どうして、と聞きたいのに、言葉が唇の上で震えるばかりで音にならない。
この子がストーカー? そんな、だって、いつも一生懸命で、すごく感じの良い子で……そうだ。ただ、私のペンネームを知っていただけかもしれない。でも、だとしたら、どうやって知ったの? それにさっき、手紙って。じゃあ、あの夜に後を付けてきたのも、この子が? 確かに、体格はあのとき一瞬だけ見たシルエットと似ている。でも、まさか────こんな、子供だなんて。
『周辺を巡回させたが、それらしい人間は見つからなかったらしい。居たのは飲み会帰りのサラリーマン2人連れと犬の散歩中のオッサン、それに────』
そうだ。“アルバイト帰りの高校生”。かんすけくんはあのとき、そう言っていた。
逃げなきゃ、と頭ではわかるのに。足が竦んで、その場に縫い止められてしまったように動かない。逃げられないなら、誰か……助けを呼ばなきゃ。高明くんに電話。鞄の外ポケットのスマホは少し手を伸ばせば届くはずなのに、指が震えて上手く動かない。
「あの……?大丈夫ですか?」
顔色が悪いですよ、なんて眉を下げる表情はあどけなくて、心配そうで。やっぱり「良い子」にしか見えないから、余計に混乱する。スニーカーの靴底が床を擦る音に合わせて縮まっていく距離に、ビクッと肩が跳ねた。
「結月!」
名前を呼ばれて、腕を強く引かれる。視界にパッと深い紺色が広がる。スーツを着た広い背中が、私を庇うように目の前にあった。
────たかあきくん。
名前を呼ぼうとしたけれど、やっぱり喉が詰まって声が出ない。緊張が緩んだら体の力が抜けて……足にも力が入らなくて。ペタンとその場に崩れ落ちる。
……あ、さっき落としちゃったマニキュアの瓶、割れてない。よかった……。そんな現実逃避じみたことをぼんやり考えながら、ようやく深く息をすることができた。
「えっ? ストーカー……ですか? 僕が?」
突然のことに戸惑っているのを差し引いても、きょとんとしたその顔からして、やっぱり本人に自覚はなかったらしい。
かんすけくんも合流して、お店の従業員用の休憩スペースで彼(犬井くんと言うらしい)から話を聞くことになった。現役の警察官2人にかかれば、憩いのために用意されたはずのテーブルと椅子も一気に取調室の雰囲気だ。ちなみに私は2人の後ろ、少し離れた位置に居るよう指示された。
「どう考えてもストーカーだろ。夜道で相手を尾行して、自宅の場所まで付きとめるなんざ……」
「家まで……? 僕、そんなことしてないです!」
「あ? じゃあ、どうやってこいつの家知ったんだ? 手紙入れたの、お前だろ?」
さすが本職の刑事さんと感心するべきなのだろうけれど、かんすけくんの迫力がありすぎる。後ろに居る私さえビビってしまうくらいだから、対面ですごまれている犬井くんはもっとだろう。強面だし。声も大きいし。
「あの日は……夜遅かったから、女の人1人じゃ危ないんじゃないかって、心配だったんです。××公園のあたりはよく痴漢が出るって学校でも言ってたし……バイトの帰り時間が合ったときは、公園のあたりまでは送るって言うか……こっそり見守ってる……つもりでした。確かに、手紙は僕が入れましたけど……」
気丈に言い返そうとする努力は感じるものの、明らかに萎縮しているので気の毒になってしまう。名前の印象のせいもあるかもしれないけれど、テレビで見たクマ相手に威嚇する柴犬みたいだ。大丈夫かなと心配になっていると、高明くんが小さく溜息を吐いた。
「どうにも要領を得ませんね。順を追って話せますか? 君がどうやって彼女のペンネームと……それに、自宅の所在を知ったのか」
あ、高明くんのこの口調、知ってる。
昔、おばあちゃんちの庭でビニールプールのホースの蛇口開けっぱなしにしてそこら中水浸しにしたときのやつ。もしくは、夏休みの宿題全然やってなかったのバレたときのやつ……。遠い記憶を思い出して勝手に気まずくなっていると、犬井くんは1度深呼吸して、ポツポツと話し出した。
「えっと……最初は、はつい先生だとは知らなかったです。ただ、可愛い人だなって……」
