ホグワーツ魔法魔術学校。4年前に入学したこの学校にはとっても面白い生徒がいる。
同じ学年のスリザリン生、トム・リドルくん。
眉目秀麗、品行方正、才気煥発、非の打ち所のない完璧人間である。
そんな彼の何が面白いのかと言うと……。
『ニャー』
「どうかした?」
猫である。
彼の頭や肩にはいつも猫が沢山乗っかっているのだ。
三毛、茶トラ、黒…色も大きさも様々なそれらの猫は皆一様にとっても可愛い。彼の上に所狭しと並んで寛いでいたり毛繕いをしていたり。
自由気ままでとっても可愛い。
「ううん、なんでもないの」
しかし、どうやらその子たちは本人含め私以外には見えていないようなのだ。初めは私の頭がおかしくなったのかと思ったが、一向に見えなくなる気配は無いし可愛いし癒されるしでメリットの方が大きいので放っておいている。
デメリットといえば鳴き声に掻き消されて彼が何を言っているのかよく分からない時がある事くらいだ。
私は猫が大好きなのに猫アレルギーという悲しい性を背負っているため、実態はなくとも顔をぐしゃぐしゃにすること無く眺めることができる猫たちの存在は物凄く嬉しいものだった。
それに私は面食いなのだ。そして彼はとんでもない美少年。美少年と猫。最高だ。
因みに今は頭の上にぐでっと乗っかっている薄茶色の子と肩の上で毛繕いをしているブチの子の2匹。
これは通常より少ない方だ。私の分析では彼が教授と話している時が一番多く乗っている。
頭の上に3匹も積み上がっていた時はとっても面白かった。
いつもは遠くから眺めて密かに癒されているのだけど、最近は薬草学の授業でペアになって共に毒触手草を育てているから、より近くで見ることが出来るようになった。
一度テーブルに下りてきていた猫を撫でてみようとしたが、伸ばした手が空を切りやはりこの子たちは実際には存在しないのだと悲しくなってしまった。
今は、薬草学の授業終わりに彼に呼び止められ二人で中庭の噴水の前に来たところだ。
彼がベンチに座ったので私も同じように隣に腰を下ろす。
話があると言われたのだが一体何の話だろう。
授業は順調だし、こんな風に改まってする話には心当たりがない。
彼の肩にいた白と黒のブチ模様の猫が下りてきて私の膝の上に乗った。リラックスした様子で寝転び、くりくりとした目でこちらを見上げている。
こちらからは触れないのに膝の上に乗れるというのはなんとも不思議だ。残念ながら感触は無いけれど。
膝の上の子と彼の頭に乗っている子が同時にニャーニャーと元気いっぱいに鳴き始めてとっても可愛い。……喧嘩してるんじゃないよね?
猫たちに集中してしまっていると、膝の横に置いていた手を包み込むようにリドルくんの手が重ねられた。
びっくりして勢いよく彼の方を見る。
「それ『ニャ』話したいことと『ニャア』のは」
「う、うん…」
「……いきなりで驚くか『ニャーン!』れないんだが…君のことが『ニャァオン』んだ。僕と『ナァァン』ってほしい」
……やばい。何言ってるか全然分からなかった。
彼はとても真剣な顔で真っ直ぐこちらを見ている。
私が焦っていなければ赤面してしまっただろう。その頭に猫が乗っていなければ見蕩れてしまいそうなほどかっこよかった。
返事に困って固まってしまっていると彼は眉を下げて少し顎を引きとてつもなく破壊力の強い上目遣いでこちらを見た。
いつの間にか肩の上に増えていた黒猫も大変可愛らしい顔できゅるんとこちらを見つめている。
「……駄目、かな?」
「っダメじゃない!!」
その顔にNOとは言えなくて、何をお願いされたのかも分からないまま勢いで返事をしてしまう。
途端に彼の表情は明るくなって、さっき出てきたばかりのはずの黒猫はいなくなってしまった。
とっても可愛い子だったのに残念。
「凄く嬉しいよ。これからよろしくね」
「う、うん…こちらこそ?」
彼は私の手を持ち上げて唇を寄せた。突然の事にドキリと心臓が脈打つ。
指先にキスをしてこちらを見上げる彼はとてもかっこよくて、頭の上の猫が大きな欠伸をしていなければ好きになってしまうところだった。
しかし、私は一体何をよろしくされたんだろう。彼が少し顔を赤くしているのは何故?
