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私を好きじゃない治くんに別れたいと言った話

めりけんさっくめりけんさっく

高校宮治×同級生夢主
 タイトルままです 

※読まれる方は自己責任で私のやることなすこと許してくれる優しい方にお願いしてます。

治くんに別れたいと言った。
いつもの部活終わり、2人きりの帰り道の途中。
彼はたった一言だけ「おん」と呟いた。

そのままお互い口を開くこともなく私の家の前に着けば、いつものように遠ざかって闇に溶け込んでいく銀色の後ろ姿を見送る。
終わってしまった。なんともあっけない別れだな、と思った。
でも引き留めて欲しかったわけではないし、理由を聞いて欲しかったわけでもない。
私から告白して約半年だけのお付き合い。
1年のとき隣の席になってから普通のクラスメイトをしながらずっと彼を見ていたのだ。

『治くんまた彼女変わっとるやん』
『次はどんくらいもつんかな?』

付き合う前に幾度となく聞こえてきた言葉。
彼が去る者追わずなことぐらい知っている。
付き合ってくれた理由なんて彼女の切れ目に私がなけなしの勇気を振り絞っただけで。

治くんは私のことが好きなわけじゃない。

翌朝、洗面台に向かえばこの世の終わりであるかのような自分の顔が鏡に映る。
もはや笑えるぐらいの悲壮感漂う顔。
昨日の夜は毎日送っていた「おやすみ」を送らなかったせいか心がざわついてなかなか寝付けなくて、今だって「おはよう」を送ろうとして携帯を開こうとしてしまう。

「学校、行きたくないなぁ……」

今日ぐらいは部活の朝練でも休んでやろうかと思った。でも我がバトミントン部は今は大事な大会前で休んでいる場合でもない。恋より部活ってわけではないけどこういうときに部活ガチ勢は感傷にも浸れなくて厄介だなと思う。
いや、そもそも別れたぐらいで部活休んでたら治くんに引かれる。そんなのいやだ。
怠い体をのそりと動かして準備を始める。
いつもと同じ制服、それでも普段より気合の入っていない身だしなみで、少し重たく感じる玄関のドアを開けた。

「お。おはよぉ」

ぱちくりと。思わず目を擦る。傷心真っ只中の私が生み出してしまった都合の良い幻覚かと思った。顔から足元まで何度も往復して目の前の人物の姿かたちを確認する。

「おさむ、くん……?」

どっからどう見ても昨日別れたはずの治くんがそこに立っている。
なんら変わりなくいつも通りに私を待っていた。

「今日遅ない? 早よ行かな部活遅刻するで」
「……ぶ、ぶかつ……?」

この期に及んで? と思うのは仕方あるまい。
確かに彼はバレー部で、強豪同士の私たちの部活は活動日も時間もほぼ一緒。
こうして彼が私の家に迎えに来てくれて朝練に行き、部活終わりも私の家まで送ってくれるまでがルーティンで……ただそれは昨日までの話。
私たちが彼氏彼女だったときは、である。

「俺もツムにどやされるから、早よいこ」

呆然と立ち尽くしていると腕を取られて歩きだされ、足はただただ前を歩く彼の歩幅についていくのに必死。

「へ、あの。なんで!」
「あぁ。北さん引退してツムが部長になったやろ。なんやずっと張り切ってんねん」

いや違う、治くん。そこじゃない。
侑くんにどやされることに疑問を抱いているわけじゃないんだけど。

「あのっ……わたしたちっ……はぁ、はぁっ、まって。あるくの、早い……っ!」
「あっかんわ。このままやと遅刻しそうや。バド部大会前で気合入っとる言うてたもんな。走るで」
「えぇ!!」

腕を掴まれたまま駆け出されて学校に着くまで、男女の体格の違いと持って生まれた足の長さへの理不尽さについてしか考えられなかった。
はぁはぁっと呼吸もままならない状態で女子の部室棟まで送り届けられて、部員たちには「もぉ朝から見せつけんといて~」と揶揄われてしまった。

なんで。違うってば。だって私たちは昨日。

「別れたんだよね」
「どこが??」

教室のホームルームが始まる間際。前の席に座っている親友は体をこちらに向けて頬杖をつき、怪訝そうな顔をする。

「別れた、んだよねぇ……?」
「私に聞かれても」
「だって私もちょっと分かんなくて……?」
「さっき普通にうちのクラスまで一緒に来てたやん」
「そうなん、だよね……なぜ?」