曰く。彼が私を気にするようになったのは、私が引っ越してすぐドラッグストアに買い物に来たときのことだったらしい。慣れないレジ作業で焦っていた彼に、私は「ゆっくりで大丈夫ですよ」と優しく笑いかけた。らしい。……そんなこともあったような、なかったような。よく覚えてないけど、私も初めてのバイトのときはしょっちゅうレジの操作を間違えていたので、たぶん親近感が湧いたのだろう。
「また会えないかなって思ってたら、何日か後に駅前のカフェで見かけたんです。『家が燃えた』とか『横領』とか……すごい会話が聞こえて、気になって……あっ、最後まで全部聞いたわけじゃないです。僕達も塾の前だったし……それで、友達が『一緒に居る人、歌手の秋庭怜子そっくりだ』って言ってて……」
高明くんとかんすけくんの怪訝そうな視線が私に注がれる。……あのときかな、と思い当たる。確かにカフェでそんな会話聞こえたら気になるだろう。事実です、の意味を込めて頷いてみせると、高明くんが頭痛を耐えるように眉間を押さえた。
「……そのときの会話から、彼女のペンネームを知ったと言うことですか?」
「え? あの、違います。えっと、はつい先生のインスタは元々見てて……小学生の頃からファンだったんです。はつい先生のって言うより、先生が挿し絵描いてる小説のでしたけど……。何度かお店で見かけて、はつい先生と同じでちまかわ好きなんだなとか、マニキュアの色も同じだなって……でも、先生は東京に住んでるし、まさかなって……。最近この近くのお店の写真も投稿があったけど、長野に旅行に来てたのかな、くらいに……」
「別人だと思ってたってことだな。じゃあ、何で同一人物だってわかった?」
「えっと、僕、秋庭怜子さんってよく知らなかったんですけど……堂本ホールの事件があって、ニュースで見たら本当にあのときの女の人そっくりで……それに、はつい先生と友達だって知って……」
やっぱりあの番組かあ、と頭を抱えた。確かに、あの番組で取り上げられたことで、私と怜子ちゃんの友人関係は……良くも悪くも話題になった。私のSNSのフォロワーでなくても、たくさんの人が目にしたはずだ。
「もしかしてって思ってたら……お店に来てくれたとき、電話で『怜子ちゃん』とか『あの番組』って言ってるのが聞こえて……それで、あの……たぶん本人だって……わかりました」
……きっかけはあの番組だけど、原因は私だった。どうしよう。さっきから心当たりしかなくて心臓が痛い。高明くんの顔が怖くて見れない。
いや、でも、言い訳させてほしい。そんなに偶然がいくつも重なると思わなかったのだ。たまたま怜子ちゃんと私(本人)が一緒に居るのを見た子がたまたま私(イラストレーター)のファンだなんて、奇跡みたいな確率だろう。
「……成程。彼女のペンネームを把握した経緯はわかりました。では、自宅の特定はどうやって?」
「あ、えっと……名字がモロフシさんだって言うのは知ってたんです。最初にお店来てくれたとき、僕、ポイント付け忘れちゃって会員情報検索したので……うちのシステムだと、検索結果に名前表示されるんです。それで……この間の夜、怖がらせちゃったみたいだったので……謝りたかったんですけど。あれから全然お店来なくなっちゃったから……」
あの夜の一件以来、外出は日中にするようにしていた。高校生なら学校に行っている時間だ。だから、ドラッグストアに来ても何ともなかったのだろう。そう言えば、それより前に視線を感じたのも、いつも夕方や夜だった。
「それで……バイト先のお客さんで会いたい人が居るって話を友達にしたら……『モロフシって人、うちのマンションに住んでるよ』って言われて……それで、『変わった名字だし、たぶん本人でしょ』って……人違いだったら捨てるだろうし、手紙入れてみたらって勧められて……マンションにはその子が連れてってくれました。ポストの場所も、教えてくれて」
高校生の行動力ってすごい、と思わず顔が引きつった。
いや、でも、わかる。10代の頃って謎の全能感と言うか、無敵感と言うか、こう!と思ったら深く考えず突っ走ってしまうところがある。若さゆえの溢れるエネルギーがそうさせるのだろうか。
「失礼。少々確認したいことが」
そう言って胸ポケットからスマホを取り出すと、高明くんはどこかに電話をかけながら1度部屋を出て行った。……と思ったら、すぐにまた戻ってきた。
