Novel2 years ago · 1.3w chars · 1 pages

酒はいのちを削る水

はづこはづこ

こんにちは。 ちょっとお久しぶりですがまたまた書きました。アルバン先生と吉野くんのラブラブシリーズです笑。 【登場人物】 アルバン・デュボワ:36歳のフランス人。攻め。不動産業をやったり、語学講師をやったり…ミステリアスなイケメン外国人のはずが年下の恋人・吉野に対して病的なまでの執着を見せる。 国枝吉野:大学一年生。受け。近頃年上の恋人に振り回されている。 太田綾瀬:吉野のバイト先の先輩(カプには関係ありません)。 第一話(novel/19310551)、第二話(novel/19519177)、第三話(novel/19761454)と続いていますが、単体でも読めなくはないです。 今回は吉野くんが飲み会に行くお話。嫉妬深い年上彼氏の異常行動についてです。定番ネタですが書いていて楽しかったです笑。 コメント、スタンプ、ましゅまろ有難うございます。ましゅまろは本垢でお返事しております。 楽しみにしてます!と言ってくださる方が多くてめちゃくちゃ嬉しいです〜! マシュマロはこちら。 https://marshmallow-qa.com/haduko000?utm_medium=url_text&utm_source=promotion 創作垢はこちら。あまり呟きませんが。@haduko000ura それでは〜!