親友が吹き出して「いや、知らんけど~」と笑うが、全然笑いごとではない。
朝の登校は今までの癖で来てしまったのかもしれないと思うことにしてひとまず朝練に勤しんで。朝練も終わり制服に着替えて教室に行こうとしたらまた居たのだ。部室棟の前で今まで通り私を待つ治くんが。
普通に「おつかれ」って出迎えられ、いつものように「朝練後って腹空くよなぁ」と硬めのグミを口にぽいぽい放り込まれるせいで話す隙も与えられずに、私のクラスの前までひたすら今日の朝練で起こったことを話してくれて「ほなな」と自分のクラスに行ってしまった。
残ったのは必死にハードグミを咀嚼しながら立ち尽くす私だけだった。

「それは、別れてるって思うてないんやない?」
「えぇ……?」

確かに「別れたい」と言ったし、「おん」って言ってたのに。あれは了承したってことだと思う。

「向こうが別れる気ぃないんやったら無理に別れなくてもええんちゃう? あんな男前のあとなんか、その辺の男や満足できんくなりそうやない?」
「いやぁ……そういうわけには。それに治くんの元カノはもれなく全員そのあとに付き合った彼氏と長く続いてるよ。みんな幸せそう」
「そう言われれば。ほんまやなぁ? なんでやろ不思議~」

私なら別れたら一生引きずりそ~なんて笑ってる親友を見ながらため息を吐く。
私だって一生引きずるよ。ずっと治くんだけが好きだったんだから。
ご飯のことになると精神年齢が下がるとこも、ボーッとしてるようで周りを見てるとこも、侑くんと違って俺は人に優しくしとるとか自信満々に言うくせにあんまり出来ていないとこも、なにを考えているか分からない鈍色の瞳だって。治くんの全てが好き。

半年前、治くんが彼女と別れたという噂を聞いた瞬間、足が勝手に駆け出していた。何度も治くんが別れたなんて噂は聞いたことあるのに、あの日は何故か今すぐ告白しなきゃって。
お昼休みの購買へと小走りしている治くんを見つけて、隣を走りながら「ずっと前から好きだったので……付き合ってほしいですっ!」と叫んだのだ。
史上初の併走告白。
そんなムードもない告白だったのに「ええよ。付き合おか」って言ってくれて。それはもう天にものぼる気持ちで。
でも付き合えば付き合うほど。

「付き合うってシーソーみたい」
「シーソー? なんなんそれ。公園にあるやつ?」
「そう。片方が重すぎると動かないから楽しくないでしょ。私は真正面に治くんが座ってるだけで嬉しいけどさ。向こうはずっと宙に浮いたままで楽しくないだろうなって思うよ。ぎっこんばったんならないから」
「それは別にあんたが楽しいんならええんちゃう。まぁ確かに治くんは淡泊そうやんなぁ。送り迎えとかはしとるし、お昼とかも一緒に食べとるけどいちゃついとるのは見たことないな。2人っきりのときは知らんけども」

それが2人っきりのときも変わりないんだよなぁ。残念ながら。いちゃつくって何? って逆に教えてほしい。
半年付き合ってしたことといえば、かろうじて手を繋いだだけだ。それも一回だけした遊園地デートのお化け屋敷で私が怖がっていたから繋いでくれたってだけ。つまりただの介抱だ。

「治くんは私と別れようが別れまいがどうでも良いし何の不便もないよ。すぐに新しい彼女が空いた席に座るだけだもん」
「そりゃ治くんならすぐに彼女できるんやろうけど」
「立つ鳥跡を濁さず。華麗に次の彼女へとバトンタッチ」
「華麗にできるんかはどうかな。とりあえず普通に昼休みもくるやろなって思うけどね」
「……私もそう思ってる。ほんとなんでぇ……胃が痛い。気まずい。もう勝手にかくれんぼしよっかな。治くんが鬼」

あの時、はははっと笑ってくれていた親友の笑い声が頭の中でずっとリピートされる。そんなことなかったはずなのに、今はまるで私を嘲笑っているような笑い声で再生されているから不思議だ。
だって逃げるとか隠れるとか、そんな選択肢すらなかった。お昼のチャイムが鳴ったと同時ぐらいの勢いで廊下に現れた治くんは今もずっとこっちを見ている。まじで鬼じゃん。鬼の形相すぎる。さながら私は鬼が入れない安置に居るみたいな。視線で殺されそう。

「治くんきとるよ~」

クラスメイトからもそう言われたら、1人からだったはずの私を見る視線の数が一気に増えた。
うぅぅ……もうわかったよ!! 様々な視線に促され、渋々お弁当を持ってドアの方へ向かって真正面に立てば「おっそぉ。なにしとったん」と治くんはいつも通りの反応をする。

