<フェルディナンド>
父と姉が領主会議を終え、領地に戻って来た。本日はその報告会だ。前回は無かった事だが、今回は私も参加を求められた。
「フェルディナンドはまだ幼いですが、領主候補生です。ですので、今のうちからエーレンフェストがどの様な領地か、そして他領にどう思われているかを知っておいた方が良いでしょう。貴族院での他領との交流に役立つはずです。」
との、姉の言があったからだ。確かにその通りだと思う。兄ジルヴェスターはそういう知識無しに貴族院に入学したため、いろいろと不都合があっただろう。この姉は、父とヴェローニカの娘とは思えないほどしっかりした女性だ。ジルヴェスターではなく、彼女こそアウブに相応しい気がする。前回の様にアーレンスバッハで不遇の日々を送らずに済み、本当に良かった。
「弟のフェルディナンドが出席しているにもかかわらず、兄のジルヴェスターが居ないのはどういう事だ?」
と、ボニファティウス伯父。
「兄上は今、ご病気だそうです。」
と、私が子供らしい声音で答えると、伯父は怪訝な表情を浮かべた。
「ジルヴェスターが病だと?聞いておらぬが…?。」
「先日お見舞いした折に、“しつれん“という病だと兄上ご自身がおっしゃっておられました。たいへんなご病気の様で、寝台から起き上がる事もお出来にならないとか…。」
「はぁ!?失恋だと!?そんな理由で報告会を欠席だと!?」
伯父は呆れて物も言えない状態に陥った。さもありなん。見れば、姉も目に侮蔑の色を湛えている。父は、困り切った表情になっている。ここで私が
「“しつれん“は重病ではないのですか?」
と、いかにも無垢な子供、という風の質問をすると、姉が苦笑を浮かべつつ、
「ある意味“重病“かもしれないけれど、その辺はまだ幼いあなたには理解できないでしょうねぇ。あと4、5年経てばきっと分かるわよ。」
と、優しく言った。これを聞き伯父は我に返った様で、父の方を向き、
「アーデルベルト、ジルヴェスターをアウブに据えるのは厳しいのではないか?」
と、諭す様な口調で言った。すると、父は伯父からすっと目を逸らした。
「……。」
「アーデルベルト、現実から目を逸らすな。確かにジルヴェスターは素直で心優しい子だ。その点は、其方に良く似ておる。ただ、それだけではアウブは務まらない。其方も苦労しておろう?腹芸の一つも出来なければ他領につけ込まれ、ごっそりと利を貪られ、いつまで経っても底辺領地から抜け出せない。さらに、ヴェローニカに甘やかされて育ったジルヴェスターはアウブの役割をまるで理解しておらん上に、心も弱い。この状態でアウブを引き継げば……下手をするとエーレンフェストは潰れるぞ。」
「兄上……ジルヴェスターはまだ貴族院卒業まで2年もある。これから教育し直せば…。」
「その教育からも逃げまくっているらしいではないか!カルステッドが嘆いていたぞ。それとな……ライゼガング派の連中は、ジルヴェスターを旧ヴェローニカ派の者だと考えている。つまり、今のままではエーレンフェスト最大派閥の貴族達から支持を得られないという事だ。彼らからの支持無くては、領政はこなせないぞ!」
父の顔色が悪くなる。まさか、こんな当たり前の事に気づいていなかったのか!?我が父ながら呆れる。この人にアウブは無理だ。姉も私と同じ気持ちなのだろう、頭を左右に振っている。
「……どうすれば……?」
「そうだな、ジルヴェスターが優秀さを示す事が出来れば彼らも納得すると思うが、まあ無理であろう?とすれば、ライゼガング派の貴族の娘を娶るしかないかのう。」
まったくもってその通りだが、今の兄にそれは非常に厳しかろうな。
「という事で、アーデルベルト、ジルヴェスターに今言った事をはっきり伝えよ!そして、失恋ごときで寝込むなど許さん、ともな。」
ジルヴェスター問題がひと段落した後、やっと本題の領主会議の報告が始まった。まずは他領との取引。この時期のエーレンフェストに目立った産業など無く、この件についての報告はすぐに終わった。順位は去年と変わらず21位。酷いものだ。前回、いくら政変による多少の順位上昇があったとはいえ、この田舎弱小領地の順位を8位まで上げたローゼマインの業績の凄さを、改めて感じた。
そして、次に領地外の状況についての話題に移った。
「次期ツェントが正式に決定した。」
私は思わずビクリとした。
「第二王子、ワルディフリード様だそうだ。」
という事は?
