先生の首を抱えたカナエは涙で頬が涙で濡れ、先生の血で汚れようと泣き止もうとしない。
俺が、俺達がもっと強ければ。カナエがもっと弱ければ。、、、彼女は誰かに縋っていたのだろうか。
絶大な信頼と敬愛を寄せていた先生の死を嘆き悲しむカナエは今にも消えてしまいそうだった。
そんなカナエを見ていられず、声をかけた。
「、、、カナエ、先生を休ませてやろう。それに、お前達の手当てもしなければな。」
その言葉にカナエはハッと目を見開いた。いつもとは違う、虚ろな瞳が俺を見る。そんな表情ですら美しい彼女に手を伸ばす。
「、、、そう、ね。先生は綺麗好きだったもの。いつまでもこのままじゃ、きっと嫌よね。」
まだ薄らと開く先生の目を伏せさせたカナエから、先生の首を貰う。そっと手を伸ばし先生の乱れた髪を整えるカナエは、どこか穏やかに微笑んでいるように見えた。
慈しむように先生の髪を整えたカナエは手を下ろす。そして、ぐらりとその身体が傾く。それを高杉が受け止めた。
その顔は真っ青で今にも死んでしまいそうだった。今まで意識を保っていたのが不思議な程の重症。じわりじわり、と服に血が染みてゆく。
「カナエッ!」
「胸の傷が特に酷い!早く止血をするぞ!」
「言われなくても分かってらァ!ヅラァ!」
止血が終わると高杉はカナエを抱き上げ走り出す。その方向は拠点のある方向だった。
「俺達も行くぞ!銀時!、、、銀時?」
銀時は高杉が走り去った方を呆然と見ていた。冷や汗を流し、顔を真っ青にして。
「、、、んで、なんで、俺は、、、仲間を、護れたはずだろ、、、?」
「銀時!しっかりしろ!カナエはまだ、生きている!」
肩を掴み、銀時を呼ぶと視点が定まった。
「俺達が今すべきことは、この戦場から離脱する事だ!」
「、、、言われなくても、分かってらァ、ヅラ。」
拠点へと向かいながら思う。、、、どうしてお前はいつも、1人で背負ってしまうのだ。どうしてお前は、俺達にもその荷を背負わせてくれんのだ。
『行ってきます、カナヲ。』
そう言って笑って戦場に行った姉さんは、高杉さんに抱かれて帰ってきた。顔は血の気がなく、腕は力無く垂れ下がっていた。
あれからもうすぐで1ヶ月。姉さんは眠り続け、医者はこのまま眠り続けては危ないという。拠点にいる攘夷志士の殆どは姉さんを慕っているので、拠点には暗い空気が漂っていた。
姉さんは強い。姉さんの花のように美しい一撃は、敵の命を一瞬で奪う。痛みを感じず死ねるように、という敵にすら慈悲の心を持つ姉さん。そんな姉さんが好き。
凛とした背中が好き。みんなを幸せにするような笑顔が好き。不安になった時、包み込んでくれる温かい手が好き。姉さんがいるだけで、みんな笑顔になる。心地よい陽だまりのような姉さん。
ずっと一緒にいたい。姉さんは悲しむだろうけれど、姉さんが死ぬ時は一緒に死にたいの。
布団に横たわる姉さんの冷たい手を握る。
「、、、カナエさま。」
『なぁに?カナヲ。』
ふんわりと咲き誇る花のような笑顔と、鈴を転がしたような可憐な声が返ってくることはない。それだけで、こんなにも苦しい。
「あのね、僕、、、ずっと姉さんって呼びたかった。」
ぽつりと独り言をこぼす。
「でも、怖かった。呼んでしまったら、貴方も怒るんじゃないかって。、、、そんな事ないって分かってたのに、、、。」
ずっと昔、まだ両親の元にいた頃。一度だけ、お母さん、と呼んだ事がある。そしたら、何度も何度も殴られて蹴られたの。
ぽたぽたと落ちる涙が姉さんの手を濡らす。
「ねえさん、、、ねぇさん、、、起きてよぉ、、、。」
こんなことになるなら、姉さんって呼んでおけばよかったなぁ。
夢を見る。とても、幸せな夢だった。先生が連れ去られる前の夢。