「いや、あの……」
「ん? なん?」

私たち別れましたよね? 喉のすぐそこまで言葉が出ている。聞くのは簡単だ。でも相手はあの治くんである。こんな目撃者が多い場所でそんなことしてみなよ。卒業までずっと『歴代彼女の中で一番大したことないくせに調子乗って治くんを振った女』のレッテルを貼られる。
別れるとしても平穏な高校生活のために「振られた可哀想な私」で別れたいと思うのはズルいことではないと思う。

「ど、どこで食べる……?」
「天気ええし、屋上にせえへん」
「……うん、じゃ行こっか」

廊下を一歩踏み出して横に並ぶと、ぴとり。そんな効果音が似合うほど、私の右側の二の腕に治くんの左側の腕がくっつく。こんなに近かったかな。今まではなんとも思わなかった距離がやけに気になる。
少しだけ隙間をあける。また治くんが近づいてきて、ぴとり。
やっぱり近いよなぁ。いつもこうだったかな?
様子を伺おうと右斜め上を見上げれば、視線に気づいた治くんが見下ろしながらフッと笑って口角をあげた。

「うわっ!」
「うわってなんなん」
「もろに喰らった。いや、えっと……0円スマイルをどうもありがとう」
「ふはっ。なんやそれ」

なんて可愛い笑顔だ。私の頭の中でティロリティロリとポテトが揚がった音が鳴り響く。いや、普通は結婚式の鐘がリンゴーン鳴るんだろうけど、数秒前の0円スマイルのせいでポテトの音が流れてしまった。でも治くんに恋に落ちるたびにポテトの音が鳴るって治くんっぽくてなんか良い。

「なんやポテト食いたなったわ」
「奇遇、私も」
「今日部活ちゃうかったらなぁ。まくど直行やのに」

治くんが笑う。無表情そうに見えて意外と治くんって良く笑うから可愛くてたまらない。そしてそれを浴びると私は何回でも恋に落ちてしまってもう床しか見れなかった。
私の心拍数をあげることなんて、治くんにかかればいとも簡単で。きっといつも私だけがどきどきしていて、今まさに受けている左側からの猛攻も彼にとれば大したことではないんだろうな。
結局少し離れてぴとりを繰り返し、ギリギリ壁にめり込む前にはなんとか着いた。本当に助かる。あとちょっとで壁に半身を削りつけながら歩くとこだった。

「ちょびっと寒いか?」
「ううん。大丈夫。あっちで座ろっか」

屋上は少し風が冷たいが、日差しはぽかぽかとして気持ちが良い。幸い屋上で食べている生徒はまばらで、話を聞かれることもなさそうだった。

「早弁してもたから授業の合間に購買行ってきてんけど、やっぱ足りひんかもしれん。ほんま腹空いたぁ。もっと買うてくればよかったわ」

袋の中は見えないが、膨らみ具合からしてすごい量な気がする。相変わらず燃費がすごい悪いんだろうな。
いつもの癖で「私のお弁当ちょっとあげるよ」なんて言おうと口を開きかけて、そのままゆっくり閉じた。聞けばきっと彼は「ええの?」って嬉しそうにする。それがいつものパターンだ。
少しだけこっちを見ているような気もする。でも、視線を合わさないようにして気づかないふりをした。

「あの、治くん……」
「おん」

購買で買ったであろうパンやおにぎりを大量に出している隣で自分もお弁当を広げながら意を決して息を吐く。

「その……昨日、私が言ったこと覚えてる?」
「覚えとるけど」
「……覚えてる? え、覚えてて……え?」
「それがなんなん?」

さも平然に。それがなんなん? で済む話ではなかったはずだ。なんせ人と人の別れ話なのだから。
きょろきょろと周りを見てちゃんと近くに人が居ないことを確認してから今度はちゃんと口にする。

「私、別れたいって言ったんだけど……。あの、なんで別れてるのにお迎えに来てくれたりお昼一緒に食べてるんだろなぁ……って」
「別れてるってなに?」

きょとんと目を真ん丸くさせておにぎりを頬張る治くんと目が合う。その目は曇りなき眼そのもので。まるで私が間違ったことを言ったかのように錯覚させられる。

「いやいやいや! 私が『別れたい』って言ったら、治くんは『おん』って言ったよね?」
「言うたけど」
「じゃあ、別れてるんだよね?」
「なんで? ええよの『おん』ちゃうけど」

