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舞台の幕を引く人間は選んだ方がいいって話。

ユハルユハル

今回も絵本の話はお休みです! 書いてて思いましたがやっぱり滝夜叉丸書いてるときが1番楽しいです。 ・何でも許せる方向け ・読後のクレームや誹謗中傷は受け付ません(ほんとマジで) ・ご都合主義の設定あります ・ ・ ・ ・ ・  サクに連れて来られたのはこの湯屋で働く従業員達の寝床。人である自分を従業員達は人臭くて敵わんだの、こっちには寄越すなだの好き放題言ってくる。  そんな言葉をサクは払い除け、ジンを世話係に任命した。 「よくやりましたね。あなたはとろいから心配していたんです」 「あの、サクって2人いるんですか?」 「あんな不運に愛された奴が2人もいたらたまったもんじゃありません」  サク、立場は上みたいだが不運はやっぱりバレているらしい。  その夜、布団で横になっていると誰かが足音を忍ばせてこっちに向かってくる気配がした。  何てスリル…と思いながらもここはあまり味方がいない場所。起きて何かされたらと思うと目が開かない。足音を忍ばせたそれは自分の枕元までやってきてこう言った。 「麓の橋までおいで。お父さんとお母さんに会わせてあげる」  声が消え、バッと起きればそこには誰もおらず、寝ている従業員達がいるだけだった。あの声は間違いなくサクだ。サクが言ったことが本当なら、と蔵は急いで布団から出た。  山爺の炭焼き部屋までくると、部屋の主はまだ夢の中だ。蔵の気配を嗅ぎつけたススワタリがお見送りをしてくれた。 「わぉ」  橋まで辿り着けば、右側の手摺り付近に面の付いた影が突っ立っていた。 「スリルの具現化………!」  とりあえずスタコラとその横を通り過ぎた。あまり関わりすぎたら戻れなくなるかもしれない。そこはちゃんと境界線を張っている蔵だった。振り返れば、それはもういない。  名前を呼ばれ、そこにはサクが微笑んで立っていた。両親がいる場所に案内するからおいでと言われ、大人しく着いていく。  自分の背丈よりも高いツツジの壁の道を過ぎれば、そこにはポツンと小さな家畜小屋があった。  コーケコッコー! 「………へ?」 「あぁ、すまない。不運にも豚小屋と鶏小屋が入れ替わってしまったみたいだ」  入れ替わることがあるんだ。深くは突っ込まなかった。 「お父さん、お母さん!寝てばかりいたらダメだからね!食べられちゃうよ!スリルの観光が終わるまでちゃんと起きててね!」    豚になった両親を見ていられなくて小屋を飛び出した。  近くの茂みにしゃがみ込んで膝に顔を埋めていると、サクが静かに隣に座り込んだ。 「これ。見つからないように隠しておきな」 「っ!捨てられたかと思ってた……」 「帰るときに必要だろう?」 「これ、お別れにもらったカード。……ふしぎぞう?ぼくの名前だ!」 「湯雑渡(さん)は気に入った相手の名前を奪って支配するんだ。いつもは蔵でいて本当の名前はしっかり隠しておくんだよ」  気に入った相手の名前を奪って支配する。……湯雑渡さん気に入った人多すぎでは。ここで働いている人みんな自分と同じ境遇なら湯雑渡さんちょっとヤバい人、いや人じゃないか。 「これをお食べ。ご飯を食べてなかっただろう?」 「いただきまーす!」 「もう少し疑おうか……」  一口食べて、また食べて。すると、だんだん涙が込み上げてきた。 「フッ……ウッ……」  サクが優しく背中を摩ってくれる。 「フェェェェ〜〜ン………」  何でワサビ入ってるんだよ。 ・ ・ ・  そこからはもう忙しかった。広間の雑巾掛けに風呂掃除。この湯屋は広いったらありゃしない。  そんな雨の降る夜。縁側のガラス扉が開いているのに気づく。その外ではあの面を被った影が闇に紛れて立っていた。  雨に当たって寒そう。それが始めに思ったことだった。 「ここ開けときますね〜」  ジンに呼ばれたので開けたままにしてその場を去る。面倒ごとが迫っていることにも気づかずに。  そしてその面倒ごとを察知した者が1人。 「雨に紛れて厄介なのが来たかな」  すると、番頭からの慌ただしい知らせがきた。内容を聞いて眉を顰め、すぐに玄関に向かった。  橋の前で従業員達が入ってこようとする客を止めようとするが何かに妨害されて止めることは敵わないらしい。みんな鼻摘んでる。 「おかしいねぇ。腐れ神の気配じゃなかったんだけどなぁ。仕方ない。蔵とジン、お客様をお迎えして」  ジンはご飯を取りに行っているので、お出迎えは蔵1人だ。 「大丈夫、蔵ならできる。私信じてる」 「スリルの予感………!!」  今か今かとスリルを待ち、ようやく来たかと思えばとてつもない異臭がここにいる全員を襲う。 「ス、スリルの臭い〜〜〜………」 「鼻は摘んじゃダメ!失礼だからね!よ、ようこそおいでくださいました。あ、お代。蔵、お受け取りして」 「は、はぁ〜い」  べちょべちょと手のひらに降り注ぐヘドロに骨の芯まで震える。ヘドロの神様を案内すべく、蔵は鼻を刺激する異臭を我慢しながら大股でゆっくり歩き出す。 「ああぁ……やっぱり私が代わってあげる〜〜!」  おぎゃーーーーーーー!! 「これは!伏木蔵には荷が重いよ!わかるでしょ!」 「組頭台本に従ってください」  湯雑渡が天の声に叱られている間も、蔵は意識が途絶える寸前のところを必死に我慢していた。予想を超えるスリルにキャパオーバーである。  とりあえず湯殿に着けば、お腐れ神は自身の汚れを落とすべく湯船に飛び込んだ。が、頑固な汚れは湯船のお湯如きでは落ちず、一瞬でお湯もヘドロと化した。 「蔵ーーー!!」  ジンの声が響く。 「山爺に頼んできました!ありったけの薬湯を奢ってくれるみたいです!……その紐を引いてください!」  天井から吊り下げられた紐を、ヘドロに足を取られながらも何とか湯船の淵に乗って紐を引っ張る。直後、滑って転んで湯船の中にダイブした。  降り注ぐ薬湯の中、蔵はお腐れ神の導きによって何かを掴みかける。ジンと共に、そして他の従業員と共に中のものを引っ張り出せば、出てきたのは人間が捨て去ったゴミの山。 ───よきかな  学園長みたいな顔したお爺さんが高笑いしながらおかえりになった。 「蔵ーーーー!!よくやったよ怪我はない?やればできる子YDKだと思ったよ!!本当に良かった無事で!よくやったよ!!すごくない?あれ名のある川の神様だよ!?」  湯雑渡の熱い抱擁と従業員達の拍手にちょびっと照れ臭くなる。川の神様が落とした大量の金粒、そしていつの間にか手にあった泥団子。 「これはまたしてもスリルの予感…!?」  とりあえず泥団子を投げる練習でもしようかと思った。