「そうだ、金曜飲み会」
 旬の芸人がアポ無し取材に選んだ店は老舗の町中華だった。明らかに年季の入った引き戸の向こうで、カウンターに座る常連(おそらく)が真っ昼間からジョッキのビールを飲んでいる。「お兄ちゃん、取材か?じゃあ俺は撮ってくれるな、カミさんにバレるとウンヌンカンヌン…」というくだりでスタジオから笑いが起きて…そこで吉野は思い出した。
 金曜日は飲み会である。
 飲み会ルールその一、『飲み会の報告は必ず三日前までに』。
 肌触りの良いベルベット生地のソファに深く腰掛け、寝室にこもる前の幸せなリラックスタイム。片手には漫画アプリを開いたままのスマホ、視線はテレビ、もう片方の手はというと、膝の上に載せた大型犬…もとい恋人のアルバン・デュボワの半乾きの頭をよしよしと撫でている。少しウェーブがかった髪は、ドライヤーを使うと爆発するから基本自然乾燥なのだと(おそらくそれは言い訳で、単にドライヤーが面倒なだけだ)。本人はそういうところにあまり気を遣わないため、風呂上がりにボタボタと垂れる水滴を追いかけてタオルドライしてやるのは、もっぱら吉野の役目になっていた。生活力が高そうに見えて、抜けているところはすっぽり抜けている。独り身の頃はどうやって生きていたのか不思議で仕方がない。
 吉野は膝の上に敷いたバスタオルの位置を直しつつ、さりげなくアルバンの機嫌を伺う。
「この芸人最近よく見るね。ロケ上手かったんだ。エムワンも惜しいとこいってたもんね」
「…」
「アル、髪伸びたな。そろそろ切っていいんじゃない?俺は長くても好きだけど」
「…」
「あの、飲み会が…」
「聞こえてる」
 聞こえてた。
 キョロ、とふたつのブルーグレーに睨まれ、吉野の丸めていた背中がしびびと痺れた。
 芸人の呑気な笑い声が緊張したリビングに響き渡る。
 アルバンは手にしていたタブレットを怠そうにカーペットに投げると、胸の前で指を組んだ。
 瞳が日没直前の太陽のようにゆっくりと閉じられる。まるでB級映画に出てくる吸血鬼の寝姿だ。棺桶の中にきちっと収まっているやつ。マントとキバがあればまさに、ソレ。顔も白いし。身体も白いし。
 ああ…良きタイミングではなかったか。
 吉野は心の中で泣く。
 バカでかいL字のソファは、足の長いアルバンが横になってもまだスペースに余裕がある。吉野は恋人のゴツゴツした足の甲の先端(つまり、つま先)を現実逃避のように凝視していたが、「それは」と膝の上から聞こえてきた声に、もう一度背中を震わせた。
「誰と」
「えーと、そのー」
「場所は」
「あのね、西新宿…」
「開始時刻」
「…二十一時…かな?」
「…」
 あやふやな受け答えを繰り返す吉野。アルバンは瞳を閉じたまま、まるでクラシックを鑑賞するかのように穏やかな表情を浮かべている。
 飲み会ルールその二、『飲み会の詳細は隠さず明確に』。
「———俺が思うに、」
「は」
「メンツは大学仲間ではない」
「…」
 吉野は息を呑んだ。
「理由はお前が言い淀んだからだ。いつものメンツならすらすら名前が挙がる。言葉が詰まるのは俺に後ろめたさがあるからで…まあいい、これは後々答え合わせしよう。次に、開始時間が常より遅く、場所も学生街から離れている。おや、二十一時開始ならバイト終わりに駆けつけるのにちょうど良いな。西新宿なら方々から人も集まりやすい…バイト仲間の誰かに誘われてそのまま飲みに行くんだろう…どうせ太田綾瀬だろうが…ほかにも誘われた人間がいる…それは俺に言いづらい人間だ。なるほど、コミュニティ外の人間か?どうだ、後ろめたさの源泉が見えてきたな」
「…まあ、だいたい合ってますけど…」
「大体?」
「…ぜんぶ」
「そうだろうな」
 名探偵はふん、と鼻で一蹴してカーペットからタブレットを拾い上げた。
 濁した箱の中身をすべてぶちまけられ、吉野はどうして良いのやら…およおよと視線を泳がせてから、結局降参して「綾瀬さんに誘われたんだって。明太子の食べ放題、四人からなんだって」と白状した。
 吉野がアルバイトをしている個人経営のカフェは、一番年下の吉野を含んでスタッフのほとんどが学生アルバイトだ。よくシフトがかぶる先輩の太田綾瀬も他校の三年生。卒業後は実家にUターンする気なので就活も我関せずで、毎週のように遊び歩いている。吉野もこれまでに何度か飲みのお誘いを受けていた。しかし、毎回「クラブ貸し切って朝まで飲み続ける」とか「昼はタイフェス、夜はバーベキュー」とか体力も精神力も磨耗しそうな激しい企画ばかりだったので、丁重にお断りしていたのだ。
 だが、今回は聞き捨てならないお誘いだった。
「二時間半3980円で飲み放題、明太子料理食べ放題つき」。
 吉野は動揺した。高いから、身体に悪いから、明太子は白いご飯に一切れだけ。そう母親に言われて育った吉野にとって、明太子の食べ放題は非常に魅力的なフレーズだった。ゆーたら、メインが明太子で、飲み放題はおまけみたいなもんだ。「最低人数が四人でさ、」と困った子犬のような顔で追撃された時には、もう吉野の心はヒャクパーセント決まっていた。これは行くっきゃない!…というのがことの経緯である。懸念すべき点はひとつだけ。「たいちさん(彼はバイト仲間で唯一の院生だ)も来るから」と言われたが、残る一人は誰が来るのか未だに知らされていない。初対面の人間がやって来る可能性は大いにある。そういった意味で、アルバンの指摘は的を得ていた。同席者がいつもの飲みメンツではないため、恋人のいう「後ろめたさ」がなかったわけではない。だが所詮男友達とご飯を食べに行くだけのこと。いやらしいことはひとつもない。