頭にクエスチョンマークが浮かぶのは私が関西人ではないからって理由ではないはず。全人類が首を傾げると思う。

「ええよの『おん』じゃないって……なに?」
「せやから、了承したわけやなくて『別れたいんやな、ほぉん』の意味」
「ほぉん……????」
「俺は別れる気ぃないから別れんし」

治くんがばくりと最後の一口でおにぎりをその大きな口に放り込む。
新しいパンを開けてまた大きな口で食べる治くんを見ていれば視線に気づいた治くんが「一口欲しいん?」と言う。

「えと……そうじゃなくて。え、あの。どういう意味……?」
「そのままの意味やけど。別れたい言われても俺は別れたないんやもん」
「……治くんが別れたくないと、別れないの?」
「せやな。俺はいややし。別れんって結論になるやろ」

どんな理屈で、どんな結論だ。
呆然と見つめていれば勘違いした治くんは、食べかけのパンをぽかんと開けたままになっている私の口に入れる。思わずぱくりと齧って咀嚼すれば「んまいやろ?」と笑う。

「……う、うん」
「これ最近はまってんねんけど、好きそうやなて思うててん。あと、今日売り切れとったんやけど売店の新発売の菓子も好きやと思う。今度買えたら食べさしたるわ」

別れ話、どこいったんだろう。
ほわほわ笑顔で満足そう。こんなあどけなく可愛い顔を見せている彼は、去るもの追わない男のはずだ。それで散々泣いている子も見たし。何も無かったかのようにすぐに隣に新しい女の子が現れる男だ。
だから私は昨日……。

「……なんで?」

思わず口に出る。
彼がこんな暴論を言い出すとは思っていなかった。ぎゅっと手を握りしめる。
立つ鳥飛び立てていなかったどころか、飛び立つ前の水面にぽつんと1滴落とされた気分だった。昨日静かに終わったはずの私の恋に、波紋が広がっていくようで。それは私の心を少しずつ大きく波立たせていく。

「なにがやねん」
「だから……」

彼はなんでいやとか言うんだろうか。
なんですっぱり別れてくれないんだろう。
なんで、何も無かったかのように去らせてくれないんだろう。
立つ鳥跡を濁さず。
私は静かに、綺麗に、素敵な思い出のまま終わらせたかっただけだ。

「……治くんなら、代わりなんていくらでもいるでしょ。別に私が彼女じゃなくても、私よりも可愛い子も良い子もいっぱい居て。治くんは恰好いいから私みたいな平凡女なんかが隣に立ってるのも恥ずかしいだろうし、全然似合ってないって、釣りあってないって、分かってるし」

うまくいかない引き際に、若干の苛立ちが合わさる。今日も何を考えているか分からないその鈍色はじっと私を見て何も言わない。

「……治くんって、いつもすぐ別れちゃうのに半年もこんな私に付き合ってくれちゃって。治くんおかしくなっちゃったって思われてるんだよ。気まぐれも大概にしたらいいのにって思われてるの知らないの? もういいから。ほんとにもう……無理して付き合ってくれなくて大丈夫だから」

お腹の奥底に溜め込まれていた汚いものを吐き出せば、おおよそ綺麗になんて終われそうもなくなった私の初恋が可哀想に思えてきた。
結局静かになんて飛び立てなくて、その場でばちゃばちゃと藻掻いて泥に塗れてみっともない。

私は最後ぐらい格好いい女でありたかったのだ。
治くんの記憶の中に歴代彼女が並ぶ棚があったとしたら、そこに綺麗な私を並べて欲しかった。
だって、いつも笑顔で終わりも格好よかった元カノならば。別れてもいつかは……こんな子もおったなって治くんが思い出してくれるかもしれないでしょ。

悔しくてじわりと滲む。溢れそうになる前に下を向いた。泣き顔だけは見せまいとするのは、せめてもの私の矜持だ。

「あぁ……ほぉか」

すぐ横からぽつりと落とされた。それはいつもよりも低く重い声で、びくりと思わず体が揺れる。
視界の端に治くんの手が見えたと同時に、両手で頬を包まれ顔を上げさせられていた。
気づけば息もかかる距離に治くんの顔がある。逃げたはずの鈍色の真ん中に私がいるのが見えるぐらいの至近距離に息が止まった。