普段は不気味な静けさを持つこの朱涙城に、突如嵐のような喧騒が降り注ぐ。
 始めは微かな一粒、やがてそれは増えていき地面を隙間なく濡らして埋める雨のように怒涛にやってきた。その一粒一粒全て聞き覚えのある声で、心の渇きが潤っていくのを零れ落ちる涙で感じとった。

「おいおい、随分賑やかじゃねぇの」

 只事じゃないと思った時雨が高窓から見える空を見て訝しんだ後、こちらを見てからフッと笑った。自分が今どんな顔をしているかわかるからこそ、時雨の言いたいことも理解できる。

「思った以上に愛されてるねぇ、お姉さんよ」
「あの子達、こんなとこまで来て………バカじゃないの」
「そんな嬉しそうな顔して言われても説得力ねぇぞ。ほら、早く行ってやれ。お前さんの牢屋は鍵開いてるんだからよ」
「いや、アニキの牢屋も開けないと………」

 晴粕がわざと開けていった牢屋から抜け出し、どうにかして時雨の牢屋を開けようと模索する。適当に針金でもあれば泥棒の真似事で開けられるかもしれない。それらしきものはないかと辺りを見渡した途端、この部屋の入り口が激しく音を立てて開かれる。

「嬢ちゃん!牢の中に入れ!!」
「え」

 時雨の切羽詰まった様子にその視線の先を見れば、フーッフーッと鼻息荒くして立っている者が。いつも小綺麗に整えている着物は乱れ、キッチリ結えられていた髪はボサボサ、華美な装飾は何処かで落としてきたのかほぼ着けていない。
 自分はよく子ども達に鬼ババと呼ばれているが、今はこっちの方が鬼ババだ。いや、正真正銘の鬼婆と言った方がいいかもしれない。

「小娘ぇぇ!!」

 血走った目と聞くに耐えない咆哮をあげる真の鬼婆。
 瞳孔が開いた悍ましい姿の女が手を伸ばしてくるその後ろに、忍術学園で自分を攫った忍者が虚無の目を向けているのをぼんやり見つめることしかできなかった。



 集めた情報を元に島まで辿り着き、上陸しながら進めばそこにはやはり情報通りの鳥居が姿を現す。人からも神からも捨て去られた朽ちた神社に子ども達がこっそりと息を呑む。
 土井先生と利吉が祠まで歩み寄り、2人顔を合わせてはその扉を開いた。
 墨を塗りたかったかのような闇。森の微かな木漏れ日でかろうじてそこに階段があることがわかる。海がすぐ近くだからか、波の音もはっきり聞こえる。だからこそ、暗く冷たい階段を降りたら海底に行ってしまうのではという不思議な恐怖も湧き上がる。

「1班は城の周囲にいる兵を翻弄させつつ戦闘不能に。2班は1班が兵を惹きつけている間に城内に潜入し、安倍晴粕もしくは安倍春日を捕縛。3班はわしと共に彼女とその他天女の救出に向かう。それではお前達、散れ!」

 山田先生の一声で忍たま達が瞬時にその場から散っていく。
 1班は森の中から城を目指し、2班は1班が敵の意識を逸らしている間に城内に潜入。3班は情報から得ていたこの祠から中に入り、彼女の行方を追う。
 3班が闇の中を歩いて約10分。木の扉が姿を現し、先生2人が押し上げれば中から悲鳴に似た声が宙を飛び回っていた。
 1班によって撹乱された城の周りはパニックだ。この城は滅多に敵から攻められたことのない不落の城だった。構造的に船を停めづらい岩肌と、特殊な海流にて大きな船は流されやすい環境にある場所。小回りのきく小舟ならまだしも、出陣のための船で行くならそれなりの技術が必要だった。それこそ海に慣れた水軍の助けでもない限り。だからこそ、突然の敵襲には慣れていなかった。

「お姉さんはどこ!?」
「この城、どこもかしこもギラギラすぎて眩しいよ!」
「趣味悪ーい!」
「成金〜」
「お前達!勝手に動くな!」

 彼女を助けたいがため一心に探そうとするは組の子ども達。それを必死にまとめる土井先生。その後ろでは3班に加わった数人の上級生が微笑ましそうに見ている。

「三治郎の言う通り、この城は金ピカで眩しいですね。ここがどこだかわからなくなる」
「もそ」
「ご心配なく先輩方!この城よりも輝きに満ちたこの平滝夜叉丸がいるのですから!私がいる限り城の金ピカも失われたも当然!は組の子らよ、私の輝きを目印に着いてくるのだ!」
「あっち行こ」
「お前ら何故この私の反対を行こうとする!!」

 滝夜叉丸のウザさが光るポージングに背を向けて、は組の子ども達が金ピカの廊下を駆けていく。後ろでごちゃごちゃ喚いていた滝夜叉丸の肩に長次と兵助が可哀想なものを見る目でポンと手を置いた。変な哀愁感が漂う空気の中でも城はギラギラに輝いているという何とも皮肉な場面。山田先生も額を押さえてらっしゃる。
 そんな時、ギンギラギンに輝く1枚の襖が勢いよく吹っ飛んだ。