 数秒の沈黙ののち、「どこで仕入れた明太子だか」とアルバンがバカにしたように言ったので、吉野はとりあえず飲み会に許可が降りたことを悟った。今日こそ頭ごなしに「ダメ」がくるかと思ったが———束縛男をカレシにすると色々と面倒なのだ。
 明太子に興味を失ったらしいブルーグレーは、タブレットに表示された外国語の羅列を追っている。おそらく何らかの依頼に関わる母国語の資料で、その言語については吉野も(こっそり)勉強しているが、こうも真っ黒な文章になると理解しようという気さえ起こらない。
 山を越えてひと安心。ほっとして両足をぶらぶらさせると、振動をダイレクトに受けたアルバンが「やめろ」と鼻にしわを寄せた。
「美味しかったらアルも行く?」
「お構いなく」
「四人揃えなきゃいけないから大変だ。あっ、でも銀座に系列店があって、ちょっと高いけど二人でも食べ放題やってくれるんだって」
「Ah, bon」
「じゃ、そゆことで———」
「二時間半キッチリで出てこい」
「はいはい……へ?」
「迎えに行く。店の詳細を送っておけ」
「えっ!いいよ、西新宿なら家帰った方が早いから」
「駄目だ」
「んもー、心配性すぎ。電話するんじゃダメなの?」
「電話?真夜中に八回も電話で叩き起こされる悪夢は二度とごめんだな」
「…」
 吉野は顔を真っ赤にして押し黙った。
 アルバンが言っているのは、付き合ってすぐの頃の吉野の大失敗だ。あの頃はまだアルバンの束縛がひどくなくて、お互いお付き合いの距離感を測っているような時期で、飲み会ルールもきちんと決められていなかった。「飲み会に行く」という一言すら報告不要な、のどかな時代だった。
 そんな中、事件が起こったのは語学クラスの新年会。二十人で飲み屋の大部屋を貸し切り、夕方の五時から閉店までノンストップで大騒ぎした。もちろん吉野も雰囲気に飲まれて大ハッスルした。中盤まではしっかり記憶を保っていたのだが、終盤の泡盛とワインのちゃんぽんに撃沈。飲み会解散後、ゼロ時から三時にかけて、実に八回もアルバンに電話をかけて意味不明なことを喚き散らしたという。「という」というのは、この醜態はアルバンから聞かされたもので、吉野本人は全く記憶にないからだ。翌日なぜか築地のアルバンの自宅で目を覚ました吉野は(見かねて回収に来てくれたらしい。学生街のロータリーの植木で寝ていたという)明らかに不機嫌な家主にその事実を聞かされて、恥ずかしさのあまり塵になるところだった。
 その次の飲み会から、アルバンの態度は目に見えて強硬になった。つまり飲み会ルールの制定だ。とある日の夕食後、ダイニングテーブルで向かい合って「今後飲み会に行きたいならこのルールを守れ。守れなければ俺が同伴する」と断言された時、この男も、さすがに就寝中八回も起こされたのがこたえたのだと思って、吉野はめちゃくちゃ反省した。本当は嫉妬と独占欲がルール制定の理由の八割を占めている…と知ったのはもう少し後になってから。それはさておき、その事件以来、吉野が飲み会で無茶をすることはなくなったのだった。
 飲み会ルールには様々なオプションがある。オプションその一、『アルバン先生が暇な時はお車の送迎付き』。文字通り、アルバンが仕事に忙殺されていない時はロードスターで現地まで迎えに(時には送りに)きてくれる。学生だらけの駅のロータリーにスポーツカーという絵ですら目立つのに、運転席に美形の外国人が座っているのだから、話題にならないはずがない。あのイケメン外国人は誰を迎えに来たのだ?人々の関心が最高潮に達したタイミングで助手席のドアを開けるハメになる吉野の心情と言ったら…。
「…迎えに来てくれてもいいけどさ、目立たないとこに停めててよ」
「俺は目立つか?」
「目立つよ、夜に映える」
「ではスーツで行くとしよう」
「やめてって、俺有名人になりたくないの!」
 吉野が慌てると、アルバンは満更ではなさそうな様子だ。
「薔薇の花束が必要なら———」
「いらないって!やめて!」
「それは残念だ」
 気障な男はタブレットを再びカーペットに放り投げると、伸び上がって吉野の唇に噛みついた。いつの間にか機嫌が良い。それも当然、この男は十七も歳下の恋人をからかうことが何よりの生き甲斐なのだ。
 呼吸まで奪われるような深いキスの合間に、吉野の身体はすっぽりと長い腕の中に囲われてしまった。見下ろしていたはずのブルーグレーが、いつの間にか吉野を見下ろしている。早業すぎて驚く暇もない。ついさっきまで仕事モードだったはずなのに、いつの間にか抱き潰しモードに突入しているのも、早業すぎて理屈がわからない。
 アルバンは青年ひとりを抱えたまま、なんの苦もなくソファから立ち上がった。痩せ型の癖にパワーは底なしだ。もちろん、性欲も。
「縛っても?」
「…お手柔らかに」
 縛られるのは腕か、首か、言えない場所か。まあ、どこを縛られるとしても、明太子の食べ放題に行けるなら我慢できる範囲だ。せめてもの抗議で部屋着の肩の部分を甘噛みすれば、アルバンが音もなく笑ったのがわかった。