「……そう言われたんや」
「え?」
「しょうもな。どこのどいつ? クラスのやつ? 男? 女? そないくだらんこと、お前に言うた奴だれ?」
「あのっ、そのっ……」

顔は怒っていない。むしろ笑顔だ。なのに何故か怒って見える。背後に怒りを含ませた黒い何かが見えているような。
誰に言われたかなんて。覚えていないほど言われてる。
宮治の歴代彼女といえば、学年一可愛い子だったり読者モデルしてる先輩やチア部の美女とかそうそうたる面子で。付き合ってすぐ今回の彼女はレベル低いと言われたし、あんなんでいけるんやったら私も告白すればよかったわ~とも言われた。どうせすぐ別れるやろなんて言葉は、一日一善良い行いをしましょう的なノリで聞こえてきた。
彼女のスパンが短い治くんは今まで長く持って3ヵ月なのに私なんかがそれを越えてしまったものだから、静観して次を狙っていた女の子たちも気が気じゃなくなったんだろう。
『治くんいつ別れるんやろ。気まぐれ長すぎ』
『勘違いさす前に別れたったらええのに』
『全然釣り合うてへんのにな』
日々の中で呟かれる小さな針はどんどんどんどん量を増していく。

「おかしい思うててん。俺のこと好きやのになんで別れたいなんて言うんかなって」
「……す、きって……っ!」
「好きやろ。ほら、今も好きや~って目ぇしとるもん」

まるっとそのまま言い当てられて顔に全身の熱が集まったかのように熱くなる。それすらもきっと正解だと言っているようなもの。

「ちがっ……」
「ちがわん」
「も……好きじゃないっ」
「嘘ついとぉ」

口だけの否定なんですぐに見透かされる。すぐ近くに治くんの顔があるのに。
ずっと見られているって分かっているのに勝手に涙が溢れてくる。
きっと顔はぐちゃぐちゃで見れたもんじゃない。

「わ、わかれたいぃ……」

私は嘘つきだ。本当は別れたくないのに。

「別れん言うとる」

彼も嘘つきだ。治くんのほうが私のことなんていらないくせに。

治くんから特別な愛情なんて感じたことがないのだ。親密さなんて数ヵ月の付き合いの元カノたちのほうがあるぐらい私と治くんの間には何もない。
セックスもしない、キスもしない、手すら触れない、好意の言葉すらない。
日々の中で呟かれる些細な小さな針が鋭利なナイフになって突き刺さるようになったのはそのせいなのかもしれない。
私たちのシーソーは私の椅子のほうだけどんどん沈んでいく。
永遠に浮くことのないであろう自分があまりにも惨めで、可哀想で。

「おさむくんは、わたしのこと好きじゃないくせに……っ」

別れを決めたときから、これだけは言わないと決めていた言葉だった。
ぎゅうぅぅっと歯を食いしばり、目を閉じる。こぼれ落ちる雫は彼の大きな手と私の頬の間に染みこんでいく。

「……っ、ふ……肯定、しないで……」

だって、そうだと本人に言われたら『本当』になっちゃう。
お願いだから。

「っ、うぅっ……好きじゃないって……ひぐ、 言わないで……っ」

そんな事実を突きつけないでほしい。
ただ『治くんの彼女』というラベルを貼ってもらえてただけで『少しは好きでいてくれているかもしれない』って幸せを感じていた私の半年間を否定しないでほしいだけなの。

「……ひ、っく……何も、言わないで……っ。もう、手ぇ離して」

ゆっくりと包まれていた頬から力が抜けていく。
治くんの温もりが完全に無くなって小さく「わかった」と聞こえた。

自分で望んでおきながら、離されたらこんなにも悲しくなるのだから本当に自分が嫌になる。自分の希望通りにやっと私はシーソーから下りられたのに、途端に襲われる虚無感。いち早くこの場を立ち去ってしまいたくて、食べかけのお弁当の蓋を閉めようと手を伸ばした。
その瞬間、グイっと肩を抱かれて治くんの強靭な体にぶち当たった。

「……っ!?」

シャッター音がして、こめかみに柔らかなものが触れた。
それがなんなのか分かるのは、ちゅっと小さく音を立てて離れていってからだった。
こめかみに手をおさえながら治くんを見れば、当の本人は何事もなかったかのように携帯を操作している。

「な、なに……っ? なんで……急に!」
「え?」
「き、ききききすしたっ!?」
「んー」
「んーってなにっ!?」
「ちょお待って……」

操作する携帯からは数回たぷたぷと音が鳴り、終わったのか治くんが顔を上げるとちょうど私の携帯がぶーっと震えた。
蓋を閉めようとしていたお弁当箱の横に置きっぱなしの自分の携帯。横目でちらりと見れば通知が一つきていた。

「……治くん、なんか……した?」
「こわ。通知くるようにしとんの?」

こわいとか言わないでほしい。だってくるはずないと思いながらも設定した通知なのだ。でも、今まさにそれが出ている。
今まで一度も見たことがない治くんがSNSを投稿したという信じがたい通知が。

