夕刻、買い物から帰ってくると我が家の前に人だかりが出来ていた。
門の前に見慣れない豪華な馬車が止まっている。
「だーかーら!行かねえっつってんだろ!」
少年の叫び声が聞こえてきた。
「すみません。通してください」
近所の人たちを掻き分けて、騒ぎの元に辿り着く。
「国王陛下の招集は断れませんぞ、レン殿。あなたこそが勇者なのです!」
王宮からの使者がレンに書状を突きつけていた。
勇者!?レンが!?
私は驚いて立ち尽くした。
「あ、ねーちゃん!」
レンが私を見つけた。
使者を押しのけて、こちらにやってくる。
「レン…」
「助けて、ねーちゃん」
レンは私に抱きついた。
背はすでに私を追い越しているのに、レンは今でも赤子のように私に甘える。
「おお、レン殿の姉君ですか」
使者が私に声をかけた。
「ねーちゃんは姉じゃねーよ!俺の許嫁だ!」
レンの言葉に使者が固まった。
「あー…よろしいですかな。レン殿は神託により勇者に選ばれました」
使者は微妙な顔で私に話しかけた。
「…はい」
「レン殿は王宮にて国王陛下の勅命を賜ったのち、魔王討伐に向かわれます。事が成った暁には、勇者は姫殿下と婚儀を上げる習わしでして…」
ああ、使者の微妙な表情はそう言う意味か。
「絶対やだ!」
レンは私に抱きついたまま叫んだ。
「俺はねーちゃんと結婚するんだ!姫とか勇者とか知らねえよ!」
使者は困って私を見た。
「あなたからも口添えをお願いします。魔王を討てるのは勇者だけなのです。我が国を守る為に、魔王の侵攻を許してはなりません。討伐を成し遂げれば英雄ですぞ!美しい姫君と添い遂げられるのです!」
それを許嫁の私に言えと言うのか。
「恐れながら、レンはまだ十五です。このようにまだ心構えもなっていません。今、無理に連れて行っても、お役に立てるかどうか」
「なんの、初代勇者が魔王を討ち果たしたのも十五の折でした。少年は旅をして大人になるものです」
使者は揺るがない。
「……」
私は考え込んだ。
どちらにせよ勅命ならば拒みようがない。
「レン、勇者として立派に勤めを果たしなさい」
「なんで!?ねーちゃんはいいの!?俺、見た事ない姫なんかと結婚するんだよ!?」
「勅命なれば是非もありません。婚約は無効です」
「嫌だ!俺はねーちゃんと一緒に暮らすんだ!どこにも行かない!」
レンは私を力任せに抱きしめる。
「レン、父の遺言にこだわる必要はありません。宿命に従って戦いなさい」
「…ねーちゃんはいいのかよ。俺が他の奴と結婚しても」
「仕方のない事です」
「そーじゃなくて!」
私が微笑むのを見てレンは顔を顰め、私から離れた。
そう、それでいい。
三つも年上の私なんて、元々似合いではなかったのだから。
レンは優しい子だから身寄りのない私を支えようとしてくれているだけ。
レンも家族をなくして天涯孤独の身。
ずっと姉弟のように身を寄せ合って暮らしていたけれど、解放してあげる良い機会なのかもしれない。
「わかった。行く」
「おお、レン殿!」
使者の顔が輝いた。
「ねーちゃんが一緒に行くなら」
「…え?」
使者が固まる。
「ねーちゃんが行かないなら、絶対行かない」
レンは私を睨みつけた。
「いやいやいや。レン殿。村娘を討伐に連れて行っても足手まといです」
「は?」
レンが使者の胸ぐらを掴む。
「待ちなさい!」
私は慌ててレンを使者から引き剥がした。
「わかりました。王都まで見送りに行きます。ね、それならいいでしょう?」
「……」
レンは渋々頷いた。
勇者一行は王都でパレードを行い、民の声援を受けて出発するのが習わしだ。
私は笑顔で見送ろう。
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村人達に見送られて出発する。
レンとの別れを惜しんで泣く少女達に別れを告げてレンは馬車に乗り込んだ。
「ねーちゃん」
差し伸べられた手を取ると、レンは私を馬車に引き上げてくれた。
王宮まで三日の旅、レンが始終私に甘えるので、同乗する使者は大層気まずかった事だろう。
居た堪れない思いで過ごしている内に、王都に到着した。
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国王陛下への謁見は、勇者のお披露目も兼ねて、王宮の前にある広場で行われる。
私は一般市民と共に壇上を見上げていた。
壇上ではレンは不機嫌な顔で突っ立っている。
国王陛下が現れて、壇上よりさらに上にしつらえられた玉座に座った。
「勇者レンよ。期待しておるぞ。必ずや魔王の首を獲ってまいれ」
「…御意」
レンは不機嫌なまま答えた。
「皆の者、新しい勇者の誕生じゃ」
王の宣言に市民が歓声を上げる。
続いて大臣が前に進み出た。
「魔王討伐の同行者を紹介いたそう」
市民に向かって手を広げる。
「ミカゲ流総合格闘術免許皆伝、第三王子アラン・ロックフォード殿下!」
大臣に紹介されて、涼しげな美丈夫が片手を上げる。
白銀の鎧が眩い細身の騎士だ。
女性たちの黄色い悲鳴が響いた。
「我が国唯一の聖女、第二王女マリア・ロックフォード姫殿下!」
野太い歓声に答えて、可憐な乙女が手を振った。
「高貴なる御二方が勇者パーティとして魔王討伐に赴く!」
