テーブル返しが1分遅れたら死んでた
トガちゃんと両思い!(死亡フラグ)
ちなみに声が漏れてたらしい
弔くんこねこね回
1本より2本の方がお得で良い
スピナーへのセクハラ回
実質デート回
迫さんとデート
こどもおとなレベル100
ボスの悪ガキ仕草と対応
テーブル返しが1分遅れたら死んでた
原作知識スカスカの俺でも名前を覚えてるくらいの有名キャラ、トガちゃん。にんまり笑う顔がとんでもなくかあいい。──未来のヒロインだ、と確信している。まだデクくんと出会っていないはずなのに、そんなの関係ない。こんなにかわいい子がヒロインじゃない世界線、あるわけないだろ。表紙になってるのも見たことあるし、はじめは敵対していたがなんやかんやで相思相愛っていうのはよくある流れだ。
そんな未来のヒロインが、俺の作ったザクロのグラニータをまるで初恋でも見つめるみたいに、おめめキラッキラで凝視している。……かわいいね、ほんと。
「私のために作ってくれたんですか?」
机の上のグラニータと俺を交互に見ながら、期待の光を滲ませる。「良いものあるからこっちおいで~」と誘拐犯めいた手招きをしただけなんだけど、素直に着いてきてくれたので話が早かった。拠点のテーブルには、ちょっと小洒落たグラスに果実を乗せた、鮮やかな赤の氷菓が鎮座している。
「ザクロ好きって言ってたの、覚えてたからね」
そう答えると、彼女の顔がぱっと花みたいに開いた。ほんの数時間前、返り血まみれで帰ってきた姿と同一人物とは思えないくらい、可憐で無垢な笑顔だ。
実のところ、ちょっと手に入りにくい果物だから印象に残ってただけだし、ザクロなんて人生二周分で一度もちゃんと食べたことがなかったので、単に自分が食べたかっただけである。ちなみにザクロのグラニータとは、ざっくり言えばザクロジュースシャーベットのようなものだ。作り方はめちゃくちゃ簡単。
強いて言えば、ミキサーを回しているときに弔くんが「うるせえな、ネズミでも粉砕してんのか」とグロい因縁をつけてきたのが、一番の手間だったかもしれない。その弔くんはザクロを「うわキモ」と文句を言いながら1粒食べて、顔をくしゃくしゃにした後「すっぱ、毒」と呟いて全ての興味を失って出ていった。
めちゃくちゃ甘くしたやつを別に作っておいたので、帰ってきたら献上しようと思う。俺は弔くんの、こういうところがめちゃくちゃ好きなんだよな……。この世のなにもかもに一旦文句つけてるところが、おもろすぎる……。
「溶ける前に召し上がれ」と促すと、スプーンを手にしたトガちゃんは、まるで宝物をすくうみたいに、グラニータをそっとすくい上げた。透き通った赤い氷が薄暗いBARの照明を受けてきらきら光る。その様子を一瞬だけうっとりと眺めてから、ひとくち。スプーンの上できらめいていた氷が、舌に触れた途端に音もなく崩れ、酸味のある果汁がひんやりと喉を撫でる。甘酸っぱさの余韻が鼻に抜けた瞬間、トガちゃんの目がぱっと輝いた。
「……ん~~~っ! おいしい……っ!」
頬を染めて、口いっぱいに冷たい果汁の甘酸っぱさを広げるその顔が、もう反則級にかわいい。次の一口も、やっぱり丁寧にすくって、大事そうに口に運んでいく。氷菓というより、特別なプレゼントを味わってるみたいだった。誕生日のケーキとか、そのレベルのものだ。
「おいしいね! うれしいね!」
一口ごとに、幸せをそのまま声にして伝えてくる。なんて作り甲斐があるんだ……! この美少女が転売ヤーが捨てたハンバーガー食べて飢えを凌いでいたんですか? 世界が許せない。俺が毎日美味いもの作ってあげるから二度とそんなもの食べないでくれ。これは仁くんにも言ってます。俺が……俺がとやくんから貰ったお小遣いでお前らを養ってやるからな……!! 全然格好つかない。俺は実兄に扶養されているか弱い未成年だから……。
トガちゃんは最後のひとくちを、まるで宝物のように大事そうに口に含んで、ゆっくりと溶かして味わいきると、小さく「ふう」と息をついた。その顔は、食後の満足に満ちていて────まるで安心して眠る前の子どものようだった。
「ごちそうさまでした」
小さな声で丁寧にそう言って、空になった器を両手で差し出してくる。その仕草が妙にきちんとしていて、なんだか胸がくすぐったくなる。「お粗末さまです」と受け取りながら、俺はそれを流しへと運んだ。
視界の端で、トガちゃんが自分の頬をもちもちと揉んでいる。氷菓で冷たくなった頬を温めているらしい。その無防備な動きがあまりにも可愛くて、思わず小さく笑いがこぼれる。
洗い物をしている俺に、彼女はふとまっすぐな瞳を向けてきた。自然と目が合うと言葉が続く。
「なんで、あかりくんはこんなに優しくしてくれるんですか?」
唐突な問いかけだった。だけど、声には責めるような響きはなくて、ただ真剣に、不思議そうに。小動物が首を傾げるみたいな声と仕草だった。
俺が返事をするより先に、トガちゃんは指を一本ずつ折っていく。
「泊まる場所を用意してくれました。ご飯もたくさん食べさせてくれます。私がちうちうしてきたら『良かったね』って言ってくれます。好きなものを覚えて、美味しくしてプレゼントしてくれました」
ひとつひとつ、数えるたびに指が折れていき、最後には両手を胸の前にぴたりと合わせて、まっすぐ俺を見上げてくる。
「なんでだろうって思ってたんです。私、あかりくんになんにもしてないから。ずっと『変なの』って思ってました」
「変なのって認識だったの!?」
思わず声が裏返った。予想外すぎる直球に、スポンジを握る手が止まる。
「はい」
「なんて素直な返事だ、かあいいね……」
「えへへ」
ふにゃんと口角が上がる笑顔は、何かを企んでるでも、媚びているでもなく、ただ心の底から嬉しそうな笑顔だ。かーあいい。
……俺のお気遣いがすべて変人の奇行と思われていた可能性が見えてちょっと衝撃を受けたが、まあ、冷静に考えればそうなるよな。見返りを求めてもいないのに、色々世話を焼いて、美味しいものを作ってプレゼントしてくる。そんなやつ、普通に怪しい。
つまり、俺は見返りゼロで貢ぎ続ける変人であり、トガちゃんは正しくそれを「変」と認識していただけ、ということだ。……うん、正しい。俺が変。
「それは俺がトガちゃんのこと、好きだからって理由」
「ごめんなさい、あかりくんのことは好きだけどそういう好きじゃないです。血の匂いもしないしボロボロじゃないし……」
「待って振らないで、俺も『そういう』好きじゃないの。友達の好きなんです。職場内恋愛無理派なので安心してください」
「びっくりしちゃった」
「不用意な発言申し訳ない」
あっぶねえ! 未来のヒロインに変なタイミングで告白してフラグを立ててしまうところだった! いや、速攻振られてるからフラグは立たないか……。なんで振られたんだ? 俺。実兄の庇護の元、かすり傷以上の怪我をした事ないから、本当にトガちゃんの好みの外なんだろうな……。いいんだけどさ……。
恋愛感情はないけど好きっていうのはトガちゃんも分かってくれる感情だったらしく、「じゃあ私たち、トモダチの両想いです」と呟く。その言葉を口にしたトガちゃんの頬は、恋のそれとは違う、でも確かに甘い照れで染まっていた。
洗い物を終えてトガちゃんの前の席に座ると、もじもじと指先を擦り合わせながら上目遣いになっていた。
「あかりくんのことちうちうしていい? オトモダチでだいすきだから、ちうちうしたいです……」
「死なない程度ならいいよ。でも事務仕事多いから足とかにしてね」
腕とかだとキーボード打つ時に響くかもしれないから、上半身より下半身の方がいい。俺があまりにもあっさり快諾したことに驚いたのか、トガちゃんは目をまんまるにした後に嬉しそうに満面の笑みになる。
「えへへ、じゃあどこにしよっかな。あかりくんおっきいから選び放題です」
テーブルを避けてぐるぐる回って狙いを定めているらしい。肉食動物の狩りみたいだなあ。
「穴開けちゃって大丈夫?」
「いいよ」
「じゃあここ、ちうちうします!」
テーブルの下に潜っていったトガちゃんの手が、太腿に触れる。そこら辺なら座り仕事に影響しないからいいな。───────その瞬間、俺の視界は俯瞰になった。テーブルクロスの下、太腿の間にすっぽり収まった小さな影。完璧な位置取り。完璧にアウトな構図。
「やっっべ!!! ごめんやっぱ腕にしてくんない!?」
これ完全に位置取り間違えてる! テーブルの下で、俺の足と足の間に入り込んでる状態だから完全にあれ、やばい、トガちゃんが気づいてないうちに修正しないと大変なことになる。誰も来ていない今のうちに止めないと───────!
