Novel11 months ago · 1.9w chars · 1 pages

作戦名はわかりやすく簡潔にした方がいいよって話。

ユハルユハル

今回は絵本の話と《蔵と伏木蔵の神隠し》はおやすみです。 ・何でも許せる方向け ・読後のクレームや誹謗中傷は受け付ません(ほんとマジで) ・ご都合主義の設定あります ・ ・ ・ ・ ・  世にも珍しい忍術といえばいいのか。いや、ただのご都合主義の展開といってもいいかもしれない。  学園を包む白い煙。それを吸い込んだ者が咳きこんでいると、だんだん煙が晴れてきた。突如やってきた『五津 郷』という怪しい男が投げ込んだ焙烙火矢の威力としては命を脅かすものではなかった。煙玉だけならただ単に迷惑なだけである。何がしたかったんだ、『五津 郷』という奴は。 「乱太郎、きり丸、大丈夫?」  近くでしんべヱらしき声がした。だが、何やらいつもよりも声が高い気がする。乱太郎ときり丸は不思議に思い、煙が晴れたところでしんべヱがいる方向を見た途端、おったまげて地面に尻餅をつく。しんべヱも同様、乱太郎ときり丸の姿を見て腰を抜かしていた。 「「「女の子になってる〜〜〜!!」」」  目の前には親友たちに似た可愛い女の子。女装とかではない、本当に女の子だ。だって……股にあるはずのものが自分にもない。   「「「乱太郎きり丸しんべヱ〜〜!!」」」  は組の仲間達もゾロゾロと集まってきた。みんな髪の毛がいつもよりツヤツヤだし、まつ毛がくるんと長いし、何より可愛く見える。 「庄左ヱ門達も女の子になっちゃったの?」 「そうなんだ。あの白い煙を吸ってから体が熱くなって……治ってきたらこのザマだよ」 「お前達!大丈夫か!」  綺麗な女の人の声が聞こえる。見れば、向こうからふわふわした茶髪の美女がこちらに向かって走ってきた。 「あ!土井先生!」 「土井先生すごく綺麗!」 「先生が女になるとそんな感じなんですね!」 「え、やだありがとう……!………じゃなくて!お前達、犯人を見なかったか?」 「多分もういないんじゃないですかねぇ」  試しに女になった小松田さんに出門票を見せて貰えば、しっかりこの事態を発足させた人間の名前が記されていた。 「どうやって戻ればいいんだ!」 「もう、あなた達。そんなに慌てていたら戻るものも戻れなくてよ」  今度は落ち着いた声の持ち主。振り返ると、逆光に照らされたそのシルエットに誰もが目を見開いた。そして落胆する。 「なーんだ伝子さんかぁ」 「女になっても伝子は伝子か」 「声だけじゃん」 「何よその反応!!!」 「まぁまぁ伝子さん。妖怪が人間になっただけですから……」  土井先生の頭にしっかりたんこぶが形成された。 「ってことは、お姉さんは男の人になってるってことだよね?」 「「「確かに!!」」」  早速見に行かねば。男になった鬼ババはどんな姿なのだろうか。鬼ババから鬼ジジになるのだろうか。ワクワクとドキドキが止まらないまま鬼ババ軒に向かおうとしたところで、くノたま長屋から野太い悲鳴が上がった。  何か危険な事態が発生したのかもしれない。急いでくノたま長屋に行けば、その付近で人だかりができていた。 「どうしたの?」 「あら、乱太郎、よね?」 「ユキちゃん、だよね?可愛い男の子だから誰かと思った」 「な、何言ってるのよ!」 「それで、この騒ぎは何?」 「ああ……お姉様にみんなやってもらいたいのよ」 「お姉さん?」  ユキちゃんの促す方向を見れば、人だかりの中心に何やら背の高い男の人が少年を壁に追いやっていた。カツアゲかとも思ったが、追いやられている少年の顔がやけに赤い。 「こんなに顔赤くしちゃって。くノたま失格になっちまうぜ?それとも………その顔を見せるのは俺だけ?」 「あなただけですぅぅぅぅ〜〜〜!!」  少年の目がしっかりハートになったところで、口説いていた背の高い男がこちらを向いた。 「あれ?伝子がいるってことは……は組のみんなに土井セン!?」 「「「「お姉さん!?」」」」 「何してるんですか貴女は!!」 「いやーせっかく男の体になったし、面白いことでもしようかなって。え、私土井センよりも背高くない??」  土井先生よりも視線が上がったことで舞い上がる彼女に、土井先生は少し悔しそうな顔をする。そんな顔を和らげるように武骨だがしなやかな手が頬を包み込んだ。 「へぇ〜〜!土井半子がどんなものか見たことなかったけど、女になったらこんな可愛いんだ〜!元がいいから当たり前だけど、土井センすごい可愛いじゃん!」 「………ぷゅ?」  言葉を失った土井先生は腰を抜かし、片方の手で頬を触りながら骨抜きにされましたアピールをした。実際されている。 「えー!みんな可愛いーー!!ねぇねぇもっと見せてよ!」 「お姉さんくすぐったい!」 「あらもう、あたしにお褒めの言葉はないわけ?」 「伝子やっと人の世界に馴染めました?」  お姉さんの頭にもたんこぶが形成された。  その後、お姉さんがお兄さんになったことを聞いて駆けつけた者達が後を絶たなかった。 「お留ちゃんまんまメイクしたお留ちゃんじゃん!可愛い!食べちゃいたいくらい!」 「ぴょゎっ」 「さぶちゃんらいぞーと同じ顔だけどいいじゃん!てかスタイル良い!!抱き締めるのにちょうどいい身長!」 「ぱぁ……」 「喜八郎、あんたはやっぱ逸材だわ。こんな美女放っておく奴いないって。私だったらすぐに攫って自分のものにする」 「チテ」  骨抜きアピールされた者達が続出する中、たまたま居合わせた桜木清子は桜の大木を持ってお兄さんをナンパしたが、「大木で釣られると思うな」と一蹴されたとかではなんとか。  性別は次の日には戻った。

終わったことにどれだけ悔いたところで、関係なく朝はやってくる。
 滲んだ夜明け、多分誰もが夢を見ていた。いつか終わってしまう日常が再び帰ってくる夢を。

「それでは、作戦を決行するにあたって班を4つに分けた。今から発表するから、それに従って行動するように!」

 いつもならこんな夜明けはあくびが止まらなかっただろう。けれど、今日の生徒達の目はすでに朝日を取り込んでやる気に満ちていた。名を呼ばれ、その班で遂行する作戦に気合いの入った顔で元気よく返事をしていく。

