意外と和食好きか」
「出汁文化って最高だと思うのよね」
それもまた、全人類石化によって失われてしまった文化であるが。お吸い物、味噌汁、出汁巻き、お浸し、おうどん……あげればキリがないけれど、私は日本の出汁文化が大好きな女だ。
あと、意外ととはなにかしら。私はれっきとした日本人なんだけれど。確かに「ふわふわのスフレパンケーキやプリンアラモードが好き♡とか言いそうなゆるふわガールな見た目して、好物が茶碗蒸しってなに!?」とか言われたこともあるけれど。ちなみに、これを言ったのは3700年前に取材にきた南さんです。偏見良くない。
「とりあえず茶碗蒸しな」
「ねぇ、なにその顔。すごい悪い顔してるわよ」
「クククククッ、なんでもねぇよ」
「言っておくけど、私は仲間にはならないからね。あくまで、協力関係だから」
「へぇへぇ」
解っているのかしら。とジト目で見るも、彼の悪い顔はそのままだ。
なるほど、千空さんは普段からああして仲間を取り込んでいるのだろう。ゲンさんも苦労するものである。
「で、だ。テメェこそ、なんか言いたいことがあるんじゃねぇのか」
「……言いたいこと、ね」
おや。本題はこれだったか。
私は話を切り替えた彼を見て、少し驚いたように目を瞠った。
それは、幼馴染のことだろうか。
ゲンさんから既に聞いているだろうに直接本人に投げかけるとは、直球で好物を聞いてくるところと言いやはり彼は交渉にてんで向いていない男だ。
けれど、私自身の口から彼に幼馴染のことを話すつもりはない。敵である私の言葉にどこまで信ぴょう性があるか…なんて疑心暗鬼になられるよりかは、直接彼らには幼馴染とお話してほしいのだ。私はあくまで、その機会を提供する橋渡し的な存在でいい。
——でも、そうだな。
一つくらい聞いておこうか。
「ねぇ、千空さん」
脳裏に思い浮かべるのは、この世界で一番大切な幼馴染の姿だけだ。
目の前にいる彼はサルファ剤でこの村の住民を救ったらしい。肺炎に侵された病人を、健康体に治し命を救ったのだ。
それなら、もしかしたら、なんて希望を持ってしまうのはいけないこと?と思う。
彼らならば私の大事な優しい幼馴染が、望んでいる願いを叶えてくれるかもしれないと希望を見出すのは、悪いこと?
いいえ、そんなはずはない。だから、一つだけ、聞かせてほしい。
「司帝国と君たちの科学王国の戦いで、誰も死なないっていうのは難しいのかな」
ねぇ、君はどう思う?
「科学者の君の意見が、聞きたいな」
*****
体が石化している。この感覚は、既に三度目だ。
おそらくは、千空が計画した通りに物事は進んでいるのだろう。
真っ暗な闇の中で、雛菊は思考を手放さないように心がけていた。
だって、石化してしまえば痛みはないのだ。最期の方は痛覚もなくただ寒いだけだった気がするけれど、そんな感覚は遠い昔になってしまったような気さえする。
3700年もの間の時と同じように眠っても良かったが、此度の石化では雛菊は起き続けることを選んだ。宝島の時のようにすぐに千空が復活させてくれる保障はないのに、それでも雛菊は飛びそうになる意識を保つために思考する。
千空のように秒数を数えたりはしない。眠らないように脳を働かせて思い浮かべたのは走馬灯と同じ、今までの思い出だ。
その中でも、雛菊は千空たちと出会った冬に思いを馳せる。
千空との出会いは、雛菊達石化前の時代を知る人間にとっても、コハクさん達石化後の世界しか知らない人間にとっても、人生という短い年月の間で一番の幸運だったのではないかと思い知らされるものだった。
いつの日だったか、寒空の下、雛菊の突拍子のない問いに答えてくれた彼の顔を思い出す。ただ事実を口にするように、当然のような顔をして「出来る」と答えた彼の言葉を聞いて、雛菊は羽京が救われることを確信した。
きっと彼ならば、羽京が大事にするものを取り零したりはさせないだろう。そう思ってつい涙を流してしまい、千空を大いに動揺させてしまったのも今となっては懐かしい思い出だ。
依然として一時的な協力関係でしかなかったが、雛菊の心は既に司ではなく千空率いる科学王国に傾いていた。
携帯を司帝国に届けるために村を出たゲンたちに気付き、後を追おうとするほむらを捕縛したのは雛菊だ。元体操選手である彼女の素早さはコハクと同等であったが、木の上などの空中戦であれば雛菊は彼女らより更に上のスピードを発揮できる。綱渡りや空中ブランコなどバランスの悪い場所は慣れっこなもので、あっさりとほむらを捕縛した雛菊に対し、彼女に懐いていた少女は普段動かすことの少ない表情を僅かに歪めて「どうして」と呟いた。正直、胸は痛んだが、雛菊は羽京のためならば自分に懐いてくれている少女が相手でも容赦はなしない。それに、氷月を崇拝しているほむらとてそこは同じことであろうと割り切っていた。
そんな風に科学王国贔屓の行動を多数取ったせいで、冬が終わる頃には彼らから仲間と同等の扱いを受けたのは戸惑ったけれども、やっぱり協力は一時的なものなので彼らが司帝国の近くに陣取ったのを確認すると雛菊はあっさりと幼馴染の元に戻った。
その後、正式に彼ら科学王国の一員になったのは羽京が彼らの仲間になる意思を見せた時だったものだから、千空には呆れられ、ゲンにも「雛菊ちゃんってばブレないね。ジーマーで」と困ったような笑みを浮かべられてしまったけれど、それが雛菊という人間だと理解いただけたのならば良いことである。
とはいえ、羽京には「司さんよりも千空さんに協力した方がいい」と主張ははっきりきっちりさせていただいたので、ちゃんとお役には立ったと思うのだけれど。その際少し熱が入ってしまったのは純粋に彼らの科学が気に入ったからであって、決して大好物の茶碗蒸しをご馳走してもらったことが原因ではない。そう、決して。
千空は、雛菊にも羽京にも嘘を吐かなかった。
圧倒的な武力を持つ司帝国に対し一人の戦死者を出さずに硝酸が取れる奇跡の洞窟を無血開城で手に入れ、即席のダイナマイトで司と氷月まで降伏させた時には驚いたものだ。
雛菊の言葉も羽京の願いも受け入れて、誰一人として死者を出さずに停戦を実現させた彼の姿は、雛菊たちにとってこの世界で初めての救いであったのかもしれない。そんなことを言えば、彼はこれでもかと顔を顰めて「科学の世界では神はとっくに存在しねぇが、人を勝手に神扱いしていいわけでもねぇわ!」と叫ぶことだろう。なんて、想像できてしまう自分が雛菊は少しだけ嬉しかった。
もちろん、石神千空のことを神様として崇拝しているわけではない。
彼は正しく人として、科学の力で他人を救うだけの善人だ。
無償の救済なんてものはしない。合理的に判断して、けれど一度懐にいれたらどこまでも真摯に科学の力で救済する。
だからこそ、雛菊も、羽京も、他の人も惹かれてしまう。彼になら、命を預けてもいいと信頼する。
彼が科学王国のリーダーであることに、誰もが異を唱えないのはそういうことだった。
「雛菊ちゃ~ん、俺ってばいいこと思いついたんだけど!」
「あら、ゲンさん。それってドラゴ関連?」
「さっすが雛菊ちゃん、話がはや~い!」
氷月さんの謀反により、司さんが致命傷を負い、コールドスリープに入って早二か月。
科学王国は司さんの命を救うことと人類石化の謎を究明することを目標に掲げ、冒険へ向かうための船作りや司さんが壊して回った石像が再度復活できるようにするための修復作業に勤しんでいた。
そんな中、杠さん主導の手芸部員として布作りをお手伝いしていた私の元にニマニマとわる~い顔をしたゲンさんがスススッと躙り寄ってくる。わざわざそんなパフォーマンスしなくてもとは思いつつ、私は布を縫う手を止めぬままに苦笑した。
「といっても、杠さんの服飾で大金はゲットしたんでしょう?」
「そうなんだけどねぇ、まだ心もとないというか、次はなにを仕出かされるかわかったもんじゃないからさぁ。もう少しだけ余裕が欲しいのが本音なのよねぇ」
「大変なのね、そっちも」
「あのねぇ、雛菊ちゃん。羽京ちゃんがいないからって空返事はやめてくれない?」
「なら、本題をどうぞ。私、気が長いほうではないのよ」
「う~ん、雛菊ちゃんもやっぱし一筋縄ではいかないよねぇ。でも、これを聞けばそうも言ってられないんじゃないのぉ?」
「?」
科学王国では、現在船の作成と同時進行で船を動かすためのエンジンとして石油を探している最中だ。それは、船の船長として復活した七海龍水さん——私にとっても知己である彼が望んだためであって、その探索に急ピッチで気球を作っている真っ最中である。
なんでも、空から油田を探すのだとか。やはり科学者の考えることは付いていけないけど面白い。羽京も楽しそうに油田探しの旅にコハクさんとクロムさんと一緒に行ってしまった。
科学王国対司帝国の時には氷月さんに槍で穿たれたっていうのに、元気なものだ。まぁ、私も一緒に吹っ飛ばされて怪我したところが完治したから、こうして元気にお手伝いをさせていただいてるわけだが。
石化から復活した龍水さんは私の記憶の中の彼と全く変わっていなかった。
好ましいものを見ればすぐに指を鳴らし、欲しいものがあればすぐに指を鳴らし、閃きがあればすぐに指を鳴らした。
そんな彼は生粋の御曹司様なので気球作りには参加しないのは予想していたけれど、まさか復活して早々にドラコなんて通貨を作ってしまうとは……。いつの時代でも金の亡者はいるもので、幾人かの科学王国民は既にドラコの虜になっている。
それだけであればいざ知らず、彼は冒険へ繰り出すために船長を請け負う代わりとして、現在探索中の油田の所有権を求めてきているのだから抜け目がない。
船長の責務はそりゃあ私には想像できないくらい重いものに違いないが、だからって復活早々に通貨の流通と油田の所有権の主張はやり過ぎではないだろうか。船のためにガソリンが必要な科学王国は、都度ガソリンを龍水さんから購入しなければならないのは問題だ。
そんな状況を千空さんは「通貨も科学によって作られたもの」と言って好きにさせているし、ゲンさんもゲンさんで大変そうにしながら科学クラフトに必要なマンパワーのためにドラコを上手く使っているようだった。
そうして今回は、そのドラコを集めるための一環として私を仲間にしようとしているらしい。
まぁ、彼のことだ。顔はいかに悪巧みしてま~す!と物語っていようとも、本当に悪いことはしないと既に知っているので、作業の手を止めて話を聞かせてもらえば案の定。
「…………ふぅん?なるほどね」
「どうどう?やりたくなったでしょ~?」
「そうねぇ。ゲンさんも一緒にやってくれるって言うなら、いいわよ?」
「……あら?」
***
サーカスとは、空中ブランコ、綱渡り、トランポリン、アクロバット、ジャグリング、バランス芸、ダンス等の身体的曲芸や、動物曲芸、クラウンやピエロによるパフォーマンスなどを見せるショーのことを指す。
たいていはテントで覆われたアリーナで行われるが、そんなものは石の世界に用意出来るはずもない。
私の目の前にあるのは、気球を作るために杠さんを主軸に作成された大きな布。
撓りやすい竹で作られた丸い枠にその布を張り、下には携帯電話で使用したケーブルを再利用して作られたスプリングが固定されていた。
——トランポリン。
起源は中世のサーカス芸人。空中ブランコからの転落防止に張り巡らされた布を見てアイデアを得たというそれは、旧文明では新体操と並んでオリンピック競技にも登録されていた。
使用方法は至ってシンプル。跳ねて、飛ぶ。ただ、それだけ。
「でも、その単純さがいいのよね」
ダンッッ!!!と太鼓の音が鳴る。
つい先日、杠さんが考案したお洋服のファッションショーでもお世話になった石神村の方々にお願いした開幕の演奏だ。
隣には、いつもよりも少し豪華な衣装に身を纏ったスイカちゃんとゲンさんがいる。
ゲンさんは流石元業界人というだけあっていつも通りだけれど、スイカちゃんはとっても緊張している様子だ。大丈夫よ、と背に手を当てればきゅっと唇を引き締めて「スイカ、頑張るんだよ!」と私の目を見てしっかりと、そう言ってくれた。あらら、頼もしい。
「ladies and gentlemen!!」
両手を広げて、高らかに。演奏の音に負けないように声を張り上げる。
そうすれば、なんだなんだと集まる人々の群れ。
さぁさぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
この石の世界で初めてのショーの幕開けを、どうか見逃さないでくださいな。
今日、私たちがあなた達に最高のエンターテインメントを披露してあげる。
「東雲サーカス団、開演でございます!!」
さて、どうして私がこんなことをしているのかと言えば、先日のゲンさんの悪巧み……ではなくお願いが発端である。
「千空ちゃんからも許可出てるからさ~、サーカスお披露目してがっぽり稼いでちょうだいよ~」なんて、ニマニマ笑う彼に当然私は「簡単に言ってくれるわね」と肩を竦めた。
要は、路上ライブで日銭を稼げということだ。
確かに私はサーカス団の花形曲芸師であったけれども、それはチケットを売って披露しているもの。そりゃあ、曲芸師としてのプライドがないわけではないが、興味のない人に路上ライブしたって大金が舞い込んでくるはずがあるものか。ゲンさんだってエンターテイナーなんだからそこらへん理解してるでしょうに。と、普段の私ならば言っていただろう。
だがしかし、今は状況が違う。
ゲンさんと千空さんは、龍水さんからお金を吸い上げたいのだ。あの欲しがり相手にするならば、そりゃあやりようもあるというモノ。
まずは「仕方ない」という風体を装って、ゲンさんを巻き込むことにした。
欲を言えば羽京にかの有名なウィリアム・テルのように頭の上に乗せたリンゴを弓矢で射貫く芸をしてほしかったけれど、いないものは仕方がない。「俺ってばメンタリストなのよ?手の内をなるべく明かしたくないの~!」なんてイヤイヤと喚くゲンさんの襟首を引っ掴んで歩いていれば、今度はスイカちゃんが「ゲンはどうしたんだよ?」と近寄ってきた。大方、私と彼が一緒にいるのが珍しいと思ったのだろう。
彼女にならばいいだろうと思って、私はゲンさんからの頼まれごとを話した。そこでサーカスとはなんだと聞かれたので、少々熱の入った説明をしたところ「スイカもやりたいんだよ!」とのことでもう一人メンバーをゲット。これで、サーカス団員は三人となった。
「ほむらさんも欲しいなぁ」
「いや、それは流石にリームーよ。牢屋に入ってもらっちゃったからね」
「そうよね……」
解っていたけど、残念なものは残念だ。時点でコハクさんもありだったんだけど、彼女も羽京と一緒に油田の調査で不在だし。これは三人でやり切るしかなかろうなと諦める。
というわけで、演目はゲンさんによるマジック芸、スイカちゃんによる動物曲芸、そして私のトランポリン曲芸の順番で。
サーカスとしては些か物寂しいけれども、この石の世界で初めてやるショーに手を抜くだなんて私のプライドが許さないので、ヒィヒィ言うゲンさんを筆頭にビシバシとしごかせていただいた。
とうか、スイカちゃんって犬のチョークのほかにも動物の友達いるのね。……あれ?それ、豚じゃなくて猪、だよね?………うん!OK!面白い!!採用!!! 背後で「雛菊ちゃーん!!?」なんて悲鳴が聞こえたけどNo problem!責任は全部ゲンさんへどうぞ!!
「流石スイカちゃん、ゴイスーだわ。猪に火の輪潜りさせちゃってるよ」
「サーカスの動物曲芸で火の輪潜りはメジャーだったわね……。私がいたサーカス団ではやらなかったけど。ちなみに、ウチの動物で一番人気は熊の幸子だったわ。自転車乗り回す彼女の背中で逆立ちするの、楽しかったな~」
「雛菊ちゃんもほんと、ジーマーでバイヤーよね」
おぉおおおおおお!!と歓声が聞こえる中、私とゲンさんは舞台の傍で待機中。
スイカちゃんが危険なことがないように、一応すぐ駆け付けられる距離にいるけれど、その心配は大丈夫そうねぇとニコニコ笑いながらウチのサーカス団にいた仲間の話をしたらゲンさんの顔が引き攣ってしまったので首を傾げる。幸子はとっても乙女な可愛い熊さんですが?
ちなみに、ゲンさんの出番は既に終了。流石はテレビで人気者のメンタリスト兼マジシャンだ。石神村の人々だけでなく、旧文明の人々もすっかり彼のマジックに夢中になっていたのを思い出す。
「ねぇ、本当にサーカス団に入る気ない?貴方がいてくれたら助かるんだけど。今度はもっと本格的に道化メイクもしましょうよ」
「いやいや、それは勘弁して頂戴。俺ってばイケメンメンタリストとして通ってんだからね?」
「えぇー、勿体ない」
あーあ、と言わんばかりに肩を落とす。この世界が復興したら、沢山の人を笑顔にするために一緒にサーカスをしてくれてたっていいのに。
「でも、さ」
いつの話になるかもわからない、そんな淡い希望を抱きながらスイカちゃんたちの演目にキラキラとした瞳を向ける観衆を見て、ゲンさんがふいに唇を開いた。
腕を組みながら、その続きを待つ。どう?と言わんばかりに微笑んだ私の顔は、きっと彼には見えていないだろう。
「こうやって楽しんでもらえるなら、もう一度くらいはいいかもね」
「でしょ!」
そうよ!サーカスって素敵なの!
貴方も生粋のエンターテイナーなんだから絶対に嵌ると思ったわ。自分が磨いた芸に魅了される人々の熱視線も、純粋な驚きや楽しさにあがる歓声も!すべてが癖になるってこと!
ま、そもそもマジシャンとして公演会してたんだから知ってるかもだけれど、様々な分野を得意とする仲間と一緒に一つの公演を作り上げるのも中々乙なもんでしょう?
もうすぐ、スイカちゃんの演目が終わる。
チョークと可愛く踊っていた彼女もまた、きっとこの楽しさに嵌ったに違いない。拍手と口笛を背に、舞台の端に寄ってくる彼女と入れ替わるように飛び出した。
と、同時に、トンッと跳ねて側転と前転、それからグッと地面につけた両手に力を入れ、空中で二回転。おおっ!とあがる歓声に、ストンッと着地して一礼する。
「さぁ皆さま、これより最後の演目でございます!どうぞ瞬きなしで、その眼に焼き付けてくださいませ!」
私はサーカス団の曲芸師。
空中曲芸も地上曲芸も、なんでもござれの花形スター。
どんな時代であろうとも。どんな場所であろうとも。
そこに誰かがいるならば、私は私が持つ最大の力ですべてを魅了し、そこにいる人たちの顔を花咲くように輝かせて見せましょう。
トンッと地面を蹴って、トランポリンの上に立つ。
ポーン、ポーンと、調子を確かめるように軽く跳ね、流石は杠さんだと笑みを零した。丈夫な布でなければ、飛躍は出来ない。彼女の手芸の腕前はチート級だ。
観衆の中にはそんな杠さんと一緒に、大樹さんや千空さんの姿もあった。羽京がいないのは寂しかったけれど、今は我らが科学王国の団長の為に飛びたい気分。だってこの人、気球のための布を今までのクラフトを再利用して瞬きの間にトランポリンを作ってしまったんだもの!
