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プリンセス力が強すぎる8/7更新

ネギトロねぎとろネギトロねぎとろ

呪われた実を食べプリンセス属性が付与された女の話。ギャグです。 ※捏造たっぷり、ゲーム本編ネタバレたっぷり。ご都合主義。【救済】要素あり。今回はクロスオーバー先の救済要素がチラ見。 ※魔神任務や某王国のネタバレガッツリ。カーンルイアッウッ頭がッ。 ※ゲーム本編で様々な情報が確定していないキャラが匂わせ程度に出てきます。 ※うちゅうのほうそくがみだれる! ※書きたいとこをダーっと書いたので尻切れとんぼ。ちからつきた。後で増やすかもしれないし、そのままかもしれない。 「ガチャ祈願も兼ねて何か書きたい」→「そうだ!プリンセスだ!」爆誕。推しをプリンセスにしようか、夢主をプリンセスにしようか悩んだのですが、こうなりました。某映画でプリンセスたちが駄弁ってるシーンがめちゃくちゃ好きです。 この子をあらゆる世界に落としたくなってくる。運命すら捻じ曲げていく生存力に特化したおなごです。 救済は基本的にしないんですが、いつまでも幸せに暮らしました、が見たい時がある。海賊世界はそれが多すぎる。 恋に落ちる描写はなんぼあっても良い。解釈は日々変わるものだけど。つらい。gnsn世界は謎が多くてわくわくする。気になる部分が多すぎる。 書けば出るって聞きました……来てくれ……旦那と万葉……。 旦那がすり抜けで来ました(大歓喜) illust/83205192表紙はこちらからお借りしました。 誤字脱字諸々気づいた時に直します。 8/7万葉一部増やしました。イベント最高でしたね

水の底から見上げる太陽は魔法のように輝いて、きらきらとして仕方がなかった。黄金にきらめく魔法の花より、王子を連れてきてくれるガラスの靴より、女はその光が好きでたまらなかった。何度見てもこの光景はきれいだった、こんなにも。
口から溢れた息は泡になって、それでも上を目指している。女の目から見る世界は如何なるときも美しかった、いまわの際であろうとも。

女は、悪魔の実の能力者であったので泳げなかった。身体に力は入らない。風呂ですら無理だ。桶一杯で溺死できるレベルのカナヅチである。足がつく深さの池であろうと、もがくことすらできずに沈んでしまう。こうなってしまえば誰かに助けられなければ死ぬ。次は何になる、今度は流石に、人ではなかったりして。ぼんやりと来世に思いを馳せ、想像よりも安らかな死の足音を聞いた気がした能力者は目を閉じる。女は諦めが悪い生き物であったが、同じぐらい諦めが早かった。矛盾しているさまがうまい具合に同居していた。とんでもない悪魔の実をかじってしまった時から。
さいごに美しいものを見て、永い眠りにつけるのならそれもまた、良いのかもしれない。

妖魔退治帰りに池の横を通り過ぎようとしていた夜叉はとんでもない状況にギョッとし、人を呼ぶよりも先に助け出していた。普段は人間と関わりを持たないようにしている事なぞ、すっぽ抜けるほどの衝撃に襲われた。
足がつく池で溺死しかけている人間がいるとは思わなかったのだ。それに、静かに沈んでいる人物があまりにも神々しかったせいもある。沈んでいく穏やかさは、微笑んでいるようにすら見えた。そうやって人間を誘う新手の妖魔かと瞬きの間に身構えるも、こぽりと口から漏れている息は人間のものだったので、くたりと力が抜けている体を横抱きで水中から引き上げれば女は目を開き、ヒュッと息を吸った。

「ゴホッ、ごほ、たすかり、ました」
「何故このような浅い池で溺れている」
「かなづち、でし、ゴホォッ!」

外傷はない。死のうとしていたわけではなく、何者かの攻撃を受けたわけでもない。詳しく答えようとしたのだろうが変なところに水が入ったのか、ごほ、ごほと咳き込んでいる。
降り注ぐ日差しは、女の髪から落ちる幾多の水滴を輝かせる。ただの水滴だ、そのきらめきが夜叉の目には毒のように映った。己が責務、璃月の守護、悪を滅す。殺生をしてきたから、余計に。助けるつもりがなかった命だ。いともたやすく助け出せてしまった一つの命が、やけに輝いて見える。

「無理に、話すな。」

触れた女の体は、冷たかった。地面へ下ろし息がしやすいように女の体を支えている。どういうわけか女の背中を考えるよりも先に撫でていた。熱を分け与えるように背をさすっているが、どれだけ沈んでいたのか。こうして生きていることが奇跡のように思えてくる。咳き込むたび上下に僅かに跳ねる体は、それでも生きている。盛大に咳き込むと口元を手で覆い顔を背けられた。夜叉はどれだけ髪が乱れてようが、口元によだれがついていようが気にしないというのに。女の挙動が目に入る。殺生に長け業障の影響を気にする夜叉がどうして弱々しい人間の背を撫でているのか。不思議に思い考えてみれば、理由は単純だった。懸命に生きようとしている姿を、ただ見ていられなかった。気づいたら、触れていた。手を離した方が死にそうな生き物を前に、どうすればいいのかを夜叉は知らなかったのだ。

女の呼吸が安定していく、姿形をまじまじと見る暇があった。
夜叉は長いときを生きてきた、人と関わりを持たないようにしているとはいえ目や耳に入ることは多々あった。
熟していない林檎の色を変えるほどの美貌だ。恋すら知らぬ者に恋を芽生えさせる相貌。わが運命のひとよ、最愛の君よ。どこまでだって一緒にいこう、どうかそばにいさせてはくれないか。わたしはあなたが、こんなにもほしいのです。
恋に落ち、熱に浮かされた人間が並び立てていた台詞のいくつか思い出しては、聞いたときにはピンと来なかった言葉の意味をだんだんと理解していく。一部は今も意味がわからないが、何故か、それらが浮かんでしまった。
夜叉は恋を知らない。だが、人間が恋に落ちる様は、見た事があった。恋をした人間は詩に歌われ、文字になり本となれば、絵に描かれることもある。いつか人間と生きるのだと言っていた夜叉のひとりが、人間の恋の話をしていた事があった。
仙獣でもある夜叉は、人とは違う。人の感情と異なる道理で動くことの方が多いだろう。けれど、人と生きようとしていた夜叉のひとりが、人間がする恋というものをどうにか知ろうとしていたので、恋とはどのようなものであるかぐらいは知ってはいた。知ってはいたが、あの時は理解してはいなかった。
恋という字の成り立ち、もつれた糸のように分け切れず、これに心を加えるも、心は乱れ、思い切りのつかないこと。
短い命を生きる人の美しさ、ゆえに、恋をする理由を。征服欲と所有欲。人間が持つ欲望、果てを知らない浅ましさは相手に許された途端、愚かではなくなる、のだとか。運命とさえ称したくなるそうだ。本能で番を求めるのとは異なる衝動が、そこにはあるという。たしかめるように言葉や行動を重ねていく。一目見れば、欲しくなる。一度触れれば、戻れない。手にすれば溢れ落ちるような命を、求めてしまう。

人間と道理の違う夜叉が、理解などできるはずのない熱の正体だ。恋の正体を暴きたいのではなく、溺れることを良しとする理由をただ知りたくなった。

死にかけていた女は、たしかに、美しかった。例えば、魔性や人外めいた何か、と、ありふれた表現で片付けてしまうには失礼に思える若々しい光。生まれたばかりの星か、それとも芽吹こうとあがき岩の隙間から顔を覗かせた花。見るものに生命の息吹を感じさせる生き物だった。
頬に張り付く髪は黒、伏せられたまつ毛の奥は深い青の瞳が輝いていた。目が合わない夜叉は横から伺い見ることしかできなかったが、星が降る夜空の如き瞳だ。浅く息をしている唇は死にかけていたとは思えない赤、果実のような色をしている。嗚呼きっと、それは、いつか飲み込んだ夢のように、一度味わえば忘れられない味がするのだろう。
この生き物はあのまま永遠の眠りにつこうとも、その亡骸は凍りついたように美しい。そんなことを思わせるほどに、これは、いま、生きていた。

当たり前のことのように、この手でいともたやすく助け出せてしまった命が、やけにまぶしく、あたたかい。胸の内側を焦がすようなものがある、ひどく、熱い。女は鮮明に生きている。
背中を撫でていた手を止める。ためらうが、離す。手にはまだ命のあたたかさが残っている。あたたかさを失うことが惜しい、と思ったわけではない。そのはずだ。夜叉はかたく目を閉じ眉を寄せては、何かを振り払う。
璃月の民ではない、どこか異国を思わせる人間。着ている服は動きやすそうな旅人のものではあるが、隠しきれない優雅さは漂い、名のある貴族にも見える。品の良さがふとしたときに滲んでいた。

「おれい、を、」
「我には不要だ。まず、息を整えろ。」

安定してきてはいるが、細い指が震えている。途端に押さえた胸元、その部分は肺か、体が弱い。それとも溺れていたからなのか。人間は冷やしただけで体を壊すと聞いた事がある。目を離せばすぐにでも死にそうな生き物だ。夜叉は女の従者が近くにいないのか辺りを見渡した、馬のいななきが遠くないところで聞こえる。女を探しているであろう必死な声も。

「あれはお前に仕えている者か。」

数秒考えた後で“よくしてくださるかた”と呟いた瞳を眺めるのをやめ、立ち上がる。顔を上げた女に視線は向けずそちらに向かった。

「せめて、おなまえを」
「……魈。」
「助けてくださって、ありがとうございます、魈様。」

向けた背にかけられた感謝の言葉に魈の胸の奥が柔く、疼いた。女がしていたように胸に手を置く。痛みはない。だが、落ち着かない。死にかけていた時に見せた穏やかな微笑みが頭から離れない。

浅い池、身長が高くはない魈の胸辺りの深さだった。彼女がどうやって溺れたのかが魈は疑問でしかなかったのだが、璃月の各地を飛び回る先で、溺れ死にかける女とたびたび顔を合わせることになる。

それは運命と呼ばれる絶対的なものではなく、彼女が食べた実のとんでもない力によって。

プリンセス力が強すぎる

【プリンセス】
1.王族や皇族、貴人の女性に用いられる称号。王女、皇女、内親王、姫などと訳される。
2.プリンスの配偶者の称号でもあり、妃、皇太妃、親王妃、王妃などと訳される場合もある。
3.夢と魔法の王国、某作品に登場する彼女たちの総称。
4.とあるゲームでは星の大海に存在するたくさんの光の世界、それらを支える者。純粋な光の心を持ち、心に闇を持たない少女のことを云う。
5.とある映画のプリンセスたち曰く、魔法の髪を持つか、魔法の手を持つか、動物とお喋りができるか、毒を盛られたことがあるか、呪いにかけられたことがあるか、誘拐や監禁をされたことがあるか、海の魔女と取引をし声を対価に人間の足をもらったことがあるか、真実の愛のキスをしたか、お父さんっ子か、お母さんがいないか。そして、一番大事なこと、男の人がいなければ何もできない女の子だとみんなに思われているのか。

【力】
1.人や動物にもともと備わっている、自ら動き、または他の物を動かす働き。
2.物事をするときに助けとなるもの。
3.精神力。効力。学問・技芸などの能力。力量。実力。影響力。権力。腕力。暴力。気力。迫力。努力。資力。財力。
4.力こそパワー。

某海賊世界に転生した私はヒトヒトの実、モデルプリンセスを食べた。もう一度大事なことなので言っても良い?ヒトヒトの実モデルプリンセスを食べた。プリンセスの実があるとか気が狂ってやがる世界だ。プリンセスはガバガバ人間判定なの?何なの?幻獣種枠で本当に良いの?プリンセスがあるってことはプリンスもあるってことですか仲良くなれそうだから紹介してもらいたい。悪魔の実の図鑑を何度見ても自分が食べてしまった実が書いてあるだけだった。そこら辺にありそうな林檎の見た目しやがって。ぐるぐる模様は普通にある果物なのかなって気づかずに食べたわ。あまりの不味さに前世を思い出した。何もかもが遅かった。二つ目の実を食べたら人間爆発するらしいけど盛大に弾けても良いかもしれない。精神が病みすぎたら弾けようと思います。私は汚い花火になりたい。

動物系の悪魔の実の能力者は多種多様だ。
一般的には自然系が希少な悪魔の実とされているが、動物系幻獣種はこれよりも希少価値が高い。
トリトリの実モデル不死鳥を食べた者はいかなる傷も再生し、バットバットの実モデル吸血鬼を食べた者は他人の若さを奪い取る。ヒトヒトの実モデル大仏は衝撃波を発生させる巨大大仏にも変身できる。ウオウオの実モデル青龍を食べた彼の人は竜巻を発生させ島を浮かし、口からビームも吐くという。人間やめてるやつしかいないが、私が食べた実もかなりやばい。

