ローゼマイン
貴族院一年生の卒業式を終えた後、祝福の件で集まったのを皮切りにそのままわたしに婚約の問い合わせが来たという話になった。
何でも今は下位領地の人達が相手だからお断りできるけど、上位領地から簡単に断れない問い合わせが来る前に早々に婚約を整えたいというのがジルヴェスターの意向らしい。
わたしとしてもエーレンフェストから出ていくつもりはないので異論はない。が、自分の婚約相手と言われてもまったく想像がつかないのが現状だ。
というかこれって産まれて初めてのモテ期じゃない? と浮かれていたところでお義父様とフェルディナンドがぽんぽん言い合いをしている。
いつの間にかわたしにはエーレンフェスト内に婚約者が居ることになっていたらしい。ヴィルフリートがそれを既に匂わせていたから、領主会議で婚約発表をすると答えたそうだ。
……何でヴィルフリートがわたしの婚約者候補が居ることを知ってるの? 長男だから??
それに対してフェルディナンドが妥当な答えって言うのは、まあ不満がないと言えば嘘になるけど、呑みこめる。
実際わたしの扱いは面倒だ。でもさあ、領地に魔力を注いで流行を齎したんだからその程度の面倒くらい許容してくれてもいいんじゃないの?
挙句の果てに危険物扱いだよ。だったら危険物取扱免許でも取ればいいよ。とれそうなのフェルディナンドくらいだけど。
わたしが拗ねている間にも更に言い合いは続き、わたしの婚約者にはヴィルフリートが最適という結論に至ったらしい。
ヴィルフリートねぇ……。示された道にわたしが顎に手を当てて考え込んでしまったところで頭頂部に三人の視線が降り注ぐ。
「ローゼマインはヴィルフリートとの婚約に思うところがあるのですか? それとも貴族院でブルーアンファの舞い踊る姿でも見ましたか?」
「? 何故貴族院で舞い踊るブルーアンファを見るのかが解りませんが、少し確認したいことがあるのです。お義父様、宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「何故ヴィルフリート兄様はわたくしの婚約者候補が既に居ることをご存じだったのですか? わたくしそんなこと知らされておりませんでした。それも春に決まる予定だなんて、当事者であるわたくしよりヴィルフリート兄様が知っていたのは何故ですか? 確かにわたくしはエーレンフェストを出るつもりはありませんしお城の図書室を好きにして良いのであればどなたと婚約しても構いませんが、だからといって自分の婚約事情を全く知らされず兄弟が先に知っているというのは……流石に、ちょっと、嫌です」
困惑気味に眉根を寄せてお義父様を見上げながら問いかければ、何故かジルヴェスターは視線をうろうろさせながら返答を濁す。
やっぱり実子じゃないから後から言っとけばいいやって思ってたってこと? わたしが唇を尖らせたところで、口を挟んできたのはフェルディナンドだった。
「待てジルヴェスター。まさかヴィルフリートが婚約発表をにおわせていたのはそなたの指示ではないのか? てっきり私はそなたが領地外への牽制も兼ねてヴィルフリートに喧伝させたのだと思っていたのだが?」
「あら、違いますの? ジルヴェスター様、どのような意図があったのか、わたくしも伺いたく存じます」
「いや、その、それはだな……あー、ヴィルフリートの側近達が私の意を汲んでくれたのだろう。うん。そうに違いない! ヴィルフリートの側近は優秀だな!」
余りにも苦しい言い訳にフェルディナンドとフロレンツィアの周囲の気温がガクッと下がった。
ひえ、と漏れかけた悲鳴を呑みこみ恐る恐る二人の顔を覗きこむ。
「それはつまり領主の意思も確認せず、側近達が勝手にヴィルフリートとローゼマインを婚約させるため、他領まで巻き込んで根回しに勤しんでいたということだな?」
「さすがはお義母様が選ばれた側近です。わたくしがユーゲライゼとエアヴァクレーレンと手を取り合う姿を見てどうなったか、ジルヴェスター様はよくご存じだったと思うのですけど」
わお。めっちゃ怒ってる。
フロレンツィアの言っていることの意味は解らないが、怒ってることだけは確かだ。
二人に詰め寄られたジルヴェスターはたじたじで何とか言い訳を絞り出そうとしながら視線をうろうろさせている。話が進まなさそうなのでフロレンツィアの貴族言葉について考えてみる。