ニコニコと嬉しそうに笑っている彼をじっと見ながら私はただただ混乱と焦りに苛まれていた。
「……それで、私は…何をすれば良いのかな?」
「うん?…ふふ、何もしなくて良いよ。そのままの君でいてくれれば良い。……僕もこういうのは初めてなんだ」
「そっか……」
それから暫く彼に手を握られながらベンチで話した。
途中でまた現れた可愛い黒猫が私の肩に乗って頭を擦り寄せてきたり、膝の上の猫が伸びていたりして凄く可愛かった。
癒されてホクホクしている私を面白いものでも見るように眺めているリドルくんに気づいて恥ずかしくなる。一人でにやにやしていて変に思われたかもしれない。
「そろそろ夕食の時間だね」
「あ、ほんとだね。もう行かないと」
「良かったら、一緒に食べない?」
「……うん、いいよ」
一瞬断ろうかと思ったが、彼がまたあの可愛い顔をしていたから出来なかった。
膝の猫を気にしてゆっくり立ち上がるとその子は恨めしげにひと鳴きして彼の肩によじ登っていった。
手を引かれて大広間へ向けて歩き出す。
中庭には人がいなかったけれど校内はそうはいかない。数々の視線が身体中に突き刺さるように感じた。
流されるままに来てしまったがそもそもなぜ彼と手を繋いでいるんだろう。
逡巡の後、やっぱり放してもらおうと空いている手で彼のローブを引っ張った。
「あ、あの…手、離してほしいな……」
「どうして?嫌だったかい?」
「嫌、じゃないけど…人いっぱいいるし…見られてるから……」
悲しそうな様子に胸が痛んで、元々無かった勢いが更に削がれる。
いつの間にか移動していたらしい黒猫も彼の肩から心做しかうるうるした目を向けている。
「気にしなくていい。見られて困るものでも無いだろう?」
「困る、というか……」
「疚しいことをしている訳じゃないんだ。そのうち誰も気にしなくなるさ」
「そうかなぁ……」
彼の笑顔には有無を言わさぬ不思議な圧があった。
結局、繋いだままでまた歩き始めて彼はなんだか機嫌が良さそうだった。
私はその斜め後ろを縮こまるようにして歩いた。
随分長く感じた道のりを終え、やっと大広間についた私たちはスリザリン寮のテーブル、先に座っていたリドルくんの友人たちの近くに座った。
彼らはリドルくんに「やったな!」とかなんとか色々と声をかけては肩を叩いていて、彼は少し照れたように笑っていた。
その顔があまりにも可愛くて、彼の肩から落ちそうなほど身を乗り出した太めの猫がテーブルの上のチキンを狙っていなければ抱きしめてしまっていたかも知れない。
サラダをもそもそ食べて膝の上で寛いでいる黒猫をエアーなでなでしながらふと隣を見ると、上品にチキンを口に運んでいるリドルくんと彼の膝の上で立ち上がって口の中に消えるチキンに必死で前足を伸ばしている太った猫がいた。
笑いそうになって慌てて顔を伏せる。
皆にこれが見えていないのは本当に勿体ない。
「どうかした?」
「ふふ、ううん、なんでもない。へへ、リドルくんかっこいいね」
漏れ出た笑いを誤魔化そうとしてついつい思ったことをそのまま口に出してしまった。
リドルくんは目を見開いてじわじわと頬を赤く染めた。かっこいいなんて言われ慣れてるだろうに、可愛い人だなぁ。
「そ、そう…ありがとう」
ふと気づくと、またしても知らない内に黒猫が彼の頭に移動していてゴメン寝の体勢でもじもじしていた。