林檎の形をした悪魔の実。動物系ヒトヒトの実 幻獣種 モデル姫
プリンセスの実はあらゆる呪いを飲み込んで糧とする。呪いに打ち勝つのがプリンセスである。
図鑑のフワッとした説明文にキレかけた。分厚い悪魔の実図鑑を燃やさなかった理性を誰か褒めてください。そんな説明で大丈夫か?大丈夫じゃない、問題だ。キレそう。呪いって何。そんなメルヘンなものが存在してたまるか。存在がメルヘンになった私のことは今は言わないでもらっても良いですか。
こんなのはもう呪われた悪魔の実だ。失うものが多いんだわ。歌えば空が晴れ渡り小鳥や動物たちがどこからともなく現れ、笑いかければ百年咲かなかったという謎の花が秒で開くのは軽く人間を止めてる。プリンセスって何なの?え?この巨木の花が咲けば王国は救われる?蔓延っている呪いを吹き飛ばしてくれる?晴れ渡った空を一度も見た事がなかったのじいや?嘘でしょ?歌えば晴れるけどそんなメルヘンなことある?ありました。
極悪非道な海賊相手であろうと歌えばなんか良い感じに話が纏まり、悪魔や怪物と呼ばれていた海王類も味方になる。戦争なんてなかった。争いは笑顔で解決するもの。プリンセスの力はとりあえずやばい。私はまたもや開いていた図鑑を閉じて悟った。どうもこんにちは、最終兵器プリンセスです。手始めに自分が住んでいた国を救った。パワーバランスがおかしい。何かがおかしいよ。どうして誰も疑問に思わないの。ミントすら存在しない不毛の大地に草花が咲き乱れることある?ありました。こんなの世界が変わる。歌うと集まる動物の中に平然とした顔で海王類やドデカ鳥が並んでたのは二度見した。海王類や謎の鳥が動物判定はガバガバすぎる。らららと歌い笑いかけるととりあえず助けてくれるんですけど、呪われた国の周りにいる海王類、わりと意思疎通ができてしまう件について。祖国もびっくり。こんなヤベェ力は軽率に原作が変わってしまう。海賊世界、ポセイドンというものが存在してなかった?原作崩壊しない?本当に大丈夫?悪事をしていた国の瘤が年齢性別問わず軒並み涙を流して懺悔するんですよ。ハミングしては小鳥と戯れる女の前で。私の歌は悪魔の歌ですか?いいえ、能力の一つです。

呪われた王国を救えたのは呪いに強い実の力なのだろうか。もっと詳しく書いてもらっても良い?上上下下左右左右BAのように。そうですこの実、隠しコマンド的なのもあります。食べてから実感してしまった。プリンセスの実はおそろしい、幻獣種に相応しい力を持っている。

見境のないプリンセスの力を恐れ、他人に笑いかけないようにしている。
お前は心臓に突き刺さる好意の音を聞いたことはあるか。
私は聞いたことがあります。笑いかけただけでお相手が恋に落ちる描写に爆笑していた前世の自分に掴みかかりたい。マジであるから。笑ってる場合じゃないんだわ。笑うのやめた方がいい。笑顔で人は恋に落ちるから。ズドンッ!と聞こえる心臓を撃ち抜く音は心を射抜いた音です。何者であろうと問答無用で魅了特攻が刺さるのは、何なのだろう、バグなのかな。致命的すぎるから大型アプデしたほうがいいよ世界は。
実は困っているの、一言でも溢してみろ、かわいそうに!とお助けキャラが庭に生えたミントレベルで生える。そこらへんから突然助けが来る。増殖しないでほしい。手の施しようがない。バグがヤベェことになっていますよ創造主、ちゃんとお仕事して。運命力にも作用している実が恐怖のブツでしかない。私の笑顔はエフェクトでもかかってるんですかね。ヤベェ魅了の方ですか分かりません。鏡を見てもただの綺麗な美少女の笑顔だが、それが対人となった途端プリンセス力を発揮しやがる。古の愛されが脳裏に過ぎったので、心の奥底に仕舞い込んだ。愛され、最強、嫌われ、傍観、暗黒微笑。思い出してはいけない。プリンセス力が強い。迂闊に笑みという笑みを浮かべられない。苦笑すら兵器になる。きらきらがわくわくなんですか。だめだころして。この悲しきモンスターを一思いに殺して。プリティでキュアキュアな世界ですら拳で解決する世界なのに。愛と勇気だけが友と宣う喋るパンですら拳で敵を薙ぎ倒していくのに。私も笑顔じゃなくて拳で解決したかった。ちぎったあんパンで世界を平和にしたかった。力とパンが全てを解決する世界、分かりやすくて良いじゃない。

歌と笑顔で救ってしまった呪われていた祖国、周りの人たちが優しすぎる許されたニート生活は楽しいが、あまりにも何もできなくなりそうだ。紅茶ぐらい一人で淹れさせてほしい、城の庭に散歩に行くのにわざわざ甲冑装備の護衛騎士を何人引き連れて行かなきゃいけないの。視界の端にチラつく甲冑軍団のインパクトが強いのでそれとなく気になると伝えた次の日、筋骨隆々ムキムキ軍団へと変貌を遂げた。伝え方がまずかったかな?何かがおかしいね?甲冑を脱げば良いって話ではないんですね。誰も脱げとは言ってない。存在が消えてくれたらそれでよかったんですよ。視界の隅にチラつく圧が増してしまった。筋肉は目の保養とはいえ朝昼晩ここぞとばかりにムキムキされてみろ。こちとら花に癒されに行ってるのに筋肉の主張が激しい。花すら霞むわ肌色で。滴り落ちる汗が眩しい。目が合うだけで照れないでほしい。そのムキムキ、夢にまで見るから。眠れない日に庭を静かに歩くことすら許されないというのか。綺麗なお月様、咲き誇る薔薇は月明かりの下で見るとさらに美しく、はいそこでポーズを決める筋肉の群れ。こんなのもう群れバトルだよ。筋肉の庭は趣味じゃない。解散、解散。ポージングしながら他の騎士にポーズを決めろと指示を飛ばす騎士団長には団員のみんなもキレて良いと思う。見せびらかすなら喜ぶ人の前でやってください、その見事な筋肉。夜はせめてもっと服を着ろ。半裸待機するな。

城下に行こうものなら過保護なじいやは気絶する、町をぶらつきたいだけなのに騎士団と自警団とニコチャンマークの悪の組織が動きます。迂闊に城から一歩も出られない生活知ってる?これ軟禁って言うんですよご存知?贔屓にしてるパン屋でパンを選ぶことすら国の危機ってどういうこと?私はただ焼きたてのガーリックフランスパンをかじりたいだけなのにお忍びすら許されないとか無理。姫の姿が見えないだけで滅ぶ国とか軽率に滅べばいい。私に自由を。プリンセスに自由を。そうだ、旅に出よう。黙って塔に篭っていられねぇわけがある。ケーキかじってる場合じゃねぇ!

世は大海賊時代。
あらゆる人間が名をあげるこの時代に大人しく城に篭っている女がどこにいる。

探さないでください、海賊になります。

手配書がONLY ALIVEで出回った。

遠縁の天竜人が圧力をかけている気しかしない。天竜人に媚を売るつもりで笑顔を振り撒きすぎたのが敗因です。天竜人にならないか勧誘を受ける一国の姫って聞いたことある?ちょっとわけがわからないよ。プライドめちゃくちゃ高い天竜人があの手この手で私を連れ帰ろうとしていた件は忘れ去りたい過去。下界の空気を真の姫に吸わせてはならないとか言っていたが、人間の言葉を喋ってもらいたかった。天竜人をどう納得させたのかって?笑顔は兵器、胸に刻みつけていこう。問題を巻き起こすのが笑顔なら、解決するのもまた笑顔。芽生えろ好意の嵐。マシンガンの如く相手の心臓を笑顔で撃ち抜き続けた。人間の言葉を介さない生物を言いなりにするのは存外容易い。これお姫様がしていい発言ではなかったな、口に出していなければセーフです。手配書に輝く美姫の字面は古に葬った記憶が蘇りそうだからやめてほしい。愛がつかないだけマシなのか、ウッ頭が。いけ海王類!きみに決めた!はかいこうせん!お戻りください姫様と泣きながら追いかけて来る海軍が控えめに言って可哀想。しかも国の人たちに、お姫様は海賊に誘拐されたのでは、と思われているらしい。陰謀論、流行らないでほしい説、常にあるな。

オッスオラプリンセス!海賊になるよ!もっとお上品に書いたけどそんな感じの走り書きのメモは真面目に読んで欲しかった。
噂を聞き項垂れた酒場、人の肩を叩きながら爆睡した火拳の頭にハンカチを置いた。顔がオムライスのケチャップまみれなんだよ。これで拭いてほしい。不死鳥のおじ様がハンカチが勿体ねぇよいとお金を握らせてくれた。周りがざわつくからやめてもらって良いですかね。酒場に来る前に挨拶に伺った白髭様にも娘にならねぇかチラッチラされるし、やんわりとお断りした。もらえるもんはもらいますけど、ありがとう不死鳥のおじ様。懐が潤うぜ!

ニコチャンマーク悪の組織のおじさまからは狂ったような電伝虫の嵐。彼の弟のピエロなおじ様からの連絡も鳴り止まない。彼らのご両親には元気に生きています!とだけ連絡した。電伝虫はニコニコしていた。かわいいねジョセフィーヌ。だがしかし我が眠りを妨げるものは誰であろうと許されない。ニコチャンマーク悪の組織の兄弟の迷惑電話が止まない、電話に出ようものならすっ飛んできそう。私は自由が好きです。今夜も眠れないので、じいやにデコられしプリンセス仕様の電伝虫を野に解き放った。どうかお元気で。お前も自由に生きなさいジョセフィーヌ。電伝虫って泣くんだね、私初めて知りました。お前も自由が嬉しいのか、めっちゃ分かる。頭の上についてた王冠を振り落としていった。そういえばお前確か、オスだったもんね。もう好きに生きていいよ、ジョセフィーヌ。付き合わせてごめんね。
海軍に追われ、七武海に追われ、四皇の気配に震え、超新星に遭遇し、おもしれーやつだな!と麦わら帽子に勧誘を受け、とんでもございません私はおもしれー女ではありませんと断ってドデカ鳥に乗り逃げていたら、今度は世界を越えた。
ちょっと待ってあれ竜の巣じゃない!?天空の城は本当にあったんだ!イヤッフゥ!と興奮してとんでもない雲に突っ込んだがのがやばかったかな。ドデカ鳥もやる気満々で緑や青や赤、様々な色の雷を掻い潜ってくれたからイケると思ったよね。天空の城を秘密基地にしようとしてたよね。竜の巣に突っ込まないのは女が廃る。

この世界では異世界からの旅人は珍しいが、いないわけではない。あなたの世界の渡り方を知らないが、来たときのように突然帰れるかも知れない。
親切に教えてくれた異世界からの訪問者である旅人に、そうなんですね、と素直に頷けば、放っておいたらやばいこいつ、みたいな目で見られた。違うんですよ。深窓の令嬢は見た目だけなんです、歌と笑顔とありあまるバイタリティでだいたい何とかなるんです。本当に。

実際に助けてくれた一人目の方、ディルックは庭のミントの如く生えたお助けキャラである。かなしいね、竜の巣じゃなかったんだあれ。ドデカ鳥と逸れてしまったし、あの子は元気かな。しぶといから大丈夫だろう多分。これからどうしよう。そこでスライムが跳ねてるんですけど、大海賊時代でもスライムはいなかった。何ここ?どの漫画かアニメの世界?ゲームの方ですか?転生の次に異世界トリップを経験するとは思わないよ。現実逃避を兼ねて天を見上げていたら、何かお困りですか、と声をかけてくれたのだ。ハンカチと共に差し出された優しさが痛かった。人のいるところまで行きたいの、と話をすれば、大事な商品を運ぶため護衛をつけた荷馬車の隅に乗せてくれた。モラというお金も知らない私の様子を訝しんでいたが、暫く話をしていると、心配そうな顔で色々と持たせてもくれた。こんなにもらっては申し訳ないと言えば、君に笑って欲しいんだ、と勇気を放り絞ったような声をかけられたので、申し訳なさが天元突破し、笑うしかなかった。
何かがディルックの心臓に突き刺さる音がした。ズドンッと。至近距離からの笑顔はショットガンごめんなさいそんなつもりはなかったんですこんなんテロだよ。笑顔の威力、忘れた頃に笑っちゃうのやめたいな。唇を噛んで笑顔を封じ込めた。私のことはどうか忘れて。荷馬車が動くギリギリまで私の手を離さなかった彼が心配だ。革手袋をしていない彼の手は瞳と同じぐらい熱く、このまま行ってしまうのか、そんな目もしていた。そんなディルックは王子のようにも見えたし騎士のようにも見えた。ですが慈悲はないお達者で。今度また君に出会えたらその時はウンタラカンタラディルックはお幸せに暮らして欲しい。私は後ろを振り返らない女。