「よしっ!」
ぽーん、と軽く蹴る。そして、大きく飛び上がる。
高く、高く、空に向かって。その飛躍は、司帝国が拠点にしていた岩山の天辺にも届く。手足の指の先から、髪の毛の先までも、自分のすべてを観てくれている皆を魅了させるために、自分の体の動きを計算して滞空時間すら調整させた。
飛び上がった私に、驚いた表情を向けてくれるみんなの顔。その瞳の中には確かにキラキラと輝くものがあって、私は滲みそうになる瞳にグッと力を入れて笑った。
私、今、この世界で目覚めてから一番素敵な顔で笑えてる。
もう、なんで羽京はいないの。なんでこの姿を見てくれなかったの。
ほら、言ったでしょ。私はどんな所だって輝けるって!石の世界にだって、私の輝ける舞台はあるんだって!
私を復活させしまったことを後悔していたあの日の情けない面をした彼の頬を引っ張って、これ見よがしに笑ってやりたい。
「ふっ!」
落ち始めた体を丸めて回転を入れ、トランポリンにぶつかる前に足を伸ばしてもう一度、空高く跳ね上がる。今度は体を伸ばした状態で腕を胸の前にクロスし、横回転、縦回転、斜めにも回転を入れて自由に飛んだ。
——トランポリンはシンプルだ。高く跳ねあがる。ただそれだけを楽しむもの。
でも、それで人々を魅了するのが私の仕事であり、誇りだった。沢山の人を笑顔に出来ることが、私のやりたいことだった。
あの日、羽京が幼い私を連れ出してくれたように。
あの日、世界をもう一度この目で見られるようになったように。
世界中の人が花弁のように舞う私を見て、素敵だと声を上げてほしいと思った。
時間を忘れて飛んでいても良かったのだけれど、これは石の世界での初公演だ。お客様がいるというのに自分だけが楽しんでいてはエンターテイナーとして失格である。
何度か芸を織り交ぜながら飛び上がり、言葉を失っていた観衆が大きな歓声を上げること数回、私は名残惜しく思いながらも跳ね上がる高さを調整して最後にクルンと一回転しながら地面に降り立った。
そして、他の観客と同様に興奮している仲間の二人をちょいちょいと手招き。
——ご、あ、い、さ、つ!
声を出さずに、口を動かせば慌てた様子で二人は私の元へやってきた。
「本日はまことに有難うございました!!」
私の声に、ゲンさんとスイカちゃんと一緒になって頭を下げる。瞬間、割れんばかりの大歓声は聞こえてきて、私たちは目を丸くした。
「ははっ、ゴイスーじゃん!ほら見てよ、雛菊ちゃん!千空ちゃんも拍手してくれてる!」
「あら、本当ね。我らが団長のお気に召した演目が出来たようでなによりだわ」
二人で顔を見合わせてケラケラ笑った。
そりゃあ、周りの人みたいに大興奮!って感じではないけれど、楽しんではもらえたみたい。ニヤリとした笑みを浮かべたままパチパチと拍手を送ってくれている我らがリーダーに、胸に手を当て、衣装の裾を摘まみ、再度一礼を送った。
そんな大歓声の中、どこからともなく聞こえてくる「ハッハー!!素晴らしいぞお前たち!!欲しい!!!!!」の言葉にゲンさんの目がキランと光る。
旧時代でも私達サーカス団のスポンサーだった彼のこと、今回の公演を見ればあの欲しがりが発揮されるのは当然だ。今後の公演は未定だが、こちらの世界でもいいスポンサーがついて大変満足と笑みを浮かべる。
一応、心ばかりとして舞台の前に置いておいた箱には大量のドラコが入っていたのも有難いことだった。石神村の人にチップなんて概念があったこともちょっと驚いたけどね。
「さて、これで私のミッションは終わりよね?」
「うんうん!巻き込まれた時はジーマーでバイヤーだったけど、さっすが雛菊ちゃん!想像以上!」
「当然よ。私は曲芸師だもの。そこに舞台があって観客がいるのなら、最高のエンターテインメントを提供するわ!」
ふふん!と胸を張って、当然のことを宣言する。
そう、当然のこと。だけれど、この世界ではきっと難しいと思っていたことなのに。
まさか、復活してから一年もせずにこんな舞台を用意されてしまっては仕方がない。
嗚呼、本当に。科学王国は素晴らしい場所だ。
「はわわ」
「スイカちゃん?」
つい、苦笑するような顔で笑っていれば、隣にいたスイカちゃんがブルブルと体を震わせて声を上げていた。そういえば、さっきから静かだなって思っていたけれど、どうしたのだろうか。
「ヒ、ヒナギク!!」
「なぁに?」
「ゲン!!」
「はいはーい」
「すっごいんだよ!素敵だったんだよ!!サーカスって、面白いんだよーー!!」
キャー!と両手を上げて、頬を染めて、西瓜を被っているのにキラキラした目で私を見上げる彼女に呆気に取られてしまう。
ああ、なんて楽しそうに笑うのだろう。パチリ、パチリと目を瞬かせて私は幼い少女の姿を見た。全力で舞台に立ったその姿は、私とゲンさんが認める一流のエンターテイナーである。
けれどもまるで、あの日初めてサーカスを目にした幼い頃の私のように、興奮した顔で夢中になっているスイカちゃんを見て、私は思わず目を見開いて——
「………あはっ!」
それから、声を上げて笑った。
「そう!そうなのよスイカちゃん!サーカスって素敵なの!!」
何度も心の中で繰り返した言葉を高らかに、みんなにも知ってもらうために口にした。
目の前にはまだ観衆がいる。なんならアンコールを望む声が聞こえてくる。石神村の人たちも旧文明の彼らの勢いに任せて「アンコール!」と声を揃え出している。
まるで、あの日の——石化する直前、サーカス団の仲間たちと共に受けた大歓声の景色の続きを見ているような気分に、サカースのペイントメイクのように目元に刻まれた石化痕の罅が、興奮に火照った頬が、ゆるゆると綻んでゆく。
私は、両隣にいたスイカちゃんの小さな手とゲンさんの大きな手を掴み、彼らをトランポリンの上に導いた。スイカちゃんは勿論のこと、ゲンさんだってこんな大きなトランポリンには乗ったことないのだろう。バランスの取れない布の上で「うわぁあ!?」なんで情けない声を上げる彼に「あはっ!」ともう一度声を上げて笑う。
ああ、こんなに楽しいのにもう終わっちゃうなんて勿体ないわ!
だって私達は一流のエンターテイナーだもの!
「わわっ!歩きにくいんだよ!?」
「ちょっと雛菊ちゃん!?」
「ほら手を握って!もーっと素敵なこと教えてあげる!!」
アンコールには私たち三人で応えなきゃ!
にっこりと笑った私に、スイカちゃんは「やるんだよ!」と期待するように頷き、ゲンさんは「ジーマーで!?」と顔を真っ青にした。あはっ、そんなに怖がらなくっても大丈夫!
「そぉれっ!ぴょーん!」
その日のことを、私はきっと、一生涯忘れない。
羽京が帰ってきたら絶対に一番にお話しするの。
どうして見に来てくれなかったの!って小さな女の子みたいに頬を膨らませながら——とっても楽しかった一日のことを、彼が羨ましがるくらいとびっきりの笑顔で、ね!
まぁ、待ちきれなくってその日の内に電話で報告しちゃったわけだけど!
「通話料がかからないってとっても素敵ね!」と千空さんに言ったら「だからって何時間も話せはしねぇぞ、曲芸師」って呆れた顔で言われちゃいましたので、今後は善処します。……たぶんね!
*****
今となっては懐かしい、雛菊がこの世界で目覚めて初めて人々の目の前で公演を行ったあの日のことを思い出す。
サーカスというには、演目は少なかったし時間も短かった。
トランポリンがあることだってすごいことなのに、それでも結局はあれもこれもと望んでしまう。ロープ一本と高いところがあれば綱渡りが披露できるし、空中ブランコだって思いのまま。地上でのバランス芸は椅子を重ねてその天辺に逆立ちするとか、そういうのは司帝国の時代でも暇なときに披露したり出来たけれども、やっぱり大技だって見てほしい。
なんて思っていたら、一年の歳月を経てようやく完成したペルセウス号に明らかに船には不必要な綱渡り用のロープとか、ヤードに吊るされたブランコがあるのを見て目を点にしてしまったっけ。ある程度は流せてしまうおおらかな性格の雛菊も、これには流石に「なにあれ!?」と千空に詰め寄った。
「あ゛ぁ?コハクやお前ならあれ使って簡単に見張り台まで行けんだろ。超合理的じゃねぇか」
流石にそれは嘘でしょ!?と叫んだが、千空はお前の意見は聞いちゃいねぇとばかりにそっぽ向いたし、模型を作った時には付いていなかったと主張しても「お前が見ていなかっただけだろう」と龍水がニンマリ笑い、羽京に至っては「よかったね」と微笑ましそうに目を細めるばかりである。コハクも、ゲンも、クロムも、カセキも、あれは雛菊のためのものだとニヤニヤ笑って、見かねたニッキーが「ほら、上っておいでよ」と指を差し、それでも渋る雛菊の背を杠が押してくれた。
そこからの景色は、言葉では表せないほどに素晴らしいもので、雛菊は涙で潤みそうになる目を誤魔化すようにして笑うことしかできなかった。
雛菊がサーカスを知ったのは、まだ小学校も通っていない幼い日のことだった。
幼馴染の羽京の父親が、務めている会社からチケットをもらったからと言って、羽京と雛菊にプレゼントしてくれたのがきっかけだ。
複雑な家庭環境で育ったゆえに同年代の子供に比べても娯楽を知らなかった無気力な少女は、当時「羽京にぃ」と呼んで慕っていた五つ年上の男の子に手を引かれて初めての遠出をした。
二人で電車に乗って、何度も乗り換えて、おそらく住んでいた県を跨いで幼かった雛菊たちはサーカスを観に行った。
何をするにも無気力で反応の乏しかった雛菊の手を引いてくれた羽京も、当時はまだ小学生。彼だって保護者の同伴なしに県を跨いでの大移動は不安だったに違いないのに、彼は自分の両親の言うことをしっかりと守って、二枚しかないチケットを折らないようにファイルにいれてバックに仕舞い、雛菊の小さな手を片時も離すことなく、あまつさえ「楽しみだね」と笑いながらサーカスが行われる大きなテントまで連れて行ってくれたのである。
そこで見た景色を、雛菊は一度だって忘れたことはない。
3700年経とうとも、更にそれ以上の年月が経とうとも、きっと忘れられることはない。
信じていたものが崩れ去り、母を呼んで泣き喚き、ついには愛を忘れて無気力に世界を見ることしかできなくなってしまった少女は、その日、生まれ変わったのだ。
舞うのは花吹雪だけではなく、指の先まで洗礼された動きを見せる妖精が如し身のこなしの曲芸師。
キラキラ、ピカピカ、シャンシャンと。煌びやかで美しいパフォーマンスに、幼い彼女はただひたすらに魅了される。目を離すことが出来なくって、大きく飛躍すれば「わぁっ!」と声を出し、道化の動きに「あははっ!」と笑って、様々な芸に魅了され、言葉を失い、食い入るような目で感激する。
サーカスの公演は、当然に音が大きいはずだった。だから、当時から常人離れした聴覚を持っていた羽京には長く身を置きたい場所ではなかっただろうと思う。
けれども、羽京はそんな様子は一切見せず、それどころか声を上げて芸を見入る雛菊の姿に心の底から「よかった」と安堵したというのだから、己の幼馴染は幼い頃から人格が出来過ぎではないか、とサーカス団に入団した後にその話を聞いた彼女は心配したものだ。案の定、石の世界になったら優しすぎてメンタルやられていたし。
サーカスは、雛菊にとっての宝物だ。
キラキラ、ピカピカ、シャンシャンと。煌びやかに輝いていて、楽しくって、跳ねまわりたくなる。
ブランコやトランポリンで空中を舞う姿も、地上で優美に魅了するダンスも、動物たちの可愛いらしい芸も、驚きが飛び出すマジックも、人を笑かせてくれる道化も、すべてが幼い雛菊を魅了してやまなかった。忘れられなかった。
鼓膜に焼き付いて離れてくれなかった恐ろしい顔で自分の顔を殴る大好きな母の姿はいつの間にか消えていて、雛菊はサーカスに夢中になった。
見様見真似の独学で技を身に着け、中学を卒業してすぐに雛菊はサーカス団の入団テストを受けた。羽京に告白してすぐにそうしたものだから、最初は失恋のショックで地元を離れることを決心してしまったんだ思われて、周りや羽京に考え直すように言われたけれどそんなことは全然ない。
告白が成就しようがなかろうが、雛菊は既に進路を決めていた。というか、そもそも当たって砕けるために告白したようなもんなので、ショックがどうという話ではないのだと説明したのだが当の羽京は青い顔のまま納得してくれなかった。結局、根気強く説得して最終的に理解を得られたが、この時ばかりは真面目な幼馴染をちょっと面倒だなと思ってしまったのは秘密である。
そこから一年はひたすら技術を高めながら見習いとして働き、舞台に立つチャンスを得るように努力をした。端役で舞台に立つようになるのと同じく、団長に通信制の高校だけでも出ておきなさいと言われたので更に忙しくなったけれど、毎日は驚くほどに充実していた。
掌は潰れた豆で厚くなり、体は打ち身で青い箇所ばかり、それでも雛菊は楽しくて仕方がなかった。血を流し、怪我をして、挫折も味わったけれど、一度だって舞台に立つ夢を諦めることはしなかったのだ。
その結果が、今の雛菊だ。
世界でも指折りの技術を誇る曲芸師の一人として、若干19歳でありながら世界中の人々を魅了した。
花びらのように舞い上がり重力を感じさせず宙を飛ぶ姿と可憐な花のような容姿を持ち、沢山の人々に喉が千切れんばかりの歓声と割れんばかりの拍手をいただいてきた花形曲芸師。
それが、石の世界で目覚めた東雲雛菊を形作るすべてなのだ。
「後宮選抜?私は行かないわよ」
その言葉に、私以外の全員が絶叫した。
宝島上陸からたった数時間で科学王国の機帆船“ペルセウス号”は島民に鹵獲され、私の大事な羽京含め乗員のほとんどは石化中。
そんな中、奇跡的に石化を免れたのは偵察チームこと科学担当の千空さん、護衛兼視力担当のコハクさん、島民との交流担当ゲンさん、元島民?のソユーズさん、護衛兼隠密担当の私の五人と、龍水さんの機転によって石化を免れたスイカさんに羽京の依頼で海底調査をしていた銀狼さんの二人。つまり、何十人もいた科学王国はたったの七人になってしまったのである。
あーあ、やってらんねぇ。と私は鹵獲されたペルセウス号からスイカちゃんと銀狼さんが決死の覚悟で持ち出してくれたラボカーの屋根の上で、フラスコやビーカーで無心にジャグリングをしていた。
ゲンさんには「よくそんな器用なことガラスで出来るねぇ、雛菊ちゃん。見てるこっちがハラハラしちゃう」と引き気味に笑われたが、所有者である千空さんからは「壊さなけりゃ好きにしろ」と片耳に指突っ込んだ御馴染みポーズで許可をいただいたので問題なし。まぁ、そうでもしないと怒りで我を失いそうなのが解られちゃったのだろう。
「この恨み…このまま晴らさでおくべきか……」
「羽京ちゃんになんかあるとこうなんのね」
「ハッ!問題ないぞ、雛菊!必ずや、科学王国の皆を復活させる!まずはその為に後宮に潜入せねばな!」
「その潜入の為にかわいいを科学で作るんだよー!」
無心になるためにひたすらジャグリングをしているというのに、石化武器を持っているであろうキリサメという女に対する恩讐がつい口からまろび出てしまう私を見て、ゲンさんは「羽京ちゃん、はやく復活してぇ」と小声で嘆いていた。
大体、なんでこの島に石化武器なんてもんがあるのだ。私からすりゃ謎が一つ増えたことなのに、千空さんからすれば謎に近づくヒントを得た!って感じで楽しそうにしているし。そりゃあ?私達が海に出た目的の内の一つは司さんを救うために石化方法を探すためって言うのもありましたけれども?だからってプラチナのためにやってきたはずの島に付いて早々こんなことになっちゃうのは想像できんが?
千空さんは今日も科学が楽しくて何よりである。まぁ、それを見るの面白いからいいんだけど…でもなぁ、状況がなぁ、なにより羽京がいないしなぁ。
さて、ということで。気を取り直して、後宮潜入調査である。
宝島と勝手にお呼びしているこの島では年に一度、頭首様のために作られた後宮に入る18歳以上の少女を島にある全ての集落から選抜して連れてゆく儀式があるらしい。ペルセウス号が鹵獲され、帰る場所を失った私達は偶然(ではなく、島の偵察中に痕跡を見つけたので追跡し)出会ったアマリリスという少女と協力する形でその後宮に潜入することが方針になったようだ。
後宮があるのは当然、頭首がいる島の中枢。
石化武器の使い手であるキリサメもいるし、頭首の側近や島最強の戦士長だとか情報を持っていそうな人がいっぱいいるそうだ。その分、警備は厳重で外から潜入することは不可能。そのため友人を石化された過去を持つアマリリスさんは頭首に不信感を抱きながらも、18歳になるまでの5年もの間に島一番の可愛い女の子になって後宮に入り、内側から石化の謎を暴こうと息を潜めていたらしい。
つまり、たった一人で立ち向かおうとしていたアマリリスさんからすれば、私達の存在は渡りに船。
利害の一致で協力関係になった彼女は、すぐに彼女の集落の人間しか知らない海に面した洞穴に私達を隠し、類稀なる戦闘能力を持つコハクさんと一緒に後宮選抜を通過するための科学に精を出している。
「科学のお化粧品ってすっごーい!」
うん、とっても、精を出していらっしゃる。
「コハクちゃんはもう完璧ね!」
「髪もサラサラ、顔もキラキラ。“可愛い”になったねぇ」
「む、そうか?」
シャンプーに始まり、リンス、ファンデ、チークに口紅、あれよあれよという間に千空さんの科学知識で作られた美容アイテムにアマリリスさんは興奮が絶えない様子である。まぁ、可愛いものに惹かれるのはよくわかる。私も口紅とかリップくらいは欲しいもの。あとで作り方教えてもらお。
かくして、戦闘力はあってもか弱い女の子らしさは皆無だったはずのコハクさんはアマリリスさんのプロデュースにより更なる美少女に変身を遂げたわけだ。ぽいぽい投げていた科学グッズをひょひょひょいっと一つも割ることなく片手でキャッチし、私は「いい感じねぇ、コハクさん」と拍手を送った。
そんな私に、キラーンとアマリリスさんの瞳が光る。
「さぁ!次は雛菊さんの番よ!貴女なら十分そのままでも受かるだろうけど!コハクちゃんとは違う肌色だし、華やかな容姿だから彼女よりももう少し派手にして可愛いよりも綺麗系に、」
「後宮選抜?私は行かないわよ」
と、ここで私は冒頭の言葉を口にした。
後宮選抜には参加しません。と、今までジャグリングに徹していた顔をキョトンとさせて、遅すぎる意思表示をしたのである。
「ど、どうして!!?」
カラーン、とメイク用品を落とし、驚きの形相から一足先に我に返ったのはアマリリスさんだった。
彼女はその庇護欲引き立てる愛らしい顔を悲壮感たっぷりに滲ませて、ラボの屋根にいる私を見上げる。
「見れば解るわ!貴女にはコハクちゃんと違って美容に関する知識がある!肌はうるつやだし、髪も艶やか!まつ毛や爪の先まで綺麗に整えられていて、所作だってこれ以上ないくらいに完ッ璧!コハクちゃんは素材がいいからなんとかなったけどまだ不安要素は多いの。でも、雛菊だったら速攻で後宮入り確定なのよ!?」
「あらぁ」
私以外の全員が私の発言に驚いてはいたけれど、アマリリスさんの嘆きは飛び抜けていた。流石の私も「そ、そんなに?」と戸惑ってしまう。
ちなみに、アマリリスさんプロデュースを受けたばかりのコハクさんは彼女の言い分に「おい」って顔をしている。いや、コハクさんはメイクしなくても十分可愛いのに、メイクして超可愛くなってるだけだからね?百億点が百五十億点になっただけで、最初から最高だからね?