「……マンションの管理人に確認が取れました。手紙が投函された日、エントランスの防犯カメラには高校生の男女2人組が映っていたと。ストーカーと言う情報から男性1人と思い込んでいたこと。そして少女の方は住人だったため、同級生が遊びに来たものと判断したとのことです」
「そういやあの夜、バイト帰りの高校生が居たって報告があったな……こいつの後付けた日、制服警官に声掛けられなかったか?」
「あ、えっと、はい……学生証見せてバイトの帰りだって言ったら、名前と連絡先だけ聞かれて『行っていいよ』って言われました」
不思議そうな彼の返事に、高明くんとかんすけくんが渋い顔になった。巡査さんの対応には結果的には問題があったのかもしれないけれど、つい見逃してしまったのはたぶんこの子の外見のせいもあるだろう。小動物を彷彿とさせる雰囲気で、いかにも無害そうなのだ。きっと学校でもモテるだろう。
「……にしても、いきなりポストに手紙はないだろ。次また来るまで待てばよかったじゃねぇか」
「……僕、引っ越すんです。父さんの転勤が急に決まって、関西に行くことになって……だから、このバイトも今月いっぱいで……その前に謝りたくて……いえ。話してみたくて」
彼の視線が、私に向けられる。眩しいものを見るような熱っぽいその瞳と縋るような表情に、彼の行為はきっと本当に『好意』からだったのだと、すとんと胸に落ちた気がした。何か言おうと唇を開きかけて────けれど、勝手に喋るとまずいかもしれないと不安になって高明くんとかんすけくんの顔を見る。2人が制止する様子がないのがわかって、膝の上でギュッと拳を握りしめて息を吸った。
「……あのね。私、すごく怖かった。夜道で誰かに後を付けられるのも、家のポストに誰からかわからない手紙が入ってるのも……知らない誰かが、親しい人にしか言ってない私のペンネームを知ってるのも」
誤解だってわかったから気にしなくていいよ、とは言ってあげられそうにない。少なくとも、今は。
だって、本当に怖かった。彼にとっては守っているつもりでも、私には恐怖しか感じられなかったし、匿名のファンレターのつもりだったものも、ポストで見つけたときは血の気が引いた。
「怖くて……家から出るのすごく不安で、また同じことが起きたらどうしようって思った。また追いかけられて、もしかしたら今度は危害を加えられるかもしれないって」
「す、すみません! 僕、そんなつもりじゃ……」
「うん。そうだよね。でも……あなたがどんなつもりだったかなんて、私にはわからなかったから」
彼の事情と言い分は理解できた。だからもう、さっきほど彼を怖いとは思わない。けれどそれは、高明くんとかんすけくんがこんがらがった事実を丁寧にひもといてくれたからこそだ。
“今”はもう恐怖は消えても、“過去”に私が恐怖を与えられたのは事実で、そのために2人も忙しい中動いてくれた。それを全てなかったことにはできない。私にも、彼にも。誰にも。
「『好き』なら、何をしても許されるわけじゃないんだよ。あなたにとっては親切のつもりでも、相手には迷惑だったり、怖がられたりすることもあるって……それだけは、忘れないでほしいな」
「……はい」
ね、と微笑んでみせると、彼は傷ついたような表情を見せた。けれど、躊躇いがちながらも頷いてくれた。たぶん、頭の良い子なのだろうと思う。ただ、少し……ボタンをかけ違えてしまっただけ。嘘みたいな偶然が重なって、彼が思っていた以上に事態が大きく、複雑になってしまっただけ。
私はもう「大人」だから。1人の「大人」として、「子供」の彼が間違えないように導くべきで。きっと、これは正しいことなのだろうけれど。
「……もう、他の人にはこんなことしちゃダメだよ」
誰かへの憧れが、目を曇らせてしまうこと。自分の想いを知ってほしい、受け入れてほしいと言う強い衝動の前では、理性や思考のブレーキが上手く効かなくなってしまうこと。頭ではダメだとわかっていてもどうにもならない瞬間があるって……知っている。私だって、昔はそうだったから。かつて自分もした失敗を、まるで清廉潔白みたいな顔で諭すのは、どこか苦い気持ちにさせられる。
「……応援してくれてありがとう。転校しても、頑張ってね」