治くんのSNSなんてあってもないようなもので、きっと角名くんか侑くんがアカウントを作ったときに一緒に作ったのか作らされたのか。
ただ一番最初にそのとき食べてたであろうお昼ご飯の食べかけおにぎりの写真に「めし」とだけ書かれた投稿があったっきり1年以上も動いていない。それでも何故か同じ高校内の女子たちが噂を聞きつけフォロワーは増えていく。私もその中の一人でしかなくて、いつかあがるかなって。あがったら気づけるようにって。

「……してる。だってもしも、万が一投稿したら一番に見れるように……」
「どんだけ俺んこと好きやねん。それやのに、好きやないとか別れたいとか、ほんまくだらん嘘つきよって」
「っ……」

言葉に詰まる。くだらんかは置いておいて、好きじゃないなんてのは確かに嘘なのだから。
誤魔化すように携帯に目を向けた。震える手でタップしてぱっと開いた画面の中は想像通りで、私のこめかみにキスをしている治くんの写真がある。せめてもの救いなのは、知っている人しか分からない程度にしか映っていないことだ。

「わっ! だめだめだめ!! こここ、こんなんっ絶対にだめだって!」
「なんで?」
「なんでって!? こんなバカップルみたいな投稿する治くんなんて! 解釈違いすぎる!!」
「解釈とかほんっまにどぉーーでもええわ。ここまでしたったら、もう誰もお前にくだらんこと言わんやろ」

ここまでとはどこまでなのか。不思議に思いながら、携帯にまた視線を戻して投稿された文を見る。
そこには「おれの」とだけ。

「……おれの?」
「ん」
「わたしが……?」
「……おれの、ちゃうん?」

今まで散々上からだったくせに、くぅーんとでも言いたげに急に甘えたように聞いてくるなんてずるい。すぐに「そうだよ」なんて言ってしまいそうな口をきゅっと結ぶ。

「俺のやんな?」
「じゃ、じゃあ……もしかして。治くんは私のって言っていいの……?」

交換条件だ。わずかな期待をこめて勇気を出した言葉に、治くんは「んー」と顎に軽く手を当てて悩む。

「俺は、俺のもんやけど」
「ひっ!? ひどい! 私だけが物扱いなだけ……っ!」

ガーンと衝撃を受ける。絶対にそういう雰囲気だと思ったのだ。
結局ただ私が治くんの物だと言われただけで、治くんが私のことを好きだと言ったわけではないし、別れてくれない理由も分からないし。私たちの関係性は何も変わっていない。
肩を落とす私を見て治くんはふっと笑ってから「俺は俺のもんなんやけど」と優しい声を落とす。

「いつでも貸したってもええよ」

胡坐をかいている治くんが私に向かって手を広げる。ぽっかりと空いている胡坐の上。人が1人分座れるぐらいある空間に目を丸くさせる。

「え、その……えっと」
「来ぇへんの?」
「……いいの?」
「おん、特別やで」

いいの? なんて聞いたはいいが、その特別は私だけのものなの?
そこまで聞く勇気は出ずにガチンと固まっていると、痺れを切らした治くんに腕を持たれて引っ張られた。ぽふんっと治くんの胡坐の上に横向きでおさまる。
治くんの感触も、匂いも、息遣いも、心臓の音も全てが近くて一気に体温が上がったような気がした。

「ち、近いっ」
「慣れてもらわな」
「ここここんなの慣れる気がしない……!」

パニックになっている私なんて気にすることなく、甘えるように私の頭に自分の頬をぐりぐりと押し付ける。腹の底から出したようなため息を吐いて。

「はぁ~~……なんやねん、ほんまに。外野なんてほっとけや、しょうもな」
「しょうもない……?」
「おん。ほんっまにしょうもない。今日のツムのパンツの色が何色かってぐらいどうでもええ」
「そ、それは確かにどうでも良いかも」
「せやろ。あとお前がいつもご飯のあとに『食べ過ぎたぁ』とか『太ったかも〜』とか言うてんのぐらいどうでもええ」
「それはどうでも良くないよ!」

治くんは目を細めて、ははっと声をあげて笑う。私に触れる手は優しいままで宝物みたいに抱え込む。
彼にとればどうでもいいことでしょうもないことばかりなのか。
じゃあこうやって私を甘やかすことだって「しょうもない」と捨て置いてもおかしくないのに。私との別れを了承するだけで、こんなしょうもないことに巻き込まれなくなるのに。
まるで彼が「しょうもな」と捨て置くものの中に、私は入っていないみたい。