「ヒナギクどうしたんだよ!?コハクとアマリリスと一緒に潜入してくれるんじゃなかったんだよ~!?」
「そうそう!雛菊ちゃんがいれば絶対後宮での偵察任務はジーマーで難易度イージーモードになること間違いなしなのにぃ!?」
「さっきまで船を石化した奴に報復してやるってめちゃくちゃ怖い顔してたじゃんー!!なんで急にそんなこと言うの~~!!?」
「…!」こくこくっ!
「あらぁ」
スイカちゃんと男性陣からもなんでなんでの猛嵐。スイカちゃんは純粋にって感じだけど、ゲンさんは言葉通り後宮潜入の難易度を気にして半泣きで、銀狼さんはマジ泣き、ソユーズさんは……なんかペルセウス号を出た時から全然顔合わせてくれないし会話もしてくれないのよね。石神村の女性以外の免疫がないだけだってコハクさんは言うけれど、それにしたってねぇ?
まぁ、容姿を褒めてくれてるってことよね、銀狼さん以外は。そりゃあ羽京のこと心配なんだから顔が強張るのは仕方ないでしょう。貴方だってお兄さんのこと心配してたくせに、と思いつつ「ありがとね」と頬に軽く手をあててニッコリ微笑めばソユーズさんが顔を真っ赤にして倒れた。あらまぁ、耐性なさすぎでは?
「ほらぁ!そういう仕草が男性を虜にするポイントなの!そういうことが自然に出来る貴女なら、絶対に後宮に入れるわ!」
「いや、雛菊は潜入出来ねぇ」
お、気付いてくれた人がいたと思って見下ろせば、さっきは皆と一緒になって驚いた顔をしていたはずの千空さんがジロジロと私の全身を見やって「そりゃそうだわ」と一人完全に理解したって顔で頷いている。その様子に、ゲンさんは「ちょっとちょっと」と焦りを滲ませた顔で近づいて行った。
「えー、千空ちゃんまでそんなこと言っちゃう?」
「仕方ねぇだろ。おい、お前ら。雛菊の髪と目を見て何色だと判断する?」
「髪と……」
「目ぇ?」
千空さんの言葉に、はて?と首を傾げる皆さん。その全員の視線を受け止めながら、私はサービス精神旺盛にラボから飛び降りそのままくるーんとターンして見せた。
ここで一番最初に気づいてくれるのは、人を観察することに掛けては科学王国一の眼を持っているであろうゲンさんだ。宝島にやってきてすぐに、出会う前のアマリリスさん像をプロファイリングしたメンタリストは「あぁ、なるほどねぇ」と困り顔で私の主張に納得してくれる。
「雛菊ちゃんの髪は名前の通り優しい朝焼けの東雲色♪んでもって目は……」
「採れたてのつやつやなオレンジみたいで美味しそうな色なんだよ!」
そういうことね、なんていう割に詩的な表現で私の髪色を表現してくれたゲンさん、そしてその言葉の続きを美味しそうな喩えを以って伝えてくれたスイカさんに、私と千空さんは一緒になって「うんうん」と頷いた。
まぁ、わざわざ言語化しなくても見ただけで普通は解る話なのだ。普段は冷静で頭の回転も速い千空さんもゲンさんもらしくなくこの問題がポーンと頭からすっ飛んでいたのは、多分仲間のみんなが石化したこの状況に動揺していたのでしょう。仲間想いだものねぇ、この人たちも。
「俺らとしちゃもう見慣れた色だけどねぇ。でも、石神村やこの島の住人からすれば、ねぇ?」
「ハ!確かにな!私達の村に雛菊のような髪色の者はいないぞ!」
「私の集落でも見たことないわ」
「ククッ、そういうこった」
合点がいった!という顔をする現住民代表のお二人に、千空さんは肩を竦めて「コイツが潜入すれば、100億%悪目立ちで潜入どころじゃねぇわ」と言った。そうそう、そうなのである。
科学王国では旧文明組が続々と復活していたのもあって容姿も千差万別(といっても日本人ばかりなのでそこまで差があるわけでもないが)人それぞれであったが、石神村や宝島の住民は3700年前に石化を免れ生き残った六人の宇宙飛行士の子孫たちだ。そのため、髪の色は白髪、黒髪、茶髪、金髪が多数を占め、瞳の色も殆どの住民が似通った色をしている。つまり、私のような髪色に瞳の色をした住民はほぼいないってわけ。
「千空さんのお父様とか、他の宇宙飛行士の方の先祖も辿れば、何年かに一度くらいは違う髪色の人間が生まれても可笑しくないかもしれないけどね」
「あ゛ー、隔離遺伝ってやつな。人間には必ず遺伝形質つーのがある。それが両親の代では発現してねぇのに、それ以前のご先祖様から何代かすっ飛ばして子に遺伝してるように見える遺伝現象のことな。間歇遺伝とか先祖返りとも言うぞー」
「ええと、つまり金髪の両親から私みたいな黒髪の子供が生まれることがある……みたいなことかしら?」
「そういうこと~」
しかし、3700年の間に交配を繰り返してきた宇宙飛行士の子孫から隔離遺伝とはいえ全く違う髪色の人間が生まれる可能性は奇跡にも等しいと思われる。私には千空さんのような科学的知識も根拠もないが、確率にすればゼロどころかマイナスではなかろうか。知らんけど。
「まぁでも、私以外の皆さんは島の人間の特徴とそこまで違いはないから……大丈夫じゃない?」
「は?」
先ほども例をあげた通り、宇宙飛行士の子孫である彼らの髪は白髪、黒髪、茶髪、金髪が主である。ここにいる女性陣は島民であるアマリリスさんを除けば、コハクさんとスイカちゃんと私だけ。でも、スイカちゃんは年齢的に後宮選抜には入れないし、私も容姿が島民から掛け離れているからアウト。コハクさんは科学の力で更なる“可愛い”を手に入れたので大丈夫だけれど、二人だけっていうのも心もとない。
なので、にっこり笑って提案してみれば男性陣は揃ってとぼけた顔をした。あらぁ、まだそんな顔をするの?逃げるなら今の内だと思うけれど。
「……そうね。潜入候補は多い方がいいでしょ?一応、試さないと」
「はぁい!」
「「「「えっ?」」」」
パキコキと指の関節を鳴らして気合を入れるアマリリスさんに、私はメイク道具を構えて元気に頷いた。だって私もメイクするのは好きだもの。もちろん、自分でするのも、人にするのも、ね?
***
急遽開催された女装コンテストの結果、後宮選抜に参加するのはアマリリスさん、コハクさんの他に小柄で声も中世的という理由から選ばれた女装男子の銀狼さんとなった。
めそめそと泣き崩れ、最後の最後まで駄々を捏ねまくりながらコハクさんに引き摺られて洞窟を出て行った彼を含め、三人は無事に後宮選抜を受かったようである。
「流石、私の授業を生き残っただけあるわね二人とも!」
「あ~、そうね。二人ともそのせいで徹夜で選抜参加だもんね」
本当に頑張ったよ、と心なしかげんなりした様子の二人の後姿にゲンさんが憐みの目を向けているように見えるが気にしない。
なにせ、女性らしさ等とは程遠い仕草や言動の多い二人だったのだ。コハクさんと銀狼さんには、徹夜で私がエンターテイナーとして人の前に出るために研究した、人間を魅了させる手足の動かし方や表情の作り方を伝授したのである。
しかし、これがもう大変だった。なんかもう意識しすぎて二人ともロボットみたいな動きになってたけど、なんとか戦士や男性としての仕草ではないお淑やかさを身に付けてもらえてホッとする。
しかしあれ、何日くらい保つかなぁ。とっても不安。彼らのボロが出るかはアマリリスさん一人に掛かっている状況なので、申し訳ないが頑張っていただきたい。
「科学王国はこっから俺ら科学チームとテメェらスパイチームで二手に分かれて戦うことになる。あ、雛菊は主に後宮の監視役な。こっちに人手が欲しい時だけ戻ってこい」
「はぁい」
電話機に向かって作戦の概要を説明した千空さんにコクリと頷く。この作戦内容は、離れた場所にいるコハクさんたちにもインカムで共有されているから大丈夫だろう。
ゲンさんの無茶振りによりスイカちゃんの真似っぽい動きをしたコハクさんを見るに、通信の感度も良好の様子。無線ではなくインカムなので会話は出来ないが、これでこちらの作戦をスパイチームに共有することは可能なわけだ。
急拵えで作成したぶっつけ本番だというのに、千空さんは成功した感動もなく「次行くぞ、次ー」といつも通りの合理主義だった。ま、それでこそ我ら科学王国の団長なわけだが。
——というわけで。
千空さん達科学チームが地道なクラフトをしている間、私はほとんどの時間を後宮の監視に費やしている。
アマリリスさんから事前に聞かせてもらった情報の通り、頭首のいる後宮とやらの警備はこれ以上なく厳重だった。中心にある大木のそこかしこにツリーハウスを作って戦士や後宮の女性たちが生活しているので、コハクさんにも引けを取らぬと自負する身軽な私でも軽々に潜入できる根城ではないことが一目で解る。ほむらさんの目を盗んでお邪魔してばかりだった石神村の監視役とはわけが違って、私は静かに監視生活を送ることとなった。
木の枝に座って、潜入しているコハクさんたちの身に何かあればすぐに対処できるようひたすら監視。
時折、中にいるコハクさんたちに科学グッズを届けたり、逆に彼女らが仕入れた情報を共有するため、後宮内を走り回るミニ四駆もといネズミニ四駆担当でスイカちゃんが来たりするので、彼女の護衛もしつつずぅーっと監視。
もうスイカちゃんずっとここにいてくれないかなぁ。監視役だから少人数の方がやりやすいのは解ってるんだけどさぁ。でも、ぼっちって寂しいんだもの。
「ヒナギク?どうしたんだよ?」
「んー?暇だからスイカちゃんと遊びたいなぁって」
「だ、だめなんだよ!コハクたちが贈ってくれる龍水の石をまだ全部回収出来てないんだよ!」
「あぁ、うん。あれ、すごいわよね」
数時間前に船から運び出されていった龍水さんの石像は、後宮で侵入者を炙り出すために使用されたようだった。大方、仲間でないなら容易に砕けるだろう!とかそんなとこでしょ。と顔を顰めて言ったのはさっきまでここにいたゲンさんだ。
彼らは、コハクさんが綺麗に砕いた龍水さんの石像の第一陣を回収して、すぐに隠れ家に帰っていった。
千空さんのお父様が遺したプラチナをコハクさんが回収してくれたお蔭で復活液の作成が可能となった今、海底に沈んだ科学王国のみんな…その中でも科学クラフトに置いて最も重要な道具作りを一手に担うカセキさんを復活させることが第一目標。そのために、海流が読める龍水さんの存在は必要不可欠だ。きっと、速攻で彼を修復して、海底探索に繰り出すつもりなのだろう。
「龍水の指!ゲットなんだよ!」
「これは……右耳かしら」
戻ってきたネズミニ四駆をかぽっと開けば、心臓に悪い絵面が飛び出る。うわぁ……と、顔を青くする私とは違いスイカちゃんはすっかり慣れたのか「はやく連れて帰るんだよー!」と第三陣となった石像の破片を風呂敷に包んで駆けて行った。すごいわ。私、全然慣れそうにないのに。
「強い子だよね」
薄く微笑みながら「ほんと、すごいなぁ」と色づいた唇で言葉を漏らす。
コハクさんを可愛くするために作られた科学を駆使したメイク道具の数々は「多く作ったからやる」との一言で私とスイカちゃんもお裾分けしてもらった。ほとんどは杠さんやニッキーさんたちが復活したら別けっこしようねってスイカちゃんと約束したので手付かずだけど……
「それに、いい子」
一つだけ、オレンジに近いピンク色の口紅だけは、私に似合うとスイカちゃんが言ってくれたので使わせてもらってる。
その時の目が、なんだろうな……少し、覚えがあった気がしたのは、多分、気のせいじゃないんだろうな。
石神村を監視していた頃、子守唄を歌ってやった時から随分と懐かれているなぁとは思っていたけれど、どうしてそんな風にまでなったのか。
本人は多分、気付いていない。
ゲンさんは、たぶん気付いているけどなにも言わない。
羽京は、気付いていて、何も言えない。
「困っちゃうね、羽京」
そう、あれは……幼い頃、いなくなってしまった母を求めて手を伸ばしたあの時の私の目に、よく似ている。——なんて、あの人は口が裂けても言えやしないだろう。
少し時間が経って、隠れ家に龍水さんの破片を届け終わったスイカちゃんが戻ってくる。
姉のように慕うコハクさん、先生として慕う羽京、そして尊敬してやまない千空さん。彼らに向ける眼差しとは違う期待をほのかに宿した少女の瞳に、私は困ったように笑って見せた。
「おかえり、スイカちゃん」
***
“サファイアの洞窟”と宝島にある集落で呼ばれていた洞窟は、潜伏し始めた当初とは随分と様変わりしたらしい。といっても、それは千空さんの科学クラフトに使用されたと思われる道具だけではなく、所狭しと洞窟内に置かれた仲間たちの石像を見ての感想だ。
結局、予定されていた科学クラフトのお手伝い要因に駆り出されることもなく、久しぶりとなった私の帰還に最初に気づいたのはスイカちゃん作の紙の船長帽子を被った龍水さんである。彼は私の顔を見るや否や、溌剌とした青年らしい笑顔でバシィーン!と勢いよく指を弾いた。
「ハッハー!雛菊、やはり貴様も無事だったか!」
「龍水さんもご無事で何よりだわ。…で、羽京は?回収してるんでしょ?どこ?」
「相変わらずだな、貴様は……。羽京はそこだ。まだ手足が足りてないから復活液は掛けられんぞ」
「はぁい」
昼も夜も後宮の監視をしていたので石化から復活した龍水さんとの再会まで時間がかかったことは事実だが、そんなことよりも羽京である。
やれやれ、と言わんばかりの表情で指を鳴らすように示された場所。私はトトっと顔見知りの石像たちの間を軽やかな足取りで駆けながら、海底から運び出された彼の傍に近寄った。
「…よくやるよね」
矢を射る態勢のまま石化している彼と、顔を合わせる。
なんでも、空に投げられた石化装置を矢で弾いたのだとか。そのおかげで、銀狼さんは寸でのところで石化を免れたというが、咄嗟の判断で出来るような芸当とは思えないなぁと眉を下げて笑う。だって、私じゃあそんなことできないもの。
あーぁ、初めて見たよ。
大事な人が石像になった姿なんて、さぁ。
手を伸ばして、いつもみたいに、彼の耳を覆うようにして触れてみる。
多くの音を聞き取ってしまう彼の耳は、今なにが聞こえているんだろう。
……知ってるよ。何も、聞こえていないことは。だって教えてくれたものね。
3700年にも及ぶ石化の中、初めて音のない世界を体験したんだって、言ってくれたもんね。
「羽京」
名を呼んだ。
当然、返ってくる言葉はないと解っていて、それでも呼ばずにはいられなかった。
「……私、頑張るね」
静かに、静かに、細い瓶へと水を零さないよう細心の注意を払って注ぐように、誰にも聞こえぬ声で呟く。
いつも音で溢れている世界で生きてきた彼は今、無音の世界にいる。あんなにも、音のない世界が恐ろしいものだとは知らなかったと吐露した彼の言葉を、思い出しながら私は目を閉じた。
羽京が起きていたらどう動く。
なにを一番に考える。どんな選択をして、なにを守るために行動する。
——そんなこと、考えるまでもない。
私は、羽京の願いを誰よりも尊重している。
それこそ、その願いを叶えるためならば自分の命を絶やしても構わないと本気で思うくらいには。なんて言えば、今度こそ叱られてしまうことだろう。
もちろん、死ぬつもりなんてない。命を絶やしてもなんてのはそれくらいの覚悟があるってだけの話なわけで、私自身が死んじゃったらそれこそ羽京の願いは叶わなくなっちゃうわけだもの。
だって、彼が願うのは“だれにも死んでほしくない”っていう、とっても解りやすいお願いなんだから。
それを、偽善者の綺麗言だと誰かが非難し後ろ指を立てようとも、私は羽京の傍にいると決めた。
この世界に復活させたくせに勝手に苦しんで傷ついて「一緒に生きてくれる?」と情けなく聞かれたあの日から、ずっと、ずっと、その在り方がこれ以上彼を苦しめぬようにと願いながらも、傍で支えることを決めたのだから。
ふぅ、と息を吐く。
状況は、良いとも悪いとも言い難い。相手は石神村のように平和で友好的でもなければ、司帝国の大半を占めていた戦争を知らぬ日本の若者たちでもない。
この島にいる敵は、生死を賭けた戦闘を知る戦士たちだ。だからこそ、今までとは難易度が桁違い。
それでも、やるしかない。
千空さんたちを守り、それでいて私も死なないように立ち回るだなんて荷が重いけれど、ちゃんと、やってみせるから。
「上手くできたら褒めてよね……羽京にぃ」
久しぶりに、昔のように彼の名前を呼んでみた。
出会った頃と同じように。彼への恋心を自覚するよりも前のように。
聞こえてたら、きっと、喜んだだろうなぁと思う。だって、“羽京”って初めて呼んだとき、すっごくショックを受けてたもんね。
あはっ、と、当時のことを思い出して笑う。
彼の名を呼び捨てで呼ぶようになったきっかけの恋心は、懇切丁寧に彼の言葉によって砕けてしまったわけだけど。まぁ、徐々になら呼び方を戻してもいいかもね。
なんて……それはちょっと、羽京に都合が良すぎるか。
***
——後宮が騒がしい。
そう判断した時には、私の体は動き出していた。
宰相であるイバラには、既に後宮内に侵入者がいることはバレているはずだ。そのために、龍水さんの石像を使ってコハクさんたちを炙り出そうとしていたのだから。
胸に込み上げる焦燥がただの思い過ごしであればいいと願いながら、誰にも見つからないように人の目を避け木の枝をしっかりと踏みしめて跳躍する動きを繰り返す。
そして、開けた場所で見えてしまった光景に、私は「ヒュッ」と、息を呑んだ。
「——銀狼さんッ!」
コハクさんの腕の中に納まっている彼の姿に、思わず木の陰から飛び出す。
大丈夫、周りに戦士の姿はない。頭の端っこで僅かに残っていた冷静な部分が、警告アラートを流しながらも判断してくれた。でも、今はそんなの、どうでもいい。
「ひなぎく…ちゃん……頭主、は……」
「銀狼、喋るな。そのことは既にアマリリスに伝えている」
息も途切れ途切れな様子で私に何かを伝えようとした銀狼さんは、遮るように低く呟いたコハクさんの言葉に安堵の顔を浮かべた。
私は、銀狼さんの血で染まったドレスに素早く視線を流す。傷は一点。腹部。明らかな致命傷。服の破れ方からして……まさか、指での貫通させられた?