『それじゃ、ストーカーの件は解決したの?』
「うん、一応」
かんすけくんと高明くんはまだ犬井くんと「男同士の話」があるとかで、私だけ一足先の帰宅である。
遅めの夕飯を食べて(東京駅でお惣菜買っておいて正解だった)、久しぶりにのんびりとお風呂に入って。落ち着いたところで、怜子ちゃんに報告の電話をした。一通り説明を終えると、スピーカーから怜子ちゃんの溜息が聞こえた。
『自覚なかったって……本気? 高校生よね? それくらいの分別はつく年齢じゃない』
「うーん……でも、自分があの頃どうだったかって考えると……やっぱり子供だったよ」
『……まあ、アンタはそうよね』
学生の頃のやらかしを知られている相手からの言葉には、実感がこもっている。実際、高校生どころか最近も私は恋愛で「失敗」したので、何も言い返せないけれど。
『まだ子供だって言うなら、親も巻き込むべきでしょ。矛盾してるわよ』
「でも、本当に悪気なかったみたいだし……すごく反省してたし」
子供の失敗だからと笑って許す、と言うのは今はまだできそうにないけれど。事情がわかってしまうと、悪感情を向けるのも難しくなってしまった。あれほど怖かったのに、蓋を開けてみたら事実は想像とは全然違っていて。幽霊の正体見たり何とやら、と言うやつかもしれない。
「それに……その子、昔のヒロちゃんにちょっと似てたんだよね」
顔立ちは似ていないけれど、どことなく雰囲気が似ていた。だから印象に残っていたし……親しみを持っていた。嘘を吐いているようには見えなかったし……ヒロちゃんに似ている彼が、嘘を吐いているとは思いたくなかった。
「何回か接客してもらっただけだけど……いつも一生懸命でね、いい子だなって思ったから……ご両親とか周りに知られたら変に話が大きくなるかもだし……これがトラウマになったりとかして、人を好きになるのが怖くなっちゃったらやだなあって……」
『そうなったとしても自業自得でしょ。アンタは甘すぎ』
怜子ちゃんの言葉は、私を心配してくれたからこそなのだとわかるけれど。でも、彼のしたことを許すのは難しくても、彼に怒りや憎しみを向けるのもやっぱり難しいのだ。それは、彼がヒロちゃんに似ているからと言う、それだけが理由でもなくて。
……『好き』が膨らんで、暴走してしまうことも。そのせいで、その好意を向けていた相手に迷惑をかけてしまうことも。私にも、覚えがあるから。
『……そう言えば』
「ん? 何?」
『イケナカのチーズケーキ。アンタ、食べたがってたでしょ。家に送っておいたから』
「えっ?」
ぶっきらぼうな怜子ちゃんの言葉に、ぱちりと瞬いた。そう言えば、この間の電話のときにそんな会話をした記憶がある。
「……怜子ちゃんって……」
『……何?』
「ううん、何でもない。ありがとう」
イケナカのチーズケーキは勿論大好きだけれど、それ以上に怜子ちゃんがそれを覚えていてくれたことが嬉しい。怜子ちゃんってやっぱりツンデレだよね、なんて言いたくなったけれど、たぶん怒るだろうなと思ったので黙っていた。
「あ、高明くんおかえり! お疲れさま」
電話を切ったタイミングで、ちょうど玄関から鍵を回す音がした。部屋から出て覗いてみると、やっぱり高明くんだ。結果的に今日解決したのはよかったのかもしれないけれど、早く家でゆっくり休んでほしいと思っていたのに、結局こんな時間になってしまったので申し訳ない。
「今日は本当に、色々ありがとね。お夕飯すぐ食べる? ホタテフライおいしかったよー」
「結月」
高明くんもきっとお腹が空いているはずだし、話は夕飯の後でもいいだろう。私のはさっき指定通り1分チンしたら1個爆発しちゃったから、とりあえず40秒温めてみようかな、なんて考えつつキッチンに向かおうとすると、高明くんに呼び止められた。
「すみません。僕が判断を誤ったせいで、君を危険に晒しました。……短時間とは言え、あの場で君を1人にするべきではありませんでした」
「や、でも、1人で買い物させてってお願いしたの私だし……!」
ひどく深刻な様子の高明くんに、ギョッとする。