「そう簡単に城内を歩かせてはくれんか」

 いつしか見た、黒装束の忍者の集団が武器を構えて立ち塞がった。先生2人が子ども達の前に出て武器を出したところで待ったの声が掛かる。

「先生方は先には組の生徒達とお姉さんを探しに行ってください。幸い敵の数は少ない」
「もそ。我々は後から追いつきます」
「お前達……」
「この平滝夜叉丸というスターの輝かしい道標がないことが悔やまれますがご心配なく!私と輪子が一掃してすぐに舞い戻りましょう!それまでは乱太郎、お前が平滝夜叉丸(仮)の名を背負うのだ。主人公のお前が輝く道標となれ」
「あ、大丈夫です」

 乱太郎は平滝夜叉丸(仮)の襷を丁重にお返しした。それを滝夜叉丸は丁重にお返しした。永遠に終わらない襷の渡し合いに、最終的には山田先生がそれをかけることで終了する。

「お前達、くれぐれも危険を感じたら逃げろ」
「「「はい!!」」」

 平滝夜叉丸(仮)の襷をかけ、輝く道標と化した山田先生を筆頭に、は組と土井先生が廊下の向こうに消える。この場には黒装束のツキヨタケ忍者達と4・5・6生の忍たま達。最年長の長次を中心に戦闘の構えをとる。

「かかれ!」

 城内のとある場所にて、戦闘が開始された。

 外で暴れている1班のお陰で城内はしっかりとパニックだった。見張りも外に駆り出されているようで、城内で潜む場所が多くなるのはありがたい。
 先生2人の後を着いていきながら、は組の生徒達は彼女の安否を願うことしかできないでいる。

「お姉さん、何処にいるんだろう」
「大丈夫さ!お姉さんのことだもん、きっとピンピンしているに決まってる!」
「確かに!鬼ババだもん、しぶといはずだよ!」
「シッ、お前達静かに」

 土井先生が子ども達のお喋りを手で制せば、いい子のは組はみんなで口を手のひらで押さえる。
 廊下の陰から先生達が何かを伺っていた。その顔つきはすこぶる真面目で、何か重要なものを見つけたに違いない。きり丸が土井先生の下から覗き込んだ。

「あれは……あのカス!じゃなかった安倍晴粕!」

 そこにいたのは黒装束の忍者達に守られながら部屋に入ろうとしている安倍晴粕の姿があった。2班が彼の行方を探している筈だが、ここにいるということはまだ見つけられていないということに違いなかった。

「先生、アイツ捕まえなくていいんですか?」
「そのつもりだが、周りにいる忍者達が多すぎる」
「せめてあのカス殲滅隊………じゃなかった2班が来てくれれば……」

 噂をすれば、というもので。付近にあった金の襖達が爆発したかの如く吹っ飛ぶ。それと同時にその向こうから飛び出してきた者達に黒装束の忍者達が蹴り飛ばされていく。
 急に展開が変わり、土井先生と山田先生が目を白黒させた。
 煙の中から現れた人影は3つ。シルエットだけではわからないが、その3人の目が怒りに染まった色をしているのはわかった。

「やっと見つけたぜ、あのカス」
「ちょこまかと逃げやがって、あのカス」
「ここで会ったが百年目ですね、あのカス」

 情けなく腰を抜かしている安倍晴粕の真正面に立つ3人。主人を守ろうと向かってくる黒装束の忍者達を怒りに任せて千切っては投げ、千切っては投げを繰り返し、周囲には黒装束の屍が広がっている。若きバーサーカーどもが生み出したその光景に先生2人は白い目を向けることしかできなかった。

「やれやれ。恋する少年達の怒りは怖いですね」
「あんたが言うかい」

 親父狩りの筆頭であった同僚に山田先生も呆れの視線を向けることしかできない。

「君達はあの時無礼にも私を足蹴にし、人の尻を踏鋤で叩いた少年達ではないか!またしても無礼を働くか!?」
「あのカスに払う礼儀なんざねぇよ」
「先程からあのカスあのカスと…誰のことを言ってるのだ!」
「あのカスだってば」
「このカスですね」
「どのカスだ!?」
「お前らあのカス親子のことだよ。安倍晴粕、略してあのカス」
「ぶ、無礼にも程がある……!」

 3人のお陰で黒装束達が戦闘不能になったため、彼らの暴走も押さえるついでに廊下の陰から抜け出して合流する。

「ご苦労様。3人とも」
「食満先輩、鉢屋先輩、綾部先輩……何か、般若みたいでした」

 あのカス殲滅隊もとい2班に配属された3人の豹変を見ていたきり丸が引き気味に感想を述べれば、3人は「そうか?」と不思議そうに首を傾げる。無意識だったようだ。尚怖い。
 先生達と親父狩り少年3人があのカスを捕縛しているのを横目に、きり丸はふと床に落ちている何かに気がついた。

「何だこれ、鍵……?」

 大人の人差し指ほどの大きさの鈍色の鍵。安倍晴粕の近くに落ちていたから、おそらく彼の持ち物だろう。彼に聞こうと思ったが、大人組にあれこれ尋問されていてそれどころではないようだ。まぁ後で聞けばいいかと落とさないよう懐に仕舞っておく。

「ところでお前達。他の2班はどうした?」
「それなら小平太と共にカスどんしながらマダガスカル作戦を遂行中です」
「安倍春日はまだ見つかってはないか……」

 土井先生が呟いたその言葉に晴粕の肩が微かに動いた。顔を上げた彼が何かを言おうと口を開いた時、襖が開いて2つの影が飛び出してくる。全員が瞬時に戦闘態勢に入るも、その顔を知っていた留三郎と三郎が目を丸くした。

「七の天女……!?」
「三の天女まで……何故ここに?」
「晴粕さん!」

 忍たま2人の問いに答えず、2人の天女は無様に縛られて転がっている陰陽師へと駆け寄った。驚いたのは彼女達が晴粕を心配そうに見ているその表情だった。あの人と同じ立場であったのなら攫われてマダムあのカスに利用されているというのに、この2人の表情はまるで違う。心の底から晴粕を心配しているようにしか見えない。

「御二方……この騒ぎに乗じて逃げなさいと言ったのに……」
「何言ってるんですか!貴方はこのまま何も真実を言わずに捕まるつもりでしょ!?春日様に見つからぬよう何かと私達を助けてくれていた貴方を放ってはおけない!」