そんな馬鹿な、と顔を顰める。銀狼さんは不真面目ではあったらしいが、石神村でお兄さんと一緒に門番を務めていた青年だ。中性的な顔立ちに華奢な体躯ではあろうとも、平均男性よりも鍛えているはずなのに。それを、いともたやすく貫通させるだなんてッ!
「雛菊」
顔を青褪めさせながらもどうにか彼を助けようと伸ばした腕が、真っ赤な血で染まった手に止められた。
顔を上げた先にいた彼女は、静かな海色の瞳に確かな焔を灯して私を見つめている。
「こはく、さん……」
「銀狼はもう、助からない」
そんなこと、見れば解る。
止血をしたって意味がない。臓器を幾つも貫かれているのだ。こんな敵陣の真っただ中で、助けられる術が、なにもない。
ああ、ああ、どうしよう。潤んだ瞳の奥で、大好きな幼馴染の姿を思い起こす。
頑張るねって言ったのに。頑張ろうって思ったのに。彼の理想を、彼の願いを、私が守ろうって思ったのにッ。
だれも死なないでいてほしいって、私だって、思っているのに…ッ!
「しっかりしろ」
ギュっと、掴まれたままの手に力が込められた。
目の前にいるのは、羽京じゃない。そうだ、違う。羽京はここにはいない。
死にそうになっているのにまだ意識を保っている銀狼さんと、そんな彼の血に染まりながらも未だ戦う意思と覚悟を宿した瞳をもったコハクさんは、真摯に私を見つめている。
はぁ、はぁ、と乱れていた息を止めた。1、2、そんな秒数だって惜しいはずなのに、彼女は私が元に戻るのを待ってくれている。
「…考えが、あるのね」
「ああ」
「それは、私が請け負った方がいいと思うのだけれど」
「私よりも君のほうが速いだろう。アマリリスを頼む」
冷静になれば、コハクさんの狙いはすぐに解った。
元より、司さんを救うために前提としてその方法は科学王国民全員の頭の中にあったのだ。
先ほど、コハクさんはアマリリスさんに銀狼さんが入手した情報を伝えたと言っていた。ならば、ここで優先すべきはアマリリスさんの安全確保である。
今、戦闘力で現科学王国民トップに君臨するコハクさんを失うのは明らかな痛手だ。しかし、彼女の言い分に納得し、私は彼女たちからスっと一歩足を退いた。
「信じているわ、また会えるって!」
「ハ!もちろんだ!そちらは任せたぞ、雛菊!」
コハクさんの言葉に力強く頷いて、私達は同時にその場から飛び去った。
コハクさんは後宮中の人間の注目を集めやすい場所、即ち頭主がいると思われるツリーハウスの屋根の上。私は、単独で行動しているはずのアマリリスさんの元へ最速で駆けつける。
「な、なんだ貴様はっ!!」
「どいてっ!!」
途中で出くわした戦士を避けて通る時間が勿体なくて、そのまま大きく飛躍し台として申し分ないほど鍛えられた太い肩に手を付いてバク宙の要領で回転、そして着地。他にもカセキさんが出港日にくれた小型のナイフを投げつけ、槍を構える戦士の視線を誘導し、注意が逸れたと同時に身を隠すように他の木の枝へと移る。
とにかく私の役割は、コハクさんが目的地点に辿り着くまでの時間を稼ぎながら、アマリリスさんの姿を探し出し安全を確保すること!
「聞け、皆の者!」
コハクさんの声が、響き渡った。なら、私の時間稼ぎは不要だ。
トンッ、と橋の上から落ちて人が多い場所を探す。
「君たちの頭首は——!」
「ダメよ~!曲者の妄言に惑わされちゃ!頭主様のお力が来るからね!」
コハクさんが張り上げた声と共に聞こえる、気味が悪い男の声。
宰相イバラ。おそらくはあの男が、銀狼さんをっ!!
「目ぇ開けちゃ駄目よ!諸共、石化しちゃうからね!」
そんなわけがあるもんか!
私のようにその光を目にしていなかろうとも、石化の脅威は3700年前のあの日、地球上のすべての人間を呑み込んだ。あれは、虚言だ。石化がただの道具で齎されるものだと島の住民に気づかれないようにするためのッ!
大木の上部から落下し中部の橋の上に着地した私を捕まえようとしていた戦士が、男の言葉に両手で目を覆った。目の前に侵入者がいても関係なく、あの男の命令は遂行されるらしい。
…いいや、違う。植え付けられた石化の恐怖ゆえに、島民はそうするしかないんだ。
コハクさんたちがいる場所へ、なにかが投擲されたのが見えた。私は、コハクさんのように視力がいいわけではない。けれど、あれが何かなのかは判断できる。
「あれがっ……!」
3700年前、私が見ることが出来なかった忌々しい緑色の光線が、滲むように夜空を汚してゆく。
その光景を睨みつけ涙が滲みそうになるのを耐えながら、走って、走って、ようやく見つけた貝殻の輝きに、私は手を伸ばした。
「きゃあっ!?」
周りが目を覆っていることをいいことに、私は強引に彼女の腹に手を滑らせて抱え込む。彼女は両目を覆う指の隙間から、自分を抱え上げた人物の顔を見て目を丸めた。
「雛菊さん…!」
「掴まって!」
アマリリスさん一人を抱えて移動するだけなら、なんてことはない。私はサーカスの曲芸師。上空で揺れるブランコの上から、飛んでくる人間を片手で受け止めたりするのは慣れっこだった。
けれども、ここは敵陣の真っただ中。戦士たちも今は宰相の言葉に従って動きを止めているけれど、光が収まれば侵入者である私達に手が伸びるだろう。島では見慣れない髪と瞳を持つ私と、侵入者だったコハクさんと銀狼さんと行動を共にしていた彼女。侵入者として疑わしいのは一目瞭然で、捕まえようとするのは当然のことだ。だからこそ、コハクさんたちが作ってくれたこの好機を逃す手はない。
私の意図をすぐさま理解したアマリリスさんが抱き着いてきたのと同時に、橋の上から落下した。びゅんびゅんと風を突き抜けて落ちる感覚に、首に回されたアマリリスさんの腕に力がこもる。手頃な枝に手をひっかけ、くるんと回って太い枝の上に着地。そして、すぐさま次の枝へと移動し後宮を飛び出した。
「雛菊さんッ!銀狼が……!コハクちゃんが!」
「ええ、解っているわ」
抱え上げたアマリリスさんが、訴えるように着物の合わせ部分を掴んで叫ぶ。その悲痛な声に唇を噛みながら、私は足を止めることなく千空さんたちがいる洞窟へと駆けた。
解っている。痛いくらいに、解ってる。
だからこそ、私は彼女を必ず千空さんたちの元へ連れていかなくちゃいけない。
後宮で得た情報のすべてを持っているのは、今はもうアマリリスさんだけ。外から監視しているだけだった私よりも遥かに貴重な情報を持つ彼女の口から、千空さんに情報を伝えるのがより確実であることは当然だ。
だから、絶対に、何があっても彼女だけは安全に送り届ける必要があった。
「っ!?」
ズザァ!と、全速力で駆けていた足に急ブレーキを掛け、軽い砂埃を巻き上げながら止まる。ハッ、と詰めていた息を吐き出せば、ゾワリとした感覚が全身を襲った。
「……雛菊さん?」
私の様子に、アマリリスさんが恐る恐るという風に名を呼んだ。彼女には、この悪寒がまだ伝わっていないらしい。
第六感?それとも、生存本能?石化から復活したからか、そういった感覚が研ぎ澄まされるようになったのだろうか。別に私、武術家でも軍人でもないのに、なんでこんなの解ったんだろう。
安心させてあげたいけれど、それは難しい。ギュッと、抱え上げていた彼女の体を一度抱き締め、ゆっくりと地面に下ろす。さっきまであった浮遊感に少し足をもたつかせた彼女は、戸惑いを隠せない表情のまま私を見上げた。
「え?なに?どうして、」
「んー、君たちコハクちゃんの仲間?」
——尾けられていた。
ガサリと草木をかき分けて現れた男の姿に、内心で舌を打つ。
そこにいたのは長い槍状の武器を持った男。確か、島の戦士長の地位にいる男だったはずだ。
隣に立つアマリリスさんが、恐怖に息を引き攣らせたのが解った。最悪だ。こいつ、宰相の命令を実行してなかったから、私たちが逃げ出したのをすぐ察知したんだ。
そういえば、アマリリスさんの過去の話を聞いたとき、彼の名も出ていたはずだ。キリサメとともに、アマリリスさんの友人たちを石化させた人間として。
「可愛いね。名前は?」
「………」
「まぁ、さっきアマリリスちゃんが呼んでたの聞いたけどさ。やっぱ本人の口から聞きたいじゃん?」
軽薄な態度と口調。私達を己の脅威と考えていないのだろう。無言で服の裾に忍ばせていたナイフを数本指に引っかけた私を見ても表情を変えないことが彼の実力を物語っている。
当たり前か。目の前にいる男は、この島の戦士長だ。単純に考えれば当然、この島で一番強い奴ってことだもの。
「……雛菊」
「そ、雛菊ちゃん」
名乗れば、彼の口元が愉しそうに歪められた。
アマリリスさんが私の着物の裾を掴み、引っ張る。横目に伺った彼女の目は恐怖に染まっていた。そりゃあ、島で生まれ育った彼女の方が私なんかよりもこの男の強さを理解しているだろう。しかし、戦ってはダメ、と訴える視線に私は首を振るうことしかできなかった。
「行って」
「い、いやよ!絶対に離れないわ!」
「優先すべきことはなに?」
震えた声で拒否する彼女に、早口にそう言った。
「解っているでしょう」
一番大事なことは、潜入したあなた達が持つ情報を正確に千空さんに伝えること。
死ぬつもりは微塵もない。コハクさんと銀狼さんが死なないために取った行動を、私なんかが汚すわけにはいかない。
羽京の願いを、私自身が守らないわけには、いかない。
「行って。私は、大丈夫」
死なないって、約束するから。
そう宣言して、彼女の背を力いっぱいに押す。きっと大丈夫だと信じて託した彼女の背中は、私のお願い通りに止まることなく森の中へと消えていった。
「あーあ、逃げられちゃった」
「時間を取ってくれてありがとう」
「……ん~、可愛い子を追い込むの好きなんだよね。猟みたいで楽しくない?」
「さぁ?そういう性癖は人それぞれだと思うわ」
月光に、己の手の中で扇子のように連なった小型ナイフが鈍く光る。サーカス団の同僚に教わっといてよかったなぁ、ナイフ投げ。実践で使うための技術じゃないけれど、同僚の熱心なレッスンのお蔭で命中率はそれなりだ。
試しにヒュンッと風切り音を鳴らしながら投げたナイフは、いとも簡単に槍で弾かれ近くの木の幹に突き刺さった。ふぅん?と目を細める彼に、連投。カン!カカンっ!と軽やかな音と一緒にナイフはあらぬ方向へ飛ぶ。
「俺に勝てるなんて、思ってないよね」
「そうね」
「仲間がどこにいるか、吐くつもりない?俺も、可愛い子を痛めつける趣味はないからさ」
「お断り。貴方、女の口説き方から学びなおしたら?」
「ん~、やっぱいいね。コハクちゃんみたいな意地悪な子とは違う。——気に入った」
ゆったりと、構えられた武器の矛先が私へと向けられる。
冷や汗が己の額を伝ってゆくのが解った。化学王国内での私は戦闘員ではあるものの、誰かと武器を片手に戦った経験なんてほとんどない。その僅かな経験だって、ほむらさんを捕まえた時と、石の戦争時に羽京と一緒に周りの警戒をした時だけ。いいや、戦った、ということすら烏滸がましい。あれは、武器という飾りを手に立っていただけだ。氷月さんの槍に肩を穿たれた時だって、私は碌な反撃が出来なかったのだから。
深く、息を吐き出す。
私は、戦士じゃない。ただの、サーカス団の曲芸師で、平和主義の幼馴染を持つだけの女の子のはずだった。
でも、それだけでは、もういられないのだろう。以前から幼馴染のためならばこの命を差し出す覚悟を持ってはいたけれど、でも今はそうじゃない。
死んではいけない。命を賭けてはいけない。私は生きて、羽京の元に帰らなければいけない。
「雛菊ちゃんって可愛いね。ぜひ、俺のものにしたいな」
「あら。貴方が勝てたら考えてあげてもいいわよ」
まぁ、私たち科学王国がそう簡単に負けるわけないんだけど、ね!
その言葉は敢えて口にはしないまま武器を構えて飛び跳ねた私に、宝島の戦士長——モズはニヤリと口角を上げてそれはもう愉快だと言いた気に嘲っていた。
***
負けた。悔しい。とかそんなことを思うよりも先に、目覚めた私を襲ったのは石化していたはずの大事な幼馴染の泣き顔だった。
「どうして無茶したんだ!!」
「ご、ごめんなさい」
「うわぁあああん!雛菊さん生きててよかったぁ!!」
「わぁ…アマリリスさんもそんな泣かないで?ね?」
「雛菊!」
「ごめんなさい~!」
ぎゅうっと正面から掻き込むように抱きしめられて、私は子供みたいな謝罪を繰り返す。
腰にはアマリリスさんが泣きながら引っ付いていて身動きが取れないし、どうしたらいいんだろう。助けを求めるように周りを見ても、彼らは私の反応に「あちゃー」みたいな顔で洞窟の天井をみたり、顔を覆ったりしていた。なんで。
「雛菊。僕が怒ってるの解るよね」
「そりゃあ解るけど……羽京にはこれまでもたくさん怒られてきたもん」
「そうだね。君は昔からお転婆だった。公園のブランコで一周以上回転して靴飛ばしちゃって近所のお爺さんの家の窓を壊したこともあったし、中学生の時に許可もとらずに校舎の外を一階から屋上まで登りきったこともあったし…」
「あら……」
「僕の家に来るときはいつもチャイムを鳴らさず、三階にある僕の部屋から入ってくるし……!」
「あらら……」
すっごい言うじゃん……。
幼少期のやんちゃなお話を暴露されても別に私は恥ずかしくはないんだけどさぁ、でもそういう身内的な話を今するのも違うんじゃないかなぁって思うんですが??
擦り傷だらけの頬をみょんみょんと伸ばされながら怒涛で話す羽京に、私はこんなに怒っている彼を見るのは久しぶりだなぁと目を瞬かせた。というか、いつ復活してたの。私にも教えてくれたっていいじゃないの。速攻で帰ってきたのに。
あ、いや、ごめんなさい嘘です。多分その時に帰ってきてたらアマリリスさんを千空さん達のところに戻せなかったから、教えてもらわないでよかった。まぁ、そこは感情ではなく結果論になるんだけどね。
どうやら、私はモズとの戦闘で気を失った後、彼に抱えられた状態で洞窟に連れてこられたらしい。しかも、海に潜って。気絶した人間を抱えたまま海に泳ぐとか殺す気だろうか。今こうして生きてるから半分顔を出した状態だったりしたのかもだけれど、礼を言う気にはちっともならない。彼に負わされた傷が海水でじくじく痛むのも拷問だと思う。
気を失った私を抱えて現れたモズに、洞窟内は騒然としたそうだ。
羽京なんてらしくなくモズに掴みかかろうとして龍水さんとクロムさんに止められたのだとか。ちょっと疲れた様子を見せる二人に、見た目はともかく石化前は現役の自衛隊だった羽京が鍛えているとはいえ一般人にカテゴライズ二人に易々と制圧されるわけもないので心中お察しした。大変だったね……。
「それで、そのモズは?」
「とりあえず協力関係になってお帰りいただいたわ。…そういやお前、あいつになんか言ったか」
「なんかって?」
「お相手がどうのこうの言ってたぞ」
「あぁ、忘れて大丈夫」
「そうかよ」
「いや、そうかよじゃないでしょ」
羽京に抱きしめられていた腕を解かれてすぐに、叱られる私の傍らで軽い触診をしてくれていた千空さんに聞けば、そんな言葉を返されて苦笑した。
あっちがどう思っていようが、生きた状態でここに帰って来れた私にとっちゃ試合には負けたけど勝負には勝てたって状態に近い。だから、彼が一方的に言った“お相手”は今のところ引き分けみたいなものだ。まぁ、私が負けたと認めるのはそれこそ科学王国が負けた時なんだからこの子たちが気にする必要はないのだ。という私の思考は、なんとなーくゲンさんに読まれている気がしたのでニコッと笑っておく。ゲンさんの視線が痛いとか、そんなそんな。
「それより、曲芸師。お前、右効きだったな」
「あ、うん。そうだけど?」
「100億%折れちまってんぞ、この腕」
「あら」
だよねぇ、すっごく痛いもん。
明らかに腫れている右腕を見て顔を僅かに顰めた千空さんに、羽京が顔を顰めグッと唇を噛み締めたのが解った。
あの槍?斧?みたいな武器で吹っ飛ばされた時かしら。いや、掴まって握り込まれた時かも。戦闘中はアドレナリン効果か全然痛みを感じなかったけれど、触診のために触られると痛みで声が引き攣ってしまう。
この石の世界でこんな怪我をしてしまったらどうなるんだろうという不安はある。そりゃあ、司さんや銀狼さんが負った怪我に比べれば致命傷でもなんでもないけれど、私にとって体って大事なものだから。
「綺麗にくっつくかしら」
「レントゲンがねぇと正確には見えねぇが、あの武器だ。粉砕骨折と見て間違いねぇ。添え木は速攻で用意できるが、骨を固定する手術まではここじゃしてやれねぇぞ」
「そう」
いつもの専門的な科学知識ではないからか千空さんの解りやすい説明を聞いて、まぁそうよねと頷く。つまり、綺麗な状態の完治を望むならば本来は人間が持つ自然治癒に任せるのではなく手術するのが普通ってことだ。
千空さんが言うには、本来骨折し正常な位置からズレた骨を元の状態に綺麗に戻すためには金属で作ったプレートなどを骨にはめ込み固定する手術が必要なのだそう。これをせずに自然治癒でもくっつくことにはくっつくが、慢性的な痛みや運動障害が残るリスクが高いのだとか。だから、アスリートとか私のような職業の人は手術をするのが当然らしい。
千空さんの話に納得は出来ても、感情は別だ。ざわざわと落ち着かない気持ちに、私は肩を下げて困ったように笑った。こういう時、何でもないって笑って見せれたら良かったんだけど……私も、まだ子供なのかな。全然、感情の制御が出来なかった。
「そっか」
くっ付いて、もしも障害が残っちゃったら、どうしよう。
そしたら私、もうあの舞台に立てないのかしら。
「フゥン、気にすることはない。俺たちはこれから、奴らが所有する石化武器を奪うんだ!手にしたらまず雛菊、貴様の腕を治せばいい!違うか!?」
「でも、死ぬわけでもないのにそんなこと、」
「そうだね、龍水。是非そうさせてもらうよ」
「ちょ、ちょっと!」
いつもより軽めにパチンと指を鳴らした龍水さんの言葉に首を横に振ろうとすれば、私の言葉を遮った羽京が素早く頷いた。私の体のことなのに、なんで羽京が決めてしまっているのか。そりゃあ、私だって怪我が治るなら嬉しいけれど、石化武器に関してはまだ謎が多いのに。奪ったらまずは千空さんに診てもらって……あ、いやでも私自身が実験体になるのは別にいいのかも、
「雛菊?」
「なにもかんがえてません」
ええ、考えておりません。実験体になるなんてこと、口が裂けても言いません。
ピシっと背を伸ばした私の姿に、羽京は「はぁ」とこれ見よがしに息を吐いた。メンタリストじゃないのに、私が考えてることがバレていらっしゃる。
「何年幼馴染してると思ってるの」
「解ってるわよ、嘘はすぐバレちゃうって」
「まぁ、それは僕にも言えるけどね」
それはそう。羽京が嘘吐いたらすぐわかる自信あるもの。その代わり、お互いに隠し事とかは得意だからあんましバレたことないんだけどね。ほら、私の恋心とか言うまで気づかれなかったくらいだし。
と、別に思い出さなくてもいいことまで思い出してしまってむすっと拗ねたように頬を膨らませた私に、「おい、固定しづれぇ」と隣からも叱咤が飛んでくる。あ、固定具もう出来たのね。流石は団長、千空さん様々だ。
「そもそもきみの体は、誰かと戦うためにあるわけじゃないだろ……」
「…なにか言った?羽京」
「うん、言った。でも今はいいや。お説教の続きは明日にするから、千空あとはよろしくね」
「え」
「ああ」
じゃ、と片手を振って羽京は洞窟から出て行った。どうやら彼は私の代わりに後宮の監視に行くらしい。
いくらモズが協力者となったとはいえ、後宮の動きを気に掛けなきゃいけないのは変わらない。腕を骨折してしまった私じゃいざって時に動けないだろうから、今後は羽京が私の代わりを務めることだろう。彼の耳があれば内部の状況も解るだろうから、安心して任せられる。
「雛菊ちゃんが幼馴染って、他の幼馴染コンビより割かし楽そうって思ってたけど……こっちも大概ねぇ」
「なにそれ?どういうこと?」
「…さぁな。それより——スイカ!こっちこい!」
幼馴染コンビ?千空さんと大樹さんのこと?とゲンさんの意味深な言葉に首を傾げていると、面倒そうな顔をした千空さんがカセキさんの隣に立つスイカちゃんを呼んだ。いつものように楽しげな声はなく、無言でこちらに近づいてくる少女の姿に違和感を覚えて首を傾げる。
「千空さん?スイカちゃんになにか……」
「スイカ、お前に任務だ。腕折れた雛菊の補助してやれ」
「え、」
私はギョッと目を見開いて千空さんを見た。
いやいや、スイカちゃんは科学チームに必要なお手伝い枠でしょう?