 金曜日の夜、新宿の街は人々の熱気とアルコール臭でむせかえるようだ。浮かれたサラリーマンの団体に紛れて、学生と思しき団体もあちこちで道を塞いでいる。特に中心部に近付くとものすごくて、こっちにはミニスカートの女子大生を競ってナンパするホスト達、あっちにはストローを刺したストロングゼロ片手に職質されてる外国人。世の中の珍品をぎゅっと一ヶ所に凝縮させたような街だ。普段学生街から出ることのない吉野は、珍しそうに辺りをキョロキョロしながら太田綾瀬の背中を追う。
「俺、新宿ってあんま来なくて」
「西の方は特にな。お前んとこはガッコの周りが栄えてるし」
「そうなんですよ。すごい人…波にさらわれそう、うわっ」
「はぐれんなよーすぐそこだから」
 すぐそこ、と太田綾瀬が指差した方向を見上げる。飲み屋ばかりが集まった新しいビルの三階が例の店らしい。看板にデカデカと「明太子専門店」の謳い文句が掲げられている。
 キャッチを押し除けてエントランスに足を踏み入れ、エレベーターで三階へ。そこには、外の喧騒が嘘のように落ち着いた空間が広がっていた。和を基調とした造りの店内はまるで高級旅館だ。体育会系サークルのバカでかいコールも聞こえてこないし、皿やグラスが割れる音(あと女子の怒り声)も一切聞こえてこない。吉野が普段使う学生街のチェーン店とはあまりに趣が違う。
「え、綾瀬さん、これホントに飲み屋?」
「綺麗だよな。そーゆーコンセプトなんだって。でも飲み屋」
「へー。俺食べ放題ってもっと荒れた感じかと思ってました」
「新しいからな」
 靴を脱いで真新しい板張りの店内を歩く。どうやら全席掘りごたつタイプの個室らしく、スライドドアの向こうからは時折男女の笑い声が漏れ聞こえた。太田綾瀬と吉野は入り口から少し離れた個室に通された。ブラウンをベースにした商談ルームのような空間だった。ソファはふかふかだし足は伸ばせるし、低反発の丸クッションまで置いてある。壁に現代アートっぽい絵も掛けられているし。タッチパネルはアイパッドだし。スライドを閉じるとほとんど外の音が聞こえない。これで3980円は安いのでは…吉野はちょっと感動した。
 個室は広々としているのに、太田綾瀬はなぜか吉野の隣に陣取った。四人しか来ないのだから対面に座るか、もっと離れた位置に座れば良いのに…吉野はおさまり悪そうに肩を動かしたが、太田綾瀬は気付いていない。
「飲み放題は人数さまが揃ってから」と案内に来た女性店員が差し出したお冷は、これまたオシャレな薄いブルーのグラスに注がれていた。飲み屋の色褪せたプラスチックとは大違いだ。吉野がおそるおそる光にかざして底のブランドマークを確認していると、唐突に太田綾瀬が口を開いた。
「最近どうなの?カレシと」
「え?!あ、あー…まあ、順調ですけど…」
「俺嫌われてるよね。嫌われてない?店に来るとさー、絶対睨まれるから」
「目つき悪いだけですよ。たぶん綾瀬さんのことなんとも思ってないですよ」
「それはそれで傷つくんだけど。結構話してる方じゃん?」
 太田綾瀬は二人が交際する前からアルバンのことをカレシ呼ばわりしていた。そのデリカシーのない発言に何度イライラさせられたか、思い出してもキリがないが、その後太田綾瀬の空想は現実になったため、吉野もなんとなく恋の悩み(人によっては惚気話)を太田綾瀬に打ち明けるようになった———いや、噂好きの太田綾瀬が面白がって話を強請っていると表現した方が正しいか。
 たとえば忙しい彼氏をどうやって癒してやるか、お金を使わない年上彼氏の喜ばせ方、さすがに夜の相談までは及ばないが、アルバンが見た目に反して独占欲が強いソクバッキータイプという話はとうに済んでいる。
「嫉妬深いのに、飲み会は許してくれんだな」
「ま、知り合いがいる飲み会なら。毎度大変なんですよ、お許しもらうの」
「やっぱ許可制なんだ。吉野、結構ガッツリ飲むって噂だけど知ってんのカレシ」
「だから最近はセーブしてるんですよ!前科アリなんで!酔っ払うと後々面倒なんで!」
「ふーん。ちなみに今日カレシは何してんの。都内にいる?」
「え?えーと、たぶん家で仕事?」
「仕事って夜遅いん?熱中するとスマホ見ないタイプ?」
「うーん、まあ、集中してると周りは見えなくなるタイプですね?」
「まさかGPS付けられてる?居場所バレてんじゃね?」
「さすがにそこまでは…(たぶん)」
「…そ」
 散々突っ込んだ話題を振っておきながら、最後、太田綾瀬は何か言いたげな様子を残してメニュー表に視線を落とした。
 一方の吉野も、「帰りはアルバンが迎えにくる」ということを言おうか言うまいか散々迷って、結局言わないことを選んだ。目立つところで待つなと百回は繰り返した結果、解散後に少し離れた通り沿いで待ち合わせすることになっている。太田綾瀬に話したら「見に行く」だの「俺も送ってもらいたい」だの騒がれそうだし、ここは黙っておくのが正解だ。そもそもロードスターはツーシーターだから、太田綾瀬の席はない。
 しばらくするとたいちさんが個室に現れた。おしゃれに言うとサブカル系、悪く言うとヒョロ眼鏡なたいちさんはバイト先の重鎮だ。今週は研究室にこもりっぱなしと聞いていたのに、身なりはやけに整っていた。個室の四方を見渡してから「綺麗だな」と吉野と同じ感想を漏らして、やはり太田綾瀬の隣に腰掛けた。こうして男三人が縦に並ぶ謎の空間が出来上がった。
 そういえば食べ放題の条件は四人以上だったが、もう一人は誰がやってくるのか。
「綾瀬さん、もう一人は誰が来るんですか?」
「…」
「…綾瀬、吉野に言ってないの?」
「え、なに、怖い…綾瀬さん、誰が来るんですか?」
「…」
「綾瀬ーそういうとこだぞ。ちゃんと言っとけって」
 たいちさんが怪訝な表情を浮かべる。
 太田綾瀬は黙りこくる。
 個室はしんと静まり返った。