道中溺れ死にかけたり、色々あったが、たまたま新たな旅人が通りがかり、その人物が異世界からの訪問者だと言うではないか。ピンポイントで情報が来た。珍しく悪魔の実に感謝したが元はこのヤベェ実を食べたせいでこんな目に遭っているのを思い出してため息を吐いた。根絶やしにしたい悪魔の実。

「お前も大変だったんだな!」
「とんでもございません、私より旅人様とパイモン様の方が、大変でしょうに。」

行方不明の身内を探している方が確実に大変な案件である。転生とトリップを体験した私と違い、兄妹と離れるなんて旅人は初めての経験のはず。転生とトリップは誤差だ。ジャンル的に。よくあることだよね。二度あることは三度ある。待ってまだこれ二度しか体験してないけどまたある気がしてきた。悪魔の実、どこかに落ちてないかな、食べたくなってきちゃったな。

「ところで万葉は何でここに居るんだ?」
「拙者は運命の出会いを果たし、今は彼女の護衛をしているところでござるよ」
「運命の……出会い……?万葉ってこんなキャラだったか?」

ちょうどよく腰掛けられる場所を見つけたので少し前にそこに落ち着き、横には旅人が座った。近くに浮いているパイモン、旅人たちとは逆側に佇んでいる万葉と話をしている。
気づいたら生えていたお助けキャラ、流浪人の万葉がにこやかに受け答えしていた。風が出てきたと言って荷物から羽織るものを出してくれたので、ありがたく羽織る。ディルックが選んでくれた質の良い赤いブランケットはふかふかだ。
甲斐甲斐しく世話をしてくれる万葉とはある日、道の途中、マントを動物たちに引っ張られた先で出会いました。仲間にするため襲いかかって来る海賊や腰が低いまま捕まえようとする海軍は慣れていたが、草笛を吹いて現れるパターンは斬新で動揺した。

ディルックの荷馬車は璃月という国の望舒旅館まで私を運んでくれた。次はどちらへ進んだものか。見たこともない大地、聞いたこともない国や通貨。口遊みながら歩き出せばあらゆる動物たちが私を導いてくれるので不安はないものの、これからどこへ行こうね。
小鳥たちの軽やかな鳴き声にハミングをしてご機嫌に進んでいたのだが、草笛を吹く彼に見られた瞬間、マントを引っ張る数羽の小鳥にデコピンをかまし、足になっていた猪から降り、後ろに列をなしついてきたそこそこでかい鳥やリスたちも追い払った。とんでもねぇプリンセス状態を誤魔化すため笑いかけたところ、何かが突き刺さる音がした。ズドンッと。心臓を射抜いてしまう音だ。これが恋に落ちる音です。残酷なことだ。彼も野生のプリンセスに会うとは思ってもいなかっただろう。避けようがない、可哀想に。傷はまだ浅い。
背を向けて逃げようとした私に、お主の名を!と声をかけて来るので名前だけを教え、走り去ったのだが、全力で着いてきたこの人。空気を読んで逃して欲しかった。
そんなについてこなくて大丈夫ですよ、私は一人でいいんです、と何度か撒こうとしたのだが、撒けない。あらゆる海賊を撒いてきた私が撒けないなんて。凄まじい追跡能力を持っている、この流浪人。いま風に乗って飛んでませんでした?この世界の人は魔法使えるの?なにそれすごい。とてもいい笑顔で腕が立つのをゴリ押ししてくる。女性の一人旅、護衛の一人でもいた方が良いでござろう?とゴリゴリ押してくる。お支払いできるものがないと伝えたのだが、拙者は武者修行の旅の途中、旅は道連れとも言うであろう、とか何とか。ああ言えばこう言う口も立つ流浪人に根負けした。幸せそうな顔で尽くされるのに弱いとかではない。断じて。騎士属性に弱いとかではない。絶対に。

「それで、これからどうするんだ?」

パイモンに、実はどうしようか困っている、なんて口にしようものなら新たなお助けキャラが生える。嘘でも何か言ったほうがいいのだろうが簡単には思いつかない。視線を下に落としてしまうと、膝の上に置いてあった手を握られた。心配そうな眼差しの万葉に口元を緩め、とりあえず、旅の目的を取り繕おうとした。

「旅をするのか、その場所に居着くのか。璃月を知ってからでも遅くはないんじゃないか?」
「鍾離!?いつからそこにいたんだよ!」

ヤベェまた生えた。身構えたが、パイモンと旅人の知り合いのようで、そう、まだ慌てる時じゃない、冷静に。跳ねた心臓、胸に手を置き深呼吸。何故かぎゅっともう片方の手を握り締める万葉の手を解こうとしたが、力が強く解けない。

「レヴェナ、ゆっくりと、息を。」
「……大丈夫です。」

持病なんてものはない。そんな不安そうな顔をしなくても良い。万葉は過保護だ。見た目は祖国の騎士たちと全然違う、ムキムキでもゴツゴツでもないけれどその過保護さは懐かしい。

「考え込むよりも先に行動した方が良い結果を得られる時がある。俺で良ければ案内をしよう、璃月は良いところだぞ。」

璃月をめちゃくちゃ推して来る男性を見上げ、唇に手を当てて悩む素振りをする。フリだけ。

「滞在するのに、良い宿はありますか?」
「勿論だ。貴殿に満足してもらえる上宿を紹介しよう。」

名を告げられた。鍾離、と。差し伸べられた手。ミントのように生えるお助けキャラは尽きない、プリンセス力の強さに震えながら、よろしくお願いします、と胸に当てていた手で握手を交わそうとした。するりと取られた手は軽く持ち上げられ、彼の頭はほんの僅か、垂れるように。伏せられた琥珀色と指先に落とされた唇に、騎士たちのあれこれが蘇る。伺うような瞳と目が合う。落ち着くために大きく息を吐く。口付けられていない手を握る万葉の力が痛いほどにゴリラしている。鎮まりたまえ。

「む、この挨拶ではなかっただろうか。」
「いえ、間違ってはおりません。少し、懐かしかったもので。」

鍾離は色んなことに詳しいんだぜ、と自慢げに教えてくれるパイモンに頷き、立ち上がる。別の国の挨拶を知り、相手に合わせてくれるなんて、こちらも礼を尽くさねば失礼にあたると言うもの。右手左手、それぞれに掴まれていた手は想像よりもたやすく自由になる。肩にかけてあったブランケットを万葉に渡せば、受け取ってくれた。預かっていて、お気に入りです。
私の今の服装はドレスとは違うが、掴んでもおかしく見えないスカート部分をつまみ、カーテシーをする。跪くように軽く膝を折る、お辞儀の一種だ。流れるような動作は叩き込まれているもので、たとえここが異国の地であろうと戸惑いはない。

「鍾離様、貴方様の御力添えに感謝を。私はレヴェナ・D・ガエネロン。どうか、レヴェナとお呼びください。」

ここは異世界だ。祖国とは関係がない。あちらでもDを名乗ることは少ないし、そこまで気にせず会う人にはレヴェナ、としか名乗っていなかったがきちんとした挨拶の場では名乗らねば。本来カーテシーは王族や目上のものへの挨拶ではあるが、こちらに合わせてくれた相手に礼を尽くさなければ失礼だろう精神が勝った。何より、様々なことを教えてくれる先生のような立場の方であるならば、人生の師となる可能性だってある。
海が広すぎる生まれ育った世界では、誰も知らないとある悪魔に関係した自身の名を口にすれば、僅かに見開かれた琥珀色の目は驚いていて、首を傾げる。

「“初めまして”、レヴェナ殿。」
「……“初めまして”、鍾離様。」

何かを確かめるような眼差しと物言いに目を細める。何だか嬉しそう。まさかプリンセスの実の力か?じわじわと嫌な予感がする。笑いかけてはいない、まだ。笑いかけるつもりもない。執着が強そう。そういう気配がする。興味がある目を隠そうともしない、琥珀色の目に宿った感情は、私にとって良くないものだ。ニコチャンマークの悪の組織のおじ様と何かが似ている、やばそうな気配がする。この人はたぶん征服者だ。簒奪者であり、国を掻っ攫う者。“本物”を目にすると、天竜人なんて権力があるだけで駄々をこねる赤子としか思えなくなる。
相手が計り知れなくとも、臆するな、気概だけでも奮い立たせろ。私は祖国を食い散らかそうとする奴らを何人も見てきた。目の前の男は虎視眈々と獲物を見定める目を持っている。そういう疑念が湧いてしまうと何だか、近くにいるのも落ち着かない。今の私に奪われるものなんてないのに警戒してしまう。挨拶の場には笑みの一つでもあれば相手に好印象を与えられるが、私の場合好印象はプリンセス力とともに炸裂してしまうものなのでない方がいい。

「ところで、このあと時間はあるだろうか?レヴェナ殿に味わってもらいたい璃月の食があるのだが……せっかくだ、皆で食べに行かないか。」

続けられた言葉に喜ぶパイモンと旅人、何か言いたげな万葉と視線を合わせ、このあと時間があることを伝えた。それでは私たちはこれで、なんて抜けられない雰囲気だ。

「では、こちらに。俺が導こう、レヴェナ殿。」
「そこまでしていただかなくても、大丈夫ですよ鍾離様。お気遣いいただきありがとうございます。」

差し伸べられた手がエスコートをしてくれそうであったが、やんわりと断る。ここはきちんとした場ではなく、それに、見知らぬ異国の地だ。断っても良いはず。残念そうな琥珀色の目にそわそわしてしまう。断るのは流石に失礼だったかな。

「拙者も楽しみでござる。璃月は何を食べても美味い。」
「そうなんですね」

すい、と自然に手を繋いで前を行く万葉に目が輝く。旅をしている彼が美味いと言うぐらいだ、本当に美味しいのだろう。

「鍾離と万葉の間に雷が飛び交ってるぞ旅人」
「凄い殺気だ……。」

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天を仰ぐプリンセスに出会うディルック編

月が落ちてきたのかと思った。
黒髪だというのに輝いていた、夢を見る乙女、そんな表現が浮かんだ。少女というほど幼すぎることはないが若さに満ち溢れた女性だ。
立ち尽くしているようにも見えた。悩んでいるようにも。死んでしまいそうな危うい気配はないが、目を離せば消えてしまうだろう、そういう儚さがあった。生き物としての気配は薄いというのに、彼女がそこにいるのだと一度認識すれば、見ていたくなる不思議な存在感がある。

「お困りですか。」

かけた声が、震えていなければいい。じわりと革手袋の下で汗が滲む。何故こんなにも緊張している。たった一人の女性を前に。

泣いて、いるのかと思った。ハンカチを差し出す手、パッと僕を見た瞳は光を宿していた。きらきらとしていて、綺麗だ。その瞳に涙はなかった。ほっと撫で下ろした胸に違和感は感じない。

「笑わないで、聞いてくださいますか?実は、迷ってしまったの。人がたくさんいるところに行きたいのだけど、道も分からなくて」

恥ずかしそうに、そっと伝えられた言葉に小さく笑ってしまった。拗ねたように顔を逸らされる。機嫌を悪くしてしまったお詫びだと、あれこれ理由を重ねては彼女が困っているなら、自然に手を差し出していた。
困っている女性を助けるのは当然だ、それ以上にこの子を悲しませてはいけない、と身体が動いている。

「レヴェナ、僕が君の助けになるのは、嫌だろうか。」
「……いいえ、お優しい方だと思うだけです。ありがとうございます、ディルック様。」

革手袋を外した手の中にすっぽりおさまった女の手は、柔らかだ。争いを知らないきれいな手だった。何だか無性に離したくなくて、旅をすることになるだろう彼女に必要なものを買いながら、繋いだままだった。

荷馬車に乗るのに苦労している彼女が座りやすい位置を見つけ腰掛けるまで離せもせず、今生の別れと信じている彼女に、ほんの少し腹が立った。

僕はこんなにも君と離れたくないのに、君は離れていくんだな。

「こんなにもらって、申し訳ないです。」
「あっても困るものじゃない、それに、君に笑って欲しいんだ。」

仕方がなさそうに浮かべられた笑みが可愛かった。大事にします、と伝えられて、うん、と頷く。ぼぅ、と見つめていると、何かに気づいたようで可愛い笑みが消えてしまう。

「さようなら、ディルック様。どうかお元気で。こんな女のことは忘れてくださいね。」

あっさりと告げられる別れに首を横に振る。二度と会えないとは思わなかった。また道端で会う気がしているからだ。町中かもしれない。出会った時のように君は迷子で、僕が助けてあげられる未来が想像できた。