私なんかのためにそんな貴重な人材を付けなくてもよくない?腕くらいなんとでもなるだろうし……。
「なんともならねぇから付けんだよ。安心しろぉ、腕使えなくても出来る作業は山ほどあんだからなぁ。ケケケ!」
「わぁ、悪い顔してますなぁ…」
「雛菊さん、千空はこう言っているが決して無理をさせる奴じゃない!安心して治療を優先してくれ!」
「え~」
そんなこと言われてもなぁ。と肩を竦めて苦笑する。
まぁ、科学王国の団長は千空さんなわけだから彼の言うことには従いますけど、いつも彼らの科学に目を輝かせているお手伝いさんのご意見は聞かなくていいのかしら。
「スイカちゃんはそれでいい…の……」
そこでもう一度、私は目を見開いてしまった。
……ああ、私ってばなんで気が付かなかったんだろう。
被り物の下からボロボロと流れてゆくそれは、幼い彼女が流している涙だ。他の人は皆気付いていたはずなのに、自分のことばかりでちっとも気付いてあげられなかった。
「スイカちゃん……」
「ひっ、ヒナ…ギク…!」
しゃくりを上げながら私を見上げるその顔は、真っ赤に染まっている。
姉のように慕っているコハクさんの状況を聞いたばかりだったのに、その上私までこんな状況になってしまったのだ。無邪気で無垢な幼い子どもであるスイカちゃんにとって、それはどれだけ恐ろしいことだっただろうか。
この子が私に向ける感情が、少しばかり特殊であることにはとうに気付いていた。
同じ村出身であるコハクさんやルリさんを慕う感情とは、また違った“なにか”。
寒い夜に子守唄を聞かせるように、ただ傍にあるあたたかさを知ってしまった幼き子どもは、その熱を求めて何度も手を伸ばしてきた。無償の愛を知っているだろうに、守ってくれる誰かの手を知っているはずなのに、ただ寒い夜に子守唄を聞かせてやった私に誰かの面影を重ねる幼い少女にどうすればよいのかと困惑した日々だった。
なにが違ったのだろうか。私には見当もつかないけれど、彼女の中では姉のように慕う姉妹と私とで明確な違いを得てしまっている。
「ひなぎく、ぶ、ぶじで、よかったんだよぉ…!」
どうすればいいのか、すぐには解らなかった。
一緒の布団に入って子守唄をせがまれながら夜を過ごしたこともあった。
髪を梳いてキラキラの金髪をコハクさんと同じように結い上げてやったこともあった。
頭を撫でて、ご飯を一緒に食べて、抱きしめて、遊んで、自分が大好きなものを一緒に経験させて……ただ、それだけのこと。私でなくとも出来るような、それだけのこと。
それだけのことのはずなのに、どうしてこの子は私にそれを求めるのかが解らなかった。
わからないから、私はこの子を持て余してしまった。
「う、ふぅ…ひな、ひなぎ、うぇええええん」
私が無事だと解って、泣いている子供にピクリと指先を震わせる。
——羽京、帰ってきてよ。
私は、心中で叫ぶように彼を呼んだ。残念ながらあの人の聴覚でも心の中の声を聞くことは出来ないことくらい解っているけれど、それでも言わずにはいられなかった。
だって、私、もう知らないんだもの。
自分を守ってくれる“大人”なんて、解んないんだもの。
それでも、ボロボロと泣く少女の姿に痛める心があった。
こんな“親からの愛”を忘れてしまった私でも、求めて泣いてくれる可愛い子がいてくれた。
「…おいで、スイカ」
「ひ、ひなぎくぅうう!!わぁあああああ!!」
ああ、もう、仕方ないかな。
そう、観念するように表情を和らげて、私は彼女に向かって動く左腕を伸ばす。そしたら、小さなスイカが猪のように勢いよく突進してくるものだから私は目を丸くして、それから「あはっ!」と笑ってしまった。
ゲンさんが「スイカちゃ~ん!雛菊ちゃん重傷だからね?勢いよく抱き着いちゃだめよ!?」って注意する声も、「うぉおお!?雛菊さん大丈夫か!?」と突進に耐え切れず倒れそうになった体を咄嗟に受け止めてくれた大樹さんの声も、「おうおう、俺が手当てした傍から怪我増やしてんじゃねぇよ」と呆れる千空さんの声も、なんだかすべてが心地よい。
「今日からずっと、ずっと一緒にいるんだよッ!ずっと、雛菊のお傍にはスイカがいるんだよッ!」
「あら、それはとっても楽しい毎日になるわね」
泣きながらもようやく笑ってくれた少女に、そんな日々もいいかもしれないと思う。
今まで、羽京とサーカスしかなかったはずの私の世界が、急速に色を変えていったような気がした。スイカを皮切りに、それはどんどん勢いを増して、いつかはもっとたくさんの人で溢れるかもしれない予感を無意識に感じながら私は目を閉じる。
大好きなコハクさんが石になったことも受け止めきれないほどに悲しいはずなのに、私が傷ついても帰ってきたことをこうして悲しんで、だけれど全身で喜んでくれる彼女が——私は、愛おしいのだと自覚した。
*****
東雲雛菊と西園寺羽京に出会ったのは、寒い冬の日のことだ。
ベランダに座り込んで誰にも聞かれないように小さなしゃくり声を上げながら泣いている当時五歳の彼女を、その持ち前の聴力で羽京が発見したことが、二人のはじまり。
寒空の下、薄着に裸足で白い息を吐きだしながらガチガチと歯を震わせ、それでも声を押し殺して泣く少女にとって、突然現れた羽京は昔母が読んでくれた絵本の中の王子様のようだった。
色素の薄い透き通るような髪をボサボサに乱し息を切らしてベランダの傍に駆け寄って来た少年は、自分が着ていたジャンパーを雛菊に向かって放り投げると「すぐに大人を呼んでくるから!」と叫び、また駆けて行った。あまりにも突然現れて、同じように飛び出していったものだから少女だった雛菊はびっくりして固まってしまったものだ。
登場の仕方がカッコよかったから王子様だと思ったけど、もしかしたらシンデレラだったかも。置いて行かれたのは硝子の靴じゃなくって、少年らしい黄色いジャンパーだったけど。
雛菊は、虐待を受けていたらしい。
残念ながら当時の雛菊は大好きな母からそんな扱いを受けていた自覚がなかったので、羽京が連れてきてくれた大人に救出された後も、状況を説明された後も、大好きな母と引き離された後も、よくわからなくって首を傾げてばかりだった。
母は、母だ。大好きな母だ。
抱き締めてくれた回数よりも、いつの間にか殴られた回数の方が多くなってしまったけれど。あたたかなご飯を作ってくれることよりも、お外に出されることが多くなってしまったけれど。母は少し前まで、雛菊を愛してくれていたはずなのだ。
だけれど、周りの大人たちは母と雛菊を引き離した。要観察対象に、とか、そういうものは一切なく雛菊は孤独にされた。
どうして?なんで?と雛菊が訪ねても「これが貴女のためなのよ」と少女に憐れんだ目を向けられるばかりで、誰も教えてくれやしない。
そんな大人が怖くって、雛菊は一時対人恐怖症に近い症状が現れた。
自分を助けてくれた羽京にしか心を許さず、羽京の傍にいる時だけが世界で一番安心できると思い込む。
今にして思えば、幼い子どもの危険な依存行為だったわけだし、大人になって社交的な振る舞いを習得した今でもその傾向は残っているが、雛菊は気にしたこともなかった。それが自分であると開き直る姿に、羽京の方が気を揉んでいたものだ。
雛菊と母がいとも簡単に引き離された理由は、後から羽京が教えてくれた。
どうも雛菊が三歳の頃に事故で死んだ父がそれなりに有名な政治家の息子であったらしく、その妻であった女の醜聞をこれ以上広めぬために措置が取られたそうだ。
要は、地域に根付く政治家の根回しの速さで、雛菊たち親子はさっさと縁を切らされたわけである。
「すぐに教えられなくて、ごめん」
なんて彼は謝ってくれたけれど、当時は羽京もまだ子供。そんな事情なんて知らないのは当然で、彼もつい最近大人から仔細を聞き出せたようだった。
母は愛媛を出て、今は東京にいるらしい。そもそもの出身はそちらの方面なのだとか。会いたい?と聞かれて、雛菊は首を横に振った。五歳の頃に信じていた母の愛は、その頃にはすっかり思い出せなくなってしまっていて、逆に羽京の方が母と引き離される際の雛菊の様子を覚えているからこそ会わせてやりたいと思っているようだった。
泣きじゃくって腕を伸ばして、連れて行かれる母のことを何度も呼んだ気がする。けれど、優しかった母の姿は既に忘却の彼方へと消え、雛菊のすべてはすっかり恩人である羽京の物だ。本人に言えば全力でクーリングオフされるだろうから言ってないが。
「さみしくない?」
首を振った雛菊に重ねるように問いかけられたその言葉に、今度はうぅーん?と頭を傾ける。
雛菊は母と引き離された後、父の実家が雇ったらしい家政婦さんに手伝ってもらいながら一人暮らしをしていた。平日はほぼ毎日来てくれて家事を教えてくれる家政婦さんのことは嫌いじゃないし、そんな暮らしをしている雛菊を心配して家政婦がいない土日は家に招いてくれる西園寺家の存在もある。
だけど、それらが無償の愛ではないのだということを、雛菊は知ってしまっている。
「さみしい、とは思うけど」
だから、雛菊は正直に羽京に言った。
大人から無条件に愛されるということを、雛菊は忘れてしまった。いつかの過去には自分にもそれがあったはずなのに、雛菊のせいではない場所で奪われて、狂わされて、取り上げられたものを、今も確かに求めている。
だからこそ、雛菊は羽京のことが好きになってしまったのだろう。
同年代の中でも穏やかで大人っぽくて自分を助けてくれた王子様は、唯一なんの見返りも求めずにいつも雛菊に手を差し伸べてくれたから。
「羽京にぃが傍にいてくれるから、大丈夫!」
そうやって、あの日の幼い雛菊は、なんの憂いもなく本心を口に出来たのだ。
——だからこそ、回顧する。
科学王国のみんなで辿り着いた宝島で、スイカを抱き締め愛しさを自覚してしまった、あの日のことを。
石化が未だ解けていない中、自身の人生を振り返りながら雛菊はあの子はどうしているだろうかと何度も何度も心配した。
それは、我が子を想う親のように、何度も、何度も、何度だって。どうかまだ幼いあの子が泣かぬようにと、いつか出会えるその時には変わらぬ笑顔を見せてほしいと、暗闇の中で願い続けた。
スイカが初めてこの暗い世界を体験したのは、宝島でのことだ。
船の上で他の仲間の殆どが石にされた時には龍水の機転によって石化を免れ、千空たちと合流することが出来たけれども、島全体を巻き込んだ石化光線には為す術もなく一緒に行動していた雛菊が彼女の体を抱き締めながら共に石化したのだった。
「ヒナギクが一緒だったから、スイカちっとも怖くなかったんだよ!」
千空に復活液を同時に掛けられ共に石化から解除された時、雛菊は真っ先にスイカの心配をした。もちろん、共に石化光線から逃げていたはずの羽京のことも心配だったが、小さな少女があの暗闇を恐怖しないはずがないと思っての行動だった。
けれどもスイカは雛菊の心配を余所に、笑っていた。それどころか、石化の修復力の影響ですっかり治った雛菊の右腕をとって「ヒナギクの腕もちゃんと治ってるんだよ!これでまた、一緒にいろんなことが出来るんだよ!」と喜んでくれた。
千空に言われ怪我を負った雛菊の補助役になったスイカは、宣言通りにいつも雛菊の傍にいた。
起きてから寝るまでずぅっと一緒。しかも、利き腕を骨折した雛菊のためにご飯を食べさそうとしたり、髪を梳いて不格好でも結い上げようとしたり、科学クラフトのお手伝いのお手伝いをしようとしたり、至れり尽くせりというよりはもはや介護のような手厚さに雛菊は何度苦笑したことだろう。
「雛菊ちゃんのためにって、いてもたってもいられないんだろうねぇ」
健気ってやつ?と茶化すように言うゲンは、されどもスイカの行動を微笑ましそうに見やるだけ。ゲンだけではない。クロムも、カセキも、龍水も、杠も、大樹も…羽京も、自他ともに合理的な千空でさえ、雛菊の世話を懸命に焼くスイカのことを見守っていた。
折れてしまったのは確かに利き腕ではあったが、元来器用な人間である雛菊は匙があれば左手で食事ができるし、服だって一人で着られる。髪を結うのは流石に難しいけれど、流したままでも別段支障はない。
「だからそこまで面倒を見てくれなくてもいいのよ」と雛菊は宥めるような声音で言ったのだが、スイカは頑固にそれを拒否した。
ずっと一緒にいる。
そう言った通り、スイカはいつも雛菊の右側に座り、立ち、歩いてくれたのだ。
頭主の石像探索も、スイカと雛菊は共に行動した。羽京をリーダーにして、杠、大樹、ソユーズ、アマリリスと一緒に頭主の石像を探し出し、破壊されたそれを力を合わせて修復した。
その後の石化光線も共に受け、そして共に千空の手で復活した。石化するその間際まで腕の中に隠すように抱いた少女が、無邪気に微笑んで自分の怪我が治ったことを喜ぶ姿に、雛菊は肩を竦めるようにして、笑った気がする。
それは、初めて彼女を“ただ愛おしい”と自覚してしまったあの日と同じ感覚だった。
——無条件の愛。幼い自分が羽京からしか得られなかったもの。
3700年前の時も、長い石化から復活してからも、羽京にばかり依存していた怖がりの雛菊は、無垢に手を伸ばしてくる幼い女の子に両手を上げて完敗した。
そもそも、愛を自覚してしまった時には解っていたことだ。というか、負けはあの時に既に解っていたのに、改めて突きつけられただけ。
そうだな、強いて違いを言うならば——これから自分はどんどんこの科学王国を愛してしまうのだろうなぁという未来観測をちょっぴり恐ろしく思ったくらいだろうか。
だってここの国民は、誰もかれもが根っからの善人ばっかりだ。口では合理だ口先だけだ選別だ偽善だと言おうとも、結局はどんな人間も見捨てられなくって、たとえ見捨てたとしてもその罪を己の指先からは決して零させない優しい人ばかり。
そんな彼らを愛さないという自信が無くなってしまった。いや、元から人間としては好きだったし、仲間とは思っていたけれども、愛してはなるものかと思い込んでいたのだ。
この愛は、羽京だけで十分だと自らを律していたはずなのに、きっともう無理だと悟ってしまったから両手を上げて雛菊は降参している。
——スイカが抉じ開けた心の隙間から差し込んできた光に焦がれるように。
——雛菊はきっと彼らを愛してしまうのだ。
雛菊の愛は重い。
どれほどかというと、羽京が知っていたつもりになっていただけで、今回の宝島でその危うさにようやく恐怖を抱いたくらいに重い。懐の広い羽京も、まさか自分の願いのために幼馴染が覚悟ガン決めで島一番の戦士に挑むとは思っていなかったのである。
だから、あの時は驚いてしまったのよね。
はぁ、と呆れた心地で吐く息もないけれど。
思考の中で雛菊は宝島から帰った後のことを思い出した。
なにを言われたのか理解できず、思考が停止する。
目の前に立っている彼は、前髪で影を作ってしまっているせいで表情までは伺えないが、辛うじて見える唇は横一文字に引き結ばれ、無理矢理に“無”を保とうとしているのが解った。
その薄い唇がつい先ほど吐き出した言葉を、混乱で継ぎ接ぎにしてしまいながらも頭の中で必死になって反芻する。ひとつ、ひとつ、丁寧に。取りこぼしがないように。彼が伝えたい言葉が、本当にその意味であっているのか確認するように繰り返して……私はようやく理解した。
「……はぁ?」
羽京は、私を——
アメリカに連れて行く気が本気でないのだと。
宝島にて手に入れた石化装置で早速司さんを復活させた我々科学王国の次なる目標は、宇宙に向かうロケットをクラフトすることとなった。
これまた大それたことを言い出すものだと驚いたが、3700年前に人類を石化させた元凶であるホワイマンが月にいる可能性が高まった今、科学者らしく原因解明するために宇宙に行く必要があるというのが千空さんの見解だ。理由は明確だし、千空さんが言うならばロケットだって気が遠くなるような手順を踏みさえすればちゃんと作成できるのだろうことは解っているのだから、反対意見が出るはずもない。
そう、気が遠くなる手順があるだけだから!大事なことだから二回言いますし反対意見は出ないけど苦情はやっぱり出ます!そうだね、すっごく大変だもんね!!