そもそもドラッグストアに行きたいと言ったのも私だし、あのときは女の人しか居ないから大丈夫だと私も思った。結果的に何ともなかったし。確かに相手が本物のストーカーなら危険な状況だったのかもしれないけれど……だとしても高明くんはすぐ駆けつけてくれた。
「何て言うか、本当、意外だったよね? 私もまさか、自分が高校生の子に憧れてもらえてるなんて思わなかったもん。かんすけくんもびっくりしてたよね」
そもそも、私が付きまといの相手を「男の人」と伝えてしまったのも原因だろう。ストーカー=成人男性と言う先入観や思い込みもあったけれど。高明くんやかんすけくんにとっても、私は「年下」のイメージが強くて、誰かにとって「憧れの年上のお姉さん」だと言うのは盲点だっただろう。しかも相手が高校生……一回り近くも年下の子だなんて。
「私こそごめんね。大騒ぎしちゃって……高明くんには迷惑かけちゃったよね。かんすけくんにも」
「それは結果論です。君の身の周りで起きたことを考えれば、充分『大騒ぎ』すべきことでしたよ。言いましたよね、君が気に病む必要はないと」
私がもっと気を付けていて、かんすけくん達にも正しく情報を伝えられていれば、こんなに複雑に事態がこんがらがることもなかったのかもしれない。そう思って眉を下げると、言葉とは裏腹に高明くんの表情が険しくなった。それに、纏う雰囲気も。
「……怒ってる?」
「ええ。……しかし、恐らく君が考えているのとは違う理由です」
理由……何だろう。ちょっとでも空気を軽くしたかったのだけれど、私がヘラヘラしてて反省してないように見えるから、とか……? 危機感が足りない、的な。視線を泳がせて俯くと、高明くんは小さく息を吐いた。
「君は若い女性ですし……職業柄、防犯に関して口うるさくなってしまっている自覚はあります。が……今回の件に関して言えば、君に多少の不注意はあったにしろ、それは過失として咎められるようなものだとは思いません。君は最低限注意を払っていましたし……運悪く、偶然が重なってしまった結果でしょう」
……意外だ。てっきり、カフェや外出先での電話で個人的な話をしないように、とか、SNSに近所の店の投稿をするからですよ、なんて言われるかと思っていたのに。と言うか、それが良くなかったのだろうな、と私自身思うのに。
「火事の件もそうでしたが……君は、自分が受けた被害を矮小化して、自分が我慢することでやり過ごそうとする」
「……そんなことないよ」
「事実でしょう。それだけでなく、危害を加えられる原因が自分にあると思い込む。例えどんなに君が無防備でも、悪いのは加害者です。注意は必要ですが、それは避けられる被害を未然に防ぐため。実際に被害に遭ったからと言って、君が必要以上に自分を責める必要はない」
感情を抑えたような高明くんの低い声に、思わず言葉に詰まった。
私はうっかりしているから。能天気で、ぼんやりしているから。私に、隙があったから。確かに、私はいつもそんな風に言い訳をしがちで。私がもっとしっかりしていたら……怜子ちゃんや由衣ちゃんみたいに賢かったら、結果は違ったんじゃないかと……どうしてもそんな風に考えてしまう。
「……君がそうなってしまったのは、僕のせいですか」
そう問いかける声は、もう怒ってはいなかった。質問なのか、それとも確認なのか。その表情も、声も、いつもと同じに冷静だけれど────私を映す高明くんの目は、どこか傷ついたような、悲しげな色をしているように見えて。無意識のうちに、ひゅっと喉が詰まる。
「……高明くんは、助けてくれたじゃん。あのときも、今日も」
その瞳に内心の動揺を見透かされてしまいそうな気がして、視線を逸らす。高明くんが今、頭の中に思い浮かべているだろう記憶がいつ、どれのことなのか、私にもわかってしまったけれど。でも、今それに触れられたくはない。たとえ相手が、高明くん本人だとしても。
「高明くんが責任を感じることなんて、何にもないよ」
そう。高明くんは────「アキくん」は、何も悪くない。私も子供だったし、高明くんもあの頃はまだ大学生で、今の私よりもずっと幼かった。ただ、それだけ。それ以上でも、それ以下でもない。
わざと明るく装った声と笑顔は「嘘」だったかもしれないけれど、そう思っているのは私の本心だ。




