「やです、ここをちうちうします」
トガちゃんは小さく膝立ちになりながら、布越しに俺の太腿へ頬をすり寄せた。すり、すり、とまるで甘える猫みたいに。ジーンズ越しに伝わる体温と、柔らかい髪の感触。本人は間違いなく“甘え”のつもりなのが分かるだけに、余計にタチが悪い。
椅子がぎし、と小さく悲鳴を上げた。テーブルクロスが不自然に膨らみ、俺は一瞬で全身から血の気が引いた。位置と体勢が完全に“アレ”です。テーブルで隠れてるのが、本当にタチが悪い。
よりにもよって俺の脚の間、正面にぴったり収まる形で甘え始めたせいで、傍から見たら完全にアウトな構図になっている。
「頑固ちゃん~~……!」
「ね、あかりくん。ちうちうしちゃっていいよね? トモダチだもん。ちゃんと約束守ります。死なないくらいにちうちうするの」
真っ赤な顔で眉を下げながら、上目づかいで確認してくる。断られたのに「いいって言ってたのに!」という小さな抗議と、甘えたい気持ちがごちゃ混ぜになった表情だった。
……やめろ、その顔で言うな……誤解される……!!
本人はただ拗ねて甘えているだけ。なのに構図は完全にアウト。俺は椅子に座りながら引きつった笑顔で、心の中で全力で祈った。ジーンズの生地に小さな穴があけられて、鈍い痛みが脈の動きに従って響いてくる。足の間にある小さな頭をなんとなく撫でながら神に祈った。
誰も……来るな……今だけは……!!
───────が、残念ながらヴィランに神などいやしない。他称神様やらされてるんだから少しぐらい融通してくれてもいいのにな。
俺の願い虚しく、ドアベルを鳴らしながら帰ってきたミスターが数秒の空白の後、「セックスをしようとしている……? 咥えさせている……?」と聞いてきて、殺伐とした沈黙が流れたのだった。
テーブルが固定式じゃなくて助かった。なんとか両腕の力でひっくり返し、ちうちうしてるトガちゃんをみせて誤解を解いたが、選択肢をひとつ間違えれば俺はあらゆる意味でおしまいになっていただろう。
Mr.コンプレス、迷ってたもんな。「ここで始末した方がいいか」って眼をしてたもんな……。俺も逆の立場だったら事情聴取の前に刺してるから、まだ理性的な相手で助かったと思うことにしている。本当に、危ないところだった。
ちなみに声が漏れてたらしい
かつて、治安の悪いおにいさんもとい治安の悪いおねえさん。今のマグネに貰った本の中にマッサージや整体の本もあったので、逃走生活の暇つぶしに、燈矢くんをこねたりねじったり引っ張ったり……あれよあれよという間に、それなりに「できる気がする」程度の技術が身に付いた。
とはいえ、問題はそこからだ。俺の整体が本当に効いているのかどうにも判断がつかない。なぜなら燈矢くんは痛くても黙って耐えるタイプだし、マッサージで触られるとそれだけで嬉しくなって反射的に褒めてくる。構われたがりで我慢強い兄が相手では、俺の技術力が正確に測れるはずもない。彼の「褒め」はいつだって兄の情が混じっていて、事実を判別するには役に立たないのだ。
なので、ヴィラン連合に加入した結果開かれた人間関係が構築されるようになり、試せる相手も増えたので力試しをしたいなあと思っていた。
俺って本当にマッサージが上手いのか知りたい。忖度しない相手が欲しい。そして真っ先に目に入ったのが天地がひっくり返っても俺に忖度しない我らがボスです。みてよあの猫背、見るからに身体がぐにゃぐにゃしてる。歪みの擬人化だ……。そして絶対に整体とかいかない。たぶん存在も知らない。
「……」
「なに、こわ、キモ」
とりあえず肩から背中を触ってみると普通に罵倒されたが攻撃は無かった。セーフ。
触った瞬間、指先に伝わってくるのはまるで石を包んだような硬さだった。薄手の服(俺はボロ布と呼んでる)を着ているので、素材の感触では無いだろう。筋肉が呼吸を忘れたかのように張り詰めて、皮膚の下でいくつものロープが交錯しているようだ。指を滑らせるたびに節くれだった枝をなぞっているような印象がある。
肩甲骨のあたりを押すと、わずかに身体がびくりと震える。反応はあるのに、奥底はびくともしない。層を重ねた鎧を相手にしているようなもので、表面の筋だけでなく、背骨の両脇に走る深い筋群までが石灰化したように固まっていた。
……えっ、土人形?? なにこれ。これと比べたら燈矢くん健やかすぎる。ちゃんと人の感触してた。なーにこれ、ええ……。
「弔くんを……揉まなきゃ……!」
「セクハラの話か? 殺すぞ」
「ちょっとそこの絨毯に転がって、揉むから」
「なんで? 狂った?」
なにこいつキショすぎると言いながら、俺の暴挙には結構寛容な弔くんは手を引くままに絨毯のところまで来てくれた。
いつでも俺を殺せるという己のパワーへの自信と、俺の弱さへの信頼が総合的に作用して『優しさ』っぽい形になっているんだと思う。ありがたく利用させていただくぜ……!
