※注意※
何番煎じだろうと気にしない、降谷さん逆行ネタです。
以下の注意点が含まれます。
・安定の赤井絶対殺すマンな降谷零
・今度は工藤一家を引き込みたいという思惑から、工藤家に接触する気満々
・まだまだ出てくるのは先だけれど、主人公含めいろんなキャラを懐柔していきます。
・原作の通りには多分進まない
・逆行したら変態ホイホイにクラスチェンジ
・若干の腐向け要素がのちのち入ってくるでしょう(その時は腐向けタグつけます)
一番の注意点は、若いころや幼少期に、逆行零くんと接触した主要キャラの性格が恐らく原作と乖離が発生することでしょう。
出会いのタイミング、順番によって受ける影響はだいぶ変わりますし、唯一の記憶持ち逆行零くんが自分に都合よくなるよう変えていく気でいるので。
つまりは降谷零による、降谷と大事な人と日本に都合がよくなるように原作主要キャラを攻略()していくお話です。
はい、嫌な予感がした方はお逃げください!
逆行前の降谷さんの死にコナン君が絡んでいるのは今後の展開の為なので、ヘイトやら厳しめやらの意図ではありません。
終始降谷さんの視点なので、降谷さんが嫌いなひとは常に罵られておりますがキャラヘイトの意図はございませんので、ヘイト系のタグはつけないでいただけると嬉しいです。
繰り返しますが、原作は崩壊します。
長くなると思いますが、のんびりお付き合いいただけると幸いです。
1
小学校生になって、私のまわりの女の子たちは、よく恋の話をするようになった。何組の誰それくんがかっこいいとか、クラスの中では誰が一番だ、とか。そういうお話。そうなると、私はふーん、って、話を聞いているだけになってしまう。
だってしょうがない。みんながかっこいいっていうなんとか君たちを見ても、そうかなぁ、としか思わないんだから。
「ねっ、明美ちゃんは、誰が一番かっこいいと思う?」
「うーん……。私はよく、わかんないかなぁ」
どこか興奮気味に聞いてきたのは、小学校に入ってお友達になった佳奈ちゃんだ。新学期の始めに席がお隣になって、仲良くなったの。佳奈ちゃんは恋のお話が好きみたい。でも今は好きな人がいないから、素敵なひとがいないかなって、いつも楽しそうに話してる。
明美ちゃんは誰がタイプ? なんて聞かれても、私は困ってしまうばかりだ。
だって。
「あー、だめだめ。明美ちゃんにそんなこと聞いても」
きゃらきゃら笑いながらそう言うのは、幼稚園が一緒だった美優ちゃん。他にも、同じ幼稚園だった子も、美優ちゃんと同じ顔で笑ってる。意味がわからない、という顔をしているのは、小学校からのお友達だけだ。
「明美ちゃんは、お兄ちゃんが一番かっこいいんだもんね」
「えーっ」
「あれ? 明美ちゃん、ひとりっこでしょ?」
「おさななじみのお兄ちゃんだって!」
「あたし見たことあるよ。ほんとにかっこいいの!」
「ほんとにー?」
きゃっきゃと話題の中心にされて、恥ずかしいやら居心地が悪いやら。
でも全部本当のことだから、否定もできない。
最近になってなんとなーくわかってきたけど、私のお兄ちゃんたちは、ちょっと他で見かけないくらいかっこいいのだ。
零お兄ちゃんもヒロお兄ちゃんも、タイプの違う美少年ってやつだと思う。特に零お兄ちゃんは、あんまりキレイだから、しょっちゅう変な人に追いかけ回されたり、誘拐されそうになったりするくらいだもん。