というわけで、ロケットを作るために必要な資源調達のため科学王国は世界を巡る一大プロジェクトを発起した。日本だけじゃあ流石にロケット作りに必要な資源が足りないそうだ。
そんな一大プロジェクトの最初の行き先は、アメリカのイエローデント。
通称、コーンシティは文字通りトウモロコシがいっぱい穫れるとして私達復活組が文明を築いていた時代でも有名だった場所だ。
ロケット作りにはまず人手が必要不可欠。当然、150人程度の科学王国が全員で頑張っても何十年掛かるか解らない大型クラフトなわけだから、世界を巡りながら人類も復活させるっていうのは合理的な計画だ。その初めにアメリカを選んだのも、復活液の作成に必要なアルコールをトウモロコシで量産するため。たしか、バーボンウィスキーが有名なんじゃないかな?あとは人類を復活させた後の食料問題にも繋がるのかも。
なんとも千空さんらしい、余分なところが一つも見当たらないほどに合理的な計画である。と納得した面々は、冬になる前にアメリカに辿り着きたい千空さんに背中を突かれて大急ぎで出港準備に取り掛かった。
ペルセウス号に乗るメンバーは大きく変更する予定はないそうだ。
各々出港準備に忙しい国民に向かって、龍水さんが声を張り上げているのを聞いた私は、じゃあこの間千空さんに教えてもらった美容グッズの補充が必要かな、と思い至った。宝島で千空さんがクラフトした分はアマリリスさんと女性メンバーで別けっこしたのだが、アメリカ到着までの日数とそこに滞在する期間を思えば到底足りない量だ。
シャンプー、リンス、化粧水に保湿クリーム、必要最低限とはいえ髪と肌の手入れは欠かせないし、メイクセットだってもちろん欲しい。欲を言えば色も種類も増やしたい。ゆくゆくは舞台映えする派手なのも欲しい。
そうと決まれば材料調達である。杠さんやニッキーさんは得意分野で忙しそうだし、お洒落に興味がおありそうな未来ちゃんと大人の女性筆頭の南さん、それからナチュラル美人だからこそお化粧してみたいルリさんに声を掛けて一緒にクラフトしてもらおう!と、軽やかに踏み出そうとした足を止め、私は背後を振り返った。
「羽京、どうかしたの?」
うぇえええい!なんで解ったんだよ!?なんて騒がしい声も気にせず、私は当然のような顔をして羽京に声を掛ける。
後ろに立っている、と解ったのに理由はない。私は別に彼みたいに聴力がいいわけじゃないもの。ただ、なぁんとなく、羽京がいそうだなって思って振り返ったら本当にいただけだ。なんなら私も内心ちょっぴり吃驚してる。
けれど、その幼馴染の様子がおかしいと解ったのはすぐだった。
彼は本気で心の底からただ優しい平和主義者なので、その分気苦労も多く司帝国に属していた時代から要らぬ厄介ごとを抱えて人間関係に頭を抱えたり、その人並外れた聴覚を制御しきれずに気分を崩していたことも多い人だ。今の彼からは、その時特有の不安定さが若干滲み出ているような気がする。
さて、彼が懸念するようなことはあっただろうか。
私は無言のまま俯いている羽京に首を傾げながら視線を斜め上に向けた。
多くの人類を復興させる。これには危険が憑き物なのは当然のことだと先ほども議題にあがっていた。
文明が廃れた今、石となった人物を一人一人精査して過去を洗いざらい出来る機械はない。そこに転がる石像が、もしかしたら過去に凶悪な事件を犯した罪人だったっていう可能性は当然あるし、もしかしたらどこの誰のように…とは言わないけれどとっても危険な思想に憑りつかれている可能性だって捨てきれないわけだ。
そんな博打のような手段をこれから取っていく危険は霊長類最強の司さんが放った「大丈夫」の一言で、その場の全員が「あ、なんとなりそう」と納得したはずだった。だってね、司さんって日本だけでなく世界でも有名なんですって。南さんが言うなら違いないよねって私も思っちゃったもの。
「雛菊」
他になにか問題あったかしら?と更に頭を悩ませる私に、ようやく羽京が口を開いた。
しかし、いつもは柔らかいその声は、なぜか彼が射る矢のような険がある。彼がそのような声で私の名を呼ぶこと自体初めてのことだったので、私は僅かに目を瞠って彼の顔を見つめた。
本当は、宝島からの帰路から……いいや、それ以前から彼の様子がおかしいことには気付いていた。
それが私に対することなのはなんとなく解っていたけれども、相手の意思を尊重し、無理には聞き出さないのがいつも私達のやり方だったから徐に突くことも出来ないでいたのだ。
隠し事は許しても、嘘を吐くことは許さない。
それが、私達の暗黙のルールであったから。
彼は私の名を呼ぶだけ呼んで、再び黙してしまった。
まだ、その時ではないのだろうか。まだ、私には話せないのだろうか。
彼との間にこんな風にもどかしさを感じることすら初めてのような気がして、私は少し戸惑った。けれども、ここは人が多い。いつも仲がいいと思っていただいている私達の並みならぬ様子に周囲の人が作業をしながらも心配そうにこちらを見ているのが解って、私は敢えてニコッと笑って見せた。
一緒に世界を巡ったサーカス団の仲間だった道化師の親子を見習って、けれども彼らのように大げさにはなり過ぎないよう注意して、私は口を開く。
「なぁに、そんな顔して。アメリカに行くのが不安なの?」
おどけた様子で声を掛けてみても、羽京の様子は変わらなかった。
いつもなら気が抜けたように破顔するはずなのに、私の言葉を黙って聞いている彼の姿に浮かべた笑みの下で鈍い焦燥がこの身を駆け上ってゆくような感覚がする。
「大丈夫だって!私、石化前はアメリカに行ったこともあるし、知り合いも出来た程度には英語も話せる……て、私より羽京の方がペラペラだったか」
「……そのことなんだけど」
徐に、羽京が口を開く。
相変わらず俯いて表情は読めぬまま、固い声音が矢尻のような鋭さを以って言葉を貫いた。
「雛菊は、アメリカには連れて行かない」
………………。
「はぁ?」
ぶわり、と。己の体に炎が纏わりついた感覚がした。
実際に、そんなことが起こったわけではない。それどころか、私と羽京の周りは一気に北極圏まで一気に冷え込んだような静けさに包まれてさえいる。
零れた声は、自分でも聞いたことがないほどに低いものだった。まるでコントラバスを弾いたかの如く、腹の底を震わせて出てきた声に周囲の人間が震えあがったのが視界の端に映る。
なにを言われたのか、理解するのに数秒を有した。彼の伝えたいことをちゃんと理解するために、脳が拒絶しようとして支離滅裂に分解した言葉を継ぎ接ぎ繋いで、そうしてまで理解したのはクソみたいな言葉だ。
はぁ、と吐いた息すら腹の底を震わせる。燃え盛る劫火みたいな怒りで体を震わせながらも、脳の一部は冷静に言葉を紡ごうとしているのが滑稽だ。
「それ、羽京の一存で決められる話じゃないでしょ」
「今から千空に話してくるよ」
「私は連れて行かないって?どういう理由で言い包めるつもり?」
「言い包めたりなんかしない。ただ、雛菊は連れて行かないって話をするだけだ」
「意味が解らないわ」
まるで話にならない、と私は首を横に振った。理性的に話をしようと必死になっている此方が馬鹿馬鹿しい。
普段は誰に対しても穏やかで、仲睦まじい幼馴染コンビの私達が険悪な雰囲気を纏って睨み合っている状況に、周囲がバタバタと騒がしくなっていくのが解る。司帝国でも、科学王国でも、不和を起こさせないように常にその聴覚で周囲の音を聞いていた彼はこの状況をどう思っているのだろうか。
「私を連れて行かない理由を頑なに言わないつもり?」
「……ああ」
「いつもみたいに、隠すってこと?」
「そうだ」
わざと言葉を少なくして頷く彼に、目を細める。
羽京は私に絶対に嘘は吐かない。吐いた方が円滑に話が進むこともあるって解っているはずなのに、私達はこんな状況であろうとも暗黙のルールを守っている。
けれども、流石にこんなのは納得できるはずがなかった。だって、今までとはわけが違うのだから。
人類復興とロケット製作。千空さんが掲げた計画がどれだけ壮大なものか解っているはずの羽京がわざわざ私を日本に置いて行こうとするのは何故なのか。
「私たち、これまで相手が隠し事をしてるって解っても、無理に暴くことはなかったよね。だけどそれは、絶対にいつか羽京が話してくれるっていう信頼があったから」
「そうだね。僕も、雛菊に隠し事をされても暴こうなんて思ったことないよ。絶対に君は、いつか僕に話してくれるって解ってたから」
「今もそうよ。羽京が、いつか絶対に私をアメリカに連れて行きたくない理由を話してくれる時が来るのは、解ってる。でも、それは……いつかじゃなくって、今じゃなきゃ、意味ないんじゃないの?」
いつか、なんて悠長に言っていられた時代は過去のことだ。今はもう、信頼し合っていても意味がない。
何度だって言うけれど、状況が違う。平和な世界ではないこの石の世界で、石化という現象によって時間という感覚に狂わされそうになる中で、その“いつか”を待っていられる余裕がどこにあるっていうの。
羽京が突然そんなことを言い出した理由はなに?
宝島に向かう前、龍水さんに乗員として私の名前が呼ばれた時は一緒に行くことは当然だと解っていた様子で笑っていたはずだ。
じゃあ、どこで心境の変化が起きたの?
私が宝島で怪我を負った時?でも、危険が付き纏う旅になることは解っていたはずだし、宝島を出る前に千空さんと龍水さんは口が酸っぱくなるほど船旅も、開拓も、原住民との交流も、危険なミッションだって忠告してくれていたはずだ。
それを、今更悔いるなんて元自衛官だった羽京がするはずない。
「私が、足手纏いになると思ったの?」
「……それも、一因ではあるかもね」
含みを持った言い方だ。
かも、という曖昧な言い方では嘘を吐いているとは断定できない。
けれど確かに、実際に怪我を負ってしまった私の存在はお荷物だっただろう。
スイカの手を借りなければ、日常生活すら碌に出来なかったわけだもの。旧文明時代とは違って、この世界じゃ科学を一から作り出すにはどんなものでも人手が必要なのに、貴重なスイカの手を私に割かせてしまったのは彼らにとって痛手だったはずだ。
今は石化から復活したことで骨折もすっかり元通りにくっついたけれど、私が彼らの役に立つことはなかった。
彼が理由を隠したいのなら、こちらは勝手に想像するしかない。
彼が言ってくれないのなら、こちらで勝手に話すしかない。
私が連れて行くことで生じるデメリットを、勝手にあげて、理解するしかない。
戦闘能力は中途半端。あるのはサーカスの曲芸師として培ったバランス感覚と柔軟性、そしてスピード。一芸に長けてはいるが、チートというほどでもない。言い方は悪いけれど、純粋な戦闘力でならコハクさんのほうが使い勝手は良いはずだ。
千空さんは「隠密行動に関しちゃ、雌ライオンよりもテメェを使う方が合理的だ」だなんて私のスキルを買ってくれてはいるが、羽京の耳があればそもそも隠密も必要がない。
皆みたいに、力もない。
ゲンさんみたいな話術もない。龍水さんみたいな航海術もない。フランソワさんみたいに美味しい料理も作れない。千空さんに付いていける科学知識もない。
——一緒に生きてなんて、言ったくせに…!
それは、いつかの約束。
私がこの世界に復活してすぐに、酷い顔をした彼と交わしたはずの約束。
その約束を反故にされたような心地に声を大にして喚きたい葛藤を押し殺せば、ぐぅ、と喉が不気味な音を上げた気がした。泣くのを我慢する前みたいなひっどい音に、着物の裾をギュッと掴む。
歪んだ目元と一緒に、描いたばかりのペイントも形を滲ませてしまったような気がした。初めて石化から復活した時に出来た石化痕、雫や花びらのようにも見えるそれはまるでサーカスのペイントメイクのように目立つ形。宝島で再度石化した時に修復されてしまった痕を、みんなで“戦化粧”として再現したペイントさえも今は滑稽でしかない。
「わたし、はっ…」
どこでだって、私の曲芸は活かせる。その言葉に、嘘はない。
サーカスは出来る。私は、人を笑顔に出来る。
だって、ゲンさんとスイカと一緒に、サーカスで笑顔を届けられたんだもの。
私は、ちゃんと、出来てるはずで……
でも、この世界にはサーカスなんて、どこにもない。
私と一緒に煌びやかなステージに立ってくれたあの日の仲間たちはみんな、石化したままだ。
尊敬してやまなかった団長なんて、司さんの手で破壊された石像の中にいた。ブランコの上で私を受け止めてくれた先輩も、ナイフ投げを教えてくれた先輩も、いつも笑顔にしてくれた道化の親子も、動物たちが大好きな姐さんも、みんな、みんな、まだ石のままで……。
ああ、そうか。と、私の頭の中で聞き取りやすくクリアな声が響く。
サーカスの花形なんて。曲芸師なんて。
ここでは、だれも。
「必要、ないの?」
「はーい、そこまで」
ぱちんっ!と手を叩く音と一緒に、真っ暗だったはずの視界いっぱいに真っ白な花がぶわりと舞った。
その様子に驚いて、私は「ハッ」と震えていた息を吐き出す。熱くなった目はなぜか滲んでいて、ふわりふわりと地面に落ちていく花弁の形すらぼやけていた。
「ゲン」
「羽京ちゃん、これ以上はダメよ。ほら、雛菊ちゃん泣いちゃってるじゃないの」
言われて、唖然とした顔のまま頬に触れれば、確かにそこは濡れていて。
ぱちり、と瞬きをすれば新たな雫が、また肌を濡らす。
そんな私の様子を痛々しそうに見やったゲンさんは、ぐいっと身を捩じるようにして私達の間に割り入ってきた。
「独断専行、なぁんてらしくないんじゃないのぉ?羽京ちゃん」
「わかってる。この後、千空に話す予定だったよ」
「いたずらに場を乱すのはダメでしょ。速攻で出港するって時にこんな騒ぎ起こされたら困るのよ、ジーマーで」
「僕にはメンタリストらしいやり口じゃないんだ?」
「羽京ちゃんタイプには正論のほうが刺さるでしょ」
「あはは…………そう、だね」
まるで私を背中に隠すみたいにして会話をするゲンさんは、笑っているのに怒っているって感じでチクチクと羽京を言葉で刺している。
その言葉は正論、なのだろうか。羽京は帽子を更に深く被って反論しなかったけれど、私にはよくわからなかった。
そりゃあ、船出を急いでいるのはそうなんだけど、羽京が私を連れて行きたくないのも本当なんだし……、それは今しか出来ない話なわけで。
「頭、冷やしてくるよ」
「はいは~い。龍水ちゃんは船、千空ちゃんは研究室ね」
「それ、更に正論で冷やされて来いって意味だよね」
「さぁ?どうでしょ~?」
フォローはしてあげるんだから、文句言わないでねぇ。
そんな言葉を背後に浮かばせているのに「ばいば~い」といつもの顔で羽京を見送るゲンさんのアンバランスさに首を傾げていると、隣から「ハ!」と聞き馴染みのある声が存在を主張した。
「羽京め、じめじめと悩んでいるかと思えばこんなことだったのか!なんと情けない奴だ!雛菊の方がよっぽど強いではないか!」
「え?」
「ヒナギク、もう大丈夫なんだよ?目がまだウルウルしてるんだよ……」
「あれ?」
あなた達、いつの間にここに??と、更に私は首を捻った。
左隣にいるコハクさんはキッと目を吊り上げて去ってゆく羽京の背中を睨んでいるし、スイカは右隣から心配そうに私を見上げている。スイカに大丈夫と言いたいけれど、まだ羽京に必要とされなかったことがショックで立ち直れていないので、曖昧な表情で私はちょっとだけ俯いた。
だって、だって、今さっき、
自分は、大好きな人に存在意義を否定されてしまったのだ。
彼から直接言われたわけじゃないけれど、隠されただけだけど、でも、もう、そうとしか思えないわけでして。
一人で勝手に想像して完結してるだけでしょ、って他人からすれば思われることだろうけれど、ゲンさんと話しているときにだって否定できたはずの羽京は頭を冷やすとだけ言ってどこかに行ってしまったんだもん。だったら、そんなの、否定してもらえなかったことが全てってわけで……。
つまり、私はあの瞬間、生きる意味を一つ失ったのである。
「むり……かも」
「わぁあああ!ヒナギク死んじゃダメなんだよ!!」
ずぅん、と重たい空気を背負ってとうとう顔を隠してしまった私に、今度はスイカが泣き出しそうだ。腰にビシッと張り付いてアワアワとしている様子が更に涙を誘ってくる。
もういっそのこと二人で泣きたい。一緒に泣いてほしい。私一人ではこの絶望を耐え切れそうにない。
「あらら……雛菊ちゃんってば本当に羽京ちゃんのことが好きねぇ」
「その通りだな。私も、君たちが一緒にいるのを初めて見かけたときは恋人同士なのだと疑わなかったぞ」
「私たちはそんなんじゃないもん。……まあ、私の初恋は、羽京だったけど」
抱き着いてきたスイカを逆に抱き締め返しながら私は答えた。吃驚した顔をするコハクさんの横で、ゲンさんは「だよねぇ」と納得の顔。まぁ、そりゃあバレるか。別に隠しているわけでもないし、終わった恋だから今はなんとも思わないんだけど。
そう、あの恋は既に砕かれて埋葬された。
この先、私が彼に恋心を抱くことはないと確信できるほど、それは丁寧に、けれど残酷に、優しい彼の言葉で消されてくれた。
司帝国でも、科学王国でも、宝島でも、私たちの様子を見た誰もが関係を疑って、そのたびに私も羽京も首を振るって否定する。
——そうじゃないわ、ただの幼馴染。千空と大樹みたいな関係よ。
——仲がいい?そりゃあ、小さい時から一緒だからね。今じゃ一番に信頼できる相手だよ。
昔はその言葉を隣で聞く度に彼の特別であることと恋愛に結びつかない関係に一喜一憂した記憶があるけれど、最近は一々律儀に訂正するのも面倒だって思うぐらいには羽京のことをそういう対象に見ていない。
「本当に、ちっとも、そんな気持ちは残っていないのか?」
「ちーっとも、残ってないわ。恋とかそういうの絡めなくたって、私は羽京のためならなんだってできるし」
「わぁ、男前。さすがね、雛菊ちゃん」
「そう?」
恋情があろうがなかろうが、私が羽京のためにすべてを投げ捨てられるのは変わらない。
それと同じく、恋の一つ成就しようが砕けようが、私達の関係が変わるはずもないのだ。
そう、私は思っていた。
ずっと。ずっと。ただ、それだけが変わらない事実だと信じていたのに。
「でも、羽京は違ったみたい。もう、私なんて要らないんだって」
こんな世界に起こしておいて、苦悩に塗れたひどい顔で項垂れながら「一緒に生きて」って言ってくれたくせに、他にも信頼できる仲間が出来たら“ポイッ”なんて酷いと思う。
献身だとは思っていない。見返りがほしいわけでもない。
それでも、私のこの願いは独り善がりなんかじゃないと思っていた。
共に必要だからこそ、恋だなんてものが介入せずとも、成り立つ関係なのだと思い込んでいたはずなのに。
「羽京ちゃんはさ、怖くなっちゃったんじゃないかな」
そんな風に落ち込んでいた私に、ゲンさんはぽつりと呟くような声音で言う。
決して、言い聞かせるわけではない。“これは、自分が思って口にしているだけ”。“だから、話半分で聞いて頂戴ね”。そんなスタンスで彼が静かに唇を開くときは、いつも誰かに対する思いやりに溢れていることを私達は知っている。
「雛菊ちゃんたちって、二人とも凄く大人なのよね。お互いをよく見て、自分のことを調整して、お互いの歯車がピッタリ嵌るように自然と出来ちゃうの。だからこそ、千空ちゃんと大樹ちゃんが信頼し合ってるのとはまた別のベクトルで、それが揺らいだことなんてなかったと思うのよ」
相手を心配させたことなんて何度もあった。宝島で羽京に言われたこと以外にも石化する前から彼に心配をかけたことは多かったし、その逆に優しすぎる彼を心配したことも同じくらいにはある。
それでも、私達の関係は一度も変わったことがない。
そんなことで変わるような関係でもない。——そのはず、だった。
「でも、今回みたいに雛菊ちゃんが怪我をしたことで羽京ちゃんには心境の変化があった」
「怪我なんて今までもしたことあるわ。それが、何で今更——」
「誰かと戦って怪我をする。そんなこと、今までの人生で一度だってなかったはずでしょ?」
ま、俺ら復活組は司ちゃんとか氷月ちゃんみたいな生業じゃなきゃ経験することもないはずなんだけどねぇ。
と、肩を竦めるゲンさんに眉を顰める。司さんたちだって、石化する前なら命のやり取りなんてしたことはなかったはずだ。こんな世界でもなきゃ、だれだってそう。命を賭けて戦う経験があるはずがない。
私だって、あの時はモズ相手に生きて帰ることを第一条件にしながらも、死ぬかもしれないという恐怖はちゃんと抱いていたんだもの。
それは、人間として当然のことではないの。
「そこだよ」
そんな私の思考を覗いたようなタイミングで、ピンと立てられた人差し指が向けられた。
「雛菊ちゃんはさ、モズちゃんと戦った時にきっとこう考えたんでしょ。“アマリリスちゃんを千空ちゃんのところへ返さなきゃ”って。でもこっちは優先する手段ってだけで、考えとして優先したのは “羽京ちゃんの理想を守ること”。自分の生存なんて、一番最後にしてさ」
「そんなことないわ。私は自分の命を捨て身にして戦うつもりなんかなかった。だってそうしなきゃ、」
「羽京ちゃんの理想が壊れちゃう、でしょう」
ほら、と。ゲンさんが突き刺していた指をくるりと回転する。
なんの脅威もありません。そんな顔で見せられた掌は、本当にタネも仕掛けもないのだろうか。
「結局、雛菊ちゃんの行動は羽京ちゃんありきなのよ。羽京ちゃんの理想が全くの別物だったらそっちを優先して、それがもしも自分の命を賭けないと成し遂げられないようなものなら喜んで自分の首にナイフを突きつけられちゃうくらい、雛菊ちゃんの羽京ちゃん至上主義は徹底してんの」
「……だから?」
「うっそ、まだ解んないの?」
目を背けるのは、もうやめた方がいいんじゃない?