 一班:ツキヨタケで行われている加護を与える天女の調査。

 二班:商人に取り入り、ツキヨタケの孤城に潜入。

 三班:ツキヨタケにて"浄土天女派"の情報を洗い出す。

 四班:学園の守護。

 安倍晴粕の言動からして、天女を粗末に扱う様子はなさそうだった。作戦を決行するための準備に数日かけても大丈夫そうである。
 四つの班に分かれたところで、始めに行動に移したのは一班と三班だ。一班は主に信者達に装って潜入する作戦だ。ツキヨタケへ向かう信者達はすでに動いている。それならばこちらも動かねばなるまい。

「それでは、私達一班は一足先に作戦を決行します」
「ああ、頼んだぞ」

 一班を見送り、次に門前に立ったのは情報を洗い出しに行く三班だ。やる気に満ち溢れた顔……というよりは少々不満気である。

「先生……ぼく達もお姉さんを助けるために潜入したいです!」
「何言っとるかね。お前達は彼女を見つけたらすぐに飛びつくに決まっとるんだから、そうそう潜入なんぞさせられるかい」
「「「「んむぅ〜〜〜〜!!」」」」
「まぁまぁお前達……」

 三班は主に一年は組で形成されている。それにプラスして上級生が数人だ。
 むくれるは組の生徒達に土井先生が手招きしては自分の周囲に集め、内緒話をするように膝を折り、小声で話しかける。

「おそらくだが、一班と二班が潜入する先にお前達の好きな鬼ババはいないと思うんだ」
「何でわかるんですか?」
「安倍晴粕は彼女を浄化すると言っていただろう?けれど、信者や商人達は加護を貰いにいくとあった。どういうことかわかるかい?」
「「「「????」」」」
「そうか!」

 ここで、我が一年は組の学級委員長がピコンと閃いて声を上げた。

「浄化されていない天女の加護なんて、信者達からしたら何の意味もない!むしろ避けるに決まってる!」
「確かに!浄化されていない天女の加護なんていらないよね!」
「ということは、一班と二班が向かう先にはお姉さんはいない!」

 切り口を見つければ、そこからは早い。実戦に強いは組の生徒達が頭の回転を早くし、次々に思いついたことを述べ始めた。

「それなら、ぼく達が突き止めるのはツキヨタケの何処かにあるあのカスの根城!」
「そこにお姉さんが絶対にいるはず!」
「よくできました」

 にっこり笑った土井先生は、ゆっくり立ち上がっては正門に向かう。その後に着いていくは組はもうむくれた顔はしていない。
 大好きなあの人を助けるために、気持ちを一つにした子ども達がツキヨタケへと足を踏み進めた。



 一足先に作戦開始した一班はというと。
 長次、文次郎を筆頭に後輩達が続く。先輩の後ろ姿を追いかけながら、三郎は先日攫われた彼女を思い浮かべる。
 どこか諦めたような顔、悲痛な顔、きり丸に手を伸ばす必死な顔。どれもこれも彼女の本心を表していて、そんな感情を隠していたことも知らずにいた自分に辟易した。
 わかっている。彼女がそう簡単に心の内を明かさない人間だということは。それでも、気づけた機会はいくらでもあったはず。何より悔しいのは……自分よりも早くに土井先生がそれを知っていたことだ。

「三郎。顔、すごいことになってるよ」
「君の顔だろう、雷蔵」
「失礼だなぁ。僕はそんな顔したことないよ」

 自分がどんな顔してるかなんて、それくらい想像はつく。雷蔵の顔に寄せてはいけない皺を刻んでることだろう。けれど、一度刻んだ皺は跡がついて中々消えてはくれない。
 すると、横からスッと誰かが並んだ気配がした。自分よりも背丈の低い一学年下の後輩は昨日一緒にあのカスをしばきあげた者だ。

「いいじゃないですか、鉢屋先輩は」
「綾部喜八郎。何か物言いたげな顔だな」
「そーですねぇ。僕は、気づくまでが長かった上に出遅れてますからねぇ」
「…………?」

 何が言いたいのかいまいちわからずに首を傾げると、喜八郎は早歩きになって先を越していく。少しスピードを緩めたかと思えば首だけ振り向いて言った。

「お互い、本当に落ちてほしい穴に落とすのは難しいってことですよ」

 何か察したのか、隣で雷蔵が「わぁ……」と声を漏らす。喜八郎がずんずんと前に行くのを見送りながらポンと相棒の肩を叩いた。

「わかってはいたけど、敵が増えたね……」
「…………これまた手強い」

 遠回しな宣戦布告。
 ただでさえ、強力な恋敵があと2人はいるというのに。ここにきて天才トラパーが参戦してくるとは。頭が痛くなってきて額を抑えた。

 なんだかんだ考えていたら、ツキヨタケに向かう浄土天女派の信者達が多くいるという通りに出た。
 まずは聞き込み調査だ。人と話すことに慣れているタカ丸を筆頭に目星のつけてある人々に情報を聞きに行く。合図をもらい、喜八郎の掘った穴に誘い込み、穴に落ちたところで気絶させ、三郎が他の者をその人物と同じ顔にする。こうして潜入する準備は万端だ。
 作戦は難なく進み、しっかり人数分の変装が完了した。穴に落として気絶させた人達は木の陰に隠しておく。伊作特製の強力な眠り薬を吸わせたから目が覚めるのはかなり後だろう。

 信者達が持っていた信仰の証である、天女の絵が描かれた木簡を懐にいれたことを確認し、いざ浄土天女派のいる場所に向かった。
 浄土天女派が教えを広めている場所は比較的綺麗な大きい寺院だった。境内の傍にある柱には天女が掘られており、寺院の丸屋根には羽衣を纏った天女達が天へと舞う絵が描かれている。
 どこもかしこも天女だらけで少し気持ち悪いし、気味が悪い。ここまで信仰するほどなのかと引いたが、信仰するものは人それぞれなので否定はできない。
 境内に並ぶ長蛇の列で長いこと待っていると、ようやく自分達の番が回ってきた。狩衣を着た受付の者に木簡を渡せば、手元の紙とこちらを交互に見遣られる。

「失礼。少しがたいがよくなられました?」
「え"っ、そっ、ソウカシラ……」

 怪訝に疑われたのはとある女性の変装をした文次郎だ。文次郎扮している女性もそれなりにがたいはよかったが、鍛えている分文次郎の方が体つきはよかった。
 迂闊だった。あの女、常連かつこの受付の男と顔見知りだったらしい。

「声も…低くありません?」
「ジ、ジツハイエノホコリガスゴクテスッテシマッテ…ソノセイデノドヤラレマシタノ」

 埃で声が低くなったのなら無理に裏声を出さなくてもよいのでは。タカ丸は思った。

「そうでしたか。それはお可哀想に。ですがご安心を。天女様の加護をいただいた暁にはすぐにその声も治りましょう」

 信じるんだ。タカ丸は呆れた。

 文次郎以外は難なく通り抜けることができ、前の者に続いて大きな広間に案内された。
 奥の方の段差がある場所はおそらく天女が座る上座だろう。あそこだけやたら煌びやかだし、座布団置いてあるし、なんか横に果物とか飲み物置いてあるし。
 均等に並べられた座布団に座ること5分。奥の襖が開かれ、能面のように表情の読めない男がのっそりと入ってきた。
 安倍晴粕と同じような服装をしていることから、コイツも陰陽師の類なのだろう。