私は物心ついたころからずっと零お兄ちゃんに可愛がって貰ってて、ヒロお兄ちゃんは、零お兄ちゃんの親友で、零お兄ちゃんと一緒にうちに来てくれるようになったんだ。だからふたりとも、幼馴染みっていうやつで、本当のお兄ちゃんってわけじゃないの。でも私、小学校あがる頃まで、本当に私のお兄ちゃんなんだって思ってたんだけどね。ちっちゃい頃は、なんでお兄ちゃんは毎日おうちにいてくれないのか不思議だったなぁ。お兄ちゃんたちが会いに来てくれないと、私はお兄ちゃんたちのおうちにひとりで行けないから、つまらない思いをしたっけ。
お兄ちゃん達がうちに来てくれるようになったのは、元々は、零お兄ちゃんが変態さんに追いかけられてた時に、うちの病院に逃げ込んだのがきっかけだったんだって。私はその頃のことはよく覚えてないんだけど、いつの間にか、お兄ちゃんが学校帰りや、週末の午後にうちに来てくれるようになってて。ふたりとも、私のことを本当に妹みたいに可愛がってくれてて、とっても優しいし、困ってることがあればすぐ助けてくれるんだ。
私は昔からお兄ちゃん達が大好きで、いつだって一緒にいたいのに、お兄ちゃん達が週に四回は道場に行ってしまうから、その日は私はほったらかされるの。それが嫌で、私も行く! 道場に通う! って我が儘を言ったのが一年前のこと。
お父さんもお母さんもはじめは戸惑ったみたいだけど、零お兄ちゃんがよく誘拐とかされそうになってたから、私のことも心配して、護身術くらい習わせてもいいんじゃないかって言ってくれたのよね。私はお兄ちゃんたちみたいに、いろんな武術を習うなんてできそうもなかったけど、柔術を教えてもらってるんだ。
今日も道場の日なんだけど……。ちら、と教室の時計を見れば、そろそろ行かなきゃいけない時間だった。
「ごめんね、私、今日習い事があるから……」
もう帰るね、って言って、椅子を引いて立ち上がった時だ。
残っている生徒が少なくなった教室のドアが開いて、この学年とは違う、上級生がふたり、教室をのぞき込んできたのは。
「明美、バスに遅れるよ」
「お兄ちゃん!」
零お兄ちゃんとヒロお兄ちゃんだ。お兄ちゃん達の教室は、中庭を挟んで向かいの棟の三階にあるから、私がまだ教室にいるのが見えてたみたい。今日は道場の日だから、迎えに来てくれたんだ。
「今行く! じゃあね、みんな。また明日!」
ランドセルを背負って、道着とタオルと水筒の入った布バックを持って教室を出れば、すぐに零お兄ちゃんが私の布バックを持ってくれた。別にそんなに重くもないんだけどなぁ。でも甘やかされるのは嬉しいから、お兄ちゃん達の手をそれぞれぎゅって掴んで廊下を歩く。
数拍置いて、私の教室からクラスメイト達の黄色い悲鳴が上がったので、お兄ちゃん達はぎょっとして振り返ったんだけど、気にすることはないのよ。お兄ちゃん達にびっくりしてるだけだから。
最近ちょいちょいこういうこと、増えたよね。幼稚園の頃とかは、まだみんな、男の子とか女の子とか、そんなに意識してなかったと思う。でも一年生になって少ししてからかなぁ。誰かが誰かを好きらしいとか、そんな話が聞こえるようになってきたの。それをママに話したら、最近の子はおませさんねって笑ってたわ。
おませさんって、なんだろう。
良くわからないけど、佳奈ちゃんみたいな子のことかな?
「すごく盛り上がってたみたいだったけど、何を話してたんだ?」
「うーんとね、クラスとか隣のクラスとかで、誰が一番かっこいいかーだって」
「へぇ」
ヒロお兄ちゃんに聞かれたので素直に答えたら、零お兄ちゃんの声が少し低くなった。なんでだろう?