それを見てまた思わず言葉が漏れる。
「かわいい……」
「え?僕が、かい?」
「う、うん。リドルくん、可愛いよ」
「そんなことを言われたのは初めてだ」
きょとんと目を丸くしている彼は可愛い。
猫と合わさって最上級の可愛さだ。
……もしかして男の子に面と向かって可愛いなんて言う失礼な人間は私くらいなのだろうか。
「ごめんね、嫌だった?」
「嫌じゃないよ、新鮮だっただけさ」
「それなら良かった」
「……ねえ、リドルじゃなくてトムって呼んでくれないかな?」
「……トム、くん」
「ああ、良いね」
「私のことも名前で呼んでくれて良いよ」
どうして急に彼がこんなに距離を詰めてきたのか分からなかったが、仲良くなれた気がして悪い気はしなかった。
彼と仲良くなればなるほど猫を眺められる時間は増えるし、綺麗なお顔も見られて良いことづくめだ。
『ミャオ』
私の肩に移動した黒猫が可愛く鳴いて頭を擦り寄せてくる。
感触はないはずなのに、なんだか擽ったいような気がして思わず肩をすくめた。
次の日、寝ぼけ眼でもたもた着替えていると、誰かがドアを蹴破らんばかりの勢いで駆け込んできたものだから驚いて飛び上がってしまった。
「ちょっとちょっと、急いだ方がいいわよ!」
「えぇ?なんで??」
「外でリドルが待ってる!」
「えっ?私を?」
「そうよ!貴女以外いないでしょ。貴女達のこともう噂になってるから皆知ってるわよ」
「噂って……?」
「いいから早く!彼、女の子に囲まれてたわよ!!」
彼女にせっつかれて混乱したまま慌てて身支度を進める。
なんでトムくんは私を待ってるんだ?噂ってなに??
頭に疑問符を浮かべたまま寮から出ると、そこには確かに女の子たちに囲まれたトムくんがいた。
彼は私に気づくとぱっと顔を明るくして、人垣を掻き分けて近づいてきた。
「やあ、おはよう」
「おはよう、トムくん」
『ニャー!』
昨日と同じ黒猫が彼の肩から飛び移ってきて顔に頭を擦り付けられる。ん〜可愛い〜!
トムくんの方には頭に1匹と肩に2匹乗っている。
朝だからか皆眠たそうだ。
当のトムくんは眠たそうな素振りはなくしゃっきりしていて、完璧に整えられた服装に寝癖ひとつない髪でいつも通りの超美少年。
「どうして待っててくれたの?何かご用だった?」
「一緒に朝食を取ろうと思って、迎えに来たんだ」
「そうなの?じゃあ、一緒に行こ!」
はにかむように笑う彼はとっても可愛いが、女の子達の視線が痛くて早くここを離れたい。ひそひそ声で何か言われてるし……。
歩き始めると流れるよう手を取られ指の間に彼の指が入ってくる。
んん??!これは友だちの手の繋ぎ方ではないのでは?!
びっくりして彼を見るとニコニコとご機嫌な様子で水を差すのは忍びないがこれ以上視線が痛くなるのは嫌だ。
そもそもなんで手を繋ぐ??
昨日といい、もしかすると彼は手を繋ぐのが好きなのかもしれない。
他の子と繋いでいるのは見たことないけど、男友達と繋ぐのは恥ずかしくて出来ないのかも。
普段は繋がないから適切な繋ぎ方が分からないんじゃないか?
うん、名推理!色んな人に恋人繋ぎをして誤解を生む前に私が言ってあげた方が良いよね。
「ねえ、トムくん。この繋ぎ方、恋人同士がするやつだよ」
「うん?ああ、そうだね」
……ああ、そうだね???えっそれだけ???