うつ伏せに転がすと「はあ~? 死ね」と後ろ手で中指を立てて威嚇している。俺ほんと弔くんのこういうとこ好き。おもろい。
さて……こねるか……。腕まくりをして弔くんの肩に手を当てた時に、ふと思った。弔くんはずっとこの肩こりを抱えて生きてきたからこそ"当たり前”として、今の状態が苦痛であると自覚できてないんじゃないか? 1度緩めたら肩こりが辛いと理解してしまうのでは……。
「弔くん、例えば生まれつき盲目の人が1日だけ魔法や奇跡で視力を得たとしたらね、その1日を終えた後の人生は苦痛に満ちていると思うんだよ」
「なに? 俺に何しようとしてるんだ? ほんとに殺した方がいいやつか??」
「弔くんの背中と肩はほぼ板で、血が通ってるのが嘘だろっていうひっどい状態だけど、整体で血が流れるようになったら“肩こりって地獄だったんだな”って初めて理解することになる。今はまだ、その地獄を知らないままで済んでるんだ。これから地獄の人生が始まりますが、仕方ないことだと受け入れてください」
「そんな酷いのかよ………」
肩を押し込むと、沈まない。乾いた板を触っているようで、指先には温もりが乏しく、血の巡りがまるで冬眠中の獣のように沈黙していた。ここから血流を取り戻させるとか、ちょっとした土木工事レベルだな……と心の中で戦略を練りながら、俺はぐっと手に力を込めた。
「待て」
弔くんの冷静な声が俺を制する。むくっと上半身を起こした弔くんは、眉間に皺を寄せるでもなく、強いて言えばキョトンとでもいうような本当に不思議そうな顔をして「なんで痛いことすんの」と言った。痛かったんだ……。
意地悪? といやに幼い響きの確認が来るので「これは意地悪じゃなくてマッサージです」と伝えておくと、なにも納得できてない顔が目の前に近づく。
「あかりがグってやった。俺は痛かった。これは意地悪だろ」
「違います。弔くんの身体がズタボロだから痛いだけで他の人はそんなに痛くないんです」
「俺の『痛い』を軽視すんな。俺の痛みは俺のもんだろ、尊重しろ。謝れよ」
「施術前の説明を怠り大変申し訳ございませんでした。続けていい?」
「カス、ボケ、ザコ、ダイオウグソクムシ」
「ごめんなさいね~~」
両手で中指立てながらうつ伏せになってくれたので、肩の可動域確認しましょうね~~。近接ファイターがこんなカチコチで許されるのかよ。緩めなきゃ……使命感……。
両手を肩甲骨の内側に深く指を滑り込ませ、親指を背骨の両脇へ押し当てる。呼吸に合わせるように、ゆっくりと圧を沈めていくと、指先の下で硬い筋肉がギシ……と軋んだ。油を差していない古い蝶番を無理やり開いているような抵抗感だ。
「んぐっ……! ……バカじゃねぇの、これ……っ」
「はいはい、呼吸して。力抜いて~~」
喉の奥から漏れる弔くんの低い唸り声は、怒鳴り声でも悲鳴でもなく、まるで獣が威嚇と我慢を同時にしているような響きだ。つまりいつもと同じ。うつ伏せだけど弔くんの両手は実質フリーなので、本気でキレたら予告なく俺の事を崩壊させにくるだろうから、まだ許されてる。
指圧して痛いことをする度に、宥めるために撫でて血の流れを確認を繰り返す。さするだけでも意味があると教本に書いていたので問題ない。「痛かったね、でも我慢できたね。えらいえらい」と褒めて褒めて撫でると「舐めやがって……」と地獄のような低音が唸り声と共に上がってきたが、聞こえないふりをしておいた。
背骨に沿って指を上下させながら、こわばった筋の境目を丁寧に探っていく。節が噛み合って外れないまま固着した部分を見つけて、そこへ親指の腹を沈めた瞬間、弔くんの体がビクンと跳ねた。
「ッッ……! それ今なにした、拷問だろてめえ……!」
「詰まってるねえ。血が通るようになると一瞬ズーンて痛いんだよ。あとちょっと、もうちょっとだから」
「いたい、やだ、や め ろ。俺は別に血が通わなくても生きてんだよありのままの俺を許容しろ……! 」
「おお弔くん我らの偉大なるボスよ。俺はあなたに長生きしてもらいたいので心を鬼にしてこねこねします。これって俺の愛だから受け入れて」
「お前の愛本当に要らねえ、押し付けんなカス!!」
「あっははは」
「笑ってんじゃねえぞ……!!」
背中を掌で包むように広く押し当て、今度は掌根で肩甲骨を押し流す。肩が動くたびにバキ、ミシッと乾いた音がして、弔くんの呼吸が引きつった。
「うぐ……っ、ふざけんなよ……今ミシっていった! 折った!」
「ガチガチだった関節くんが『あかりくん助けてくれてありがとう』って言ってくれたね……」
「狂った??」
ぐいぐいと肩を引き下げるように伸ばしていくと、肩の付け根あたりで固まっていた筋膜がじわじわと解けていく感触が手のひらに伝わる。それに合わせて弔くんの呼吸もわずかに深くなった。
「……あ、ちょっと、そこ……変……あっ……」
「あったかくなってきた。今までここ、血止まってたんだよ」
「やめろ、説明が怖い……」
肩甲骨の内側を指で引っかけるようにしながら、肘を立ててゆっくりと押し広げる。弔くんの唸り声が低く長く続き、拳で絨毯をドンと叩いた。
「ん゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ……!!」
「よしよし、いい子いい子……そこ耐えると一気に楽になるから頑張ろうな」
「い”ってぇ……っ」
最後に背中全体を掌で包み、上下にさすって熱を入れるように流していくと、ようやく弔くんの体から力が抜けた。背中の板のような硬さがほんの少し、柔らかい布地のように沈むのを感じて、俺は小さく息を吐いた。
手のひらをゆっくりと滑らせる方向へ切り替える。ゴリゴリと指を沈めるのではなく、掌全体で包み込むように肩から背中にかけてゆったりと撫でていく。
さっきまで「痛い」「折った」と騒いでいた弔くんの呼吸が、いつの間にか静かになっていた。最初は浅く、喉の奥でひゅっと引っかかるような呼吸だったのが、次第に胸郭の奥まで空気が届くようになり、背中の上下がゆるやかな波を描きはじめる。
力が抜けた背中は、さっきの石板のような抵抗感が嘘のように柔らかい。掌を滑らせるたび、じんわりと体温が手のひらに移ってきて、皮膚の下を血が静かに巡っていくのがわかる。摩擦熱でほんのりと温まった背筋は、まるで冬の日に干したふかふかの布団みたいだった。前と比べて少しだけ肉がついてきたのがよくわかる。俺が育てたおにくです。毎日美味しいものを食べさせて肥やしました。
肩甲骨の縁を指の腹でなぞると、ぴく、と一度だけ反応があった。でも、それっきり。怒鳴り声も、罵倒も飛んでこない。ただ、呼吸の波が少し深くなって、背中が俺の手を受け入れるように沈んでいく。
鎖骨の下から腕の付け根にかけて、筋を伸ばすように撫でていくと、うつ伏せのままの弔くんの顔が絨毯に沈み込み、横を向いた。そこから、小さく……本当に小さく、すぅ……すぅ……と寝息が漏れた。
あっ、寝た。
マッサージ台でもなんでもない薄い絨毯の上で、全身を預けるように脱力して眠るっている。野生の弔くんがこれほど無防備になるとは、それだけ身体がカチコチだったんだな。かわいそうに。
背中を優しくさすりながら、その寝息に合わせて手の動きも自然とゆっくりになる。