 …一体どういうことか。

 個室…人に聞かせられない話をするのに最適な空間…バイト先から離れた繁華街…たいちさんの綺麗な身なり…男三人と対面になるよう、不自然に残されたひと席…。アルバンを真似て脳味噌をフルスロットルで働かせた吉野は、ひとつの結論を導き出した。
 もしかしてバイトの話か?
 もしかしてカフェのバイト全員クビ?
 もしかして今からオーナーが来る?
「今日集まってもらったのは他でもない。実は業績が悪くてバイトを削ろうと思ってね…」みたいな…
 いや、そんな重い話飲み屋でするか?
 そこは明太子の食べ放題じゃなくても良くないか?
 いやいや、あえて明るい雰囲気から一気に落とすって鬼畜パターンも……
「綾瀬さん、もしかしてバイト———」
「こんばんは〜遅れました〜」
 神妙な面持ちの吉野の言葉を遮って、ガラッと個室のスライドが開き、最後のピースが現れる。
 それは吉野が想像したカフェのオーナー…ではなく、可愛らしい小柄な女の子だった。黒髪ストレートの今どきな服装で、柔軟剤のフローラルな香りがふわりと鼻腔をくすぐる。彼女の登場により、男だけの重苦しい空間が一気に華やいだ。吉野はずっこけた。
「あ、サナちゃん〜おつかれ。みんな今来たとこだよ」
「わーすごい、綺麗な個室!このお店新しいんですね〜」
 太田綾瀬が見たことのない陽気さでサナちゃんに話しかけている。たいちさんはヘラヘラソワソワしているので、彼女は太田綾瀬だけの知り合いなのだろう。
 つまり、最後の一人は共通の知り合いでは埋まらなかったということか。男三人に女子が一人という組み合わせはなかなか見ない光景だが、吉野は特段気にならない。文学部のオープン講座を選択すれば、女子三十人に男子三人といったアウェイはよくある話だからだ。
 何はともあれ、アルバイトをクビになる話ではなさそうである。吉野がほっとしてお冷に口をつけたところで…
「遅れました〜」
「ごめんなさい、電車遅れてて〜」
「あ、キタキタ!やっほ〜」
「なんだ、みんな別々に来たんだね」
「そうなんです、ミホとアカネはサークルがあって〜でもあんまり時間変わんなかったかな?」
 またスライドが開いて、見知らぬ女の子が二人、わっと個室に流れ込んできた。先に来ていたサナちゃんが嬉しそうに手招きするので、女子三人は知り合いらしい。ショートカットに大ぶりのピアスが似合う個性派の子と、少し派手な髪色に肩を露出したカットソーのギャル。三者三様、なんだかバランス良く揃っているではないか。
 明太子食べ放題に召喚されたのは四人ではなかった。四人以上というのが条件だから、六人来ても全く問題ないのだが、いやいや待て、問題はある。
 一直線に並んだ男三人の目の前に、綺麗に着飾った見知らぬ女子が三人、当たり前のように座った。
 田舎からぽっと出の吉野でも、さすがにこの状況は「わかる」。
「……綾瀬さん、もしかしてこれ合コンですか?」
「いやー、どうかな?」
「合、コ、ン、ですよね?」
「いやー、どうかな?」
「…」