えぇと、ユーゲライゼは別れや旅立ちを意味する女神で、エアヴァクレーレンは成長や導き手を意味する神だよね。
別れの神と育成の神が手を取り合うってどんな状況? と、ここまで考えて気付いた。あったよ、そんな状況。多分だけど、ヴィルフリートがヴェローニカに奪われた時のことを指しているのだろう。
つまりあれほど自分が泣いて抵抗したのを知ってるのにどういうこと!? って言いたいのか。その前の言葉も合わせると……あぁ、なるほど。
フロレンツィアはヴィルフリートの側近がかつてのヴェローニカの権勢が最高潮の時と同じようなことをしてるから怒ってるんだな。もうヴェローニカは居ないのに、って。
「ローゼマイン、聞いているのか」
「はいっ! 聞いていませんでした!」
「ハァ……一体何を考えていた?」
「お三方の話が長引きそうだったので、お義母様の仰られていた神様表現がどのような意味合いなのか考えていました。わたくしまだまだ神様がたくさん出てくると意味が解らないのです」
「それならばまあ……許そう。だが周囲には常に気を配っておくように」
「はぁい」
もしかして本のこととか考えていたら許されずにほっぺ抓られていたんだろうか。なんとなく自分のほっぺをガードしながらお話が終わったのかなと改めて三人を見上げる。
この短い時間に何があったのか、フロレンツィアはすっごく笑顔だけど目が笑ってないし、フェルディナンドは氷雪のような空気を纏っているし、ジルヴェスターはとても憔悴してる。
本当に何があったの??
「ローゼマイン。君の質問に改めて私から答えよう。ヴィルフリートは君の婚約者候補を先に知らされていたわけではない」
「そうなのですか?」
「ああ。先程も話したが君がヴィルフリートの第一夫人になればヴィルフリートの次期アウブの座は確定する。側近達はヴィルフリートをアウブの座に就けるために君を手に入れようと画策して決まってもいない婚約をさも決定事項のように吹聴していたのだ」
「ああ、外堀を埋められていたのですね」
「そういうことだ。君としては不愉快かもしれないが、ヴィルフリートとの婚約が一番領内を安定させるのもまた事実。不満はあるだろうが、受けてはくれまいか」
「逆にお聞きしたいのですが、わたくし養女なのに受けないという選択肢はあるのですか? 娘が何処に嫁ぐか決めるのはお義父様が決定権を持つのでしょう?」
「それは間違いない。だが君の意向をきちんと確認する程度の度量くらいジルヴェスターも持っているし、なんなら条件を付ける程度のことは出来るだろう。ヴィルフリートは君のお蔭で次期アウブの座が確定するのに対し、君には何の利もない婚約なのだからな」
フェルディナンドがいつもの無表情でわたしに説明していたところで、萎れていたジルヴェスターが弾かれたように顔を上げた。
「待てフェルディナンド、アウブの第一夫人になれるというのに利がないだと?」
「ローゼマイン、君はアウブの第一夫人になりたいか?」
「特には。図書室を好きにさせてくれるのならばなっても良いかなと思います」
「ジルヴェスター、ローゼマインはこういう娘だ。ローゼマインにとって領内の女性権力者第一位の地位は何の意味も持たぬ」
淡々と告げるフェルディナンドにジルヴェスターは絶句していた。信じられないものを見たと言わんばかりにジルヴェスターがわたしを見下ろす。
それって平民がアウブの第一夫人になれるのに何様のつもりだってことかな?
まあわたしが平民なのは間違いないしなぁと思いながらも、他の疑問が浮かんだのでこてんと首を傾げる。
「アウブの第一夫人は領内の女性権力者第一位なのですか?」
「そうだ。だからこそ印刷業も円滑に進められる、という利点もあるぞ」
「女性権力者第一位は、アウブの実母ではないのですか?」
「……ローゼマインはどうしてそう思ったの? わたくしに教えて下さる?」
「だって罪さえ犯していなければ、ヴェローニカ様が第一権力者だったのですよね? ヴェローニカ様は前領主夫人とはいえ上級貴族の方だったとお伺いしています。それなのにアウブの実母だから、領主候補のフェルディナンド様を神殿に入れるようアウブを動かすほど強い権力があったのでしょう? つまりアウブの実母は領主候補達よりも上で、その領主候補達の夫人よりも上ってことですよね??」
また空気が冷え込んだ。何で?
でも教わったエーレンフェストの歴史から考えるとそういうことだよね??