俺の気の済むまでこねこねしたけど、揉み返しが出たらさすがにぶん殴られると思っていたが運良く揉み返しはなかったらしい。起きた時に「薬?」と『てめえヤクでも盛ったのか?』の問いを投げつけてくる弔くんに、あなた疲れてたのよ……と伝えてなんとか誤解を解いた。弔くんは不思議そうに自分の身体を動かしたあと、「またやれ」とだけ言ったので楽になっているんだろう。顔色もちょっとだけいつもより良い。
「年季の入ったボロボロボディだから一過性の快適だよ」
「は? やだ」
「またやってあげるからね……」
身体が楽! 元気! で、ちょっとご機嫌の弔くんはフンと鼻を鳴らす。俺のマッサージ技能は本当に高くなっているんだろうと自信が持てたが、その自信と引き換えに弔くんはいままで気付かなくで済んだ肩凝り身体の歪みと一生付き合うことになるのだ。ちゃんと責任もって適時こねこねしてあげるからね……。
翌日、いつも通りおしまいの姿勢で長時間ゲームをした結果、自覚したばかりの肩凝りに苛まれた弔くんに「テメェよお……」とド低音激怒されたが、それを見越して用意しておいたマッサージ器と湿布によってなんとか罵声だけで済ませてもらえたのであった。こんど拠点にマッサージチェア置こうね……使いたい人、たぶん沢山いるしね……。
1本より2本の方がお得で良い
ヴィラン連合のBARには、いつも誰かがいる。今日も例に漏れず、夜の店内には燻るような静けさと、妙に人の気配の濃い空気が満ちていた。人が集まるのは定期連絡と顔見せ、あと俺による無料の食事配給があるためだ。今日のメンバーは弔くんとスピナー、俺と荼毘くんの四人。
奥のソファでは荼毘くんがリモコンを手に、チャンネルを延々と切り替えていた。「俺は機嫌が悪いし暇です」とでも言いたげな態度だが、俺を置いて帰るつもりはないらしい。弔くんはそんな空気を完全に無視、スピナーは「関わると死ぬ」と言わんばかりに一切目を合わせない。察してちゃんには、厳しい世界だ。
時間になったら帰るからね、と声をかけておせんべいを差し入れすると無言で食べ始めたのでこれで機嫌を直して欲しい。同じように携帯ゲームをしてる2人におせんべいを差し入れすると、スピナーは「お、サンキュ」と快活に言ってくれたが、弔くんはチラッとみて「ジジイ菓子」とだけいった。最後は食べるが、必ず文句をつける生き物だ。ふん、おもしれえ男……(すき)。
俺も空いてる席に座ってバリバリかじりながら、ふと聞きたかったことを思い出した。
「スピナー、セクハラしていい?」
「……ダメだ」
なにいってんのこいつ? の顔をして素の否定が来た。そんな……ちゃんとお伺いを立てたのに?
「セクハラくらいやらせてやれよ」
口元だけでニヤニヤ笑っている弔くんが、横からタイミングよく声を割って入れた。変に無邪気なその顔は、嵐の前で焚き火を楽しむ野次馬のそれだ。スピナーが俺にセクハラされても、弔くんは痛くも痒くもない。なんなら面白いまである。こういう時の弔くんは仲間になると心強いぞ! 敵に回るとおしまいになるが。
ヴィラン連合の中でも割と感性はまともなスピナーが「えっ、えっ」と視線をうろちょろさせている。可哀想に、困らせてしまった。こうなれば仕方ない、俺は覚悟を決めて立ち上がる。やはり1を得るには己も1を失う覚悟が必要だ。
「わかった、フェアでいこう! 俺のちんちん見せてあげるから、スピナーのも見せて!」
「お前の股間に何の価値があるんだよ!? いや、見たがるな人のブツを!!」
「ヘミペニスだったらドエロいなって……」
「お前の性癖どうなってんの!?」
すごい勢いで俺から距離を取り壁に背を預けるスピナー。等価交換だけでは許されないというのか……?
「じゃあ方向性変える、猥談していい?」
「言え」
スピナーが反応する前に、弔くんがニタニタと続きを促した。安全圏から眺める他人の混乱ほど楽しいものはないって、ゲーム中に敵をハメ技でパーティごと操作不能にしてたとき言ってたもんな。
「この前異形型個性の蛇っぽい人とセックスしたんだけど、その人はヘミペニスだったので純粋にスピナーのちんちんもそうなのかなって気になりました」
「人によるだろそんなの……!」
「だから気になって確認を取ろうと思い、セクハラに至りました」
「やめろそういうのホント」
ダメだ教えねえそういうのイヤと、普通にノーサンキューされたので、渋々諦めた。口に出して「しぶしぶ……」と言っておいたら、「お前ほんと……」と言葉にならないドン引きをいただいたが、まあこれは俺が悪いので甘んじて受け止めておく。セクハラ罪は重いのだ。
仕方ないなあとこの話を終えようとしたら、弔くんの「……あははっ」という、いつもよりも軽く心の底から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。嵐が来ると知りながら軒先でビールを開ける野次馬のようだ。この爽やかな笑い声はつまり、なにか弔くんにとってのよいこと……その他にとっての悪いことが起こってるフラグ!
「後ろ見てみろ、オニイチャンがすげえ顔してんぞ。報連相が足りねえな。ヤる直前に連絡入れてやれよ、荒れまくるだろうから」
弔くんの笑い声の向こうで、俺の背後に立つ人影に気づいた瞬間、空気がひりついた。
振り向くと、燈矢くんが“何か”に思考を引っかけたような顔をしている。目の焦点が合っていない。
次の瞬間には、彼の口から抑揚のない声がぽつぽつと漏れ始めた。
「あかりくんはまだ子供だからこれって犯罪じゃないか? 児童に対する虐待だろ……………」
年齢的にはそうだね。と言いたかったが、外見は健やかに育ちすぎて年齢不詳になってる俺の実年齢を、弔くんもスピナーも知らない。なのでいつも通りの『狂ったオニイチャンの妄言』だと思って、弔くんは爆笑しているし、スピナーは街中でブツブツ言ってるやつを見る目で限界まで壁に張り付いて距離を取ろうとしている。
「だってあかりくんはまだちっちゃくて……俺がオムツ替えてあげたし、お風呂にもいれてあげたし……さつまいもだって俺がスプーンで潰して……」と、抑揚のない声で繰り返しているから異常っぽいけど、あれは単に自分の頭の中にある『かわいいちっちゃいおとうと』が、自分の知らないところで『大人』の行動を取っていたことに対する適応ができずバグっているだけです。荼毘くんの頭の中には、俺がまだ小さくて、両手で抱き上げて膝に乗せられた頃の記憶で凍結されている。そのまま時が止まっているから、いま目の前で“性の話”をしている俺を理解できず、バグを起こしているだけだ。
いや、別に隠すようなことでもないけど、伝えるような事でもないから何も言わなかったけどさ。門限に間に合えば無罪って拡大解釈して好きに生きていたが、アウトだったか……。
弔くんは実弟監禁キチガイオニイチャンがまた頭バグってること言ってるよと笑いながら荼毘くんを無遠慮に指差しているが、この件に関しては荼毘くんは割とまともな方の思考です。
それでもバグってる様子が面白くてしょうがないらしく、弔くんは俺にはなしの続きをねだってくる。
「お前それ恋人? 経験人数言えよ」
「この環境で恋人は無理でしょ。ええと……」
繰り返すが、別に隠す必要はないと思っているので覚えている人だけ指折り数える。二回以上会ったのは二人、一回だけなのが……六人くらい? だったかな。どうやって会ってるのかって、そりゃSNSとかマチアプとかで年齢指定ない人選んで、俺としては性別とか気にしないから男女どっちでも。相手のNGに引っかかってなければそれで───────
ドンッ!!!
