『面接でのお話を踏まえ、社内にて厳正な選考を行った結果、 誠に残念ですが、今回は採用を見送らせて頂くことになりました。』
これで何社目になるだろう。いい加減文面を覚えたし、それほどショックもでかくはない。いや残念は残念なんだけども。
「もーフリーターでいっかなー…」
新卒の一社目以降はほとんどアルバイトだった。契約社員も経験して事務に販売に営業と色々やってきたけど会社のルールが合わなくて転々と職を変え、結局アルバイトで入った仕事が一番長続きした気がする。
しかしながらもう年齢が年齢だけに、正規雇用の経験が浅いと社会的信用とやらが薄らいでしまう。住む家を借りる時に審査で弾かれたりしたから余計に世知辛さを感じたのだ。
「あ゛ーー… 養われてぇ…… 特に何を求められることもなくのんびり気ままで安心しながら生きていきてぇー…」
ごろんと転がった床の上。フローリングの硬さに猫背で凝り固まった背中が悲鳴をあげている。
生活感にあふれたこの部屋も借りた当初はインテリアだとかにこだわるつもりだったのに、出費を渋ったせいか雑然としたまとまりのない空間になっていた。まるで今の自分みたいだ。目的もなく、興味関心もなく、時々の思いつきで飛びつくも失敗して、値段相応の物に囲まれた安っぽい自分。
「鬱になりそう」
誰に話しかけるでもなく今も延々と一人で喋ってるし。
明日からしばらく雨だって天気予報で言ってて、そろそろ食料の買い出しにも行かなきゃいけないのにかれこれ二時間は家でダラダラしてる。三つ折りの不採用通知が目の端にちらつくたびに、あなたは不要ですとこの世全てから言われてる気がした。
死のっかな
漠然とした諦めみたいな感覚がふんわりと身体を包む。特にやりたいこともないし、希望とかそんなものとっくにないし、なんか生きてるだけだし、それにも金がかかるわけだし…
ふんわりした自殺願望が胸の中に根が張った。
部屋、片付けるか
600円の白桃を買うのに散々悩んで結局買わなかったくせに、命を捨てることには潔い自分がなんだかおかしい。
ゴミ袋片手に部屋中ひっくり返して、はじめのうちはいる物いらない物と分けていたけど、そういや死ぬんだから最小限でいいよねと気づいた。そうだ死ぬために身の回りを片付けていってるんだよ。
とりあえず実家から持ってきていた学生時代の写真やアルバム、シール帳なんかは見たら手が止まると思ったから見返すことなく燃えるゴミに分別した。写真に写ってる当時の友達はもう連絡すらとっていない。不仲になったわけじゃなく、単純にそれぞれの生活があるから噛み合わなくなっただけ。
すっかり夜になっていた。手持ちのゴミ袋がなくなって作業を中断するしかなかったけど、可燃ごみの袋が部屋の中で山になっている。たまたま明日はゴミの日だから捨てるにはタイミングがよかった。
いつもより遅いシャワーを浴びて、時間が遅いから近所迷惑を考えてドライヤーはしなかった。濡れた髪をタオルで包んで布団を敷いて寝転ぶ。
あ、晩御飯食べるの忘れてた
気づいた途端にお腹が空腹を訴えだして、仕方ないから非常時に備えて買っていたゼリー飲料を飲んだ。もう非常時もなにもないんだからこれも別に置いとかなくてもいいんだよな、とオレンジ風味のゼリーを吸いながら保存食入れのプラスチックケースを見下ろす。
それなら買い物行かなくていーや
歯磨きをしてまた布団に寝転んだ。壁際に追いやったリモコンで電気を消して暗闇になった部屋の一点を見つめる。眠くはないけど夜は寝なくちゃと習慣化された意識が勝手に身体を動かす。朝晩歯を磨くのも、お風呂に入るのも習慣化された行動だ。やらなきゃ気持ち悪いくらい“すべき行動”になっている。
不採用ばかりの就労活動も、今はその“すべき行動”の一つになっていて自分を苦しめる原因だっていうことはすでに理解できていた。
自信がなくて、焦っていて、弱音を吐き出せないでいて、困っていて、どうしたらいいのかわからないからこんな風になっていることなど最初から理解していた。
