※注
・これの続きです。
・捏造しかない。
・100億回は見た事あるネタ。
・なんでも許せる方向け。
もう一度言います。捏造しかありません。
好き勝手書いてます。恋愛要素のない審神者愛されです。
なんでも許せる方向けです。
時間ある時のお暇つぶしにしてくだい。
「───大変、申し訳ございませんでした」
そして、今。
わたしの前には、先程「今、刀を振りました」というポーズで固まっていた刀剣男士達と一期一振と膝丸と蜻蛉切が並んで土下座をしていた。
全員、刀を前に置いて大罪を犯したような剣幕で。
頭を畳に擦り付けながら、声を揃えてそう言ったのである。
…どうしてこうなってしまったんだろう。
本当は、新歓みたいな挨拶をするはずだったのだ。
床框の前に控えていた数珠丸恒次に「よろしければ、上へ」と言われ、「あ、いえ…ここでいいです」と断ってテキトーな位置に正座して。
刀剣男士数十振りの並ぶ圧巻の光景にド緊張しながら、無難な挨拶をする予定だったのである。
だが、わたしがここに座った時にはもう件の刀剣男士達が刀を持って前に出てきて土下座をしていた。
本当に。速すぎて止める間もなかった。
しかも、脇差の骨喰藤四郎と鯰尾藤四郎が一番土下座をするのが速かった。
正直、こんな事で彼らの機動の速さは知りたくなかったというのが本音である。
「だ、大丈夫。全然大丈夫だから顔を上げてくださいお願いしますッ!」
「いいえ、主。これは重罪です。一歩間違えたら、貴方に斬撃が当たっていたのですから」
「、」
「…」
「弟達の愚行、この身をもって償います。…大変申し訳ございませんでした。私達のことは如何様にでも処してください」
淡々とした声で一期一振が言う。
両隣の鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎は額を畳に付けて微動だにしない。
確かに、彼らからしたら主君に刃を向けるというのは故意でないにしろ重罪なのだろう。
だが、それはそれとしてわたしはどうしても青少年姿の鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎が自分に向かって土下座しているのが耐えられない。
だから、まずはどうにか彼らだけでも頭を上げさせれないかと頑張ってみたのだが、ちっとも反応がなかった。
真面目な一期一振は然り。
鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎も、斬撃がわたしに当たりかけたことがショックだったのか、わたしがなんと言おうと己が許せないと言った様子で顔を伏せ続けている。
「あの、本当に大丈夫です。怪我ひとつしていませんし。それに襖も直せないものじゃないですし」
「そう? 君がそう言ってくれているならいっか」
「兄者!! 反省はしないと駄目だ!」
パッと頭を上げかけた髭切を、何も悪いことしてないのに隣で土下座していた膝丸が叱った。
いや、膝丸さんこそ土下座しなくていいよ。
本当に何もしてないんだから。なんなら刀すら抜いてなかったし。
「いや、うん…本当に何も気にしてないからいいよ。だから髭切さんも、膝丸さんも顔あげよう?」
なんとなく、この中だと髭切が一番すぐに自分を許してくれそうだったので、まずはこの二振りの土下座をやめさせようと、わたしは彼らの方に見を乗り出してそう言った。
瞬間だった。
「っ、!」と、息とも声ともつかない音をこぼした髭切と膝丸が、バッと同時に顔を上げた。
同じ色の瞳を見開き、目尻を赤くしてわたしを見つめている。
その体からひらひらと桜の花弁が舞い落ちてくる。
「?」
「あ…ある、じ」
「今──僕を呼んだの?」
「? は、はい」
ただ事ではない剣幕に恐る恐る頷けば、彼らは同時に違う行動をした。
膝丸は、感極まったように頬を染めて自分の口を押さえ、そして──髭切はパッと、その顔に花がほころぶような笑顔を浮かべると、ガバッとわたしに抱き着いて来たのである。
「っうわ」
「わあ、わあ…すごい! 君、本当に僕達の今代の主なんだねぇ」
「ち"ょ、つよっ」
「あ、兄者!?」
ギョッと膝丸が呼ぶ。その声がくぐもって聞こえる。
ちょ、やばい。兄者の力強すぎる…!
三日月宗近より容赦がない。これはオトすための絞め技だ。
そんな危機感を感じるほどの力に、わたしは助けを求めて「誰か」と手を伸ばした。
ら。
──シャッ
嫌な音が聞こえた。ここに来るまでに何度か聞いた、刃物が固いものに擦れる音だ。
…え、まさか。
そう思った次の瞬間には、わたしを締めていた髭切が刀を抜いて後ろを振り返っていた。
ガキンッ!!
重たい音が響く。
ブワッと広がったマント越しに、源氏の重宝と云われる大刀が、薙刀と打刀と太刀の斬撃を受け止めている光景が目に入る。
「おっと、こわいこわい。───そんな顔してたら鬼と間違われちゃうよ?」
「黙れ。不届き者が」
「貴様…! 主から離れろ!」
「嫁入り前の娘に触れた罪、その身をもって償え」
小狐丸と、へし切長谷部と、巴形薙刀だった。
不敵に八重歯をのぞかせて両手で三振りの攻撃を受け止める髭切に対し、彼らはまさしく鬼のような形相で刀を振りかぶっている。
キリキリ、キリキリ。
こちらの心臓が縮み上がりそうな恐ろしい音が鳴り響く。
「まっ、のうとう、納刀ッ!!」
わたしは聞くに堪えないヘロヘロな声で叫んだ。
すると、鬼のような形相をしていた三振りが僅かに怯んだような反応をする。
腕から力を抜いて後ろに下がると、刃を鞘にもどす。そして攻撃を受け止めた髭切も、立ち上がって移動してから刀を鞘にしまった。
多分、わたしがいたからわざわざ離れてくれたのだろう。こちらの位置を確認しながら納刀してたから。
(でもその気遣いしてくれる割に抜刀に一切の躊躇がないんだよな…)
今のところ、みんな口より先に手が出てる。
おかしいな、同じ本丸の仲間と呼んでいい関係のはずなのに。その仲間に刃物を振るうことに一切躊躇がない。
「えっと、…まず髭切さん」
「ん?」
「あの、申し訳ないんですけどわたしの体ってフィジカル赤ちゃんなんです。事故で一回ズタボロになってるから」
「? 富士かるあかちゃん…?」
「多分、ここにいる刀剣男士のどなたかと腕相撲しても腕折れるくらい弱いです。だから用があって触る時はどうか貼りたての障子だと思って触ってください」
「その例えはどうかと思うぞ…主」
「うぅん…よく分からないけど、君に触れる時は障子だと思えばいいんだね?」
「はい」
「分かった。じゃあ次は主のこと破かないように気を付けるよ」
「はい」
「それでいいのか…主」
と、まるく(?)収まったところで、わたしは立ち尽くす小狐丸とへし切長谷部と巴形薙刀の方を向く。
「それから、小狐丸さん、長谷部さん、巴形薙刀さん。先程は助けてくださってありがとうございました」
そして、彼らに頭を下げてそう言った。
瞬間だった。
ブワッと、彼らの体から尋常ではない量の桜が溢れ出てきた。
多分、見た目的には滝だったと思う。それくらいの量がものすごい勢いで頭上から降り注いできたのである。
結果、わたしの体はまたも花びらのその中に消えた。ちなみにこの花びら、霊力でできているそうなので、降り積もっても息苦しくはない。
「あ、主ーーー!!」
「ぬしさまーー!!」
ただ、見た目的には大惨事なようで、主ガチ勢の三振りは大慌てで花をかき分けてわたしを発掘してくれた。
「ご、ご無事ですか!?」
「ぬしさまお怪我は!?」
「息はしているか!?」
バッと、三振りの中で一番背の高い巴形薙刀がわたしの両脇を持って持ち上げる。
真っ青な顔で怪我がないか確認する。
やめて。無傷かどうか確認するのにサーク〇オブラ〇フみたいなかかげ方するの。視線が高すぎて普通に怖いから。
「無事だよ、無傷だよ、息もしてる」
「あ、ああ…良かった…」
「うん。…あ、そうだ。長谷部さん、巴形薙刀さん。それから小狐丸さんも」
「はい、主」「なんだろうか」「はい、ぬしさま。なんでございましょう」
「(ほぼ同時に喋った…)えっと、加州清光さんに聞いたんですけど、ちょっと怪我してますよね? 皆さん今のうちに傷を直しておきましょう」
加州清光の話ではは、手入部屋にいた人たち以外は軽傷にも満たない傷を負っているとの事だった。
だが、へし切長谷部は顔と肩に切り傷があったり、巴形薙刀は服の袖が切れていたり、小狐丸は袴がザックリ切れていたりとわりと痛々しい戦闘の形跡が残っている。
他にも、服に砂埃のような跡がついてたりするので、多分そうとう激しく戦ったのだろう。
…というか、今更だけど二十振りも負傷者出しといて傷どころか服に汚れすらなかった天下五剣強すぎない?
童子切安綱にいたっては極にすらなってないんだけど。それでキレて極カンストの歌仙兼定中傷にするって、パワーバランスどうなってんの?
そんなことを遠い目で考えていると、ふと三振りが異様に静かなことに気が付いた。
あれ? とその顔を見上げてみれば、みんな目尻を赤く染めて口をもにょもにょさせている。
…なにその顔。かわいい。
「? えっと、手入れさせてもらってもいいですか?」
「「「喜んで!!」」」
「うびっ、!?」
っくりした。男の人の全力の居酒屋だった。
その声量に固まっていると、三振りがそれぞれの刀剣をわたしの前に差し出してきた。
打刀と薙刀と太刀である。
わあ、大きい。それにすごくきれい。
内心感動しながら、まず左から順番にへし切長谷部の刀にお札を貼った。すると、体に貼った時と同じように模様が輝いて、サラサラと彼の顔と首にあった傷が消えていく。
「あ、」
「はい。終わりです。綺麗になりましたよ」
「っ、」
言って、刀から人の姿のへし切長谷部に視線を移そうとしたら、突然その体が崩れ落ちた。
「え!?」と驚くわたしの耳に、「ありがとうございますッ!!!」というくぐもったクソデカボイスが聞こえてくる。
…多分、わたしに言っている。
なんか、覚えがあるな。奇行は推しに見せたくないけどこの身に余る感謝は伝えたいっていう感極まったオタクの感情の発露に似てる。
というかまんまソレだ。…それを向けられてるのがわたしというのは、ちょっと複雑なのだけれど。
「えっとじゃあ、次は巴形薙刀さん」
「ああ、頼む」
「あ、傷が痛むようでしたら薙刀を貸してください。膝に乗せて手入れしますから」
「ありがとうございますッ!!!」
「え?」
「いや、なに。ここが俺という物語の頂点だと思っただけだ」
「低すぎるよ。頂点」
一瞬男子高校生みたいなノリでそっぽ向いてガッツポーズした巴形薙刀を半目で見てから、わたしは薙刀を両手で受け取った。
そっとその場に座って膝に乗せる。
…そういえば、薙刀は花嫁道具としても使われてたりしたんだっけ。しかし、実際持ってみるととても重たく、とてもこれを振って相手を薙ぎ払うようなことはできそうになかった。
「はい。じゃあお札貼りますね」
「見ろ。長谷部。小狐丸。俺は主の膝の上にあるぞ」
「くっ、」
「なんと羨ましい…!」
「直りましたよー。はい、どうぞ」
ぐぬぬと握り拳を震わせる小狐丸とへし切長谷部を後目に、わたしはベテランの御札貼りくらい流れ作業でお札を貼って薙刀を巴形薙刀へ返した。
それから、立ち上がって今度は小狐丸の太刀に手を伸ばす。
「はい。お待たせしました、小狐丸さん」
「ぬしさま。是非とも私もぬしさまのお膝の上に」
「太刀は腕に抱えて貼れますから大丈夫ですよ」
「な、小狐丸がぬしさまの腕の中に…!?」
「はい、貼りますね。…よし。直りました。お疲れ様です」
カチャッと大きな刀を両手で持って差し出せば、小狐丸は「ありがとうございますッ!!」と男子高校生のノリで頭を下げた。
ら、ぴこっとその耳のような不思議な髪が揺れる。
…撫でたい。
そう思い、どさくさに紛れてもふっとその髪を撫でてから(モッフモフだった)わたしは未だ頭を下げ続ける(というか下げさせ続けている)三振りを見やった。
「ええっとそれじゃあ蜻蛉切さん、千子村正さん、にっかり青江さん。一回顔を上げましょう?」
「し、しかし主…故意でないにしろ、主君に刃を向けた罪は重く、それを犯して処罰無しというのは」
「罰がいるなら襖を直す時にお手伝い頼みます。だから一回顔を上げましょう」
「蜻蛉切。そう強く頭を押さえられていては、主の姿が見れません」
「僕もそろそろ主の顔を見たいな。蜻蛉切さん」
死ぬほど申し訳なさそうな顔をした蜻蛉切の両隣で、彼に後頭部を押さえ付けられた千子村正とにっかり青江がのほほんとそう言った。
…ここの関係もいったいどうなってるんだろう。
いや、千子村正と蜻蛉切は分かるけど。
でも、あの他者への礼儀を忘れない蜻蛉切に頭を押さえられるにっかり青江って、いったい何があってそんな関係になってしまったんだ。
「分かりました。すべては主の御心のままに」
「うん…そんな大層な心じゃないけど」
「h u h u h u。やっとアナタの顔を見れマスね」
「村正」
「分かってマスよ、蜻蛉切。アナタが手を離すと同時に──脱げばいいのでショウ?」
「違う!!」
「そうだよ村正さん。僕たちの主は女人なんだから。もっと優しくならしていかないと。…ああ、感性のことだよ?」
「にっかり青江!!」
ふたりの頭を押さえた蜻蛉切が忙しなく叫ぶ。
…大変そうだ。
すると、壊れた襖の近くに控えていた天下五剣の中から数珠丸恒次が「手伝いましょうか?」と。
ジャラッと音を鳴らして、その輝く数珠のような紫の瞳をのぞかせた。
途端、ビクッと千子村正とにっかり青江の肩が跳ねる。信じられないくらい早口で言う。
「遠慮しマス」
「大丈夫、大丈夫だから来ないで。縮み上がってしまうから。僕が」
「(ギリ下ネタに聞こえるな…)」
「あなた方には聞いていません」
「だ、大丈夫です。数珠丸殿。その…主の前でアレはよくありませんから」
「(何かをアレで隠そうとしてる…!)」
「そうですか。分かりました」
真っ青な顔で首を振った蜻蛉切に、数珠丸恒次が上げかけた腰を下ろす。と、三振りはホッとしたよう息を吐いた。
そんな怖いのか。数珠丸恒次のアレ。知りたいけど、絶対知りたくないとも思った。
そんなことを考えていると、蜻蛉切がふたりの頭から手を離した。
間を空けず、千子村正とにっかり青江が頭を上げる。その顔がわたしの前に現れる。
「ほう」
「へえ…君が僕の主なんだ」
すると、彼らはうっそりと妖しい笑みを浮かべてそう言った。
お、おおう…妖艶。ふたりとも困り眉の微笑がめっちゃセクシーだ。多分、普通にこの顔を向けられたら「はわわわ…!」ってなんかちょっとえっちなシーンとか見た少女漫画の乙女の顔になってたと思う。
しかし、今のふたりは上がった気力で降り積もった桜がそこかしこに付いていて、色気よりも可愛いといった印象の方が強かった。
「はい、わたしがあなた方の主です」
ので、わりと緊張せずに笑顔でそう答えられた。
ついでに、ふたりの髪にしこたま着いていた桜も指先ではらう。
すると、うっそり微笑んでいたふたりの顔がキョトンと鳩が豆鉄砲を食ったようなものに変わった。
かと思えば、じわっとその目尻が赤く染まって難しい顔に変わり、各々手の甲や手のひらで口元を押さえてわたしから顔を背ける。
「?」
「なるほど…これが。…h u h u h u 」
「きみ…」
「え?」
「駄目だよ、それは反則だ。…肌に紅を彩るのは僕たち刀の専売特許なのに」
「なのその物騒な専売特許…」
ようは血濡れってことでしょ?