「ちいこい。もっと食いや」
「食べてる。いつも食べ過ぎたって言ってる」
「もっと。こんなん潰してまう。指も折れてまう」

膝に置いて固まっている私の手の上に手を乗せて、指を優しく撫でる。

「……遠慮しとってん。もうせえへんし」

本当に潰されるかもしれないってぐらいぎゅっと抱きしめられて、極度の緊張から息も出来ないし指一本だって動かせやしない。
暫くして私を抱え込んだままパンを食べだす治くんに、慌てて逃げようとしても下ろしてくれなくて。結局お昼休みはずっと治くんの胡坐の上で過ごすことになってしまった。
弁当をもそりと食べれば、「口ちっこ」と近くで笑われて、治くんの話に相槌を打っていればぎゅっと抱きしめられて、目が合えばこめかみや頬にキスを落とす。

ほんとになんなんだ。振れ幅すごすぎてキャパオーバー。もう何もわからない。話していた内容なんて1ミリも頭に入っていない。
ただくらくらふわふらしている頭の中ではずっと、椅子が沈んでいたはずの私がぎっこんばったんと音を鳴らしすごく楽しそうに笑ってシーソーしていた。

「ねぇ! おさむくんってば!」
「なんやねん」
「これ!」

お昼休みはもうすぐ終わり。
屋上から教室に戻る廊下の真ん中で、私は一生懸命に手をぶんぶんと振っていた。振りほどこうとしているのは、ぎゅっと繋がれている手と手。もちろん治くんと私の手だ。

「べつにええやん」
「良くないよっ!」

さっきから注目の的なのだ。そりゃそう。私たちは今までこんなことしたことないのだから。
最初は握手のようだった手繋ぎは、気づけば指と指の間にお互いの指が滑り込んでいた。

「俺、学校で手ぇ繋ぐん初めてかもしれん」
「治くんの初めて!?」

なんて喜んでいる場合ではない。
確かに今までの治くんの彼女って治くんの腕に巻き付いているイメージ。治くんは興味なさげに立ってて好きにさせてる感じだった。
特別みたいで嬉しいけどとりあえず周りからの視線が凄くて恥ずかしくてたまらない。振れば振るほど強く握られていく手に「うぅ~~」と唸って観念する。
楽しそうな治くんとは反対にうつむき気味で歩いていると、頭の上のほうから「うわ、やっばぁ」と知った声が聞こえてきた。

「あ、角名くん! た、たすけてっ」
「助け求められちゃった」
「なにを他の男に助け求めとんねんて」

今、私はちゃんと話したことのない同級生にでさえ助けを求めたい状況なのに。駆け出そうとする体は繋がれた手でびよーんとゴムのように治くんの近くに戻る。
紅茶のテトラパックにストロー差して飲みながら向かいから歩いてくる角名くんは「ほんとうける」と嬉しそうにする。そして流れるような動きで、ポケットから出したカメラをすちゃっとこちらに向けた。

「ちょっ!? それは頼んでない! 肖像権侵害! 訴えます!!」
「ははは。治があげたやつ見てさぁ、絶対に面白いことになってるから見つからねえかなって探してたんだよね」
「なにがおもろいねん」
「だって、大事に大事に大事ぃ~~に宝箱にしまってたわけじゃん。もうやめたんだなって思ってさあ」

にやりと笑う角名くんの言っている言葉の意味は分からず小首を傾げる。

「逆にあかんらしいねんもん。ほんまよぉ分からん。ちゅうか、そもそもただ見とるだけとか性に合わんかったんやって」
「それは確かに。治のくせに良く我慢してるなぁって思ってた」
「くせにってなんやねん。そりゃきらわれたないし」

話に入っていけずに治くんと角名くんを交互に見つめる仕事をしていると、角名くんのその切れ長の瞳がこちらに向いた。
ばちりと目が合うと、ゆるりと目元を下げる。その仕草にこれが稲荷崎高校バレー部屈指のガチ恋製造機の技なのかと衝撃を受けた。
治くんに軽く背を向けながら「良いこと教えてあげよっか」と口元に人差し指を置くその仕草も拍手喝采したくなるほどだ。

「え、あ。うん、なに?」
「治はさ、送り迎えとかしないから。お昼ごはんだって一緒に食べたことないし、休みの日に出かけたりもしてないんだよ。ましてや自分の食べ物をあげたりなんて絶対にしないし」