「ローゼマイン」
「ひゃいっ!」
冴え冴えとしたフェルディナンドの声に思わず返事の声が上ずる。
「何故そう思った?」
「エ、エーレンフェストの歴史を学んだ上で、そういうことなのだと理解しました……」
「なるほど。確かに、エーレンフェストの歴史を学んだ上でそう判断したというのであれば間違ってはいないな。よく考えている。大変結構」
麗しい笑顔を浮かべてフェルディナンドが私を褒める。
こんなに嬉しくない大変結構は初めてだ。お腹の底が冷え冷えとしている。
「あのう……わたくし、間違っていましたか?」
「そうだな、間違っている。だが君が間違えて覚えてしまったのはそもそもエーレンフェストが間違えていたせいだ。本来領内で最も強い権力を持つのはアウブでなければならぬ。アウブの第一夫人はそのアウブを支えるために領内の派閥を纏めてアウブを支え、外向きの社交も担う重要な地位なのだ。これがどういう意味か、わかるか?」
「えーと……つまり、エーレンフェストは今まで他領とのやり取りは殆ど無かったから外向きの社交は意味がなくて、派閥を纏める事を重要視されていた。本来ならばお義母様がその役割を担う筈なのに、ヴェローニカ様が既に派閥を纏めていたからその権力を横取りしていた。ってことですか?」
「その通りだ。本来ならば女性のトップはアウブの第一夫人でなければならない。外交を担い、子を産んで次代を育て、アウブを支える。それが第一夫人の役割であり、その重荷に見合うだけの権力を持つのだ」
つまりわたしはヴィルフリートの第一夫人になったら他領の夫人達と社交して、子供を産んで育てて、ヴィルフリートを支えるのがお仕事ってことだよね。
むん、と眉間に皺を寄せて考え込む。わたし、できなくない? お断りした方が良くない? それなら神殿で魔力を奉納しながら事業を回す方がよっぽど領地の役に立てると思うんだけど……。
あ、そっか! だからフェルディナンドは条件でも付ければいいっていったのか! ぴこーんとひらめいたわたしはその勢いのまましゅばっと手を上げた。
「解りました! わたくし、ヴィルフリート兄様との婚約に条件を設けたいと思います!」
「ほう。どのような条件だ?」
「ええとですね、まずはわたくしと魔力が釣りあうように努力していただきたいと思います。今のわたくしの魔力は、お義父様より多いのですよね? 魔力が釣り合わないと、子供は出来ないのでしょう? 子供を産むのも、第一夫人の役割なのでしょう? わたくしが魔力圧縮を止めるという手もありますけど、貴族は魔力量が大事だと教わりました。ですからヴィルフリート兄様には魔力圧縮を頑張っていただきたいです」
「当然の条件だな」
「ええ。条件どころか婚約者に求めるものとしては至極まっとうなものだと思います」
わたしが出した条件にジルヴェスターが何か言おうとしたが、フェルディナンドとフロレンツィアが頷いたことで口を噤んだ。
何言おうとしたんだろ??
「それから、わたくしの作り出した流行についても学んでいただきたいです。外向きの社交は第一夫人の仕事かもしれませんが、結局他領との取引をどうするか決めるのはアウブの仕事ですよね? アウブが流行について何も知らない、というのは通らないと思うのです。最悪事業が潰れます。なのにヴィルフリート兄様は製紙・印刷業に興味があるように見えません。アウブの指示で貴族院で流行を広めてきましたから、今までのように領内の派閥をまとめていればいいというのは通らないでしょう。ですからアウブになる前に、早いうちからせめて製紙・印刷業だけでも学んでいただきたいと思います。リンシャンや花飾りは領外に販売した場合模倣される可能性が高いですが、製紙・印刷は模倣が難しいのでエーレンフェスト一番の強みになる筈ですから」
「これもまた当然のことだな。筋が通っている」
「しかしまだヴィルフリートも子供なのだ、そこまで条件を付けなくとも」
恐る恐る厳しすぎないかと言うジルヴェスターだったが、意外にもそんなジルヴェスターを諌めたのはフロレンツィアだった。
「その子供であるヴィルフリートと同い年のローゼマインには事業を任せているではありませんか。何もローゼマインのように事業を起こせとも利益を出せとも言っているわけではありません。ローゼマインはこれからエーレンフェストを支える柱となる流行について理解してほしいと言っているだけです。まだ他領に広げていない流行について詳しくなるのはヴィルフリートのためにもなります。わたくしは賛成です」
「そ、そうか……いや、だがしかしだな、うぅむ……」
「後はですね、」
「まだあるのか!?」
わたしが最後の条件を言おうとした時にさも驚きましたと言わんばかりにジルヴェスターが吼える。
いや、これが一番大事なんだけど。
「はい、あります。ヴィルフリート兄様には旧ヴェローニカ派の取りまとめをお願いしたいのです。ライゼガング系がわたくしをアウブに押し上げたいのは解りました。社交は苦手ですが、ヴィルフリート兄様がアウブになった際にわたくしがライゼガング系の取りまとめを求められるであろうことも理解しました。でもわたくしだけが支持を集めていてはわたくしがアウブに担ぎ出されて、ヴィルフリート兄様が排斥されかねないのではないかと思うのです。ですからヴィルフリート兄様はライゼガング系に対抗できるように、旧ヴェローニカ派の取りまとめをお願いしたいです」
内政ものとか、時代物小説でもよくあったよね。派閥競争!