そう嘯くように、蝙蝠が笑う。
私と同じようにゲンさんの話を聞いているコハクさんの目は、鋭かった。
そして、私が左腕に抱きかかえたスイカの目は、真剣だった。
二人には、ゲンさんの話が理解できているようだった。私のように復活したわけではなく、この世界で産まれ生きてきた彼女らは私達よりもこの世界で生きる危険を熟知している。命の危険なんて、きっと私よりも経験してきたはずだ。
「雛菊ちゃんはさ、空っぽじゃないでしょ。好きなモノがある。嫌いなモノもある。譲れないものだって、ちゃんとある。だけど、そのすべてを一旦忘れてもいいくらい、羽京ちゃんが大事なんだよね」
「……そうよ」
「羽京ちゃんにとっても、そうなんだよ。羽京ちゃんは、雛菊ちゃんのことが大事なの」
俺とスイカちゃんでサーカスしたでしょ。あの後、フランソワちゃんと一緒に石神村に行った俺に、羽京ちゃんなんて言ったか解る?
雛菊ちゃんは、ちゃんと楽しそうだったか——ってさ。
どんな風に笑って、どんな風に飛んで、どんな風に世界を感じられたかって聞いてきたのよ。そんなの、特に最後なんて俺に解るはずないじゃない?
でも、すっごい真剣に聞いてきたのよ。
羽京ちゃんは、知ってるよ。雛菊ちゃん。
ちゃんと、ずっと、知ってるんだよ。
サーカスが、雛菊ちゃんにとってどれだけ大切で、それを通すことでようやく君が世界を愛せたこと、ちゃんとね。
「だから、怪我してほしくないの。誰かと戦うことよりも、サーカスっていう舞台で輝く雛菊ちゃんのことが大好きだから」
生きるか死ぬかではなくて、ただ傷ついてほしくない。
たったそれだけのことなのだと、ゲンさんは私の手を柔く握って、そう言った。
優しい彼の言葉は、まるで彼がマジックに使った白い花のように美しいと思った。
それと同時に、語られる言葉の奥にいる大事な彼の姿が浮かんで、また視界が滲んでゆく。まるで本当に、彼がそう思ってくれているのではないか。なんて、そう思い込まされるよう……ううん、本当に、そう思ってくれてるんだって、解らされてしまった。
「メンタリストって」
「うん?」
「こわぁ……」
「いやいや、今回のことは俺もちょーっと思うことあったからね、二人に。だから、いつもより本気出しちゃっただけよ」
羽京のために傷つくことも厭わない、ひたむきなまでの親愛を抱える雛菊のことも。
雛菊の危うさがこの世界では致命的であることに気付いて、彼女自身の“大切”が壊れるのではと恐怖を抱いてしまった羽京のことも。
お互いを想い合うがゆえに上手く踏み出せず、お互いを尊重しようと思う故に噛み合わなくなってしまった二人が見ていられなかったのだ。
「二人は、お互いをめっぽう大事に想っているのだな。私が、ルリ姉を想うように」
まるで美しいものを見たかのような眼差しで、コハクさんは口を開いた。
きらきらとしたその名と同じ宝石みたいに美しい高潔な心を持った彼女は「だからこそ」と私と目を合わせる。
「雛菊、君はちゃんと自覚しなくては。羽京は自分の理想のために、君が傷つくのを許すような男か?」
「…ちがうわ」
「羽京は、君が傷ついてもなんとも思わない男か?」
「ちがう」
「彼は、君が傷つけばどうする?」
「ないて、くれる。怒ってくれる。ちゃんと、わたしのこと、大事にしてくれる」
「そうだな。羽京はそういう男だ」
なんだ、知ってるじゃないか。
コハクさんはそう言って、太陽のような笑みをみせた。
滲んだ視界を揺らしながら、けれど零しはしないようにグッと耐えて、私は一つ一つ嚙み砕くように落とされた彼女の言葉に頷く。
そう、そうだよ。羽京はね、羽京にぃはね、ずっとそういう人なの。
小さい頃からずっと、私のことを大事にしてくれた唯一の人なの。
「羽京と仲直りできそうなんだよ?」
今度は心配そうな声音で、スイカが私の顔を見上げてくれた。
小さな手がペタリと頬に引っ付いて、流れていない涙を探すようにスルリと撫でられる。
大丈夫。仲直りするよ。絶対に、する。だって、羽京は私の大事な人なんだもの。
スイカのことも大好きだけれどね、それよりもずっと昔から一番大好きな人だったの。
「うん、仲直りしてくる」
「スイカ、応援してるんだよ!羽京はヒナギクのことが大好きだから、絶対大丈夫なんだよー!」
「うん……うん、そうよね」
だれが見たって、そうなのだ。
恋人だと間違えられるくらい、お互いのことが大事で大好きで、理解してもらえたって理解してもらえなくたって、私達の関係はそれでよかった。
それでよかったはずだけれど、でももう一度、お互いを知るところから始めなきゃいけないと思った。
嘘を吐かれてもすぐに見破れるような、隠しごとをされても相手を想って気付かない振りをするような、相手をよく解った気になって驕るような真似は、もうやめよう。
ちゃんと言葉で伝えて、ちゃんと自分のことを知ってもらえなきゃ意味がないんだ。
この、石の世界で——私たちは新しい関係にならなきゃいけない。
本当の意味で心の底から信頼して支え合える、そんな関係にならなくちゃ。
だってね、
「今度は私の方から、一緒に生きたいって言いたいの」
新しい関係として、信頼して、支えあれるように。
あの日、私に言ってくれた羽京みたいに、今度は私の方から言ってあげたいって思ったの。
……でもこれ、プロポーズじゃなくって言葉通りの意味だから、そんな目で見ないでほしいなぁ。特にコハクちゃん。
***
ゲンさんとコハクさん、それからスイカの三人と別れて羽京を探せば、その姿はすぐに見つかった。ペルセウス号の船の上、千空さんと龍水さんに挟まれる形で項垂れている彼の様子にパチパチと目を瞬かせれば、目が合った龍水さんにペカーっとした笑顔で手を振られる。わぁ、圧倒的光属性の笑顔が眩しい。
「雛菊、貴様のお目当ては羽京だろう!頭はしっかり冷やしておいた!心配はいらん!」
「おー、今ならキンキンに冷えてんぜ。その代わり頭痛がひでぇらしいがな」
「うっ、二人とももう少し手心ってものをさ……」
「「そこになければ ない!/ねーわな」」
「あら、仲良し」
随分と絞られたのか、弱々しい羽京の声は地上からだと聞き取り辛い。いや、龍水さんの声が単純に聞こえやすいだけか。今日も絶好調に「ハッハー!」と声を響かせてらっしゃる。
桟橋を使って船の上に乗り込めば、もうすぐ日も暮れる時間だからか荷を積める作業は一旦終わっている様子だった。静まり返った船内には科学王国の中でも幹部みたいな扱いをされている数人しかいないらしく、ひそひそ話もし放題。ま、羽京には全部聞こえてるんだろうけれど。
「一つ言っとくがな、羽京がどう言おうが俺はテメーをアメリカ連れてく予定だぞ」
「隠密要員として?」
「フゥン、それだけではない。貴様や羽京のような周囲の人間から信頼されやすいタイプは、ストレスが溜まる長期間の船旅には必要不可欠だからな」
「マイナスイオン装置かなんかだと思われてる?」
「つまり!俺は貴様が欲しいということだ!」
「それ、私と羽京がギスギスしてたら意味ないんじゃ」
「あ゛ぁ。だから速攻で仲直りしやがれ。オムツ履いたお子様じゃねぇんだ、今ここで出来んだろ」
「あはは……それは難しいかなぁ」
「なんでだよ」みたいな顔をする千空さんの隣で「なぜだ?!」と言う顔をする龍水さん。そういう健全ではない反応をされると、喧嘩とかしたことないのかなこの人たち、とちょっぴり不安になる。
というか、なにが悲しくて成人済み男女のへったくそな喧嘩とも言い難い言い合いの行方を年下の彼らに見せなくてはならないのだ。子供だってもっとマシな喧嘩をするのに、私達ときたら言い争いにすら発展しないのだから情けないにもほどがある。
微妙な表情になった私達に、千空さんは心底めんどくせぇーと顔を歪めた。耳の穴に小指を突き刺して「恋愛脳並にめんどくせぇな」と口にもした。うん、君の恋愛に対するそのスタンスってなんなんだろうね。
「あ゛ー、はいはい。わぁーったよ。明日には出港すっからちゃんと話合え。じゃーな」
「ハッハー!人払いは済ませてある!存分にな!」
話の早い人たちだが、どちらも私がアメリカに行くのを既に決定したような物言いなのが気になった。
揃って立ち去ってゆく青年たちの背中を見送りながら、私はちらりと、未だ船の縁に全身凭れて項垂れる羽京を見やる。
「……言い包められなかったんだ」
「包めるものなんて、元からなにもなかったからね」
「そう」
なんてこともないように言っちゃって。
細めた視線を逸らし、私は夕日を見つめている羽京の隣に静かに腰を下ろす。船の塀が海へと沈んでゆく日を隠し、私の体はすっぽりと落陽の陰に入ってしまった。
そんな私を横目に、羽京は溜め込んでいたらしい息をワザと長ったらしく吐き出して、乱暴な素振りでドカッと音が付くほど勢いよく隣に座り込む。
珍しい。普段はその聴覚ゆえに自分で大きな音を生じさせることすら避けるのに。
そんなことを思いながらも、その人間味のある彼の行動に私は少しだけ張っていたはずの肩の力をふっと抜いた。
「ゲンさんとコハクさんに、叱られちゃった」
「僕も、千空と龍水に色々言われたよ」
「色々って?」
三角座りに膝を抱え、目尻にあるヒビ割れ痕のペイントを膝小僧にくっ付けて隣に座った彼を見る。
羽京は星が瞬き始めた空を仰ぎながら、同じように視線だけをこちらに向けた。
「雛菊は、ゲンとコハクになんて言われたの?」
「……羽京がどれだけ私を大事に想ってくれてるかって話を、とっても丁寧に」
「僕は、宝島での雛菊の様子かな。僕らが石化してた間の話」
本人がいないところで話しちゃうんだ、そういうこと。と、二人同時に感想を抱いた気がした。まぁ、発端は私たちなわけだし、文句を言える立場でもないのだけれど。
しかし、ああ、たしかに。私としては、納得するところもあった。
あの頃の私の様子を知っているのは、彼らか、もしくはゲンさんとスイカくらいだろう。コハクさんたちスパイ組は、宝島に乗り込んでから二日くらいしか一緒にいなかったので、やはり客観的に話をするというならば千空さんと龍水さん以外の適任はいなかったのだと思う。
ゲンさんは……彼曰く、ああいう時の羽京との相性は悪いらしいので。正論しか効かない相手には、メンタリストの出番ではないのだとか。だから、今回は私のフォローに回ってくれたんだろうな。
ふと、手の甲に熱を感じて視線を下げれば、羽京の手が静かに私の手を覆っていた。
彼の手は、弓道部に入ってから急に大きくなった気がする。もちろん、部活動を始めたのは中学生の時なわけだから成長期もあったんだろうけれど、分厚くなった皮膚も、長くなった指も、骨ばった形も、急に大人の男の人なったみたいと幼心に寂しく思ってしまったことを、なんとなく覚えている。
「遅くなって、ごめんね」
「え?」
ぼんやりと昔の彼のことを思い出していると、ふいに彼がそう言って謝ってきた。
パチリ、と目を瞬かせ、膝小僧に乗っけていた顔を上げキョトンとした表情を浮かべる。
珍しいことに、彼の発言の意図が解らなかったのだ。
脈略のない謝罪だ。慣れていないせいで色んな人を巻き込んでしまった、喧嘩と称することすら戸惑うほどの言い合いに対する言葉でもない。
羽京はさきほど私を突き放した時とは全く違う、優しさを孕んだ翡翠の眼差しを揺らめかせて、私のことを見つめていた。
「ありがとう。僕が石になっている間、千空達を守ってくれて」
ゆっくりと、穏やかな声が海風に乗って耳を擽る。
一瞬の、沈黙。その中で、ひくり、と息を吸い損なった喉が、可笑しな音を立てた。
ギュッと、握られた手に力が籠められる。いつも冷たいその掌は、今日はどうしてかとても熱くって、泣き出しそうなほどに震えている。
「誰も死なせないようにって、考えてくれてありがとう」
あ、と思った。
これ、もしかして、あの時の。
私の独り言、あの人たちに聞かれてたんじゃ——
「よく頑張ったね、雛菊」
「うきょう、にぃ」
ぽろりと一筋の涙と一緒に口から零してしまったのは、懐かしいもの。幼い頃の、特別な呼び名。あの日、洞窟の中で、石になった貴方に会った時に、久しぶりにそう呼びかけた。
千空さんか龍水さんに聞いたんだろうなってすぐに解った。
だって二人とも、あの時、洞窟にいたんだもの。そりゃあ、聞かれていたって可笑しくはないし、こればっかりは私の不注意なんだけど、さぁ。
せっかく、ゲンさんたちのところでは我慢できていたはずの涙が、ボロボロと溢れてきてしまった。
だって、仕方がないじゃない。
石になってしまった貴方に、勇気が欲しくて言っただけの言葉だったのだ。
本当に、褒めてほしいわけでは、なかったはずなのだ。
けれど、私が、大好きな羽京にそんな言葉を掛けられて嬉しいと思わないわけがないじゃない。
「ふ、うぅ……う、あ、あぁ…」
「まず最初に言うべきことだったよね、ごめん」
「あ、あやまるの、は、わたしのほうっ、で、しょ」
「いいや、僕だ」
「わたしもっ!……わたしも、なの」
ぼろぼろ、ぼろぼろ、涙がひっきりなしに溢れてくる。
ああ、もう、私ってこんなに泣き虫だったかな。
なんで今日はこんなに涙脆くなっているんだろう。
ぐすっ、と鼻を啜って、私は涙を流したままに羽京を見上げた。
赤みがかった夜空を背景に、翡翠の目を細めながら静かな笑みを浮かべている羽京はなんだかそういう絵画みたいに綺麗だと思う。なんて、それは流石に幼馴染の欲目というモノだろうか。
「わ、わたしね、羽京にぃのことが、大事よ。せ、世界でいち番、だい好き、なの」
「知ってるよ」
ひっ、と嗚咽が鳴る。すぅ、はぁ、と息を吸って、吐いて、声の震えを整えたい。
だって、この言葉は、ちゃんと言いたいの。
ちゃんと、一言一句綺麗な言葉で、伝えたいと思ったの。
ぎゅうっと握られた左手に、右手を重ねる。いつもと違って熱い彼の手に、私の熱も交わっていく。
うん、そうだよね。知ってくれてるよね。
私が羽京を知ってるのと同じくらい、羽京だって本当は私を知ってくれている。
だけどね、だからこそ、言わなくちゃ。
「ねぇ、わたしと一緒に生きて」
「……」
ゆっくりと見開かれていく美しい色の瞳に、私の顔が爛々と映った。
逸らされることはなく、しっかりと。ひらひらと舞い散る花弁のように光が散って、真剣な表情の私が言葉を紡いでいる。
あの日、貴方が言ってくれた言葉。
まるでプロポーズ染みた誓いの言葉だったけれど、私たちにとっては言葉通りの純粋な願いの言葉。
それを、今、私は貴方にお返しした。
見知ったはずのあの時代のようにとは往かず、誰しもがあの頃よりも簡単に命を失うかもしれない危険と隣り合わせになってしまったこの世界で、ただ互いを求めて縋った言葉を——もう一度やり直したいと思ったから、私は貴方に懇願する。
「もう無茶なことはしない。生きるためになら、戦わなきゃいけないこともあるって今も思うけど。でも、羽京の抱える願いのためには、自分を傷つけないって誓う」
「雛菊」
「それにね、私、もう羽京のことだけじゃない。科学王国のことも、大好きで大事なの。守りたいって思うの。それは、羽京だって同じでしょう?」
熱い息を吐き出した。
まるで、貴方に初めて隠していた想いを告げた少し寒さが残っていた春の日のように、体が熱を持っている。もう私の中に燻っていないはずの淡い想いの残滓が、ちりつくような勇気を与えてくれるような気がした。
「どんな状況でも、生きることを諦めないって誓う。また、あの舞台に立つために、生きたいって思ってる、だから……」
一度、言葉を止めた。
未だに絶え間なく涙は溢れ出ているけれど、声もつっかえそうになってしまうけれど、でも、あと少しだけ、言わせてほしいの。
「また、舞台の上にいる私を、見てくれる?」
「……ッ」
強い力で握り合った手を引かれ、気付いた時には彼の腕の中にいた。
鍛え上げられた男の人の体は固くって、熱くって、力いっぱいに抱きしめられると、少し痛い。
彼の頬には、小さな雫が止め処なく伝っていた。その様子がなんだか幼い子どものようだ。その涙を拭おうとゆっくりと手を伸ばせば、掻き抱くように私の背中に伸びていたはずの手にしっかりと力強く掴まれてしまう。