そんな至極当然のように頷かないで??
「だから、私たちがするのはおかしいよね?」と、言おうとして口を開いたところで黒猫に口元をペロペロと舐められて言葉が引っ込んでしまう。
『ンミィ、ミィ』
か、可愛い!可愛すぎる!!
悶えている間にトムくんは私を半ば引っ張りながらどんどん進んで気付けば大広間の前まで来てしまっていた。
昨日と同じくスリザリン席の真ん中辺りに腰をおろす。
目の前には色々な料理が並んでいて焼きたてのパンの匂いが鼻をくすぐった。
「一緒に食べられて嬉しいよ」『ニャー!』
「私も、トムくんと仲良くなれて嬉しい!迎えに来てくれてありがとう」
「当然さ、少しでも長く『ニャー』にいたいんだ。折角こ『ニャァァオン』になれたんだから。それに『ナァン!』は薬草学が無いから『ンナァァ』いられないしね」
……ご飯をねだる猫の声が重なってあんまり何言ってるか分からなかった。
今日は、薬草学が無いから……というのは分かった。多分。
一緒に育ててる毒触手草が心配なのかな?昨日見た時は元気だったけど。
「じゃあ、授業が終わったら一緒に温室に行く?」
「……!いいね、そうしよう」
「あそこ、お昼寝にぴったりだよ」
「よく昼寝しているのかい?」
「えへへ、バレちゃった」
「かわ『うにゃぁん』」
黒猫が大きな声で鳴きながら顔をぐりぐり押し付けてきて、またしても何を言われたのか聞き取れなかった。
皮?……うーん、分かんないから愛想笑いしとこ。
誤魔化すようにエヘヘと笑うと、彼は私が好きだと錯覚してしまいそうなほど暖かい、愛おしげとも言える目でこちらを見た。
彼の肩に乗った猫たちが壮絶な猫パンチバトルを繰り広げていなければうっかり告白してしまうところだった。
彼と友達でいるにはこんな表情にも動じないようにならないといけないだろう。
しかしそうするには彼はかっこよすぎる。
美人は三日で慣れると言うが彼ほどの顔にも適用されるのだろうか。
あっという間に授業は終わり、約束通り一緒に温室に来た私たちだったが彼は何故か毒触手草には然程興味がない様子で、鉢植えに向かおうとする私を引っ張って反対方向にある隣接された休憩スペースに連れてきた。
懐から取り出した杖を一振りしてソファを大きめのベッドに変えるとそこにゆったりと腰掛けた。
エッ?エッ??どういうこと???毒触手草を見にきたんじゃないの?
なんでベッド…!?
顔が真っ赤になっているのが分かる。心臓が肋を突き破って飛び出て来そうなほどドキドキしていて、目が回りそうだ。
「ト、トムくん?っなんでベッドを……」
「昼寝するんだろう?ほら、おいで」
「お昼寝、するの?一緒に?」
「君が誘ってくれたんじゃないか。…‥気が変わって嫌になってしまったのかい?」
う、またあの可愛い顔……一緒のベッドで寝るなんて絶対問題大アリなのに……嫌って、言えない!!
ベッドで早々に寝支度を整えていた猫達まで悲しそうにニャーニャー鳴いている。
「い、いやじゃ、ないよぅ……」
絞り出すような返事に彼はにっこりと笑って、私の手を引いてベッドに寝転ぶように誘導した。
うるさい心臓を必死で落ち着けようとしながら、積み上げられたふかふかのクッションに身を沈める。
暫く顔をクッションに押し付けて、心臓よ落ち着け〜と念じながら深呼吸。
お昼寝するだけよ……隣で眠る、それだけ!
友だちなんだから一緒にお昼寝するくらい普通…だよね?