爆ぜるような音とともに、床下から熱が這い上がってきた。壁の一角が炎に包まれ、警報機が耳を劈く。煙が白くたなびき、タイルがぱきぱきと悲鳴を上げる。
「うるせー!」と弔くんが笑い、スピナーは「マジかよ!?」と消火器を引きずって走った。
えっ、この状態を俺が片付けるんですか!? 困りすぎる……。掃除用具買っておいて良かった……。
数時間後、焦げたり粉まみれになってる拠点をスピナーと一緒に片付け、飽きて部屋に戻ってゲームに向かう弔くんを見送り、混乱の中で部屋の隅で壁に向かいながらブツブツ言ってる実兄をそっとして一日の仕事を終えた。
自宅拠点に戻ってもずっと心ここに在らずという顔をしていた荼毘くん……仕事終わりなので燈矢くんに「陽火くんスマホ貸して」と言われて無警戒に手渡した結果、大発火。
「そういう悪いことばかりするなら、陽火くんはスマホだめだから」
淡々と叱る声音で、バッテリーの爆発速度よりも速く蒼炎が溶かし尽くす俺のスマホ。待って!! 俺いま立場的にIT会社社長になってるんで困ります!! それ連合のメイン資金源になってるんでスマホだけは許してください! 仕事の報連相これでやってるんです家電ないでしょヴィラン連合!! 冷静になって!
翌日。黒霧ワープで拠点に降り立った俺は、入り口から一直線にカウンターへ突撃した。朝のBARには、昨日の騒ぎが嘘のような薄ぼんやりとした空気が漂っている。ところどころピンクの粉が残っているが、あれは消火器の中身の拭き残しだ。あとでまた掃除しなきゃ……弔くんがピンクになっちゃう……。
「みて弔くん!!」
「うるせえな四肢もぐぞ」
カウンター席でゲームをいじっていた弔くんが、露骨に嫌そうな顔でこちらを振り向く。俺は勢いのまま彼のパーソナルスペースを破壊し、スマホを突き出した。
「凄惨! みて! みてみてみて」
「眼前につきつけられているので何も見えません 少し引いてください 殺すぞ」
「俺のスマホらくらくフォンにされた」
「あっはっはっはっ!」
「健やかな大爆笑」
弔くんは昨日以上に大声で笑い、カウンターのオシャレ椅子から仰け反りすぎて背中から落ちそうになっている。弔くんの腕を掴んで転がり落ちるのを阻止しながら、らくらくフォン使いにくいよ~~~と訴え続けた。文字が無駄にでかいしどこに何があるか分からないし拡張性が皆無だし要らない機能ばかりで物理的にも容量的にも重いよ~~~!!
「しかもファミリーリンクかけられた。もう悪いことが何一つできない。ヴィランなのに」
「あとで仕事用のやつやるから元気に悪さしとけ」
「弔くん……♡ すきだよ……」
「きっしょ」
型落ちのiPhoneだが、何個か在庫があるらしく適当に持ってけと快く譲ってくれたボス。ありがとう、だいすき……♡ さすがに俺も前世とはいえ社会人経験があるから、いくらヴィランといえども職場から配布されたスマホでマチアプしないから安心して欲しい。このスマホは清廉潔白な存在にするから、悪さはしないんだ。
どうせらくらくフォンには違法改造監視アプリいれられないから、数日後にはしぶしぶ普通のスマホに戻されると思うし。
モジモジしながらマチアプのやりかたを聞いてきたスピナーにオススメアプリとプロフの書き方を教えながら、荼毘くんの混乱がおさまるまでを待つしかない。時間経過でしか癒えない傷ってあるしな。
実質デート回
定例報告会──という名目の「人の奢りで美味いもんを食べようの日」が、いよいよ明日に迫っていた。
この場合の「人」とはもちろん俺のことである。適当に肉を焼いてワイワイやる予定だ。ちなみに材料費その他諸々は、俺にお小遣いをくれる実兄、つまり荼毘くんの財布から出ている。
もっとも、その財布も正確には彼の持ち物ではない。訴える被害者が居なければ犯罪は存在しないというヴィラン論法により、無辜の民から回収したものです。最近は同じヴィランが喧嘩を売ってきてくれることが多いらしくて、一般人の被害は減ったらしい。全て本人の供述なのでなにもかも信じられないが、一旦俺を挟むことで資金洗浄されたと思っておこう。
俺の炊き出しで食生活を支えられている皆様には「実質だびくんの奢りだから、感謝するならだびくんに言ってね~」と伝えてある。これを伝えた日は、何も知らない荼毘くんは拠点に帰ってきた瞬間にみんなから一斉に「ありがとう!」コールを浴びる羽目になった。
突然雨のように浴びせかけられる感謝に、荼毘くんは露骨に顔をしかめ「キッショ……」とぼやきながら一度ドアをバンッと閉め、しばらくして再びドアを開けた。悪い夢かと思ったのかもしれない。途端、より激しくなる感謝コール。諦めたのか、側頭部の横で指をくるくる回しながら「頭イかれてんのか」というジェスチャーをしつつ、最終的には俺のところに避難してきた。
人からの感謝なんて滅多に受け取れるものじゃないし、貰えるものはタダなのだから、せっかくだし胸を張って享受していただきたいものである。
人が少ない静かな時間、自分の作業も一休みに丁度いい区切りをつけてスマホの時計を見て、ふと思い出す。
そういえば、ミスドにドーナツを予約していたんだった。受け取り時間もそろそろだ。ぼんやりそんなことを考えていた矢先、スマホが震えて着信音が空気を破った。電話の向こうは案の定で、ちょうど予約のものを受け取れるようになったらしい。
ラッキーだ。Mr.コンプレスが拠点で作業の日らしい。ミスターはソファに浅く腰掛け、机の上にマジック道具をずらりと並べて手袋越しに細やかな整備をしていた。道具を一つひとつ確認する姿は職人そのもので、玄人だけがもつ格好良さに満ちている。何をしてても絵になる男だなあ。
その背後へ、俺は音を立てないようススッと忍び寄った。息を吸い、できるだけ丁寧な声で呼びかける。