「静粛に。皆のもの、頭を垂れよ」

 周囲の信者が手を合わせながら頭を垂れたので、それに倣ってこちらも頭ごと畳と視線を合わせた。
 やがて、聞こえてきたのは畳を擦るような軽い足音。数歩進んだところで布が合わさったような音に変わる。足音の主が座布団に座った証拠だ。

「面を上げよ」

 偉そうな声がまた降ってきたので、言葉の通り顔を上げる。その上座には、顔を上げる前にはいなかった者が鎮座していた。

「祈りを捧げよ。我らが天女様が加護をくださる」

 そこにいたのは、忍術学園の上級生と同じ歳くらいの少女が無表情で信者達を見据えている。瞳の奥の虚空は、先日の彼女と全く同じ目をしていた。そうか、あの子もまた、何かを諦めてしまっているのか。長次はスッと目を細めた。
 手を組みながら天女に祈りを捧げた後は何やら天女から施しがあるらしい。信者達はこれが本来の目的らしく、陰陽師の言う通りに並んでは天女の渡す小瓶に目を眩ませていた。

「あれ、何ですかね」
「赤い、な」

 矢羽音で三郎は隣にいた文次郎に話しかける。
 天女の手にある、異国製のガラスの小瓶の中では赤い液体が揺らいでいる。
 1人1つ、それを受け取っては天女に向けて崇高の言葉を投げかけていた。けれど天女の表情は変わらず。表情筋が仕事を放棄したくらいに無表情だ。それでも構わず、信者達は崇拝しては感謝の言葉を述べていく。天女よりも己の欲望に目が眩んでいるようにしか見えない。
 そして、自分達の番がやってきた。正直こんな怪しい液体なんぞカケラも欲しくはないが、ここに潜入したのであれば怪しまれぬよう受け取らねばなるまい。

「次の者、参れ」

 列の向こうから見ていた天女がもう目の前にいる。バレないように緊張した装いをしつつ、天女を上から下までしっかり観察する。服装が巫女服だからわかりづらいが、この子も500年後の人間だと思うと不思議な感覚が込み上げてくる。
 手のひらに収まるくらいの小瓶が天女直々に手渡された。その際に腕の裾が少し捲れ、気にしないふりをするには些か難しい光景を目にした。

「天女様、怪我をされているのですか」
「っ…!?」
「貴様!口を慎め!」
「失礼致しました」

 謝るふりをして三郎は頭を少し下げつつも、細い腕に刻まれた複数の切り傷をじっと見つめる。腕の内側、刀傷のようなそれがいくつも交差されており、見ていて痛々しい。自分で傷をつけたのか、それとも切り付けられたのか。何はともあれ、この小瓶の中の正体は嫌でもわかってしまった。

「皆のもの。天女様の施しに感謝せよ。それを飲めばたちまち病を知らぬ体に。体に塗れば若い肌に生まれ変わるであろう。くれぐれも、信者ではない者に口外するでないぞ」

 声高々に語った陰陽師は天女を連れて奥の部屋に入っていく。襖が閉まる寸前、振り返った天女と目が合った気がしたが、確実を生む前に互いの視線は襖に遮られてしまった。

「三郎、彼女の腕見た?」
「ああ。雷蔵も気付いたか」
「あれ、絶対自分でやった傷ではないよね」
「金儲けのため、だろうな。嫌になる、こんなもののために傷をつけるなんてさ」

 手の中の小瓶を握りつぶしたくなる衝動を抑え、1つ深呼吸をしていれば、天女が去ったためか周りも徐々にざわつきを取り戻していることに気づいた。
 適当な男に扮した長次が三郎達に近づき、どうにかしてあの天女と接触を図る算段を伝えにくる。

「もそ……天女に近づくために陽動作戦に出る」
「陽動作戦って……誰が注意を引くというんですか」
「あれを見ろ」

 長次が指差したその先には、ここに入る前にいた受付の男とがたいのいい女に変装した文次郎が何やら言い合いをしていた。文次郎は何とかギリギリ我慢していたが、言い寄ってくるしつこい男に堪忍の尾が切れそうである。

「よいではないか、よいではないかぁ」
「や、ヤダァ…コンナトコロデオヨシニナッテ」

 側から見ていたタカ丸と喜八郎が心底可哀想なものを見る目をしているが助けるつもりはないらしい。それでも周りの信者達や浄土天女派の者達の注目は集めている。これは好奇だ、と長次は少し離れた場所にいた三郎と雷蔵に声を掛けに来たわけである。
 とはいえ、あれだけじゃまだ陽動作戦というには物足りない。もっと、こう、全員が目を離せなくなるようなことが起きないと。と、その瞬間であった。

「イヤァァァァ!!痴漢ヨォォォォォォォォ!!」

 骨を砕く勢いで何かを殴る音がした。見れば、変装した文次郎が受付の男の顎を下から上に殴り上げていた。
 その光景には既視感がある。そう、つい先日安倍晴粕がああやって天に放られたのを何故か思い出した。そうか、あの受付の男もまた害虫だったのか。どうやら浄土天女派の男達の害虫率は高いらしい。
 受付の害虫が何をしたのか。タカ丸曰く、中々折れない文次郎に対して強行突破したらしく、尻を鷲掴みにしたとのこと。それは確かに痴漢だ。誰が見ても痴漢だ。まごうことなき痴漢だ。

「潮江先輩に痴漢だなんて、勇気あるな」

 言っちゃアレだが、痴漢する相手は選んだ方がよかった。受付の害虫がゲテモノ好きならば何とも言えないが、その辺の女でよかったのなら考えが甘かったと言える。ぶっちゃけ文次郎の女装は笑えないレベルに酷い。今回は他人の成り変わりだけれども、そのゲテモノが雰囲気から漏れ出ていた。
 とはいえ、側から見たら暴漢と痴漢が己の主張をぶつけ合ってるだけにしか見えない。

「文次郎が引きつけている間に、私達は天女へ接触する」
「えっ、あの、放っておいていいんですか?」
「どうせしばらくは収まらない。今のうちに行くぞ」

 ゲテモノが害虫退治をしている隙を見て、長次と三郎、雷蔵は天女達が消えた襖の向こうに侵入した。
 中は薄暗く狭い廊下。埃と木材の香りが交互に鼻を通るのを感じながら気配を消して歩き続ける。1つの引き戸から声が漏れているのに気づく。長次が先に行き、中を確かめてから指での合図を向けてくる。このまま通り抜けるという合図だった。