だけども一度浮かび上がった希死念慮はそう簡単には消えなくて、むしろ胸の深くにこびりついてしまった。
雨の中、両手に持てるだけ持ったゴミ袋を何度か往復して捨てて来た。傘を差す余裕もなくてずぶ濡れだけど昨日よりもいくらか物が少ない部屋はこざっぱりとしている。ゴミ袋を買ってきて残りの可燃ごみも処分しなければ。家電は面倒だから最後でいいや。
行動力が不思議と湧き出て着替えた後は近くのコンビニにゴミ袋を買いに行った。その帰り、黒いスーツの二人組がドアの前に立っていて、「__さんですね?」と名前を確認されて驚くとともにゾッと寒気がした。
「お引越しのご予定があるのですか?」
有無を言わさぬ無言の圧力で部屋の中にまで押し入って来た二人組のうちの一人が、テーブルを挟んでそう言った。
「や…片付けというか、気分転換に」
部屋の主が冷や汗をかいてしどろもどろに答える。なんだこれ。
「そうですか、気分転換は大事ですよね。ずいぶん持ち物が少なく見えたのでてっきり引越しか身辺整理かと思ってしまいましたーあはは」
ぎくりと肩が強張り胸がひしゃげそうになる。目の前にいる黒スーツの男は愛想笑いを浮かべて「昨今流行りのミニマリストかと思ったくらいですー」などと話を続けているが、こちらとしてはお前ら誰だよ何の用だよと恐ろしさで気が気ではない。
「赤雲、用件を」
揃いの黒スーツを着た隣の男が、アカグモと呼ばれた喋り続ける男の話を遮る。ああそうだとアカグモはスーツの内ポケットから二つ折りのカードケースをこちらに見せた。警察手帳に似た色と形のそれは、縦方向に顔写真付きのIDが入っていて、パッと見だけど漢字の羅列がある役職だか部署だかが目に入った。
「失礼、わたくしどもは時の政府直轄特別監査部門の調査員です。わたくしは赤雲、彼は蒼井と申します。単刀直入に申しますと、我々はあなたを保護しに参りました」
「え…?」
保護?なぜ。そう顔に出ていたのだろう。アオイと呼ばれた男がアカグモの話を続ける。
「時の政府直轄対時間遡行軍調査部の調べによれば、過去の時間遡行軍急襲ポイントにてあなたは複数回襲撃を逃れています。あなたのデータはすでに収集・解析され歴史修正主義者との関わりは無しと判断がくだされていますが、こうもピンポイントであなたの名前が浮上し、急襲が起こる前にその場を去っていることは不可解であり、また霊能力や審神者能力も開花していないことを考えると政府管轄下で保護観察の余地が──」
「ストップストップ。何もわかんねぇ相手にそんな捲し立ててどうする、話についてけないだろうが」
「う…すまん、だが可及的速やかに事態を収束しろとの命令が」
「ああそうだな、だが今は人間相手にしてんだ。ちょっとペース落としてこうぜ」
なんだなんだ… 家主を蚊帳の外に置いて二人がああだこうだ言っている。まったく何もわからないんだが。襲撃だとか歴史とか霊能とか保護観察とかわけがわからないんですけど。
呆気に取られていたらアカグモがこちらに向き直った。にこりと笑う顔がとても胡散臭い。
「申し訳ありません、彼は真面目すぎるところがありまして。何の話かわからないですよね、これから改めてご説明させていただきたいのですがあいにく滞在時間が差し迫っておりまして…御足労をお掛けして申し訳ありませんがどうか我々とご同行願えませんでしょうかー」
「えっ、いま?」
「はい、今。あまり時間は取れませんが十分ほどなら御支度の猶予はございます」
えっと?ちょっと何が何だかわからない。
なんでこの人たちについていかなきゃならないんだとか、今部屋着なんだけどとか、急にそんなこと言われてもとかそんなことが頭をビュンビュンと巡る。
それとは別に危機感ていうやつもビンビンに働いていて。
もっと早く気づかせてくれと思ったけど、今すぐここから逃げなくちゃいけない気がした。なぜかわからないけど。
「……わかりました、時間ください」
「ご協力ありがとうございます」
