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歳の差

こんぺいとうの妖精こんぺいとうの妖精

時系列的には戦慄の楽譜あたり

「それでね。怜子ちゃん、今度新しくできるコンサートホールのこけら落としの公演に出るんだって」
「ああ、そう言えば。半年ほど前に、記者会見があったようですね。君の友人でしたか」
「そうなの。先に出演が決まってたバイオリニストの人が怜子ちゃんを推薦して決まったんだって」

夕飯に買ってきた惣菜のアジフライを食べながら、そんな会話をする。
来週からリハーサルが始まるので、怜子ちゃんはそれに合わせて帰国したらしい。怜子ちゃんは最近は海外での仕事が多かったので国内での公演では久々だ。怜子ちゃんの出演以外にも色々と話題性があって、チケットも先行発売でほぼ完売してしまったらしい。

「ホールの設営にあたって、ドイツの教会から古いパイプオルガンを移設したと話題になっていましたね。かつてバッハも演奏した歴史的価値のあるものだとか」

さすが、高明くんは何でも詳しい。
今回怜子ちゃんが共演する堂本一揮は、私でも知っている世界的に有名なピアニストだ。何年か前に突然オルガンに転向して、国内での公演は今回は初めて。それに、共演する……えーと……藝大卒のバイオリニストの人も海外で活躍していて、しかもその人があのストラディバリウスを持っているらしい。

「高明くん、興味ある? 怜子ちゃんに、チケット少しなら用意できるかもって言われたけど……」
「いえ。興味はありますが、その日は仕事がありますので。今から休暇の申請は難しいですね」
「そっか。県外に出るってなると色々届けとかいるんだっけ」

そう言えばヒロちゃんも警察官になってすぐの頃そんなことを言っていた気がする。食べ終えた食器をシンクへと運びながらそんなことを思い出していると、高明くんがつけたテレビに見覚えのある建物が映っていた。

「堂本音楽アカデミーで爆発?」

今日の午後に、米花市の堂本音楽アカデミーで爆発が起きたらしい。当時現場に居た2名が死亡、1名が重傷。堂本音楽アカデミーは米花駅から歩ける距離だし、お花見の時期には一般公開されているので行ったことがある。見覚えがあるはずだ、と納得するとともに、テロップに流れた名前に思わず眉を寄せた。

「この人って……」
「河辺奏子……先ほど君が話していた、秋庭怜子さんと共演予定だったバイオリニストですね」
「……ねえ、高明くん。音大のレッスン室で爆発って自然に起きる?」
「可能性はゼロではないですが、この規模であれば人為的なものである可能性が高いでしょうね」
「ええー……」

共演予定の人が爆発に巻き込まれて大怪我。しかも、事故ではない可能性もある。怜子ちゃんが知ったらショックを受けそうで心配だ。いや、関係者だから既に知っているかもしれないけれど。コンサートは2週間後に迫っていると言う話だったから、本番までの復帰は難しいだろうし。後で電話してみよう、と思っていると、ちょうどそのタイミングでスマホに着信があった。怜子ちゃんかも、と反射的に手に取る。けれど、そこに表示されていたのは彼女の名前ではなかった。

「誰……?」

ディスプレイには「佐藤さん」とだけ表示されている。ポピュラーな名字すぎて個人が判別できない。仕事関係で会った人だろうか。まあ、登録されている番号と言うことは知り合いだろうと通話ボタンを押す。もしもし、と応答すると、耳元で落ち着いた女性の声が響いた。

『────諸伏さんの携帯電話でよろしいでしょうか。警視庁捜査一課の佐藤です』

「梓ちゃーん」
「結月さん?」

と言うわけで、再び東京である。
警視庁での用事も無事に済んだので、慣れ親しんだ私の憩いの場所であるポアロへ。朝から新幹線での移動や刑事さんたちとの話で疲れたのもあって、梓ちゃんやマスターの顔を見たらホッとした。

「お仕事ですか?」
「それもあるんだけど、警察の人に呼ばれちゃって」

せっかくこっちに来るので打ち合わせの予定も入れたけれど、それに関しては「対面が難しいようならリモートでも……」と言ってもらっていたので、佐藤刑事からの電話がなければわざわざ東京には来なかっただろう。
「警察?」と心配そうに顔を曇らせた梓ちゃんに、私は小さく頷いてみせた。

「そう。何かね、トモくん、私にUSBが見つかってからはトランクルームを借りてたらしくて」

佐藤刑事から聞いた話によると、トモくんは一連の犯行に使った爆弾の入手経路については黙秘していたらしい。最近になって、ネットで材料を購入してそのトランクルームに隠していた、とようやく供述したのだと言う。

「そこに、見つかるとまずいものを色々置いてたらしいんだけど……中に私の物も入ってたみたいなんだよね。で、一応証拠品って扱いになるから、警察の人達で色々調べてたらしいんだけど、終わったから返してもらえることになって。その確認で呼ばれたみたい」