地面にはたくさんの白詰草が広がっている。そこでは、松下村塾での友達と先生がいた。
私は白詰草で花冠を作り、先生の頭に乗せる。先生は嬉しそうに笑って、私の頭を撫でた。
先生の大きな手が酷く心地よく、私は目を閉じた。次に目を開くと、先生の首が地面に落ちていた。体がぐらり、と揺れ地面に倒れる。
先程まで広がっていた白詰草が段々と赤く染まってゆく。どこからかカラスが飛んできて、先生の首を突こうとした。
先生の首を守るようにぎゅっと抱きしめると、地面が割れて落ちてゆく。それでも、私は先生を離さなかった。すると、先生の首に黒い手が迫る。
そこで、ようやく思い出した。先生はもう亡くなられたのだと。
嫌だ。例え夢だとしても先生を失いたくない。先生、私ね、先生の側にいたかったの。これが夢だとしても、先生と一緒にいられるならこのままここで、、、。
『、、、さん、、、姉さん。、、、起きてよぉ、、、。』
その言葉にハッ、とした。私はまだ守るものが残っている。カナヲが、みんながいる。戻らなきゃ。
溢れた涙をぐいっと拭い、ぎゅっと目を閉じる。
月の光が差し込む部屋で私は目を覚ました。右手に違和感がありそちらを見ると、目元を赤く腫らしたカナヲが眠っていた。
私の右手をぎゅっと強く握るカナヲに罪悪感を感じながらも、小さく微笑む。起こさないように静かに起き上がり、そっと頭を撫でた。
ぎしぎしと痛む体でカナヲを布団に入れ、部屋の障子を閉めて外に出る。
ふらりふらり、と歩きながらいろいろと思い出した。銀時が先生の首を斬ったこと。私は、何も守れなかったこと。銀時に全てを背負わせてしまったこと。
、、、銀時は今、どうしているのかしら?
私は銀時が心配で、銀時の部屋へ向かう。深夜なので見張り以外は寝静まっているのか、誰とも会わなかった。
少し開いている障子の隙間から銀時の部屋を覗き込む。そこには、こちらに背を向けてぼーっとしている銀時がいた。
銀時は先生を失った事で、抜け殻となっているのかもしれない。彼は今にも消えてしまいそうで、見ていられず部屋に入り抱きしめた。
銀時はバッ、と振り返りこちらを見ると、目をまんまるにして驚いた。彼の前に座り、深く刻まれた隈を指でなぞって私は微笑みかける。
「おはよう、銀時。」
「、、、こりゃ、夢か?」
「夢じゃないわよ?、、、もう、こんなに隈ができちゃって。」
「、、、随分と悪趣味な夢だな。、、、いつもみたいに責めてくれたらよかったのに、、、。」
「、、、責める?私が?、、、どうして?」
「、、、俺が、松陽を殺したから。お前が何よりも愛していた奴を、俺が奪った。、、、なのに、なんで、そんな顔すんだよ。」
苦虫を噛み潰したように笑う銀時に私は、きゅっと唇を噛み締め目を伏せた。
「、、、あのね、銀時。確かに私は先生の為なら命なんて惜しくない程愛していたわ。、、、だけど、それと同じくらい、貴方を、、、貴方達を愛しているのよ。」
「確かに、私は先生を殺されて恨んでいるわ。けれど、それは貴方にではない。銀時に先生を殺させた幕府と、何も出来なかった自分へよ。」
ごめんね、とは言わなかった。何故なら銀時に先生を斬らせた罪から逃げたくなかったから。
「先生は最期の時、笑っていたわ。あの日、仲間を護れ、という約束を守ってくれて、嬉しかったのかもしれない。」
「ねぇ、銀時。、、、どうか、1人で抱え込まないで。」
銀時の手を包み込み、頬に添える。すると、銀時はバッ、と私に抱きつき、私達は畳の上に倒れ込む。私は目を丸くしたが銀時を優しく抱きしめた。
「、、、これが、夢なら、、、醒めないで、く、れ、、、。」
そう言って眠ってしまった銀時にクスリ、と笑う。そのまま彼の頭を抱え込み、私もそのまま眠りについた。






