落ち着ききらないままに横を見るとトムくんの綺麗な顔がある。
重力に従ったサラサラの黒髪が目にかかっていてそれがまたかっこいい。
ダメだ、見るべきじゃなかった!こんなにかっこいいのは反則だ。
更にドキドキしてしまって顔の熱も引かない。
「緊張してる?顔が真っ赤だよ」
「あ、あああ、あの…それはっ……」
まともに喋ることもできない私に彼はくすくすと笑って面白がっているように目を細めた。
そして徐に手を伸ばし、私の顔にかかっていた髪を掬いあげて耳にかけたあと手櫛で梳くように撫でた。
彼は私を心臓発作で死なせるつもりなのかもしれない。
「うぅ……」
身をすくませて声にならない呻き声をあげる。
絶対今変な顔をしているから見られたくなくてクッションで顔を隠した。
そんな私を見て彼は声を上げて笑った。
「……っお昼寝、するんでしょ……!」
「ふふ、ああ、おやすみ」
「おやすみなさい…トムくん」
苦し紛れに絞り出した言葉に彼はまた面白そうに笑った。
こんな状態で眠れるわけがない。
クッションを抱きしめてもう一度心臓を落ち着けることに集中する。
……ああ、彼が私の半分でもドキドキしてくれていたらいいのに。
それから彼は毎朝寮の前で私を待っていてくれるようになった。毎日一緒にご飯を食べて、沢山お話をして何度も一緒にお昼寝をした。
彼と仲良くなれたのは嬉しいけれど、やっぱり何かおかしい気がする。どう考えても距離が近すぎる。
正直なところもう完全に彼を好きになっている私はドキドキしっぱなしで、恐らく挙動不審だし顔はいつも熟したトマトのようになっていると思う。
そんな私に気づいているのかいないのか、彼は涼しい顔で様々なスキンシップをとってくるのだ。
私なんて恋心を自覚してからは手を繋ぐだけでも心臓が破裂しそうになっているというのに。
ある週末の午後、寮の部屋で悶々と考えこんでいると同室の友人が後ろから覗き込んできた。
「それで!リドルとはどうなの?どこまでいった?」
「うん?仲良しだけど……どこまでってどういうこと?ホグズミードとか?」
「もう〜!恋人としてってことよ!もうキスしたの?」
「ん?!?え??!何??!っしてない!というか恋人じゃないし!」
予想外の言葉に驚いて慌てる私を彼女は呆れた表情で見ている。
「今更隠さなくて良いわよ、みんな知ってるんだから」
「ほんとに付き合ってない!なんでそう思ったの?」
「なんでってそりゃ分かるでしょ。毎日手を繋いで歩いてるしリドルが親しくしてる女子って貴女だけじゃない」
「それは……」
その時、ピシャーンと雷が落ちたような閃きがあり、彼が急に距離を縮めてきた日のことが思い出された。
中庭で何か言われたけど聞き取れ無かったあの時のことを───
「……いきなりで驚くか『ニャーン!』れないんだが…君のことが『ニャァオン』んだ。僕と『ナァァン』ってほしい」
あれは……
「……いきなりで驚くか『もし』れないんだが…君のことが『すきな』んだ。僕と『つきあ』ってほしい」
「君のことが好きなんだ。僕と付き合ってほしい」
嘘でしょ…まさか……そう言ってたの?本当に??
思えばあの時の彼は頬を染めて少し緊張した様子だった。告白だったとしてもおかしくはない。
そうだとして、それに対する私の返事は……
「駄目、かな?」
「っダメじゃない!!」
私は彼と付き合っている?
確かに、そうだとすると色々な事が腑に落ちる。
毎朝わざわざここまで来て私を待ってくれているのも、恋人繋ぎも、あの表情も、お昼寝も……。
友達にしては距離が近すぎると思っていたが、恋人同士なら何も不自然じゃない。
私は彼と付き合っている。
そう思った途端、ボンッと顔が赤くなるのが分かった。
本当に?彼が私を好き??そんなこと有り得るの?