 奈緒が目を釣り上げて言い、その隣で瑞稀もうんうんと首を縦に振る。言いたいことを言い終えた奈緒は、この中で顔は知っている留三郎をキッと睨み上げる。

「晴粕さんは悪い人じゃないって言ったのに!こんなにボコボコにして、何してくれるのよ!」
「知ったことか。おれはおれでちゃんと礼をしただけだ」
「こ、このガキ………いいえ、こんなことしてる場合じゃないわ!晴粕さん、春日様が何処にもいらっしゃらないの!」
「何だって!?」

 奈緒の言葉に晴粕が焦燥を顔に乗せて体を起こした。

「紅玉の間には!」
「いなかった!こんな騒ぎがあれば激昂して表に出てくる筈なのに……」
「凍雲の姿は?」
「見当たらない」
「母上を連れて逃げた可能性がある。急いで見つけねば……!」

 縛られながらも何処かに向かおうとする晴粕に山田先生が縄を掴んで引き留めた。

「話が見えんのだが……凍雲とは?」
「……この朱涙城の忍者隊で1番強い男だ」
「あの男か……」

 あの日、彼女を攫った手練れの忍者。一度刃を交えたことのある土井先生が天鬼を思い出させるような瞳を見せる。

「母上はっ、おそらくこの城を捨てて、凍雲と共に逃げるおつもりだっ……。そんなことをしてはまた、新たな被害者が生まれてしまう…!そんな汚れた舞台はここで終わらせなければならんのだ!」

 何だ、この男、自分の母を止めるために奮闘していたのか。 
 彼女を攫った理由が何処に繋がるのかは知らないが、とりあえず敵というわけではないらしい。信用はできずとも利害は一致しているようだ。

「食満、鉢屋、綾部はそこの天女2人を連れて外にいる善法寺達のところに向かえ。彼女達の安全が確保できたことを確認したらすぐに2班と合流せよ」
「「「はい!」」」
「山田先生、彼をどうするおつもりで?」

 土井先生の問いに山田先生は晴粕を一瞥し、彼に繋がる手綱を引いた。モゾモゾと芋虫のように部屋の出口に向かっていた晴粕は呆気なく彼の足元に連れて来られた。

「此奴にはまだ聞きたいことが山程ある。それに、母親の狂行を止めたいのならわしらと来た方が早かろうて」
「けれど……」
「責任ならわしが持つ」
「山田先生がそう仰しゃるなら」

 足元の晴粕が信じられない目で山田先生を見上げる。てっきり捕らえられるかと思ったのに、まさか同行を許してくれるなんて。

「っ感謝致します!平滝夜叉丸(仮)殿!」
「………わしゃ山田伝蔵だ」

 この襷、やっぱり捨ててくればよかった。

 縄を解かれた安倍晴粕が言うには、安倍春日は逃げるにしても天女は絶対に1人は連れていくだろうと踏んでいた。七の天女と三の天女は先程会ったから彼女達はかろうじて免れたとわかる。だが、しかし。四と九の天女はどうだろうか。かの2人は危険だからと幽閉されている身、どちらかが連れて行かれてもおかしくはない。

「母上は時雨殿のことは毛嫌いしていた。ですので十中八九、九の天女の方を連れ出す可能性があります」
「それじゃあお姉さんが連れてかれちゃうってこと!?」
「急がないと!」
「晴粕よ、この道を真っ直ぐか?」
「突き当たりに隠し階段がございます。そこを地下に降りれば天女達が幽閉されている地下牢が」

 言われるがままに駆け抜ければ、趣味の悪い壁画が飾られた壁にぶち当たる。
 異国の貴族の女だろうか。ひらひらした赤い服に、肩が凝りそうなほど宝石が多く乗った装飾で飾られ、嘲笑うようにこちらを見下ろす不気味な女の顔。は組の子ども達の息を呑む音が微かに聞こえた。

「すげぇ髪型……タカ丸さんが見たらどう思うんだろう」
「母上が異国の商人から買ったものです」
「この服、すごく真っ赤だね」
「それはそうでしょうね。これは本物の血で塗られていると聞きましたから」

 全員して背筋をゾッとさせた。普通に見れば綺麗な赤い絵の具で彩られているように見えるが、まさか人の血で塗られたものだなんて夢にも思うか。もはやただの呪物じゃないか。
 金色の目がジッと心の奥を見透かすような恐怖には組の子ども達が互いに手を取り合って震えている間、晴粕がその壁画を左にスライドさせた。その向こうには、壁にぽっかりと穴が空いたように空間が広がっている。

「この下です。道中明かりはございませんので足元に気をつけて」

 晴粕を先頭に、その後ろに土井先生とは組の生徒達、最後尾に山田先生の並びでゆっくり階段を降りていく。
 足音が響く音だけでもゾワゾワとした感覚が頭のてっぺんまで駆け抜けていく。入る前に壁画の女と目が合ってしまったので、ここがあの女の体内のように思えて恐怖が割り増しになる。互いに繋いだ手の力が無意識に強くなった。

「……ん?何か音が聞こえませんか?」

 金属がぶつかる音……いや、何かが金属に体当たりするような激しい音が地下から聞こえてくる。下に降りるごとにその音が大きくなっていき、晴粕の表情も徐々に険しくなっていく。
 自然と速くなる足で階段を降りれば、待ち構えていたのは鉄の扉。この向こうからあの音が存在を示すかのように激しく成り立てていた。

───このっ頑丈な檻だなクソが!

 どうやらこの向こうにいるのは男らしい。晴粕が迷うことなく扉を押し開ければ、視界に飛び込んできたのは牢屋に全力で体当たりをするがたいのいい男の姿だった。
 すでにある無数の傷跡に体当たりでできた痣が多数。その肌は首から胸にかけて龍と桜の模様が描かれており、何とも幻想的ないで立ちだった。その鋭い殺意を封じ込めているのか、左目が黒い眼帯で閉ざされている。極め付けに左右の耳にある四つの耳飾り。間違いない、彼は………。

「「「「「「おっさん天女だ!!!」」」」」」

 ズテーンと晴粕含めた大人組がお約束のずっこけを披露する。

「………あ?」

 檻に体当たりしていたおっさん天女がこちらに気付いて動きを止めた。

「見たことのねぇツラがゾロゾロと。何の用だ」
「時雨殿!」
「んだよ晴粕坊ちゃんの連れかよ。………じゃねぇ!そんなことより坊ちゃん、あのクソババァが嬢ちゃんを連れて行っちまった!」