「レヴェナ、今度また君に出会えたらその時は、僕はそれを運命だと思うことにしよう。」

その時は好きになってもらう努力をもっとしよう。だからどうか、この手をまた取って欲しい。

「さようならに、しないでくれないか。」

彼女の手を握り締めれば、潤んだ目が笑ってくれたように見えた。

掴んでいた手は離れる。いともたやすく遠去かってしまう。名残惜しいのが僕だけだった、とは思わない。これが永遠の別れだとも思えなかった。彼女はもうこちらを見ていないが僕が選んだブランケットを強く握りしめている。その柔らかな手をすぐにでも握ってあげたくなった。
異世界から訪れた旅人、泳げない子。君は、色んな事情があるただの寂しがり屋な女の子だ。一人の夜は寒いものだから、そう口にしていた君にあげたブランケットが、君を暖めてくれることを願ってやまない。

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野生の運命に出会う万葉編

心地の良い穏やかな風が吹いていた。
良き出会いか、良いことでも起こるのだろうとそんな予感がしていた。動物たちと戯れる乙女が浮かべた微笑みはまさに女神。見惚れて時間を忘れる、とはこのことであった。

慌てた姿が印象的だった。動物たちを追い払い背を向けて走り去ってしまう。見られてはいけないものを見られてしまった、そんな顔をしていた。自分のせいで彼女の安らぎを壊してしまったのは確かなのだろう。

「お主の名をっ!」
「レヴェナです!さようなら!」

左様ならば仕方なし、とは、あまりにもつれない。きちんと出会ってすらいないというのに。去ってしまおうとする彼女を逃してはならない。だが、想像以上に足が速い。ただの乙女ではない。スライムやヒルチャールに遭遇しかけると、気配を完全に殺して横の草むらや木陰を通り抜けていた。只者ではない。元素スキルを使い全力で追い詰める行いはもはや狩りであったが、周辺の地形をうまく利用すれば遂に観念したようで、足を止めた。

「そんなについてこなくて大丈夫ですよ、私は一人でいいんです。」
「おなごの一人旅とは危うい真似を。護衛はいたほうがいいでござろう?」

供はいらない。誰かに守られるつもりもない。迷惑は、かけられない。つんとした態度にこれは放っておけないと思わされる。あの手この手で共にいるために言葉を重ねていた。困らせていることは分かっていたのだが何が何でもそばに居なくては、と自身を突き動かす衝動のままに行動していた。
人は恐らく、これを恋の病と呼ぶ。

「レヴェナ殿」
「呼び捨てで構いません、楓原様。」
「拙者の方こそ、呼び捨てで構わぬよ、レヴェナ」
「万葉?」
「何でござろう」
「呼んだだけです」

慣れるために呼んだだけ、とは。ふふふ、と溢れた楽しげな彼女の笑みに口元が緩んでいく。これは騎士の真似事だ。児戯に等しい。やんごとなき姫君、身分を隠した旅。どのような事情があるのかは、想像に難くない。祖国の話をしたがらず、僅かに顔を曇らせる。国に追われていてもおかしくない手を取ることに、躊躇いはなく。彼女は、とても遠いところから訪れた、とは口にしたが、自分の国に帰りたい、とは言わなかった。彼女の旅には目的がないのかもしれない。

「拙者が長い旅の供をしよう。」

けれども旅には、これといった目的がなくともいいのだ。気の向くままに、風が吹く方へ赴くのも、旅である。彼女と行く道はどのような旅になるのだろう。目的ができたとしても、どこまでだって、ともにいこう。その柔らかな手を引こう。彼女の憂いを断てるのならそれ以上の喜びはない。彼女が船旅を好むかは分からない、どちらにせよ、世話になっている船には話をしに行かなければ。

「璃月の港に寄りたいのだが、構わぬか?」
「ええ、万葉に任せます。」

恋を、したのかも知れぬ。触れられる距離にいるというのに、目を離せばいなくなってしまいそうな彼女が、恋しいと。

恋、恋ふとは。
人に対して物を与えてくれるよう求めたり何かをしてくれるよう願う意味の乞うと同根で、古くは異性に限らず、花や鳥に季節、目の前にない対象を慕う気持ちを表した。
古い歌に詠まれた孤悲とは、ひとり悲しみ、心が張り裂けそうなことを云う。
どうか一人にしてくれるなと願い、相手を一人にしてなるものかとも、思い至る。

歩き出せば横に並ぶ影がある。道が悪いと手を差し出せば、ためらいがちに掴むぬくもりがあった。頼られるのも良いものだと実感する。恋い慕う相手ともなれば格別だ。

「万葉も、旅をしてきたんですよね」
「うむ」
「どのような旅でしたか?」

彼女の問いかけに、雨の中を走り続けた旅の始まりは人にあまり語れるものではなく、誇れるものでもないと口から溢れかけたが、選んだ結果や開国した今の稲妻を思えばそれは、口にして良いものではなかった。亡き父母や友にも顔向けができぬだろう。
誇りに思える家を、もっと大事にできたかも知れぬ家族を失わない未来があったであろうかなどと、過去を振り返ろうと変えられぬものばかりがあり、あらゆる選択の先にこの身は立っている。

「拙者の旅は……」
「ごめんなさい、私から話すべきでしたね。」

歩きながら語れるものでもなし、茶でも飲まぬか、場を変えて仕切り直そうとすれば彼女が言葉の端を遮った。拙者が口籠ったわけを察したようであった。

「私はあるとき生まれ育った島を飛び出したのですが、素晴らしい方に出会いました。名のある海賊です。私は白髭様の船に少しお邪魔して、そこから遠くへ」
「海賊……?」
「はい、私の世界は大海賊時代といって、大きな節目を迎えた世界で海賊が政府や海軍と張り合うぐらいたくさんいて、一部の者たちはとても強く、勢力の一角として存在しています。テイワット大陸の広さと海の大きさはまだよく知らないのですが、海はこの世界よりも広いかも。旅をするとなると船は必須です。でも私は羽を休める時以外は大きな鳥に乗り、島から島へ渡る道を選びました。」

海賊にはならず者もいたが、知恵深き者たちもいたと彼女が語り出す。尊敬する方もそこには、笑みや抑揚をつけられた彼女の話は自由な風のように紡がれる。

世界を縦断する大陸、赤い土の大陸とそれに対して垂直に世界を一周する航路は偉大なる航路。そして四つの海に分かれている。東西南北に区切られた海は東の海、西の海、南の海、北の海と呼ばれ、さらに上空には空島が。偉大なる航路は凪の帯に挟まれており、赤い土の大陸によって二分された偉大なる航路の後半の海は新世界と称される。
海賊では新世界に皇帝の如く君臨する四人の大海賊。四皇。
海軍本部最高戦力と名高い大将は三人。海軍大将。
世界政府公認の猛者たる七人の大海賊。王下七武海。
それとは他に数えきれないほどの賞金首。

「島から飛び出してすぐのことです。私の首にもかけられまして、白髭様の船でそれを知りました。」

さらりと告げられた四皇の名に、四皇とはたやすく会える御仁であるのか、浮かんだ疑問は違和感を感じずに消えた。レヴェナの縁は不可思議だ。出会ってもおかしくはない。話し出すのを静かに待てば、瞬きをした瑠璃色の瞳が伏せられる。そうして色彩をわずかに変える。深く考え込んでいる眼差しだった。濃い紫みの鮮やかな青色が考えを巡らせては、続きを語る。

「政府に楯突いたわけでもなく、海軍を襲った試しもなかった。過保護な“遠縁”が私を島に連れ戻すためだけに私を賞金首に。……幾らだと思います?」

超新星と呼ばれる若くも有名な海賊たちは1億ベリーや4億ベリー、ぽんぽんと飛び出す桁の違いに通貨の価値は違えど眩暈がする。

「四皇の賞金額が幾らか聞いても良いか?」
「あら……白髭様は50億4600万で、カイドウ様は46億1110万、ビッグマム様は43億8800万、シャンクス様は40億4890万です。」
「余計分からなくなったでござるな。」
「ふふ」
「ううむ……レヴェナはいつ頃、名を上げたのだ?」
「いつ頃?」

なぜそこで悩むのか。おとがいを片手で掴み、天を仰ぐ。

「その部分はかなり、複雑で……。私の祖国、島が……一日では話し尽くせない事情がありますので一旦横に置きます。」
「一日では語り尽くせぬ事情が」
「あるのです。一緒に旅をするなら、万葉にはおいおい話すことになると思いますから。それよりも今は首にかけられたベリーの話です」

首の下、心臓の辺りに手を当て、片目を瞑る。

「さあ、お答えを。」

羞花閉月。花ははじらい、月はかくれる美貌が茶目っ気を隠さずに笑んでいる。見惚れた一瞬を誤魔化すため、視線を上へ。考え込んでいるそぶりで先ほどの笑みの麗しさにまだ、心を奪われている。
海賊として名をあげ直ぐ賞金首になったのであれば、四皇ほど高くはないのだろう。だが面白そうにこちらを見ていることから並大抵の額でもないと見た。狙うは超新星辺り、と見せかけて。

「……6億ベリー。」

いずれの超新星よりも高い額を告げれば、レヴェナはにっこりと笑った。

「いいえ、“10億”ベリーです」
「なっ」

島から出たただのおなごにつける額ではない。そんなことは明白だ。彼女の世界を話でしか知らない拙者がそう思うのだから、彼女の世界の者たちの方が違和感を抱くであろう額。

「“遠縁”が心配性でして。」

ため息に混じった憂いは影を帯びる。光を秘めれば、その光が黄金にさえ思える瑠璃色は鈍る。

「身の丈に合わない額をかけられてしまった私はそれから、連れ戻そうとする海軍をあの手この手で掻い潜り、襲い来る海賊をちぎっては投げちぎっては投げ。」

何度か触れたその手は柔らかく刀を知らない。彼女の腕が立つとは思えないが、逃げ足が速いことは身に染みている。拙者この耳がなければ見失っていた、レヴェナは気配を殺すことに長けている。

「たまに気の合う海賊と宴をしてはさらに遠くへ。大変なことばかりでしたが決して、面白くない旅ではなかった。後悔は至るところに、ほんの少しだけ。ですが足を止める程でもありません。」

様々な人に出会い、あらゆるものを食べた。
知らなかったことを見て、聞いた。
島にいては分からぬものが世界にはありすぎた。
ときおり憂いを帯びてはその憂いすら糧とし、なおいっそう深みを増しては輝く瑠璃色は美しい。

「私は万葉の身の上を知りたいのではなくて、ただ、どんな楽しいことがあって、美味しいものとどれほど出会い、面白い人にあったのか、そんなことを聞きたかったんです。旅は人により違うでしょう?」

あざやかな青が瞬いている。

金、銀、瑠璃色の水、山より流れ出でたり。

昔、家で見た書にこのようなことが書かれていた。あれは、旅の空を見上げるも助けはなく、病に罹りながらも進むべき方向がわからぬまま海の上を漂う話であったと覚えていたのだが、ふと思い返せば、それだけではなかった。
登れそうもない山の斜面を回ってみると、この世のものとは思えないほど美しい花を咲かせる木々があり、金、銀、瑠璃色をした水が山から流れてくる。玉を敷き詰めた橋に照り輝く木々。
山は、限りなく面白いものであった。この世にあるもので例えることもできないほどに。そうして荒波を越え、長い年月をかけ、神仏に願いながらもなんとか無事に帰ることができ、ある翁にこの話をした。翁は感嘆しこのような歌を詠んだ。
『呉竹の よよの竹取 野山にも さやはわびしき 節をのみ見し』これを聞いた男は『ここらの日頃、思ひわび侍りつる心は、今日なむ落ち居ぬる』と返す。

さぞ、その旅は大変であったことでしょう、先祖代々、竹を取るため山にあった我々でもあなたほど辛い思いばかりではありませんでした、と。
長い旅の苦労は一つの歌で報われる。かけられた言葉を聞き、すっかりなくなってしまう。

旅は一人で完結できてしまう。だがもし、語る相手がいたなら、どのような旅であったのかを思い返せる話し相手がいたとすれば、旅というものは様々なものへと形を変えるのかも知れぬ。一人の旅も確かに良いのだろう、過ぎ去れば悪いものではなかったと感じられる。その時は終わりがないように思えたとしても、孤独との戦いもあれど、あれは、人のあたたかみを知るための旅だった。だが、もし、真の意味で一人きりの旅ではないのなら得るものは限りない。満ち足りて光に包まれるようなものとなるのだ。
弱さを理解したこの手の意味を知る。二つもある理由を自ずと解ってしまう。一つは刀を握り、もう一つは誰かに差し出すための手であり、何者からも守るため、愛しいひとと繋ぐためのものである。