「陰陽師達が酒を飲んでいたが、天女はいなかった」
「ということは、何処かに1人でいる可能性がありますね」

 再び足音を消して人の気配を探す。
 しんとした空間。天女がいるのなら護衛がいてもおかしくないはずなのに、忍者の気配すらしない。雑渡昆奈門のような手練れが揃っているのか、それとも本当にいないのか。全く気配が感じられなかった。
 ふと、お香の匂いが鼻を掠めた。薄く香る白檀を追っていけば、辿り着いたのは突き当たりを左に曲がった部屋だった。

「ここから人の気配がする………1つ、だ」

 音を立てず、襖を横に引く。香の匂いがより濃くなり、その向こうにはこちらに背を向けて正座をする小さな背中が見えた。
 間違いなく、さっき見た天女に違いなかった。左右の耳に合わせて3つの耳飾り。三の天女だ。背後に立った後、わざと気配を醸し出せばさすがに彼女もこちらの存在に気がついた。

「っっ…!?」
「殺しに来たわけじゃない。聞きたいことがあるだけだ」
「……?」

 恐る恐るこちらを振り向く天女の顔には不安の色が濃く映っている。当たり前か。天女という立場なら暗殺されてもおかしくはない。この隙だらけの状況がおかしいだけなのだ。警備がザルすぎる。

「1つ、安倍晴粕の居場所。2つ、君が怪我している理由とこの小瓶の意味。それさえ聞かせてくれれば何もしない」

 この中で1番優しめに話す雷蔵が代表して質問するが、天女は口を開こうとしない。三郎が動こうとしたが雷蔵が止めた。

「話したくない理由でもあるの?それとも脅されてるとか?」
「……」
「僕達は知ってる。君達天女がずっと先の未来から来たことを」

 すると、天女が動きを見せた。こちらを攻撃するような気は見せず、ただ机にあった紙と筆を取るだけのようだった。
 サラサラと紙に文字を書いた天女はその紙面を三郎達に見せつける。

「《ごめんなさい。私、声が出ないんです》」
「声が、出ない……?」
「《私がこの時代の者じゃないと知っているなんて。どこで知ったのかを教えてくれたら、私も知っていることをお話します》」
「……………私達の大事な人もあんたと同じ天女だった。安倍晴粕に攫われて、助けに行こうとしている」

 他の天女の存在に三の天女が目を丸くする。先程の死んだような表情が嘘のように生きた顔をしていた。水を得た魚のように、天女の筆を動かす速さが増していった。

「《もしかして、九の天女ですか?》」
「知ってるのか」
「《晴粕様が見つけたというのを耳にしました》」
「あのカスはどこにいる」
「三郎、そんなんじゃわからないよ」

 あのカスは忍術学園の者達で呼んでる名前。他の人が知る由もないのだ。案の定、三の天女は目をパチクリさせている。

「《晴粕様はここにはおりません。ツキヨタケの海沿いにある、小さな島にある隠れた城にいます》」
「島、か」
「《島の入り口にある鳥居を潜った先に祠があります。その扉の向こうには地下にある城に通じています。私達もいつもそこから出入りしているんです》」

 随分とベラベラと話してくれるな。さすがに違和感を覚えた。そこで黙って聞いていた長次が五年生2人の前に出る。

「何故そこまでして教える?」

 長次の低い声に一瞬肩を振るわせるも、天女は意を決した顔つきで筆を動かした。

「《私を、助けてほしいから》」
「助ける?」
「《あなた達が持っているその小瓶。私達天女の血を薄めたもの》」
「やっぱりね」

 三郎が小瓶を宙に放って遊びながら肩をすくめる。趣味が悪いと言えばいいのか、何と言えばいいのか。これで金をせしめてるんだからやっぱり悪徳商法じゃないか。

「《天女の血だってだけで人々は何かしらの効果があると信じてしまう。けれど、私達だってただの人間。そんな効果はない。そんなもののために毎日血を取られるのはもう嫌なんです》」
「………天女全員が頻繁に血を抜かれてるってことか」

 肯定したのを見て、三郎は頭に血が昇りそうになるのを抑える。ということは、連れ去られた彼女も血を抜かれるためにいらぬ怪我をさせられるということだ。パキッと手元の小瓶にヒビが入る。

「天女様!瑞稀様!いらっしゃいますでしょうか!」

 襖の向こうからあの陰陽師の声がした。瑞稀……この三の天女の名前か。

「表の方で小さな騒ぎがありました。それに乗じて曲者が来ていないか、聞きに参った次第であります」

 曲者、まさに今部屋にいるがな。
 3人は気配を消して、互いに顔を見合わせ退散する姿勢に入った。その際、長次の着物を瑞稀が縋るように掴む。

「私達の目的はお姉様……九の天女を助け出すこと。だが、協力してくれるというのなら、お前を助けることを約束する」

 瑞稀がしっかりと頷く。部屋の外では陰陽師がしきりに瑞稀の名を呼ぶ。そろそろ怪しまれそうだ。

「さっき話した島に近々潜入する。その時に迎えに行く」

 再び瑞稀が頷いたのを見て、今度こそ3人は気配を消し、天井裏へと身を隠しながら文次郎達の所へ戻る。ちょうど部屋に陰陽師が入ってきたが、瑞稀がどうにかして誤魔化してくれたようだ。

「いいんですか、中在家先輩。あんな約束しちゃって」
「どうせお姉様を助けるために乗り込む。1人2人変わらない」
「ふーん」

 戻れば、野次馬の中心では暴漢が痴漢に勝った瞬間に立ち会った。床に伸びる痴漢に暴漢が拳を上げて高笑いしている。横にいたタカ丸と喜八郎が全力で他人をふりをしていたが、多分それが正解だ。

「おい、帰るぞ」
「キイテアナタ。ワタシチカンヲチャントシバキアゲタワ」

 忘れてた。長次扮する男と文次郎扮する女は夫婦だったことに。こんな暴漢女を妻にした長次に信者達の気味悪そうな視線が突き刺さる。何より、これからここに来るこの夫婦にとんでもない冤罪がかけられたことに忍たま一同は心で謝罪した。

 一方、川沿いにある草むらで待機するのは二班だ。
 少し大きめの川の真ん中に器用に建てられた小さな城。その城と川を繋ぐ大きな橋には商人であろう人々が通り過ぎていく。

「立花先輩、見つけました?」
「いや、まだ現れんな……ったく、早く来んか!お前の天女がこうして待ち侘びているというのに!」
「誰が待ち侘びてるか!」

 崖の上の草むらから下にある城を見下ろす仙蔵の後ろで目を釣り上げるのは画風が違うお留ちゃんである。
 正直、誰もが無理だろその作戦、と疑っていた。だってあの食満先輩だ。女装が酷い先輩だ。誰がどう見たら天女だって言えるくらいにはブサイクなはずだ。だというのに、彼女に教えてもらった化粧技術を駆使して出来上がった仙蔵の作品は驚くべきものであった。