…あ、それかえっちな話だったのかな。分かんないや。
だがまあ、駄目というわりに怒っているような空気はなかったので、とりあえず「これからよろしくお願いします」と言ってわたしはその場に立ち上がった。
そして、今度こそはと粟田口兄弟の元に向かおうとしたのだが。
「あっ」
「!」
「あ、」
なんと。鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎は既に顔を上げてくれていた。
大きく目を見開いて、信じられない言葉を聞いたような顔でわたしを見つめている。
「…?」
その表情に、わたしは首を傾げながら彼らの前に座った。
「どうしたの? 何か気になることがあった?」
「あ、いや…、」
「っ…なんでもない」
そう言って、ふたりは目を逸らして口を閉ざしてしまう。
…なんだろう。多分、何かが気になったからわたしの方を見てたんだと思うけど。
手前の行動を思い出して見るけど、正直どれが気になったのか分からない。
銘を呼ぶことかなとも思ったけど、でも他の刀を呼んだ時はまったく反応しなかったし。
だから多分、千子村正とにっかり青江とのやり取りの中に気になる事があったのだと思う。
…となると、なんだろう。
数珠丸恒次のアレかな。
あ、それかもしかしたら
「鯰尾藤四郎さん、骨喰藤四郎さん。一期一振さん」
「「!!」」
「え、…」
「遅ればせながら、初めまして。──わたしがあなた方の今代の主です。これからどうぞよろしくお願いいたします」
なんとなく、これかなと思って言ってみた。
わたしが主だとハッキリ言ったのは、にっかり青江と千子村正の前でだけだったから。
すると、目を背けていたふたりがハッとしたようにわたしの方を向いた。
同じ色の瞳が、ゆらゆらと不安定に揺れている。
愛らしい顔は、痛みをこらえるように歪められている。
それがなんだか、あの日の夜の山姥切長義の表情と重なって見えて。
わたしは、どうにか彼らに安心してもらいたくて、下手くそな笑みを浮かべて両手を前に出した。
許してくれるなら頭を撫でさせてもらおうと思ったのだ。けれど。
「っ、」
「え? うわっ」
その瞬間、座り込んでいた鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎がガバッとわたしに抱き着いてきた。
それぞれ右肩と左肩に顔を埋め、ギュッと体をかき抱くようにしがみついてくる。
驚くわたしの目に、同じように驚いた顔をする一期一振の表情が映る。
「ど、どうし」
「──死んだって言われたんだ」
「え?」
「無顔に。俺達の主は、どっかのクズの快楽のために殺されたって」
「…、」
「もう、いないって言われたんだ。…ハ、いないって、会ったこともないのにな。顔も声も、性別だって知らなかったのに…」
震える鯰尾藤四郎の声が、耳元で言う。
ズッと、鼻をすするような音がして、泣き出しそうな声が続ける。「──それでも、この俺の今のたった一人の主だったんだ」
「、」
「会いたかった。ずっと…ずっと…あんたの優しさに触れる度、その顔を見て、声を聞きたかった」
「…はい」
「よかった…あんたが、生きてて…」
ギュッと、わたしの服を握りしめた骨喰藤四郎が、震える声で囁く。しがみつく腕の力が強くなる。
そんなふたりの背を、わたしはポンポンと軽く叩いた。
「すみません。色々心配かけて」
「っ、」
「…、」
「わたしも、皆さんに会えて嬉しいです。…生きてて良かったです」
そう言うと、力の入っていた彼らの肩がふっと憑き物が落ちたかのように下がった。
「うん」と、ホッとしたような幼い声が右耳と左耳から揃って聞こえてくる。スリっと額が肩に擦り寄せられる。
すると、その様子を見てずっと困惑した様子だった一期一振がふっと優しい微笑を浮かべた。
まるで、肩の力が抜けたような笑みだった。
そんな顔で、彼は「ああ…よかった」と呟いた。
その安堵は大広間にいた刀剣男子たちにも伝わっていき、ずっと黙って硬い表情でこちらの様子をうかがっていた彼らの表情が、ホッとしたようなものに変わっていく。
張り詰めていた糸が解けるように、和やかな空気が広がっていく。
「じゃ、じゃあ本当に主は生きてたのか…」
「本当に彼女が俺たちの主なのか…」
「ね、ボクたちも近くに行ってみようよ!」
「う、うん! あ、虎くん駄目だよ先に行ったら!」
「ガウ!」
「……」
「…お小夜も行きますか?」
「、……いい、です。…いまは」
「そうですか」
「な、オレたちも後で行こうぜ蛍!」
「おー」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「国行も行くんだよ!」
「謙信くんはどう?」
「ぼ、ぼくはあとでいい」
「そっか。貞ちゃんは?」
「俺はあとで貞宗のみんなと行くよ。今行ったら主大変そうだし」
そう彼が視線を動かすと同時に、ガバッと大きな白虎が鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎にしがみつかれる審神者に飛びかかったのだった。
◇
「んじゃ、改めまして。大将、オレは厚藤四郎だ。んで、ここに並んでるのが藤四郎の兄弟達。前田藤四郎、平野藤四郎、包丁藤四郎、乱藤四郎、博多藤四郎、毛利藤四郎、秋田藤四郎、五虎退、後藤藤四郎。それから、今大将に頭擦り付けてんのが五虎退の虎な」
そう言って、わたしの前に座った厚藤四郎はニカッと快活に笑った。
しかし、わたしは引き攣った笑顔しか返せない。
何故なら背後を五虎退の虎に取られているからである。
しかも二の腕に脳天をグリグリ擦り付けられている。多分、甘えられている。
…この、地響きみたいなグルグル音ってねこちゃんでいうゴロゴロ音なのかな。ワンチャン獲物を前にした唸り声の可能性もありそうなんだけど。
「ご、ごめんなさいあるじさま…。虎くんすごくよろこんじゃって…」
「あよかった。喜んでるんだね、これ」
「グルグル。グルグル」
五虎退からお墨付きをもらえたので、やっとちょっと額を撫でることができた。虎はうっとりと目を細めている。むちゃかわいい。
「あ、とらズルい。ね、主! 俺のことも撫でてよ」
「ぼ、僕も」
「僕もおねがいします!」
「ボクはハグがいいなぁ♡」
「喜んで」
久しぶりの居酒屋を開店しながら、わたしは近付いてきた粟田口の短刀達の頭をそっと撫でた。
まず、包丁藤四郎。頭のてっぺんあたりからピコピコっと出たくせっ毛がかわいい。その質感が気になったのでそっと押さえるように撫でたら、少しだけへにゃっとなったのがますます可愛かった。
次、五虎退。
絶対ふわっふわだろうなと思って撫でたら、想像以上にふわっふわだった。「(やわらかあい)」と思いながら夢中で撫でてたら「えへへ」って幸せそうに笑うから心臓発作起こすかと思った。
次、秋田藤四郎。桃色の髪に水色の瞳という最強ゆめきゃわカラー天才と思いながら撫でたら「うにゅ」と言って目を染めて嬉しそうに口をもにょもにょさせていた。一期一振の目がなかったら多分鼻血流してぶっ倒れてたと思う。
次、前田藤四郎。脱いだ帽子で口元を隠しながら「お、お願いします…」と控えめにわたしに頭下げるのが最強に可愛かった。あと今まで頭撫でたどの刀剣男士よりも髪がサラサラだった。
次、平野藤四郎。「お願いいたします」と帽子膝に乗せて頭を下げるのは大人びた仕草だったのに頭を撫で終わったら嬉しそうな顔で「ありがとうございます…」と頬染めて恥ずかしそうにするから一期一振に「弟にください」と言いかけてしまった。
「んじゃ、ボクはハグね。はい、ギュー♡」
「ありがとうございますッ!!」
「すげー早い返事出たな…」
五虎退の虎が離れると同時に、乱ちゃんがアイドルみたいな笑顔で腕広げて近付いて来たので「えここが天国?」と思いながらわたしもハグ待ちポーズで出迎えた。
「わあ。あるじさん、あったかぁい…」
「恐縮です」
「そげんぬくかと?」
「うん。いちにいと同じ大人のひとの体だけど、ぜんぜん違う。ボク、あるじさんの体も温かくて好きだなぁ…」
「コケ」
「わかる。主のからだ柔らかくてあったかくて、鋼の俺達と全然違うんだよなぁ」
「鯰尾」
「鯰尾。口を閉じなさい」
ジトっと鯰尾藤四郎を睨みながら骨喰藤四郎と一期一振が言った。
その近くには、やれやれというように息を吐く薬研藤四郎と、ソワソワする狐を膝に乗せて宥める鳴狐と白山吉光が座っている。
(因みに先程までわたしのしがみついてた鯰尾くんと骨喰くんは虎が飛び付く瞬間に薄情にもサッとわたしから離れていった。今は一期一振の両隣に座っている)
「あ、そういえば博多藤四郎さん」
「ん?」
「あの、申し訳ないんですけど、実は病院の治療費と入院費を本丸の小判で支払わさせてもらったんです。あ、そのあとの服とかは別で働いたお金で買ったんですけど!」
「お、おう…」
「ただ、長期入院だったんで入院費も治療費もかなり高額で…申し訳ないんですけど、経費で落としていただく事って可能でしょうか?」
「もっちろんたい! そげん言わんでも良かに決まっとろーちゃっ。この簿記一級を持った博多藤四郎に任せるばい!」
「えすごい、簿記一級になってる…!」
「ふふん!」
思わず拍手をしたら、博多くんはひらひら桜を舞わせながら腰に手を当ててムンと胸を張った。
かわいい。しかも簿記一級とってるのほんとすごい。でもいったいどこを目指してるんだ。うちの博多藤四郎くんは。
「そういや大将。ここに来てから信濃とは会ったか?」
「あ、いえまだなんです。…そういえば、信濃藤四郎さんはどこにいらっしゃるんですか?」
顕現をといているという話は皆から聞いたが、その姿がどこにあるのかは知らなかった。
手入れ部屋にもなかったし、この大広間にも置かれていない。
「信濃藤四郎の刀なら俺達の部屋に置いてるぜ。そのままにしてたら錆びちまうから、交代で手入れしてんだ」
「そう、なんですか…」
「まあ、今はちょっと疲れて寝ちまってるけど…きっと大将に会いたがってると思う。だから後で声かけてやってくれ」
「はい、もちろん」
こくっと頷けば、後藤藤四郎と厚藤四郎はホッとしたように表情を綻ばせた。
その姿に、思わず両手がふたりの頭に伸びる。わしゃっと髪を乱すように撫でる。
そんなわたしの突然の奇行に、ふたりは「ぅえ?」と驚いたように目を丸くしていたが、どちらも振り払うようなことはせず、目尻を赤くして照れくさそうにそっぽ向いていた。
「(かわいい…)あ、あともしわたしの手入れが必要だったら言ってください。政府から手入れ用のお札をたくさんもらってきてますから」
「あ、ああ。…そういや、大将は二ヶ月くらい政府にいたんだったな」
「はい。治療をしてもらって、退院してからは雑務処理課というところでパートで雇ってもらってました」
「へえ…ん?」
「雑務…処理課?」
「? はい」
「………」
「………」
「…? え、何か知ってるの?」
なんとも言えない顔で固まった後藤藤四郎と厚藤四郎に聞けば、彼らは無言で互いの顔を見合せた。
「…違うよな?」「違う、だろ…たぶん」と、よく分からないやり取りをして、またわたしを見やる。
「…?」
「ね、ねっ主! 聞きたかったんだけど主は人妻だったりしない? 家庭的でお菓子を作るのが好きだったりしない?」
「子供さんはいらっしゃいませんか? もちもちのふわふわで僕の腕におさまるくらい小さな天使は!」
「欲望ですぎだよ。きみら」
目を輝かせて身を乗り出してくる包丁藤四郎と毛利藤四郎に思わず半目で言った。
ついでに、「いないよ」とも付け加える。
「ちぇ…なぁんだ」
「ちっちゃい子…」
「うん…毛利くんに関しては隣に包丁くんがいるけどね」
「もちもち…」
「あ、じゃあ主、いち兄のお嫁さんは?」
「ついに親戚のおばちゃんみたいなことも言い出したな…」
申し訳ないが、ロイヤル一期一振の嫁はわたしには荷が重すぎる。
多分その人は人妻じゃない。王妃だ。
人のための妻じゃなくて、国を支えるための妃である。それこそ悪役令嬢くらい凛としてて気高い人だと思う。
だから絶対、包丁くんの思うようなにこにこフワフワな優しい人妻じゃない。
「頼むよあるじぃ〜。婚姻届だけでも出してくれたらいいからさぁ」
「包丁くんの人妻の定義はそこなの?」
「あとお菓子くれる事と包容力ね!」
「欲深さんめ…」
「んで? 色々言われてるけどどうなんですか? いち兄」
私達のやり取りを聞いていた鯰尾藤四郎が、何故かニヤッと笑ってキラーパスを一期一振に放った。
「下世話だぞ。鯰尾」ジトっと横目に彼を睨んだ骨喰藤四郎が鋭い声音で言う。「いいじゃん。聞くくらい」「主殿の前だ」「でもいち兄と主が夫婦になったら俺達の姉になるんだぜ?」「………」
……骨喰藤四郎が黙ってしまった。
鯰尾藤四郎と一緒に好奇心の滲んだ瞳でチラッと一期一振の方を見やる。
だが、一期一振は完璧な笑顔を浮かべるだけだった。「はは」と軽い笑い声がその口からこぼれ落ちる。感情のこもらない、呼吸のような笑い声だ。
「そうですね。主が望むのであれば、私は如何様にでも」
「望みません。どうかお好きに健やかに過ごしてください」
「おや、残念です」
貼り付けたような笑顔のまま、彼は眉を下げて肩を竦める。
なん…どした。なんでうちの一期一振こんな下世話に対する対応の仕方が熟れてるんだ。
飲み会でイケメンすぎるから酔っ払いに絡まれて百万回くらいこのやり取りしたみたいな慣れ方してる。そつがなさすぎる。というか、
「まずロイヤルフェイスの笑顔が強すぎるな…」
「…え?」
「あっ、すみません。オタクが口から出ました」
「あ、そう、ですか……いえ、笑えていたのなら何よりです」
「? 笑ってますよ、満点です」
「ま、まんてん?」
「自分の顔をいちばん見るのは他人ですから。一期一振さんの笑顔は一億満点です。わたしが保証します」
特に意味もなくキリッと胸を張って言えば、一期一振はぽかんと目を丸くした。
ひらりと、どこからともなく落ちてきた桜の花びらがその目尻を一瞬赤く染めて消える。
なんとも言えない沈黙が落ちる。
…え、なんで無言? そんなびっくりするようなこと言った? …それともキモすぎてドン引かれてる?
そう思って冷や汗を流していると、ふと一期一振が片手を上げて口元を押さえた。
かと思えば、くしゃっと。その顔がほころぶ。
それは、目を細めて口角を上げただけの不器用な表情だった。
「はは…! なるほど、一億満点か」
「はい。今の笑顔も一番星ですよ」
「ふふ…では、今の私は笑っているということで」
「あ、…うん、はい」
「ありがとうございます。主」
「き、恐縮です…?」
ニコッと、いつものロイヤルスマイルを浮かべた一期一振にドキマギしつつ、わたしはペコッと頭を下げた。
「よし。これでうちの兄弟達は全員顔見せできたか」
「あ、待って。戻る前に薬研藤四郎さん、ちょっと」
「ん?」
「あと、鳴狐さんと白山吉光さんも」
座る彼らを手招きして呼ぶ。
というのも、ずっと気になっていたのだが今呼んだ三振りだけ顔に傷がついていたり服が破れているのだ。
多分、彼らも加州清光と大和守安定の言っていた軽傷にも満たない怪我をしてる刀達なのだろう。
すると、不思議そうに首を傾げていた三振りがわたしの元にやって来る。
わたしは「みなさんも怪我してますよね? これで手入れできますから、直しておきましょう」とポケットからお札を取り出しながら言う。
「なんだ大将。俺達の手入れしてくれるのか?」
「はい。手入れというか、お札貼るだけですけど」
「なんと! ああ、このような日が本丸に来ようとは…!」
「…嬉しい」
「え?」
ポツリと鳴狐の本体が呟く。
見れば、こちらを見据える瞳が優しく細められていた。その眼差しに、「うっ」と。思わず胸を押えて視線を泳がせる。
「いやその…紙乗せるだけでわたしは何もしないんですけど」
「ああそうだ。今までは、その紙を乗せてくれる人すらここにはいなかったんだ」
「、」
「嬉しいよ。あんたに触れてもらって、手入れまでしてもらえるのが」
そう言って、薬研藤四郎は腰に携えていた刀を取ってわたしに差し出してきた。
少しだけ照れたような美少年の顔がわたしを見つめる。「それじゃあ頼む」と、ハードボイルドすぎる声が言う。
そのギャップに、わたしは思わず天を仰いだ。
スー…。
メロすぎるやろーーー!!!!
なにこの、なに…え、薬研藤四郎の沼すごくない?
儚げ美少年×低音ボイス×短刀×短パン×ハードボイルドって。属性がてんこ盛りすぎる。多分性癖ビンゴがあったら薬研藤四郎一振で全部埋まるぞ。
そんなキモイ思考を二秒でしたオタクは天を仰いだままお札を刀に貼った。
すると、体に貼った時と同じように模様が輝きはじめ、彼の頬にあった傷が粒子になって消える。
「おお」
「はい。直りました」
「ありがとな、大将」
「いえいえ。じゃあ次。鳴狐さん」
「はわわわ。ついに鳴狐の刀があるじどのの手の中に…!」
「おもいかも」
「大丈夫ですよ。膝に乗せますから」
「ひ、膝枕ですぞ! 鳴狐!」
「違う」
「良かったらお供の狐さんもどうぞ」
あわよくばモフりたいという邪な感情から膝を叩いて呼べば、「ああぁなんと魅力的なお誘い〜」と言いながら、鳴狐の腕の中からぴょんと畳に下りてわたしの膝の上に乗ってきた。
モフっと、いのちのおもみが伝わってくる。軽いけど重たいおもみだ。やばい鼻血吹きそう。可愛い。まずあんよがちっちゃすぎる。
「狐。刀が乗せれない」
「なんと。ではあるじどの、肩を失礼いたします」
「ありがとうございますッ!!」
「恐ろしく早い返事が出たな…」
「あるじ。お願い」
首元に至高のモフモフを感じながら、わたしは受け取った刀を膝に乗せてお札を貼る。
「おお。すばらしい!」
「直った」
「ご覧くださいあるじどの! わたくしのけづやもこんなに良くなりましたよ!」
「分かります。めっちゃもふもふです」
「狐。こっち」
「あぁ〜殺生なぁ」
刀を受け取った鳴狐が、わたしの肩に乗っていたお供の狐を抱っこして後ろに下がる。
ああ、もふもふが…。癒しが…。
心底残念だったが仕方ない。なんせ鳴狐のお供の狐だ。離れてしまってはそのアイデンティティが失われてしまう。
というかそれ以前に、ずっと待たせている白山吉光に申し訳ない。わたしは名残惜しい気持ちを振り払って「お待たせ致しました」とこちらを見つめる彼に手を差し出した。
「刀、…じゃない。剣を貸していただけますか、白山吉光さん」
「はい、あるじさま」
彼は淡々と頷き、桜を舞わせながら立ち上がってわたしの方に来た。サラリと、長いサイドの髪が揺れる。透き通るような美しい瞳がわたしを見据える。
すごい。ここに来てまたベクトルの違う粟田口の美がやって来たな。
「こちらが白山吉光のつるぎです。嫁入り道具ですので、あるじさまでもお持ちできるかと」
「はい。お預かりします」
両手で差し出された剣を両手で受け取り、膝の上に乗せる。
すると、白山吉光は静かにわたしの前に座った。無表情でお札を貼るわたしの手をジッと見つめている。
「……」
「……」
無言のわたし達の間に、ザワザワと大広間で会話する刀剣男士の声だけが行き交った。
その地味に気まずい空気に、わたしは会話の一環で彼に聞いてみる。
「あの、白山吉光さんはどうして怪我をされたのですか?」
「…え?」
「あ、いえ。皆さん天下五剣の刀と戦ったというのは聞いたのですけど…」
正直、白山くんが無理やり部屋を覗こうとして怪我をしたとは思えない。
手の甲の傷も、切られたというよりは何かで擦れてできた擦過傷に見えるし。
「……」
「…あ、別に無理に教えてくれなくていいですよ? 言いたくないのならそれはそれで」
「いえ…その」
「うん」
「わたくしのお部屋は、あるじさまの眠っていらっしゃったお部屋からとても遠いのです」
「? そうなの?」
「はい。ですので、あるじさまが本丸にいらっしゃったと聞いたときには、たくさんの刀が走って向かわれていました」
「うん」
「わたくしも、お姿を確認するために狐を抱えて外に出たのですが」
「うん」
「転びました」
「うん………うん?」
「縁側で躓いてしまいました」
「…え」
「お恥ずかしながら、狐に気を取られて受け身を取れませんでした」
彼は淡々と語った。
その声音は無機質だったが、目尻は紅く、顔は少しだけ気まずそうにわたしから逸らされている。
「…人のからだはむつかしい」
「そ…そっか」
「もっと精進します。あるじさまの嫁入り道具として。…転ぶのは縁起もわるいですから」
「ありがとう…」
そんなちょっと上手いことを言い残して、白山くんは剣を受け取り去っていった。
する、彼と一緒に他の粟田口の刀達も「じゃあ主! またたくさん話しましょう」「また」と、わたしにひと言言って大広間の奥に下がって行く。
そうして彼らが畳に座ると、今度は前の方に座っていた豊前江が「んじゃ、次は俺らな」と、近くで固まっていた江の刀達と一緒に立ち上がってこっちに近付いてきた。
緊張した様子の篭手切を筆頭に、私の前に横一列で並ぶ。揃った動作で跪坐する。
…なんか、握手会みたいになってきたな。順番待って並んで挨拶して。
絶対わたしと彼らの立場逆だと思うけど。
とくに江の刀は、傍目に見てもアイドルオーラがすごい。年下キャラに王子様系にゆるふわ系に犬系男子に全人類の彼氏。
もうオタクの夢がすべて詰め込まれてる。
江すごい。
「ほら、こて」
「は、はい! …あ、主」
「はい」
「お初にお目にかかります。私は、篭手切江。歌って踊れる、今代の主の刀です」
自身の胸元に手を当てながら、篭手切江はそう言った。その顔はひどく強ばっており、膝に乗せられた拳は微かに震えている。
な、なんか面接官前にしてるくらい緊張されてる気がする。これはやっぱりあれか。私がこの本丸の審神者だからか。
私は少し悩んだが、意を決してその跪坐の上で固く握られた彼の片手に触れた。
「、!」と眼鏡越しに目を見開く彼の手を両手で掴みあげる。不格好な笑みを浮かべて口を開く。
「初めまして、篭手切江さん。会えて嬉しいです」
そして、できるだけ友好的に聞こえるように穏やかにそう言った。つもりだった。…のだが
「っ、…う……うぅ…」
私が言い終わると同時に、くしゃっとその少年の端正な顔が歪んだ。
かと思えば、その若草色の瞳に涙が浮かぶ。ツっと雫が頬をつたって流れていく。
え、なっ、泣かせた…!?
