Novel1 years ago · 3.5k chars · 1 pages

喫茶ポアロにて

こんぺいとうの妖精こんぺいとうの妖精

ポアロで梓ちゃんとおしゃべりする回

「えっ? じゃあ、結月さん引っ越しちゃうんですか?」
「そうなの。だから、梓ちゃんのこのカラスミパスタも今日でしばらく食べ納めになっちゃうかも」

高明くんはお世話になった人との約束の時間が迫っていたし、今日の夕方には長野に戻らなければいけないらしい。とりあえず今後の連絡はLINEでやり取りすることになったので、私は遅めの昼食を摂るために行きつけの喫茶店にやってきたのだった。
高明くんの都合も聞かないといけないので、今日明日急にと言うわけにはいかないけれど、とは言えそれまでホテル暮らしとなれば費用もかさむので、できるだけ早く引っ越したいところだ。そうでないと、仕事も再開できないし。事情が事情だからと〆切を伸ばしてもらえたものもあるけれど、それだってあんまりのんびりしていると後々自分の首が締まってしまう。

「あっ、でも、頻度は落ちちゃうけど、ポアロにはこれからも通わせてもらうつもりだから! 打ち合わせで東京に来る機会もあると思うし」

今までは週1回くらいの頻度で来ていたから、名残惜しい。ここ、喫茶ポアロは私にとって憩いの場だ。マスターも気さくだし、ウエイトレスの梓ちゃんもすごく感じがいい。仕事の打ち合わせのときにもよく使わせてもらっていた。明るくて人懐こい梓ちゃんは今みたいにお客さんが少ないときはおしゃべりにも付き合ってくれるので、何となく妹みたいに思っている。まあ、梓ちゃんを勝手に心の妹にしている客はきっと私だけではないだろうけれど。

「でも、よかったですね! 親戚のおじさまが部屋を貸してくれるなんて!」
「おじ……」

私の話を聞き終えた梓ちゃんのそんな無邪気な感想に、思わず咽せてしまった。カラスミの粒が。粒が、気管に入った。咳き込んだ私に梓ちゃんが慌ててお冷やの入ったグラスを差し出してくれたので、どうにかそれを飲み下して呼吸を整える。

「大丈夫ですか?」
「うん……えっとね、まあ、梓ちゃんから見たらおじさんの部類に入るかもしれないけど、たぶん想像してるほどおじさんではないと思うよ」
「え? その親戚の方っておいくつなんですか?」
「えぇと……35歳?」
「さんじゅ……って、えぇ!? それ、危なくないですか!?」

ギョッとしたように目を丸くした梓ちゃんは、「てっきり初老のおじさまなのかと思ってました」なんて困惑したように呟く。梓ちゃんの反応はごく一般的なものだと思うし、私もきっと第三者として話を聞いたら似たような反応をしたような気がするけれど。

「えっと、そこは大丈夫だと思う。その親戚って、警察官なんだよね」
「わからないですよ、そんなの! いくらおまわりさんだとしたって、信用しすぎるのはよくないです! 結月さんは黙ってたらすごく可愛いんですから!」
「うーん。梓ちゃんのその素直すぎるところ好きだけど、たまに反応に困っちゃうね?」

まあ、「しゃべると台無しだから黙っていた方がいい」とか「第一印象と中身にギャップがありすぎる」と言うのは、友人達にもよく言われるし、いい感じだった人に振られる理由も大体それだ。口を開かなければ、育ちのいいお嬢さんに見える、らしい。……もう“お嬢さん”って年齢でもない気がするけれど。
とは言え、一応「未婚の若い女」と言う分類になるだろうから、確かに恋人でも兄弟でもない男性と2人暮らし、と言うのは思い切りすぎた選択かなと思わないでもないけれど。

「いや、でも、何て言うか、本当に大丈夫だと思う。結構年離れてるし……私がまだよちよち歩きだった頃から知ってるから、向こうは私のこと全然そんな風に見てないもん」

高明くんの場合、どう考えても下心は微塵もなく、100%善意と厚意だ。意地悪なところもあるけれど、何だかんだ面倒見がよくて、困っている人は放っておけないし────身内に甘い。常識的には警戒して当然の状況だと言うのは理解しているけれど、高明くんはそもそも色々と規格外の人なので、常識と言う物差しでは測れないところがある。だって高明くんだし、としか言えないけれど。

「はとこってまあまあ遠くないですか? 私、ほとんど関わりないですよ。法事とかで会うくらい」
「んー……普通はそうなのかなあ? うちは、ちょっと特殊なんだよね。父親同士がかなり仲が良かったみたいだし……色々と事情もあって」