「本当に食満先輩なんです?」
「別人じゃないですか?」
「こうも変わるなんて。立花くん、化粧が上手だね」

 利吉まで舌を巻くくらいだ。ビフォーアフターにも程がある。食満くん、こんな目キラッキラしてなかったはずだ。誰これ、本当に誰これ。
 男だらけのこの空間で1人輝いている留三郎に何とも言えないでいると、河原を見ていた仙蔵が小さく声を上げた。

「来たぞ!アイツだ!」

 見れば、橋の前の通りを大きな荷物を馬で運ぶ男の姿が見えた。間違いない、女装留三郎に一目惚れして天女などと片腹痛い言動で求婚してきたあの豪商だ。

「さぁ行け留三郎、いやお留!この作戦、お前の行動にかかってる!」
「他人事だと思ってこの野郎!」

 ヤケになったお留は恥ずかしさ満載で河原へと駆け抜けていく。橋の前の草むらに身を潜め、あの豪商が橋付近にきた途端、その前に飛び出した。
 馬が前足を上げてヒヒンと鳴く。豪商が「急に飛び出してくるなんて、危ないだろうが!」と怒鳴ってくる。

「どこに目をつけてん……だ………お、お前は!」

 設定としては強盗に襲われかけたところを必死で逃げてきたか弱い女である。怖かった風に見せるため、目に涙を浮かべて上目遣いしてやる。さっきそこで目薬挿してきた。

「お、俺の天女………!」

 上の草むらの陰で仙蔵が大笑いしているのが目に浮かぶ。馬から降りてきた豪商がこれ以上になく表情を明るくさせながら手を握ってきた。

「ああっ…‥またしても俺の前に現れてくれるなんて……運命だ!」

 違う、仕組まれたことだ、残念だったな。

「何故そんなに涙で濡れてるんだ?もしかして、何か怖いことでもあったのか!」

 目薬だ。

「それとも俺に会えて嬉しいのか!」

 目薬だ。目薬ごとその目にブッ刺してやろうか。

「お姉様!ああ、よかったご無事で!」

 来るのが遅い。背中で訴えるが、共に潜入する者は気にせず可愛こぶった声で擦り寄ってくる。

「もうお姉様ったらぁ。三木を置いていくなんてひどぉい!三木怖かったぁ!」

 断固として1人では嫌だと言い張った結果、妹として着いてくることになった田村三木ヱ門だ。学園のアイドルを自称するくらいだから、女装のレベルも高いがもう少し設定にあった演技をしてほしい。こっちは今強盗に襲われてた設定なんだぞ。

「む、お前は誰だ?」
「そっちこそ誰なのよ!私のお姉様に触らないで!」
「俺はこの天女の伴侶となる男だ!」
「ブフォ」

 笑うなバカちん。口角を天に向かって伸ばすな。こいつに取り入って城の中に入る作戦がおじゃんになるだろうが。お前の伸びすぎた口角でおじゃんにするな。どうせやるなら、その伸びまくった口角でこの豪商をぶっ叩いてくれたら1番なんだが。
 本当はこっちだってこいつの伴侶になるなんて断固拒否に決まってる。だけど、あの人を助けるためだから全力で我慢してるというのに、田村は面白い顔でまた笑うのを我慢してやがる。

「お、お姉様を伴侶ですって!?私からお留お姉様を取るつもり!?」
「ふむ、お留というのかお前は」

 とりあえず頷いておく。

「戦に巻き込まれた私達の村から必死で2人で逃げてきたというのに……私にはもうお姉様しかいないというのに……私から奪うの!?」

 田村、楽しんでやしないか?

「お姉様、戦で両親を亡くしてショックで声が出ないっていうのに!」

 これはアレだ、声出したら男ってバレるため絶対喋るなと仙蔵からのお達しである。なので声が出ない設定だ。

「そうか……可哀想に。よかろう、お留が俺のところに来るならば、お前達姉妹を面倒見ようじゃないか!」
「えー!本当ー!三木嬉しいーーー!」

 もう少し戸惑え。チョロいにも程があるだろう。お前もだ豪商。

「よかったわねお姉様!明日のご飯の心配がなくなったわ!」
「ああ。お前のためにいいものをたらふく用意させよう」

 田村に意識が向いてたのをいいことに目薬を追加しておいてよかった。潤んだ瞳を向けながら照れたように頷けば、豪商は鼻の下を伸ばした。気色悪くて鳥肌もんだ。

「さぁ、その前に商売をせねばなるまい。本当ならこの先の城には普通の奴は入れんのだが、お前達は俺の連れということで交渉しよう。なに、心配するな。ここにいる本物の天女様はきっと許してくださる」

 天女という言葉に田村と2人気付かれぬように目配せをした。やはり、この城には天女がいる。あの人である確率は少ないが、彼女に繋がる情報があるならどんな手を使ってでも手に入れてやる。
 その意志が体に火をつけたのか、自然と豪商の腕に寄りかかってみせる。田村も負けじと反対側の腕に絡みつく。豪商は気分を良くしたのか2人の肩に手を回してきた。

「さぁ、行こうぞ!」

 崖の上で仙蔵が笑いながらひっくり返ってるのが見なくてもわかった。



 外側から見る印象と中から見た印象は全くもって違うものだった。
 外観は歴史から忘れ去られたような寂れた古い城でしかなかったのに、中に入ればそれも一変。趣味の悪い貴族がデザインしたかのように金箔で飾られた眩しい部屋がズラリと並んでいる。一つ一つの襖や障子に鶴だの亀だの、縁起のいい動物達が煌びやかに踊らされていた。
 豪商が手続きを済ませ、その後に案内されたのは宴会場みたいな所。他の商人達がどんちゃん騒ぎで酒や豪華な料理を下品に楽しんでいる。

「さぁ!たんと食え!ここでは好きに食べて良いのだぞ!」
「わぁ…!美味しそう!いただきましょうお姉様!」

 喜ぶフリをする田村が矢羽音を飛ばしてくる。

───どうやって天女に接触しますか

───まだ動くには早すぎる。この男から何か情報を引き出せれば1番だが

───将来の伴侶なんですから一肌脱いでくださいよ

───誰が脱ぐか

 とはいえ、アクションもなしに情報を引き出すなんて無理な話だ。房中術の講義でもそんなこと言っていた気がする。鳥肌で鶏になりそうだがやるしかないのだ。

「おぉ……!お留……!随分と積極的ではないか!愛い奴め」

 垂れかかって男の厚い胸元に手を這わせる。照れたように目を逸らし、頬を染めるのがポイントだ。着物が暑くてよかった。あと田村、口角を天井に突き刺すのをやめろ。

「あらお姉様、嫉妬してるの?この方が天女様に会うって言うから」
「なぬ!?そうなのか!ますます愛い奴!なぁに、俺と天女様はそういった関係ではあるまい。天女様に会う理由は日々での懺悔を吐露するためだ」