私としても、すっかり燃えてしまったとばかり思っていたものの数々を見せられて驚いた。
もうページを埋め終えたクロッキー帳だとか、仕事用に描いたもののボツにしたラフだとか。取っておいたけれど、普段は見返したりしないもの。だから、いつの間にか部屋からなくなっていても全然気がつかなかったのだ。結構な量で自力で持ち帰るのは大変そうだったので、警視庁近くのコンビニから今の住所に送ってしまった。

「えっ……何で、あの人が借りてたトランクルームに結月さんのものが入ってるんですか?」
「うーん。私が死んだ後に、メルカリで売ろうとしてたとか?」

私が挿絵を担当している小説は人気の作品なので、関連するイラストなら欲しい人も居るだろう。そもそもトモくんが横領に手を出してしまったのも、実家の旅館の経済状況とか色々あったみたいなので、お金になる可能性があるものをそのまま燃やすのは躊躇ったのかもしれない。

「まあ、遺作ってなると多少価値がつくかもだし……?」
「えぇ……?」

経緯に対して複雑な感情はあるものの、燃えてしまったと諦めていたものが戻ってきたのだから、結果的にはラッキーだったと捉えるべきだろう。やっぱり、自分の生み出したものって愛着があるし。が、梓ちゃんは完全にドン引きの顔をしていた。

「そう言えば、どうなんですか? その親戚との同居生活は!」

注文したハムサンドのお皿を私の前へと置きながら、梓ちゃんはそんな質問をしてきた。たぶん、話題を変えようとしたのだろう。聞かれたことに答えた形とは言え、反応しにくい話題を聞かせて申し訳ない。

「んー、割と順調にやってるよ。まだ2週間だし。そんなにお互いの嫌なところってまだ見えて来ないもん」

高明くんにも確認されたけれど、今の生活はびっくりするくらい快適だ。元々特に期限を決めてはいないけれど、このままだといつまでも居付けそうで困ってしまう。高明くんには言えないけれど、「しっかり者の彼女の家に転がり込んだヒモ」ってこんな気持ちなのかな、とこっそり思ったりする。

「洗濯機がね、めちゃくちゃいいやつなんだよね……!」
「洗濯機?」
「そう。高明く……親戚ね、激務だしお金にも余裕あるから、家電はどれもいいやつ買ってて……洗濯機、乾燥までやってくれるやつなの! テレビも大きいし、ルンバもあるし……お風呂も足伸ばして入れるし。あ、でも冷蔵庫だけは冷凍庫がちょっと小さいんだけど」

高明くんはほとんど冷凍食品を買わない人なので、冷蔵庫の大きさの割に冷凍庫が小さい。私が昼食用に買い溜めた冷凍食品でパンパンになってしまうので、「ここまで詰め込むと霜がつくのでどうにかなりませんか」と高明くんに苦言を呈されたのは一昨日のことだった。

「そう言うのじゃなくて! もっとこう、キュンとしたり、ときめいたりとかないんですか?」
「んー……『洗い物は僕がやりますよ』って言われるとキュンてする」
「もー!」

頬を膨らませている梓ちゃんは可愛い。癒やされる。まあ、他人事だったら私も「それって一つ屋根の下ラブじゃん!」とはしゃいでいた気がするので、梓ちゃんが言わんとすることはわからないでもないけれど。

「言ったでしょ。そんなロマンチックな関係じゃないんだって。梓ちゃんの期待に応えられるようなことは何にもないよ」
「でも、今の結月さんの状況って、シュチュエーションだけなら月9みたいじゃないですか」
「月9なら、そろそろ元カノとかライバルが出て来て『何よこのちんちくりん』みたいなこと言われてシュラバになりそうだねぇ」

まあ、その心配はなさそうだ。高明くんに現在進行形で良い感じになっている人が居るとしたら、私との同居はさすがに選択しなかっただろう。最近別れた元カノはもしかすると居るかもしれないけれど、相手が警察官だと知っていて別れた後付きまとう人はなかなか居ない気がする。下手すると逮捕されそうだし。

「私より、梓ちゃんの方こそどうなの? キュンとしたり、ときめくような相手とか」
「居ませんよ、そんなの。出会いもないですし」

そう言えば、いつも聞き役に回ってくれることもあって、梓ちゃん自身のコイバナってほとんど聞いたことがない。6歳も年下の女の子にこう言う質問をするのはセクハラのような気もするけれど、今回は先に梓ちゃんの方が先に話を振って来たのでセーフだろう。

「お客さんで気になる人とか……」
「お客さんをそう言う風には見れませんよ」
「まあ、そうだよねえ。じゃあ、同僚ならどう? たとえば……新しくアルバイトの人が入ったりとか!」
「えー、うーん……でも、年下……はともかく、学生はちょっと……」