かっこよくて、優しくて、何もかも完璧なあのトム・リドルが……。
「ちょっと、どうしたの?大丈夫?」
「うっうん、大丈夫……あの、私、行かないと」
心の整理がつかないまま寮を飛び出した。
兎に角、彼に会わなきゃならない。
会ってちゃんと聞いて、ちゃんと話さないと。
ああ、分からないのに適当に返事するんじゃなかった。ちゃんと聞き返すべきだった。例えそのせいで変に思われても。
もし本当に彼が私を好きになってくれて、告白してくれたなら私はそれを蔑ろにしてしまったんだ。
今からでもやり直せるだろうか。
正直に話すことで彼に嫌われてしまうのではないかと少し怖い。
でも、このまま黙って関係を続けるなんて不誠実だ。
そんなことはしたくない。
闇雲に走り回っていた途中、廊下で出会ったトムくんの友人に居場所を聞いて階段を駆け上がった。
どうやら彼は4階の空き教室にいるらしい。
なぜそんなところに?と不思議に思わないでもないが人目の無いところで話せるなら丁度いいし、誰にでも一人になりたい時はあるものだ。
扉の前に立って息を落ち着ける。
深呼吸して、なんて言うか考えて、覚悟を決める。
握りしめた手を持ち上げてノックをした。
「……はい?」
「アッ…と、トムくん……?あの、入ってもいい?」
「もちろん、どうぞ」
そろりと隙間から顔を覗かせると、中にはトムくん一人だけで窓際の席で本を読んでいたようだ。
珍しく猫は一匹もいない。それは私が知る限り初めてのことだった。
「トムくん、あのね、私……話したいことが……」
「どうしたんだい、改まって」
私の緊張がうつったのか彼は眉を寄せて不安そうな顔をしている。
立ち上がりゆっくりと傍までくるとお腹の前でモジモジしていた私の両手を優しく握った。
その少し冷たくて滑らかな肌の感触が何倍にも増幅されて脳に伝わっているように感じる。
固まってしまう体に鞭打ってなんとか顔を上げ、考えてきた言葉を発するため口を開いた。
「……っ」
しかし、彼と目があっただけでその思考は全て弾けてしまう。
愛おしげに細められた瞳は蕩けるように甘く、私の脳まで完全に溶かしてしまった。
もう何も分からなくなって、開いた口も出始めた声も止められない。
頭の中にはもう話すつもりの文章なんて一つも残っていないのに。
「あ、トムくん……っすき……好きなの…!」
掠れて上擦った私の告白を聞いた彼はこの上なく幸せそうな顔をして私を抱き寄せた。
「ふふふ、初めて言ってくれたね。僕も、君のことが好きだ」
「……っ私のこと、好きになってくれて、ありがとう…ごめんね、今までちゃんと、分かってなかったの…!」
私も彼の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめる。
何度も詰まりながら一生懸命説明をして、告白してくれた時に上手く聞き取れなかったこと、可愛い顔に勢いで返事をしてしまったことを伝える。
もう一度謝って、本当に彼が好きだと、だからこれからも恋人でいてほしいとお願いした。
彼は驚いた様子だったけど、それは最初だけで直ぐに声を上げて笑い始めた。
「通りで…ずっと反応がおかしいと思ってたんだ」
「ごめんね……嫌いにならないで……」
「ならないさ。でも……そうか、僕が今までしてきた恋人としてのスキンシップは伝わっていなかったんだね」
「友だちにしては距離が近いなって思ってた。あと、手を繋ぐのが好きなのかなって」
「君以外とは繋がないさ」
「えへへ、私もトムくんとしか繋がないよ」
「ああ。手を繋ぐのも、一緒に昼寝をするのも僕だけだ」
掴んでいた手を恋人繋ぎにして手の甲に口付けられてまた顔に熱が集まる。
組まれた手の向こう側から彼の目が真っ直ぐこちらを見ている。
その瞳には真剣さがあり、意志の強さがあらわれていた。
〜〜、かっこよすぎる!!