「でもみんな二組の森くんとか、三組の斉藤くんとかかっこいいって言うけど、そうかなーって思っちゃう」
「そうなの?」
「うん、ふつーじゃないかなぁ? って思うの。でもそう言うと怒られちゃうから言わないの」
「……まあ、容姿の批評は失礼だしね」
ようしのひひょう。むずかしい言葉がでてきた。
零お兄ちゃんが言うことはたまによくわからない。私がわからないって顔をしてたら、容姿は顔とか体型とかの見た目のことで、批評は良いところと悪いところ比べて価値を決めることだって説明してくれた。ひとのことを比べて、どっちがかっこいいとかかっこわるいとかさわぐのは、良いことじゃないみたい。
「明美ちゃんも、男の子に他の女の子と勝手に比べられてたら嫌じゃない?」
「うーん……。嫌、かも」
ヒロお兄ちゃんにそう聞かれて、想像してみたら……。うん、それはちょっと、嫌だなぁ。森くんたちも、聞いたら嫌だなって思ったかもしれない。気をつけなきゃ。
でもきっと、明日から、佳奈ちゃんたちも、お兄ちゃん達のほうがかっこいいって言うような気がする。だってお兄ちゃんたちは五年生で、一年生の私たちより背も高いし、お兄さんって感じがするもんね。
お兄ちゃん達が同じクラスのひとたちにも、とっても人気あるの、知ってるもん。今日も下駄箱にお手紙が入ってたもんね。零お兄ちゃんもヒロお兄ちゃんも、私の前でそういうお手紙、あけたことないけど、私だってもう、どんなことが書いてあるのかくらい想像つくのよ。
前みたいに見せて見せて、なんて言わないから、そんなに慌てて隠さなくていいのにって思っちゃう。
……まあでも、お手紙が入ってるの見ると、むっとしちゃうんだけどね。
***
「だってね、みんなね、お兄ちゃんのことなーんにも知らないんだよ! なのにね、この前なんて、お兄ちゃんのクラスの子がさぁ、私がいつもべったりひっついてて、自由に遊べなくてかわいそーとか言ってきたの! ばっかみたい! 零お兄ちゃん、お稽古とお勉強に夢中なだけなのに! 私と遊ぶのなんてただの息抜きできぶんてんかんできゅうけいなんだよ! ほんっとわかってない」
どうせお兄ちゃんにラブレター渡したって、呼び出されてないかぎり無視されて終わりなのに。呼び出されても、ごめんねって言われるだけなのに。
「だいたいね、私にいじわる言う子、お兄ちゃんが好きになるわけないのもわかんないのかな」
道場のない日、ひとりで下校中に上級生にかこまれて言われたことを思い出して、ぷんぷんしてたら、ママがあらあらって苦笑した。パパは何を言うべきかって顔でおろおろしてる。夕ご飯のあとは、三人でおしゃべりするのが日課なんだけど、最近学校はどう? ってママに聞かれて、今日のことを思い出したんだ。
お兄ちゃん達のことよく知らないくせに、お手紙渡したり、好きだって言うの。でも絶対私の方がお兄ちゃんたちのこと好きなのに。お兄ちゃん達のこと好きって言う人は、よく私のこと恐い顔で見たり、嫌なこと言ったりするから、好きじゃない。
「……明美、上級生のお姉さんたちにそんなこと言われて、怖くなかったのかい?」
「ぜーんぜんっ。だってすぐお兄ちゃんがきて追っ払ってくれたもん。お兄ちゃんの方が怖かったよ。とっても笑顔だったんだけど、とっても怖かったの」
「あー……」
ああいうの、目が笑ってないって言うんだよね。アニメとか漫画で、ああいうの見たことあるから知ってるよ。そう言ったら、パパは納得して苦笑いした。
「……最近の小学生はませてるなぁ」
「そうねぇ……。零くんもヒロくんもかっこいいし良い子だから、女の子に人気が出るのはわかるわ。でも、あの子達、私たちにはそんな話しないわねぇ」
「どうでもいいからじゃない? 呼び出されてもいっつも、ありがとう、ごめんね。で終わりだもん。お兄ちゃん、去年のお誕生日にクリスさんからパソコンもらったでしょ? 最近、それで、ぷろぐらむ? つくる練習するとかいって、道場ない日はすぐ施設に帰っちゃうもん。ヒロお兄ちゃんも一緒になんかやってるの。でも何やってるかよくわかんないしつまんないし。遊んでくれるのなんて道場の行き帰りくらいだもん」