思わずギョッと目を見張って固まっていると、篭手切江は眼鏡を取って袖で乱暴に目元を拭った。
そして、彼の手を掴んでいた私の手をそっと両手で包み込み込む。祈るように握って額に当てる。
「オ、」
「はい、はい…っ! 主、私もあなたにずっと会いたかったです…っ ずっと、ずっと…っ」
「キョ゜…恐縮です」
「よかったね。篭手」
「ずっ…はい…!」
まるで念願のアイドルに会えたくらい感動した様子で桜を舞わせる篭手切江に、私はどうしたらいいのか分からず並ぶ江のメンバーを見渡した。
しかし、みんな柔らかい表情を浮かべていてとくに怒ったり戸惑ってる様子はない。
い、いいのかな。こんなモブPの分際で最推しに会えたくらい喜んでもらえて。
何回も言うけど絶対立場逆だと思うんだけど…。
「主」
「はい」
「俺は豊前江だ。他の刀みてぇに語れることはねーけど、ここの生活は気に入ってる。…だから、生きててくれてありがとな」
「い、いえいえ。…あ、どうも」
フッとイケメンに笑った豊前江が握手を求めるように手を差し出してきたので、私は離れていった篭手切江から体の向きを変えて彼の手を握った。
瞬間、ギュッとその手を握られる。
わ、すごい。力強い。驚いていたら彼もギョッとしたように目を見開いた。
「わ、手こんめっ!」
「え?」
「や、悪ぃ…そうか。こてと同じくれーの背でも、アンタは女人だもんな…」
そう言って、彼は恐る恐る手を離してちょっと反省したように自分の手の手首を触った。
…別にちからつよって思ったくらいで痛くはなかったんだけどな。
そんな事を考えながら手を引こうとしたら、それより先に「主」と豊前江の横にいた桑名江が声をかけてくる。
「はい」
「初めまして…というのは、少し違う気もするけど。僕は桑名江。この本丸の畑の番人をしてるよ」
「あ、はい。初めまし……畑の番人?」
「主、桑名の畑はすごいんだぜ。とくに果物農園は、博多藤四郎が商売にできるってお墨付きを置くほどだ」
「く、果物農園?」
「うん。りんご、もも、さくらんぼ、ぶどう、無花果、栗…まあ、手広くやってるよ。本丸は景趣で季節を変えられるからね。今は…果物だと、いちごがよくとれるかな?」
「お、おお…」
すごい。めっちゃ農家さんしてる。
というかそんなたくさん果物育てられるくらいこの本丸広いのか…。
「来週くらいにまた収穫しようと思ってるから、その時は主にもおすそ分けさせてもらうよ」
「ありがとうございます」
「うん。あ、じゃあ最後に握手」
「あ、はい」
ふわっと口元だけ笑った桑名江が手を差し出してくる。ので、私も手を差し出す。と、「わ、ほんとにこめえ…」と小さく呟いて手の軽さでも確認するみたいに軽く上下にふられた。
「はい。次松井ね」
「(なんか本当に握手会みたいになってきたな…)」
「ああ。豊前、場所を交代だ」
「ん」
短く返事をした豊前江が立ち上がり、松井江と場所を入れ替わる。
そうして私の前に来た松井江は静かにその場に跪坐し、微笑を浮かべて片手を差し出してきた。
「初めまして、我らが主」
「はい、初めまして。松井江さん」
そう言って差し出された彼の手を握る。
ピクっとその指先が動いて、恐る恐るというように握り返してくる。
わ、すごい。めっちゃ手白い。
なんならわたしより白いぞ松井くんの手。
「…ぬくい」
「え?」
「ああ…感じるよ。貴方の肌の下に流れる血の温度を」
「さ…左様ですか」
「うん…だけど、血を流すのは僕の業だ。もう、この肌に傷は付けさせない」
「うん………うん?」
「誓うよ。ここにいる限り、貴方には傷一つ付けさせないと。──その身は僕が守ると」
「(何この物騒からの急なメロはときめき過ぎてキレそう)ありがとうございます」
危うくカッコ内と口から出る言葉が逆になりそうだったが、わたしはニコッと愛想良く笑ってかえした。
「じゃあ次。五月雨だ」
「わん」
「え?」
思わず反応してしまった。
…いやだって、めちゃくちゃイケボで当たり前のように「わん」って言ったから。
そりゃこっちも「え?」って口から出ちゃうよ。そりゃ。
誰に言うでもなくそんな言い訳を心の中でしていると、立ち上がった松井江と入れ替わりで五月雨江がわたしの前に来る。
松井江よりももっと静かな動作でその場に跪坐する。
「頭」
「あ、はい」
「初めまして。私は貴方の犬。これからは頭の望むまま、なんでもご命令ください」
「そ……はい、五月雨江さん。これからよろしくお願いいたします」
その言い方はまずいと言いかけたが、彼の忍と犬という性質を思い出して言葉を飲み込んだ。
すると、無表情の五月雨がスっと利き手をあげる。招き猫みたいなポーズを取る。
? え、なんだろう。
分からなくて真似をして片手を上げてみたら、彼はふっと小さく笑った。それから「わん」と。その猫の手みたいな形にした手を前に差し出してくる。
…あ、もしかして。
ためしに手のひらを上にして彼に差し出してみると、ぽんとその猫の手ならぬ犬の手がわたしの手のひらに乗せられた。
どうやら「お手」をしたかったらしい。
「ありがとうございます。はい。次は雲さんです」
「俺はいい…いたた…お腹痛いし…」
「では私もここにいましょう。さあ、雲さん」
「う、うぅ…」
松井江の影に隠れ、お腹を押さえていた村雲江が気怠げに立ち上がってこちらに近付いてくる。
跪坐する五月雨江にピッタリくっ付いてその場に座る。「、…」が、すぐに座り直して跪坐をした。ひどく緊張した面持ちがわたしを見やる。
「む…村雲江。別に…話せることはないよ。二束三文の俺には…できることだって、何も」
「雲さん」
「う…」
「ほら、雲さん。お手しましょう」
言って、五月雨江が村雲江の肩をさする。
村雲江は恐る恐る五月雨江を見やり、それから犬の手をつくってわたしの方に差し出してきた。
…なにこの、てぇてぇムラサキとピンクのコンビは。
癒しすぎる。これが画面越しでその場に誰もいなかったらわたしは「ありがとうございますッ!!!」ってクソデカボイスで叫んで蹲ってたぞ。
まあこんなたくさんひとのいる場所でそんな奇行種にはならないけど。
そんな事を思いながら、わたしは先程の五月雨江と同じように手のひらを村雲江の手の下に差し出した。
すると、彼はゴクッと生唾を飲んでわたしの手の上にその手を下ろす。ちょん。震える手がそっと当てられる。
ので、わたしはそっとその手を包み込んだ。
「キャン!?」と目を見開いて驚く彼にこっそり笑って、握手する。
「初めまして、村雲江さん。これからよろしくお願いいたします」
「っ、〜〜」
「あ、すみません頭。雲さん限界みたいです」
「あ、ご、ごめん」
パッと手を離せば、村雲江は「クゥン…」と鳴いて五月雨江の肩に崩れ落ちた。
そんな彼を、五月雨江が抱えて立ち上がる。「では」と言って、少し離れた位置にいた稲葉江に視線を向ける。と、稲葉江は小さく頷いて入れ替わるようにわたしの前にやって来た。
「お前が我の主か」
「はい」
「………」
「………」
「………」
「……?」
「…フッ」
「え?」
「悪くない眼差しだ。不条理な死の淵にさらされたとは思えぬ。失望も陰りも無い」
「ど、どうも?」
褒められてるのかは分からないが、その口角は微かに上がっていたので素直に受け取っておいた。
すると稲葉江はまた元の無表情に戻り、わたしに手を差し出してくる。…あ、握手してくれるんだ。
「審神者よ。我は稲葉江。今更語ることもない」
「はい。稲葉江さん、これからよろしくお願いいたします」
今までの江の誰よりも大きな手をそっと握れば、ガシッとそれを上回る力で握り返された。軽く上下に振られる。
…なんかスポーツマンシップみを感じる握手だな。
そんな事を考えていたら、ぱっと手を離されてその視線が離れたところに座っていた富田江に向けられた。
「次は貴様だ。富田」
「ああ、分かったよ」
頷いた富田江が立ち上がり、稲葉江とすれ違う。
そして見蕩れるほどの美しい所作さでその場に座る。
「初めまして、我らが審神者。私は富田江。江の中では王子様系というぽじしょんにいるよ」
「自己紹介が強すぎるな…」
「え?」
「いえ。初めまして、富田江さん」
ニコッとよそ行きに笑って手を差し出せば、彼はキョトンと目を丸くした。
煌びやかな顏がわたしの手を見下ろす。フッと微かに笑ってこちらを見やる。
「ああ。先を越されてしまったね」
かと思えば、そっと差し出したわたしの手を大きな手で包み込んだ。山姥切国広と同じで王子様みを感じる動作だった。
…この動き、間違いない。レディコミ勢だ。
面構えが違う。というか面の格が違う。これは正しく十人中十一人が振り返るプリンスだ。
「うし、じゃあこれで江は全員か」
「はい。…倶利伽羅江は眠っていますから」
「篭手くん…」
「………」
「でーじょうぶだよ。誰だって休みてぇ時くらいある。野心家の刀はそう簡単に挫けたりしねえって」
「そう、ですね。…あ、そうだ。主」
パッと顔を上げた篭手切江がわたしを見やる。
わたしは無意識に下げていた眉をあげて、「なあに?」とできるだけ明るい声でこたえた。
「実は僕たち、本丸で歌や踊りのれっすんをしているのです。それで、動画さいとにも映像をのせていまして」
「ど。え、みんな動画配信してんの?」
ギョッと身を乗り出して聞けば、江の刀たちは同時にコクリと頷いた。
「はい。動画ものせて、生放送もしています」
「生放送も!?」
「つっても、そんなふぉろわーはいないけどな」
「うん。三万…ちょっとくらいかな?」
「え、めちゃくちゃいるじゃん! え、すごいね!?」
普通に動画配信者としてやっていけそうな数字に思わず拍手をすれば、篭手切江が照れたように笑って頬をかいた。
「えへへ…でも、私達はまだまだです。別の本丸には、ふぉろわーが何十万人もいる江の方達もいらっしゃいますから」
「おお…すごい。みんな、自分自身と戦ってるんだね…」
ライバルは己自身という言葉はよく聞くが、彼らの場合はまったく意味が違う。
本当に、別の個体の自分だ。
見た目も性格もほとんど変わらない。言ってしまえば、ほぼ“同じ”存在である。
そんな中で、人の目につくような個性を生み出すのは、きっと人間のアイドルよりも大変だろう。
「あ、主も見てみますか? 凄いんですよ、彼らのすていじは! 私も勉強のためにふぉろーしているんですけど、本当に動きも衣装も素晴らしくて…!」
「うーん…そんなに興味はないかなぁ」
「あ…そう、ですか…」
「うん。だって、わたしにはわたしの江の刀がいるから」
「え?」と、残念そうな表情だった篭手切江が目を丸くする。
他の江の刀達もキョトンとわたしを見やる。
その一斉に向けられた視線に、わたしは頬をかいて照れくささを誤魔化すように笑った。
「まずはみんなのステージが見たいな。──それが、わたしにとって一番特別なものだから」
途端、シン…と大広間中が静まり返った。
江の刀達は目を見開いて固まっている。
みんなわたしの顔を呆然と見つめている。
篭手切江も、豊前江も。桑名江も松井江も、五月雨江も村雲江も、稲葉江も富田江も。
みんな、みんな。
「「…………」」
「? えっと、あの?」
「………──た」
「え?」
拳を握って俯いた篭手切江が何か言う。
それを聞き返した途端、彼はバッと顔を上げ、尋常ではない桜を舞わせながらわたしの方に身を乗り出してきた。
「分かりました主!! では、さっそくれっすんしてきます!」
「え、」
「待っていてください! きっと貴方のための最高のすていじを作りあげますから! りいだあ! まいりましょう!」
「っし、やっか! アンタにそう期待されちゃ、応えねえわけにゃいかねーよ!」
「そうだね…主が特別だと言ってくれたんだ。俄然やる気が出たよ」
「…仕方ないね。この血の滾るまま、歌って踊ってみせようか…!」
「私も行きます。やりましょう、雲さん」
「うう…期待されると緊張が…、ごめん雨さん、頑張りたいから手握ってて…」
「我も行く。期待には応えよう」
「私もだ。さあ、行こう」
言って、同じく尋常ではない量の桜を舞わせた江の刀達がその場に立ち上がった。
篭手切江を先頭にものすごい速さで大広間を出て行く。
「待て、俺も行く! 主! 貴方が望むのであればこの長谷部、歌も踊りも完璧に覚えてみせましょう!」
「俺も行こう。すていじ衣装はあるか?」
「私の体格に合う装束もつくってくれ!」
…と、その後を追うように、主ガチ勢のへし切長谷部と巴形薙刀と小狐丸の三振りも大広間を飛び出して行った。
「………」
てんてんてん。
大広間は静寂に包まれる。
わたしはビクトリーロードみたいに敷き詰められた桜の花びらを見ながら、引き止めようと手を伸ばした格好で固まる。
「…あんた、結構刀たらしだな」
と、そんなわたしを見ていた太鼓鐘貞宗が半目でボソッと言った。
思わず「うっ」と口端を引き攣らせる。
いや、たらしてるというか…。
だって、これに関しては嘘は一つも言っていない。
ミュも舞台も二次創作物も好きなわたしだが、結局いちばん好きなのは自本丸の刀剣男士達なのだ。
そりゃ、数十万人フォロワーのいる江のダンス動画も見てみたいけど。
でも、いちばん見たいのは自本丸の江のアイドル姿に決まってる。
「素でたらしてんだな…あんた」
「(貞ちゃんの半目がどんどん鋭くなっていく…!)」
「でもよかったですね主様! 江の方達のらいぶは本当に素晴らしいですから。きっと、また素敵な野外らいぶをしてくださいますよ」
「そ……え、“また”?」
「ああ、前にも動画用に撮るってらいぶをしてくれたんだ。ああいったものを見るのは初めてだったけど、現代には面白い文化があるんだね」
ニコッと笑った物吉貞宗と亀甲貞宗が交互に教えてくれる。
ど…どうしよう。
わたしの気持ちとしては、幼稚園とか保育園で我が子のお遊戯会を見るようなものに近かったんだけど。
多分、そんなほっこりするものじゃない。
生まれてきてよかったってガッツポーズするようなステージな気がする。
しかもなんなら、江with主ガチ勢の合同ステージでくるぞ。そんなのオタクの夢じゃないか。わたしそのライブで泣かずにペンライト振れる自信ないんだけど。
「(というか、それで言うと亀甲貞宗は行かなかったんだな…)」
なんとなく、彼も主ガチ勢の枠に入っている気がしてたんだけど。
そんな事を考えながら彼らの傍に移動すると、まるでわたしの思考を呼んだかのように物吉貞宗が「そういえば」と亀甲貞宗の方を見た。
「あなたは行かなくて良かったのですか?」
「ん? なにがだい?」
「いえ。命令ではないにしろ、あなたが主様の“特別”を無視するとは思えなかったので」
「ああ、ぼく同担拒否なんだ。たくさん同担のいる中でご主人様に冷めた目で見られても、その素晴らしさは霞んでしまうだろう?」
「? どーたん…? 拒否?」
「………」
「ああ、もちろん、二人きりの時ならばいくらでも縛って冷めた瞳で見つめてくれて構わないよ! ご主人様!」
「………」
「………」
「ああ…っ! そんな二人がかりで冷たい眼差しをぼくに向けて…! ゾクゾクするよ…!」
半目のわたしと、「?」と不思議そうにする物吉貞宗の両目を隠した太鼓鐘貞宗のジト目に、亀甲貞宗は頬を赤らめながら恍惚と自身の肩を抱いた。
……なんだろう。この気持ち。
いや、亀甲貞宗のこのムーブはおもしれー男士すぎて大好きなんだけど。でも、わたしがドS前提の発言はちょっと審神者どう対応したらいいのか分かんないな…。
「…というか、亀甲貞宗さん同担拒否って言葉知ってるんですね」
「ああ。数珠丸恒次殿から本を借りていてね。色々学ばせてもらっているよ」
「ま、…学ぶ?」
「流行りに乗り遅れていては、ご主人様を悦ばせられないからね」
そう言って、亀甲貞宗は自身の唇をなぞりながらうっそりと笑った。その含みのある表情に、わたしは冷や汗を流して口端を引き攣らせる。
え、だって…数珠丸さんの本から学ぶってレディコミしかなくない?
だとしたらまずいよ。レディコミのSMなんて。亀甲貞宗が一番知っちゃいけない世界だよ。絶対。
「……えと。因みに直近で読んだのはどんなお話でしたか?」
「それはもう…捻れた愛の果てに縛り縛られグズグズに溶けあった男女の話しさッ!!」
「読んじゃったの…ッ!!? 成人向け!?」
たまらずハ〇ワレになれば、亀甲貞宗は「まさか!」と両手を上げた。
「ご主人様に愛欲なんてぶつけるわけがないだろう!? 僕はただ、ご主人様にこの身も精神も永遠に縛られていたいだけなんだ!」
「オメ〇バース系とか読んでない…?」
「さあ、分からないけど性交渉のある本は読んでないよ。そういうものはあまり興味がないからね」
「そ、そっか」
「でも!! ご主人様が望むのなら僕はなんでもウェルカムだよッ!! ヤンデレもメンヘラも!! 愛があるのならばねッ!!」
「主。こいつ止めるか?」
「大丈夫。大丈夫だから貞ちゃんは納刀しよう」
既に刀を抜いていた太鼓鐘貞宗にブンブン首を振れば、彼はシャッと刀をしまって「とめるなら俺に言ってくれ」と真顔で言った。
分かんないけど、多分彼の止めるのニュアンスは仕留めるとかの留めるだった。
「え、ええっと…話戻しますけど、審神者です。物吉貞宗さん、亀甲貞宗さん、太鼓鐘貞宗さん、これからよろしくお願いいたします」
「はい! 主様、これから貴方様にたくさんの幸運を届けられるよう、ボク頑張ります!」
「ぼくも!! ご主人様にたくさん無理難題を押し付けられて叱ってもらえるよう頑張るよッ!!!!」
「うん…無理難題を言うつもりは無いけど、分からないことがあったら聞かせてもらうね」
「はぅっ、じゃあそれまで放置ぷれいという事だね…! たまんないよ…ッ!!」
「うん…大変だね…太鼓鐘くん」
わたしは思わず太鼓鐘貞宗にそう言った。
彼はまた、清廉潔白な物吉貞宗を守るようにその目を隠している。
顔には疲れたような表情が浮かんでいる。
「…俺がなんでみっちゃんとこじゃなくてここにいるか、主分かっただろ?」
「うん…」
「?」
「まあ、変わってるけど悪いやつじゃねーから。多分」
「多分なのね…」
「なんにせよ、俺を含めて主の貞宗だ。これからもド派手に活躍すっから、よろしく頼むぜ?」
片眉を上げてニカッと笑った太鼓鐘貞宗が言う。
多分、このメンツの中で彼がいちばん大人だった。
「うん、よろしくお願いします」
「おう! …と、あんま引き止めちゃよくねーよな。まあまた一緒に酒でも飲もうや」
「うん…あんまその姿で言ってほしくないけど」
言いながら、わたしは立ち上がった。
さて、次は誰のところに行こうかと顔を動かす。
すると、ちょうどこちらを見ていた燭台切光忠とバチッと目が合ったので、そちらに向かうことにした。
瞬間。
わたし動きを見た彼は、ハッとしたように押さえていた腕から手を離し、刀を持ってその場に立ち上がった。
さらに後ろにいた小豆長光、謙信景光。
それから少し遅れて、小竜景光と大般若長光、福島光忠がその場に立ち上がる。
お、おおう……おっきい。
黒色が多いからかな。なんか圧がすごい。
あと漂う雰囲気がホストすぎる。
そんな事を思いながら、わたしは彼らの前に立った。
高い位置にある燭台切光忠の顔を見上げる。
しかし、あまりの顔面の強さに三秒も直視できず目を逸らす。
「待っていたよ。僕らの主」
「は、い」
そう言うと、燭台切光忠は全人類が見蕩れるような微笑を浮かべてわたしに座るよう促した。
目上の人を尊重する動作にも見えたし、ホストが姫を隣に座らせる動作にも見えた。
わたしはド緊張しながらそこに座る。
と、わたしが座るのを確認してから彼らはその場に跪坐をした。
主を前にした厳かな動作にも見えたし、指名の入ったホストの洗練された動きにも見えた。
「それじゃあ、名乗りは僕から。──長船派の祖、光忠が一振。燭台切光忠。数多いる分霊の中から君に見出された、主の為の刀さ」
「ハッ…はい」
「それから……。……あー…えっと、ごめんね」
「?」
「本当は、色々話したいことがあったんだ。…でも緊張しちゃって。うまく言葉が出てこないや」
「オ…」
「あーあ。格好つかないなぁ、僕」
「大丈夫。燭台切光忠は天才的に格好いいよ」
もはや条件反射で言った。
燭台切光忠は「え?」と目を丸くする。
しかしその驚いた顔すらも彼は格好いい。
「まずビジュで大優勝しています。あとホス…伊達男のオーラと一人称僕で家庭的という供給過多な属性にオタクは逃げ場を失い無事沼って助かりました。ありがとう」
「? え、ええっと……こちらこそ?」
「違うだろ。兄弟」
桜を舞わせながら困惑気味にお礼を言った燭台切光忠に、後ろにいた福島光忠がそっと耳打ちした。
「あ、そっか。──うん、そうだね」
すると、燭台切光忠は気持ちを切り替えるように咳払いをし、夜の王くらいキマった顔でこちらを向く。
「ありがとう、主。──君もとっても素敵だよ。優しくて、魅力的で」
「ゴッ」
「え?」
「ケホッ、すみません。あまりの威力に息が、ゲホッ」
突然の姫対応をどストレートで喰らったわたしは、胸を押えて噎せかえった。
あまりのメロさに肺にダメージをうけたのである。
これはまずい。
また姫堕ちする。しかもこれ、燭台切光忠は素で言ってくれてる。お世辞とかじゃなくて、本気でそう思ってくれてるのが声と表情で分かる。
え、ヤバない? 素でそう思えるの強すぎない?