今は猫もいないし、そのかっこよさを中和するものがない!
「ぅ…!もうかっこいいの禁止!私、ドキドキしすぎて死んじゃうからね!」
「それは困るな。だが意識してそうしている訳ではないし、慣れてもらうのが一番良いだろうね。早く慣れてもらえるように頑張るよ」
トムくんはキラキラとした綺麗な笑顔を浮かべていたが、その目はまるで悪戯を思いついた子どものようだった。
「お、おてやわらかに……」
エピローグ 10年後の答え合わせ
トムと揃ってホグワーツを卒業してから早7年。卒業してすぐに同棲を始めた私たちは6年前に結婚して家族になった。
現在は5歳になる息子ルーカスと3人で暮らしている。
私を愛してくれる優しくて頼りになる世界一かっこいい完璧な夫と、とびきり良い子で夫によく似た世界一可愛い我が子。私は世界一の幸せ者だ。
満ち足りた生活の中で気になっていることはただ一つ。
それが何かと言うと……
『ミャオ』
猫である。
今も変わらずトムの傍には私にだけ見える猫がいる。ただ、以前より数が減ってしまったし私が近くにいる時に限ってぜんぜんでてきてくれなくかなった。
あの可愛い黒猫だけはいつもいてくれるのだけど、他の子たちはお出かけした時くらいしか姿を見せない。
すごく残念だし寂しいけれど、変わったことはもう一つある。
それは、息子ルーカスの傍にも猫がいるということだ。
生後数ヶ月の頃、ベビーベッドで眠るあの子の横に産まれたての黒い子猫が見えるようになった。
みぃ、みぃ、とか細く鳴く、目も開いていないような小さな赤ちゃん猫。
あまりの可愛さに大声を上げてしまいそうだった。そんなに小さな猫を見たのは初めてだったし、その声は脳を溶かしてしまいそうな程可愛かったのだ。
なぜ眠る我が子を見て突然叫ぶ変人にならずにすんだかというと、ぴょんとベビーベッドに飛び乗ったトムの黒猫が子猫に寄り添いお世話し始めたからだ。
その光景はまさに天国。この世で最も美しいものだった。
最高に可愛い我が子と愛情深いパパ猫と小さな子猫がこの小さなベビーベッドにおさまっている。
私は叫ぶどころか呼吸すらままならなくなって、両手で口を抑えて悶絶してしまった。
それからもトムの黒猫は甲斐甲斐しく子猫の世話をしている。
それで気づいたのだが、この黒猫たちはそれぞれトムとルーカスの化身のようなものなのでは無いだろうか?
トムとトムの黒猫はよく似ている。髪色と毛の色、凄く美人なこと、トムが寝ている時は黒猫も寝ているし可愛い顔をしている時は一緒に可愛い顔をしている。
それにこの子たちは他の猫たちとは行動が違っているのだ。
そう思うと黒猫たちが更に愛おしくなって、彼らが私に擦り寄ってくれる度堪らなくなる。
触れられたらいいのに、そうしたら沢山沢山なでて抱っこして可愛がれるのに。
今も私の足元で寝転がっているトムの黒猫を見やる。彼の心が私と共にある証だ。本当に愛おしい。
ピクピクと動く耳を可愛いなあと見つめていると、廊下をパタパタと駆けてくる軽い足音が聞こえた。
「ママぁ!!パパにいじわるされた!」
リビングに飛び込んできたルーカスはトムにそっくりな瞳を潤ませて口をへの字に曲げていた。
腕を広げて抱っこをせがまれたため、抱き上げて背中を撫でる。
その肩には黒い子猫がいて、同じように目をうるうるさせて大変可愛らしい顔をしていた。
「ルー、どうしたの?」
「ぱぱにね、いじわるいわれた……」
「あらあら、大丈夫よ。ママがパパを叱っておくわ。パパはちょっと意地悪な時もあるけど、ルーのことが大好きなのよ」