梓ちゃんの言う通り、いとこ同士ならともかくはとこって、一般的には同居するほど近い関係ではないだろう。うちは父の仕事の関係でずっと東京に住んでいたから、家が近かったわけでもないし。それでもまあ、そこそこ遠方の割にはかなり付き合いがあった方だと思うけれど、それに関しては色々とプライバシーの問題もあるし事情も複雑なので、濁しておくのが無難だろう。

「高明く……親戚が大学生だった頃、東京で1人暮らししてて……両親はよく気にかけてたから、そのときの恩返しのつもりなのかも」

高明くん本人も言っていたけれど、私個人への感情がどうこうより「1人娘が路頭に迷っていたら私の両親が心配するだろうから」が1番の理由な気がする。梓ちゃんはいまひとつ納得していない様子だったものの、「それにしても」とキッと目をつりあげた。

「新しいおうちが見つかったのも、結月さんが無事だったのも何よりですけど! でも本当、最低ですよね! 長く付き合ったカノジョのこと焼き殺そうとするなんて!」

私自身がさっき伝えたエピソードトークなのだけれど、改めて他人の口から聞くとなかなかに破壊力がある。そこそこショックは受けているのだけれど、「まあ結果的には無事だったし」なんてつい宥めたくなってしまうのは、普段温厚な梓ちゃんが見たこともないほど怒ってくれているからかもしれない。

「結月さんの彼氏のトモキさん、何度かうちの店にも一緒に来てましたけど……今だから言えますけど、ちょっと心配だったんですよ。何て言うか、結月さんのこと、あんまり大事にしてない感じがして……『こいつは俺が居ないとダメだから』みたいに思ってそうって言うか……。結月さん、この人と一緒で息詰まらないのかなあって」
「あー……まあ、実際、私ってかなりぼんやりしてるしねぇ。トモくんはしっかりしてたから」

私の生活能力は良く見積もって平均だし、一方トモくんは自分1人でも全部完璧にこなせる人なので、トモくんが居ないと私がダメダメだと言うのは概ね正しい。でも、梓ちゃんが心配するように几帳面なトモくんと一緒で私の神経がまいってしまうと言うより、どちらかと言うとマイペースすぎる私にトモくんがキレかけていたと言う事実は、私のために怒ってくれている彼女にはたぶん言わない方がいいのだろう。

「確かに結月さんはちょっと抜けてるところありますけど! でも、そこが魅力なんじゃないですか!」
「うーん。気分がいいからお姉さんおごっちゃおうかな。梓ちゃん、ケーキ食べる?」
「えっ。いいんですか?」
「マスターもよかったらどうぞ」

私はプリンを頂こう。無駄遣いしている場合ではないのはわかっているけれど、ポアロにもしばらく来れなくなるだろうし、マスターと梓ちゃんには本当にお世話になったし。とりあえず、住む場所が決まったお祝いと言うことで。わぁい、と可愛い笑顔で私の隣の席に座った梓ちゃんと一緒にスイーツタイムを楽しんでいると、マスターが新しいコーヒーをカップに注いでくれた。

「結月ちゃんの歴代彼氏は何人か知ってるけど、いつもあのタイプだよなあ。イケメンで背が高くて、パリッと高そうなスーツ着てて、いかにも頭が良くて仕事ができますーって雰囲気で。人を食ったような、悪く言うとちょっと嫌味な感じの。結月ちゃん、見た目はおっとりしてて柔らかい雰囲気だからああ言うタイプが寄って来やすいのかね」

大変だなあ、なんて同情するようにマスターの言葉に、思わずスプーンを喉に突っ込みそうになった。
確かに。同年代の男性だと、結構な割合の人が会社勤めでスーツを着ているから今まであまり気にしたことはなかったけれど、言われてみれば共通項がある。整った顔立ちに、長身で、細身のブランド物のスーツがよく似合っていて、頭が良くて、そのせいか人を食ったような話し方。ともすれば、ちょっと嫌味。その全てに当てはまる人物の顔が頭に浮かんで、私は思わずテーブルに突っ伏した。

「あー……」
「結月さん? どうかしたんですか?」
「ううん……何でもないの」

我ながら、好みのルーツがわかりやすすぎる。

— End —

Comments 2

薬罐4 个月前

ああ、拗らせてるのね。 幼児期に異性の好みは下地が出来るっていうから、その頃刷り込みされたら一生ものですね…。 南無…

たかし1 年前

ルーツはつまり・・・??( *´艸`)

Sakuria
Where every work blooms
Click anywhere to skip