「足元がぬかるんでおる、気をつけられよ。」
「ありがとうございます」

手を差し出せば、そこには重なる素直さがあった。けれども、こちらを見守る瑠璃色と目が合えば、目頭が熱くなる。それは今は亡き人を幾人か思い出す眼差しであったのだ。友とは少し異なる眼差しだ、血が繋がる家族はもういない。家に縛られるな、と言っていた声が過る。

拙者は、縛られているのではなく。
ただ、愛していたのだ、といまさらそんな事を想えた。
贅沢をさせてやれなかった事が、なんだ。拙者は贅沢がしたくて生きてきたわけではない。同じ時間を過ごせることこそ、最高の贅沢ではないか。生きて共にいることがどれほど満ち足りた人生となるのか。ただ、ともにいたいのだ。いつまでも。どうしてその思い遣りに溢れた言葉を口にできなかったのであろう。至らなかった。一人前の人間としてあらゆることが足りなかった。今もそうだ。この身はまだ修行中の身だ、だが人生とはそのようなものなのかも知れぬ。
苦労をかけている、そのように重ねられたあの頃の時間は縛られていたのではなく、ただ愛していたから、どうにもできない事をどうにかしたかったのだ。子どもの身や至らぬ実力ではどうすることもできぬと知りながら。育ったことを誇れる家を、そこに住まう家族を、そう至るまでに積み上げた先祖たちの在り方を、様々な知識と力を心底拙者は愛していたから、失くしてなるものか、と。けれどもあの時の拙者は力が及ばず奪われる前に手放した。住む家も尽くしてくれた者たちも家族との思い出の品々も。そして拙者は旅をした。全てを放り出して逃げ出すような旅だと思った夜とてあった。今は違う、こう思える、心が追いつく時間を知る学びの旅に他ならなかった。
今の己であれば、何かできたやも知れぬ。人は過去には戻れぬ。憂も何も、それら全てが、人生だ。

「拙者の旅の話をしよう。」

吹っ切れたのは何であったのか。置いていくのではなく、共に歩んでいる。いま思えば、さして重たく考えることでもなし。旅は、いいものであった。どれほどの時が経ち、どのような出来事とまみえようとも。旅はどうしようもなく良きものであったのだ、と笑い飛ばせるいまの己が誇らしい。目の前の彼女はそれを拙者に教えてくれたのであろう。見守っている眼差しが、ふと綻んだ。

「実は拙者も故郷から離れるときにある船に乗ったのだ。今も乗っているのだが、拙者は最初その船をただの海賊船だと思っていた。」

そばで、相槌を打つひとがいる。目を輝かせ拙者の話を聞く旅の連れに同じように笑みを返す。

互いの旅の話をしよう。
「誇り高く情に厚い姉君。彼の者の名は、北斗。武装船隊南十字の頭領であり、頼りになる戦友である。」

光と温もりに向かって進むのは人の性。この旅は真の意味で一人きりではなく、孤独を知らぬものとなる。
風の赴くままに歩みを進め璃月の港に着くころには、彼女とすっかり打ち解けていた。

※竹取物語。和歌。
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幕間 万葉と彼女が互いを知る道中

璃月に向かう最中の出来事であった。

二人は出会ってから随分と歩いたが話は尽きず、あれこれ話していると時間を忘れてしまっていた。
万葉が耳にするレヴェナの世界の旅がおとぎ話めいた奇想天外のものであるように、レヴェナにとっても万葉のテイワットの旅は心躍るものだった。元々レヴェナは塔や城に引き篭もっていたプリンセスである。何もかもがものめずらしくて仕方がない生き物だ。

休まずに歩き続けていた、話が面白すぎたせいだ。束の間の休息を取るためにあまり汚れていない水場を見つけ、それぞれが離れ過ぎないよう落ち着く場所に腰掛けていた。

嵐が来る。雲の流れが早く、遠くない空にかかる暗雲。風の流れからして嵐はこちらへ。動物たちの気配が薄く虫の声もしない。隠れているのかそれとも逃げてしまったのか。嵐の大きさを物語っている。
耳が良い万葉は嵐の訪れを察し、旅の連れがいるので璃月の港に急ぐべきではなく、どこか屋根のあるところで雨宿りするべきだと判断を下した。近づいてくる嵐は湿った風の匂いからして雨を伴う。雨の中を走ることに万葉は慣れてしまっているがレヴェナに付き合わせるものではなく、今回は急ぐ旅でもない。

空を見上げ風に耳を澄ませていた万葉は彼女に声をかけようと振り向いたのだが、声をかけずに口を閉じ、その姿を見る。気づかれないよう。

出会ったときと同じように、動物に懐かれている。

彼女の差し出した指先には小鳥が留まっていた。真剣な眼差しのレヴェナは膝の上に乗ってきたリスを撫で、ときおり頷いている。鳥やリスの鳴き声に相槌を打っているように見える、動物と話しているようにしか見えない。とんでもない光景にしばらく固まってしまった万葉は何と声をかけたものか、数秒悩んだのだがすぐに口を開くことになる。身体に当たる風の冷たさが変わった、雨が降り出しそうであったからだ。

「レヴェナ」
「はい、何でしょう万葉。」

万葉が近づこうと鳥とリスは逃げなかった。万葉の挙動を食い入るように見つめているが彼女を気にしているのかいくつかの鳴き声を上げる。そんな彼らを指先で撫でるレヴェナの動きは慣れていた。

「雨が降り出しそうな空であろう?どこかで雨宿りをせぬか。」
「嵐が来ると思います。」

嵐が来るとは言わず、雨が降る、そう言った万葉に嵐が来る、と口にしたレヴェナは立ち上がった。指先の小鳥はそのまま、膝にいたリスをいったん手の上に、小鳥が乗っていない方の手で肩に乗せ何とも言いにくそうな顔をする。万葉に差し出す言葉を探しているようで、目を一度ぎゅっと瞑った。

「万葉に信じてもらうのはとても難しいと思うのですが…………雨風を凌げて魔物もいない安全な洞窟があるそうです。」
「……うむ。」

初めて訪れた土地で安全な場所を知っているのは明らかにおかしい。聞いたような口調も気になって仕方がない。肩に乗っているリスと万葉は見つめ合った。随分と物言いたげな目をしているリスである。

「情報の出所を聞いても構わぬか?」
「ええ、この子たちですね。実は私、動物となんとなくお話ができます。そこまで詳しくは分からないです、ただ、わりと意思疎通が可能というか、その」

吹っ切れた顔でリスや小鳥をつついたレヴェナに、万葉はうむ、ともう一度とりあえず頷いた。理解が追いついていなかった。風をよく聞き様々なことを知る万葉も自身の耳の特異性を理解していたので彼女の事を疑ってはいないのだが、信じ切るのも難しい内容に自然と腕を組む。

「行ってみるとしよう。」
「信じてくださるのですか」
「見て見ぬことにはなんとも言えぬであろう?リスや小鳥がお主を誘い出すために嘘をついているのかもしれぬ」
「ふふ」

真っ向から否定せず、至極真面目な顔で話を聞く万葉にレヴェナは、そうですね、と笑った。万葉の台詞に失礼なやつだ!とリスや小鳥は抗議の声を上げている。レヴェナは宥めすかして道案内を頼んだのだった。

小鳥やリスが教えてくれた洞窟に向かう最中も、これは食べられるそうです、これはちょっと酸っぱいみたいで、こっちの方が美味しいそうですよ。動物の鳴き声を聞いて果物や木の実を鞄にしまっていく彼女の生存能力の高さに万葉は恐れ入った。だが当然といえば当然の理だ、レヴェナの生まれ育った島は新世界にあるのだ。それが何よりもの理由になるのだがこの世界の住人にはピンとこない理由であった。

たどり着いた洞窟は二人が入ってもまだ十分な余裕がある。雨に濡れることもない、それなりに奥行きがあった。坂にもなっておらず、水や土砂が流れ込んでくる心配もない。周辺も崩れ落ちるような地形ではなかった。他の獣の匂いがしないかを確認し、降り出した雨が強くなる前に寝床の準備をする。

「拙者とレヴェナが濡れずにすんだのはお主たちのおかげでござるな。感謝いたす。」

小鳥とリスは目を合わせ、なんだ話がわかるじゃねぇか、そうだろうと自慢げに胸を張る。

「お主たちに礼をしたいのだが何があったか……」
「私、美味しいものを持っていますよ。モンドでもらいました。ワインに使うものとは違い、とても甘い葡萄です。持って行ける分をどうぞご家族に。」

先程果物や木の実をしまっていた鞄からハンカチを取り出し広げ、そこにモンドの葡萄を置く。リスは喜んで口の中に詰め込めるだけ詰め込み、小鳥は小さな一粒を器用にくちばしで持ち上げた。

「嵐が来る前に巣におかえり、どうもありがとう!」

彼女の目礼に合わせ、リスと小鳥はこれはご丁寧にといったふうに、両手や両翼を広げお辞儀をしてから洞窟の外へ走り去る。一連の流れを見守っていた万葉は洞窟内に入り込んでいた葉っぱや枝を横によけ一箇所に纏め、休める場所を作っていた。レヴェナは外を眺めていたが万葉の近くに寄ってくる。

「雨に打たれなかったとはいえ、寒くないでござるか?」
「私も旅には慣れています、これぐらいなら大丈夫です。」

洞窟は逃げ場がないが守られている。天井があまり高くないので焚き火を焚けないことが気がかりだった万葉はホッと息をついた。
暴風といってもおかしくない雨風の強さに壊れかけた小屋で雨宿りをしようものなら悲惨なことになっていただろう。レヴェナの不思議な力に救われた。万葉はそう思い感謝を告げようとしたが、先ほどから何を気にしているのか、レヴェナが視線をあちこちへむけていた。そして最終的に洞窟の出入り口に視線を向けたレヴェナは表情を変えて手を横に薙ぎ、上から下へ動かす。

「伏せて、身を低く。」
「承知。」

風をよく聞く万葉は、動物の声に耳を傾ける彼女の声を疑わず。彼女が身体を低くし動作と声で指示を出した瞬間、自分も同様に身を屈めた。雨風が強く音を上手く聞き取れない万葉よりも先に、何に彼女が反応したのか。視線の先を万葉も追った。

「狼が見ています。」
「……このような場所に?」
「はい、普段はいないのですか?」
「モンドでは見かけるが璃月ではあまり見かけぬ獣だ。」

モンドに生息する獣は璃月ではあまり見かけない。モンドの方が森が多く狼たちは生きやすいのだろう。彼女の指差す方向に一匹の姿がある。人間がいるとは思っていなかったのか足を止めていた。洞窟の奥に逃げ場はないので戦闘になれば、切らねばならない。峰打ちが叶う相手であれば良いが、刀に手をかけた万葉はいつでも抜刀できる姿勢を保つが彼女がわずかに前に出る。

「後ろ足を引きずって、おそらく怪我をしていますね。群れから逸れたのかも。」
「……つまりは、手負いか。」

手負いの獣は危険だ。気が立っている。あまり切りたくはない、これで逃げてくれないものか。気を研ぎ澄まし眼光を鋭く、狼と目を合わせる。こちらに近づけば切って捨てる、という万葉の気迫に狼は唸り声を上げジリジリと近付いてくる。これでは峰打ちは難しい、風で追い払うのも手か。焚き火があれば近づくこともなかったのだろう、獣は賢い。目つきを変えて刀に手をかけた万葉は彼女の前に出ようとしたのだが、彼女は横に伸ばしている腕で万葉の動きを制した。

「レヴェナ」
「……大丈夫」

何をするのか、万葉の言葉なき問いに短く返した彼女は万葉に見えない位置であったので盛大に眉を寄せ、気づかれない程度に天を仰ぎ重たすぎるため息を飲み込む。諦めたのだ、プリンセス力を隠すことを。もうどうにでもなーれと思った。

「ららら、ら、らら────ららら、ら、らら────。」

魔法の花の歌。髪が金色に光ることはないが、わずかな癒しの力を持つ。音の波は言葉なき歌声だ。プリンセスの歌は動物と意思疎通をするだけではなく、ときに不思議な力を発揮する。
旋律を奏で狼と目を合わせた彼女が、何も持たない手を伸ばせば、伏せて飛びかかろうとしていた姿勢を止め不思議そうに首を傾げる。おや?という具合に。耳をぴくぴくと動かし、無防備な人間を見つめ続ける。

「初めまして狼さん。さあ、こちらへ。足の手当てをしましょう。」

隣人へ声をかけるように手招いた彼女に、先ほどまで威嚇していた狼はそろり、と一歩前に足を動かした。人間の手の匂いを嗅ぎ、ペロリと舐め安心したように擦り寄った。
見たこともない人間であったのだが、ふしぎと目の前のこれは危険がなく、親しいものであると感じ取ったからだ。“決して、これを、傷つけてはいけない”、そのような感情が芽生えた。狼は群れに生きてきて互いを気にすることはあれど、これほどまでに守らなくてはいけないと思わせる存在とは初めて会った。狼のわずかに濡れてしまった毛を撫でていく柔らかな手は、ずいぶんと心地良かった。