零お兄ちゃんは、ママ達が言うには、ギフテッドなんだって。とっても頭がよくって、どんどん色んなお勉強を身につけてしまう天才のことらしい。たしかに零お兄ちゃんはとっても賢いし、大人が知らないようなことも良く知ってる。ヒロお兄ちゃんも賢いけど、いつもゼロにはかなわないって言ってるもんね。
「……零くんは相変わらずだなぁ」
パパが言うには、お兄ちゃんは「ちしきよく」のかたまりなんだって。どんどん新しいことを勉強するのに夢中なの。確かにお勉強してるときや、お稽古してるときのお兄ちゃんはとってもいきいきしてて楽しそうだよね。
「あ、そうそう。クリスと言えば、GWにあわせて日本に来るらしいわよ」
「ほんとう!? うちにも遊びにきてくれるかな?」
「ええ、それでね、羽賀さんのとこの響輔くんが、ヴァイオリンの演奏会に出るから、クリスさんや零くんたちもお招きしたいっておっしゃってるの」
「響祐お兄ちゃん、演奏会出るの!? すごいね」
響輔お兄ちゃんは、お兄ちゃん達よりみっつ年上のお兄さんで、二年前のGWに旅行に行った島でお友達になったんだけど、東都に住んでるからたまに遊んでくれる。私もちょっとだけヴァイオリン教えて貰ったけど、ちっとも上手く弾けなかった。零お兄ちゃんはすぐ上手になったんだけどなぁ。
ときどき思うんだけど、零お兄ちゃんって漫画のなかのヒーローみたいだよね。
「羽賀さんの親戚の設楽さんの開く演奏会で、響祐くんだけじゃなくて麻生さんも演奏されるそうよ」
「演奏会のあるホテルが、軽井沢にあるんだ。せっかくだから皆で二泊くらいして、観光して帰ろう」
「わぁい!」
パパとママは病院で忙しいから、あんまり家族でお出かけもしたことない。旅行も二年ぶりだ。
とっても楽しみで、GWが待ち遠しかった。
2
小学校五年生。
……とうとうこの年がやってきた。そう、前の時、エレーナ先生達とさよならした年だ。
とはいえ、それはまだもう数ヶ月は先の話だ。記憶通りならば、夏休みが終わる頃、だったはず。だけどそろそろ組織が厚司先生に目をつけている可能性は高いから、よく気をつけておかないと。
この四年間、僕なりに人脈作りもがんばってきたのだ。前みたいに厚司先生が烏丸グループからの誘いを口にしたら、黒い噂を徹底的に調べて証拠を揃えて見せて、絶対に受けてはいけないとプレゼンする用意は万端だ。もし組織が無理に先生たちを巻き込もうとするなら、すぐに黒田さんに保護して貰うことも視野にいれている。
もっとも、……ベルモットがすっかりエレーナ先生と親友って言っていいような仲になっちゃってるから、組織の方はベルモットが無理な勧誘はしないように抑えてくれるんじゃないかっても思うんだけど。希望的観測で動くのは良くないからね。常に最悪のパターンにはそなえておかないと。
そんなわけで、最近の僕は少しばかり気を張っていたのだけど、皆で旅行だとはしゃぐ明美やヒロを見ていたら、少し気持ちも柔らかくなる。
新幹線を使って軽井沢に到着し、ホテルの送迎バスに乗り込んだ。そうして十五分ほど車で走った森の中に、立派なクラシックホテルがあった。
明治時代に建てられた近代西洋建築で、もともとは外国人向けのホテルだったものを、リノベーションで蘇らせたのだという触れ込みだ。本館は当時の趣を強く残したつくりで、新館も本館に似せたつくりをしている。演奏会が行われる大ホールは、新館の二階にあるらしい。一階には大浴場やレストランがあるようだ。
今回の旅行は、僕、ヒロ、ベルモット、宮野一家だ。本当はヒロの叔父さん夫婦も来る予定だったんだけど、何かと世話になっている方に不幸があったとかで、急遽大阪に旅立つことになってしまった。ヒロまで葬式に連れていくのも可哀想だし、折角楽しみにしていたんだから、とエレーナ先生たちにヒロを預けたというわけだ。今回とは逆に、ヒロのとこのおじさんおばさんが僕や明美の引率をしてくれることもよくあるし、このあたりは持ちつ持たれつというやつだろう。