こんなん長船の沼浸かったらわたし抜け出せないどころか沼の底で自己肯定感爆高の厄介女になる未来しかし見えないんだけど。
「ゴホッ、ンン"、失礼。…ありがとうございます。燭台切光忠さん。改めまして、これからよろしくお願いいたします」
「あ、ああ、うん。よろしくね」
ニコッと、よそ行きの笑顔を貼り付けたわたしに、燭台切光忠は一瞬困惑した顔をしたが、すぐにニコッと背後に薔薇が見えるくらい綺麗な笑顔を返してくれた。
すごいなぁ。マジで完全無欠のホストすぎる。
なんか、伊達じゃないって言葉と伊達男の意味が燭台切光忠を見たらひと目で分かるわ。
格好いいを極めてる。これはもう、メロい。普通に。
「と、僕だけが主と話してたら駄目だよね。…次は誰が挨拶する?」
「謙信景光でいいんじゃないかな」
「う…え、ぼく!?」
「ずっと主にあいたがっていただろう? せっかくのきかいだから、ほら」
「なら小豆も挨拶しなよ。謙信ひとりじゃ心細そうだし」
「うん? いいのかい?」
「ああ。それに、俺達の他にも主を指名待ちしてる刀がいるんだ。長々拘束するわけにはいかんだろ」
「(まさかのわたしがホスト側だった)」
「じゃあ、いこうか。謙信」
「う、うん」
唐突なホストのキャスト入りにポケッとしていると、燭台切光忠と入れ替わるように緊張した様子の謙信景光と、その背に優しく手を添えた小豆長光がわたしの前にやって来た。
揃って目の前で跪坐をする。
「あ、あるじ!」
「主」
「はい」
「ぼくは、謙信景光。こんだいのあるじをそばでまもり、ひごする刀だぞ!」
「わたしは小豆長光。こんだいの主をそばでみまもり、加護する刀」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いいたします。謙信景光さん、小豆長光さん」
大きい刀と小さい刀のコンビ可愛い…と思いながらそう言うと、ふわりと桜を溢れ出させたふたりが目を見開いた。
かと思えば、くしゃっと。謙信景光の顔が泣きそうに歪む。「うっ…」と、息の詰まるような声が喉奥から吐き出される。
「あ、」
たいへん、泣いちゃいそう。
今にも決壊しそうな表情にわたしは咄嗟に腰を上げて彼に近付いたが、わたしが座るより先に彼はぐしぐし目元を擦り、キリッと表情を引き締めながら背筋を伸ばした。
「う…」
「大丈夫…?」
「へいき、ぼくはつよいこだもん。ないたりなんかしないぞ」
「謙信。なきたいときになくのも、つよさだよ。謙信公だって、いちどもないたことがないわけじゃない」
「ん…でも、あるじはここにいるから。だから、なかない。おんなのこのまえでなくのはかっこわるいから」
「かっ……」
「そうか。えらいね」
「うにゅ」
可愛すぎる。撫でたい。
柔らかく微笑む小豆長光に頭を撫でられて口を尖らせる謙信景光の姿にウズウズしていると、遠くの方から「きゃわ、きゃわわっ…!」と独特な鳴き声が聞こえたきた。
見れば、鼻を押さえながらバンバン畳を叩いて悶える毛利藤四郎がいる。
そんな弟を、一期一振がヤレヤレと見下ろしている。…あ、「落ち着きなさい」って抱き上げた。対応の仕方が完全にお母さんのソレだった。
「よし、それじゃあ主。また」
「こんどいっしょに、あつきのつくったおやつをたべようね!」
「(ぐぅかわわたしも畳叩いて悶えたい)うん、うん」
頬を染めてニコニコ笑う謙信くんをどさくさに紛れて撫でて見送れば、「んじゃ、次は俺達が行こうか」と、後ろに控えていた小竜景光、大般若長光、福島光忠が立ち上がり、わたしの前にやって来た。
右脚を引いて、ゆっくりと跪坐する。
わあ、すごい。
ついさっきまでわたしの前は癒しの二人の全年齢対象だったのに、この三人で一気に対象年齢18歳くらいまで上がった気がする。
背が高すぎる。あと大人の色香がすごい。
「(というか、よりにもよって目の前に小竜景光が来ちゃうのこまるな…)」
ちょうどわたしの目線なんだけど。ざっくり開いた彼の胸元が。ざっくり開いたというかポテチの袋開けようとして失敗したくらいパーン! ってなってる。誰がどう見ても開きすぎだ。
かと言って、顔は美しすぎて三秒も直視できないし。
そんな引くくらいキモい思考をしていると、「主」と。目の前の小竜景光が軽い語調でわたしを呼んだ。
「はい」
「考えごとかい? 難しい顔をしていたよ」
「すみません。あまりにもキショい煩悩を鎮めておりました」
「? よく分からないけど、人間であるなら煩悩くらい持っていて同然さ。強欲で無ければね。…それに、俺の目にはキミはとても清廉に見える」
「ほんとにッ…本当にごめんなさい…ッ!!」
わたしは崩れ落ちて謝った。
三人の慌てる気配が上からするが、とても顔を上げられない。
やめて…やめてくれ。
こんな俗世に染まりきったオタクに清廉とか言うの。美しい刀の神様に言わせていい言葉じゃない。死ぬほど申し訳なくなる。
「すみませんほんと…ろくでもない審神者で…」
「何を言ってるんだ。あんたは立派だよ」
「ああそうだ。不条理な運命にも腐らず、変わらず、真っ直ぐ前を向いている。簡単なことじゃない」
「誇らしいよ、俺は。君の刀であることが」
「うう…みんながすんごい自己肯定感上げてくれる…」
しかもこんな、極上の殿方達がイイ声で言ってくれて…。そりゃこんなんされたら長船派に通い詰めるよ。新手のメンケアだもん。こんなん。
なんか、失敗して死ぬほど落ち込んでてもこの三人に囲まれて過ごしたら翌日は女王様になれる気がする。失敗とかどうでも良くなるくらい生きてる自分が誇らしくなりそう。
「分かりました。…じゃあわたしは自分を誇って堂々と皆さんを愛でます」
「愛でる」
「ははっ。なんだ、まるで俺達が花みたいな言い方だな」
「そいつはありがたいが、今はここに本物の“華”がいる。俺達にもどうか君という唯一を愛でさせてくれ」
「ハッハッハその辺の雑草なんかでよろしければ」
「ああ。人間という存在の中で、ひと際俺達の目を引く可憐な白い華だ。他に変えようがない」
「ごめんなさい。謝るからもうやめて…」
1を言うと100で返ってくるメロ船に限界突破したわたしは、額を押さえて目の前の彼らに手を差し出した。
「ん? ああ、握手かい?」
すると、小竜景光がわたしの手を掴もうとする。
ので、「違います」とその手を引っ込めて、今度は両手の手のひらを差し出した。
「皆さん、脚を怪我してますよね? お札ありますから、手入れをしておきましょう」
「!」
「あ、燭台切光忠さんも腕を怪我してますよね? 一緒にこっちに来てください」
「え?」
手招きして後ろにいた燭台切光忠も呼べば、彼はキョトンと目を丸くした。
わたしの前に座る三人も、大きく目を見開いて愕然としている。
「…驚いた。よく分かったね、俺達が怪我してるって」
「さっき、わたしが来た時に皆さんだけ立ち上がるのゆっくりでしたから。それに、ここに座る時も片脚を庇うような動きをしていたので」
表情こそまったく変わらなかったが、三振りとも立ち上がる時に片方の脚に重心をかけていたし、座る時は怪我をしている脚に重心がかからないようにしていた。
ただ、服が汚れたり破れている様子はないので、おそらく打ち身か打撲か捻挫のような怪我をしているのだろう。
「いやはや…その通りだ。実はこの背丈を利用して部屋の中を覗こうとしたら、天下五剣の怒りを買ってしまってね」
「刀傷でもないし、この程度の怪我なら隠し通せると思ったんだけど…」
「ああ、本当に…格好つかないよ」
苦笑いを浮かべた燭台切光忠もこちらにやって来た。そうして壁のように並んだ長船派の刀を、わたしは順に見渡す。
「えっと、じゃあ左からいきましょうか。大般若長光さん」
「おや。俺からご指名かい?」
「はい。刀貸していただけますか?」
「もちのろんだ」
うっとりするほどの美声で、当然みたいに彼は言った。
「どこで知っちゃったのその言い方…」
わたしは半目になりながら、差し出された白い鞘の大刀を受け取る。両手で持っても有り余るほど大きな太刀だ。それをゆっくり膝に乗せ、ポケットからお札を取り出しぺたっと乗せる。
「ん…よし。オッケーです」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、次は小竜景光さん」
絶対に首から下は見ないよう、彼の紫の瞳を真っ直ぐ見つめながらそう言った。
「ああ、よろしく頼むよ」すると、黒い鞘に収まった大刀が手のひらに乗せられる。ずっしりと伝わる鋼の重さに緊張しながらぺたっとお札を乗せる。
「はい。直りました」
「ありがとう、主」
「じゃあ次の方、福島光忠さん」
「ははっ、なんだか医者みたいだな」
おかしそうに笑った彼から刀を受け取った。
膝に乗せてお札を乗せようとしたら、重心でガタッと傾いたので、慌てて片手で支えてお札を乗せる。
「はい、直りました」
「ああ、ありがとう。それじゃあこれを」
「? お花?」
「代金とは違うけど、お礼も兼ねてね。いつか君に会えたら花を渡したいなって思っていたから」
「わあ、ありがとうございます」
そっと渡されたピンク色の可憐な花を、わたしは両手で受け取った。…かわいい。なんの花かは分からないけど。なんかルパ〇三世思い出すな。あれも確かピンクの小さい花だった気がする。
(というか、福島光忠がこのちっちゃい花持ってたっていうのがかわいい…)
そんなことを思いながらわたしはポケットに入れていたハンカチで花をつつみ、少し離れたところに置いた。
「よし。じゃあ最後に燭台切光忠さん」
「うん。…ねえ、主。いつ僕が怪我してるって分かったんだい?」
「最初です。ほら、わたしと目が合った時に腕をさすっていたでしょう? だから、もしかして痛むのかなって」
その時の光景を思い出しながら言えば、彼は「ああ…」というように少し上を見た。
まいったなというような苦笑いで頬をかく。
「そっか。…格好つかないからこれくらいの怪我は隠したかったんだけどなぁ」
「主のどうさつりょくをみあやまったね。燭台切」
「けがはなおしてもらわないとだめだぞ」
「そうだね。…主、お願いしてもいいかな?」
控えめに差し出された刀を受け取りながら「もちろんです」とわたしは答える。
そして同じようにお札をのせて、パッと模様が光るのを確認してから彼の方を見やった。
「はい。直りましたか?」
「うん、バッチリ。…あ、そうだ主」
「ん?」
「次は南泉一文字くんのところに行ってあげてくれないかな。彼も僕と同じで腕を怪我してるから」
「あ、そうなんですか?」
言われて、わたしはチラッと離れたところで固まっている一文字一家を見やった。
すると、ちょうど件の南泉一文字がこちらを見ていたようで、これまたバチッと綺麗に目が合う。
「にゃっ!?」と驚いたように体を跳ね上げたかと思えば、ソワソワと目線を下げる。
しかしもう一度チラッと上目にこちらを見やると、ペコッと頭を下げた。……むちゃかわいい。
「じゃあ、次は南泉一文字さんの手入れに行ってきます」
「うん。…あっ、あと治金丸さんも数珠丸さんの数珠が当たっていたから様子を見てあげてほしいんだ」
「待ってみんな数珠丸さんにやられたの?」
しかも数珠でやられてるってなに?
え、数珠は仏具でしょ? …いやでも、数珠丸恒次のあの数珠は衣装だから仏具ではない…のか?