「お忙しいところ失礼いたします、迫圧紘さん。少しお話、よろしいでしょうか」
ミスターの肩がビクッと動いて、仮面とマスクの二重構造で隠してる奥の目が表情豊かに『いやだなあ』の色になる。集中を途切れさせたことではなく、俺が丁寧な声かけをしたことで嫌な未来が連想されたのかもしれない。そんな……家具家電の搬入の時とか便利に使ってただけなのに……。
「わかった、スッピンの俺が必要なんだな!? でも突然本名言われると怖いからやめてね」
「ミスドでドーナツ100個予約したの用意できたって連絡来たから同行よろしく」
「なんでそんな買っちゃった……?」
「パーティしたくて……あと余ったら冷凍出来るやつもあるし。圧紘くん10個食べていいよ」
「おじさんもう1回で3つくらいしか食べられない身体になってるんだ」
「なんで?」
「『なんで』???」
ミスターは悔しげに「あかりも30を超えたら覚えてろよ、俺の気持ちがわかるようになるからな」と、よくわからないことを言いながら仮面とマスクを剥がしてくれる。スッピンの迫圧紘さんは顔が良いから眼福だなあ。やっば原作キャラって作画に時間かけてんだろうな。
そんなに遠くないから徒歩でいくことになり、「デートだね♡」と手を繋いだらしおしおの顔で「命懸けすぎる……」と嫌がられた。俺の背後に、ここにはいないはずの実兄の影が浮かんで見えているんだろう。存在感あるから。
「マジシャンの手を拘束するのは重罪だからな」
「振り払わない圧紘くんは優しいね」
「俺の優しさに感謝しなさい」
Mr.コンプレスこと圧紘くんは、案外身内には心が広いお兄さんだ。自称おじさんだが、自分で言うには良いけど他人に言われたらムカつくくらいの繊細なお年頃なのだろう。実年齢は知らないけど、30前半くらいじゃないか? 前世の俺より少しばかり年上ってだけな気がする。
「ドーナツの割合どういうかんじ? 期間限定のやつ結構好きなんだよね」
「期間限定のやつ少しだけにしたから圧紘くんが食べちゃって」
「なんで、あんま好きじゃない?」
「美味しかったから。弔くんがハマったら期間限定終わったあとに癇癪起こす」
「……リーダーの理解度が高いな」
なにせ1度気に入ったらずっと同じものを食べるような人だ。下手に期間限定にハマらせたらいけない。もう弔くんは一生ポンデリング食べててくれ。もきゅもきゅしながら食べてるの可愛いし。
そんなことを言いながら店舗まで辿り着き、ダンボールにまとめるという見たことの無い渡され方をしたドーナツたちは圧紘くんの個性で無事にちっちゃくまとめられたのだった。この個性ほんと便利すぎる。
「あかりのお願いを聞いたから、俺のお願いも聞いてくれるよな?」
拠点に戻り、いつものマスクと仮面を被って顔を隠した圧紘くん。もといMr.コンプレスはカウンター席で肘を着いて上目遣いで俺をみた。あら可愛いお顔。
「出来ることならお願い聞いちゃおっかな」
「スカロッピーネ・アル・リモーネ作って♡」
俺がキッチンにドーナツを運んだタイミングで言うから、たぶん食べ物だろう。聞き覚えのないオシャレ飯だ……どこの国のものなんだよそれは。
「まーた知らない名前の料理言ってくる。調べるから待って……冷蔵庫の材料でできるなコレ……今食べる?」
「いただきます」
「はいよー」
調べた感じ、これは薄く叩いた肉を小麦粉でまぶして焼いてレモンと白ワイン、バターで作ったソースを絡める料理だ。肉は豚でも牛でも鳥でもいいらしい。冷蔵庫の中には明日使おうと思っていた豚肉があるからこれでいいか。無駄に大量に仕入れたし、明日の分が足りなくなることはないだろう。
肉を均一で切り分けて、肉叩きで軽く叩いて薄く伸ばす。広げ終えたら全体に薄く小麦粉をまぶし、余分な粉はしっかりとはたく。ここを丁寧にやると仕上がりがきれいになる……とレシピに書いてあるので、逆らわない。
俺は別に料理が得意なわけでも好きな訳でもないが、レシピに忠実に作れば失敗するわけが無い。何事においてもマニュアルって大事だからな、だいたいのメシマズはアレンジできるほどの実力がないのにマニュアルを軽視した結果の事故ってことだ。
フライパンを中火にかけると、バターがじわじわと溶け出し、甘い香りがキッチンに広がる。バターの匂いだけで俺もお腹が減ったので、俺も食べようと肉の量を増やした。暇そうなミスターにビニール越しに肉を叩いて伸ばしてもらいつつ、バターが泡立ち始めたら最初の肉を並べる。触らずに焼き、片面に焼き色がついたら裏返す。両面がこんがりと焼けたところで、一旦皿に取り出す。
フライパンに白ワインを加え、底についた焼き汁をこそげるように混ぜる。アルコールが飛んだらレモン汁を加え、軽く煮詰める。ソースが少しとろみを帯びてきたら、肉を戻して全体に絡める。火を止めて、仕上げにもう少しバターを加え、余熱で溶かしながら全体になじませる。皿に盛り、パセリを散らして完成。レモンとバターの香りがはっきりと立ち、肉はしっとりと仕上がっている。うん、美味しそう。美味しそうだけど弔くんが食べるかどうか微妙だから半分生姜焼きにしとこ。
「ミスター、先出来たほう食べてて」
「いや、次のやつ焼いてるだろ。せっかくだ、一緒に食べよう」
「なんか今日のミスターかわいいね、俺のこと好き? 職場内恋愛無理派でごめんね」
「なんだこのおガキ様、付け上がる速度が凄まじいな」
待っていただいてるので適当に高そうな酒を渡しながら自分の分と、そのうち帰ってくるだろう弔くんのための分を作る。作っている途中でドアベルが乱暴に鳴り、ずんずんという効果音にふさわしい速度で我らがボスが登場しながら「俺のは!?」と開幕キレていた。お腹ぺこぺこでごきげんがわるいみたい……。俺が育てた空腹感だ。もう二度とグミで生きる生活は無理だろう。ざまあみろ!!