自分がまきこまれるのはご免だけどこのままでは急先鋒に立たされることが決定しているようなので、それならわたしが一方的に派閥を背負ってヴィルフリートをぷちっと潰しかねない状況をなんとかしたい。
わたしがライゼガング系を束ねて、ヴィルフリートが旧ヴェローニカ派を纏める。これがわたし達の婚約で一つにまとまるのがベスト。それが無理なら互いにけん制し合ってアウブ夫婦がそれを制御できるのがベターと見た。
そのためにもヴィルフリートには旧ヴェローニカ派をしっかり背負って貰わねばならない。
「ふむ……ローゼマイン、何故そう思った? こう言ってはなんだが、ヴィルフリートは旧ヴェローニカ派の旗頭だ。取りまとめずとも他に縋る先がないのだから、勝手に追従してくるのではないか?」
「え? でもヴィルフリート兄様は貴族院であからさまに旧ヴェローニカ派の子達を排斥していました。自分達を守ってくれない領主に付いていきたい人は居ないと思います。ですから今から挽回してほしいなと思ったのです!」
「……ジルヴェスター、ヴィルフリートに次期アウブは荷が重すぎる。諦めろ」
「自分の派閥の子供達を排斥するなんて……」
私の話を聞いたフェルディナンドがヴィルフリートがアウブになるのは無理だと良い、顔色を悪くしたフロレンツィアが額に手を当てて俯いてしまった。
もしかして知らなかったのだろうか。あんなにあからさまだったのに。
わたしがきょとんとしていると何故かジルヴェスターはわたしに怒ってきた。
「そんな報告は受けていない! 何故言わなかった!?」
「? ヴィルフリート兄様について報告しろとは言われていません」
「その通りだ。その報告を上げるのは筆頭側仕えのオズヴァルトの仕事で、諌めるのもオズヴァルトの仕事だな。そんなにひどかったのか?」
「すぐに見て解る程度に。わたくしが派閥ではなく成績向上委員会の立ち上げを提案し、一年、二年、文官、騎士、側仕えでグループ分けしてご褒美を用意し、競い合わせるよう提案したことで緩和いたしました」
「はぁ……」
フェルディナンドが眉間をもみもみしながら頭痛が痛いみたいな顔をする。どうやらわたしが思っている以上にまずいことだったみたい??
いや、これはもしかしてわたしの提案が悪かった?
「あの、成績向上委員会の立ち上げは悪手でしたか?」
「いや、君はアウブに成績を上げるようにと言われたから、その成績向上委員会とやらを立ち上げたのだろう?」
「はい」
「ならば問題ない。君はアウブの意向に従っただけだ。褒美を用意したと言ったな。その費用は何処から出した?」
「既存のお菓子のレシピを提示したので、特に費用は掛かってません」
「つまり君の持ち出しか。後で領主候補生の予算からレシピ代を出せるように手続きしておく」
「ありがとう存じます??」
レシピ代もらえるのか。ラッキー!