部屋割りは、急遽一部屋キャンセルして、僕とベルモットの部屋にヒロも泊まることにして、あとは宮野一家が一部屋。ちょうど隣同士の部屋に荷物を置いてから、僕らは本館にあるティーサロンへと向かった。
「あ、いたー! 響輔お兄ちゃん!」
待ち合わせ場所のティーサロンに入って、真っ先に目当ての人物を見つけて、明美は嬉しそうに久しぶりに会う年上の友達に飛びついた。
羽賀響輔くん。二年前、月影島で知り合った、絶対音感を持つヴァイオリニストだ。僕やヒロより三つ年上で、今年中学一年生。前にあったときより身長が伸びたような気がする。
「久しぶりだね、明美ちゃん、零くん、ヒロくん」
「響輔くん、久しぶり」
明美の頭を撫でて、にっこりと笑って、響輔くんは僕らにも挨拶をした。この二年の間にも、国内外のいろんなコンクールで素晴らしい成績をおさめている少年は、すでに世界でたたかう者らしく、幼い面差しにきりっとした精悍ささえ差し始めているようだ。
子どもの成長はあっという間だなぁ。ちょっと見ない間にびっくりするくらい大人びてしまうんだから。
内心そんなことを思いつつ、もちろん顔にも口にも出さない。僕が言ったところで、それこそ子どもが何を言ってるんだって話だからね。
ベルモットたちも、羽賀夫妻と大人どうしでご挨拶をしている。しかしそこに、いるはずの一家の姿がない。
「あれ、麻生さんは?」
「それが、成実くんが昨日から入院することになっちゃって、今回は麻生さんだけこっちにくることになっちゃったみたい」
「ええっ、成実くん大丈夫なの!?」
身体の弱い成実くんは、数日前から熱をだしていたんだけど、昨日肺炎になりかかってしまって、急遽入院することになったのだとか。命に別状はないらしいけど、幼い子どもひとり入院させるわけにも行かないから、麻生夫人は成実くんの入院に付き添うことになったし、そうするとさらに幼い妹ひとり旅行に行かせるわけにもいかないってことだろう。麻生氏がいるけど、ピアニストとして招かれているのだから、仕事中だ。子どもの面倒をずっと見ることはできない。
久しぶりに成実くんたちにも会えると思っていたので、僕らは残念だったが、入院しているのが東都の病院ということだったので、帰るときにお土産を買って、お見舞いに行こうと話し合って決めた。保護者たちも快く頷いてくれたしね。
気持ちを切り替え、ティーサロンでケーキセットを楽しみながら、久しぶりにあう友人と旧交を深める……。のだが、どうにも、響輔くんの様子がおかしいと気付くのに、そう時間はかからなかった。
僕らの手前、普段通りに振る舞っているようだけど、時折、何か考え込むように瞳を伏せることが多い。何か悩んでいるのだろうか。つい先週コンクールで賞を取ったばかりだというし、スランプ、というわけではないのだろう。
それなのに、響輔くんが妙に反応を示す単語は……。
「ヴァイオリンがどうかしたの?」
「え?」
せっかく軽井沢に来たのだから、散策しようと羽賀夫妻が提案し、みなでホテルからもほど近い、雲場池に訪れた。一キロほどの遊歩道を散歩しているうち、響輔くんはやっぱり少し足取りが重い。
はしゃいでいる明美の相手をヒロに任せて、響輔くんの横を歩きながら切り出せば、響輔くんはやっぱりぼうっとしてたのか、今ようやく僕に気付いたというかのように驚いた顔をした。
「ヴァイオリンの話ふられるたび、暗い顔になっていたよ」
「……そう、かな」
「うん。ストラディバリの名前が出ると……」
わかりやすく表情を硬くする響輔くんは、大人びて見えても、やっぱりまだ中学一年生なのだ。
演奏に関する問題ではない、と僕が判断したのは、今回の演奏会を開いた音楽家一家、設楽家のストラディバリの話題が出たときの響祐くんの様子が原因だ。今夜開かれる演奏会で、響輔くんは麻生さんの伴奏でソロを一曲披露することになっている。もちろん演奏するのは響輔くんだけではなくて、麻生さんも他に二曲ほど披露する予定だ。音楽一家設楽家のヴァイオリニストたちもそれぞれ、管弦楽四重奏や、ヴァイオリンソロを演奏することになっているが、今回特に注目されているのは、設楽調一朗氏が所持する幻の名器ストラディバリだ。