「忘れないでほしい。君の体は戦うためのものじゃない。いつかまた、サーカスの舞台で輝くためのものだってこと」
「うん」
「そして、その姿をまた僕に見せてくれるって、誓って。僕が君に願うことは、本当はそれだけなんだ。それだけ、なんだよ」
「うん」
噛み締めるように、羽京は言った。
いつも被っている帽子が風に飛んでいくのも気にしないまま、これ以上誰かに傷ついてほしくないと涙したあの頃よりも必死な目で、彼は私を見つめている。
「僕の理想のために、願いのために、君は傷つかなくていいんだ」
「うん、」
「必要ないなんて、言わないで。僕にとって雛菊は、この世界で一番大切で、大事で、大好きな、かわいい女の子なんだから」
声が震えて、言葉が切れた。
ああ、そうか。あの言葉は、この人のことも傷つけてしまっていたんだ。
優しい人。大好きな人。
恋しい気持ちはもうないけれど、それでも世界で一番大事な最愛の人。
大人になって初めて相手が何を考えているのか解らないことが怖くなって、ぶつかり合うなんてやり方も知らなくって、周りの子供たちの手を借りて、初めて喧嘩染みたものをした。
思いの丈をぶつけあって、子どもみたいに泣きじゃくって。
私達、ようやく本当の意味で支え合える関係になった気がするね。
「傍にいてくれるだけで、意味があるんだ。必要ないわけ、ないだろっ」
「うん…、うんっ」
この先、一生寂しくなることがないくらい隙間を埋め合うように抱き合って、晴れ渡るような清々しい気持ちになって笑い合った。
まるで新たな関係が芽吹いて、そのまま花咲いたような、そんな晴れやかな気持ち。
この世界で初めて目を開けた時、きっと私が死ぬ時はこの人のために死ぬんだろうって思ってた。
酷い顔をして、憂いて、苦悩して、それでも自分のことを起こしてくれた彼の為に、この命は使うことになるんだって。
未来のことは解らない。彼が懸念するように、この先には想像すらしなかった危険があって、私が死ぬ未来もあるかもしれない。
けれど、だからって、ただで死ぬようなことはしたくなかった。
だって、私達には千空さんがいる。
彼は絶対に生きる道を諦めない人だから、私たちも、きっと未来に生けるはずだ。
【幕間①:星に花笑み】
それは、宝島で千空が父親からの贈り物であるプラチナを仕分けているときのこと。
千空とその父の間に血の繋がりがないと聞いて不思議だと首を傾げたスイカは、だけれど周囲にいたゲンたちの顔を見て初めてそういう親子の形があるのだと知った。
だとすれば、もしかして——
「ヒナギクが、スイカのお母さんになってくれることも、あるかもなんだよ?」
ぽつり、とこぼした言葉は誰にも拾われることはない。
隠れ家から雛菊が後宮を監視している場所へ向かう途中、ふと思ってしまったことを少女は口にしただけだった。
東雲雛菊。
朝焼けのあたたかな色の髪にキラキラと輝くオレンジ色の瞳を持つ、花びらのように美しい人。
その花びらは、彩に溢れる春の花のように思うこともあれば、秋に咲く花のようにどこか静謐な雰囲気を纏うようでもあって。その独特な印象が魅力的な女の人だった。
そして、スイカにとって、雛菊は最も安心できる大人の女性だ。
もちろん、3700年の時代を流れて復活した中で言えば南やニッキー、杠もスイカよりうんと大人ではあったけれど、求めているものとは少し違う。姉のように慕いいつもスイカを守ってくれるとっても強いコハクとも、村の巫女として小さな頃より百物語を語ってくれた優しいルリとも違う。
石神村の住民を相手に字を教えてくれた羽京の傍にいつもいて、授業の合間に色鬼、氷鬼、高鬼などの普通の鬼ごっことは違う遊びや花いちもんめ、かごめかごめなど旧文明の遊びを教えてくれる彼女は子供たちの人気者だったけれど、スイカにとって雛菊はただ楽しい遊びを教えてくれるお姉さんなだけではなかった。
——きらきら光る お空の星よ
満天の星が光る空の下、優しい温もりに包まれ微睡みながら聞いた、穏やかな歌声。
冬の外は凍てつく寒さがあるはずなのに、体がちっとも寒くなかった。それどころか、彼女のぬくもりにずっと触れていたくって自ら胸に擦り寄ったあの日から、言葉に出来ない願望をスイカは雛菊に抱えている。
思えばあの時よりも前から、スイカは雛菊が気になっていた。
司帝国からの監視役なのに、にこぉっと笑って石神村の民の前に現れた彼女は「私はただの監視役だってば。襲うわけでもないんだし、ご挨拶に来たのよ」と警戒するコハクに言ってのけ、千空と対等に話しを進めて協力関係を結び、ちゃっかりわたあめを二つ持ち帰っていった。
「なんなのだ、あの女は」とコハクがわたあめの棒をバキッとへし折ったその隣で、スイカはただコハクやルリよりも少しばかり年上に見えるその女の人が気になって仕方がなかった。だから、村に顔を見せてくれれば必ず真っ先に声を掛けていたし、彼女の手が冷えていれば一緒にストーブであたたまろうと誘った。
そんなスイカの行動を、最初の頃は誰もが止めようとした。危険だと。敵なんだぞと。村の大人たちは言い含めるようにスイカに言うけれど、千空やゲン、それからルリにコハクやクロム、カセキたちはスイカの好きにさせてくれた。
「雛菊センセェとは一時的な協力関係結んでんだし、問題ねぇよ。それよか、スイカ。あの女の懐潜り込んでじゃんじゃん愛嬌振りまくってこい。んで、科学王国に引き入れろ。クククッ、司帝国の人員を少しずつこっちに引き込んでやろうじゃねぇか」
「そうそう、雛菊ちゃんは子供とか結構好きなタイプよ。あっちでも年下の子には甘ちゃんだったしねぇ。俺も甘やかしてくれたら良かったのに、同い年ってこと知られちゃってたからぜぇんぜん甘やかしてくれなかったけど!あ、でも引き入れるのはほむらちゃん並にリームーよ千空ちゃん。雛菊ちゃん、幼馴染至上主義だから」
「んじゃ、その幼馴染もいただくとするか」
「え~、羽京ちゃんは手強いって~」
「雛菊さんは無暗に人を傷付ける方ではありません。彼女はたった一人で私達の前に現れ、千空さんと真剣にお話をしてくださいました。スイカ、貴女はそんなあの方の姿を見て、きっと好きになってしまったのではないかしら。私は、そのスイカの気持ちはなによりも尊重されるべきだと思いますよ」
「彼女は確かに敵ではある。千空たちがあの様子なのでな。私は警戒を解けん。だが、ルリ姉の言う通りだ。雛菊とやらは、スイカを傷付ける人間ではない。……彼女が司帝国の人間ではなく、私達の味方であればめっぽう心強いのだがな」
「ふふふ、コハクも雛菊さんのことが気になるのね」
「ハ!ルリ姉とて人のことは言えんだろう!この間、スイカと手遊びしている姿を興味深そうに覗いていたのだからな!」
「あら、バレてましたか?」
「あいつか?まぁ、悪い奴じゃねぇーだろ。ゲンだって最初は司の仲間だったわけだし。あ?俺にしては考え方が柔軟だって?いや、そりゃ俺だって最初は警戒したけどよ。でもあいつ、科学のことはなんにも悪く言わなかったし、それどころか携帯作るって知った時にゃ大喜びだったじゃねぇーか。だから、あいつは大丈夫だ!」
「あの子、気付いたらわしらの作業を覗き込んでる時あってね、儂ってば超驚いちゃった。これはなにをしてるの?あれは?そっちは?って、すっごく興味津々でのう。儂も楽しくなっちゃって、本気出しちゃったら一瞬で消えちゃって……超ショックじゃったわ」
「カセキ、お前また服破いただろ」
「おほー」
それぞれがそれぞれに、雛菊の印象を語って、そうしてスイカの自由にすればいいと言ってくれる。ただ微笑ましそうに雛菊に近寄るスイカを見る彼らの姿に、次第に大人たちも苦言を呈しなくなった。
監視役だというのに言動から滲み出る人柄ゆえ既に科学王国から受け入れられている雛菊を見て、スイカは嬉しくなると同時に、少しだけ悲しくなる。
「どうして、ヒナギクはいつも一緒にいてくれないんだよ?」
その言葉に、雛菊は眉を下げて「ごめんね」と言った。
石神村の近くには来てくれるのに、深くは踏み込まない。少しだけ様子を見たらすぐにほむらという少女の元に帰ってしまう雛菊の後姿を見送るのが嫌だった。
何度も千空を助けてくれたのに、本当の仲間ではなく一時的な協力関係なのだと固持していた頃の雛菊の言うことは、今もよくわかっていない。けれど、ゲンや千空は呆れを見せながらも納得してて、コハクも彼女の譲れないものを理解しているようだった。
スイカだけが、解らない。
一緒にいるのに、助けてくれるのに、「私は仲間じゃないのよ」と自分に甘えるスイカに困ったような顔で言う雛菊が嫌だった。ほむらの元に帰る彼女の腕を引いて、自分の家に連れて帰りたかった。
ずっと、ずっと、一緒にいてほしいと我儘を言いたくて仕方なかったけれど、血の繋がりもない、村の住民でもない雛菊相手に自分がどうしてそう思うのかもわからないから言えなくて、すごく辛かったのを覚えている。
「千空さんたちと、ちゃんと仲間になったの。だからこれからもよろしくね、スイカちゃん」
その言葉がどれほど嬉しかったのか、きっと雛菊には解らない。
雛菊が羽京と一緒に今度こそ千空の仲間になってくれたことが、とってもとっても嬉しくて仕方がなくて、彼女の手をとってぴょんぴょん跳ねまわった。司帝国との停戦が決まり帝国民とは生活拠点が一緒になったから、これからはスイカも彼女のすぐ傍にいられるのだ。
こんなに嬉しいことってない、と喜色満面を体で表すスイカに雛菊は笑ってくれて、彼女の幼馴染だという羽京は「あははっ、随分懐かれたみたいだね」と微笑ましそうに言う。
名を呼べば当然のように立ち止まり、手を伸ばせば柔く微笑んで握ってくれる。その距離に、スイカは有頂天になった。
彼女は羽京の傍にいることが多かったけれど、彼は子供に優しいからなんの問題もない。なんなら雛菊と一緒にスイカを甘やかして一緒に遊んでくれるから彼のこともすぐに大好きになった。
とにかく、スイカは雛菊に引っ付いて回った。
眠れぬ夜に寝床へ忍び込めば「こっちにおいで」と抱きしめて寒空の下で静かに歌ったあのマザーグースを聞かせてくれて、字を覚え彼女の名をミミズみたいな字で地面に書けば「がんばったねぇ」と頭を撫でてくれて、友達のチョークと泥だらけになるまで遊べば「お転婆さんだこと」と眉を下げて微笑みながら柔らかくなるまで揉み解した布で頬を優しく拭ってくれた。
サーカスの楽しさを教えてくれたのも雛菊だった。
いつもの彼女とは違うピリッとした甘いだけではない果実のような雰囲気で、布の上を力強く足蹴にしたはずなのに、花弁が風に舞い上がるようにふわりふわりと飛び上がってゆく彼女の姿は美しく、言葉を忘れて見惚れてしまった。
「そうよ!サーカスって素敵なの!」
心の底からそう言って、頬を染めて花のように笑う彼女を可愛いと思った。サーカスだって素敵だけれど、雛菊もとってもとーっても素敵なんだよ!なんて言えば彼女は更に満開の花を咲かせてくれるのだろうか。
アンコールに応えるためにスイカの手を握りゲンと一緒に三人でトランポリンの上を跳ねまわった時の笑顔は、少女のように煌めいていて、可愛くて綺麗で、スイカはもっと雛菊のことが好きになった。
ふわふわでぽかぽかとした優しさがとても心地いいと思う。
こんな幸せがいつまでも続いてほしいと願ってしまう。
大好きな千空たちに対して「お役に立ちたい」と常に思っているのとは別に、スイカは雛菊に対しては「ずっとお傍にいたい」と出会った頃から思っているのだ。
「ひなぎく、ぶ、ぶじで、よかったんだよぉ…!」
だから、あの時は悲しくって仕方がなかった。
傷だらけのボロボロで、それなのに笑ってて、壊れちゃいそうで、スイカはそんな雛菊の姿を見るのが怖くって悲しくって嫌で嫌で泣き喚いた。大好きな雛菊をこんな風にしたモズを許せないって思った。そんなことを誰かに対して思うことすらスイカには初めての経験だというのに、雛菊は吃驚した顔でスイカを凝視するばかり。
なんで驚くのだろうか。雛菊が傷付けられて悲しく思うのはおかしなことなのだろうか。ワンワン泣いて、泣いて、目が熱くなる感覚が不快になるほどに泣いて、そこでようやく、雛菊はスイカに対して折れていない左腕を伸ばした。
「…おいで、スイカ」
「ひ、ひなぎくぅうう!!わぁあああああ!!」
まるで、観念してなにかを受け入れるような顔をして、飛び込んだスイカを抱く彼女の体は海水に浸かったせいでとっても冷たい。その体をあっためるためにぎゅうぎゅう引っ付いてまた泣けば、今度は「あはっ!」といつものように笑った彼女。
なんで笑うの、なんて思ってしまったけれど、でもそんなことは関係ない。千空が怪我をした雛菊のサポートをしろとスイカに言ってくれたから、今日からスイカは雛菊のお世話係なのである。雛菊が嫌だって言ったって離れてやるものか。
「今日からずっと、ずっと一緒にいるんだよッ!ずっと、雛菊のお傍にはスイカがいるんだよッ!」
「あら、それはとっても楽しい毎日になるわね」
でも、雛菊は嫌だなんて言わなかった。それどころか、「楽しい毎日になる」と言って笑ってくれたから、スイカも嬉しくなって吊られるように笑ってしまったのだった。
その日から、朝から晩までずぅーっとスイカと雛菊は一緒だった。
ご飯はスイカが「あーん」で食べさせてあげて、いつも曲芸の邪魔にならないよう緩く結っているふわふわの髪はアマリリスに教えてもらいながらスイカが結った。宝島の素材で作った口紅もスイカが真剣な顔で唇から滲まないように塗れば、肩を震わせて柔い笑みを浮かべながら「ありがとう」と言ってくれる。
幸せだ。
スイカの雛菊お世話係は宝島で石化されてしまったことで雛菊の怪我が治ってしまったから終わってしまったけれど、その後も雛菊とスイカの距離感は殆ど変わることが無かった。
流石に「あーん」はさせてもらえなかったけれど雛菊が食べているものが気になっていれば逆に食べさせてくれるし、雛菊の髪を結いたいのだと言えば快く差し出してくれるどころかスイカの前髪も編み込んで「お揃いね」と可愛くしてくれた。
手を伸ばせば握るどころか抱き上げてくれる。寝床に潜り込めば「しょうがない子」と苦笑して、抱きしめるのに加えて額をコツンと合わせながら顔を合わせて眠ってくれる。もちろん、マザーグースは忘れずに彼女の唇が優しい声で紡いでくれた。
今までスイカを見る度に何かを耐えるような色をしていたオレンジの瞳が、今では慈愛の色を隠すことなくスイカに向けられている。それは科学王国の皆に対しても同じことだったが、その中でもスイカに対する色彩は濃いように思えて嬉しかった。
お母さんになって、なんて。
流石に、言えやしないけれど。
石化光線から真っ先にスイカを守ろうとして抱え込んでくれた、雛菊の腕が大好きだ。
特別な色を宿してスイカを見詰めてくれる、そのオレンジ色の瞳が大好きだ。
スイカの名前を呼びながら、花のように微笑んでくれるその顔が大好きだ。
花びらみたいに風に舞う髪も、小さな手を握ってくれる傷が多くて柔らかで、でも少し固い手も、目元にある花弁や雫みたいな形のヒビの痕も、曲芸をしているときに見られるキラキラとしたあどけない笑い方も、慈愛に満ちた優しい笑い方も、全部、全部、全部、大好き。
スイカが嬉しくなっちゃうことを、たくさんしてくれる雛菊が大好き!
「だから、ずぅっと!お傍にいるんだよッ!」
雛菊に近寄ってそう言えば、いつものように「あはっ」と彼女が笑う。
「ええ、お蔭で毎日楽しいわ。ありがとう、スイカ」
——今日も花のように笑う、貴女が大好き。
「だから、目覚めたら真っ先にあの笑顔を見せてほしいんだよ」
固い膝の上に頭を乗せながら頭を撫でてくれた優しい手つきを思い出し、世界で一人ぼっちの少女が呟く。
復活液が完成するその日まで、絶対に諦めたりしないから。
「また、スイカの名前を呼んで……雛菊」



























5年!!5年もひとりで!!!つらい!!(´;ω;`)