 おっさん天女の言葉に全員が焦りを見せる。静かに歯を食いしばる者や眉を顰める者、狼狽える者など様々だ。

「母上、やはり彼女を連れて行きましたか…!」
「嬢ちゃんとは少しの間だが共に過ごした牢屋仲間だ。このまま連れて行かれたんじゃ寝覚めが悪い。坊ちゃん、ここから俺を出せ」
「勿論、もとよりそのつもりです。…………あれ?」

 晴粕が懐や袖をゴソゴソしては冷や汗を流し始めた。

「おい、どうしたよ」
「…………牢の鍵がないです」
「あ"!?」

 おっさん天女の表情が殺意に満ち溢れた。天女とは正反対の鬼人みたいな顔に子ども達が先生2人にしがみつく。その鬼人に勇気を出して近づく者が1人。きり丸だった。

「あ、あの〜…鍵ってこれっすかね?」
「そっそれだ!何故君が持っていたんだい?」
「さっき晴粕さんが親父狩りリターンズにあってたときに拾ったんす」
「坊ちゃん親父狩りにあってたのかよ」
「聞かないでくださいませ。割とトラウマです」

 きり丸から受け取った鍵を差し込んで回せば、頑丈だった牢が呆気なく開く。中から出てきた鬼人は獰猛な獣を解き放ったかのような緊張感を漂わせた。

「あーーー……久々のシャバ、ってか?」
「あの、天女のおじさん」
「天女のおじさんやめろ。その矛盾した呼び方は気色悪ぃ。俺には時雨っつー名前があんだよ」
「時雨さん………お姉さんはどこに連れてかれたんすか?」
「きり丸っ……」

 猛獣天女おじさんに怯えることなく近寄れるなんて、勇気がありすぎるよ。
 背後の学友達が慄いているのを気配で感じるも、きり丸の頭の中は彼女のことでいっぱいだった。もう二度と掴みかけた指を離したくない一心で、目の前に現れた小さな希望に縋るしかないのだ。

「知らねぇ」
「そっ、すか……」
「だが、ババァが喚いてたぜ。『裏に繋がる隠し通路に向かう』ってな。場所は知らねぇな」
「っっ!」

 希望が灰に消えたかと思いきや、それよりも強い標が輝きを増す。俯きかけたきり丸が顔を上げれば、時雨の端正な顔に笑みが乗せられていた。ポンと頭に手を乗せられ、時雨がきり丸の視線に合わせてしゃがみ込む。

「嬢ちゃんから聞いてるぜ。お前ら、忍たまってやつだろ?こんなところまで来るなんざ、大したガキ共だよ」
「時雨さん………」
「俺にもお前らくらいのガキがいるからな。お前らが必死に奮闘してるのを見ると助けてやりたくなるのよ」
「っ時雨さんの家族は無事っすよ!」

 目の奥に紛れた穏やかさに思わず身を乗り出した。この島に来る前に会った父親を待つ2人の子どもを脳裏に浮かべる。父が攫われたことに憤る息子と無事を願っている娘の顔。そして、今でもその帰りを待つ妻の顔。

「お前ら……会ったのか?」

 些か信じられないように片眉を上げる時雨に、背後の学友達が援護射撃を繰り出した。

「ぼく達も会いました!」
「みんな帰りを待ってます!」
「お父さんから聞いたって未来の話も教えてくれました!」
「だから、こんなところ早く一緒に抜け出しましょう!」

 嘘偽りない、子ども特有の純真さが時雨の胸を打つ。子ども達から次々に繰り出される自分の家族の話に、あいつらは無事なんだと思い知らされた。
 思わず晴粕に目をやれば、バレたかと言わんばかりに肩をすくめて見せた。

「時雨殿の家族は無事ですよ。母上の毒牙から守るため、あえて貴方に伝えなかったのです。お許しを」
「……っそうかよ。無事なら何だっていいさ」
「お話中申し訳ありませんが、そろそろ彼女を追わないと。距離を離されて島から脱出されては敵いません」

 土井先生が話を中断させたところで、時雨も立ち上がって大人組と対峙する。

「嬢ちゃんが連れて行かれたのはついさっきだ。今から追えばまだ十分間に合う」
「私が把握している隠し通路は2つ。どちらとも海に繋がっていますから、手分けして探した方が得策かと」
「そうですね」

 雑渡が渡してきた城内の地図には確かに隠し通路っぽいものがあった。西の城の角から繋がる通路と南にある細い地下通路。
 とりあえずその2つの隠し通路へ向かうため、この地下牢から脱出した。走っている途中で山田先生が時雨に何かを差し出してきた。

「これを着けておけ。万が一逸れて、うちの学園の者に見つかってもすぐに味方だと認知される。………多分」
「何だよその微妙な顔はよ。さっきから思ってたけどな、それは何の意味があったんだ?」
「輝く道標とのことだ。わしは十分に役目を果たした。次はお前さんの番だ」
「テメェこれ着けるの嫌なだけだろ!押し付けたいだけだろうが!」

 おっさん同士のくだらない押し付け合いが始まった。2人の手には金色に輝く道標。よくこんなの着けて忍ぶことができたなと時雨は呆れるが、見たところこの山田先生という男はかなりの手練れだ。元ヤクザの勘がそう言っている。

「じゃああとは頼んだ。平時雨丸」
「覚えてろよテメェ……」

 おっさんからおっさんへ眩しすぎる襷が継承された。



 隠し通路への分かれ道まであと少しというところで、またしてもここで邪魔が入る。
 相も変わらずパニックになった城内を駆け抜けていたところで、天井と開かれた襖から複数の黒装束の忍者達が道を阻んできた。

「母上め、私も始末の対象に入れてきましたか」

 どうやらこの黒装束は凍雲の配下の者達らしい。春日の命にて晴粕を消しにきたようだ。

「何で……?家族なのに殺すのなんておかしいよ!」

 家族仲のいいしんべヱの言い分に晴粕は諦めたように笑って言った。

「お聞きなさい、素直な可愛い少年。君はきっと家族に愛されて育ったのだろうね。けれど、この世にはいろいろな家族の形というものがある。私のように母の駒として生まれた子どもがいるように」