「生まれつきでござるか」
「いいえ」

唸り声を上げていた狼は今、彼女の膝を枕に爆睡している。包帯を巻かれた足を気にしていたが、彼女が子守唄のようなものを歌えば苦しんでいた様子は穏やかな寝息に変わった。夢を見ているのか四肢を時折、動かしている。彼女は犬を相手にしているように撫でては膝上で甘やかしていたが、牙を抜かれた姿でくぅんと鳴くさまは狼には見えなかった。慣れるしかないでござるな。万葉はあまり深く考えないことにした。旅には諦めが肝心である。自分の許容範囲以上のことが起こるのが旅というものだ。

「私の世界には悪魔の実、というものがありまして。」

狼を起こさぬように小声で話をする。先ほど互いの食糧を確認し作ったものを口にしながら。
レヴェナが持つものは果実や木の実が多かった。そして二人が入っても広いとは言え、あまり天井の高さがない洞窟では焚き火は使えず、火を使わない料理となると限られてしまう。レヴェナはモンドで手に入れたというバターをパンに塗り、果物や木の実を挟むと瞬く間におしゃれなサンドイッチを作った、万葉が持っていたベーコンやチーズに喜び、フルーツサンドだけではなく、ご飯系のサンドイッチも出来上がった。火が使えればこれにスープでも作りたかったが、これでも満足のいく晩ご飯だ。明日の朝は拙者が作ろうと万葉が口にするとレヴェナは喜んで頷いた。
いただこう、と手を合わせた万葉を見て、レヴェナも目を細めては懐かしむような顔で両手を合わせた。いただきます、と。

彼女の世界に存在する悪魔の実。ひとくち食べれば海に嫌われるが凄まじい力が手に入る。能力は多種多様。人ではない姿になる者もいれば人の形のまま新たな力を得ることもある。火や煙、鳥や龍。檻に、よく伸びる身体。

「不思議な世界でござるな……この世界には神の目と呼ばれるものがある。」

願いを抱いた者に神の視線は降り注ぐ。外付けの魔力器官は元素の力を引き出せるようになる。レヴェナは膝を抱え、そうなんですね、と頷いては魔法めいた力の正体を知る。

できる限り同じ時間を過ごしたい。一人きりの夜の寒さを彼女は知っている。万葉はふと彼女と視線を合わせ、意図して目を細めた。熱を込めて視線を絡ませたのだが、すい、と逸される。やはりレヴェナはつれなかった。

嵐の夜だ。ここは町の外であり野生の動物はレヴェナがいれば何とかなるかもしれないが魔物もいる。どちらかが見張りをせねばならない。万葉は嵐が酷いときは耳鳴りがして眠れないので、先に名乗り出た。レヴェナは礼を口にし寝息を立てる狼を膝に乗せたまま、もふもふとした赤いブランケットを肩にかけて包まれている。そして、言いにくそうに口を開いた。

「……耳が、痛いのですか?」

横をぽん、と叩いて誘うレヴェナに万葉はそろそろと忍び寄った。彼女を抱き寄せようとすれば、薄く目を開き唸る狼に持ち上げた手を下ろし手を繋ぐ。それぐらいは許されるようでそのまま繋いでいた。

「拙者の耳は優れているが、このような嵐の日は自然の音がざわつく。あまり眠れた試しがないのだ。」

気配を消したレヴェナを追いかけることができた理由は、万葉の耳が優れているおかげだったようだ。レヴェナは納得がいったように、それで、と呟いた。レヴェナが覇気の使い手であろうと、草木を掻き分ける音や地面を歩く砂利の音まで気にしてはいられなかった。凄い勢いで万葉が追いかけていたので。

「先ほどの歌は嫌ではありませんでしたか。」
「レヴェナが狼に聞かせていたものであれば良い声であった。拙者は好ましく思ったでござる。」
「……こほん、では、すこしだけ。」

夜が来ると、嵐の音はひどく、洞窟の中も暗かった。だというに万葉は薄らとした月明かりを感じた気もするし、何か黄金のまばゆさを見た気もする。

「ららら、ら、らら────ららら、ら、らら────」

花よ、光りかがやき
あなたの力を輝かせましょう
時間をさかのぼり
かつてのわたしをとりもどして

傷ついたものを癒す
定められた運命を変えて
失われたものを救いだし
かつてのわたしをとりもどして

「────ら、ら、らら…………。寝てしまいましたね……?」

ぽすん、膝の上に増えたもう一人の生き物、万葉に自分のブランケットをかけ、大人しくしている狼を撫で回す。

「どうか良い夢を見てください。」

プリンセスの力は偉大だ。レヴェナがこんな思いを抱くのは何度目か。万葉の穏やかな寝息に気づかれぬよう笑って、痛みなどない深い眠りがあれば良いと、そう願った。

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何かと気になる鍾離編

警戒されている。徹底してある一定の距離を取られると逆に目をひく。頑なな態度を崩したくなる。交わらないよう気をつけている視線にこそ、興味を抱かれることを知らないのか。小動物のような警戒心を隠さない女性に唾を飲み込んだ。とうに枯れ果てたと思っていた征服欲がふつふつと湧いて来る。魔神戦争、あの名残。ただ奪うだけでは無意味だと悟った果て、平穏に微睡む璃月でいつかの欲を目覚めさせる存在に巡り会うとは。これも何かの意思か。
口付けた指先から滲む、深い海の気配。それとは異なる、こちらを伺う底知れぬ存在を感じる。呪いというものを目にしたことはあったが、随分と近いもののように見受けられる。布一枚、覆い隠されているような彼女が妙に気になる。
見慣れぬ挨拶を返した姿を思い返していた。お前に食われてなるものか、とこちらの瞳を真っ直ぐと射抜いた気高い姿を。

「レヴェナ殿。」
「……何でしょう?」

上品ではあるがよく食べる。箸を使い慣れているのは予想外であったが。健康的で大変良い。口の中のものをよく噛み、飲み込んでから彼女が答えた。璃月の食は彼女のお気に召したようだった。

「こちらも、貴殿の口に合うだろう。」

どのような食を進んで食べているか、彼女の好みを眺めていた。大皿から小皿にとりわけたおすすめを一口、警戒心はどこへやら、パッと顔を輝かせ俺の顔を見た。ああ、隙ができたようだ。取り繕ってはいるが元来人懐っこい気質なのだろう。

「とても美味しいです」
「そこまで喜ばれると俺も嬉しいものだ。璃月には他にも良いものがたくさんあるぞ。」
「レヴェナは甘いものも好きであろう?拙者はこれが美味と感じるのだが……」
「あ、ほんとう、ちょっと甘め。ありがとう万葉、美味しいですね」
「……ほぅ。甘いものか、ならこれはどうだろうか?」
「これも美味しい……!」
「レヴェナ、これは好き?」
「レヴェナ〜これはオイラのおすすめだぞ!」
「私の口はひとつしかありませんっ!……どれもおいしいですね。」

ひとつひとつ、味わうように運んでいき、口元を緩めている。上品だが、気持ちが良い食べ方をする。本当に美味しいのだな、と誰が見てもわかる表情だ。夢中になってもぐもぐしている彼女の姿に皆が和んでいれば、箸を止めて軽く睨まれた。俺だけに向けられた嗜めるような視線に、ふ、と笑みで返しておく。

「冷めてしまいます、食べましょう。」
「それもそうだな、いただこう。」

止めていた箸は進み、皆で歓談しているといくつかあった大皿の上の料理たちは綺麗になくなった。

彼女の為の宿を考えている。良いものは限りがなく、一等素晴らしいものを選ぶとモラがかかる。物の道理だ。凡人になった鍾離は財布を持ち歩くようになり、凡人には使えるモラにも限りがある。どうしたものか。彼女に相応しい宿を選べば、モラがかかりすぎる。旅をしている彼女が払えるだろうか。

「手頃な宿も幾つかあるが……璃月港を訪れた者に紹介しないわけにはいかない宿がある。ここが一番、璃月港の造りがよく見える宿だ。」
「せっかくおすすめしていただいたので、ここに致します。」
「ここは安くはないぞ。」
「モラには困ってませんので、大丈夫ですよ。」
「一度言ってみたい台詞だぜ……」
「でも、そうですね。少し交渉して来ます。」

交渉。彼女には似合わない言葉だ。万葉に視線を向けた彼女が意を決した顔つきで宿に入って行った。数分後、晴れやかな顔の彼女が大きな丸を作った。

「討ち取りました」
「宿の主人を!?」
「違います、パイモン様。お安くしてくださるそうです。」
「びっくりしたぜ……見てみろよ万葉も驚いて……ないな!?」
「慣れでござる」
「慣れとは」

一モラも負けないことで有名なあの主人とどのような交渉をしたのか。万葉のスンッとした顔を見ている彼女が苦く笑った。

「ごめんなさい万葉、部屋がひとつしか取れなくて」
「いやそれでいいのでござる。それがいいでござるな。」
「お前の勢いにオイラでも引くぞ」

さて、未婚の女人と男を同じ部屋に泊めて良いものか。

「ごほん、すまない。不躾な問いかけをすることを許してほしい。レヴェナ殿と万葉殿はいったいどのような関係なのだろう。」
「拙者は供と認識している。」
「彼は私の護衛です。」

男と女。しかし主従。なるほど。難しいな。だが護衛となれば隣でもできるだろう。それなりに腕が立つ者であれば同室でなくとも良い。腕を組み暫く悩んでから、宿に入っていく俺の背中に突き刺さるいくつもの視線。数分後、出てきた俺はもう一つの鍵を彼女に渡していた。

「事情を話したところ、慌てていた宿の主人が部屋をもうひとつ用意してくれたぞ。」
「鍾離殿!?何故そのような真似を……!」
「ありがとうございます鍾離様。」

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溺れるものたち

知りたいのは、水の底で輝いているものの正体ではなく、溺れてしまう理由だ。

「何故もがこうとしない、水音一つ立てればまだ助けようがある!」
「ごめんなさい、水が、苦手なんです。」
「……事情を知らぬ我も言いすぎた。だが、お前はいつも溺れている。」

哀れなほど咳き込み、咳だけで折れそうな体を撫でている。遠慮をいつからか忘れるほど助け出していた。強く言い放てば何かを言おうとしていた唇を噛み締める。
苦手、というレベルではない。身動きひとつ取れないのはもはや病気ではないのか。我はお前を心配している、そんな態度を隠しもしなければそっと唇は開かれて、泳げない事情を話し出す。

「私は昔、一つの実を食べました。私の世界では悪魔の実と呼ばれるものです。それから海に嫌われてしまって、ある程度貯まった水もダメなんです。力が入らなくなる。」

黒髪から雫が滴り落ちていた。頰を垂れた水は、涙のように見える。なんとも甘い蜜に見え、伸びた指先が捕まえようとした。海に、嫌われている?逆ではないのか。こんなに美しいものをどうして嫌えよう。愛されているから、引き摺り込まれるのではないのか。

「手に触れても、良いですか?」
「……ああ」

触れているだけ、そう思うほど、握られた手には力が入っていない。息を飲む。女は、あまりにも弱い生き物だった。

「水に沈んだ直後のこれが、全力です。海だともっとひどい。」
「呪いか」
「……そういう認識で構いません、どうしようもないものですから。」

力がうまく入らない体を動かそうとしていたから指先が震えていたことを、その時知った。我が助けてやる。何とかしてやってもいい。そう言葉をかけてやりたくなる悲しげな表情だ。

「窓からしか見られない海が好きでした。どこまでも広がっていて、その先には何があるのだろう……考えるだけで長く感じる夜が明けてしまうのが、とても楽しくて。」

今はこうして好きなときに海に触れられる自由があるのに、まともに触れることすら叶わない。海に関しては足をつけることも難しいのだ、と言った。力が抜けてしまう。寂しそうに続けた彼女は、それでも海を愛している。

「我が抱えてやる。」
「魈様が私を?」
「我の手が届く範囲であれば何度でも助けてやる。好きなだけ溺れろ。」
「溺れたいわけでは、ないんですけどね。」

つい、笑ってしまった。そんな笑みをじっと見ていれば、こほん、と何かを誤魔化すように場の雰囲気を変える。

「次からは気をつけます、魈様も大事なお勤めがあるようなので。」
「……そうか。」
「お勤めの邪魔をしてごめんなさい、でも、助けてくれてありがとうございます。」

頼られないことを寂しく思ってはいない。次に会ったとしても、同じ時間を過ごす理由がなくなったということか。だが、溺れない方が重要だろう。このような理解が及ばない気持ちよりも。沈むような胸の奥、自然に肩を落とし、彼女の前から消えた。