 豪商曰く、一人一人別室に呼ばれ、そこで天女と対話するらしい。日々の中で犯した自分の過ちを懺悔し天女に許してもらう。そういった儀式のようなことをするそうだ。いわゆる教会でいうシスターみたいな役割だ。

「天女様が話を聞いてくださるおかげで、俺もこうして罪を洗い流して商売に生きることができるというわけさ」

 豪商が言い切ったとき、ちょうど自分達の番がやってきた。意外にも早く、潜入組はチラリと視線を合わせた。
 ここからが本番だ。天女に接触し、あのカスの目的とその居場所を吐かせる。
 案内人の後ろに着いて行き、やってきたのは突き当たりの、一際豪華な模様が描かれた障子の部屋。案内人が声を掛けると、中から鈴のような声の主が「どうぞ」と促してくる。

「長旅ご苦労様でした。どうぞ、お座りになって」

 中にいたのは、自分の想い人よりも少し若い女だった。巫女服を身に纏い、頭には重そうな金の飾りが眩しく主張している。上座に座る女の耳には7つの耳飾り。彼女こそ七の天女本人で間違いないようだ。
 やっぱり、纏う空気が違う。500年後の人間と思えばそうなのだが、生きている世界が違うというのを身に沁みて感じる。

「あら、本日は可愛らしい方々をお連れなのですね」
「ああ。私の伴侶とその妹だ!」
「お嫁さん!素敵だわ!」

 纏う空気は違うが、なんとなくこの時代に馴染んでいる気もしなくもない。九の天女であるあの人も忍術学園で段々馴染んでいたから、この女もそれなりに長くいるのだろう。けれど、その綺麗な顔に張り付けられた笑顔は偽物だとすぐにわかった。
 こちらが何も言う間もなく、懺悔は始まった。豪商の日常に生まれたくだらん罪など興味もないため、矢羽音で田村とこれからの流れについての打ち合わせで時間を潰す。
 そして、懺悔が終わった。動き出す時間だ。

「さぁ!行くぞおと……め………」

 立ち上がった豪商の目がグルンと回り、やがて気を失って背中から倒れる。自分達は何もしていない。けれど、同じように潜入していた優秀な忍たまによって気絶させられたのである。

「ナイスだ、三反田数馬」
「はぁ、うまくいってよかった……」

 びっくりするほど影が薄い三年の三反田数馬。実をいうと最初の豪商との出会いの時点ですでにいたのだ。気付かれていないだけで、ずっといた。マジでいた。幽霊の如くくっついて歩いていた。
 矢羽音での打ち合わせで、こちらが合図したら保健委員会特製の眠り薬を吸わせるという大きな役目を承ったが、その影の薄さでしっかりとこなしてくれた。

「えっ……え、何が起きてるの……キャ!」

 もちろん、天女は戸惑う。加えて、天井から現れた利吉によって捕らわれたのだから先程の笑みもすぐに恐怖に歪んだ。見張りの忍者達も数馬の存在は見抜けなかったようで、数馬が他の者達を手引きしていたこともバレなかった。お陰ですんなり見張りの気を失わせることができたのである。

「お留、随分と役に入ってたじゃないか。尊敬したぞ、私は」
「うっせ」
「お、男の子!?」

 一切喋らなかった女の子から出た低い声に天女の目が飛び出るほどに見開かれる。もうか弱い女を演じなくていいと思うと一気に体が楽になった。仙蔵の揶揄いの言葉を跳ね除け、肩を回しながら立ち上がる。

「別に取って食おうなんざしないさ。聞きたいことがあるだけだ」
「聞きたいこと……?」
「まったく、忍者が表に出るなんて本当はしないんだが時間がなくてね。できるだけ穏便に済ませたいんだ」

 利吉に言われ、天女は恐る恐る頷いた。
 七の天女曰く、彼女を広告に商人達を集めている理由は浄土天女派の資金集め目的で間違いないようだった。先の世から来た彼女を天女と見立て、その血を薄めたものを差し出すことで病気平癒や心願成就、身体健全が叶うと広めていた。勿論、未来の人間の血にそんな効力はない。けれど、この時代で生きるにはあいつらの言うことを聞くしかなかったと天女は言った。

「やはりあのカス、ろくでもねぇ男じゃねぇか……!」
「あ、あのカス……?」
「安倍晴粕のことだ」

 七の天女、名を奈緒が怪訝な顔をする。こちらが経験した経緯を説明すると、奈緒は少し思い詰めたように俯いた。

「九の天女さんがいらしたのですね」
「あの人は、あのカスに攫われた。だから助けたい」
「………晴粕さんは、そんな悪い人じゃないんですよ」
「はぁ?」

 堂々と大切な人を攫った奴のどこが悪い人じゃないだ。この天女、正直に話してくれていると思ったがあちら側に染まっていたか。

「あなた達の言う黒幕は晴粕さんではありません」
「黒幕がいるのか?」
「はい。………晴粕さんの母親、安倍春日という女です」
「安倍春日………」

((((((結局あのカス………)))))))

 あのカスの母親ならばやっぱりあのカスだった。親子揃って名前を略したらあのカスなのはもはや天晴れである。その場の誰もが思った。

「それで、その、マダムあのカスは何故天女を求めている?」

 仙蔵の問いに奈緒は少し笑ってから真面目な顔つきで答えた。

「安倍春日様は、若さというものに異様に囚われております。エリザベート・バートリーという女を知ってますか?」
「知らないな」
「エリザベートという女も同じく若さに囚われていました。長く若さを保ちたいが故に起こした彼女の行動は……若い女の血を体いっぱい浴びることでした」

 その場にいた男達、絶句である。

「町の若い女を片っ端から集め、酷い拷問をしながらそれを笑って見ており、女の血を浴びていたとのことです。春日様も、ここまでとは言いませんがほぼ似たようなことをされています」
「村の女達を攫って………血を浴びたってことか?」
「数年前まではそうしていたらしいです。けれど、私達天女が現れてからは未来の、健康的な血を少しずつ抜き取っては体に塗り込んでいます」

 男達、またしても絶句。数馬や他の忍たまも唇を真っ青にしている。あのカスの行方を突き止めるために来たのに、とんでもない話を暴露されて理解するのに精一杯だ。

「それじゃあ……あの人もそのイかれた女のために攫われたってことかよ!!!」

 ダンと壁を殴れば奈緒がびくつく。別に彼女が悪いわけではないが、怒りの矛先をどこに向ければわからないのだ。娘狩りから天女狩りにシフトチェンジし、それに巻き込まれたあの人の待つ最悪の未来に脂汗が滲み出る。

「落ち着け留三郎。彼女がこうしてまだ生きているんだ。すぐに死ぬと決まったわけじゃない」
「えっええ…。未来の人間の血は貴重。春日様も無駄には扱うことはありません。現に瑞稀も時雨さんも死んではいませんし」
「他2人は別の天女の名か?」
「天女……ええまぁ」