 いやー、どうかな?×2じゃねーっての!(怒)

 吉野は静かにキレた。
 女子が来る少し前に、太田綾瀬がアルバンのことを執拗に聞きたがった理由がすっかり判明した。この男、おそらく俺を合コンに呼ぶのに、一番の障害になるのがアルバン・デュボワだと分かってて…それでアルのスケジュールを直前になって確認したんだろう。こんなことになるなら「アルが迎えに来る」って正直に言ってやれば良かった!てかそもそも俺を呼ぶな!アルにバレるとヤバいって分かってて俺を呼ぶな!
 吉野はキレながら心の中で泣いた。
「綾瀬さん!さっき言ったばっかでしょーが!俺んとこは厄介なのがっ」
「だからだよ、バカだなお前」
「ど、どゆこと?!」
「カレシ持ちなら女の子狙わねーだろ。俺のチャンスが増える」
「それは綾瀬さんの都合でしょーが!可愛い後輩が彼氏に監禁されてもいいのか!」
「俺はどうっしてもミホちゃんとお近づきになりたかったの!適任はお前とたいちさんしかいないだろ!つべこべ言ってねーで協力しろ!たまには先輩を敬え!」
「さりげなくたいちさんディスってないですか?!」
 テーブルの下で小競り合いを続ける二人に、女子が目ざとく反応する。
「うわー、君めっちゃ元気だね。綾瀬くんと仲良いんだ?名前教えて〜」
「綾瀬くんの後輩?可愛い〜一年かな?」
「私たち三年だから、なつかしーね!初々しい〜」
「(ほらー始まっちゃったじゃん、社交が!)」
 今では十七歳上の嫉妬深い恋人に心身ともに縛りつけられ、女子との交流は必要最低限に限られている吉野だったが、アルバンと付き合う前はそれなりに女子に興味があったし(百合を含む)、合コンだって、大学に入りたての頃は頻繁に参加したものだ。
 この場合、吉野に何も知らせず連れてきた太田綾瀬が悪いのであって、女の子たちに罪はない。ここで「カレシいるので帰ります」と個室を去れば、場の空気がどうなるか…残された者たちの二対三の合コンがいかに虚しくて悲しいものか、わからないほどおぼこではない。もはや吉野に逃げ道はない。
「じゃ、さっそく自己紹介始めよっか!」
 アンタ、ほんと、黙ってろよ!(怒)
 太田綾瀬の浮かれた声のなんと憎らしいことか。
 さっそく通路側の席から自己紹介が始まる。その隙に、吉野はコソコソとポケットからスマホを取り出した。頭の中は明太子や自己紹介どころではなく、アルバンへの言い訳で溢れんばかりになっている。
 ただの飲み会ですら執拗な尋問の上で渋られるのに、合コンと知ったらどんな仕打ちが待っているか、想像するだけで恐ろしい。きっと身体中のクビというクビを拘束された上で、合コンで何を話したか、何で盛り上がったか、どこの誰とどこまで仲良くなったかをネチネチネチネチ詰められるに決まっている。もちろん、飲み会参加権は永久に剥奪。アルコールすら禁止されるかも。GPSで位置情報を管理されるかも(これはすでにされているかもしれない)。
 こういう場合、事前に申告した方が罪が軽くなるのがセオリーだ。怒りを込めて「信じられない、綾瀬さんに騙されて、今日の飲み会合コンだった!(汗)」とメッセージを送ればワンチャン許されたりしないだろうか。
 ここで「個室だし、アルバン仕事してるし、言わなきゃバレないだろう」という考えに至らないのは、この世でアルバン・デュボワに暴かれない謎はひとつもないということを身をもって知っているからである。
「えーと、太田綾瀬、三年です。いやー、サナちゃんの友達がこんな可愛いとは思わなかったな〜!」
「やだ〜綾瀬くんオヤジみたい(笑)」
「もう酔ってるの?ヤバ〜」
 調子の良い太田綾瀬の自己紹介を腹立たしい思いで聞きながら、吉野は意を決してラインを開いた。
「……?(なんだ、アルからメッセージが…)」
 そして、数分前に届いていた恋人からの新着メッセージに頭が真っ白になった。