 それを聞いて涙目になるしんべヱの頭を優しく撫でた晴粕の表情は、本物の母の愛を知らないとは思えないほど慈愛に満ちていた。
 土井先生と山田先生、そしてストレス発散の如く暴れまくる時雨が黒装束達を退けていると「あのカスどんどーん!」という声と共に何かが横切った。

「七松小平太先輩!」
「……ん?あれ、お前達こんなところで何をしているんだ?」
「小平太!こんなところに!他のみんなは?」
「そのうち来ます!」
「ちょうどいい……半助!お前は乱太郎達を連れて南の隠し通路に迎え!わしは七松らとここを突破してから西へ向かう!……お前達は隠れていろ」
「わかりました!」

 敵を退けているうちに2つに分かれてしまったらしい。敵を挟んで土井先生と乱きりしん、そして晴粕と時雨。向こうには山田先生と小平太、そしては組の生徒達。

「みんな!また後で!」
「乱太郎きり丸しんべヱ!気をつけろよ!」
「「「うん!」」」

 学友達に見送られ、乱太郎達は一心不乱に足を動かした。晴粕の案内で南の隠し通路を目指す。叫ぶ女中の声、兵士達の怒号、貴族の惨めな悲鳴を聞き入れては捨て去る。煌びやかだった城内も些か輝きを失っている気がした。

「ここです!」

 隠し通路は目立たないようひっそりと佇んでいた物置の中にあった。角にある床の板が微かにずれている。そこから微かな空気の流れを感じ取り、土井先生と時雨が板を剥がせばやはり闇に溶けかかった階段が見つかった。

「行きましょう」
「おい、大丈夫か鼻垂れ坊主」
「鼻垂れ坊主じゃないです!しんべヱです!」

 恐る恐る階段へ踏み出すしんべヱを後ろにいた時雨がヒョイと脇に抱える。だがその体重の重さに少しだけ膝が曲がった。

「げ、元気に育ってる証拠じゃねぇか……」
「時雨さん、しんべヱ持てないの?膝震えてるよ?」
「ばっかにすんじゃねぇ!これくらいどうってことねぇぜ!」

 乱太郎の言葉に反論するが、強がりつつも震えた声で言われては説得力がない。とはいえ、自分でし始めたことを情けない理由で放り出したくはないらしい。プルプルと震えながらもしんべヱを落とすまいと、しっかり脇に抱える姿にやっぱり根はいい人なのだとわかる。
 進んでいくと鍾乳洞のようなひんやりとした空間に出た。中は少し明るいため、出口はそう遠くはないだろう。

「外だ!」

 光が見えた。一歩踏み出せば生ぬるい潮風が顔面に当たる。内臓まで濡れるようなジメジメとした蒸れた空気が気持ち悪い。潮を含んだ海の濃密な湿気と澱んだ空の色からひと雨来そうだ、と土井先生が呟いた。
 通路を出た先は、一歩間違えれば落ちそうな岩壁に作られた拙い道だった。かろうじて足場はあるものの慎重に動かねばあっという間に海の藻屑になってしまう。下を見れば、今にも誰かを飲み込もうと待ち侘びている白波が島にぶつかっては飛沫をあげていた。
 慎重に、慎重に。土井先生を筆頭に一列に並んで細い道を行く。晴粕によれば船をつけられる場所は限られていて、一度上に登ってから船着場まで降りないといけないらしい。一直線に道を作ればいいものの、途中の岩壁が脆く作れなかったとのことだ。

「つ、着いたぁ〜………」

 ようやく中間地点に着いたところでしんべヱが膝を突く。乱太郎がお疲れ様と背中を摩ってくれたところで周りを見れば、きり丸と大人達が一点を見つめているのに気がついた。つられて視線を動かした。

「あっ…………!」

 ずっと会いたいと願っていたあの人が、帰ってきて欲しいと祈っていた彼女がそこにいた。

「羽虫共が、ここまで嗅ぎつけたわね」

 真の鬼婆が持つ短刀を首筋に当てられた彼女が。

「母上、もうやめましょう。潮時です」

 晴粕が一歩前に出て母を諭すが、すでに狂っていて戻れないところまで来ていた鬼婆は唾を飛ばしながら言葉を荒げる。

「私の息子のくせに侵入者に肩入れするなんて!本当、とんだ役立たずだわ!浄化だの何だので私の気を逸らそうとしていたみたいだけど、そんなのハナからお見通しなのよ!今まで貴方のくだらないお芝居に付き合ってあげた母に感謝すべきではなくて?」

 その形相に乱太郎は慄いた。まさに鬼女、先程の地下牢の入り口にあった不気味な女の絵のようで歯の奥がカチカチと鳴り始める。自分にとっての母はずっと優しくて、いつも自分の身を案じてくれる人。だけどこの人は我が子を本当に駒にしか見ていないのだ。
 聞くに耐えない罵倒だが晴粕は慣れきっているらしく、表情1つ変えやしない。哀れという言葉以外どう表せようか。

「乱太郎、きり丸、しんべヱ……それに土井センにアニキまで。本当に来てくれたんだね」
「当たり前っすよ!長屋のドブ掃除、また手伝ってもらう予定なんすから早く帰りましょう!」
「ぼくも!パパから貰ったお菓子いっぱいあるから一緒に帰って食べよう!」
「わたしだって、お姉さんにまた絵の描き方を教えて欲しいです!帰りましょう!」
「アンタらっ……」

 子ども達の言葉に彼女の表情がくしゃりと歪む。だが、それを阻むように安倍春日が短刀を子ども達に向けては罵詈雑言を並べ立てる。

「こんなガキ共に私の城をめちゃくちゃにされたなんて、許せないわ!!凍雲、この場にいる全員を皆殺しになさい!」
「はっ」
「させるものか!」

 鋭い殺気が子ども達に一直線に向かってくる。金属のぶつかる音を立てて阻んだのは、彼らの担任である土井先生。その目はすでに優しい先生の色を拭い、かつての軍師のような冷たい色を宿していた。

「これはこれは、あの時ぶりの若い方。今度は容赦致しませんよ?」
「容赦などしなくて結構。大事な人を攫った挙句、私の生徒にまで手を出そうとしたしたこと、その身をもって後悔させてやる」
「春日様の邪魔をするならば、死あるのみ!!」