 何だか煮え切らない返事だが、とりあえず目的は定まった。彼女を取り戻し、安倍晴粕ではなく安倍春日の所業を止めることだ。安倍晴粕が悪い奴ではないと奈緒は言うが、こちらとしてはそんな印象ないためひとまず討伐対象には入る。あのカス一家ファイヤーを鎮火せねば。

「それじゃあ!」

 思いついたように手を打ったのは、方向音痴だけど記憶力に優れているからという理由で連れてこられた三年ろ組の神崎左門だ。

「わたし達がやることは、マダムあのカスを狩る………略して"マダガスカル作戦"を遂行するということですね!!」

 マダガスカル作戦。

 忍たま組は目を点にし、利吉は年下の子の自信満々の提案に苦笑いである。奈緒に至っては聞いたことある国名に思わず吹き出した。

「左門。略すのはいいが、ガスはどこからきた?」
「いや、そっちの方が語呂がいいかなって思いまして。それにカスもガスもさして変わりませんよ。どうせそんな下衆なことしかしない女の人は屁で飛ぶような器の小さい小物ですって」

 文次郎め。なんつー後輩に育てたんだ。いつも明るく元気な方向音痴の左門の性格が別の方向に迷子になってるぞ。こんな毒舌言わないはずなのに……さては鉢屋の変装か!………違ったようだ。次会ったとき文次郎にしかと説明してもらわねば。

「と、とりあえず、左門のいうマダガスカル作戦とやらを遂行するためにはみんなと合流しないとね」

 利吉の言葉に忍たま一同は撤収する姿勢に入る。1人残る奈緒とはあのカス一家の根城にてまた落ち合う予定となった。生きるためとはいえ、この状況に辟易していた彼女は協力する気満々である。

「皆さんがそこまでして助けたいという九の天女様……一度会ってみたいですから」

 本物の笑顔で見送られ、一同は現在ツキヨタケで情報収集をしている三班の元へと向かう。
 三班が知った四の天女の事実に全員でひっくり返るのは少し後の話である。

 ちなみに捨て置かれた豪商のことは全てが終わってから思い出した。

 束ねられた白い糸が落ちるように清水が水煙をあげる。吸い込めば肺の中が潤う感覚と鼻の奥の水の香りにむせさえ覚えた。視線を落とせば、泡立つ滝壺で魚達が滝を登ろうと必死になって泳いでいるのが滑稽に思える。

「ほーらー!そんなんじゃいつまで経っても貴女の中の天女は浄化されませんよー!!」

 河原の方では家来の持つ番傘の下で涼む安倍晴粕が鼻で笑ったように言ってくる。小馬鹿にしたその顔に拳をぶち込みたいところだが、あいにくこちらは今、大量の水を頭からずーっと落とされている最中だ。
 そう、いわゆる滝行というやつである。

「本当にこんなんで浄化されるんでしょうね!?」
「おや、すでに他の天女の浄化を終わらせた私に何をおっしゃる」

 連日、アホみたいに滝行させられているこっちが滑稽に思える。別に悟りを開きたくなんてないし、修行僧にでもなりたいわけじゃない。こんなんで浄化されるのはちゃんちゃらおかしいが、これだけで天女が出ていくと思ってるアホの晴粕もちゃんちゃらおかしい奴だと思う。

「毎日毎日、ギャーギャーと元気な嬢ちゃんだな」

 隣には素晴らしい体幹で滝に打たれるヤクザのおっさん、もとい四の天女である時雨という男。龍と桜の刺青が滝という風景に似合っており、体に刻まれた龍がそのうち桜を纏って滝を登るんじゃないかと連想させるほどに美しかった。
 初めて会った日から数日が経過した。
 結局、九の天女も四の天女と同様に表には出せないと隣の牢に幽閉された。とはいえ、ドラマとかでよく見る薄汚い牢屋ではなかった。あの時はたまたま小窓が全て閉まっていたことで日の光を取り入れていなかっただけで、窓を開ければそれなりに視界は明るくなる。

「そりゃ慣れてる人は余裕でしょうよ。私は滝行はこれが生まれて初めてなの」
「暴れんなって。おらっ……と、このように滑って魚の仲間入りしちまうぜ?」

 滝壺に落ちかけた自分を片手で引き上げる逞しい腕に、向こうがもう少し若かったら惚れてたかもしれない。だが残念、この男は既婚者である。しかもこっちの時代で夫婦になったらしい。
 アホのカスの呼び声により、本日の浄化は終わりである。滝壺を泳ぎ、陸に上がればすかさず侍女達が手拭いを差し出し、あれよあれよと着替えまでさせてくる。勿論、男共には見えないように。仕事のできる侍女はやっぱり違う。

「御二方、本日も浄化の儀式お疲れ様でございました。ゆっくり、体をお休めになってくださいませ」
「あら、まだ浄化は終わらないの?」

 涼やかな滝の音に混じって入ってきた粘っこいノイズ。晴粕は表情を失い、時雨が小さく舌打ちをした。
 城の方面から、煌びやかに飾った中年の女が侍女を引き連れてやってくる。城の外にある自然の中に、こんなインドア派のギラギラババァが来るなんて正直驚いた。

「これはこれは母上。こんな場所にまで足を運ぶなんて、いかがなされました?」
「新しい天女の浄化が早く終わらないかと待ち侘びてるのよ。まだ終わらないの?」
「彼女に憑いているのは罪深き九の天女、やはり簡単には浄化はできませぬ」
「まったく、往生際が悪いこと」

 ババァはこちらを見て鼻を鳴らした後、隣にいた時雨を見遣り、ゴキブリを見たように表情を歪ませる。だが時雨も負けておらず、まさしくヤクザの挑発的な目で見返していた。

「何よその目。私に歯向かおうっていうのかしら」
「いいやぁ?春日様がこんな場所にまで来るたぁ驚きでしょうがねぇって思ってただけさ」
「口の利き方がなってないようね。お前の家族の命を握ってるのは私だってこと、肝に銘じてる上での発言かしら?」

 バチバチと隣で繰り広げられる面倒臭そうなバトルから一歩離れておく。こんなバトルに巻き込まれるくらいなら小松田のドジを6回受け止めた方がマシである。

「母上、ご覧の通り浄化はまだ先でございます。それに本日は少し暑うございます。城に戻って水菓子でもお食べになっては?」
「そうねぇ。いいビワが手に入ったって聞いたから。あれと一緒に楽しみましょう。そこのあなた、七のものをグラスに入れておいてちょうだい。勿論冷やしてね。ビワと一緒に飲むわ。晴粕、貴方もいらっしゃい」
「ええ。後ほど伺います」

 侍女に命じた安倍春日は去り際に手に持っていた扇子で時雨を引っ叩いた後、さっさと城へと戻っていった。いつもの如く、ババァの八つ当たり道具にされている時雨はその背中に凄まじい殺気で中指を向けている。ババァの八つ当たりなんかヤクザにとっちゃ屁でもないようだ。ただしそのうち倍返しにされること間違いなしである。

