「おい。」
「あら?あなたは昨日の、、、」
箒を持ち、門の前を掃除していた私の前に、昨日の少年が現れた。
「道場破りに来た。ここで一番強い奴を呼べ。」
「道場破り?あらぁ、困ったわね〜。ここは寺子屋よ?」
頬に手を当てのほほんと笑った私を、真剣な眼差しでこちらを見る彼。
「ここで一番強いのは、松陽先生よ。生徒の中で一番強いのが銀時かしら。」
「おい。テメー、カナエに何してんだ。」
こちらに向かって歩いて来た銀時を少年は指差した。
「お前、、、俺と勝負しろ。」
「うげっ、昨日のチビじゃねーか。つーか、勝負しろって何?」
「銀時。彼、道場破りに来たみたい。一番強い人を呼べって言っているの。どうしましょう、、、。」
「、、、お前に松陽はもったいねー。」
少し間を置き、銀時が答える。
「お前の相手は俺がしてやるよ。」
「、、、、上等だ。」
睨み合った2人は道場に向かって行く。そうして取り残された私は人の気配を感じ、振り向くと、そこにはポニーテールの少年がいた。
「よければ、あなたも2人の勝負を見ていったらどうかしら?」
「、、、いや、結構だ。」
そう言って彼は去って行った。その姿を見送っていると、先生に話しかけられる。
「カナエ。掃除をしてくれたんですね、ありがとう。」
ポンッと大きな手を私の頭に乗せ、撫でられる心地良さに目を細めた私は、先生に道場破りの話を伝えた。
「おや、そうですか。銀時のことですから、道場破りさんの事をこてんぱんにしそうですね。」
「確かに、、、。先生、私、救急箱を準備してきますね。」
「お願いします。」
額がひんやりとする感触に俺は目を覚まし、見慣れない部屋に驚き、慌てて飛び起きる。しばらくすると、徐々に頭が覚醒していき、俺はあの白髪頭に負けたのだと思い出す。
冷たい感触に手元を見ると、額に乗せていたであろう濡れた手拭いが落ちていた。それをぼーっと見つめていると、声がかけられる。
「おや、目が覚めましたか?、、、まったく、寺子屋に道場破りだなんて聞いたことがありませんよ。」
「怪我がこれくらいで済んでよかった。」
困ったように笑いながら優しく語るのは、吉田松陽だった。
「、、、、俺より弱い奴と試合うのはもう飽きただけだ。本当はアンタとやりたかった、、、。まさかあんな奴に、、、」
「貴方は充分に強いですよ。あの銀時とあれだけやり合ったんですから。」
「でも負けた。」
「ええ、だからもっと強くなる。勝者が得るのは、自己満足と慢心位なものです。君は、そんなものより意義のあるものを勝ち得たんですよ。恥じる事はありません。」
「それに、あの子はちょっと特殊ですから。」
松陽は過去に思いを馳せるように目を伏せた。
「生きるために、、、生き残るために、強くならざるを得なかった子です。」
「あれもアンタが拾ったのか。」
「さあ?私が拾ったのか、私が拾われたのか、、、。今じゃよく分かりません。」
「氏も素性もしれないガキを集めて手習いだの、剣だの教えてどうなる。あんな連中が侍になれるとでも。」
俺は少し挑発するように言う。
「さあ、どうなるんでしょう。私も楽しみです。」
「こっちが聞いてんだよ。」
松陽が立ち上がり、こちらに背を向け、外を見つめる。
「私も聞いているんです。侍って何ですか?教えてもらえます?」
「アンタ侍じゃねェのかよ‼︎」
「さあ、少なくとも君が思うような侍ではない。君は侍になるには何か資格がいると?私はそうは思いません。弱き己を律し、強き己に近づこうとする意志。自分なりの美意識に沿い精進する、その志を指すのです。」
「だから勉学に助み少しでも真っ当な人間になろうとする彼等も。少しでも強くなりたいとこんな所に道場破りに来た、君も。」
「私にとっては立派な侍なのです。たとえ、氏も素姓も知れなくとも。たとえ、護る主君も戦う剣も持たなくとも。」
松陽は振り返り、優しい笑顔を浮かべる。
「それぞれの武士道を胸に掲げ、それぞれの侍になる事は出来る。」
「この先彼等が何者になろうとも、そんな彼等を1人でも多く見届けるのが。そう、私の掲げる武士道なのかもしれません。」
「君も道に迷って、ここに流れ着いたんでしょう。私もそうです、今だに悩んでいる。」
「それでいい、、、悩んで迷って、君は君の思う侍になればいい。」
その言葉はストン、と胸に落ちた。
「それでは、お大事に。気をつけて帰りなさい。」
ニコニコと笑いながら手を振る松陽に見送られて、俺は家に帰っていた。
「負けた奴にしては、清々しい顔をしているな。」
「桂、見てたのか。」
「ああ、外からだがな。、、、高杉、明日も行くのか。」
「ああ、俺が勝つまで。何度でも行ってやる。」
次の日、
「、、、、、何だてめェ。昨日の今日で性懲りもなく。」