「やられたというか…あの時は、みんな混乱してて部屋の前が酷い騒ぎだったから。君を起こさないために僕達を部屋から遠ざけたんだと思う」
「…えっと、つまり数珠で遠ざけられたってこと?」
「正しくは、振り回された数珠に、だね」
「武器じゃん…それはもう」
わたしの中でどんどんイメージの変わっていく数珠丸恒次に困惑しつつも、とりあえず長船派のひとたちに挨拶をして南泉一文字の元に向かうことにした。
花を包んでいたハンカチを手に取り、固まって座っている一文字一家の元に近付く。
人二人分くらい離れた位置に腰を下ろす。
と、ジッとこちらを見ていた南泉一文字が緊張したようにキュッと縦長の瞳孔を狭め、猫背気味だった背をまっすぐ伸ばした。
「初めまして。南泉一文字さん」
「お、おー。…にゃっ」
チラッとわたしを見た南泉一文字が、桜を舞わせながら素っ気なく言う。
瞬間だった。
「子猫。──挨拶はキチンとしなさいと、そう教えただろう?」
底冷えするほど低い声が、南泉一文字の耳元でそう言った。
途端、南泉一文字は両手を畳について深々とわたしに頭を下げる。盃を交わす時くらい厳かな声で言う。
「お初にお目にかかります。審神者様」
それは、聞いたことないくらいかしこまった声だった。
…しかし、その肩は尋常ではないほど震えていた。
「(後頭部に銃口突き付けられてる人の反応だ…)」
「すまないね、小鳥。うちの子猫が粗相をして」
「い、いえ…初めまして。山鳥毛さん、日光一文字さん」
「ああ、初めまして」
「お初にお目にかかります。審神者様」
南泉一文字の後ろに控えるように座った二振りが、跪坐の格好で桜を舞わせながら、揃った動きでわたしに頭を下げる。
なん、…かなんだろう。
いや、刀剣男士と審神者という関係ならこの光景は正しいものなんだろうけど。
でもなんだろう。わたしのカタギ人生の中で絶対頭を下げさせちゃいけない人に頭下げさせている気がする。
「ご、ご丁寧にどうも…」
「当然さ。主人との対面は我らが悲願だからね」
「ええ、その通りで」
「オッシャルトオリデス」
「(南泉くんの喋り方がbotみたいになってる…)」
「ただ申し訳ない。ご覧の通り、一文字は半数が不在となっていてね。正式な挨拶はまた日を改めて行わせてもらうよ」
「あ、いえ。他の皆さんとは一度顔を合わせていますから。そこまでお気遣いしてくださらなくて大丈夫ですよ」
それに、一文字一家フルメンバーはさすがに絵面が強すぎる。現組長と先代を前にしてわたしは審神者の体裁を保っていられる自信が無い。
「ああ、そういえばそうだったね。…あの方は小鳥に迷惑をかけなかったかい?」
「いえ、まったく。むしろわたしの方がたくさん迷惑をかけてしまいましたよ」
「なに、主君を守るのは家臣の務めだ。それは迷惑と呼ぶものじゃない」
「そう、ですかね…」
刀の神様に膝枕とか、片腕抱きで屋上まで連れてってもらったりしたけど…。
「お頭。各々方はマイペースですが、同じ一文字として名を馳せるもの。主君に無礼を働くような真似はしないかと」
「そうだな。鶴の腕にケジメのあとが無ければ、私もこのような問いを小鳥にする事はなかったのだが」
「………」
「………」
「あの場にいたのは祖であれど、今の一文字の家長は私だ。責任の所在はすべて私にある」
「だっ、大丈夫! なんにもなかったから! 何も!」
どんどん重く不穏になっていく空気に、わたしは食い気味でそう叫んだ。
「だが、」と何かを言いかけた山鳥毛を「もう一文字則宗さんにしこたま怒られてましたから!!」とオタクの声量で完封する。
「本当に、皆さん良くしてくださったんです。だから山鳥毛さんは何も気に病まないでください」
「そうか…いや、すまない。罰を求めるのも自己満足だな。君を困らせてしまった」
「いいえ、罰を当然と受け入れられるのは責任感がある証拠です。何も謝ることではありません」
首を振って真面目くさった顔で言えば、彼はサングラス越しにキョトンと目を丸くした。
その呆気にとられたような表情で、わたしは我に返る。「(あれこれ、ただの小娘が組長に言っていい言葉だったか…?)」と。
だが、山鳥毛は口元を押さえてフッと静かに笑うと、それこそ小鳥を見守るような眼差しでわたしを見下ろしてきた。
「…優しいな。君は」
「と、とんでもない」
「ならば、この話題はここで止めにしよう。子猫」
「うすっ」
「彼女に手入れをしてもらいなさい」
「うすっ。…おなしゃす」
「どら猫」
「オッ、お願いいたします」
「あ、はい」
ギロッと、眼鏡越しに鋭い眼光を向けられた南泉一文字が、ソロソロとわたしに自身である刀を差し出してくる。
…なんか…なんだろ。
南泉くん見てると後ろの山鳥毛さんと日光さんが厳格な父親に見える時があるな。多分南泉くんが素直だからよけいにそう見えるんだろうけど。
そんな事を考えながら、差し出された刀を両手で受け取った。ポケットからお札を取り出してぺたっと貼る。模様の光が消えたのを確認してから、そっと刀を彼に返す。
「はい、直りましたよ」
「………」
「? 南泉一文字さん?」
「…うにゃ」
「え?」
「なんかあんた、思ってたのと違うにゃ」
「…え?」
「子猫」「どら猫」
「ひっ、いやっ! ち、違うっす!! すんません悪口とかじゃにゃくて…!」
カチッと。
背後で二つ鳴った鯉口の音に、南泉一文字は真っ青になりながら恐る恐るわたしの方を見た。
「そにょ、…アイツを近侍にして、らっしゃるだろ? だから、どんだけ神経図太くて胆力のあるやつにゃんだろうな、って、思ってた、にょです。にゃっ」
「う、うん…」
「でも普通だった。…あいや普通って悪口じゃないっすよ!? お頭!! 兄貴!!」
「まだ私は何も言っていないが」
「少しは落ち着け。南泉一文字」
背後の圧に怯え続ける南泉一文字に、山鳥毛と日光一文字が呆れたようにそう言った。
分かる。分かるよ、南泉くん。
わたしも後ろに山鳥毛さんと日光さんいたら緊張で呂律回らなくなると思う。むしろ喋れるだけ南泉くんはすごいと思う。本当に。
「えっと…あいつって山姥切長義さんのことですよね?」
「う、うすっ。にゃ」
「(ついにわたしにも舎弟の挨拶を…)でもわたし、別に固定近侍じゃないですよ? 南泉一文字さんに近侍をお願いすることもあります」
「そ、そうだけどよぉ…でも、アイツが固定の時は画面に四六時中アイツが映ってんだろ? にゃ」
「まあ…そうですね」
「オレだったら耐えられねぇ…あの不遜な笑みがずっと映ってるなんて…」
「…南泉一文字さん、山姥切長義さんと仲悪いんですか?」
ワナワナ震える姿に、思わず聞いてしまう。
ゲームでは、南泉一文字と山姥切長義の関係は良くも悪くもといった印象をうけるものだった。
山姥切国広と山姥切長義ほど複雑ではないが、仲が良いと言えるほどでもない。
…といっても、これは個人の勝手な印象なので、実際の彼らの関係がどのようなものかは分からない。
だからよけいに気になって、このような不躾な質問をしてしまったのだが。
「んにゃ、別に」
彼は、あっけらかんとした様子でそう言った。
「べ、別に?」
これにまた咄嗟に聞き返せば、南泉一文字は刀をいじりながらなんて事ない様子で言う。
「すげー刀だとは思うよ。実力も逸話も。でも、アイツはアイツだし、オレはオレだにゃ。比べてどうこうはねぇ。…にゃっ」
「……」
「ただ、刀剣男士としての性格はアイツが断トツで悪い。間違いなく」
「そっ…そっか」
「だから、まあ…主のことも誤解してた。アイツと互角にやり合えるくらい肝座ってんだって。…悪かったにゃ」
「いえ、そんな。むしろやり合えるくらいわたしに胆力があったら良かったんですけど…」
正直、審神者をする上でいちばん必要なのは戦や歴史に関する知識じゃなくて胆力だと思う。
血塗れで帰ってきた刀剣男士を見ても慌てることなく、また、戦闘に詳しい彼らに臆することなく自分の意見を発言する事ができる胆力。
…というか、わたしの場合はまずこの美しい神様達に動じない胆力がほしい。
いちいち「ビジュ良」って思う邪な感情をどうにかしたい。切実に。
「いや、なくていいだろ。…にゃっ。つーか、アイツに口で勝つなら一回地獄に落ちねぇと無理だと思うぜ」
「すんごい辛辣なこと言うじゃん…」
「そんぐらい口が回るんだよ。にゃっ。…んだからつまり、オレは主が主で良かったって思ってる」
「そっか。…ありがとうね」
「お、おー。…にゃっ」
ソワソワとまた赤くなって落ち着かなくなった南泉一文字にお礼を言い、わたしは置いていたハンカチを手に取った。
南泉一文字の後ろにいる二振りを見やり、それからもう一度彼を見る。
「それじゃあ、改めまして。南泉一文字さん、山鳥毛さん、日光一文字さん。これからよろしくお願いします」
「ああ」
「よろしく頼む」
「うすっ。にゃっ」
そうしてわたしは、一文字一家の元を後にした。
気付けば大広間にいた刀剣男士達は、また少し場所を移動していた。
壊れた襖の前にいた天下五剣も、各々移動している。…あ、飛び出して行ってた主ガチ勢の三振りも戻って来てる。
多分飛び入りで演者は無理だったのだろう。
そんな光景を横目に見ながら、わたしは福島光忠にもらった花を上座に置きに行った。
あまり手に持って移動すると、熱で萎れてしまいそうだったので。
すると、その様子を見てくれていた前田藤四郎と秋田藤四郎が、「お水につけておきましょうか?」と言ってくれたので、ありがたくお願いしてわたしは治金丸の元に向かうことにした。
ザワザワとたくさんの人の声が行き交う中を見渡し、琉球刀の姿を探す。と、壁際に並ぶ色鮮やかな集団を見つける。
ピンク、キイロ、ミズイロ、オレンジ、ミドリ。
その色の順で、彼らは並んで座っていた。
…そう、お気づきだろうか。
二振多いのである。沖縄宝剣が。
しかしそれは、知らない刀がいたとかそういう事ではなく。
「(すごいな。夏☆サマー!! …って感じの琉球組の中にめちゃくちゃ自然に浦島くんと鶯丸さんが溶け込んでる)」
そう。琉球組の中に、とても自然な様子で浦島虎徹と鶯丸が一緒に並んで座っていたのである。
…あ、よく見ると鶯丸さんの隣に平野くんも来てる。さっきまでは前田くんと一緒に一期一振の傍にいたはずだけど。多分彼も後からここに移動して来たのだろう。
なんにせよ、怪我をしているのは治金丸のはずなので、わたしは彼の前に腰を下ろした。
すると、ジッとわたしの動きを追っていた五振りの視線が止まる。まるで歓迎するように、その鮮やかな美貌に微笑が浮かぶ。
「初めまして。北谷菜切さん、治金丸さん、千代金丸さん、浦島虎徹さん、鶯丸さん」
「はいさい! 主」
「はじみてぃやーさい。主」
「はじみてぃやーさい。会えてうれしいよ」
「めんそーれ! 主さん!」
「めんそーれ。主」
「うん、染まりすぎじゃない?」
なんでウチナーグチを浦島くんと鶯丸さんが知ってんの?
いや、百歩譲って浦島くんは分かるよ。回想で琉球組と会話してたから。
でも、このトロピカルな光景に自然に混ざり込んでめんそーれ使ってる鶯丸さんはどうしたの。
いったい何があったの。
「ん。何かおかしなところがあったか?」
「いや…おかしくはないけどスルーもできない光景が目の前にあるっていうか…」
「…?」
「えっと…ここの六振りはどういうご関係なんでしょうか?」
「どういう関係って…なにがだ?」
「仲いいんですか?」
「…仲?」
どうしても彼らの関係性が気になったので聞いてみれば、六振りはキョトンと横を向いてそれぞれ顔を見合わせた。
「…俺たちは仲がいいのか?」
「さあ…」
「よく、お茶は一緒に飲んでますけど…」
「仲と聞かれるとわからないなぁ」
「話もそんなにしないしな」
「のんびりまったりしているよな」
「じゃあ、おれたちはのんびりまったり組さー」
「ああ、なるほど」
「主、俺たちはのんびりまったり組だ」
締めくくるように、鶯丸が言った。
……だから多分、ここはそういう組なのだろう。
「そっか…」
「そういえば、主はどうしてここに?」
「あ、はい。治金丸さんが怪我をしていると聞いたので、手入れのお札を貼りに来ました」
「…怪我?」
「…え?」
「なんだ、治金丸。怪我をしているのか?」
キョトンと千代金丸が治金丸を見やる。と、当の本人治金丸は「してたかな、オレ…」と不思議そうに自分の身体を確認し始めた。
「んー…」
「あ、ないならないでいいんです。健康が一番ですから」
「ない、ような…ある、ような…」
「痛いところを探してみろ。そこが怪我だ」
「それは方法が乱暴ですよ。鶯丸さん」
「痛くないなら、前じゃないんじゃないかー?」
「じゃあうしろか…だい兄、ちょっと背中をさわってくれるかい?」
「ああ、わかった」
「上から順に───あ"っが、!?」
「あった」
「あったなー」
「主さん、怪我人いた」
「見ればわかるよ」
ぎっくり腰みたいに腰を押さえてうずくまった治金丸と、まったく動じない五振りにわたしはそう返した。
なんか…なんだろ。
このめんそーれ組といると、温泉浸かってるような気持ちになる。
ここに来るまでは、多少なりとも刀剣男士に挨拶する度に緊張してギクシャクしてたんだけど。
でも、このひとたちの前はすっごい自然体でいられる。全身から力抜けてるのが自分でも分かる。
そんな事を思いながら、わたしは畳の上で痛みを堪えるように固く握られていた治金丸の拳にお札を貼った。
すると、痛みが引いたのかフッとその体から力が抜ける。畳に崩れ落ちそうになったので、慌てて肩を支えて起き上がるのを手伝う。
「う、…」
「大丈夫ですか?」
「ギリ」
「ぎ、…ギリですか」
なんくるないさーではないんだな…。
「てて…どこでこんなケガしたんだ…オレ…」
「数珠丸恒次の数珠が当たったんだろう。アレは受け身をとっても威力を流せない」
「最強の武器じゃん…そんなんの…」
「ああ…そういえばやられたな」
「ヤマトの宝剣はつよいなー」
「治金丸。主にお礼を言わないと」
「そうだった。主、ありがとう」
「い、いえいえ、どういたしまして」
ぐるぐると、体の調子を整えるように肩を回す治金丸に首を振っていると、「それにしても」と千代金丸が眉を下げてわたしを見やる。
「主。よく、生きていてくれたな」
「…え?」
「会えたらずっと言おうとおもっていたんだ。生きていてくれて、ありがとうって」
「、」
そう、千代金丸にあたたかい眼差しで言われ、わたしはなんだか泣きそうな気持ちになった。
その優しさになんて返したらいいかも分からず、「ありがとうございます」と頭を下げる。
と、目の前にいた治金丸が褒めるように強くわたしの頭を撫でる。
「痛かったよな、辛かった。それでも、生きていてくれてありがとう」
「う…やめて、ほんとに泣いちゃうから…」
「いいよ。泣いたら慰めるから」
ニカッと笑った浦島虎徹が、治金丸と一緒にわたしの頭を撫でる。
やだ…こんなんあるじ普通に惚れちゃう…。
泣き惚れちゃう。
「ところで主。茶は好きか?」
「なんでそれ今聞いちゃうの鶯丸さん…」
「す、すみません、主。鶯丸さんは壊滅的に空気を読まないんです…」
平野藤四郎が申し訳なさそうに言う。
しかし当の本人鶯丸は、「いや、なに。主と並んで茶を飲むのが俺の夢の一つでな」とその美貌に悪びれのない笑顔を浮かべていた。
「そっか…」
「ああ。それに、今の本丸には古備前の刀が俺しかいないからな。茶を飲む相手も限られる」
「、……」
「鶯丸…」
「といっても、この大所帯だ。孤独ということはない。こうしてそばに来てくれる刀もいるしな」
隣に座った平野藤四郎の頭を優しく撫でながら、鶯丸は続ける。
「最近は大包平を観察することもあまりなくなったんでな。茶を飲む相手を見つけるのは、新たな趣味の一つと言えるだろう」
「…そっか」
「ああ。…だからまあ、そういうわけだ。主も茶が好きなら俺につきあってくれ」
「ふふ、分かりました。じゃあ、美味しいお茶菓子を用意しておきますね」
そう言うと、鶯丸は片目を細めて微笑んだ。
「楽しみにしている」と、柔らかい声が言う。ひらひらとどこからともなく桜の花びらが舞い落ちてくる。
その光景を、ぼんやりと見ていた。
その時だった。
「えいっ」
「うわあっ!!?」
突然、誰かが後ろから抱き着いてきた。
しかも、まあまあの力だった。
多分ジャンピングハグしてきた大慶直胤と同じくらいの勢いだったと思う。
堪らず目の前の畳に手をつこうとすれば、それより先に目の前いた鶯丸が手を伸ばしてわたしの肩を支えた。細めた瞳に呆れの色を乗せると、チラッとわたしの後ろを見やる。
「蛍丸。今の主は女性なんだ。飛び付くならもう少し手加減をしろ」
「えー。これでもまだ強いの?」
「強すぎだ。もっと静かに、もたれるように飛びつきなさい」
「むぅ…分かった。じゃあ今度は気配消してそっと後ろから抱きつく」
「やめて。心臓口から飛び出ちゃうから」
せめて音はだしてくれ。
そんなゲームのステルス殺法みたいな方法じゃなくて。普通に「いっきまーす」って宣言して飛び付くとかにしてくれ。
じゃないと子供姿の蛍丸くんに夜とかに背中抱き着かれたら「ア゜ッ」って気絶する自信しかないから。
そんな事を伝えながら身を起こすと、「こら!」と。
後ろから覚えのある声が聞こえてきた。
愛染国俊の声だった。
わたしは鶯丸さんにお礼を言って、背中にベタっと張り付く蛍丸くんごと後ろを振り返る。と、眉を吊り上げて仁王立ちする愛染国俊の姿が目に入る。
「蛍! 主さんの話終わるまで割り込んだら駄目だろ!」
「だって話長いんだもん。俺だって主さんと話したいよ。…それに」
「…?」
「だからって順番守んないのは駄目だ。ほら、国行んとこ戻るぞ」
「うー…」
諌めるような愛染国俊の言葉に、蛍丸は喉奥でうなってわたしの首にしがみつく。グリグリと首の付け根辺りに額を押し付けてくる。
いた…いや、かわいい、いやでも痛いッ。めっちゃ力つよい! でもやってることめちゃかわいい。
そんな痛いと可愛いの狭間でわたしが揺れていると、呆れ顔の愛染国俊が近付いてきて蛍丸を引っ張った。
だが、短刀と大太刀という打撃差があるからか、蛍丸の小さな体はビクともしない。
「こらっ、ほーたーるぅっ!!」
「うーっ!!」
「ちょ、あのわたしの首が人質なこと忘れないで。締まる。締まるから」
「あーそうかよ! じゃあ今度ゴーヤチャンプル出てもゴーヤ食べてやんないからな!」
「(うちの本丸ウチナー料理出るんだ…)」
「…分かった。じゃあ主さん、次はぜったい俺たちのところに来てね」
「あ、待って。治金丸さんの手入れもできたからこのままそっちに行くよ」
名残惜しそうに離れた蛍丸の方を振り返ってそう言えば、キョトンと目を丸くする来派の二振りがいた。
やだ…すんごいかわいい…。蛍丸くんのちっちゃい体にでっかい刀背負ってるのも、愛染くんのヤンキーの特攻服みたいな装束も全部かわいい。
あともうちょいキモイ視点で言うと蛍丸くんのもちもちの膝小僧と愛染くんの鼻の絆創膏は天才だと思う。
(というかこの見た目で刀の神様で喧嘩っ早くて凶暴っていうのがなんかもう設定として神すぎる可愛い)
そんなキモオタの長考(三秒)をしていたら、「…ほんと?」と。言葉通りパアッと嬉しそうに目を輝かせた蛍丸がわたしに身を乗り出してきた。
「うん。あ、でもちょっと待ってね」
改めてめんそーれ組に挨拶だけはしておこうと思い、わたしは彼らの方を振り返る。
「それじゃあ、北谷菜切さん、治金丸さん、千代金丸さん、浦島虎徹さん、鶯丸さん、平野藤四郎さん。また」
「またなー」
「はい、また」
揃ってゆるく手を振ってくれたので、その手に手を振り返しながら、わたしは蛍丸と愛染国俊と共に明石国行の元に向かった。
すると、あぐらをかいていた明石国行がゆっくりこちらを見やる。サラリ。長いサイドの髪が揺れて、眼鏡の奥の萌葱色が気だるげに瞬く。
やだ…なにこの色気たっぷりのお兄さんは。
なんか…なんて言ったらいいか分からないけど、雨の日みたいな色香を感じる。
長船の人達の煌びやかな色香とはベクトルが違う。しっとりした、網膜にこびりつくような色香だ。
……というか、わたし今からこの明石国行の前座んないといけないの?
え、無理なんだけど。こんな髪の先から指の先まで色気あるひとと目合わせるの。あとこのひとも胸元ザックリなってるし。絶対また目線だよ。これ。
「ただいまー」
「国行ー。主さん来てくれたからっ、んぶっ」
そんなキモ思考をしていたら、わたしの横にいた蛍丸と愛染国俊が明石国行に駆け寄っていった。
かと思えば、もにゅっと。何かを言いかけた蛍丸の口を押さえる。
「はいはい、無理やりつれてきはったんな。見とったから分かります」
ゆったりとした声で言いながら、「んー。んーっ」と眉を寄せてうなる蛍丸を引っ張り脚を広げて抱き寄せた。
蛍丸は注射嫌がる大型犬くらい暴れていたが、明石国行は涼しい顔でその体を押さえ込んでいる。
すごいな…なんかベテラン感がある。なんのベテランなのかは分からないけど。
しばらくその様子を見ていると、不意に身をかがめた明石国行が蛍丸の耳元で何かを言った。
蛍丸はピタッと動きを止め、ジトッと明石国行を上目に睨む。彼はそれにニコッと形だけの笑みを返す。「……」すると蛍丸はむっすぅと頬をふくらませて、渋々暴れるのをやめた。
「…?」
「いやあ、主はん。えろうすいまっせん。うちの愛染国俊と蛍丸が迷惑かけはりまして」
「あ、いえ。とんでもない」
へらっとこちらに笑顔を向けた明石国行に首を振れば、彼は大人しくなった蛍丸を横に下ろした。
「むぅ…」蛍丸は相変わらず不機嫌そうな顔で、明石国行の右隣で跪坐する。
と、わたしの隣に立っていた愛染国俊も移動して明石国行の左隣に跪坐する。
「こら愛染国俊、裾」
「ん?」
「踏んだらあきまへん。しわになるやろ」
すると、踏んでぐしゃっとなっていた愛染国俊のジャケットを明石国行がやれやれと言うように伸ばして広げてあげた。
やだ…こんなしどけない雰囲気のお兄さんが面倒見いいとか沼すぎる。
というか、まずこの光景めちゃくちゃかわいい。
イケメンをちっちゃい子で挟んでるっていうのが眼福すぎる。いやもう、イケメンとちっちゃい子の組み合わせなんてなんぼあってもいいですからね。
なんならさっき蛍丸くん抱き寄せてた時もわたしの内心は「かわいいかわいいかわいい」って狂喜乱舞してたから。キモすぎるからその心の声も出さないようにしてたけど。
「それじゃあ主さん。改めて、オレは愛染国俊!