と、浮かれていられたのは一瞬だった。背中に吹雪を背負ったフェルディナンドがジルヴェスターを見る。
「ジルヴェスター。ヴィルフリートがアウブになるのは無理だ」
「しかしだな!」
「唯一方法があるとすれば、だ」
「何かあるのか?」
「ローゼマインの出した条件通りに魔力圧縮に励み、流行について学び、派閥を掌握し、その上でローゼマインを上回る功績を立てればあるいは、といったところか」
「無茶を言うな! まだ子供なのだぞ! そんなに課題ばかり積み上げてはヴィルフリートが可哀想ではないか!」
「その子供に流行も成績向上も何もかも任せておきながら何を言っているのですか!」
ピシャン! とフロレンツィアから雷が落ちる。
フェルディナンドやわたしには噛みつけても愛しの妻には怒れないジルヴェスターはたじたじだ。
うん、お父様の言った通りだったね。ジルヴェスターの手綱はフロレンツィアに任せるのが一番っぽい。
「わたくし達が派閥をまとめられるようにとローゼマインは流行を渡し、魔力圧縮法まで伝授してくれたのですよ!? それがなくとも養女に召し上げておきながら神殿で魔力の奉納までさせておいて、ヴィルフリートには一体何をさせているのですか!」
「ヴィ、ヴィルフリートとて祈念式には出向いているであろう!?」
「祈念式は冬の奉納式で集めた魔力を配っているだけだと耳にしました。つまりヴィルフリートは領地に魔力を注いでる訳ではなく、ローゼマインとフェルディナンドが集めた魔力を届けているだけでしょう。所詮子供の手伝いです。これでヴィルフリートの方がローゼマインよりアウブに相応しいとでも?」
「それは……」
「それにローゼマインが付けた条件は至極まっとうなものばかりではありませんか。魔力を増やし、領地の特産となる事業を学び、派閥の舵とりをする。全て領主の仕事です。それすらも出来ないのであればヴィルフリートはお飾りのアウブと言われかねません。ローゼマインの傀儡だと。それとも貴方は自分の息子を傀儡アウブだと嘲笑の的にしたいのですか!?」
「違う! そんなつもりはない! ローゼマインがヴィルフリートを立てれば良いだけであろう!?」
「そう簡単な話ではないのだ、ジルヴェスター」
はあ、とこめかみをとんとんしながらフェルディナンドは苦い顔をする。
「私ならさっさとヴィルフリートを暗殺してローゼマインをアウブに立てるだろう。その方が手っ取り早く、且つ安心して仕えられる」
「そのような物騒なことを……」
「されてもおかしくないのだ、ヴィルフリートは。大罪人であるヴェローニカの血を色濃く引き、手ずから教育を施されているというだけでライゼガングからの目は辛いものになる。その上白の塔に侵入したという瑕疵があった。それだけでも他の兄弟から一歩も二歩も遅れているというのに、それをローゼマインと言う底上げをしてなんとか次期アウブに内定しようとしているのだぞ? 解っているのか? どれだけそなたが次期アウブはヴィルフリートだと決めても、領内から猛反発にあえば押し通すことは出来まい?」
「だが……ローゼマインはアウブにはなれまい? 体力がなさすぎる」
「そこでローゼマインが立ち上げた事業と成績向上委員会、子供部屋改革が効いてくる。若い世代はローゼマインが派閥に拘らず実力で評価することを肌で実感している。革新的な考え方と取りまとめられるだけの能力を持ち、且つ利を配れるだけの資産も才能もあることも解っている。ギーベ達は特に顕著であろう。ローゼマインが神殿に入ってから目に見えて土地が豊かになったのだ。彼等にとってローゼマインが神殿育ちであることは瑕疵ですらない。そういった世代は喜んでローゼマインの虚弱による不足を埋め合わせるべく尽くすであろうな。さて、ヴィルフリートには望んで尽くす者達が居るか?」
「……旧ヴェローニカ派の者達はヴィルフリートに尽くすしかあるまい?」
「その旧ヴェローニカ派もヴィルフリート本人が排斥していたと今ローゼマインから報告を受けたばかりではないか。しかもその排斥から救ったのもローゼマインだ。何とかフロレンツィア派におもねろうとしている旧ヴェローニカ派もいるようだが、ローゼマインが社交を始めたらそういった層がこぞってローゼマイン派に移動したとしても私は驚かぬ。庇護もしない領主に付いていくものはいない」
こうやって聞くとヴィルフリートだめだめだな??