確かに、アルバイトとなると大抵は高校生か大学生だ。何となくだけれど、梓ちゃんは年下より頼れる年上の人の方が上手く行きそうな気がする。梓ちゃんの年齢なら、医学生とか大学院生なら年上と言うことはあるかもしれないけれど。学生じゃなくて、年上の好青年……なんて、そんな都合のいい人材がアルバイトとして来る可能性は低いだろう。

「梓ちゃんの周りは会社勤めの子も多いでしょ? 合コンのお誘いとかないの?」
「ありますけど……合コンって苦手なんですよね」
「まあ、得意な人もあんまり居ないと思うけど……あとは、友達に紹介頼んでみるとか?」
「んー……たまに声掛けてもらいますけど。なんか、会ってみてもピンと来なくて。それに、紹介って上手く行かなかったときに気まずいじゃないですか」

そうだねぇ、と相槌を打ちながらハムサンドの最後の1切れを齧っていると、ドアベルが鳴った。どうやら他にお客さんが来たようなので、残念ながらおしゃべりタイムは終了だ。
入口から入ってきたのは、ブレザー姿の女の子2人。この近くにある帝丹高校の制服だ。

「こんにちはー」
「あっ、蘭ちゃん。園子ちゃん」

梓ちゃんと顔見知りみたいだから、常連なのだろう。サラサラのロングの黒髪の女の子と、明るい茶髪のボブカットの女の子。どっちもすごい美少女だ。最近の高校生は大人っぽいなあ。制服姿じゃなかったら、大学生くらいだと思ったかもしれない。

「堂本一揮? って、あの有名な?」

聞き耳を立てるつもりはないのだけれど、狭い店内だし他に雑音もないので自然と会話は聞こえてきてしまう。ついでに私はカウンターの角の席なので彼女達の姿が視線の延長線上に来るのだ。しかも、つい先日高明くんとも話したばかりのトピックだったので、耳が意識的に拾ってしまった。

「そう。堂本音楽アカデミーはわかるでしょ。今度、そこに新しくできるホールのこけら落としのコンサートがあるんだけど、蘭達も行かない? 特別に、リハーサルも入れてもらえることになってさ。もちろん、おじ様やガキんちょ達も一緒に」
「えー、いいの? ありがとう、園子!」

最近の女子高生って、友達をクラシックのコンサートに誘うのか……。しかも、入手困難なプレミアチケットなのに。と言うか、チケット自体結構高価なはずなのに、そんな「映画行こうよ」みたいなノリで。すごい。たぶんこの子達、私が高校生だった頃より100倍賢い。

「せっかくだから、新一くんも誘ってみたら?」
「えー……新一、来るかなあ。また『事件がー』なんて言いそうだけど……」
「いいから、いいから。声掛けるだけ掛けてみなよ。新一くんもバイオリンやってたでしょ? 何て言ったって、あのストラディバリウスの生演奏が聴けるんだから!」

そんなジェネレーションギャップに驚いたものの、続いた会話はやっぱり何と言うか年頃の女の子だったのでちょっと安心した。シンイチくん。きっと、あの子のボーイフレンドか、それに近い間柄の男の子だろう。
うーん青春、なんて思いつつ、思わず会話の成り行きを見守ってしまう。

「……うん、そうだね。アイツ、いつか本物のストラディバリウスを生で聴いてみたいって言ってたし……後で電話してみる」

ロングの女の子の頬が薄っすらと紅潮して、その顔に花が咲いたような笑みが浮かぶ。可愛い。あまりの甘酸っぱさに、他人事ながらキュンとする。ここには居ないシンイチくんが彼女のこの可憐さを見たとしたら、きっと一瞬で心臓を鷲づかみにされるだろう。

「若さが眩しいですよね。キラキラしてるって言うか」
「何言ってるの。私から見たら、梓ちゃんもそんなに変わんないよ」
「皆さんそう言いますけど、私もう23ですよ。女子高生とは全然別物ですって……」
「まだ23でしょ?じゅーぶん若いって」

ハァ、と遠い目をして溜息を吐く梓ちゃんの肩をペシペシと軽く叩く。
まあでも確かに、あの子達と梓ちゃんって、ちょうど私と梓ちゃんと同じくらいの歳の差なのだろう。確かに私も梓ちゃんを友人だとは思うものの、「ウチらそんなに年変わんないよねっ」と言うのは抵抗がある。1、2歳差ならともかく6歳差って、気にしないのが難しい程度には離れているのだろう。
そう考えると、高明くんの私に対する保護者気分が抜けないのも仕方ないことなのかもしれない。梓ちゃんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、そんなことを思う午後だった。

— End —

Comments 3

多華子1 年前
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サイハテ1 年前
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Sakuria
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