本丸一のお祭り男士だ! 祭と喧嘩の事ならオレに任せろ!」
「(某お祭り男なのか物騒なのか分からんな…)うん、よろしくお願いします。愛染国俊さん」
「じゃ、つぎ俺ね。蛍丸でーす。大太刀、近くで見るとおっきいでしょ」
「(背中の大太刀見せてくれてるかわいい)うん、大きいね。かわいい」
「ふふん」
「……ん、あぁはい。明石国行いいます。まあ、主はんは言わんでも知ってるでしょうけど」
「はい。よろしくお願いします。明石国行さん」
軽く頭を下げて言えば、三振りからヒラヒラと桜の花びらが舞い落ちてきた。
その花びらのうちの一つが、ふっと風でわたしの近くに飛んでくる。なんとなくそれを目で追っていると、跪坐をする蛍丸と愛染国俊の足と、あぐらをかく明石国行の足が目に入る。
「……」
それを見て、もしかして、と。
わたしは明石国行の顔を見やった。
「あの、明石国行さん」
「はい。なんでっしゃろ」
「もしかして、足怪我してます?」
「………は?」
率直に聞いてみれば、彼はキョトンと目を丸くした。しかし、すぐに訝しげな顔をする。
「いいえ…してまへんけど。なんででしょう?」
「いや…足首、かな? 多分、捻ってるか打ってるかしてますよね?」
「、」
「え、え? なんで主さん分かったの?」
身を乗り出した蛍丸が驚いたように聞いてくる。
が、別にそんな名推理みたいなものじゃない。
彼の様子を見たら誰でもわかる。
「さっきから明石国行さん、ずっと足を庇う座り方していますし。それに、蛍丸さんと愛染国俊さんの事も迎えに来ようとしませんでしたから」
「……」
「すげぇ…それだけで国行が足怪我してるって分かったのか!?」
「いやそんな名探偵出てきたくらいの反応されるようなことじゃないと思うけど…」
「あのね、主さん。国行足の骨折ってんの」
「あ、そうな………エッ、骨折!!!?」
思った以上の大怪我にバッと明石国行の顔を見れば、彼はそろっとわたしから顔を逸らした。
長いサイドの髪が彼の表情を隠す。
が、反射した眼鏡には彼の気まずげな目元がハッキリ映っている。
「だっ、な、ど、どこでそんな大怪我を!?」
「…さあ、どこでっしゃろ」
「俺がね、主さんが寝てる部屋に入ろうとしたんだ。でもその時に、だれかの斬撃が飛んできて。…国行が」
しょんぼりと肩を落としていく蛍丸に、わたしはようやく先程の彼の行動に合点がいった。
ああ、なるほど、と。だからさっき、蛍丸くんは会話に割って入ってきてまでわたしを呼びに来たんだな。と。
多分、あまり人としてやってはいけない行動だという自覚はあったのだろう。
でも、自分のせいで明石国行が怪我をしてしまったから、早く直してあげたかった。それゆえの行動だったのだろう。
「(いやでもそうなると、一回蛍丸くんゴーヤで明石国行の怪我諦めようとしてるんだよな…)」
ちょっと思うところはあったが、なんにせよ骨折はすぐに直さなければいけない。
刀を借りる時間も惜しかったので、わたしは「お札貼りますね。手を貸してください」とポケットからお札を取り出しながら明石国行に言った。
すると、浅いため息と共に右手が差し出される。
細く、けれどごつごつと筋張った男の人の大きな手だ。その細い指先を取って、わたしはペタッと甲に札を貼った。
「というか、なんで手入れ部屋行かなかったんですか。骨折ってめちゃくちゃ大怪我ですよ」
直ると同時に「おおきに」とあぐらを崩して跪坐をした彼にそう言えば、へらっと困っているようにも見える苦笑いがかえってくる。
「いやいや、陸奥守吉行はんや歌仙兼定はんなんか血だらけでしたし。自分は足が無うなったわけやありまへんから」
「いやいや、骨折は何がなんでも手入れ部屋行くレベルですよ。…痛みだって酷かったでしょうに」
「まあ…慣れですよ。慣れ。自分も男士になって長いですし。折れた方がマシやーって地獄も経験しましたから」
そう言って、明石国行は肩をすくめた。
てっきり、出陣で重傷になったことを言っているのかなと思ったが、その眼差しは静かにわたしを見据えている。眩しいものでも見るかのように瞳が細められている。
「…?」
「…まあ、なんでっしゃろ。やる気はありまへんけど、自分も刀剣男士の端くれですから。主はんの顔見れてよかったですわ」
「オ゚ッ」
「オレも! 加護するならその人が傍にいなきゃな。切れるもんも切ってやれねえし」
「ウ゚」
「俺もー。なでなでもきらいじゃないけど、こうして顔を見て話すほうがすきー」
「ありがとう。蛍丸くんと愛染くんは一回ギュッてさせて」
欲を出して両手を前に出せば、蛍丸と愛染国俊は目を丸くした。
しかし、蛍丸は眉を寄せて頬を膨らませる。「えーやだ。子供扱いきらい」と。だが、愛染国俊は「オレはいいぜ」と、ニカッと笑ってなんと自らわたしの差し出した腕の中にやって来てくれた。
「ほら」
「キョコ゚ッ!!!」
「なんかエグい声出はりましたな…」
「オレ、霊刀みたいなすげぇ力はないけどさ。でも
主さんのゆく道が良縁に満ちているよう、祈ってるよ」
「有難う御座います」
「うん。じゃあ次、蛍な!」
「ええ…せっかく修行に出てさいきょうになったのに」
「大丈夫。わたしのハグは子供扱いじゃなくてかわいい扱いだから。かわいいは最強だから間違ってないよ」
「ちょっと何言ってんのか分かんねえな…」
「んー…子供扱いじゃないならまあいっか」
困惑顔の愛染国俊が後ろに下がると同時に、蛍丸が刀を明石国行に預けてこちらに近付いてきた。
「ん」と、わたしが伸ばしていた手にその小さな指が絡められる。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
そのもちもち具合に感動していたら、おもむろに蛍丸がその手を引いてきた。
「わっ」
強い力に、わたしの体は前に倒れ込む。
ぽすっ。その体を蛍丸が軽々受け止める。
「あ、ありが」
「ほら。どう?」
「え?」
「俺の力。にんげんの子供じゃないでしょ」
「、」
「あんまり可愛い可愛いって言ってると、痛い目みるからね?」
ぎゅっと、わたしを抱き締めて離れていった蛍丸がこちらを見下ろしながらニンマリとあざとくわらった。
──拝啓、蛍丸最推しだった友人へ。
わたしは終ぞあなたの言っていた「蛍丸がいっちゃん雄みある」の意味がわかりませんでしたが、今わかりました。
男です。男士です。あなたの最推しの蛍丸は。
「(でも見た目かわいすぎて脳バグってくる…)」
「国行も主さんとぎゅっする?」
「どちらでも。自分も“かわいい”の分類に入ってはるなら、やりまひょか?」
「主さん、国行かわいい?」
「可愛いではないかな…」
いや、自本丸の刀剣男士はみんなかわいいと思っているけど。
でも、明石国行のぎゅっは死人が出る。オタクが死ぬ。あと無理やりさせた事でめちゃくちゃ申し訳なくなる。
というか、一期一振の時も思ったけど本当に刀剣男士たちはみんな、事の決定権をすべてわたしに委ねてくれるんだよな。
多分、わたしが“持ち主”っていう存在だからなんだろうけど。
でも、それにしても嫌なことは嫌と言ってほしい。そんな、ハグも断れない本丸にはしたくない。
「そうですか。残念やわぁ」
「ハハハどうも(これもワンチャン京言葉の可能性があるぞ)」
「あ、そうだ主さん。国行が怪我した時に岩融さんも壁に腕ぶつけてたからさ、もしかしたら怪我してるかも」
「分かりました。じゃあ、この後聞きに行ってみますね」
そう言って、わたしはくっついて並ぶ来派に手を振り、今度は三条組の元に向かう事にした。
いつの間にか戻ってきた小狐丸と、移動してきた三日月宗近。それから、今剣を膝に乗せた岩融と自身である大太刀を膝に乗せた石切丸。
三条組はその五振りでまとまって座っている。
すると、岩融の膝の上でこちらを見ていた今剣がパッとその大きな目を輝かせ、ぴょんと膝から飛び降りた。
跳ねるような身軽さでわたしの元にやって来る。「あるじさま!」と、満面の笑顔でわたしにジャンピングハグしてくる。
「おうっ!?」
「わあー! あるじさま! ほんとうに、ほんもののあるじさまだ!」
ガバッと首に抱き着かれ、たたらを踏んだ。
え、すごい。いまつるちゃんめっちゃ軽い! え、わたしでも全然抱っこできるぞこの軽さ。
そんな感動を抱きつつ、鎖骨あたりに頬擦りする彼を抱っこしながらわたしは岩融の前に腰を下ろす。
と、目の前の四振りが仰々しく頭を垂れる。
「我らが主よ。よくぞ本丸に参られた」
「家臣一同、この日を待ち侘びておりました」
堅く厳かな声で言われ、わたしは「は、はい」と今剣を抱えたまま少しだけ頭を下げた。
すると、腕の中にいた今剣がスルリと抜け出す。岩融の隣まで下がると、刀を置いて跪坐する。
「あるじさま。…ぼく、ずっとずっと、あるじさまをまっていました」
「、…うん」
「ごめんなさい。あるじさまをころしたおとこを、ころしてあげられなくて」
「うん、…うん?」
「もう、どこにもいかないでくださいね。…ひとりで、とおくにいったらだめですよ?」
「う…ん?」
「どこかにいくときは、ぼくもいっしょですからね。どこへでも。──あのよでも、じごくでも」
「いまつるちゃん。いまつるちゃん一回こっちおいで。ハグしよう」
わたしは慌てて立ち上がって今剣を抱き上げた。
とてつもないヤンデレの気配を感じたからである。
いや…まあ、確かに修行に行ってからの今剣のセリフはそこはかとなく闇を感じさせるものにはなっていたけれど。
でもこんな、監禁五秒前のヤンデレがするような顔は絶対してなかった。
目バキってるし、ハイライト消えてるし、表情も死んでいる。あとなんかどす黒いオーラが背後に見えてる。まあこれは幻覚かもしれないけど。
「あるじさま…」
「う、うん、うん。ごめんね、心配かけたよね。でも、わたしは生きてるから」
「でも、れきしにはあるじさまをころしたクズがいるんです。…そいつをころしにいかないと」
「だ、大丈夫。行かなくていい行かなくて」
「でも、あのクズはころされたあるじさまのきょうふもいたみもしらないんだ。──だから、ぼくがぜんぶおしえてやらないと」
「殺意がとまんないねいまつるちゃん…」
ずっと不穏に短刀を握りしめたままの今剣に、わたしは冷や汗がとまらない。
ど、どうしよう。わたしが交通事故で死にかけたせいでいまつるちゃんのヤンデレ化が大加速してる。
クズって言ってるし、ころすって言ってる。
殺意を一ミリも隠そうとしてない。
「あ、あのね、わたし自分が死んだこととか殺されたこととか、全然気にしてませんから。だから、今剣さんもぜんぜん気にしないでください」
「? どうしてですか?」
「え?」
「どうしてころされたのにきにしていないんですか?」
「どうして…なんでだろ。みんなに会えたからかな?」
「…え?」
「正直、あの時も死ぬことよりもわたしの本丸の刀剣男士に会えたことの方が嬉しかったんです。だから、わたしを殺した人の事なんて本当にどうでもいいの」
くろのすけから話を聞いた時は、ドラマみたいな出来事に巻き込まれたなと思ったりしたけど。
でも、今思い出してみても、今回の事件に関してそれ以上の感想はない。
怒りも、悲しみも、興味も。──何も。
「だから、なんにも気にしないで。わたしはここで元気にヨボヨボのおばあちゃんになりますから」
「…ほんとう?」
「はい」
「…わかりました。じゃあ、クズがごくちゅうでくるしんでしぬようのろいだけかけます」
「い、いいよ。そんな呪具みたいなことしてくれなくて…」
未だ殺意は収まらないようだが、声は弾むような明るい少年の声に戻ってきていたので、わたしはそっとその身体を岩融の横におろした。
改めて、並ぶ大きな刀たちの顔を見渡す。
「えっと…今更ですけど初めまして。この本丸の審神者です。これからどうぞよろしくお願いいたします。岩融さん、石切丸さん、今剣さん、小狐丸さん、三日月宗近さん」
「はて。ずいぶん他人行儀になってしまったな、主よ」
「み…三日月宗近」
「がはははは! 俺も岩融でいい。…主が望むのであれば、地獄に堕ちてでも不心得者を処しに行こうと思っていたがな。どうやらその必要はないようだ」
「う、うん…ぜんぜん行かなくていいからね」
「主の寛大な心に敬意を。───でも、そうだね。私には呪術を扱う力はないが、祓った厄災がその男に向かうようお祈りでもしてみようか」
「では私は夢に出ましょう。ええ、ええ。狐とはばけてでるもの。──まやかしの恐ろしさ、とくとご覧に入れましょう」
「ああ、俺も現世で顔を覚えてきた。───地獄で合間見えた時は刀の本懐を果たそう」
「岩融さん! 岩融さん手入れ! 手入れをしましょう!」
ほの暗い顔で不穏な気配を漂わせる三条組に、わたしは空気を変えるためにポケットから手入れのお札を取り出した。
バッと勢いよく両手を岩融に差し出す。
と、彼はパチッとまばたきをし、「おお! 有り難い」とその大きな薙刀をわたしの手に乗せた。
「わっ」
「ん? ああすまん。主の小さき体には重かったか」
「いえ、大丈夫ですよ。よいしょ」
バランスを取るのが難しかったので、いったん膝に乗せてぺたっとお札を貼る。模様の光が消えるのを待って、薙刀を岩融に返す。
「はい。直りました」
「ああ、感謝する」
「いえいえ。…それにしても、天下五剣の皆さんってお強いんですね」
「…ん?」
「ほら、修行に出た歌仙兼定さんを童子切安綱さんが中傷にしていたでしょう? それに、誰も怪我していませんでしたし」
「天下五剣はしんかくがたかいですからね。ぼくも三日月宗近には、いちどもてあわせでかてたことがありません」
「え…今剣さんがカンストしてて、三日月宗近がレベル低くても?」
「はい。まけました。あれはばけものです」
「なに、褒めるな。照れる」
「ちがいます。わるぐちです」
デレッと今剣を抱き上げて膝の上に乗せた三日月宗近に、今剣は一切感情の浮かばない真顔でそう言った。
「(いまつるちゃん目が死んでる…)ち、ちなみに、天下五剣の中ではどなたが一番強いんですか?」
「俺だな」
「まさかの本人の即答」
「ほら、ばけものでしょう?」
「いまつるちゃんなんでそんな辛辣なの…」
「そういえば、天下五剣の総当たり戦は見た事がないな」
「ああ。剣術試合でも、各々方は審査側へ回っておるしな」
薙刀を置きながら岩融が言う。
「…剣術試合?」
その聞き覚えのない単語に首をかしければ、ニコッと笑った小狐丸が「非番を利用した刀剣男士達の刀試合です」と教えてくれた。
「刀試合」
「まあ、大人数の手合わせのようなものだ。指名制で手の空いているもの同士、好きに戦っている」
「へえ…そんなのがあるんですね」
「ええはい。…といっても、使用するのは模造刀にございますゆえ、それほど本格的な試合ではありません。まあ、暇を持て余したものたちのお遊びのようなものです」
「ふんふん。それで、天下五剣の方達は審査員をなさっているんですね?」
「ああ。止めるものがおらぬと重傷沙汰になるのでな。試合をする際は必ず審判と審査員をつけている」
「なんでだよ」
思わずツッコんでしまった。
いやだって…なに、遊びで重傷沙汰って。
使うの模造刀なんじゃないの? プラスチックとか木刀とか。刃のない多少安全性が考慮されたもののはずでしょ?
なのに、それで刀剣男士が重傷になるって何?
切れない刀でなにしてんの?