余りにもくりだされるダメ出しにフロレンツィア様は悲しげに瞳を伏せ、ジルヴェスターはわなわなと震えていた。
「ではどうすればいいのだ!?」
「だからヴィルフリートに努力させよと言っている。ローゼマインという底上げに耐えうるだけの魔力圧縮に努め、流行について学び、旧ヴェローニカ派を取りまとめよと。ローゼマインが付けた条件は条件にすらなっていない。ヴィルフリートが領主にならねばせねばならぬことばかりではないか」
「だが」
「子供だからなどと言うなよジルヴェスター。子供だからこそ、今の内にするべきなのだ。成人を迎えては職務に追われることになる。日々魔力を消費すれば圧縮するためには薬を煽り無理を重ねればならぬ。流行について学ぶのも、派閥のとりまとめも自由時間と睡眠時間を削って勤しむことになるだろう。今の内から少しずつ積み重ねるのと、成人したから一気に片付けるのとどちらが大変だと思う? アウブの仕事がどれだけ大変か一番解っているのはそなたではないのか、ジルヴェスター」
「む、むむむ……っ」
「まだ時間がある子供の内にやらせておけ。そうすればアウブになる芽も僅かだが残っている。だが少しでも嫌がり逃げるようならば最早無理だ。諦めろ。それでもそなたがヴィルフリートを次期アウブに押すというのであれば」
「あれば……?」
フェルディナンドが意味ありげに言葉を切った。
凄味のある笑顔を浮かべるフェルディナンドにジルヴェスターもおじけずく。
「今度こそシャルロッテやその下の弟に私自ら養育を施し、対抗馬として育てあげ、ヴィルフリートを蹴り落としてくれよう」
うわあ。めっちゃ怒ってる。
びくびくするジルヴェスターを尻目に、いつの間にかフロレンツィアが思案顔をしていた。
顎に手を当てて考え込んでいたフロレンツィアはおもむろに顔を上げ、それも良いかもしれませんとつぶやく。
「選択肢の一つとして一考していただきたいのですが、フェルディナンド様にはローゼマインと婚約し、シャルロッテやメルヒオールを教育していただきましょう」
「……フロレンツィア様、それでは私をアウブに押す声がどうしても出てきます」
「解っています。ですが今婚約したとして星結びをするのはローゼマインが貴族院を卒業してからとなるでしょう。そうして星結びをしてから、フェルディナンド様には中継ぎのアウブになっていただくのです」
「中継ぎのアウブ、ですか?」
「はい。ライゼガングのヴェローニカへの執念は未だ拭いきれておりません。ジルヴェスター様は未だにその補填すら出来ていません。ローゼマインが魔力圧縮法を派閥強化に使用して良いと言ってくれましたが、ライゼガングから言わせれば何をいまさらと言ったところではないでしょうか。正直な所、フロレンツィア派はその大部分をエルヴィーラに頼っています。旧ヴェローニカ派や中立派の取り込みは出来ましたが、お恥ずかしいことにライゼガングは未だ掌握できたとは言えません」
フロレンツィアから言わせれば魔力圧縮法の伝授は埋め合わせにもなっていないらしい。
というかジルヴェスターはライゼガングに補填してなかったの? ヴェローニカの罪が明らかになった後も? 身内の後始末してなかったの?
ジルヴェスターを見ればさっと目を逸らされた。ああ、うん。駄目だこりゃ。
「ですからジルヴェスター様にはその罪を贖うためにもアウブから退いていただくのです。これでライゼガングも旧ヴェローニカ派も平等に扱えます」
「確かに私は何処の派閥にも属していませんが……ローゼマインを娶ればライゼガングが増長するのは避けられないのでは?」
「あら、ローゼマインが実力主義だと言ったのはフェルディナンド様ではありませんか。ローゼマイン、貴方は自分の後ろ盾であるライゼガングを贔屓するつもりはあって?」
「特にないです。後ろ盾と言っても特に何かして貰ったこともありませんし」
「ローゼマインならばそう言うのではないかと思っていました。ライゼガングはローゼマインを思い通りに動かせないことに憤るでしょうが、それを許すフェルディナンド様ではないでしょう。ですからフェルディナンド様に領主に立っていただくことで領内をフラットにし、その後フェルディナンド様が教育を施したという理由でシャルロッテやメルヒオールに領主を継いでもらえれば良いのではないかと思いました。フェルディナンド様はジルヴェスターの血筋に跡を継いでほしいのでしょう? その上でシャルロッテかメルヒオールの子が、フェルディナンド様とローゼマインのお子と星を結べれば領内は盤石になるのではないでしょうか」
「……なるほど。確かに、一考の価値はあります。ジルヴェスターが同意するのであれば、ですが」