外で待ちますと言った男達からドアを隔てると、玄関に置いてあるスニーカーを持ち、一目散に普段使いしている黒のリュックに必要そうなものをとりあえず詰め込んだ。そして着替えて靴を履く。室内だがこの際気にしてはいられない。貴重品もリュックの中なので、部屋の中にある物で盗られて困るものはさほど無い。
そっとベランダから外をカーテン越しにうかがって音を立てないように窓を開ける。これまで煩わしさを感じていた一階部屋だけど、今日ほどありがたいと思ったことはない。
「赤雲さん!」
「あっ!」
物音を聞きつけたのか、建物の外に出た男の声が背中越しに聞こえた。しかし今足を止めてはいけない。早くここから離れろと何かが急き立てているのだ。
「対象者逃走!すぐに確保しろ!」
「山姥切!」
後ろから聞こえる声を無視してなりふり構わず走る、走る。民家が建ち並ぶ直線道路の向こうに人が立っていた。白い布を頭から被った人。
え…… あのひと
一瞬止まりかけたけど背中側から何かに止まるなと気圧される。地面を蹴り出す脚は方向を変えて細い路地に入り込んだ。頭の中は逃げることと政府のなんちゃらとかいう男達と、白い布を被った人のことでいっぱいだ。
さっきやまんばぎりって
いやそんなわけあるはずない
微妙に蛇行する路地を縫って走り、突き当たりであてずっぽうに右に曲がったときだった。
「ォブッーー!?」
ガツンと何かにぶつかった。車かと思ったくらい大きな衝撃があり、吹き飛びかけた身体が何かに抑えられた。脳みそがぐわんと揺れて目が回る。
「っすまん」
膝から後ろ側に崩れ落ちたはずなのに身体は何かに支えられて倒れることはなかったけど、目が回って視界が定まらない。上から降ってくる声と光を遮る影をなんとなく感じ取れる程度だった。
「山姥切!…っ大丈夫ですか!?おいどういうことだ!傷つけるなとあれほど言ってあったろう!」
「違う!俺はただこいつを受け止めただけだっ」
「__さん、僕の声聞こえますか?……………はぁ、赤雲さん、大丈夫です。きっと山姥切が受け止めた衝撃で目を回しているだけです、念のため連れ帰ってから医療センターで診てもらいましょう」
「ああそうだな… 怪我とかなけりゃいいんだが…山姥切、勘違いして悪いな」
「いや… 俺も、まだ人間の扱いに慣れていないから」
「旦那方、今し方時間遡行軍の出現を感知したとこんのすけから連絡があった。とっとと嬢ちゃんを連れ帰った方がいいぜ」
「赤雲さん、やはりこの人が逃げたのは…」
「……まだそれは話をしてみないとわからんな、よし撤収だ」
半分寝かけた頭じゃ到底理解が追いつかないけど、誰かに背負われたのは感じ取れた。
「んう゛…」
「すまんっ、どこか痛めたところがあったか?」
すぐ近くで聞こえる声は確実に聞き覚えがあったけど、靄がかかった頭はうまく働いてくれなかった。それに言葉を発することもままならない。
「悪いな山姥切の旦那、俺の形がこうじゃなけりゃ代わってやれたんだが」
「いや大丈夫だ。けれど妙だな… 赤雲を背負った時よりもだいぶ柔らかくて力のかけ方がわからん」
「そりゃあ嬢ちゃんは女だからな。筋肉の量が男より少ないから柔いのは当然だ。ああ、前に赤ん坊を救助したことがあったろ、その時の加減を思い出せりゃいいと思うぜ」
「赤ん坊か………」
微かに感じる不規則な揺れがなぜか心地よく、手や髪、顔にかかる風が気持ちいい。目を閉じて揺れにまかせつつ、しっかりと安定感のある背中に背負われているうちにいつのまにか眠ってしまったようだ。
起きたら病室にいた。ベッドに横になっていて、ピンク色のカーテンが引かれていた。
「…………あれ、服……」
起き上がると甚平みたいな桃色の患者着を着せられている。腕には点滴の針が刺さっていた。
「あっ、目が覚めたんですね」
急にカーテンを開けられてびくつくと、そこには看護師がいて、脈を測り点滴の針が抜かれ、代わりに小さなガーゼを貼り付けられた。そのあと看護師と入れ替わりに黒スーツの二人組が現れた。見たことがある顔はたしかアカグモとアオイだったか。名前を思い出した途端に朧げな記憶が蘇る。