「二種類あります、どっち食べる?」
小皿に取り分けたスカロッピーネ・アル・リモーネと生姜焼きを箸と一緒に出すと、両方食べてから「そっち腐ってんぞ」とスカロッピーネ・アル・リモーネくんをディスってから生姜焼きを選んだ。
酸っぱいのはね、レモンバター使ってるからだね……。 ミスターが食べたいものは尽くボスの好みとズレている。弔くんは果物以外の酸味を全て腐敗だと思っているのだ。腐敗だと思ってるのにそれしかないと食べるので、やっぱり目が離せない男だ……ほんとに腐ってても食べちゃうからな……。
食べたい料理が腐ってると言われたミスターは「リーダーには分からないか」と、何故か負け惜しみのようなことをいっていた。仕方ないよ。若者とおじさんの好みってズレてるって言うし。
「美味しかった! ご馳走様!」
「はいはい、ミスターはおなかいっぱいになるとわんぱく坊やみたいになっていいね。いまデザートにリンゴでも剥いてあげますからね……」
「俺のは」
「ボスは特別に兎さんにしてあげようね~~」
満腹だとご機嫌になるという、仲間しか知りえない可愛げを惜しげも無く出してる自称おじさんは、マスク越しにでもわかる勢いでニコニコしている。おなかいっぱいで伸びをしながら「あかりみたいな調理人がいてくれてよかった」とご機嫌だが、聞き捨てならんぞ。
「薄々わかってたけど、ミスターはたぶん誤解をしています」
「誤解?」
「実は俺、調理人採用じゃないんだよね」
たぶん、たぶんミスターは俺のこと、裏方って言っても食事担当とかそこら辺だと思ってる。事務全般もやってるなあとは思ってるけど、メインが飯作りだと……!
案の定「え、違うの」と驚いてるので「実はこれ業務内容に含まれてないんですよ」と真実を伝えた。業務内容に含まれてない内勤なので、当然お給料に値する物はなにもありません。材料費諸々全て俺からの持ち出しです。この前ミスターと一緒に買いに行ったクソデカ業務用オーブンも、俺が金を出しました。正確には荼毘くんが人狩りで稼いで俺に貢いだもので支払いました……。
「つまりおじさんは年下に飯をたかってた……? なんかリクエストとかしちゃって本当にごめん、図々しかった」
「弔くんのついでだからいいよ。リクエストも弔くんからだと何も出ないし、これからも食べたいもの教えて欲しい」
弔くんからだと全てのリクエストが『なんかうまいの』になるからな。ミスターは何が食べたいってはっきり言ってくれるし、知らない料理がでてくるから楽しい。ちょっとへこんでいたみたいだが、ふと顔を上げたミスターは「調理人採用じゃなかったらなに採用?」と聞いてきた。なん……だろう……なんか……戦闘以外の『全て』をしてる……。
「俺も分からない……分かんないけどだびくんより2時間くらい先輩だから……なんなら主要メンバーの中で最古参だから……」
「あかり先輩……?」
「ミスターの履歴書みて書類選考通したの俺だから。俺がいなかったらタイミング次第で弔くんとのステゴロで生き残ったら採用のパターンだったかもだよ」
「その節はご縁をいただき、本当にありがとうございます。まだまだ未熟な点も多いですが、精一杯努力し、早く戦力になれるよう頑張ります」
仮定のはなしでミスターを震え上がらせた弔くんは、奥の簡易キッチンで冷凍予定のスカロッピーネ・アル・リモーネをフライパンにいれたまま食べている。食べたら意外と美味しいと思ったんだろう、いつもこうなので冷凍保存ができないんだよな。
……。
…………。
「やば!! ドーナツ!! 弔くんそれみんなで食べるやつだからひとりで食べないの!」
「バレた。うるせー」
満腹のリミッターが壊れてるはらぺこあおむしがドーナツ100個食べちゃう!!ミスター持ってって! そして明日になったら戻ってきて!!
個性発動でドーナツ達を守ったミスターの「雑に使われてるなあ」というボヤきが通り過ぎるのを聞きながら、弔くんがわんぱく食いしん坊のごとく両手に持ってるドーナツだけで今は許して貰えるように交渉をはじめた。明日ね、明日みんなでお肉食べたあとパーティしようね……好きなの最初に選ばせてあげるからね……怒んないで、見えるところに置いてた俺が悪かったから…………。
こどもおとなレベル100
「おい、ゴミ」
「悪口?」
今日の弔くんも絶好調だなあとしみじみ悪口を受け入れていたところ、「めんどくせえな」と軽く殴られながらグミの空袋を渡された。
本当にゴミだった……。仰せつかって、ありがたく捨てさせていただきました。弔くんが『捨てよう』という意識を持ってくれたことが嬉しいね……ゴミ箱に貼られた黒いテープも、もう必要ないかもしれない。
連合に来たばかりの頃は大変だった。弔くんは崩壊で処理しないゴミは全て床にぶん投げる。その結果が巨大ゴミ箱と化していた彼の自室です。俺が全て片付けました。ほぼ特殊清掃だった。
まずこの拠点、ゴミ箱という文化が存在していなかったのだ。だから何個か設置して、それだけでは「妙なオブジェクトが増えたなあ」と思われるだけで意味がなかったので、黒いテープで“100”と書いて視線誘導。
弔くんがゴミをポイ捨てする度に「ハズレ」と言ってキレさせつつ、ゴミ箱に命中したら100点ですね……というミニゲーム方式をとった。これをすることで狙いが定まり、例えゴミ箱から外れてもだいたい同じところにゴミが溜まるから掃除が楽になった。ちなみに崩壊で処理されたゴミは普通に塵になるのでこっちの方が掃除が面倒くさい。舞うんだよ塵は。
食事関係はさらに難航した。嫌いな食べ物はすべて床にぽいぽい捨てるので、俺が来てからは“乾いたグミ”から“すぐ腐る現実的な料理”に変更。床の汚染は進む一方。
弔くんの身の回りを担当している黒霧が、無言のまま「どうにかしてくれ」という目をしてきた。俺がいない間の拠点の衛生管理は黒霧がするし、さすがに腐った食い物まみれの床は嫌なのだろう。一応このBAR、営業中ではあるから……客が来てるのは見たことないけど。
「わかった、わかった。弔くん、食べたくなかったら俺の皿に入れていいから……」
この件に関しては俺が速攻で折れた。「捨てないで全部食べて」と言った瞬間、「俺様は気分を害した罪」でハンストする。そういう人間だとわかっている。弔くんを変えようとするのではなく、俺が工夫するべきなんだ。そういう思考じゃないと仲良くできないし、俺がここにいる理由は弔くんのこういうところが『おもしれえ男』に見えてめちゃくちゃ好きだからってのもある。俺の好きな弔くんは自由に傲慢に生きてる人間だからよ……。
弔くんの食育は失敗していたらしく、幼児期で終わらせておくべき『たのしくたべる』『すききらいをへらす』から頓挫していた。俺が変わりに育てるんですか? この推定成人済男性を? 腕が鳴るな……。
分析すると、彼は“食べる”という行為そのものに愛着がない。姿勢は崩れ、出した料理は「後で食う」といって放置。いままで一緒にいただきますをいっておいしいねと食べてくれる実兄とばかり食事を共にしてきたから「こ、こんな悲しい気持ちになるものなのか……?」といらん気づきを得てしまった。できたての……いちばん美味しいときを……たべてほしくて…………別に料理は得意でも無いけど、調べて作って……。