あれから三日と経っていない。足がつく深さの池でまたもや沈んでいる女を見つけてしまった。

「またお前は溺れているではないか!?あの覚悟を決めた顔は何の意味があった!?」
「っご、ごめんなさ……ゴホッ気をつけていたんです、でも足を、雨で、」
「もういい、お前はもう喋るな。我に身を任せていろ!」

何なのだこの女は。目を離せばやはり死ぬ。我は確信した。横抱きで水中から引き上げ、力が入っていない体にふざけるな、と吐き捨てかける。趣味の悪い呪いだ。地面へ下ろし身体を支えていれば、息を整えていた。

「良いか、次からは我が名を呼べ。沈むと気付いたのならば溺れる前に呼べ」
「地味に難易度が高いと思うのですが魈様」
「駄々を捏ねるな。」
「私は子供じゃありません」
「似たようなものだ。」

子供もこの女も一人では生きていけない生き物だ。沈んでいたせいで冷え切っている頰を包み込む。震えている唇が浅い息をしていた。これは今日も、生きている。死の気配が滲んでも美しい女だった。

「何よりも先に、我を呼べ。」
「……魈様」
「それで良い。」

頼れば良い。好きに呼べば良い。それだけのことだ。不満が滲んだ瞳を前に、肩を揺らす。拗ねている顔はそれこそ子供にしか見えなかった。

「ついでだ、暖めてやる。」
「そこまで助けてもらうわけにはくしゅっ」
「それはくしゃみか」
「いいえ違います」
「そのままでは風邪をひくぞ。我は苦い薬しか知らぬ。」
「……お願いします。」

火を起こし暖を取るために辺りを見渡す。火種になるものはないだろうか。女の鞄は池の外に投げ捨てられていた。濡れてはいない。

「何故、鞄がここに落ちている。」
「落ちる瞬間に鞄を投げるのは上手くなったんです」
「お前は鞄ではなく我が身を第一に考えるべきだ。」

愚かな。鞄を渡せば女は中身を確認し、服を脱ごうとしたのでその手を掴んで止める。

「外で服を脱ぐな」
「濡れた服を着替えようと思って」
「近くに小屋がある、そこにいくぞ。」

肩に担ごうとすれば、距離を取られる。野生動物のように目を合わせたまま、一定の間合いを保たれる。

「逃げるつもりか」
「魈様が濡れてしまいます」
「お前を助けるときに我はすでに濡れている。」
「では、せめて肩に担がないでください」
「……わかった。」
「横に抱いて欲しいわけでもなかったんですよね……」
「駄々をこねるな」
「駄々じゃないです。私は歩けます」
「崖は登れぬだろう」
「崖を……のぼる……?」

横に抱き、崖を走り小屋に向かえば女は遠くを見つめていた。売られていく家畜のような物悲しい目をやめろ。何故そのような目で遠くを見る。

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末光の騎士、極光の姫

実を食べたばかりの頃、異世界にいるという実感がないまま僅かに過ごした王国があった。何かが違う場所にいる、とひしひしと感じるところだった。文明が栄えすぎていた。赤黒い光を放っていたので気になり覗き込んだ井戸の底、異世界に繋がっているなんて誰も思わない。動物が少なく、けれど栄えていた。異界からの来訪者、よき兆し、プリンセスパワーでものすごく歓迎されてしまった私はよくわからないままそこで過ごした。軟禁状態継続生活だ。

私が食べたのは、あらゆる呪いを糧にする悪魔の実。
一時期滞在していたカーンルイア王国。
呪いがある日、国全体を飲み込んだ。
あれは神々の呪いなのだと誰かが言った。
呪いに飲み込まれている最中、手を離してしまった人がいる。

「姫!?」
「ダイン様……?」
「ご無事で」
「……私は、呪いに耐性があるから大丈夫だと言ったでしょう?」

世界の意志すら捻じ曲げて、大いなる神の手からも逃れうる。ある意味チートなのだ、プリンセスは。大盤狂わせ、トリックスター。けれどおさまるところにはおさまるハッピーエンドの中心、台風の目。呪いにすら打ち勝つ、それがプリンセス。
笑いかければ、強く抱き締められる。その背をゆっくりと撫でる。あのときは、少しも触れようとしなかった、恐れ多いと言わんばかりに距離をとっていた彼の重たい息遣いが肩にかかる。力強くこの手を掴み、あの国から逃げるために連れ出してくれた。結局、逃げる途中で離れ離れになってしまったけれど。
末光の剣と呼ばれていた彼も、呪われてしまったのだろうか。

「死んでしまったのだと。俺は、小さな貴女があの日」
「ほら、見て。ちゃんと見て、元気ですよ。」
「貴女は、大きくなられた。暖かく……生きている。」

異世界の姫、極光の御方。私をオーロラ、極光の姫と呼んでくれた王国を思い出す。存在を確かめる為か、頬に触れた男の手にちょっと照れる。
どういう時間軸か分からないが、そういえばカーンルイアにいたときは悪魔の身を食べたばかりで体もまだ小さかった。能力も上手く使えなくて、どこからともなく現れたあらゆる動物によく揉みくちゃにされていた。そんな私を助け出してくれる騎士のような方たちがいた。あれは、この世界では何年前の事なのだろう。

「ええ、こうしてダイン様に会えて本当に良かった。大きくなってよかった。」
「は……ハハ。そのようなことを言って下さるのは、貴女ぐらいでしょうね。」

罪悪を背負ったようなツラしてやがる。自然と跪く彼に困ってしまう。小さな私と視線を合わせるために、彼はよく膝をついてくれて、それを他の者に笑われていた。揶揄われてもまったく気にしない彼に私も慣れてしまって。
そんな彼はあの日から呪われているらしい、話してくれることを噛み砕いて、飲み込んでいく。カーンルイアが、今はもうないことも。良くしてくれた方々も、いないこと。あれから、とても長い時間が経ったこと。
そうなのですね、と頷いて、それでも生きていてくれた人の手を握りしめる。どうして自分が生き残ってしまったのだろう、と思っているのかな。その心を推し量ることなど誰にもできないだろう。彼自身にさえ、いまは難しいのかもしれない。
それでも私はあの日、私の手を引いてくれたこのひとが、生きていてくれたことをこんなにも嬉しく思っている。また話ができて、幸せだと感じている。

「あなたは姫とは違うけれど……」

私の悪魔の実が他人に姫効果を付与できたら良かったのに。汝は姫!って出来たら良かったな。そうしたら彼は問答無用でハッピーエンドだ。目の前の頭が項垂れていた、両手で触れてみると彼は目を閉じたまま。頬を包み込んで、顔を無理矢理あげさせた。深淵を覗いた目をしている。カーンルイア人の特有の、星を抱いたような瞳だ。

「私は、あなたの呪いが解ける日を待っています。」

お姫様じゃなくて、魔法使いになりたかった。素敵な魔法をかけてあげたいひとがたくさんいた。最強無敵の魔女にだって憧れた、あらゆることを魔法で解決したかった、力こそパワー、とんでもねぇ力が、ほしい。そんな子供だった。でも私はいまお姫様になってしまったから、できることは限られている。姫にできることをしよう。ただの希望であろう、光であろう。きっと得意なはずだ、私の知るプリンセスたちは誰よりも前をいく。どのような状況でも諦めが悪いのがプリンセスだ。

「この世界の神ではなく、あなたの王と国に祝福を。」

今は亡き国に何を捧げよう。口付けた額へのキスは何の意味があろう。プリンセスのキスは誇り高い男を、ほんの少しでも慰められただろうか。あの日、呪いが降り注いだ運命の日。この手を迷わずに引いてくれた彼に、少しでも報えただろうか。
プリンセスのキスに呪いを解く力はあるのか、もしも真実の愛が全てを救うなら、きっと私には何も救えない。真実の愛が分からないから。ならこのキスには、ただの親愛だけが込められる。

閉じられた瞳に涙はない。きっとまだ、泣けない理由があるのだろう。ぎちぎち握り込んでいる拳に闇しか感じない。絞り出された、貴女に会えて良かった、そんな言葉に頷くことしかできない。私も会えてよかった。しなくてはならないことがある、そうだ。とんでもない絶望顔でどこかに行こうとするダインスレイヴの手を掴んだ。いま雇いたい騎士No. 1の顔しやがって。

「私のわがままに付き合って、ダイン様。少しだけでいいから、どうかお願い。」

我儘プリンセスは柄じゃない。けれどお世話になった彼一人、抱え込めない器でもない。不死か不老の呪いを受けようとも、プリンセスパワーが何とかしてくれるんじゃなかろうかと期待を抱いている。笑いかけて掴めば、彼はこの手を振り解けない。何かが彼に突き刺さる音はしないがぼんやりとした顔で頷いてくれた。ちょっとの時間、世界のことも背負った何かも忘れて欲しいだけ。私は、呪いがかけられたあなたに酷いことをしよう。

彼の手を掴み進んだ道の先、この世界の神を討ち滅ぼしてしまったら私は神殺しの姫になるのだろうか。とんでもねぇプリンセスだ。歌と笑顔で神を誑し込めるなら、それで世界が平和になるのならとうの昔にそうしている。つい、天を見上げた。

宙に浮かんでいた彼女を想う。四角い箱に私を閉じ込めようとした彼女は、どうしているだろう。天理の調停者と名乗った彼女はダインスレイヴと離れ離れになった私をカーンルイアから攫おうとしていたが、私はその手から逃げた。惜しみなく笑いかけ、自分から抱き着いて。抱きつかれるとは思っていなかったんだろう、とても動揺していた。何だか可愛くて、オーバーキルだとわかってはいたが耳元で愛を歌ってあげたら、頭を抱えて痛がっていたので、その隙をついて突き飛ばし、そうしたら海賊世界に戻っていた。あの出会いにも何かしらの意味があったのだろうか。

◇ ◇ ◇

500年前にこの手から離れてしまった極光が舞い戻ってきた。

異世界から訪れた彼女をどこにも返すつもりがなかったカーンルイアの人々を思い出していた。信仰なき国。神がいないカーンルイア。あるとき地下深き王国には過ぎたる光、美しい姫君が現れる。異世界の姫、極光の御方。

神の眼差しは降り注がない、されど我らの極光はこの地に舞い降りた。
あらゆることへの免罪符を得たのだ、と人々が言い出したとき、何かの歯車が狂ったことをその時はまだ理解できなかった。
神がいなくとも栄えた国で、いったい何に許しを得たというのか。彼女の存在は果たして、本当に良きものであったのか。
迷い込んだだけの幼い子供を、どうして崇め奉るのか。薄ら寒い違和感は徐々に麻痺していく。誰も彼もが、正しさを信じて疑わないのなら。彼女の笑みを見るたびに、ああたしかに、これは、許しなのだろう、とすら想えてしまった。やわらかいいきもの、ひたすらにやさしいちいさなお姫様。なまなましくあたたかな光は、闇を追い払うような姿で常に瞬いていた。
簒奪と凶行。部屋から出すことはせず、国の殆どに触れさせない。光を閉ざすような所業。誰もそれを悪い行いだとは疑わず、幼い彼女もまたカーンルイアの人々を信じていた。“ダイン、皆さんはわたしによくしてくださいますが、わたしはわたしの国に帰らなくては。しなくてはいけない事がたくさんあるの。わたしは、わたしの国を救わなきゃ、いけないの。”遠いどこかを見つめる彼女の相手を任せられた俺が、よく聞いていた言葉だ。彼女は彼女の務めを知り得ていた。それは王族としての義務であり、姫としての責任であったのだろう。

土地とは農具で耕すものではなく、鉄と血で簒奪するもの。その国に彼女が訪れたことは悲劇だった。よき兆しだ。これよりさらに勝利は齎される。我らには彼女がいる。許しを得たような人々の瞳は正気ではなかった。

「ダイン様」

彼女が微笑む。呪いを知らないような無垢な顔で、俺の手を引く。小さな貴女と変わらない表情で微笑んでいる。今も許しを与える眼差しをしていた。

「今日は私と遊んでください。」

俺は、カーンルイアの人々と同じように、彼女の手を振り解けない。俺の国を慈しんでくれた彼女の手を。

───────────────────

塔に引き篭もってる場合じゃねぇ!