「あんたのお母さん、随分と天女に入れ込んでんのねぇ」
「天女は崇高な生き物ですから」

 力なく笑う晴粕はゆっくりと天を見上げる。

「猛た思想は、時に人が持つ純粋な心までも食らってしまうもの、ですね」

 それは己の母のことを言っているのか、それとも自分のことを言っているのか。
 そんなことこれっぽっちもこっちが知る由はない。



 浄化が終われば元の牢へと戻る。
 ここから寝るまでは大人2人だけの時間である。当たり前だが、男女のあれこれなんてものは存在しない。牢屋はしっかり分かれているし、向こうは既婚者だ。相手がいる男に手を出すつもりは毛頭ない。

「何だかさ、あの親子関係って不思議だよね」
「不思議もなにも、母親が異常すぎるだろうよ。そりゃ晴粕坊ちゃんも苦労するぜ」
「アニキはさ、結構あの男に肩入れするよね」

 時雨はここに来る前はヤクザの若頭だったらしいので、親しみを込めてアニキと呼ばせてもらっている。アニキはクソババァに対しては敵対心剥き出しだが、晴粕には対応が優しい気がする。

「晴粕坊ちゃんはよぉ、悪い奴じゃねぇのよ。やり方を間違っただけでよ」
「やり方?」

 意味深な発言に片眉をあげたところで、アニキが話を変えるようにこちらを見てはニッと笑ってきた。

「俺はよぉ、あの親子の話より嬢ちゃんの話が聞きてぇのよ。その、何だっけか?忍術学園ってところにいたんだろう?」
「またその話?アニキ結構忍者好きな感じ?」
「忍者は男のロマンだろうがよ。そのロマンを育てる学校にゃ好奇心も湧くさ」

 アラフォーのおっさんヤクザが子どもみたいに目を輝かせては話を聞かせろとせがんでくる。まるで、紙芝居を見たいは組の子達を思い出した。
 せがまれるままに聞かせたところで、アニキがより好奇心を乗せた笑みを向けてきた。

「忍術学園にはよぉ、若ぇ男もいたんだろう?」
「ほぼ私より若い男と若い女がほとんどだよ」

 学校だぞ。大体が若い奴に決まってるだろ。

「嬢ちゃんも浮いた話くらいあるだろうよ」

 どうしよう、ヤクザが恋バナしようとしてる。

「ないに決まってるでしょ」
「嘘つけ。俺の目逸らした時点であるって言ってるもんだろうが」

 小さく舌打ちしてみせれば、してやったり顔が見えてムカついたので、より大きい音で聞かせてやる。

「そんでよぉ、嬢ちゃんの心を射止めたっつーのはどんな奴だ?」

 そう言われて、脳内で1番に出てきた名前を思い浮かべた。

「さーて。どんな奴でしょうねぇ」
「ほう、教えないつもりか?」
「教えたところで何になんのさ。どうせ、私はどうこうなるつもりはないしね」
「何でだ?」
「だって私、帰ること諦めてないもん」

 アニキと違って。
 アニキは未来でヤクザやってた割に、こっちに飛ばされてから何かロマンチックな結婚をしている。飛ばされた当初は山賊擬きをやっていたが、奥さんと出会ってからは山賊もヤクザからも足を洗って真っ当に生きることを決めたらしい。そんな惚気を牢屋で聞くことになるとは思わなかった。
 アニキが捕まった理由は、性別からして天女ではないもののピアスをしていることから天女判断され、家族を人質に捕まったと聞いた。家族はここに来ていないが、監視の目がある中で暮らしているとのことだ。

「ほー、そうなのか」
「そ。だから私は何も言わないし、するつもりもない」

 そこからは静寂が牢屋の中を支配する。そろそろ日暮れだ。小窓から赤い光が差し込んでいる。少し早いけど寝るか、と柔らかい布団を敷きかけたところでアニキが小さく投げかけてきた。

「なぁ。俺が帰る方法を知ってるとしたらどうする?」

 布団に伸ばしていた手が止まる。小さく息を飲み、動揺を隠しながら首だけを動かしてアニキを見た。静かなに見つめ返してくるアニキの目は確実性があると語っていた。

「知ってるの………?」
「嬢ちゃんが来る前によぉ。酔った晴粕坊ちゃんがここに来たことあるのよ」
「どんな展開よ」

 酔った晴粕が何故わざわざここに来た。その疑問を問えばまた話が先延ばしになりそうなので飲み込んでおく。

「ここでいう、天の羽衣ってやつのことだろうな。俺は帰る気なんてさらさらねぇから聞き流していたが、迷信でよけりゃ教えてやるよ」
「教えて」

 聞かない選択肢なんてない。すかさず言えばアニキはフッと笑って口を開く。

「先に行っておくが、"生きていたら"の話だ」

 そこから繰り出される夢見たいな話。けれど、タイムスリップしてきた人間がいるのだ、この話が本当であってもおかしくはない。
 全ての話を聞き終われば、一気に脱力して壁に寄りかかる。一周回っておかしくなって、この馬鹿げたからくりに笑いが込み上げてきた。

「確かに、そりゃ"生きていたら"の話だわ」

 天の羽衣。伝説の通り、見つけようにも難しいものだった。希望は見えたものの、微かな光。この小さな希望をどうやって掴み取ればいいのか。

 その夜、見つけた小さな希望の代わりに忍術学園のみんなと笑っている夢を見た。

 帰る方法のヒントはどこかのお話に出しております。めっちゃわかりやすいと思います。

— End —

Comments 71

龍龍1 天前
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柴猫13 天前
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我、人狼である3 个月前

もう、マダガスカルがアレにしか聞こえない…! 誰か地球儀持ってきて〜!そして、レボリューション!!して〜

まゆゆ8 个月前
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氷緒@Hio10 个月前

本編よりキャプションの方が罪深い

赤巻紙乳酸鰻10 个月前

え...分からない...(sweat4)(sweat4)(sweat4)(sweat4) いいお話でした続きが楽しみです

ほれいざい10 个月前

五津郷貴方は天才、、??良い仕事しすぎて花束送りたい!!! 本編では他の天女(?)さん達もみんな救出されて欲しい!!!時雨のアニキと忍術学園のみんなとのエンカウントがすごーく楽しみですね!! あのカス(母)は許しちゃいけないよ!!!

ちー10 个月前

続き楽しみに待ってます(*^^*)🛐

優音11 个月前
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ぎゃるそん仮面11 个月前

キャプションwwwおもしれー女がおもしれー男になって壁ドンしてるww スピンオフ化希望。伊作子の不運ラッキースケベが見たいです先生。

R
REDKAT11 个月前
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H
haru11 个月前
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Sakuria
Where every work blooms
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