「フリーレン」
「なに? ヒンメル」
「いや、ほら、あの木の赤い実美味しそうじゃないか?」
「そうかな。酸っぱそう。アイゼンなら好きかもしれないけど」
フリーレン。
何度も、何気なく、名前を呼び続ける。
小さな身体で千年を生きる彼女にとって、自分達は刹那的な生き物で、きっと、彼女にとって別れも必然として受け入れられるものなのだろう。
僕はその彼女の刹那の時の中で、何度その名を呼べるのだろうか。
呼びたい。
それと同時に、忘れないで欲しい。
君を呼ぶ声を。この声を。
「フリーレン」
「どうしたの? ヒンメル」
「今日の夕飯は何にしようか」
「うーん、お肉。この前買ったスパイスをたっぷりかけて」
「それじゃあ狩りをしないとね」
「猪くらいいるかなぁ」
彼女が生き物の足跡を浮かび上がる魔法を行使する。彼女を中心に淡い光がぽぅ、と灯る。長く絹のような髪がさらりと揺れて、美しい。
「どうだい?」
「これ、たぶん猪。あとを追おう」
「いいですね猪。つまみにいい」
「ハイターが捌いてね」
「……聖職者に殺生は」
「魔物を屠っておいてよく言う」
勇者一行は森の中を進みだす。
少し前を歩くフリーレンは、信じられないほどの大魔法使いだけれども、その背中は小さくて。
「フリーレン」
名前を呼ぶと彼女はくるりと振り返る。
「なに?」
その瞳に自分は写っているのに、無自覚に引かれた一線。それを乗り越えることは出来ない。いや、してはいけない。
彼女の人生は果てしなく長くて、人生のすべてを覚えていては押し潰されるのだ。だから何にも無関心な生き方が身に染み付いて、くだらない魔法を探す。
そうしなければ、優しい彼女は壊れてしまうから。
だから特別ではいけない。
そんなやつもいたんだと、時々思い出して貰えれば。
「なんでもないよ」
小さく笑う。
せめて。
せめて君の名前を呼ぶ、この声が君に残るといい。
「フリーレン様、この木、食べられますかね?」
次の街へと向かう森の中でフェルンが木の上を指差す。赤い木の実。
「酸っぱそうだ」
「むぅ」
「猪でも捕まえよう。今日はちょっと豪勢に……」
──フリーレン
「?」
呼ばれた気がして、振り返る。
聞き間違えるはずがない。
それはヒンメルの声で。
「フリーレン様?」
フェルンの声に我に返る。
そんな訳がないのに、そこに居た気がした。
人間は、声から忘れていくと言うけれど。
何度も呼ばれたその声を、私は忘れることはない。たとえこの先何百年も、生きるとしても。






