角名くんは楽しげな声を響かせる。
誰に対してなんて言っていないのに分かる。

「そ、それは……ひどい男だ……?」
「ふはっ! 確かにね!」
「おい、角名ぁ……余計なこと言いに来たんか」
「ちがうって。アシストだよ、アシスト。ね?」

流し目で同意を求められて、ウインクされてないのにウインクされた気もしたが気のせいだった。
毎日の送り迎え、お昼になれば約束してないのに教室にやってくる。お互いに部活の休みがほぼ無くて、一回しかしていないデートは初めて2人の部活休みが被った奇跡的な一日で。頼んでもないのに勝手に私の口に食べ物を放り込んでくる治くん。

「うん……だって、それは。私には全部してくれてることだもん」
「だろうね」
「ごめん。優越感すごい感じちゃった。治くんと同じで……私もひどい女なのかもしれない」

にへっと誤魔化すように笑って小さく呟けば角名くんと治くんが目を真ん丸くさせる。
すぐに角名くんは吹き出して「じゃあ、お似合いじゃん」と笑う。

「うん、私たちお似合いなのかな」
「かなやなくて、お似合いやねん」
「もーわかったって。治と末永くよろしくしてあげて。これからはなんかあったら助けてあげてもいいし」

途端に治くんは「必要ないやろ。角名は特にあかん」と私を隠そうとするけど。私はまだ治くん検定があったら初級もクリアできそうもないから、治くん検定の段位もっていそうな角名くんに助けを求めてしまうこともあるかもしれないと若干思う。

「それはこちらこそなので。恋愛初心者なので、ご迷惑おかけするかもですが」
「治も恋愛初心者だから大丈夫」
「え、治くんも? そんなわけない!」
「いや、だって告白されてやっと自分の気持ちに気付くぐらいだし。併走されながらのまじで意味わかんねえ告白だったのに」
「やめて!! 私の黒歴史!」
「いや。息切らせて必死に横走って告ってくるんめっちゃおもろ可愛かったわ」

おもろ可愛いって褒められてんだか、貶されてんだか。喜んでいいのか悩ましい。

「本気の付き合い方も分からないわけ。そもそもさぁ、今までの子らが次の彼氏と続く理由考えたらどんな付き合い方してきたかなんて分かるじゃん」
「そ、それはもしかして……ひどすぎて、次が良く見える……的な」

肯定はせずとも「恋愛初心者でしょ」と目を細めて口角を上げる。
本当に高校生ですか? 色気がすごい。ぽやぁと感心して見つめていると治くんが私の頭を抱え込んだ。

「ひ! なんも見えない!」
「なんも見えんでええねん」
「良くないよ!」
「はははは! やきもちウケる」

なんとか治くんの頭抱えから逃げ出したときには、爆弾を落とすだけ落としていった角名くんはくるりと後ろ姿を見せて「いいもん撮れたから満足した。侑も冷やかしで探してるから気を付けてね」と手をひらひらさせて去っていく。
2人とも何も言葉を発さずに見送って、ちらりと治くんを見上げれば、なんともバツの悪そうな顔をして視線を泳がした。

「あの……治くん……」
「ん」
「その、えっと……治くんって、もしかして最初っから私のこと……す……」

好きだったの? って言葉を飲みこむ。聞きたい。でも、そうだと言われたら私は嬉しすぎて爆散してしまうかもしれないし、万が一にも違うなんて言われたら期待したぶんすごいショックで爆散する。どっちにしろ爆散だ。

「……その。シ、シーソー好き?」
「は、なんでシーソー?」
「なんとなく! ずっと頭にシーソーがある、ので……」
「頭にシーソーってどういうことやねん。シーソーは別に好きでも嫌いでもないけど」
「あ、そうなんだね」
「せやけど。その前に言いかけた質問なら……」

途中で止まった言葉に思わず視線を向けると、するりとまた手を繋がれてきゅっと握る。ゆっくりと近づいてきた顔は私の耳元10センチもない距離で静止する。

そこから発される言葉は私がずっと聞きたくて仕方のなかった言葉だ。

気付けば繋がっている手に自然と力が入る。すると応えるように大きな手でぎゅうっと包み込まれる。
顔を離した治くんの瞳は柔らかく弧を描き、まるで何かを慈しむようで、その細まった鈍色の真ん中には私しか映っていない。

なんで気づかなかったんだろう。
何を考えているか分からないなんて嘘だ。

ぽそりと「……わたし、も」と呟けば子供みたいに顔をくしゃっとさせて嬉しそうに笑う。
それが年相応の男の子みたいな顔でなんだか胸の奥がくすぐったく感じた。

もう治くんに別れたいと言わない。
だって治くんは私のことが……。

— End —

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優希斗13 小时前
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