「まあ…アレだ。武器のサガというものよ。模擬戦といえど、戦いとなるとどうも血が滾ってな」
「(バーサーカーの理由だ…)」
「あるじさまもこんどみにきてください! あるじさまがきたら、きっとみんなはりきりますよ!」
「張り切ったら大変なことになりそうな気がするんだけど…」
「まあ、安全とは言えないね。君も見学する時は、必ず近侍を連れて行くようにしなさい」
「石切丸さんも止めるつもりはないんだね…」
こんな穏やかなパパの微笑み浮かべる彼が“次”を提示してるんだから、もうこの神々の遊びはとめられないのだろう。
…いやまあ、ワンチャン審神者であるわたしがやめようって言ったら終わりそうだけど。
でも、もしこの試合を楽しみにしてる刀剣男士がいるなら、わたしの一存で誰かの楽しみを奪うわけにはいかない。
「(とりあえず中田さんに今度この手入れのお札どこで買えるのか聞こう…)」
「さて、あまり皆の主を引き止めるのは悪い。話はここいらでお開きにしよう」
「えー! もうですか?」
「なに、またすぐに話す事も会うこともできる。暫しの辛抱よ。今剣」
「むぅ…」
「はっはっはっ。そう頬を膨らませるな、俺が抱えてやろう」
「いやです。三日月宗近のからだはかたくてぬくもりがありません」
「(なんでいまつるちゃん三日月宗近にこんな塩対応なんだろう…)」
構いたい爺と構われたくない孫のやり取りをチラッと見てから、わたしは岩融の方に顔を向ける。
「あの、岩融さん」
「ん?」
「ほかに、どなたか怪我をされている刀剣男士をご存知ありませんか? あと二振りか、三振りいらっしゃると思うんですけど」
「怪我? …ああそういえば、日本号殿と次郎太刀殿が額をぶつけていた気がするな」
「…え?」
「いやなに、酒が抜けておらなんだようでな。主が本丸に来たと聞いた瞬間、部屋を飛び出た日本号殿と廊下を走っていた次郎太刀殿の額がごっつんこよ」
「ごっつんこ」
「たんこぶできてました。とてもいたかったとおもいます」
ぴょんと、岩融の背中に飛び乗った今剣が真顔で言った。
「……」わたしはチラッと、離れた位置に固まって座っている次郎太刀と日本号の方を見やる。
しかし、距離も離れているし、日本号にいたってはこちらに背を向けているので額の様子はまったくわからない。
「…分かりました。じゃあ次はおふたりのところに行ってきます」
「あるじさま」
「なあに?」
「おねがいですから、もうぼくをおいてどこにもいかないでくださいね。──ぜったいに」
「分かったいまつるちゃんもう一回ぎゅってしよう」
トドメのようにヤンデレの気配を漂わせた今剣をもう一度抱えあげ、ぐるぐるとその場で無意味に回ってから、わたしは次郎太刀と日本号の元に向かった。
◇
「はい、次郎太刀さん。日本号さん。氷を持ってきたよ」
言いながら、日向正宗は持っていた氷入りの水袋を持ち上げた。
すると、呼ばれた二振りの刀剣男士──次郎太刀と日本号が後ろを振り返る。透明の水袋に、キョトンと目を丸くした顔と、痛々しく染まった赤紫の額が歪んで映る。
「おお。悪ぃな、正宗の坊っちゃん」
「ううん。ちょうど厨に行く用事があったから、ついでだよ」
「ありがとー助かったよ。アタシらの図体だと動くだけで邪魔になっちゃうからさ」
にこっと笑った次郎太刀が、差し出された水袋を受け取る。
固く結ばれた口部分を掴みながら額に当てる。と、隣の日本号も同じように額に乗せた。
その姿を見ていた太郎太刀と蜻蛉切は、まったく同じタイミングではぁとため息を吐く。
「まったく…このような日に二日酔いで怪我とは。嘆かわしい」
「だぁってしょうがないじゃん! 今日非番の予定だったんだからさぁ!」
「限度があるでしょう。私は歩けるうちに部屋に戻りなさいと言ったはずです。何故宴会場で眠っていたのです」
「それなんだよねぇ。確かに部屋に戻った記憶はあるんだけど…」
「俺は大太刀の足音など聞いておらぬぞ」
すると、近くに座っていた静形薙刀が険しい顔で言う。
彼の部屋は次郎太刀の部屋の近くにあり、夜に宴会場から次郎太刀が帰ってくると、そのドスドスという普通に歩いていても大きな足音が聞こえてくるのだ。
「じゃあ夢だったんじゃないか?」
「夢だったのかなぁ…」
「俺ァ逆に、自分の部屋に戻った記憶なんざねぇんだが」
「俺が運んだのだ。巴形殿に手伝ってもらってな」
やれやれ顔の蜻蛉切が、静形薙刀の隣に座る巴形薙刀を見ながら言った。
「共に三名槍に名を連ねるものとして、あのような醜態は見過ごせん」
「おいおい、今度は槍と薙刀に取られてんじゃねぇか。あんた」
「はははいや笑えねぇな…」
「そう言うならば、酒はほどほどにしないか」
「いやいや、俺だって弁えちゃいるぜ? 今日は非番で出陣も内番もなかった。──それがまさか、こんな事になるなんてな」
カランと、水袋を膝に置いた日本号が遠くを見やった。
そこには、三条の短刀を腕に抱える審神者の姿がある。困ったような表情を浮かべながら、必死に口を動かして言葉を伝えている。
「……」
「……」
「…いいな」
「分かる」
「え? なんの話しだ?」
主語なしでうんうん頷き合う次郎太刀と日本号に、御手杵が首を傾げた。他のものたちも同じような表情を浮かべている。
すると次郎太刀と日本号は顔を合わせ、はあぁと盛大なため息を吐いた。
「ったく…これだから酒に呑まれねえやつらは」
「ああヤダヤダ。むさっくるしいたらありゃしない」
「だから、なんの話だよ!」
「そりゃお前、この男所帯に華がやってきた事に関してだろうが」
「はなぁ?」
片眉を上げて怪訝そうな顔をした御手杵に、「そう!」と。胸元に手を当てた次郎太刀が続ける。
「刀派様々、刀種様々。されど変わらないのはアタシ達が刀剣“男”士であるってこと!」
「お、おお…」
「演練場じゃ別の本丸の女人の審神者を見たこたあるが…やっぱ自分の主は格別だな」
「ね。いるだけでかわいい。見てるだけで癒される」
「声だけで酒が美味くなる」
「分かる」
「ああ…そういう話しね」
御手杵は半目で納得した。
独特な言い回しだったが、この本丸の刀剣男士は審神者の影響と数珠丸恒次の布教に染まりきっているので、その意味は彼にも伝わったのである。
そんな大柄な男達の会話を苦笑いで聞いていた日向正宗は、そのまま近くに座っていた石田正宗の隣に座った。
その横顔を見上げたところで、視線がある一点を見つめていることに気が付く。
「石田の兄上も主の事を見ていたの?」
首を傾げながら聞けば、彼は「ああ」と。日向正宗を見下ろしながら、眼鏡越しに瞳を柔らかく細めた。
「私達の今代の主だからね。どんな人なのだろうか気になって」
「そっか。…無顔は、戦に関わりのない時代に生まれた女性だって言っていたけれど」
「明るい人だよ。それに、死の淵を見たとは思えないほどまっすぐだ」
「天下五剣から話を聞いたが、どうやら苦労の多い身の上だったらしい」
隣に移動してきた静形薙刀が、低い声でそう続けた。
「なるほど。だからあれほど達観しているのか」
石田正宗は得心がいったというように微かに頷く。
時代と共に価値観は変わっているが、それでも彼女をおそった出来事は、多くの人が「理不尽」「気の毒」と感じるものだっただろう。
しかし、それでも。
審神者は腐ることなく、また歴史を恨むこともなく。事故が起こる前と変わらないまま、“今”を生きている。
「強い人だね。とっても」
「ああ。だからこそ、京極と九鬼は眠ってしまったのだろう」
「石田の兄上…」
「あの日のふたりの憔悴した顔は忘れない。まるで本物の人間のようだった。…きっと、それほど心を動かせる人だったんだ。私達の主は」
「うん…そうだね」
「日向の言葉を借りるなら、今度こそは、かな」
「うん。ここは主が繋いでくれた“次”だ。──だから絶対に守らないと」
三条の短刀を抱える審神者を見つめながら、二振りがそう背筋を伸ばした。
その時だった。
「そういや、守るで思い出したけど…」
ふと、話を聞いていた御手杵が上を見上げながらボソッと呟く。
「ほら、うちの本丸も主が来たならあれができるんじゃないか?」
「アレ?」
「ほら、あれ。あれだよ」
眉根を寄せた巴形薙刀に、御手杵が身振り手振りで説明しようとする。
だが、その続きは不自然に途切れた。ハッとしたように目を見開いて顔を横に向ける。
そこには、こちらにまっすぐ向かってくる審神者の姿があった。
どうやら三条の刀達との顔合わせが終わったらしい。その姿に、九振りは己が自身を前に置き、跪坐をして主が来るのを待つ。
「すみません、ご挨拶が遅れました」
言って、真ん中に座っていた御手杵の前に審神者が正座した。一番左から順に、刀剣男士の顔を見上げて名前を呼んでいく。
「太郎太刀さん」「次郎太刀さん」「蜻蛉切さん」「日本号さん」「石田正宗さん」「日向正宗さん」「巴形薙刀さん」「静形薙刀さん」
その声を聞いて、次郎太刀と日本号がまっさきに口を開いた。
「酒が飲みてぇ…」
「分かる」
「…?」
「あー…悪い。この飲兵衛達は無視してくれ」
不思議そうに目を丸くする審神者に、苦笑いを浮かべた御手杵がそう言った。
「改めて主、俺は御手杵だ。この心内はうまく言い表せないけど、あんたに会えて嬉しく思ってるよ」
「ありがとうございます。わたしも会えて嬉しいです」
「自分も改めまして。蜻蛉切と申します。先程は村正と青江殿が失礼いたしました」
「(既ににっかり青江の保護者ポジにいる…)いえ、とんでもない。ご丁寧にありがとうございます」
「…ん? ああ次は俺か。日本号だ。あんた、酒は好きか?」
「まあまあ好きですけどまずは手入れをしましょう。日本号さん」
審神者はなんともいない顔でポケットからお札を取り出した。
髪を後ろにかきあげている彼の額が、あまりにも痛々しくて見ていられなかったからである。
「お、いいのかい? ありがたいねぇ。助かるぜ」
「いえいえ。あと次郎太刀さんもお札貼りましょう」
「え、いいの!? ありがと〜。あっ、アタシ次郎太刀でっす! この通り化粧やお洒落も詳しいから! 聞きたいことあったらなんでも聞いてねぇ」
「(まじで黒髪の美女すぎる助かる)ありがとうございます、次郎太刀さん」
「…む、私ですか。太郎太刀と申します。主の細腕には振るえないかと思いますが…まあ、ご興味がありましたらお持ちください」
「ありがとうございます。もしかしたらバーベルの要領でいったら持ち上げはできるかもしれませんけど多分腰をやられるのでやめときます」
両手で棒を持つような謎のジェスチャーをする審神者に、太郎太刀は「ばーべる…?」と困惑気味の表情を浮かべる。
すると、サッと巴形薙刀が自身である薙刀を「使うか?」と審神者に渡そうとしたが、彼女は「あ、大丈夫です。そういうのじゃないんで…」と片手を上げて断った。
「そういえば、巴形薙刀さんステージレッスンはどうなったんですか?」
「ああ、それが飛び入りは無理だと断られた。俺の背丈に合う衣装もないらしい」
「まあ……そうですよね」
「だが、採寸はしてもらった。次のらいぶでは必ず俺もすていじに立ってみせよう」
「(アイドルの選抜みたいだ…)うん…頑張ってください」
「………」
「…? 静形薙刀さん?」
「!」
「静形。そう怯えずとも、触れただけでは主は壊れぬ」
「だ、だがこれほどまでに小さいのだぞ。それに、典礼用のお前とは違い俺は実戦向きだ。主の柔い手には相応しくない」
「──と言っているが、どう思う。主」
ピッと静形薙刀を指さしながら無表情の巴形薙刀が言う。
審神者は「えぇっと…」と困ったような顔をしたが、少し上を向いて悩んだ後、そっと自身の手を跪坐の上にある静形薙刀の隣に並べた。
「!?」
「わたしの手はこれくらいです。多分、日本人女性の平均くらいだと思います」
「!! ……!?!」
「薙刀を振れるほどの力は無いですけど…そんな、指先当たったくらいで木っ端微塵になるような体ではないので。安心してください」
「〜〜〜!!?!」
「(どんどん後ろに下がって行ってる…)」
「やれやれ…慣れるまでは時間がかかりそうだな」
背後の襖に背中が引っ付くほど審神者から離れた静形薙刀に、巴形薙刀がため息を吐いて首を振った。
審神者は苦笑いで手を引っこめ、今度は上品に座る正宗兄弟に顔を向ける。
「…ん? ああ、次は私達かな。石田正宗と呼ばれている。君に語りたいことはたくさんあるけれど…なにより、こうして会えたことが嬉しいよ」
「はい…ありがとうございます」
「僕は日向正宗。…あの日からずっと、何も出来なかった僕だけど。でも、こうして君が次をくれたから。だから、今度はうまくやるよ。──必ず」
「ありがとうございます」
瞬間、審神者はサッと日向正宗に向かって両手を広げた。鳥の求愛みたいなポーズだった。
当然、日向正宗は審神者の意図が分からずキョトンと目を丸くする。
だが、短刀の偵察力の高さから、彼女がここに来るまでに見目の幼い刀剣男士にハグをしてきていた様子を何度か目撃していたため、すぐにその意図は伝わった。
「えっと…」
彼はほんのり目尻を赤くして困り顔をした。
刀という物の性分は人間に触れられる事を喜んでいるが、刀剣男士として生まれた心は幼子のように抱き締められることに羞恥心を感じている。
だからどうしたらいいのか分からず、彼は隣の兄の顔を見上げた。ら、微笑ましげに瞳を細められたので、少し悩んだ後、その好奇心に従いそろそろと審神者に近づく。
「こう、かな…?」
「はい」
「わぁ…あたたかい」
「(かわいい…京極令嬢よりちょっと背ちっちゃいの沼すぎる)」
ぎゅっと数秒抱きしめられた後、日向正宗は解放される。
そうして、少し羞恥心を滲ませたまま石田正宗の隣に戻って行った彼を見送り、審神者は改めてこの不思議なメンバーの顔を見渡した。
「そういえば、こちらはどういった集まりなのですか?」
「…集まり?」
「あ、いえ。話が盛り上がっていたようでしたので。皆さん仲がいいのかな、と」
気になった審神者が聞いてみれば、九振りはそれぞれ顔を見合わせた。苦虫を噛み潰したようななんとも言えない表情がその顔に浮かぶ。
「…槍のせいで主に誤解されたではないか」
「おいおい、とんだいいがかりだぜ。図体がデカイもの同士後ろでかたまってただけだろ?」
「というか…さっきまで何話してたっけ? アタシたち」
「だからアレだよ。主がいるなら本丸襲撃の模擬戦ができるんじゃなかって話」
ようやっと言えたというように、御手杵が言った。
「本丸襲撃の…模擬戦?」
その言葉に、審神者は不穏な気配を感じ取って表情を険しくさせる。
「主は聞いたことないか? 本丸の刀剣男士を二分にして、審神者を攻守交替で守る演習みたいなものなんだが」
「たぶん…ない…です。え、それってわたしがいないとできないんですか?」
「うん。本丸へ敵が襲撃してきた事を仮定とした演習だから、審神者がいないと申請が通らないんだ」
「それと、審神者としての一定以上の実績と、百振り以上の刀剣男士がいる事も必須条件となっている。それらを満たしていないと、政府から補助がおりないからね」
「ほ、…補助?」
首を傾げる審神者に、御手杵が続ける。
「実演場所となる本丸仮想空間の準備。重傷撤退した刀剣男士の手入れ資材。審神者用の結界札の支給。出陣遠征等の免除書。対刀剣男士用の御守。…あとはまあ、山で迷子になった時用の帰還鳩がもらえるらしいぜ」
「重傷撤っ、…え、こっ、…え審神者用の結界札ってなに?」
「数十年前は、演練のように別の本丸の審神者と互いの本丸の刀剣男士を指揮して襲撃の模擬戦をしていたようです。…しかし、騒ぎに乗じて相手の本丸の刀剣男士を盗んだり、すげ替えたり、刀剣破壊をするなどの不正行為が多くみられたため、今は本丸内で刀剣男士を二分して模擬戦をする規定になったようです」
「………………えっと、それをみんなはやりたいの?」
不穏すぎる言葉の羅列に、審神者は信じられない気持ちで皆の顔を見渡した。
すると、御手杵と日向正宗と次郎太刀、静形薙刀と巴形薙刀は即答で頷いた。
「せっかく主が来てくれたんだ。やってみたいよね、模擬戦」「ああ。本丸の刀剣男士と真剣で戦うことなんて滅多にないからな。それに、戦ってみたい相手もいる」「明確に守るものがある戦いならば、皆の士気も上がるだろう」「確かに。守る方は盛り上がりそうだ」「攻めるのも楽しそうじゃない? ほら、西洋の話で騎士が魔王に囚われたお姫様を助けに行くやつあったじゃん。アレみたいな!」「攻め側は敵なんだから騎士じゃないだろ…」と。
楽しそうに交わされる会話に、審神者の口角はどんどん引き攣っていく。
「…太郎太刀さんもやりたいんですか?」
「私は…そうですね、一度体験してみるべきだと思います」
「体験」
「何事も経験、というでしょう。それが自分にとって良いものなのか悪いものなのかは、経験しなければ分かりません。そういう意味では、私は“やりたい”と思います」
「…蜻蛉切さんは?」
「そうですね…自分も一度経験してみたいとは思います。万が一本丸が襲撃された際に、侵入されやすい場所はどこなのか。偵察兵はどこへ配置すべきか。護衛は何人必要か。手薄となる道はどこなのか。敵の目線となった時に気付ける事もありましょうからな」
「…日本号さんは?」
「俺ぁどっちでもいい。美味い酒が飲めるなら、どっちでも」
「…石田正宗さんは?」
「私も参加してみたいと思う。…ただ、この本丸は強い刀が多いから、あまり役にはたてないだろけどね」
肩を竦めた石田正宗が言う。
発言は三者三様だったが、誰も“やりたくない”とはい言わなかった。
…だからつまり、やりたくない刀剣男士はこの中にいないのだろう。
「…分かりました。じゃあアンケートを取って、やりたい方が多かったら申請してみます」
ので、審神者は「(まあ半分くらいはめんどくさいからやりたくないっていう刀剣男士がいるだろう)」と、たかを括ってそう言った。
──結果、予想をはるかに上回るどころか、ほぼ全員に望まれて本丸襲撃の模擬戦が行われることになるとも知らずに。
そして、鬼神の如く刀を振るう刀剣男士達に「もう二度とやらない」とかたく宣言することになるのだが、これはまだ誰も知らない、未来の話である。
「それじゃあ皆さん、これからよろしくお願いします」
「ああ」
「よっろしくぅ♪」
「まあまた酒でも飲もうや」
「すていじに立つ時は呼ぶ。是非見に来てくれ」
そうして改めて九振りに挨拶をし、審神者はその場を離れたのだった。
◇
さて、次にわたしが向かったのは、壁際でこれまた珍しいメンバーで固まっている刀剣男士の元だった。
並びとしては、左から祢々切丸、山伏国広、ソハヤノツルキ、同田貫正国。そして、移動してきた数珠丸恒次と山姥切国広が向かい合うように座っている。
身振り手振りで会話を交わしている。
周りが賑やかなので、何の話しているのかまでは分からなかったが、常にみんなの口が動いているところを見るに、話はそれなりに盛り上がっているようだった。
「ん? ああ、主か」
すると、わたしに気が付いた山姥切国広が会話をやめて後ろを振り返る。隣の数珠丸恒次も、静かに首だけ動かしてこちらを見る。
その奥に並ぶ四振りは、既に刀を前に置いて跪坐の格好でわたしを見据えていた。
「すみません、お話中に来てしまって」
「いや。あんた以上に優先すべき話はない」
「なんでそんな素で王子様極めてんの…」
「…?」
「なんでもないです。えっと、はじめまして。祢々切丸さん、山伏国広さん、ソハヤノツルキさん、同田貫正国さん」
順に顔を見て名前を呼べば、「ああ、はじめまして。主」「カカカカカ! お初にお目にかかる! 主殿」「はじめまして、主」「同田貫正国だ。あんたも来てそうそう大変だな」と。ハラハラ桜の花びらを舞わせながら、和やかな声が返ってきた。
…それにしても、ここのメンツもどういう組み合わせなんだろう。
いや、国広兄弟とか回想組はなんとなく一緒にいるのも分かるよ? でも、このメンバーで集まって盛り上がる会話がなんなのかは皆目見当がつかない。
「…ところで、ここにいる皆さんはどういう集まりなのですか?」
ので、わたしは率直にそう聞いた。
正直、ここまで来ると挨拶回りよりも「なんでその組み合わせで固まってるの?」の疑問を聞く方が重要になってきているので。
「集まり…ですか?」
「先程は何をお話されていたんですか? …あ、興味本位で聞いてるので、無理に話してくださらなくてもいいんですけど」
「漫画の話だ。じゅずのな」
「ま…、え?」
「とある村の娘が、山の神に生け贄として捧げられた物語の話をしていた」
「えっ?」
「まあ、その娘は神に気に入られて嫁に迎え入れられたんだけどな」
「れっ、」
レディコミだ…!!!
レディコミ読んでる!! ここの刀剣男士達…!!
え、絶対レディコミじゃなくない!? このメンツ。
偏見的な言い方になっちゃうけど。刃〇とか〇塾とかドラ〇ンボールとかじゃないの!?
あと地味に同田貫正国のじゅず呼びも気になる。
何その可愛いあだ名は。
「え、っと…その漫画おもしろかったですか?」
「まあまあだな」
「まあまあ…」
「俺は前に読んだ因習村に生まれた娘が怪異と婚姻を結んだ話の方が面白かった。ほらあ要素が強くてな」
「ソハは怖ぇもん好きだかんな」
「ソハ…!?」
「ぶっしもほらあが好きなんだよな」
「ぶっし…!?!」
「うむ。姿形のない怪異に筋肉で挑む話は、まっこと奇っ怪で愉快であった!」
「俺もあれは面白かった。意味はひとつも分からなかったが」
「布なし王子はたいてい意味分からず読んでんだろ。どんな漫画も」
「なにその耳なし芳一みたいなあだ名は」
あれ、ここ男士校だっけ?