確かアパートに訪ねてきた二人から逃げたんだったと思い出して血の気が引いた。
「あああっ!大丈夫です心配しないでください、我々はあなたを傷つけるつもりはありません」
きっと顔に出ていたんだろう。アカグモが慌てて取り繕うように身体の前で両手を振る。その女性的な仕草は大柄なアカグモには似つかわしくないが、逆にマスコットのように可愛く見えてしまう。
笑顔が胡散臭くておぼろに覚えている正体も不信感極まりないが、今どこかへ逃げる手立ても勇気もないので大人しく彼らに従うことにした。
小一時間かけてしてもらった説明は納得しかねる部分が多いにあったが、要は仕事を辞めたタイミングだったり引越しのタイミングで彼らが言うには歴史を変えるほどの大きな事件が身近で発生していたが、不思議なほどどれも巻き込まれなかったからどうしてだろうねという内容だった。
そんな大事件あったか?と思い返すも、辞めた後や引越した後のことなんか気に留めないし、SNSはしていても積極的にニュースを見ることはしていなかった。それに彼らが言う歴史を変えるほどの大きな事件というのも、ボヤ騒ぎで済んだ火災だったり謎の道路陥没や建設現場での一部崩壊といった結果的に人的被害がなかった事件だったりするから、ニュースを見たとしてもきっと記憶からすぐに押し流されてしまうだろう。
「危機察知能力が極めて敏感であるとも言えますが、これだけ時間遡行軍の急襲を躱し、かつ時間遡行軍が襲うところにあなたが必ず居るというのはある種の霊能、審神者能力が関与しているのでは我々は考えております」
歴史修正主義者や時間遡行軍、審神者といった非日常の言葉の意味は説明の中で教えてもらった。時の政府というのが現行の政府に限らないことも、過去と現在(といっても“今”ではないらしい)を行ったり来たりして歴史を守っていることも歴史に関する大々的な戦争が長年続いていることも教えてもらった。
いやこれ【刀剣乱舞】やん
説明を受けるうちに何やら聞いたことあるワードがぽんぽん出てくるではないか。流行りの異世界転生かと思ったけどまだ死んでないし転生前の記憶なんてない。
何年か前にちょっとやって放置して、結局アンインストールしたゲームの内容が説明とやけにリンクしている。
さにわってあれでしょ、審神者って書く…
歴史修正主義者って聞いてピンときた
というかよく覚えてたなぁ
逃げ場のない場所で、冷静にならなきゃいけない状況で、話を聞けば聞くほど【刀剣乱舞】を思い出して仕方がない。
やめた理由は忘れたけど、初期刀は蜂須賀だった。キンキラキンで強そうで、とても小さい頃に見ていたアニメキャラを彷彿させたから選んだのだった。やってた時は結構やり込んでた気がする。
「現時点では審神者能力が開花していると裏付けるデータはありませんが、過去の調査書を踏まえ政府はあなたを能力者ならびに審神者候補者として保護対象と見なしました」
話の途中で気が逸れていたけど保護対象という言葉に再び意識が戻される。隣のアオイがタブレットを差し出してきたが画面は白く何も映っていない。
「今後多少の行動制限がかかりますが全てはあなたを守るため。どうか同意をいただきたい」
アカグモが話を締め括った。アカグモを見て、差し出されたタブレットを見る。え、これをどうしろと?
「同意していただけましたら画面に手のひらをかざしてください。……同意いただけない場合は、心苦しいのですが強制的に保護観察下に置かれます。どちらにしても同じ保護観察ですが、同意いただいた方がある程度の自由は保障されますから、我々としてはぜひともあなたから同意をいただきたいと思っております」
「僕たちはあなたを苦しめたいわけではないんです」
そんなことを言われて嫌です絶対同意なんかしませんと言えるほどタフではない。どうせ死ぬつもりだったしなぁと忘れかけていた胸の奥の澱みに気付いて、もうどうにでもなれとそんか思いでタブレットに手のひらをかざしたのだった。
《つづく》



