急かしたら余計食べなくなるので見守ることしか出来ず、刻々と悪くなる料理を見守る日々。食べてねと言って出した皿が翌日も机の上にあることも多かった。
その頃の俺は悲しみを癒すために、仁くんとトガちゃんに料理作って褒められチヤホヤタイムを満喫してメンタル回復に勤しむしかなかった。だから今も食事の配給を趣味でやってる節がある。
普通にいつもお腹減ってる2人だから、向こうはタダ飯が食えてハッピーだし、こっちは喜んで食べる人を見れてハッピーだしで両思いだ。
弔くんに言っても無駄なので、黒霧に放置されてダメになったものは回収して破棄をお願いしたが、数日後にふと思い出したのか「この前置いといた俺の、どこやった」とかいってきやがる。
もうそれは死んだよ。食べるつもりのものが無くてどちゃくそご機嫌ななめになったらしいが、腹痛で寝込む無駄時間が減ったので黒霧的には楽になったらしい。いままで腹痛で寝込んでたの? 可哀想。そんな辛い日々も、ゆっくりと少しずつ改善していって今がある。
「弔くんはこれからもっともっと偉くて凄くなるんだから、人前でご飯食べてるだけでも相手を威圧できるようになろうよ」と、言葉を選びまくってある程度まともな食事がとれるようになった。
結果として『出来るけどやらない』という最悪を更新する姿勢が顕著になったが、できるなら……いいか……。最近は付け合せの野菜もちゃんと味付けしてるので不味いものではないんだな……と理解してくれたし。
しかしどうしてもミックスベジタブルだけは全部避ける。全部俺の皿に流し込んでくる。
「これが使えるといろいろ楽なんだけど、なんで食べたくないの」とおはなししたら、弔くんは『なにもわるいことしてませんよ』という可愛い顔をしていた。この顔をしている時は、本当に悪意がなく素でやってるのでおしまいです。瞬間的に諦めたが話だけは聞いておいた。
「最終的に食ってるからいいだろ」
「俺が食べてるね、俺の皿にいれてくるから」
フォークでミックスベジタブルのバター炒めを突き刺しながら、分からない俺にわざわざ丁寧に説明してくれる。
「緑と黄色と赤だろ」
「そうだね」
「自然界に有り得ない色だ、たぶん毒」
「自然界代表選手たちなんだそのビタミンカラーたち」
「都会育ちだから知らない」
「だめだ、俺が悪かった。諦める」
やっぱり対話じゃ無理だこれ。別にミックスベジタブルを食べなくても死ぬわけではないのでいいか。弔くんは始終、キョトンとした顔をこしていた。
野菜はスープか何かにして、俺が目の前で美味そうに食べてたら欲しがると思うから、奪ってきたらそのまま食べてもらおう。という作戦をたてて特に問題なく見事成功。「なんでお前だけ具が多いんだよ、俺にもよこせ」と奪ってきたので「いっぱい食べて太ってね……」と日々優しく眺めている。
こうして俺の地道な努力の結果、過酷なダイエットに勤しむ思春期女子よりも食が細い弔くんは過去になりました。3食グミで済ませていたダウナーお姉さん(偽)とは思えない。
お腹ぺこぺこだとご機嫌ななめになり、みんなで食べる用に買っておいたドーナツを勝手に食べ始める食い尽くし系に! いいよ、食べないより食い尽くしになる方がマシだ。
絵本のはらぺこあおむしみたいに、食べすぎてお腹が痛くて泣く夜を何回か過ごさせたら適量を学んでくれるだろう。本来なら幼少に理解しておくはずの食育が完成されてないので親か保護者の責任だ。弔くんの場合は『先生』のせいか。両親いなそうだし。
弔くんはお腹が減ると不思議そうに下腹部に手を当てたあと、因果関係を理解して「お前のせいで腹減るようになった」と文句をつけてくるようになった。俺が取るべき反応はひとつ。万感の思いで「ざまあみろ!」とピースをしておく。
「なんだその言い草。てめえ俺に何した」
「栄養たっぷりの美味しいものを好きなだけ食べさせた?」
「よくもやってくれたもんだ……」
憎々しげに舌打ちされたが、俺はなにひとつ悪いことをしていないし、弔くんの身体も健康になったのでハッピーでしかない。文句を垂れながら食べてるプリンは俺のお手製のものです……太れ……肥えろ……! どうせ取ったカロリー以上に動き回ってんだから……!!
「弔くん、前より顔色とか良くなったけど太れた?」
「知らねえ、体重測ったことない」
「そんなまさか」
「先生のところにはそういう記録あるかもな、8歳くらいの時の」
「意味が無さすぎる……仕方ないな……」
座ってる弔くんの脇に手を入れて持ち上げる。猫背だから持つと伸びるあたり、本当に猫みたいだな。意外と長い。「は?」と言いながら無抵抗で伸ばされていく。割と身長差があるから少し上げるだけでなんとなくの重みはわかった。
「おい」
「だいたい60キロか」
これ脂肪じゃなくて筋肉だから、やっぱりまだまだ薄いな……。必要最低限の重みしかないと言ってもいいくらいだ。弔くんの戦闘スタイルはスピードタイプだけど、それにしてもって感じ。
俺が持ち上げて下ろした形のまま弔くんは固まり、数秒の沈黙の後、スプーンを口に入れて、食べかけのプリンをもそもそと咀嚼した。その間、視線は俺を睨みつけたまま少し頭を傾げている。キレてる猫の姿勢だ。やんのかステップ(停止)。
「きっしょ……怖、……なんか抱かれた……セクハラ……」
「抱き上げただけです~~」
「子猫のように持ち上げられた……キショすぎる……」
「自認子猫のボスの方がキツイだろ」
「お前俺が優しいからって調子に乗りやがって」
「自覚してるんだ……」
自覚済みの依怙贔屓だったんだコレ……。俺の言葉に気分を損ねた弔くんは食べ終えたプリンカップを乱暴にゴミ箱にぶん投げて「100点」と言ったあと、俺様は不機嫌ですと言わんばかりにわざと足音を立ててBARの外へ向かった。
「どこ行くの?」
「うるせえ、ばーか」
「そんな小学生みたいな罵倒を」
「いいんだよ幼稚園中退だから」
「こんど最終学歴底辺バトルしようね」
「は? 負けねえ」
絶対に勝つと宣言してドアベルを鳴らしながら出ていった弔くんは、俺への返答がめんどくさいだけで何かしら元から用事があったんだろうなと思っていた。先生への連絡とか、悪巧みとか。しかしそんな考えに反して、20分くらいでビニール袋いっぱいのチョコエッグと共に帰還。BARの近くにあるドラッグストアに行って帰ってきたみたいだった。
そして開口一番「きっしょ!」と俺を指さして宣言。なに? 外の空気吸って俺のキショさを再認識する何かがあったの……?
「マツキヨに体重計あるから乗ってきた」
「お、そういえばあそこなんか色々調べられるコーナーあったね」
「60キロだった」
「当たった」
弔くんは再度俺を指さして「キショすぎる」と丁寧に重ねる。そんな……確かに……ちょっと言い逃れ難しいな……。もしかしたらこれ、いままで知らなかった才能かもしれない。あとでみんなの体重も予測しよ……。
























ど深夜にイッキ読みしちゃいました。ほんとに面白くて大好きです。続き楽しみにしてます。