なるほど。次代だけでなく次々代まで見据えた気の長い計画だったが、領政を担う領主候補生って言うのは本来こういった長期的計画も立てられるようになるべきなのかもしれないなとも思う。
フェルディナンドを中継ぎのアウブにすることで領内の派閥係争をリセットし、ヴェローニカの血は引いてるけど厳しいフェルディナンドが教育をしましたよっていう名目でシャルロッテ達に繋ぐ。
血統主義の考え方はわたしにはあまりよく解らない。けど平民のわたしが産んだ子供でもフェルディナンドの血が入っていればジルヴェスターも許容範囲内かもしれない。
「いかがでしょうか、アウブ」
フロレンツィアがあえて“アウブ”と呼びかければジルヴェスターは頬をはたかれたような顔をしてフロレンツィアを見た。
フロレンツィアと言えばにこにこと笑いながらジルヴェスターを見ている。あ、でも目が笑ってないな。これ。
「穏便な代替わりという意味では悪くないと思うのです。中継ぎの役目を終えた後はボニファティウス様のような立場になられても良いでしょう。フェルディナンド様には損な役割になってしまいますが……」
「いえ、私は構いません。むしろヴェローニカの爪痕を消すという意味では良い手ではないかと愚考いたします。私の跡をシャルロッテ達弟妹が継いでくれるのであれば私としても否やは有りません」
フェルディナンドは悪くないと思っているらしい。消極的な賛成、といったところか。
一番のネックはやはりジルヴェスターなのだろう。全員の視線がじっとジルヴェスターに注がれた。
「ねえジルヴェスター様、不遇の身を強いた異母弟に少しでも花を持たせてやれることができるのです。自慢の弟だとあれほど仰っていたではありませんか」
「それは、まあ……言ったな、確かに」
「でしょう? 最終的にジルヴェスター様の血筋が跡を継ぐのです。何も問題ありませんわ。アウブの役目を退いたら領主一族としてもう少し自由時間も取れるのではありませんか? 夫婦の時間も増えましょう」
「うむ。それは確かに……」
フロレンツィアが説得を重ねていく内にジルヴェスターもだんだんとその気になってきたらしい。
結局わたしの婚約相手はフェルディナンドに決まり、その場は解散となった。部屋から出たわたしがフェルディナンドをお茶に誘えば、彼は片眉を上げてわたしを見下ろした後諾の返事をくれる。
小会議室でリヒャルダにお茶を入れてもらい、互いに盗聴防止の魔術具を持ったところで早速切り出してみた。
「答え合わせというわけではないのですけど、結局お義母様はヴィルフリート兄様は期待できないから、せめて確実にシャルロッテ達に跡を継いでもらうことで自分の権力を維持したいてことであってますか?」
「ほう。よく解ったな」
先程フロレンツィアがあの選択肢を押した理由。わたしなりに考えて、辿り着いた答えがこれだった。
「だってそうでしょう。お義父様が責任を取るという名目でアウブを退いても、すぐに大地が満たされる訳ではありません。その荒れた内政をフェルディナンド様が整えて、更にわたくしが流行や事業を担ってエーレンフェストの底上げをしておき、整えられたエーレンフェストをシャルロッテ達が受け継ぐ。そういうことですよね」
「その通りだ。勿論ヴェローニカの血を引く以上シャルロッテ達も突き上げがないとは言わぬ。だがヴィルフリートが継ぐよりもよほど穏便にジルヴェスターの血筋を保てるであろう。その分君には子を産むのを待ってもらう必要も出てくるだろうが……」
「まあそうなりますよね」
つまりわたしが底上げする相手がヴィルフリートからエーレンフェストに変わっただけ。
でもわたしから見ても悪くない案に思える。成人してから五年か十年くらい製紙・印刷業にまい進して領内外に広めて、落ち着いたところで後は悠々自適の隠居生活でしょ?
ずっとヴィルフリートの第一夫人として支え続けるよりかは明るい未来に思える。
「嫌だったか?」
「いえ。フェルディナンド様こそわたくしのような危険物を嫁にもらうのは嫌なのではありませんか?」
「君は危険物で手綱が必要なじゃじゃ馬で度し難いほどに本狂いではあるが、別に疎んではいない。愚かでもない。君は言えば解る。反省も努力も出来る。特に商売関連に関しては信頼している」
「あら。ありがとう存じます」
疎んではいないってことは、フェルディナンドからすればそれなりに好きな部類ってことだよね。
思っていた以上に好意的な返答に思わず笑みがこぼれた。なので危険物どころか手綱が必要なじゃじゃ馬だの、度し難い本狂いだのという不名誉な呼称に関しては何も言わないでおく。
本狂いなのは本当のことだしね!