「第一王子はどうしたのだ?」
私の疑問を伯父が口にしてくれた。まさか貴族院前の子供がする様な質問ではなかったので、心底私は伯父に感謝した。
「病死された、と。」
病死!?それは表向きの話で、実際は違うだろう。何があったか?後でユストクスに調べさせよう。
まあこれで、前回の政変は防がれた。廃領地は発生せず、貴族院図書館の上級司書の粛清も無く、第五王子トラオクヴァールがツェントに即位する事も無くなった。おそらく将来、ジギスヴァルト、アナスタージウスやヒルデブラントがローゼマインを煩わす事も無かろう。
ただ、このままだとユルゲンシュミットの礎に魔力が注がれない状態が続く。だから、第二王子にはメスティオノーラの書を取得して貰わねばならない。これはどうした良いか、考えねばならんな。
それから一巡り後、ユストクスが興奮冷めやらぬ顔で私の部屋にやって来た。
「いや〜〜〜〜〜面白い事態が起こりましたよ!」
ユストクスの目がキラキラ、いやギラギラと輝いている。怖気を感じるほどだ。
「第一王子は、殺されたんですよ!」
やはり……そんな予感がしていたのだ。
「灰色巫女目当てに神殿にやって来た王子は、とある青色巫女を見かけ、あまりの美しさに一目惚れし、ご自分の愛妾に、と所望したそうです。」
その青色巫女とは、ヴァラマリーヌの事だろう。あの離宮の女性だ、かなり美しいに違いない。
「神殿長は逆らえずその事を巫女に伝えたところ、巫女は自害。それを知った第一王子が慌てて神殿を訪れた折に青色神官に刺し貫かれ、即死したそうです。」
「その青色神官はどうなった?」
「その場で王子の護衛騎士に処分された、と。なんでもその青色神官、シュタープ持ちだったとか。」
そうか。ラオブルートと第一王子は“相討ち“か。……これも、フロレンツィア様の婚約と同様であの女神が干渉した故の事か。安寧な将来の為にラオブルートの排除は不可欠だったとは言え、正直なところ、せめて二人には神殿で穏やかな余生を送ってほしかった。後味の悪い最期だったな。
早いところ、アダルジーザ離宮は潰さねば!我が母やヴァラマリーヌの様な女性はもう、存在してはならない。
ジルヴェスターが、また問題を起こした。失恋関連で姉と衝突でもしたのか、ついに貴族院に行くのを拒否したのだ。
「退学しても構わない!」
とまで言ったそうだが……あやつは貴族院退学の意味を解って言っているのか?
「お父様やわたくしがいくら話しても頑なな態度は崩さず、まるで聴こうとしないのよ。」
父も姉も困り果てている。
「伯父上にお話ししていただいては?」
と言ってみると、
「絶対ダメよ!伯父様は口ではなく、拳で語るはずよ。そして殴られたジルヴェスターは速やかに高みに上るわ……。」
さもありなん。仕方が無い、ここは私が一肌脱ぐか。さすがに兄が貴族籍を失うのを看過する訳にも行かない。
その翌日、私は兄の好きなお菓子を手土産に、兄の部屋を訪れた。事前約束も無く訪れたが、兄の側近達は私を率先して兄の部屋に通してくれた。
「フェルディナンド様。今となってはジルヴェスター様とお話し出来る方はあなた様しかいらっしゃいません。どうか、どうかジルヴェスター様のお気持ちを和らげて下さいませ!」
彼らとしても、ジルヴェスターが領主候補生のままの状態でいてくれないとまずいのだ。必死にならざるを得ない。
兄は寝台にいるらしい。天幕が下されているので内部の様子は確認出来ないが、おそらく寝そべってはいるが眠ってはいないと思われる。
「兄上、フェルディナンドです。お見舞いに参りました。」
反応が無い。
「兄上のお好きなお菓子を持って参りました。」
寝台が軋む音がした。“お菓子“という言葉に反応したと見える。
「一緒に食べましょう!」
再び寝台の軋む音、そして、
「フェルディナンド、ありがとう。でも今は食べたくない。半分其方にやる。残りは後で食べる。」
全て持って帰れ、とは言わず、半分置いていけ、というのが兄らしい。が、兄らしからぬ暗い声だ。このまま引き下がる訳には行かぬ。
「……兄上……、貴族院をやめてしまわれるのですか?」
「……もう、貴族院に行く意味が無いからな。」
「そんな事、おっしゃらないで下さい。貴族院で兄上とご一緒するのを楽しみにしておりましたのに……。」
「其方、入学はいつだったか?」
「来年でございます。兄上が6年生になられる年です。私一人では寮を纏めるのは難しいです。社交のご指導もしていただきたいのです。」
「……優秀な其方なら、問題なかろう?」
「勉強が多少出来ても、社交は違いますから。」
とても兄がまともな社交をこなしていたとは思えないが、まあ良い。
「………。」
幼い弟に頼られる喜びを与える作戦の効果は、今一つか。それならば……
「兄上と採集をご一緒したいです。きっと楽しいと思います。」
兄は基本、外で動く事が好きだ。城の庭で遊んだ折の兄の様子は、心底楽しそうだった。また、注意ばかりする側近ではなく、兄を頼り、兄を懸命に真似る(振りだが)弟を従えての外遊びは、それまで五月蝿い姉しかいなかった兄にとり、かけがえの無い思い出となっているはずだ。貴族院の採集場は、城の庭とは比べ物にならない程変化に富んでいる。そこを兄弟二人(実際は護衛騎士に取り巻かれているが)で“探検“するというのは、兄の心をくすぐるに違いない。
「貴族院で、其方と採集か……。確かに楽しそうであるな。」
食い付いた!
「魔獣を倒す、兄上のご勇姿も拝見したいです!」
弟に良いところを見せるのが大好きな兄の事、この言葉はかなり兄のやる気を煽るに違いない。
「勇姿!……そういえば、其方に私の弓の技を見せた事があったか?」
「弓?存じ上げません。」
「そうだな。これまでは城の庭ばかりで遊んでいたからな。あそこに魔獣は出ないし、弓を射るのは禁止されているしなぁ。」
「是非、弓の技を見せて下さい!」
私が酷くわくわくした声で、そう返した瞬間、寝台の天幕がさっと開いた。ジルヴェスターが勢い良く寝台から飛び降りた。
「仕方ない。可愛い弟のたっての頼みを無下にする訳にはいかないな!よし、貴族院に行くか!」
兄が単純な人間で良かった。
なお、兄の部屋の去り際、私は兄の側近達から深々とした礼を受けた。後日、父や姉からもたっぷりと褒められた。




























アザと可愛い小芝居😆ゲオさま気付く❓🤔そして、結果オーライ❓😏