手に取ったのは青い林檎だった。
ぐるぐるとしたうずまき模様、そういう果物だろうと疑いもせずに、両手で持ち上げた。顔を近づければ甘酸っぱい匂いがした。くちづけるようにして、新鮮な林檎の匂いにこくりとつばを飲み込んで、唇を開く。おいしそうな林檎を体の中へ向かい入れるため、そっとかじりつく。大事に食べよう、大切に味わおう。わたしは、あなたをひとつのこらずたべてしまいましょう。

「ッ」

なに、これ。まっず。とんでもない不味さであったが、一度口に含んだものを吐き出すわけにもいかず、無理やり飲み込んだ。手から転がり落ちた赤い果実に、あれ、と思った。青が、赤に。青かったはず、見間違いじゃない。けれど口の中いっぱいに広がる不味さに気絶した。数分。

「姫様っご無事ですか姫様!」

揺さぶるじいやの顔を見て、顔を両手で覆い隠す。ヤベェものを食べた!色々と思い出してしまった!ああ、悪魔の実なんて、吐き出してしまえばよかった。

「まったくご無事じゃないですね」
「なんと!?」

起き上がり、城内の地図を脳裏に描く。思い出した記憶と現在の生きてきた情報が混ざり合って、気持ちが悪い。私は何歳だったろう、十歳にはなっていないはずだ。両親が死に何年が経った?ひとつなぎの大秘宝は?海賊王はご存命か?引きこもりすぎて記憶がぼんやりしすぎている。惰眠を貪りすぎた。新聞読みたい。それより先に、本はどこだ。悪魔の実の図鑑がこの世界には存在していたはずだ。腐っても国。我が国は私が生まれ落ちた時は既に呪われており、外との交流がまったくないとはいえ、マトモに機能していた国であったのだから書庫ぐらいあるはずだ。

「悪魔の実の図鑑はありますか?」
「確か、あったと思いますが……探してみないことには……。」
「部屋から出ます」
「姫様自ら!?」

塔に引き篭もってる場合じゃねぇ。食べた実によってはとんでもねぇ事が私自身に起こる。

「命の危機よ、じいや。」
「姫様は何をお食べに……まさか」
「そう、あれは多分、ものすごく不味い悪魔の実を、」
「この国に古くから伝わる祝福されし知恵の果実を、」
「「え?」」

悪魔の実なの?それとも祝福された果実なの?私はいったい何を食べたの?怖すぎる。

わりと掃除されていた書庫、必死にページをめくりみつけた、悪魔の実の図鑑の一ページに描かれた青林檎。プリンセスの実だった。じいや曰く、国を救う宝。知恵の樹の実、善悪の知識の木に成るもの。相応しいものに食べられるために移動する意志がある果実。相応しくないものが食べた場合、死ぬ。なにそれ呪われた実か?間違いない。

ちょっとまだよくわからないが最高にハイってやつだ。一国の姫として生まれ落ち、今は亡き父と母に庇われ、塔に幽閉され、じいやと二人暮らし、世界の大半が海であるこの世界の海に一度も触れたことがないお姫様をしてきたが、ずっと不満だったことがある。この実の力があれば、きっと何とかなる。そんな気がする。

「じいや、姫が生まれたら悪魔に食べさせなければならない、なんてよくわからないヤマタノオロチシステムやめません?私、いちぬけました。」
「姫様!?」

プリンセス力で悪魔と呼ばれていた海王類を手懐けてしまったので、諦めて国を救ったプリンセスとして生きることにした。かくして国は救われた。この実、いったい何ができるんだろう。そんな夢と希望に満ち溢れた好奇心によって。

───────────────────

モラに困っていない理由、魔法の鍵

モラは使うと無くなる。お金は通貨の名に相応しく、天下の回りものである。どの世界もそれは変わらない。稼ぐ方法を見つけるべきか、助けてもらい続けるのも、相手を間違えると大変なことになるだろう。プリンセスは使いどころを間違えると、相手にもよるが誘拐される。
片手に買った果物、もう片方の手にモラが減った財布がわりの袋を持ち悩んでいる。長椅子の横に座る人物がいた。チラリと視線を向けられて首を傾げる。知り合いではない。

「氷の女皇が君を探してる。身に覚えは?」
「……氷の、方。」
「その顔は、身に覚えがあるんだね。まさか璃月で見つけるとは思わなかったな……他の執行官に自慢しておくか、黙っておくか……悩みどころだな。」

カーンルイアにお邪魔する前に、一度。凍りついた大地に足を踏み入れたことが、あったような、なかったような。夢の中の出来事だと思っていたけれど、現実にあった事だったといま気づいた。実をかじった次の日であったのか、その日の夜であったか。凍てつく地で私は彼女に出会った。

氷の女皇に従う執行官と呼ばれる者たち。第十一位公子、タルタリヤ。呟くように名乗られたので、こちらも名前だけを告げる。

「レヴェナ、君が困っていたら助けるように、と仰せつかってもいるんだ。君、いったい女皇に何をしたんだい?」
「昔、少しだけ……お話をしました。」

私これから国を救うの、助けてくれる神様なんていないから。そう口にしたら、微かに笑ってくれた気がする。
切り開ける力はすでにある、だからもう、なにもいらない、と。しなくてはならないことじゃなくて、してみたい事がたくさんあるの、そんな話をした。どこにだっていける魔法のようなドアがある話もしたような。未来から来た青い猫型ロボットが持ってる素敵なドア。魔人が宿って願いを叶えてくれるランプに、林檎を食べて眠りにつくお姫様。
私が笑顔で紡ぐおとぎ話に耳を傾けた彼女の手は冷たかったけれど、優しかった。
あの場所は寒すぎて凍ってしまうかと思ったから。さみしげな彼女が凍りついてしまいそうで、私の知るいろんな話をした。

「強いわけではなさそうなのが残念だ。はい」
「これ、何ですか?」
「いくらでもモラを引き出せる魔法の鍵」
「まほうのかぎ」
「君はこれがあればモラに困らない。不思議なアイテムさ。」
「不思議ですね」

そういう謎の鍵なのだろうか。スライムがいるぐらいだ、不思議な道具があってもおかしくない。持ち上げた鍵は金色だが、どこにでもありそうなものだった。鍵をつかむ真ん中に氷のような結晶がついている。光に当たるときらきらした。

「ただし、北国銀行じゃないと使えないから気をつけてね」
「つまり、ATM……カード……でも魔法の鍵?」
「えーてぃーえむ?君が信じる限り、解けることのない魔法の鍵だよ。女皇はそう言っていた。」

どういう仕組みなの。この鍵にいったいどんな魔法がかけられているのか。彼女は魔法が使えたのか、凄いな。持ち上げた鍵のあちこちを見るがやはり仕組みは分からなかった。

「俺ともお話ししてくれない?女皇とどんな話をしたのか気になるんだ。」
「もちろん、良いですよ。彼女の知り合いでしたら。まずは、そうですね、青い猫型ロボット、どこにでもいける素敵なドアを持った彼のお話から、」
「それまさかどこでもドア?」
「ご存知でしたか」
「……博士が意地になって作ろうとしてるやつ、君が発端か……。」
「もしかして、どこでもドアはこの世界にあるんですか?」
「いや、ないよ。気にしないで。こっちの話だから。続きを話して。」
「……それでは、どこでもドアのお話からはじめましょう。その片開きのドアはどこにでも通じているもので、はっきりとした目的地はもちろんのこと、会いたい相手の居所や行きたい場所の位置が分からない場合でも正確に移動することが出来るのです。」

空飛ぶ絨毯の上でも。行ったこともない船の中だろうと、どこか見知らぬ国のお城の中であっても。行きたいと思えば、会いたいと願えば、心ひとつで会いにいけてしまうのです。

薄らと浮かべた笑みと、語り紡いでいく。思い出すのはひどく純粋な眼差しだ。

“あなたはわたしに、どこでもドアで会いに来てくれたのですか。“

とても大きな海のにおい、ここにいて、ここにいないひと。そう言って私の手を握りしめた彼女に、実はそうなんだよ、と言ってしまいたい私がいたけど、違うよ、ときちんと伝えて、それで。会いたいから会えたんだと思う、って笑いかけた気がする。ただの夢だと思っていたから。魔法のようなドアがなくても会えるんだと信じて欲しくて。
青い猫型ロボットの話が終われば、タルタリヤに、夢があるね、と笑顔を向けられる。どうやら彼には弟がいるようで他に面白い話はないのかと尋ねられた。いつかの日の彼女のように聞いてくれるものだから、いくつか話をしてあげる。

「良い土産話ができそうだ。」
「彼女は、元気ですか?」
「会いたいなら会いにおいでよ。」
「……もう少ししてから会いに行こうと思います。私はこの世界のことを知らないので。」

それこそ、お土産話をたくさん持って彼女に会いに行こう。

「そう、自由にさせてあげてください、って俺は言われてるから別に良いけど。」
「……連れて行かれる可能性があったんですね?」
「んー、どうだろうね。」

彼以外の執行官にどのような命令が降っているかを、彼は知らないと断言した。よし、スネージナヤに暫く近づかないでおこう。他の執行官に気をつけよう。そうしよう。しまわれるの地雷です。軟禁も監禁も時と場合による。いまは間に合っています。

───────────────────

呪われた国で悪魔や怪物と呼ばれ恐れられていた海王類や怪鳥、我が道を行く海賊共を片っ端から虜にしていた女は、今。

神々の敷いたレールの上から転がり落ち、神の手中からも逃れ続け、天理さえ虜にしたなんてことに気づかずに悠々と異世界を満喫していた。

青い実ひとつくちづけて、赤い実かじったおひめさま。
問い それは悪魔の実ですか、善悪を知りましたか、恋のお味は如何でしょう?
答え よくわかりませんが、この林檎が何であれ二度と食べたくないです。世界にクレームを入れてもよろしいでしょうか。
レヴェナ・D・ガエネロン。
名前の由来は悪魔のグレモリーから。月の女神、白きもの。悪魔の実のイメージは一口食べれば眠りに落ちてしまう毒林檎とエデンの園にある禁断の果実。
ペロッ!汝は姫!認定はできないが、ペロッ!汝は騎士!認定ができる。にっこり笑う姫の笑顔であなたは今日から騎士です、えっ俺はもしや騎士だった?そんな事が次々起きている。本人も巻き込まれている者たちも気づいていない能力の一部。
騎士と認識した相手、一定の関係を築いた者にあらゆるバフをかけれる。ある程度の好意があると死亡フラグも折れます。時と場合によるが問答無用でこの人を守らなければ、何が何でも生きなければ、と思わせる庇護欲のめばえ。
斯くして国は(たまに)(ついでに)救われる。
己と騎士の生存能力に特化しすぎた謎の実。本人は感覚で呪われた実、と称しているが実際にはその表現がめちゃくちゃ正しい。
騎士のためなら世界を越える系プリンセス。
ハッピーエンドに巻き込む力がクソ強い。悪魔の実、その名に相応しいプリンセス力。ある意味神の天敵。死亡フラグすらバッキバキに折れる力は本人が知らないお話。火拳や白髭、ニコチャンマークのおじさま一家に勿論ナギナギのピエロやら。本人が意識していないうちに救済ルートをブチ進んでいる。汝は騎士!な奴らをホイホイしてることにも気づいていない。本人はミントの如き生命力の化身が次々生えてると思ってる。
カーンルイアの神々の呪いに飲み込まれかけていたのだが悪魔の実がおいしくたいらげている。ペロッこれは美味しいお呪い!姫の糧になるもの!どこで、いつ、どのような形となり呪いが存在を匂わせてくるのかは謎。あるとき突然、不老にはなりそう。

欲しい服はネズミやリスが縫ってくれる。どこからともなく音楽が流れ、スポットライトが当たる時もある。プリンセスが自分の夢を歌うときに問答無用でこうなる。呪われた実の力は強い。歌うととんでもねぇことになるので普段はハミングで何とかしている。

予想外のことばかりする麦わらに涙が出るぐらい笑ってしまって、お前もっと笑えばいいだろ、何で誤魔化してんだ、もったいねぇ。そんなことを言ってくれた、笑顔が効かなかった麦わら帽子の彼をたまに思い出す。あの女帝にメロメロにならなかった麦わらには多分プリンセスの笑顔も効かない。ただし、本当の笑顔がどんな効果をもたらすのかは……?

夜明けの光。
極光の名称は曙の女神アウローラに関係する。知性の光、創造性の光が到来する時のシンボルであり、彼の有名な太陽神アポロンの妹。
オーロラの美しい光は北極圏以外の低い緯度のヨーロッパでは赤いものになり、赤いオーロラは天の炎と考えられたようで、その後のキリスト教社会では不吉の前兆ともされた。
※信仰なき国は神がいないのでオーロラの不吉さを理解せず、美しい現象と捉えた。

※カーテシーは見栄え重視の表現。別にスカート部分を摘む必要はない。
※あらゆるプリンセスを思い出しながら捻り出して書きました。

恋について考えてみた。解釈は変わるもの。
ディルック。君を暖めてあげたい。
魈。生きろ、お前は美しい。
万葉。お主をそばで守ろう。
鍾離。ただ見ていられないわけがある。
ダインスレイヴ。この手を離せない。
タルタリヤ。君の話がもっと聞きたいな。
天理の調停者。たった一度、忘れられない。忘れたくない。
氷の女皇。わたしはここで、あなたを思っています。

— End —

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