 実力のある忍者同士の戦いが始まる。目にも止まらない速さの苦無捌きに時雨が「すっげ…」と感嘆を漏らす。山田先生は言わずもがなだが、土井先生もここまで強いとは思っておらず忍者への株がまた一段と上がった瞬間だった。

「乱太郎、きり丸、しんべヱ!無理はしなくていい、安倍春日の意識を彼女から離してくれ!彼女が逃げる隙を何とかして作るんだ!私がコイツを倒すまで、気を引いていてくれ!」
「「「はい!」」」

 と、言われても。あのマジもんの鬼婆の気をどうやって引けばいいのだろう。
 3人して困り顔で顔を見合わせていたところで、誰かがきり丸の肩に手を置いた。

「俺に任せな」

 ここできた時雨お兄さん。どこか悪い笑みを浮かべた時雨が春日の方を向いては山に向かって叫ぶように口元に手を当てる。

「やーいババァ、お前の顔面リサイクル不可能の生ごみブス〜〜〜」

 晴粕と子ども3人がその場にずっこける。背後で戦っていた土井先生も「生徒の前で何ちゅーこと叫ぶんですか!」と呆れ、凍雲は主人を馬鹿にされた怒りで時雨に刃を向けようとするもそれは土井先生に防がれた。

「ほら、お前らも言ってやれ。ああいうのは自分が卑下されたらこっちに怒りを向けてくっから。嬢ちゃんのことは少しの間だけ忘れっから。お前らの持つ語彙力を最大限に使ってあのババァをディスりまくれ!」

 時雨の場合、8割は自分にされたことへの八つ当たりだ。時雨お兄さんの教育に悪い教育が乱きりしんを襲うが、それを素直に受け入れるのが忍たま一年生のいいところなのである。

「は、はい!えーと……銃弾も跳ね返しそうな厚化粧お似合いです〜〜〜」
「若造りの発展が停滞中〜〜」
「その着物、おばさんが着るような歳のものじゃないですよ〜〜」

 春日が怒りに震える横で、彼女は笑いを堪えるために震えていた。あわよくばもっと言えと、春日に見られないよう下の方で手をくいくいとさせて催促してくるくらいだ。
 母が年端も行かない子ども達にディスられて笑いそうになるのをこらえながら、晴粕が一歩前に出る。

「城がここまで攻められた時点で、貴女がこうして逃げようとしている時点でもう貴女の楽園は終わりなのです。共に罪を償いましょう」
「罪?罪ですって?今までの私がしたことが罪に値するというの!?」
「数多の娘達の命を私欲で奪ったのです。当然でしょう」
「なら!!何故私の所業に誰も苦言しなかったの!!?何故止めなかったの!!」

 子どものように泣き喚く鬼女。溶けて流れる化粧がより人間さを失わせるが、それは己の鎧が砕ける瞬間でもあった。
 哀れな境遇から見つけ出した彼女の快感を止めるものは誰もいなかった。否、止められなかった。口を出せばこちらにも刃が向く。可哀想で醜くて、本当に哀れな女。
 人質となった彼女の首元に回した腕は震えている。けれど、まだ逃げられそうなくらい緩みはしない。

「ずっと私と共にいたのに止められなかった貴方も同罪よ!晴粕!」
「ええ、承知しております。ですから母上、共に地獄に堕ちましょう」
「なら!!止めてみなさい!!この母を!!」

 捲し立てる春日を見つめたまま、晴粕がゆっくりと歩みを進め始める。後ろから乱太郎達の「晴粕さん!」と呼ぶ声を受け止めながら、一歩一歩確実に地獄への道を進んでいく。
 場の空気を冷やすような、重たい沈黙で己を見つめる息子に春日震えながらが短刀を突きつける。背後は波が蠢く崖。下手に後退りはできなかった。囚われている彼女も晴粕の異様な雰囲気に息を飲んだ。

「く、来るな!」
「忍術学園の方々に任せきりではいけませんね。最後くらいは私が幕を引かねば」

 親子の距離が手を伸ばせば届く距離まで来た。突きつけられた短刀を握る手を下げ、やんわりと短刀を自分の手に持つ。さらに距離を縮め、顔を母の耳元に近づけた。

「貴女の好きな血で、舞台を終わらせましょう」

 息を飲む音と微かな振動が伝わってきた。直後、赤の臭いが鼻を刺激する。こもった声と激しい眼振。自分を捕らえている女が痛みを堪えるように己の首に爪を立ててくる。

「はっ、晴、か、す………!?」
「ほらご覧ください、母上。血ですよ。貴方の好きな」

 腹の中心に入る短刀が数センチのめり込めば、また春日の呻き声が増した。痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちた春日と共に膝を折る。
 その瞬間、乾いた音が宙を舞った。

「伏せろ!!……ぐっ……」

 向こうの方で時雨が乱きりしんを抱えて地面に伏せる。苦しそうな呻き声にそちらに目を向けようとした途端、目の前で己の母を刺した男がぐらりと揺れた。そして、自分達に覆い被さるように膝をついてくる。

「凍雲め……まだ部下を隠しておったか……」

 皮肉げに笑うその口から一筋、血が滴る。倒れ込んできた晴粕の向こうで見たものは、もう一段上の崖からこちらに火縄銃を向ける複数の黒装束。その銃口から煙が上がっていた。ということは、だ。

「私の舞台も、ここで幕を引く運命だったようですね」

 掠れたその声にハクハクと口を開閉させることしかできない。初めて見た人が撃たれた瞬間に頭が真っ白で、どうすればいいのかわからない。

「時雨さん!!」
「時雨さん……時雨さんってば!」
「起きてよ、時雨さん……」

 子ども達の悲痛な声。倒れて目を覚さない時雨。最悪の事態が頭をよぎる。

「乱太郎、きり丸、しんべヱ!逃げろ!」

 土井先生の焦りで乱れた声。再び銃口がこちらに向く。真っ黒な穴が命を吸いとるように焦点を当ててくる。
 底知れぬ絶望と悲しみが世界を支配しようとした瞬間だった。

「「「「させるかーーーーー!!!」」」」

 分厚い壁に亀裂を入れるようなガンと響く鈍い音。真上から叩き落とされた大きめの石に黒装束達が次々に気絶していく。

「半助!」
「山田先生!それにお前達も!」
「あ!お姉さんがいる!やっと見つけた!」
「お姉さーーーん!」

 ブラックホールみたいな銃口を潰して現れたのは、晴れやかな笑みで手を振ってくるは組の子ども達。2人で1組になって石を持ち上げ、黒装束の頭にぶち込んだらしい。
 闇で真っ暗だった前途に、光が一筋入った。そしてそれは、地平線から太陽が顔を覗かせるかの如く乱反射していく。
 ほらまた、光が差した。