十二年前、設楽調一朗が、弟の弾二郎氏から贈られたという名器だったが、その楽器を設楽家の人々が演奏会やコンクールで弾こうとするたび不吉なことが起きたので、今日まで封印されていたのだという。今回設楽氏がその不吉な名器の封印を解いたのは、麻生氏のかねてからのお願いによるものだという。
前々から、麻生氏はストラディバリの生音と、ピアノ演奏を合わせてみたいと切望していたとかで、渋る設楽氏を熱心に説得したのだ。
本格的なホールでのコンサートでもなければ、大事なコンクールでもない。親しい人を招いての、ちょっとした演奏会で弾くくらいなら、万一演奏中に弦が切れてしまっても、大事にはならないだろう。そんな冗談も交えながらの説得に、先に折れたのは設楽氏の義妹で、彼女も不吉だと思ってはいても、幻と言われる名器なのだ。ヴァイオリニストとしては、是非演奏したかったのだろう。
響輔くんも親戚のよしみで、午前中のリハーサルで少し弾かせて貰ったとかで、羽賀夫妻は嬉しそうに話していた。
「ほら、また」
「……バレバレだなぁ」
ふう、と溜息をついて、響輔くんは苦笑した。ちらっ、と先を歩く羽賀夫妻をみやって、憚るように声を潜める。
「……零くんは、ご両親のこと、覚えてる?」
僕が孤児で、児童養護施設にいることも、クリスが僕の母親ではなく、後見人だということも、響輔くんたちには話している。隠すことでもなんでもないからだ。……多分、響輔くんが話す気になれたのは、そのおかげもあったのだろう。
「うーん……。申し訳ないけど、全然覚えてないかなぁ」
「僕もね、両親はもういないんだ。羽賀のお父さんお母さんは、母さんの兄妹で、僕を引き取ってくれた。本当の両親のことは、ほとんど覚えてなくって、だから普段は全然、気にしてなかったんだよ。だけど……ほんのかすかに、覚えてることがあって……。父さん……なんだと思う。僕にヴァイオリンを渡して、嬉しそうに笑って言ってたんだ。これはお前のヴァイオリンだよ、って。いつかお前に遺すために買ったんだって」
でも、と。
青々と木々を映し輝く水面へ視線を滑らせ、響祐くんはぐっと拳を握りしめた。
「そんなもの、残ってなくって。だから僕は、夢だと思ってたんだ。父恋しさに見た夢だって。だけど、今日……。調一朗伯父さんにあのヴァイオリンに触らせてもらって……。これだって、思ったんだ。あの手触り、あの音。間違いない。アレは……アレは、父さんが僕にくれたヴァイオリンだって」
それなのに、そのヴァイオリンは、父が伯父へ贈ったものということになっている。そうして、その楽器を奪いにやってきた強盗に追わされた傷がもとで、父は死に、身体の弱かった母も、看病疲れからの過労で父よりも先に死んでしまった。
なぜそんなことになったのか……。どうして、父は自分へくれると言ったヴァイオリンを、伯父へあげてしまったのか……。
その答えを、響輔くんはまだ知らないのだ。
「……響輔くんは、どうしたいの?」
「僕は……」
ほんの少し、惑うように視線を揺らし。やがて彼は、まっすぐ僕を見て言った。
「……確かめたい。どうして父さんは、僕じゃなくて伯父さんにあのヴァイオリンをあげてしまったのか」
――本当に、父の意思で、贈られたものなのか。
すっかりと決意を固めた少年に、なんとも言い難い気持ちになる。
彼の手を、血に染めたくはない。
だけれど、真実を知らないままでいて欲しいとも、思わない。
真相を知ってしまったら、この少年は「前」のときのように、復讐鬼と化すのだろうか。わからない。だけど、まだ、今なら。
あるべきモノを、あるべき場所へ。
……今ならまだ、間に合うかもしれないから。






