『連絡先は教えないように』

 …
 ……
 嘘だろ?
 もうバレてるが?

「っ、?!」
「じゃ次は吉野〜おい吉野、吉野くーん」
「……な、なんで」
「よしの、よしのっ、おいスマホ見てんな、コラ」
「え?!あ、はいっ、…えーっと、国枝吉野です。えーっと、学年は一年で……えーっと、」

 ポコン。新着メッセージの通知。

『右斜め前に座ってる女はお前に興味がありそうだな』

「……っ?!、アノ、その……人見知りなんで、あんまおしゃべりはできないかもなんで……よろしくおねがいします……?」
「えっかわいい〜〜めっちゃ小声じゃん!おしゃべりしようよ〜!」
「なんか顔色悪くない?緊張してる?」
「かわいい〜〜」
「ハハ…」

 リアルタイムで見られてる…
 完全密室のこの空間を、どこから監視しているのか…

 ポコン。新着メッセージの通知。

『太田綾瀬の本命には彼氏がいるようだぞ。教えてやったらどうだ』

 吉野はそろっと視線を動かして、太田綾瀬がお近づきになりたいと言っていたミホちゃんを盗み見た。ショートカットに二重の瞳が可愛らしい、太田綾瀬にはもったいないほどモテそうなタイプの女子である。太田綾瀬は案の定彼女を狙う気満々でギラギラのオーラを放っている。ミホちゃんも心底楽しそうに(「綾瀬さんおもしろーい」と一分に一回褒めているし)笑顔を振り撒いているが、これで彼氏持ちだと?女子の腹の中って真っ黒だ。吉野は怖くなった。
 間違いなくアルバン・デュボワはこの個室を監視しているし、メンツのバックグラウンドまで正確に把握している。まさか、事前に店員を買収したのか?もしや個室に監視カメラを仕掛けている?究極は女子三人が全員アルバンの手下(?)かもしれない。もうこの世の全てが疑わしい。

