本編終了五年後
立川市 酒寄研究所
「不死の妙薬ねぇ・・・」
研究所の所長室は個室になっているから基本的に他の研究員から見られることはない。だから、子供のように椅子に座ってくるくる回っていても見咎められることはないのだ。そんなふざけた真似をしていられるのも、かぐやのマテリアルボディを流用した遠隔操作用のロボットの実装がこの前完了して、その初期出荷とそれに伴う手直しが一巡して精神的にも余裕が出来たのもあるし何より。
ここからどうするかの岐路に立っていたのも確かで。
かぐやに現実世界での身体をロボットのマテリアルボディとしてでも、与えてまた戻ってきてもらうことが出来た。その後に二つの選択肢がある。これは、開発が終わるまで意図して考えないようにしていたことで、開発が完了した以上そろそろ考えなきゃならないことでもある。
「彩葉、そろそろお仕事終わりでしょ? かえろーよー」
所長室の扉が勢いよく開け放たれる。一応、かぐやもこの研究所のマスコットみたいなものなので、出入りは自由にしているせいだ。
「あんたねぇ。業務処理中だったらどうするつもりだったのよ」
「だって、彩葉のPCだいぶ前から動いてなかったようだし、考え事で煮詰まってるようなら時間の無駄じゃん」
今のかぐやのマテリアルボディは自在に回線にも接続できる。結果、息でもするようにセキュリティを迂回して覗き見てしまえるのだ。ここまでする能力は実装していなかったはずなのに、勝手に成長してしまった。もっとも、かぐやは生きているのだからそれも仕方ない。それにいい機会だ。聞いてみることにしよう。
私が思案気にしていると、かぐやが近づいてきて、入って来た扉がぱたんと閉じる。
「あのさ。今から変なことを聞くけどいい?」
「いいよ。彩葉のお願いならねっ」
「竹取物語の終わりのあれって、今の富士山にあるの?」
あの御伽噺の終わりにはこうある。月の使者から渡された不死の妙薬。それを帝はかぐや姫に逢えないことを悲嘆し、なるべく天に近い山の山頂で燃やした。その山からは今も煙がたなびいていると。
「竹取物語自体が原型になったお話は事実だしね。あるよ。帝が当時使わなかったタケノコ。月人がこの世界に残した不老不死になれるガジェットは。燃やそうとしても燃えるものじゃないしね。使いの人は燃やしたって報告したみたいだけど」
「じゃあ、それで」
そこまで言ったところで、かぐやの目がすっと細まる。
「今の彩葉なら、タケノコを解析して不死の身体を手に入れることはできるよ。でも、それは私以外の全てを看取る選択をすること。……辛いよ?」
FUSHIに昔、追体験させてもらったことがある。八千年分の絶望、どれだけ仲良くなって、たとえ添い遂げた相手であっても瞬く間に老いて死んでいってしまう。心が引き裂かれるほどの辛い記憶の連続。それでも。
「思ったんだ。ヤチヨは、かぐやは、八千年も待ってくれたんでしょう?」
「待っている間にすっかりおばあちゃんになっちゃったけどね」
「だからさ。私だけが対価を払ってないみたいで、いやだなって」
一緒に死ぬ。もう一つの選択は、かぐやの不死性を解消して人ととして私と一緒に寿命まで生きて、そして死んでもらうこと。でも、八千年の待ってくれた相手に対して、私は何の対価も出してないんじゃないかと思えてしまう。再会できた一瞬が永遠に等しい価値があると思うからこそ、この瞬間を少しでも長く続けたい。たとえ、後でその選択を後悔することになっても。
結果、かぐやと遠い未来にたとえ離別することになったとしても。
「御伽噺の帝は、かぐや姫に逢えないことを悲観して不死の薬を焼いたんでしょう? 私は逢えたんだから、飲むよ。薬を」
「ほんと、彩葉ってバカだよね」
「馬鹿でいいよ。もう、何があっても離さないって決めたんだ。絶対に」
あっという間にかぐやの瞳から溢れた涙が頬を伝い、私の手を両手で壊れ物のように優しく包む。
「私からはさ。とても、言えなかったんだよ。そんな残酷な運命に大好きな彩葉を巻き込みたくなかった。頼めばきっと、迷っても頷いちゃう。そうしたら、近い将来に芦花も真美も、朝日もみんないなくなった後で後悔することになっちゃう」
私は空いている方の手の人差し指を泣いているかぐやの唇にそっとつける。
「いいよ。今日の決断を私はきっと、将来後悔することになる。それでも、この選択を選ばず二人で死ぬ未来よりずっと私らしい」
かぐやも言っていた。八千年ですっかりおばあちゃんになったと。月人が情報生命体でも、老いもすれば限りもあるのだ。だから、せめてその終わりまで一緒に歩もう。やれる限りの手段で、出来る限りの方法で、足掻いてここまで来たのだから。今回も、これが私の悔いのない選択なんだ。
まるで子供のように抱き着いて泣きじゃくる出会ってすぐのようなかぐやをあやしながら、そんなことを思った。研究所の窓から見える満月もそんな様子を見てか優しく輝いて見えた。





