「もう一度、俺と勝負しろ。」
その次の日も、
「オイ、良い加減にしやがれ。何回道場破りに来れば気が済むんだてめェは、コノヤロー。」
「俺が勝つまで。」
ボロボロになり、講武館の生徒に嘲笑されながらも、
「高杉の奴最近どうしたんだ。」
「ようやく身分相応の格好になってきやがったな。」
俺は白髪頭に挑んだ。それを、カナエは困った顔をしながらも手当てをしてくれた。
そんな日々が続いた。
「、、、!一本!」
審判をしていたカナエの声が響く。この日、俺は初めて白髪頭に勝った。
「スゲェェェ!本当にあの銀時に勝っちまった!」
「今まで先生とカナエしか勝った事なかったのにスゲーよ!」
「やったな!良く頑張ったよ!お前!」
「なっ、馴れ馴れしくすんじゃねェ!俺とお前らは同門か⁉︎」
「アラ、そうだったんですか?てっきりもうウチに入ったと思ってました。だって誰より熱心に毎日稽古に、、、いえ、道場破りに来てたから。」
松陽の隣にいたカナエがクスッと笑うと、周りも釣られるように、大声で笑い出した。
「オイィィィィィ!何アットホームな雰囲気に包まれてんだ!誰の応援してんだ‼︎そいつ道場破り‼︎」
「道場破られてんの‼︎俺の無敗神話が破られてんの‼︎笑ってる場合かァ‼︎」
「まぁまぁ、銀時、いいじゃない〜。みんな楽しそうだもの〜!」
「少しは負けた味方を労わる気持ちはねっ、、、」
その時、怒る銀時の肩に手を置く者が現れる。
「もう敵も味方も無いさ!さっ、皆んなでおにぎり握ろう!」
「敵味方以前にお前誰よ‼︎何で得体の知られねェ奴が握ったおにぎり食わなきゃならねェんだ‼︎」
「誰が食って良いと言った、握るだけだ!」
「何の儀式だ‼︎」
「あ、すみませんもう食べちゃいました。」
「「早っ‼︎」」
そのやり取りに生徒達は笑う。
バカみたいなやり取り、バカみたいな奴ら。ここに来て初めて知った。俺は思っていたよりも自由だったこと。そして、、、俺がこんなに笑えたことも。
「、、、ふ、はは、、、ははははっ!」
俺は口を大きく開けて笑った。
「小太郎の作ったおにぎり、とっても美味しいわね〜。」
「おお!それはよかった!」
小太郎の作ったおにぎりを食べながら、むすっとしている銀時に話しかける。
「もう、銀時。晋助に負けたからっていつまでも拗ねないの。」
「拗ねてねーし!つーか、お前なんでコイツらと仲良くなってるんだよ⁉︎コイツに至っては今日が初対面だし‼︎」
銀時はビシッと小太郎を指差した。
「俺たちは初対面じゃないぞ?」
「そうよ。何回か話したけれど、私たち話が合うの。」
「「ね〜。」」
「ね〜、じゃねェよ‼︎」
「ひんほひ、おひふいへくだはい。」
「オメーは食べてから喋れよ‼︎あーったく、、、」
そのままわちゃわちゃとしている3人を見つめ、私はその場をそっと離れる。そうして向かったのは、晋助の元だった。
「ふふ、今日は手当てをしなくても大丈夫そうね〜。」
振り向いた晋助の頬をつんっ、と突く。
「何すんだよ、カナエ。」
「難しい顔をしていたから。どうかしたの?」
「、、、俺は講武館の生徒だ。だから、松下村塾の門下生にはなれねェ。なのに、なんでアイツらは俺に馴れ馴れしくするんだ?」
「あら、そんなことを気にしていたの?、、、それはね、何度負けても銀時に立ち向かう姿に心を動かされたからよ。」
「それに誰がなんと言おうと、晋助は松下村塾の門下生よ。」
「だがーー「晋助は門下生になりたくないの?」」
「、、、いや、そんなことはねェ。」
間を開けて答えた晋助の答えに私は嬉しくなり、顔がゆるゆると緩んだ。
「ならいいじゃない。松下村塾に人が増えるのね、とっても嬉しいわ〜。」
そんな私の顔を見た晋助はバッと顔を逸らした。『私の緩んだ顔はそんなに酷いのかしら』と自分の頬に触れ、むにむにと動かした。
「なぁ、カナエは強いのか?白髪頭にも勝ったことがあるんだろ?」
「ええ、でも勝率は四割ぐらいよ?」
「明日、俺と戦え。」
「え?」
「俺はあの白髪頭よりも、そしてお前よりも強くなりてェ。」
その言葉に私は目を丸くして、小さく笑う。
「晋助、私も強くなりたいの。大切な人を守れるぐらいに。」
「、、、お前は守るために強くなりてェんだな。」
「晋助は違うの?」
「俺は、俺の思う侍になるために強くなる。」
「晋助なら素敵な侍になれるわ。何度負けても立ち上がったあなたなら、きっと。」
バッと腕で顔を覆う。
「ッ、、、!」
ドッと心臓が大きく跳ね上がった。顔が熱い。思考がまとまらない。妙な気分だが、嫌いじゃない。
俺はこの日、人生で初めての感情を知った。今後一生、コイツ以外には芽生えないであろう、そんな感情を。























青春や……めちゃくちゃキュンキュンする