「あ"ぁ〜〜〜………っってぇーなぁ……」
「「「時雨さん!!」」」

 時雨の下敷きになっていた乱きりしんが目を潤ませてその名を呼んだ。
 少し痛みにうめいた時雨はハッと笑って下の3人に言う。

「お前ら、後で平滝夜叉丸って奴に会わせろ」
「え?滝夜叉丸先輩?」

 何故か突然の滝夜叉丸。感動の場面も一瞬でウザい笑い声のイメージに塗り替えられる。

「礼をしなきゃなんねぇからなぁ……!」

 お礼参りだろうか。滝夜叉丸先輩、このヤバそうな人に何をしたんだろう。何やらかしたんだろう。悪い顔してるのだがこの人。一方、戦闘には勝ったのに何故か怒られている気がして身慄いする滝夜叉丸の姿もあったとか。

「こいつのお陰で、俺ぁあと少しで弾に御陀仏させられるとこだったぜ」
「あ!もしかして!」
「先輩の襷!」

 そうだ、時雨の肩には滝夜叉丸の輝く襷が掛けられていたのだ。よくわからないが、その輝く襷のときめきだか何だかで時雨の背中に撃ち込まれた弾を防いだらしい。それなりに衝撃はあったものの、命には何ら別状はなかったようだ。元ヤクザな分、体が頑丈だったっていうのもある。弾丸には慣れっこなのだ、ヤクザは。

「よかった、アニキ無事だった……!」

 逃げるなら今しかない。晴粕に刺されて春日の力は緩んでいる。こいつから抜け出して晴粕の処置をしなければ。
 そっと春日の腕を持ち上げる。だが、甘かった。持ち上げた腕に再び力が入り、勢いよく引き寄せられた。

「どいつもこいつも……どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのよ!!!」

 血を吐きながら目を虚にさせた春日が最後の力を振り絞るかのように立ち上がった。そして、全盛期の悪女のように醜い笑みを携えて高笑いをあげる。

「いいわ!どうせ幕を引くのなら、最悪の結末で終わらせてあげようじゃないの!!絶望の最後を!!この私が!!」

 刹那、体を縛っていた力が緩んだ。

「……………えっ」

 胸に軽い衝撃。トンと押された体は重力に従って呆気なく後方へと傾いた。目の前は雨が降りそうな鈍色の空。背中には潮の香りを伴った風圧。遠ざかる………子ども達の顔。
 少し離れた場所にいた子ども達の表情がみるみるうちに絶望に塗り替えられていく。山田先生も蒼ざめた顔でこちらに飛んできて、土井先生も凍雲に重い一撃をぶち込んでは手を伸ばして向かってくる。

「お姉さぁぁぁぁん!!!」

 きり丸の声が希望の光を切り裂くように反響する。
 気づいたら体は冷たい海に閉じ込められ、息をする術を遮断された。

「あーっはっはっはっは!!どうせ失うなら、自分の手で消した方がずっとマシだわ。……そうよねぇ、晴粕?」

 嘲笑うように足元にいる息子を見下ろし、春日はその場に倒れて満足そうに絶命した。その横を通り抜けて、乱きりしんが揃って海に飛び込もうとするのを時雨が抱え込んで引き止める。

「馬鹿野郎!お前らも共に死ぬ気か!!?」
「だって!お姉さんがぁ!!!」
「助けなきゃ!!お姉さんが海に!!」

 暴れる乱太郎としんべヱ。反対にきり丸は呆然と眼下の荒ぶる波を見つめ続ける。
 何も、ない。
 人の影なんてどこにも。
 こんなんじゃ探したって。
 うねりを続ける波は轟音を立てては岩壁にぶつかって砕けていく。その波に一粒、二粒と小さな雫が溶けた。

「また………掴めなかった」
「きりちゃん……」
「また!!おれはっ、掴めながっだっ………!!」

 拭いても拭いても止まらない。留め度なく雨のように涙が零れ落ちていく。むせるほどに泣きじゃくる親友に、乱太郎としんべヱもポロポロと泣いた。泣いてしまえばもう、止める術はなかった。
 背後では山田先生が急いで船を出す指示を飛ばしている。きっと、他の先輩達も合流したんだ。だって、は組のみんなの泣き声も聞こえてくるから。
 慌ただしく駆け回る足音。切羽詰まった大人達が荒げる声。全てが夢だと思いたくて、小さく呼んでみた。

「お姉さん」

────なぁに、きり丸

 それは、波が作り出す淡い幻だった。

 今日の海はやけに騒がしい。
 波が暴れ馬みたいだ。これじゃあ海の魚達も怖くて遊遊と泳いではいられないだろう。
 嵐が来てもおかしくはない空。早く船を沖につけた方がいいかもしれない。お頭にも早めに伝えておこう。今頃船酔いでダウンしてると思うが。

「舳丸の兄き〜〜!」

 波を掻き分けて向かってくるのは己の弟分である重だった。その脇に何かを抱えているのが見えて思わず目を細める。

「妖怪濡れ女が溺れてました!」
「妖怪………?」

 そんなもの拾ってくるな。

 シリアス編は次で終わりです。

— End —

Comments 56

龍龍1 天前
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柴猫13 天前
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夏生9 个月前

シリーズ一気見しました。とても面白かったです。キャプションも最高!更新を楽しみにお待ちしております!

酩酊9 个月前

ヤクザが最強なのか襷が最強なのか………

ウナ子@ROM専9 个月前
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みかんグラタン9 个月前

本編もキャプションも楽しく読ませていただいてます(love4)

M
minmin9 个月前
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9 个月前
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朝食お茶漬け9 个月前
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ユイナ9 个月前
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T
tama9 个月前
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かのこ9 个月前
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Sakuria
Where every work blooms
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