「うん……」
首筋に頭をぐりぐり押し付けて首元をぎゅっと抱きしめてくるルーカスはとても可愛い。顔に抱きついてきた子猫と合わさってとんでもない可愛さだ。このままずっと腕の中にしまっておきたい。
「ルーカス、またママに泣きついてるのか?もうすぐお客が来るんだ。早く着替えなさい」
「トム!ふふ、ルーは貴方に意地悪されたって言ってるわよ」
「着替えもせずにナギニと遊んでいたから少し叱っただけだ」
「あら。ルー、そうなの?」
「……だってナギニが僕とはなれたくないって言ったんだもん」
「そう…優しい子ね。でも、もう少しで貴方のおじいちゃんとおばあちゃんが来るの。パジャマのままじゃお出迎えできないわ」
「はぁいママ、ごめんなさい。……僕、着替えてくる!」
ルーカスは腕から下りるとまたパタパタを駆け出してリビングを出ていった。
いつもなら週末くらいは遅くまでパジャマのままでいても構わないけど、今日は私の両親がこの家に来る予定なのだ。
着替え終わったルーカスが戻ってきた時、丁度呼び鈴が鳴った。
両親が到着したようだ。
「二人が来たみたい。ルー、出てくれる?」
「うん!僕がでるー!」
嬉しいそうに駆けていく背中を追って玄関に向かう。
ルーカスが扉を開けて二人を招き入れた。
「はーい!」
「おはよう、ルーカスちゃん。久しぶりね〜」
「大きくなったなあ」
「おはよう!おばあちゃん、おじいちゃん!」
ニコニコしながら嬉しそうに祖母に抱きついているその頭の上には猫がいる。二匹。
二匹!!
初めてルーカスにあの子猫以外の猫が!!
驚いて凝視している私の横を悠然と歩くトムが通り過ぎていく。
「ご無沙汰しています。お義父さん、お義母さん」
「トム!邪魔するよ」
「久しぶり〜今日もイケメンねぇ」
和やかに二人と話すトムの頭にも猫がいる。二匹!!
積み重なってるの久しぶりに見た!
なんで急に出てきたんだろう?私の両親が来たことと関係あるのかな。
並んで立つ瓜二つな夫と息子の頭に猫が二匹ずつ。……っ可愛い!!面白い!!写真を撮れればいいのに!
猫を乗せたまま祖父母と遊んでいるルーカスを微笑ましく見守りながら隣にいたトムに話しかける。
「ルーカス、今日は特別に良い子だね」
「君の両親の前だから猫を被ってるのさ」
「ふふ、そうかなぁ。猫を……」
猫を、被る……?
その時、10年前と同じくピシャーンと雷が落ちたような閃きがあった。
二人は文字通り猫を被ってるんだ!!
学生時代のトムは教師を前にした時に一番たくさん猫がいた。
トムは少し意地悪なところがあるけど他の人にはそれを全く悟らせない。
考えれば考えるほど納得だ。
あの猫たちは、トムやルーカスが猫を被っているときに現れるんだ!
……付き合い始めた頃はわたに対しても猫を被ってたのね……。
だんだんと猫たちをあまり見なくなって残念に思ってたけど、素を見せてくれるようになったってことだったんだ。
よっぽど私の様子がおかしかったんだろう、トムが身をかがめて心配そうに覗き込んできた。
頭の上で器用にバランスを取っている猫たちと合わさってとても可愛い。後でキスしよう。
「どうかしたのか?」
「……ふふ、あのね、後で話したいことがあるの」
fin
夢主
ちょっとおバカ
トム・リドル
他の人とは違う、慈しむような視線を向けてくる夢主が気になって気づくと惚れていた。
夢主が夢主にしか見えない何かを見ていることには気づいている。


