…いやでも、レディコミの話してるから女子校なのか? なんかすっごい独特なあだ名で呼びあってるんだけど。
「む、布なし王子と耳なし芳一。さすが主、韻を踏んでいるな」
「踏んでないしなんでラップの韻を知ってるの祢々切丸さんは」
「ちなみに主。私達は登山仲間です。月に一度、ねネキさんの案内で本丸にある山を登っています」
「ねねきの“ねき”がネキの言い方になってる…!」
わたしは思わず畳に崩れ落ちた。
俗世の侵食が甚大な男士達に力が抜けたのである。
いやまあ、趣味のことだし、楽しんでくれてるなら何よりだけど。
でも絶対みんな、レディコミよりも○牙とか男○とかド○ゴンボー○の方がハマると思うんだけどなぁ…。
「…というか、すんごい今更なんですけど、なんで数珠丸恒次さんレディコミ読んでるんですか?」
深入りしていい謎なのかは分からないが、今世紀最大に気になったのでわたしは恐る恐る彼に聞いてみた。
すると、柳のようにしなやかに跪坐をしていた彼がジャラッと数珠をかけ直す。
「そうですね」と、思案げに首を傾げながら目線を下げる。
「おもしろかったから。でしょうか」
「おも、…しろかったの…」
「はい。あれは主の時代における、宗教の形のひとつでした」
「宗教?」
「はい。…人の価値観とは、時代とともに変わりゆくもの。辛く苦しい戦争の時代、人々は救いを死後に求めました。現世から解放された魂は仏の道を行き、辛苦のない極楽浄土へ辿り着くと」
「………」
「しかし主の時代、宗教観は少し変わっていました。人々は亡くなった後の宗教ではなく、生きている間の宗教に重きをおいていたのです。…そうですね、所謂“推し活”というものです。彼らの救いの神は仏から推しへと変わっておりました」
「…それでレディコミ読んでみたの?」
想像以上にちゃんと存在していた理由に、わたしは数珠丸恒次の顔色をうかがいながら問い掛けた。
すると、彼は「いいえ」と首を振った。
ジャラッと数珠の音を鳴らしながら、微かに目を開いて微笑を浮かべる。
「最初は、刀さにの同人誌を読んでみたのです」
「待て待て待て待て待って!!?!」
「刀×刀も読みました」
「あかんあかんあかんあかんあかんて…!」
「気になったのです。主の時代、宗教観の違う若者が心の支えとしているものは何なのか。──何を杖として人生を歩んでいるのか」
真っ青な顔で前のめりになるわたしに、あくまで数珠丸恒次は穏やかに続ける。
「諸行無常、諸法無我。されど形や意味を変えて後世に伝わっていくものはあります」
「じ、数珠丸さん…」
「宗教観もしかり、仏道もそう。…私はそれで良いと思っております。それが正しいと信じる人の価値観に、正否はないのですから」
そう言って、数珠丸恒次はそっと数珠から手を離した。顔には菩薩のような表情が浮かんでいる。
わたしは呆然と瞬きを繰り返す。
そ…そうだったのか。
いや、本当に申し訳ないけどなんで俗世の真反対くらいにいる数珠丸恒次がレディコミの布教をしてるんだろうとは思ってたよ?
でも、今の話を聞くに刀として、僧としての在り方を色々模索しているうちに奇しくもそこにたどり着いたという感じなのだろう。
…たぶん。
「…とまあ説法のように話しましたが、これはあくまで今の主の影響をうけた私という個体の趣味。それ以上の理由はありませんよ」
「ごめんなさい…本当に…」
「なに、謝られるな。読書しかり、山登りしかり。こうして筋肉を使う娯楽は、人の身あってこそのもの!」
「読書に筋肉は使わないだろう…」
「だーっ! グダグダややこしいこと言ってんな! 俺たちは刀なんだ。斬ることができりゃなんでもいいだろ」
跪坐をくずし、どかっと壁に背中をつけた同田貫正国がもどかしいというように声を荒らげる。
「カカカカカ! それもしかり、その通り!」
「つーわけだ、主。これからも末永く使ってくれよな」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。…因みになんですけど」
わたしは首を傾げる五振りの顔を順に見ながら、どうしても気になっていたことを聞いた。
「皆さん、たぬきさんのことなんて呼んでるんですか?」
瞬間、同田貫正国だけが「…あ?」と目を丸くし、他四振りは真顔で口を開く。
「たぬき殿だな」と、祢々切丸。
「だぬき殿であるな」と、山伏国広。
「たぬき」と、山姥切国広。
「まさ殿です」と、数珠丸恒次。
同田貫正国は赤い顔でワナワナ肩を震わせていた。
「おい! なにあんたもちゃっかりそう呼んでんだ…!」
「すみません。この呼び方かわいくて大好きなんです」
半目でくわっと吠えた同田貫正国にそう言えば、「か…、」と口端を引き攣らせた。
ぐぬぬと口を閉ざしたかと思えば、喉奥を唸るように鳴らしてガシガシ頭をかく。
なんともいえないもどかしさをぶつけるような、乱暴な動作だった。
◇
「じゃあ皆さん、また」
「ああ」
「主。山に興味があるならば我に言ってくれ。我らが案内役をする」
そう言って軽く手を挙げて見送ってくれた本丸登山部のみんなから離れ、わたしは最後のグループとなった左文字兄弟with不動行光の元に向かった。
このまたちょっと不思議な組み合わせだったが、ここは多分元の主である織田信長繋がりだろう。
その証拠に、不動行光の向かいにはへし切長谷部と薬研藤四郎もいる。へし切長谷部に至っては、会話に参加せずにわたしの方をガン見している。
「主…! ああ、わざわざご足労おかけして申し訳ございません」
すると、跪坐をしていたへし切長谷部が深々と頭を下げた。
「ご足労って…同じ部屋の中だろう」
その言葉を聞いて、背を向けていた薬研藤四郎が呆れ顔でこちらを振り返る。
「よお、大将。挨拶回りご苦労さん」
「いえいえ。皆さんこそお付き合いくださってありがとうございます」
「なに、当然さ。みんなあんたに会えることを願っていたんだからな」
言いながら、薬研藤四郎はその場に立ち上がった。どこかに行くのかなと思ったら、へし切長谷部との間に人二人分ほどの距離を空けて跪坐をする。
「ほら」と空けた隣を手で促す。
…………え、まさかわたしに座れって言ってる?
へし切長谷部と薬研藤四郎の間に? ある意味上座より緊張する場所に?
「ムッ……失礼します…」
一瞬本音のムリが出かけたけど、せっかくのご厚意にそんな事言えるはずもなく、わたしは生唾をのんでそこに腰を下ろした。
それから、両隣を意識しないよう目の前で跪坐する四振りを見やる。
「はじめまして。江雪左文字さん、宗三左文字さん、小夜左文字さん、不動行光さん」
「、っ…うっ」
「…えっ!?」
瞬間、目の前に座っていた不動行光の顔がくしゃっと歪んだ。
細められた瞳から、ボロっと大粒の涙がこぼれ落ちていく。嗚咽のような音が喉奥から溢れ出てくる。
ま、また泣かせた!!?
「あ、主…、ああ、主…っ」
「ど、どどどどうしたの!?」
「ご、ごめん。こんな…っ、俺、またなにも出来なかったんだって、ずっとお"もっでたから…っ」
乱暴に目元を擦りながら嗚咽混じりの声で言われ、サッと顔から血の気が引いていく。
こ、これはあれだ。
いまつるちゃんの時と同じだ。
わたしが交通事故にあったせいで、せっかく修行に出て過去を思い出にし、未来へ歩きはじめた不動くんに新たなトラウマを植え付けてしまっている。
メンタルブレイクさせてしまっている…!
「ごめん、っほんとうに、ダメな刀でごめん"っ」
「ああぁぁ泣かないでっ。だいじょうぶ。大丈夫だから」
桜の花びらとともにボロボロと畳に落ちていく雫に、わたしは半ばパニックになりながら不動行光の頭を両手で撫でる。
「ごめんね、たくさん心配かけたよね」
「ずっ…俺こそ…っ主の"こと、助けられなくてごめん」
「復讐する?」
「ふく、…え?」
「貴方が……望むなら。僕は地獄の門をくぐって、その本懐を果たす」
「それこそが───僕の存在意義だから」
俯いて泣く不動行光をわしゃわしゃなだめていたら、隣にちんまりと座っていた小夜左文字がそう言ってきた。
手には短刀を握っている。ジッとこちらを見上げる瞳は、鋭く不穏な色に輝いている。
あ──アカン。
こっちはこっちで準備万端になってる。
ついに俺の出番か…! ってくらいやる気満々なのが目を見ただけで伝わってくる…!
「う、うん。ありがとう。でも、復讐は望んでないから…」
「……」
「大丈夫です。…うん」
「……そう」
「うん…」
「…じゃあ…」
「?」
「僕は…───必要ないんだね」
「小夜ちゃん。小夜ちゃんも一回ハグしよう。ハグ」
わたしは不動行光の隣に座る小夜左文字に手を伸ばした。「え?」と目を見開く小さな体を問答無用で抱き上げる。
「、なっ、わあっ!?」
と、小夜左文字から心底驚いたような声があがった。それを聞いて、宗三左文字と江雪左文字がギョッとしたように目を丸くする。
「な、何を…」
「メンケアです。別名セクハラとも言いますけど」
「最悪じゃないですか」
「お、おろして、ください。僕の澱みが、うつっちゃう、から」
「だめ。今の小夜ちゃんは人質だから。今度一緒にご飯食べるかお昼寝してくれるなら解放してあげます」
「た、食べ、ます。お昼寝も、します」
「よし」
もぞもぞと、離れたいけど力を込めすぎると心配というように動いていた小夜左文字を解放する。
と、彼は毛を逆立ててぴゃっと宗三左文字の横に戻っていった。ホッとしたように兄の身体に身を寄せる。
…かわいい。無理やりハグした人間が言っていいセリフじゃないけど。
「…というわけで、わたしが審神者です。皆さんどうぞよろしくお願いいたします」
「何が“というわけ”なのか一ミリも分かりませんが…宗三左文字といいます。今代は女人の主と聞いて色々気を揉んでいましたが…杞憂だったことが今分かりました」
「…え?」
「江雪左文字ともうします。…あなたに相応しい刀であるとは言えませんが、せめてこの身ある限り、その命を護る刃でありましょう」
「あ、ありがとうございます…」
「………小夜、左文字です。……よろしくお願いします」
「あ、はい。…あの小夜左文字さん。さっき言った事は忘れてくださって構いませんからね?」
「…え?」
「ごめんなさい。あなたの嫌がることをしてしまって。本当は、ご飯もお昼寝も、心を許せる大切な人と一緒にしてくれたらいいと思ってるの」
不穏な空気を一秒でも早く断ち切るためにハグというセクハラをしたが、流石にこれ以上罪を重ねるつもりはない。
「なので、お気になさらないでください。小夜左文字さんは食べたいものを、食べたい人と食べてここにいてください。それがわたしの望みです」
「………の」
「…え?」
「じゃあ……あ、あなたとご飯を食べるのは、だめなの…?」
子供特有の丸い頬を赤く染めながら恐る恐るこちらを見上げてきた小夜左文字に、わたしは居酒屋で即答した。
「いえまさかそんなよろこんでご同伴に預かりましょうッ!」
できるだけキモく見えないよう真剣な顔で言ったが、即答のキモさはどうしても拭えなかったため、ホッと表情を綻ばせる小夜左文字の隣に座る宗三左文字は「……」となんともいえない表情を浮かべていた。
「あはは。明るい人だね、貴方は」
「ありがとう。褒め言葉として受け取ります」
「うん、本当に素敵だと思ってる。…改めて、俺は不動行光。今代の主にも、煤に刀を奪われて何も出来なかったダメ刀だ」
「不動くんハグしよう。ハグ」
「だ、大丈夫だよ。俺は」
すんごいイイ笑顔ですんごい自虐をした不動行光に両手を伸ばせば、彼はほんのり目尻を赤くして困ったように眉を下げて手を振った。
「でも、こうして名誉挽回の機会を貴方がくれた。──だからもう、二度と貴方の前でダメ刀なんて言わない。そしてこの宣言通りの働きをすると誓う」
「あ、…ありがとう」
「フン、口ではどうとでも言える。主が居なくなってからまた酒に手を伸ばしたお前の言葉を誰が信じられるか」
すると、わたしの隣にいたへし切長谷部が鼻を鳴らして腕を組んだ。
厳しい言葉だったが、不動行光は背筋を伸ばして真剣に頷く。「分かってるよ。有言実行はこれから証明する」
「お前にだって負けない」
「ハッ。主を傍で支えるのはこの俺だ。この場所は誰にも譲らない…!」
「そんな先祖代々受け継いできたくらい重々しく言う場所じゃないと思う」
「ところで大将。今更だけど聞いてもいいか?」
絶対に隣から動かないぞと意思を固くするへし切長谷部を見上げていると、逆隣から身を乗り出した薬研藤四郎が問い掛けてきた。
「はい、なんでしょう?」
「大将がさっきからしてるはぐってのは、どういう意味があるんだ?」
純粋無垢な少年の瞳で問われ、わたしは固まった。
ひくっと、目元と口端が歪に引き攣る。
「意、っみですか? え、ええっとそうですね…」
正直、意味と聞かれてうまく説明できる言葉はない。
今剣と小夜左文字に関しては、明らかに不穏な気配が漂っていたから話題を変えたくて奇行にはしったという感じだったけど。
でも、蛍丸と愛染国俊、それから日向正宗に関しては本当に理由がない。まあ「かわいかったから」とか「つい衝動で」という犯行動機なら言えるけど。
「へえ。じゃあ大将は可愛いと思ったらはぐしてるのか」
「え、いま声に出してました!?」
「思いっきり出ていましたよ」
「真に申し訳ございませんでした…」
たまらず畳に手をついて土下座をすれば、へし切長谷部と江雪左文字が慌てたように身を乗り出してきた。
「な、おやめください主!」「なぜ貴方が頭を下げられるのです」と必死に顔を上げさせようとしてくれるが、今更湧き上がった罪悪感で皆の顔を見られない。
「可愛い…か」
すると、そんなわたし達をジッと見ていた薬研藤四郎がボソッと呟いた。思案げに目を伏せると、「どれ」と明るい語調で言ってわたしの前に移動する。
「俺っちもひとつ試してみるか」
「? 何を─」
と、不動行光が聞き返そうとしたと同時に、わたしの肩に黒い手袋をした手が触れた。
「え?」と、驚いて顔を上げれば、身を乗り出した薬研藤四郎がわたしに抱き着いてくる。
細い少年の腕が首に回って、項垂れていた頭を肩口に押し付けられる。ふわっと病院のようなアルコールのにおいが鼻を掠める。
…………………………エ
「おい、薬研…!!」
「ん。…本当だ。ぬくいな、あんた」
「 」
「貴様ッ、主から離れ、ッ!?」
「え?」
カチャッと、へし切長谷部が刀を手に取ると同時に薬研藤四郎は審神者から離れ、そして審神者の体は魂が抜けたように前へ倒れ込んだ。
その体を、江雪左文字が咄嗟に支える。
しかし審神者はグッタリと脱力して動かない。
「あ、主!?」
「お前…! 主に何をしたんだ!」
「いや、加減はしたつもりなんだが…」
「大丈夫ですか、主」
へし切長谷部と不動行光が薬研藤四郎に詰め寄る横で、江雪左文字がグッタリする審神者の口元に手を当てて呼吸を確認する。
と、ボソッと審神者の口が動く。
「────」
「? …なんでしょうか」
その声を聞こうと、江雪左文字、宗三左文字、小夜左文字が身を屈めた。
その耳に届いたのは
「柄までとおされた」
という、死にかけの審神者の声だった。
◇
数分後。
致命傷から復活したわたしはふらふらと大典太光世、鬼丸国綱、童子切安綱のいる場所に戻ってきた。
すると、いつの間にここに移動してきたのか数珠丸恒次と三日月宗近、それから髭切、膝丸、千子村正、にっかり青江の視線がわたしに向けられる。
「やあ」と、刀を前に置いて跪坐をしていた髭切が朗らかに手を振る。
「おかえり。長い挨拶回りだったねぇ」
労るような柔らかい声に、わたしは「いえ、そんな」と軽く手を振った。
薬研ニキの致死量のメロの後遺症でふらつきながら、彼らの前に座ろうとする。と、髭切の隣で跪坐をしていた膝丸がスッとわたしに手を伸ばしてくる。
「主、手を貸そう」
そう言って、黒い手袋をした手がこちらに差し出された。
本日二度目のShall we danceの手の出し方だった。
その、ありがたくも追い打ちのようなメロさに苦笑いを浮かべながら、手を乗せる。
固く筋張った大きな手がグッとわたしの手を掴む。
そのまま介護のように支えられて、わたしはその場に腰を下ろした。
「ありがとうございます。膝丸さん」
「いや。気にするな」
「にしても、大人気だったねぇ。君」
「そうですね…ありがたいことに、こんな小娘でも主と呼んでいただけて。ちょっと恐縮ですけど」
あまり自分を卑下するつもりはないが、それでも彼らの元の主と比べると、わたしは本当に平凡で有り触れている。
この特殊な状況だって、様々な偶然が重なった結果こうなっただけで。
わたしという人間に特別なものはなにもない。
「なにを謙遜を…この本丸に主を疎うものなど存在するはずがないだろう」
「…え?」
「主。我らはアナタがいなければ存在し得なかった刀デス。何時の時代も物とは、人の手によって生み出されるもの。存在意義は、使われてこそ見出されるもの」
「…?」
「そうそう。長生きよりも成しえたこととは言うけれど、長い歳月がナニかを証明することもあるよね」
「ナニか…?」
「まあ、要するにね。こうして何年も、僕達を使って育ててくれて、手入れをしてくれて、お祝いをしてくれて。…そうやって“大事”にしてくれた君を、物である僕達が嫌うはずがないんだ」
そう言って、彼らは穏やかに笑った。
ひらひらと舞い落ちる桜が、まるでその思いを代弁するかのようにわたしを淡く撫でて消えていく。
…確かにわたしは、この刀剣乱舞というゲームを何年も続けてきた。
嬉しい時も悲しい時も。時には忙しすぎてログイン出来なかった日もあったけど、そういう時は大人(という名の課金)の力を使って遅れを取り戻してきた。
それは、わたしが刀剣乱舞というゲームが大好きだったからという理由に他ならない。
…でも、多分。その年月と熱量は、同時に物である彼らに“大切にしてもらっている”という自覚を植え付けるのに十分だったのだろう。
「だから、これからも末永くよろしくね」
「兄者共々、よろしくお願い申し上げる」
「よろしくね。君が望むなら、どんな敵であろうとも。たとえ実体のない幽霊であろうとも斬り捨ててあげるよ。そう──夜に側へ置いてくれるならね」
「にっかり青江」
「ごめん冗談。冗談だから。その手を下ろしてほしいな数珠丸さん」
「huhuhu。ではワタシもアナタのために──張り切って働きまショウ!!」
「あぁずるい。逃げたね村正さん」
「ワタシも数珠丸殿のアレは喰らいたくありませんので」
「ふふ…はい、髭切さん。膝丸さん。にっかり青江さん。千子村正さん。改めまして、これからよろしくお願いします」
そっくりな表情で微笑を浮かべる源氏兄弟と、背後の数珠丸恒次に怯えるにっかり青江と千子村正にわたしは頭を下げた。
すると、不意にさわさわと穏やかな風が縁側から舞い込んでくる。
なんとはなしに顔を上げて外を見れば、日差しで輝く美しい日本庭園の光景があった。
…本当に。この世のものとは思えないほど美しい光景だ。
この大広間の屋根ほどまである高さの木には、青々とした葉がたっぷりと茂っていて、時折風で葉擦れの音をたてている。
そうして飛ばされた葉の一枚は、丸く刈り込まれた植木にかさっと乗り、もう一枚は江の刀たちのものであろう勇ましい声が聞こえてきている方向へ飛んでいく。
「さて。そろそろ眠っているもの達を連れてこようと思うが…いいか?」
すると、鬼丸国綱が改めた様子でそう言った。
わたしはもちろん、「はい」と頷く。
天下五剣の五振りも頷いて返してくれる。
「分かりました。では手入れをしてくれていたもの達に連れて来てもらいましょう」
「主は上座にいてくれ。短刀を護衛に残しておく」
「かみざ」
言われて、わたしはチラッとそこを見た。
新歓で座ったお誕生日席なんて比ではないほど、豪華絢爛で威圧感を感じる物々しい席を。
…なんか、馬子にも衣装ってたとえがあるけど。
でも、わたしがあそこに座ったら完全に服に着られてる状態になると思う。
少なくとも、こんな上下合わせて四千円に収まる服で座っちゃいけない場所なのは分かる。
「………分かりました。座ります」
こんなことなら中田さんが用意してくれてた巫女服を断らなければよかったと、よく分からない後悔をしながらわたしはその上座へと向かったのだった。



