なるほど、彼女が勇者の嫁候補なのだろう。
可愛らしいお嬢さんだ。
きっとお似合いの夫婦になる。
金髪碧眼の王子と姫をぼんやり眺めていると、レンが大臣に詰め寄っていた。
「話が違う。俺はねーちゃんと一緒じゃなきゃ行かねえって言っただろ!」
「え?ネエチャン…とは?」
大臣が問い返した。
場違いな要求に場が静まり返る。
私は額を押さえた。
可愛らしい姫君を見て、やる気になってくれればと期待していたのだが、ダメだったか。
レンは壇上から飛び降りて、こちらに向かってきた。
逃げようか迷っている内に、レンが私を捕らえ、抱きかかえて壇上に戻った。
「ねーちゃんは俺の許嫁だ!ねーちゃんも俺のパーティに入れるからな!」
レンが私を横抱きにかかえたまま、大臣に向かって宣言する。
市民がざわざわと騒ぎ出した。
「それはまかりならぬ」
王が玉座から答える。
レンは王を睨みつけた。
不敬な物言いをしそうだ。
私は慌ててレンの口を手で塞いだ。
「ただの村娘を連れて行ってどうする。飯炊きならば姫に仕込んである故、無用じゃ。田舎者は引っ込んでおれ」
王の言葉にレンが激昂するが、私はレンの口から手を離さなかった。
王が私を警戒する気持ちはよく分かる。
勇者は何年かに一度、神託により選ばれて魔王を討伐する。
討伐後、勇者は英雄となり市民の絶大な支持を集めるのだ。
その勇者を姫の婿とすることが出来なければ王家の恥となる。
姫君に飯炊きをさせるのも、勇者が侍女を見初める危険性を排除するため。
勇者の元許嫁など、連れて行かせるわけには行くまい。
「レン、勅命です。わがままを言うものではありませんよ」
私はレンに諭した。
「……」
大人しくなったのを確認して、私はレンの口から手を離して壇上に降り立った。
「陛下のおっしゃる通りです。私はこれで失礼します」
一礼して立ち去ろうとする私の手をレンが掴む。
「レン?」
レンはそのまま私の手を引いて立ち去ろうとした。
兵士達が慌ててレンの行く手を阻む。
「ねーちゃんが帰るなら俺も帰る。なんで俺がこんな奴らの言うことを聞いてやんなきゃなんねーんだ」
「私達は国民なのですから王の命令は絶対です。レン、聞き分けなさい」
「絶対やだ!」
だめだ。
完全にキレている。
ここで暴れ出す前に事を納めないと民にまで被害が。
私は振り向いて玉座を見上げた。
「…恐れながら陛下、私の同行をお許しいただけますれば、レンも大人しく御下命に従うかと…」
「はっ!ただの村娘が勇者パーティに入ると?勇者に同行出来るのは王族だけと決まっておる!」
それは今回からの決まりだろう。
先代の勇者は姫を娶らず、同行した女野伏と結婚した。
だからこそ絶対に姫君以外の女を同行させたくないのだ。
「しかし、このままではレンが…」
「田舎娘が思い上がるな!それ程までに同行したいなら、それに相応しい力を見せてみよ!」
国王陛下は立ち上がって怒鳴った。
私はポカンと陛下を見上げた。
「そうじゃ、アラン、相手をしてやれ。娘、アランを倒せたら同行を許すぞ」
指名された殿下は顔を顰めた。
「父上…人を馬鹿にするのも大概になされよ!」
心底怒っているのだろう。
低い声がさらに低く、唸り声のようだ。
「ハッハッハ!そう怒るな。軽く撫でてやれば身の程を知るだろう」
国王陛下は侍従に命じて、壇上を片付けさせた。
「ねーちゃん!一緒に行く気になってくれた?」
レンが一人ではしゃいでいる。
壇上に残るのは殿下と私だけ。
見上げる市民たちはざわざわと不安そうにしている。
剣帯した騎士が丸腰の村娘と相対しているのだ。
よくない絵面だった。
これでは騎士が悪者のように見えてしまう。
殿下はざわめきを気にせず、ミカゲ流の礼をした。
「最終奥義でお相手いたす」
怒りを噛みつぶすような低い声。
殿下は背中に担いでいたバスタードソードを引き抜いて構えた。
「劫火剣」
殿下が刀身に火炎魔法を掛けた。
刀身が紅く燃え上がる。
ゆっくりと上段に振りかぶると、火花がはらはらと舞い落ちた。
私はぼんやりと炎の美しさに見惚れていた。
「烈風斬!」
裂帛の気合と共に振り下ろされる大剣。
私は縮地で殿下の懐に入り、両肩に手をかけた。
彼の胸を足場にして、膝で顎を蹴り上げ、そのままトンボを切る。
よろめいた隙に剣を持つ腕にしがみつき、体全体で捻り上げた。
殿下が仰向けに倒れる。
腕にしがみついたままの私は、足を高くあげ、彼の喉元めがけて踵を振り下ろした。
「参った!」
殿下の声に、寸前で足を止める。
私は腕を離して、殿下を引き起した。
「…ご指導ありがとうございました」
殿下の声から怒りは消えていた。
「お強うなられました」
私は微笑んで頷いた。
殿下は私を抱き寄せて、玉座を見上げた。
「父上。その目で見ねば信じぬと思い、胸をお借りしたが、このお方こそが先の勇者、ハヤテ・ミカゲ殿の一子にして、ミカゲ流総合格闘術師範アズサ・ミカゲ殿であらせられる」
「は…?え…?」
国王陛下は目を白黒させた。
「私に勝てば同行して良い約束でしたな、父上。師範には、指南役として我らを導いていただく。よろしいな」
有無を言わせぬ殿下の迫力に、国王陛下はただ頷いた。
つづく。

