 ポコン。新着メッセージの(略

『どうした。見ててやるから、うまく話せよ』

 吉野は周囲を振り返る勇気もなく、きゅっと小さくなってお通しの高野豆腐に手をつけた。二時間半の地獄のような飲み会が、今、始まろうとしていた。

 繁華街から少し外れた通り沿いにその車は停まっていた。闇の中に輝く漆黒のボディ、作りもののように美しい男がひとり。
 吉野が運転席の窓を叩くと、その男はニヤリと笑った。唇の動きを視線で追う。「早いな」だって。
 吉野はムスッとしてバックパックを下ろし、助手席のドアを開けた。スムースなシートに乱暴に腰を下ろす。車体がガクンと揺れる。
「合コンって分かってたの」
「気付いてなかったのはお前だけだぞ」
「うっそ、それ本気で言ってる?先に言ってよ!俺、ほんとに明太子の食べ放題だと思って…」
「お前の危機管理能力の低さには呆れるな」
 アルバン・デュボワはわざとらしくため息をついてラム革のグローブをはめる。
 二時間半がきっちり過ぎ、お会計が済んだ途端、吉野は二次会の誘いを食い気味に断って店を飛び出した。飲み放題食べ放題だったのに、飲んだのは乾杯のビールの後のウーロンハイ一杯だけだし、肝心の明太子だって喉を通らなくて、クリームチーズと和えたクラッカーを三枚ほど食べただけだ。
 個室がくだらない話に盛り上がる間も、吉野のスマホにはひっきりなしにメッセージが届いていた。『太田綾瀬のマヌケヅラを見ろ』とか『そろそろ席替えだぞ』とか、それらをコソコソテーブルの下で確認するたびに、今に本人が乗り込んでくるのでは…と気が気ではなかった。おかげで吉野はほとんど会話についていけず、帰り際の「ほんとに人見知りなんだね〜」というミホちゃんの憐れみの感想がグサッと胸に突き刺さった。
「乗り込んでくるかと思ったのに」
「そこまで嫉妬深い男ではないさ」
「よく言うよ…」
「サシなら話は別だがな。それに女共の方が本気ではなかった。乗り込んでも馬鹿を見るだけだろう」
「え!あの子たち本気じゃなかったの?!そりゃ一人彼氏持ちって話だけど…っ、いや、盛り上がった方だと思うけど?!連絡先交換してたよ?!」
 滑らかに車を発進させたアルバンがグローブ付きのスベスベした指で吉野のうなじを撫でた。
「可愛い奴だな」
「……バカにしてる?」
「愛でてるんだ」
 アルバンの機嫌は思ったより悪くなかった。考えられる理由は主に三つ。その一、本人が言う通り女の子たちの本気度が低かったから。その二、吉野が個室に入るまで合コンだと分からなかったから。その三、吉野がろくに喋れなかったから(イコール女子が吉野にこれっぽっちも惹かれなかったから)。これらの理由のうちどれか一つでも成功していたら、今頃吉野はロードスターの中で犯されていただろう。
「ねえ、個室覗いてたよね?なんであの部屋に俺らが通されるって分かったの?」
「さあな、企業秘密だ」
「教えてくれてもいいじゃん、店員さん買収した?全部屋監視カメラつけた?!」
「ずいぶん低く見られたものだな…お前の恋人はその程度か?」
「……」
 アルバンが自信たっぷりに笑うので、吉野は背中が寒くなった。世の中には恐ろしい男がいるものだ。からくりを考えれば考えるほど、この男の異常さが際立ってくる。きっと飲み会に行くと報告した日から、凡人には考えつかないような方法で「全て」を掌握したのだろう…
 BGMのない車内で流れていく街のネオンを眺めていると、だんだんと心が落ち着いてくる。ドリンクホルダーに置かれたタンブラーには、たぶんホットコーヒーが入っていた。築地のコーヒーショップのロゴ。アルバンのお気に入りの店。何気なく振ると空っぽだ。くんくんと鼻を動かすまでもなく、タバコの残り香がキツい車内。男が長いことロードスターに乗っていたことがわかる。やり方は引くほどエゲツないけれど、いじらしいと言えば、いじらしい。
「…ごめん。合コンってわかってたら、絶対行かなかったよ」
 吉野は窓に側頭部を預けながら、素直に懺悔した。メンツをきちんと聞いておけば良かったし、合コンとわかった時点で飲み屋を出てくる選択肢もあった。恋人を一瞬でも不快にさせたのなら、それは吉野の責任だ。
 アルバンは信号待ちの間に、しょんぼりする吉野の顎を引き寄せて唇の端を吸い上げた。ブルーグレーは怒っていなかった。真っ黒なワイシャツの隙間から漂う、ラストノートのシダーウッドの香りが吉野を安心させた。
「今夜から楽しみだな」
「俺、ベッドから出らんない?」
「月曜の朝まで何をするにも俺の許可が必要になる」
「うわ」
 飲み会ルールその三、『飲み会のあとは恋人をうんと甘やかすこと』。甘やかすというよりは身体を好きにさせてやる。つまりは好きなだけセックスさせてやる。主にアルバンだけがおいしいルールだが、今日は甘んじて受け入れよう。

— End —

Comments 7

百華1 年前

外国人攻めもっと増えて欲しい、、

みぃぬこ2 年前
Sticker
2 年前

めちゃめちゃすきです! 続きを…気長にお待ちしてます🙏

M
May2 年前

日野(HNA)3 年前
Sticker
Sakuria
Where every work blooms
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