「それにヴィルフリートをアウブに仰ぐよりよほど良い」
「結局そこなんですね」
「領地に住まう貴族としては何よりも重要であろう?」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
互いにカップを傾けながら淡々と話をする。
別にそこに恋情は無い。家族に向けるような愛情はある。それを考えればフェルディナンドは良い相手なのかもしれない。
「それでは、不束者ですがどうぞよしなに。中継ぎのアウブ業が終わったら、一緒に魔木の研究でもしましょうか。そしていっぱい本を作ってくださいませ」
「……それも、悪くないな」
わたしの言葉にフェルディナンドが小さく笑った。
多分この後原典通りにアーレンスバッハ行きを王族から迫られますが、元々の予定通り少し早めにフェルディナンドが中継ぎのアウブになることで回避すると思います。
アーレンスバッハはランツェナーヴェに蹂躙され、王位は奪われ、ユルゲンシュミットは新たな形で存続し……きれずに、白砂に帰るのでしょう。
・ローゼマイン
フェルディナンドと婚約。アウブに押されるが体力を理由に第一夫人を目指すのだとエルヴィーラが根回しをする。
このローゼマインは本狂いは変わらないけど元の世界の小説なんかを思い出して少しだけ口を出すタイプ。
嫁取りディッターも多分回避できる。魔王と名高いフェルディナンドがいずれアウブを引き継ぐ際に第一夫人になるのだと解れば、レスティラウトも一旦とどまるくらいはしてくれる筈。
でも多分メスティオノーラの書の取得はする。
・フェルディナンド
ヴィルフリートを見限ったことで、ジルヴェスターを支えるために彼の血統を残すことに注力することを選んだ。
一度自分が領内を平定しジルヴェスターの子が跡を継げばアウブの父として地位は安泰なので、エーレンフェストとジルヴェスターを頼むという父との約束も守ることができる。
その一点でもフロレンツィアの提案は有用であると判断した。ランツェナーベによる王位簒奪が起きても我関せずを貫く。彼のゲドゥルリーヒはあくまでもエーレンフェスト。
周囲から顔がそっくりだと言われても自分はエーレンフェストの子だと言い張るし、ジェルヴァージオ辺りにそっちが領地に手出ししなければ引きこもっておくから関わってくるなと言いそう。
・ジルヴェスター
多分このまま落ちてく。フェルディナンドにアウブを譲っていざ蜜月再来と思ってもフロレンツィアが優先すべきは子供の教育なのでジルヴェスターは二の次。
それどころかアウブじゃなくなったジルヴェスターの周囲から人は減っていくが、それがなぜなのか解らない。
周りも最早手をかける価値は無いと放置される。最低限の仕事をしながらのんべんだらりと過ごす。本人は不満たらたらだが、傍から見たら凄く幸せな生活だと思うよ。
・フロレンツィア
自分の権力の維持と血統を残すことに拘った。ヴィルフリートを見限り、シャルロッテやメルヒオールの教育に専念する。
将来フェルディナンドとローゼマインの薫陶を受けたメルヒオールが無事アウブを継いだことでようやく胸を撫で下ろす。
多分このフロレンツィアはジルヴェスターを愛していない。エーレンフェストで平穏に過ごすために全力を注いだ。
・ヴィルフリート
見捨てられてしまった子供。側近達は解任させられたが理由が解らずふてくされ、そのせいで余計に無能の烙印を押されるという悪循環が待っている。
役立たずは要らんとばかりにディートリンデの婿入りもフェルディナンドが承認するが、その前にアーレンスバッハが潰れるので多分エーレンフェストで無難に生きてくんじゃないかな。
ギーベになって地方で管巻いてそう。
・シャルロッテ
アウブの芽はあったが品質の低いシュタープを取得していたことや女性が領主になるむずかしさも相まって補佐に勤しむ。
ヴィルフリートじゃなくてフェルディナンドとローゼマインがアウブに立つなら自分はそのお手伝いをしようと考える。
その後同じように教育を受けたメルヒオールがアウブになっても同じように手伝っていくと思われる。

























